All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 671 - Chapter 680

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第671話

「俺に聞くな!」手下の声を聞いた瞬間、頭目は苛立ちを隠そうともせず吐き捨てた。手下は腕をさすりながらおずおずと口を開く。「い、いや......頭、なんかこのガキ、ちょっと不気味じゃないっすか?俺の考えすぎかね?」頭目は答えなかった。清那の様子をじっと見つめながらも、心の奥では判断がつかずにいた。今まで、どんな女だって見てきた。だが中学生のガキが、こんな狂気じみた目をするのは......初めてだ。正直、少し怖い。けれど、頭の片隅に浮かぶのは、依頼人から提示されたあの高額な報酬。あの金額......逃すわけにはいかない。相手はただの中学生、恐れる理由などない。そう思い直した瞬間、頭目の目に迷いが消えた。「ビビってんじゃねぇよ!」バシン、と手下の頭を叩き、罵声を浴びせる。「怖がるほどの相手か?ただのガキ一人だろ!腰抜けが!それしか出来ねぇなら、今すぐ俺の前から消えろ!クズが!」その言葉に、手下たちの顔が青ざめた。この界隈で、頭目の言葉は重い。中学生を標的にすることすら平然とやる――そんな人間、他にいない。金のためなら命も惜しまない。だからこそ、誰も逆らえない。紗雪は、その一瞬、頭目の顔に走った迷いを見逃さなかった。やっぱり、裏で金を出してるのは、緒莉しかいない。こんな大金を動かせる人間なんて、他にいないんだから。当時、まだ中学生だった自分と清那。そんな自分たちと、いったい誰が因縁を結ぶっていうの?考えれば考えるほど、紗雪の中で緒莉への疑念は深まるばかりだった。頭目は手下に視線で合図する。「撮影を続けろ」これが、金をもらうための「証拠」だ。止めるわけにはいかない。必死にもがく清那。だが、三人の力の前では、無力だった。まだ中学生の少女に、抗うだけの力はない。現実は残酷だ。やがて、清那の服はずたずたに裂かれた。それでも、彼女は必死に胸元を押さえ、最後の防衛線だけは死守する。投げ捨てられたバッグは、もうどこにあるのかも分からない。清那の小さな体は、水面に浮かぶ木の葉のように、翻弄され、押し流され、弄ばれ続けた。そして。幼い紗雪と松尾家の人々が駆けつけた時、清那の瞳はすでに虚ろだった。魂の抜け殻のように、何も
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第672話

こんな目に遭っているのに、逆に自分を慰めようとするなんて。そんな清那を前に、紗雪が心を痛めないわけがなかった。三人のチンピラは、状況が不利だと悟るや否や、荷物をまとめて逃げ出そうとする。それを見逃さず、幼い紗雪は即座に指差した。「あの三人、逃がさないで!全員捕まえて警察に突き出して!」「了解しました!」号令と同時に、訓練されたボディーガードたちが一斉に動き出す。その直後、清那はとうとう体力の限界を迎え、紗雪の腕の中で気を失った。そばで見守っていた大人の紗雪は、二人が寄り添う姿に胸を締めつけられる思いだった。あの瞬間の光景は、一生忘れられない。清那の姿を目にした瞬間、世界そのものが崩れ落ちたように感じた。清那は何も悪くないのに、どうして神様は、こんな仕打ちをするの?あんなに優しくて、清らかな子なのに......あのクズとも――一人残らず、死んで当然だ。紗雪は小さな自分を強く抱きしめ、涙をこらえながら言った。「安心して......絶対に、このままじゃ終わらせないから」その後、幼い紗雪はボディーガードに清那を病院へ運ばせ、自分は数人のボディーガードと共に警察署へ向かう。病院へ搬送する際、清那の両親にも連絡を入れさせた。これは彼らの娘のことだ。知らせる義務がある。それに、事態は一刻を争う。真偽を確かめる間もなく動くべきだった。松尾家の者が、少し戸惑いながら問いかける。「お嬢様......本当にご一緒に、警察署まで行かれるのですか?」「もちろん。私も、証人だから」その「証人」という言葉を、紗雪は強く噛み締めるように吐き出した。まさか、この時代になって、まだこんなことが起きるなんて。三人のクズ、絶対に思い知らせてやる。紗雪は幼い自分の背中を見つめながら、胸の奥でそっと安堵する。あの時、逃げずにそばにいてくれてよかった。そうでなければ、清那の心の傷はもっと深く、癒えることもなかっただろう。ボディーガードたちが清那を病院へ運ぶその時、紗雪はふと足を止めた。視線の先――地面には、橘色の子猫の亡骸が横たわっている。胸の奥が、ズキリと痛んだ。数秒の沈黙ののち、紗雪は静かに言った。「この子を、ちゃんと埋葬してあげて。終わったら写真を撮って...
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第673話

