All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 771 - Chapter 780

914 Chapters

第771話

紗雪はふと、これまでずっと気になっていたことを思い出した。京弥の「初恋」は一体誰なのか、と。今になって考えると、それってもしかして学生頃の自分だったのでは?でも、彼がさっき瓦礫の中で言っていた、「ずっと前に会ったことがある」。あれはいったい、いつのことなのだろう?どうして自分にはまったく記憶がないのか。それはさておき、今の紗雪は喜びのあまり涙を流すばかりだった。長い時間をかけて探し、恩を返したいと願っていた人が、ずっとそばにいた。しかも、その人は今や自分の夫になっているのだ。こんな話、誰に言っても信じてもらえないに違いない。でも、よかった。神様は彼女に、やり直すチャンスを与えてくれた。まだ遅くはない。彼女にはまだ、誰が自分を陥れようとしたのかを探し出す時間が残されている。それ以上に、これからは京弥のために時間を費やすべきだと思った。長い間誤解し続けてきた彼を、これからはちゃんと愛していこう。それは最低限のこと。そしてもっと大事なのは、二人の関係をどうやって育んでいくかを学ぶこと。今の紗雪の胸の内は、甘やかな思いでいっぱいに満たされていた。一刻も早く現実に戻りたい。ここでこれ以上時間を浪費したくない。知りたかったことは、ほとんど解き明かされた。残りは自分で調べればいい。ここに居続けるのは、もはや意味のない時間の浪費に過ぎなかった。そう心の中でつぶやいたその瞬間、視界が唐突に暗転した。だが、訪れたその感覚は恐怖よりもむしろ喜びをもたらした。体がどんどん軽くなり、頭の中も澄みわたり、全身が心地よさに包まれていく。これは、現実に戻る前触れでは?そう気づいた瞬間、紗雪の唇から笑みがこぼれた。今はただ、京弥に一刻も早く会いたい。一分一秒すら無駄にしたくなかった。現実の京弥さんは、今どうしてるの?心の中でそう問いかけながら、彼への想いがあふれ出す。特に、彼こそが自分が長年探し続けてきた人だと知ってしまった今、京弥に対する気持ちは以前とは比べものにならない。京弥、待っていてね。そう願った瞬間、視界がぱっと明るくなった。次に気づいた時、紗雪は病室のベッドに横たわっていた。考える暇もなく、視線の先で「誰か」が注射器を手に、自分に向けて針
Read more

第772話

これで、彼女はもう確信していた。辰琉は気まずそうに笑いながら口を開いた。「そ、そんなことはないよ、紗雪。これは違うよ......俺、用事があるから先に帰る」だが、紗雪がそんな逃げ道を与えるはずがなかった。ここが病室であることを、彼女はすでに把握している。紗雪はすぐに外へ向かって叫んだ。「誰か!早く来て!部屋に泥棒が入ってるの、早く!」彼女自身はまだベッドに横たわっていて、身体に力が入らないのをはっきりと感じていた。つまり、ここに長いこと寝かされていた証拠だ。今の彼女にとって一番大事なのは、正面から無理に争わないこと。そうしなければ損をするのは自分だ。記憶の世界から戻ってきた今、紗雪は何よりも自分の健康を大切に思っていた。危険な賭けは絶対にしない。だってまだ、京弥に会えていないのだから。ようやく彼の正体を知り、どれほど大切な人か気づいたばかり。彼に伝えたいことだって山ほどある。こんなところで命を無駄にするわけにはいかない。そう考えると、これまでの自分がどれだけ愚かだったかと思えてきた。もっと自分のために時間を使うべきだったのに。でも、もう同じ過ちはしない。これからは未来の自分と京弥のために、時間を大切にする。誰にも自分の命を浪費させたりはしない。一方その頃、京弥は病室の外で電話をかけていた。しかし、彼には違和感があった。美月がやけに話を引き延ばしている気がしてならない。その上、つい先ほど見た緒莉の笑みを思い返すと、胸の奥に嫌な予感が広がった。彼の瞳が鋭く光り、一転して病室へと足を向けた。「ちょっと、どこ行くの?まだお母さんと話が終わってないでしょ!」緒莉が立ちはだかる。「お母さんを敬う気持ちがないのね?」京弥の目が細く吊り上がり、冷たい声が落ちた。「祈る方がいい。紗雪に何も起きていないことを。そうでなければ......お前の命で償わせる」その殺気に、緒莉は思わず身をすくめた。だがすぐに頭を切り替える。自分には母がついている。怖がる必要なんてない。昼日中に、まさか本当に手を出せるわけないじゃない。案の定、次の瞬間、電話口から美月の声が響いた。「なるほどね。私の娘をそんなふうに扱う人なのね」冷笑混じりの声音。「安心
Read more