写真には、白い布や猫缶、たくさんの猫用おやつまで添えられていた。それを見た幼い紗雪は、ようやく胸のつかえが下りた気がした。彼女はボディーガードにメッセージを送る。【ありがとう。あなたたちの給料を上げるように松尾おじさんに伝えるから】そのメッセージを見たボディーガードたちは、思わず胸を熱くする。やはり、少し気を利かせてお供えをしたのは正解だった。お嬢様はきっと喜んでくれる。女の子って、そういうものだ。ボディーガードたちは何度もお礼を言ったが、幼い紗雪はそれ以上は何も言わなかった。自分でも理由は分からない。ただ、あの時。橘色の子猫の亡骸を見た瞬間、胸がひどくざわついたのだ。なぜだろう。あの猫と清那の間には、きっと何か縁がある気がしてならなかった。清那が目を覚ましたら、本人に聞いてみよう――そう思いながら。幼い紗雪が警察署に到着すると、三人のチンピラはすでに留置場に入れられていた。彼女はまだ中学生だというのに、全身からの雰囲気は堂々たるものだった。最初、警察官たちは一人で来た彼女を見て、思わず首をかしげる。「君、親は?ひとりで来たのか?」紗雪はまるで人形のように整った顔立ちで、細い肩と華奢な腕――どう見ても力仕事などできそうにない。だが、そんな彼女は表情ひとつ変えず、淡々と口を開いた。「私は家の者を代表して来ました。必要な手続きにはすべて協力しますし、話すことには責任を持ちます」その一言に、警察官たちは思わず息を呑む。互いに顔を見合わせ、言葉を失った。この少女、ただ者じゃない。見た目はどう見ても中学生。なのに、この落ち着きと気迫はいったい何だ。今どきの子供は、ここまで成熟してしまうのか?大人の紗雪も、当時の自分の姿に思わず感心する。けれど、彼女がこんなふうになったのは、そうせざるを得ない状況に追い詰められたからだ。清那の件だって、松尾家の大人たちがもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったはずだ。子どもを学校に通わせるだけで、どうしてこんな悲劇が起こる?もし本当に都合がつかないのなら、せめてボディーガードをもっとつけておくべきだった。まだ中学生の子どもだ。こんなことで命を落としてしまったら、後で後悔したところで、いっ
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第674話

しかし今は、ただ黙って彼女が取り調べ室へ入っていくのを見守るしかなかった。こんなやり方で、本当に大丈夫なのだろうか?けれど幼い紗雪は、そっと手を上げて制した。「大丈夫」という合図だった。ここは国家の庇護下にある場所。恐れるべきなのは自分ではなく、後ろ暗いことをした者たちの方だ。その思いが胸にあるからこそ、幼い紗雪の足取りはさらに力強くなる。大人の紗雪は、その姿を横で見守りながら胸を打たれていた。自分は部屋には入らない。この後に起こることは、よく知っているから。質問される内容は決まっていた。清那との関係、あのチンピラたちと面識があったかどうか、彼らと過去に揉め事を起こしたことはあるか、最近のトラブルの相手は誰か――だが、こうした質問の多くに、幼い紗雪は答えられなかった。どう答えればいいか分からないものもあった。それでも、警察は責めることはしない。あくまでも形式的な確認にすぎないのだ。現場の状況や証人の数だけでも、すでに多くの事実が証明されていたから。そして、幼い紗雪は沈んだ顔のまま、強調するようにこう言った。「警察のおじさん、私が行った時、現場にカメラがありました。あの人たちは......妹を撮っていたんですか?」言葉は一見、無造作に聞こえる。だが、その一言一句には計算があった。清那を「親友」とは言わず、あえて「妹」と言った。そうすれば、警察はより真剣に捜査にあたってくれる――彼女はそう踏んでいた。果たして、その言葉を聞いた瞬間、場の空気が変わる。警官たちは一様に顔色を変え、慌ただしく動き出した。主導していた警官が幼い紗雪の手を握り、感謝の言葉を口にする。「ありがとう、お嬢さん。重要な手がかりを見落とすところだったよ」「お礼なんていりません。目標は同じですから。あの人たちは悪人です。絶対に軽く済ませないでください」「安心しなさい。結果が出たら、すぐに知らせるよ」幼い紗雪は静かにうなずき、警察署を後にした。外へ出た瞬間、それまでの緊張した表情は嘘のように消える。その変わり身の早さに、ボディーガードたちは思わず目を丸くした。お嬢様、まさか顔まで使い分けていたとは......今まで気づかなかった......幼い紗雪は彼らを見やり
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第675話

むしろ、全く記憶にないと言ってもいい。けれど、理由は分からないが、この男からはどうにも嫌な感覚しか受けなかった。不快感だけでなく、胸の奥がざわつくような奇妙な感覚まで伴っている。これだけ長い時間、思い出そうとしても何も浮かばない。次の瞬間、その見知らぬ男は、幼い紗雪の乗った車が去っていくのを確認すると、表情を変えた。彼は脇へ寄り、電話を取り出す。誰かに連絡を取ろうとしているのは明らかだった。紗雪は眉をひそめた。まさか、送り込まれた人間がこれほど頭の回らない奴だとは。ほんの数分しか経っていないのに、もう行動に出るなんて。しかも、こちらはまだ新しい動きがないというのに。本当に、頭が足りないらしい。呆れる気持ちはあったが、むしろ好都合だった。無能な相手ほど、対処は容易い。そう思った瞬間、紗雪の心は幾分か軽くなった。彼女は腕を組み、そのまま男の後を静かについて行く。やがて電話が繋がった。男は、チンピラたちが刑務所に入れられ、さらにカメラまで警察に押収されたことを報告した。その話を聞いた相手は、どうやら動揺し始めたようだ。「この目で確認しました。カメラも全部、警察に没収されています」その言葉を聞いた瞬間、紗雪はすぐに相手の質問の意図を読み取った。どうやら、あちらも焦り始めている。尻尾が掴むのも、時間の問題だろう。「分かりました。引き続き見張っておきます」通話を終えた男は、ほっと息をついた。金で雇われただけとはいえ、相手の威圧感はあまりにも強大だ。会話の度に、死の淵を歩いているような感覚に襲われる。だからこそ、本当に必要な時以外は、できる限り連絡を取りたくなかった。だが今は、警察署の前で待機し、何か動きがあれば即座に報告するしかない。紗雪は眉をひそめた。わずかな会話だけでは、核心までは掴めない。だが、警察署から離れる気にはなれなかった。理由は分からないが、彼女の胸には確信めいた予感があった。あの人間は、きっと直接ここに現れる。確認せずには、安心できないだろうから。一方その頃、緒莉は家の中で落ち着きなく歩き回っていた。座っていられない。ただの女子中学生相手なのだから、すぐ片付くはず。元々そう思っていた。だが、現実は違った。
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第676話