第773話

つまり、今の状況は、仕組まれた連鎖の罠。京弥はもう怒りを抑えきれず、辰琉に左フックを叩き込み、その勢いのまま床に叩きつけた。一連の動きは淀みなく、まるで計算されたように流れる。「お前、なぜここに」低く響いた声には、抑えきれぬ怒気がこもっていた。その気配はまるで地獄の底から這い上がってきたかのように恐ろしく、周囲の空気さえ震わせる。本来なら、最愛の紗雪が目を覚ました、それだけで彼は狂喜に満ちていたはずだった。だが、その喜びは辰琉の姿を目にした瞬間、一気に吹き飛んだ。京弥の胸は激しく上下し、怒りに支配されているのが一目でわかる。紗雪はその様子を見て、胸が締めつけられるように痛んだ。思わず身を起こそうとしたところを、京弥がすぐに支え、彼女を抱き寄せる。温かい身体が腕の中にある感触に、彼は思わず震えを覚えた。これは現実なのか。自分が愛してやまない人が、本当に目を覚ましたのか。紗雪は気づく。京弥の体が、かすかに震えていることに。それでも彼は力強く抱きしめ、片時も離そうとしなかった。その姿に、紗雪の目頭は熱くなる。まさか、自分が彼にこれほどまでの影響を与えていたとは思ってもいなかった。これが本当に、京弥?以前も優しかったけれど、ここまで感情をあらわにすることはなかった。その変化に、彼女は言葉を失う。だが現実は待ってくれない。辰琉がこのまま何を言い出すかわからない以上、いつまでもこうしているわけにはいかない。「京弥さん......もういいから。離して。まだ人が見てるわ」紗雪は小さく囁いた。京弥が騒ぎを起こしたせいで、廊下の人々も駆けつけてきていた。外国人の医師まで病室へ入り込み、紗雪が目を覚ました光景に言葉を失っていた。「なんということだ......これは医学の奇跡だ!目を覚ますなんて!」その声に、緒莉もようやく呆けた顔を引き締める。紗雪が目を覚ました――それは彼女にとって致命的に不利な展開だった。しかもそこに辰琉の姿まである。母の電話での言葉と合わせれば、少し考えればすべてが繋がってしまう。愚か者め、辰琉。ただ薬を打つだけのこと、なぜこんなに手間取るのか。さっさと注射して立ち去れば済むものを......捕まるとは。緒莉は思わず額に手
Read more

第774話

京弥もそのことに気づいた。紗雪が目覚めたばかりで、きっと恥ずかしく思っているに違いない――そう考え、彼は腕をほどいた。けれど、それでもなお、彼は紗雪の手を強く握り続けた。紗雪はちらりとその手を見たが、何も言わなかった。今の京弥が、どれほど不安を抱えているのか、彼女には分かっていたからだ。実のところ、自分も同じ。長い時間を記憶の中で過ごし、今となってはもう京弥なしではいられない。まして、彼があのとき自分を救ってくれた男子生徒だと知ってからは......紗雪の目には、彼がいっそう愛しく映って仕方なかった。以前はそこまで特別な感情を持たなかったのに、今はもう、彼と離れるのがつらいほどだった。京弥は彼女の手を固く握りしめ、床で呻いている辰琉を鋭く見据えた。「紗雪......こいつ、何をしようとした?君に何をした?」低く落ちた声は、全身から危険な気配を滲ませていた。その気迫に、辰琉はびくりと体を震わせる。「俺はまだ何も言ってないだろ!勝手に決めつけるな!」床に這いつくばりながら、必死に叫ぶ辰琉。だがその様子を見て、緒莉は思わず眉をひそめた。ただ「違う」と喚くだけ?そんなものが弁解になるわけないでしょう。証拠も現場も揃っているのに、無駄なあがきね。今さら取り繕ったところでどうにもならない。緒莉は逃げ出したい衝動に駆られたが、病室はきっちり人で塞がれていた。無理ね。ここからは逃げられない。京弥が見逃すはずもない。観念した緒莉は、心の中で溜め息をつき、仕方なくその場に立ち尽くした。一方、京弥は辰琉の言い訳を聞き、鼻で笑った。彼は床に落ちていた注射器を拾い上げ、冷ややかに突きつける。「じゃあ、これは何だ?」「っ......!」辰琉の顔色が一気に青ざめ、慌ててそれを奪い返そうとする。だが次の瞬間、京弥の蹴りが飛び、彼は再び床に叩き伏せられた。その光景に、緒莉は静かに目を閉じる。もう、この駒は終わりね。次は別の人間を探すしかない。それに、紗雪が目を覚ました以上、自分の立場はますます危うい。母とあの老人の性格からして、紗雪を権力の座に据えるのは間違いない。そうなれば、自分には何も残らない。今の経理の地位どころか、この会社に居場所があるかどう
Read more