緒莉はスマホを見つめながら、ふと紗雪のあの驚くほど美しい顔を思い浮かべた。その瞳の奥には、どうしようもない嫉妬が渦巻いている。同じ美月の娘なのに、どうして受け継いだ遺伝子までこんなにも違う?差がありすぎる。幼い頃からずっと、緒莉の耳には同じ言葉が繰り返し届いていた。「本当に実の姉妹なの?」と。顔立ちが違うだけじゃない。性格も、身長さえも、全てが違っていた。紗雪は美月にそっくりで、むしろ母以上に際立った存在感を放っていた。この事実だけは、緒莉がどれだけ認めたくなくても、否定できなかった。だから紗雪の顔を見るたび、あの顔を引き裂いてやりたい衝動に駆られる。そうすれば、人々の視線は自分に向くのだろうか?そうすれば、いつも傍観者の席に座らされるだけの自分も、その輪の中に入れるのだろうか?その想像をした瞬間、緒莉の瞳には狂気の光が宿った。一度、夢の中で紗雪の顔を切り裂く夢を見たことがある。その時、彼女は笑いながら目を覚ました。もし本当にそうなったら?想像するだけで、空を仰いで笑い出したくなる。どうしてこんなにも紗雪を憎むのか、彼女自身にも分からない。主な理由は一つかもしれない。嫉妬だ。彼女は、何もしなくても全てを手に入れる。美しい身体と、優れた顔立ちを持ち、自然と人の目を惹きつける。一方の自分は、どれだけ努力しても、結局、誰もが紗雪だけを見る。深く息を吐いた緒莉の顔に浮かんだ歪んだ表情は、やがてゆっくりと薄れていった。大丈夫。天がくれないのなら、自分で奪うだけ。緒莉は迷わず、その人物に電話をかけた。相手は短く、「そんなことなら簡単に片付く」と答える。「......時間を作って、会おうか」その言葉に、緒莉は一瞬だけ表情を固めたが、最終的には承諾した。彼には権力がある。逆らっても、自分に益はない。むしろ、利用できるうちは利用すればいい。「制服を着て、バッグを持って、ポニーテールにして来い。場所はいつものところだ、分かってるな」低く響く男の声が耳に残る。緒莉はスカートの裾を握りしめ、表情を変えぬまま短く返事をした。「......うん」大丈夫。すぐ終わる。紗雪に復讐できるのなら、どんなことだってやってみせる。一方その頃、紗雪は
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第677話

これだけ長い時間待っても、人は現れなかった。どうやら、今回はもう現れることはないだろう。紗雪がここまで費やした時間は、結局すべて無駄になったのだ。だが彼女は知らなかった。実は警察署の内部では、すでに誰かが電話をかけており、あのチンピラたちの口も完全に塞がれていたことを。あとは清那の怪我の鑑定結果を待つだけ。今の段階では、あのチンピラたちが何をしたのか断定する材料がまだ揃っていない。さらに、紗雪が比較的早く駆けつけたため、奴らは結局何もできなかった。そうなると、罪状としても微妙なものとなる。こうした複数の条件が重なり、警察側は彼らを拘束したまま外に出さず、紗雪たちにも顔を合わせさせなかった。さもなければ、チンピラどもは命すら危うかっただろう。この辺りの事情は、暗黙の了解のように皆が理解していた。それでも、これほど待っても結果が出ないことに、紗雪は失望を隠せなかった。胸の奥が言いようのない苦しさで満たされる。このまま、何の手がかりもなく引き下がるしかないの?彼女の記憶では、この件は結局有耶無耶のまま終わっていた。確か、あのチンピラたちは最後、実刑判決を受けた。だが供述は、「全部自分たちだけでやった」と、それ一点張り。他のことをいくら尋ねても、知らないとしか言わなかった。加えて、カメラに残っていた映像のせいで刑期が延びた程度。紗雪は思わず感心さえしてしまう。ここまでしても、奴らは黒幕の存在を一切吐かなかったのだから。本当に緒莉がやったのだろうか?当時、彼女はまだ十七、十八の少女にすぎなかった。そんな年齢で、ここまでのことができるだろうか?しかも、美月から渡されていた生活費では、到底足りるはずもない。やはり、緒莉の背後には誰かがいる。だが、その「誰か」が誰なのか。紗雪には全く見当もつかない。彼女の知る限り、緒莉は身体が弱く、いつも家にこもっており、外の人間と深く関わることもなかったはずだ。それなのに、どうして?紗雪は深く息を吐いた。結局、何も掴めぬままだ。それなら、天はなぜ自分をここに戻した?もう一度この出来事を体験させて、何になる?結局何も変えられないじゃないか。そう思えば思うほど、無力さと無念さが胸を締めつける。天は自分を嘲
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第678話

屋嘉靖弘(やか やすひろ)は眉間をつまみ、いら立ちを隠そうともせずに言った。「そこは心配しなくていい。僕が片付ける。お前は、あのチンピラどもに黒幕の存在を吐かせなければいい。たとえ何か口走ったとしても、知らなかったことにして松尾家には一切伝えるな。全部チンピラがやったこととして押し通せ」その言葉に、署長はまだ迷いを見せていた。だが靖弘が口にした金額を聞いた瞬間、その迷いは跡形もなく消え去った。「この程度のこと、必ずや抜かりなく処理いたします。任せてください」その返答を聞き、靖弘の口元がわずかに吊り上がる。やはり、解決できない問題など存在しない。必要なのは金が足りているかどうか、それだけだ。この世界とは、そういうものだ。靖弘はとうに理解していた。「じゃあ、そういうことで」署長は空気を読んで即座に応じる。「はい。屋嘉さんもお忙しいでしょうし、こちらで何か動きがあればすぐにご報告いたします」言い終わるや否や、靖弘は電話を切った。署長がどれほど卑屈な態度を取ろうと、彼には全く興味がなかった。会社の規模と、彼が国外に持つ勢力。それを前にして彼を恐れる者は数え切れない。官公庁の人間ですら、彼に顔を立てざるを得ないのだ。靖弘には、その自信があった。だからこそ、電話を掛ける前から拒まれる可能性など一切考えていなかった。よほど理不尽な要求でない限り、相手は必ず言うことを聞く。それに、こちらは金も出す。これほど割のいい取引は存在しない。署長の口元は緩みきっていた。真面目に何年勤めても、これほどの金は稼げない。結局、出世も金も、こうした大物と組まなければ手に入らないのだ。だからこそ、彼の懐は年々潤っていく。月給だけに頼っていては到底あり得ない額だ。妻もそれをよく理解していた。時には、夫がこうした仕事をもっと引き受ければいいとさえ思っている。そうすれば、家計にも余裕ができ、何も悩まずに済むのだから。署長自身も、その考えを否定はしなかった。だから、よほど度を超えた案件でなければ、彼はこうして裏で手を貸すのだ。まして今回は、ただチンピラ三人の口を封じるだけ。これほど簡単なことはない。こうして、三人のチンピラは「生贄」として使われた。その後、彼ら
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第679話

まさにそのおかげで、あのチンピラたちはさらに一年、刑期を延ばされた。清那は幼い紗雪の腰にぎゅっとしがみつき、嗚咽まじりの声で言った。「紗雪がいてくれて、本当に良かった。紗雪がいなかったら、私......どうしていいか......こんなことに遭うなんて......あの時、私は本当に無力で......どうすればいいのか全然分からなかったの......」紗雪は清那をしっかりと抱きしめ、何度も何度も優しく慰めた。「大丈夫、清那。そばにいるよ。ずっと一緒にいるから。何があっても、離れたりしない」清那は小さくうなずいた。けれども、子猫のことを思い出すたびに胸が締めつけられる。そして、ついに心の内を打ち明けた。「......私、あの路地に入る時に、一匹の子猫に餌をあげたの。でも......その子はそのあと、......私を助けようとして......あの人たちに......」そこまで言うと、清那は言葉を詰まらせた。どうしても、その先が口にできない。あの悪魔のような連中が、あんなに可愛い子猫にした仕打ち。その光景はまるでホラー映画のように、彼女の脳裏で何度もよみがえる。子猫の亡骸の姿も、路地の中で起きた惨状も、清那には到底、直視する勇気などなかった。十数年、平穏に生きてきた彼女にとって、あの夜の出来事は、人生最大の『災厄』と言ってよかった。これまで経験したことのない恐怖に、清那の目には、あの男たちは青い顔に牙をむいた怪物にしか見えなかった。清那は頭を抱え、子猫の死に様ばかりが頭に浮かんで離れず、息が詰まるほどだった。あの子はまだ小さかった。たまたま出会っただけなのに、命懸けで助けてくれた。けれど、一部の人間は......人間と呼ぶ価値すらない。そう思った瞬間、清那の頭の中は真っ白になり、紗雪の顔を見る気力すら残っていなかった。紗雪は傍らに立ち、二人がしっかりと抱き合う姿を見つめ、胸の奥で静かに感慨を覚えた。本当なら、あのまま警察署に残って黒幕を突き止めるつもりだった。だが、後になって思う――自分をここへ送り返したのは、ただ一箇所に張り込ませるためだったのか?もう事件は起きてしまった。今さら人を探そうとしても現実的ではない。あれから何年も経っているのだ。とっくに人
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第680話

清那はスマホの画面を頬に押し当て、ひとことひとこと噛みしめるように言った。「紗雪、知ってる?私、この子に出会うの......今日が初めてだったの。ただ路地の入り口で出会って、おやつを一本あげて、ほんの少しの間一緒にいただけ......すごく可愛くて、ほんとうに可愛くて......毛も柔らかくて、ずっと私にすり寄ってくれて......そんな短い時間だったのに、あれがあの子の一生になるなんて......思いもしなかった......」幼い紗雪は何も言わず、ただ真剣に清那の言葉を聞いていた。今の清那に必要なのは、言葉ではなく吐き出すこと。そして、静かに寄り添ってくれる存在だけ。派手な慰めも、余計な言葉もいらない。ただ、そばにいてくれるだけでいい。その役目を果たせるのが、今の幼い紗雪だった。彼女は何も語らず、清那をしっかりと受け止める。心も体も、すっかり疲れ切ってしまっているのだから。静かに、ただ静かに寄り添うことが、一番の救いだった。紗雪は少し離れた場所から、二人が抱き合う様子を見つめていた。胸の奥で、言葉にならない感情がじわりと広がる。二人がこれほど長く深い絆を結んできたのには、理由がある。清那という存在は、紗雪にとってまさに心の拠り所だった。幼い頃からずっと隣にいて、離れるという発想すらなかった。そのせいで、二人の絆は緒莉と美月の関係よりも強いものになっていた。両家はもともと親交が深く、子どもたちの仲の良さも知っていたから、物心ついた時から同じ学校に通い、一緒に育った。「結びつけられていた」と言ってもいい。だからこそ、互いの心をここまで深く理解し合える。しばらくして清那はようやく顔を上げ、幼い紗雪を見つめた。「紗雪......どうしてこの子を助けようって思ったの?それに、ちゃんと埋めてあげたなんて......どうして?」「埋める」という言葉を口にした瞬間、清那の胸がまた苦しくなる。ついさっきまで生きていた命。自分のせいで、その命が失われたそう思うと、胸が締めつけられた。幼い紗雪はすぐには答えられなかった。実のところ、自分でもよく分からない。本当は、もうその場を立ち去るつもりだった。でも角にうずくまる子猫を見た瞬間、心の奥で「カチリ」と音がし
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