第775話

今この場の主導権が誰の手にあるか――それは誰の目にも明らかだった。だからこそ、辰琉の意見など取るに足らない。いや、そもそも誰も気にすらしていなかった。その滑稽さに、場の空気は逆にざわつく。外国人医師は専門用語を交えながら静かに言った。「あなたが今持っているのは、正体不明の液体が入った注射器です。ここは病院ですから、患者の安全を守るためにも、我々には調査する権利があります」その言葉に、辰琉の心は一層揺らいだ。「ここはお前らの縄張りだろ?もしお前らが勝手に別のものを混ぜて、全部俺のせいにしたらどうする!」その言い分に、緒莉は思わず眉を上げる。なるほど、この男も追い詰められると頭は回るのね。確かに、一理ある。ここは相手のテリトリー。彼らが何をしようとしても、こちらには止める術はない。そう考えると、警戒心を煽るには十分な理屈だった。だが、外国人医師はその言葉に憤慨し、顔をこわばらせた。「我々の技術を疑うのは勝手ですが、誠実さまで疑うのは許されません。私たちは警察とも連携しています。警察が必要とする鑑定の多くは、すべてこの病院で行われているんです」医師ジェイソンは怒りを隠さなかった。この病院は世界的に名の知れた施設だ。こんな侮辱を受けて、黙っていられるはずがない。もしこんな言いがかりを許せば、評判は地に落ちる。それでは患者を救うどころか、病院の存続すら危うくなる。そう思うと、彼の顔色はさらに険しくなり、同行していた主任医師まで表情を曇らせた。緒莉も異変に気づいたが、口を挟むことはできなかった。しかも今の自分は疑わしい立場に置かれている。軽はずみに動けば、間違いなく自分も巻き込まれる。辰琉はもう駒として使えない。ここで切り捨てるしかない。緒莉は心の中で、冷酷な決断を下した。だが辰琉はなおも食い下がり、不信を口にする。「病院の内部事情は本国のお前らが一番よく知ってるだろ。俺は何も言わないけどさ。でもよ、ここにいる連中の中で、本当に手がきれいなやつなんている?」吐き捨てるようなその言葉と、不遜な表情。まるで大きな秘密を暴いたかのような態度に、緒莉は額を押さえ、心の中で悲鳴をあげた。馬鹿ね。もう黙って逃げればいいものを。だが、京弥がそれを
Read more

第776話

他のことはさておき、辰琉は自分の肋骨のあたりがズキズキと痛むのをはっきり感じていた。おそらく――いや、間違いなく折れている。「当たり前だろ!」辰琉は声を荒らげた。「お前ら全員グルなんだ。俺なんてよそ者だ、いじめられるに決まってる!」その言い訳めいた言葉に、紗雪は思わず吹き出しそうになった。「ふうん、自分でも『よそ者』だって自覚はあるんだ?」嘲るような視線を向けられ、辰琉は珍しく気圧される。他の誰に睨まれても強がれるのに、紗雪だけは違った。彼女は全てを知っている。監視カメラがないからこそ、こうして強気に振る舞っているに過ぎない。もし証拠映像が残っていたら、こんな態度は取れなかっただろう。だが返す言葉も見つからず、口を開けても声は出なかった。紗雪は相手を気にも留めず、淡々と続ける。「それにあの注射器。持ち込んだのはあなたでしょ。私たちは一度だって使っていないわ」言葉の調子を少しだけ変えて、彼女は追い打ちをかける。「それどころか、最初は私の体に注射しようとしたんだもの。中身が何なのか、私も気になるわ」「私の体に注射」――その一言に、京弥は反射的に立ち上がりかけた。さっきの一蹴りはまだ甘かった、と怒りで頭が真っ白になる。得体の知れない薬剤を紗雪の体に?想像するだけで、胸の奥が針で刺されるように痛む。自分が不甲斐ないばかりに、彼女を守るのが遅れた。目を覚ましたばかりの彼女を、あの男と二人きりにしてしまった......その無力感に、京弥の体は小さく震え始めていた。すぐ傍にいた紗雪は、その震えに気づく。そして彼が何を思っているかも、すぐに理解できた。胸が締めつけられるように痛む。彼女はそっと手を伸ばし、京弥の掌を強く握る。さらに指先で軽くなぞり、安心させるような合図を送った。驚いて視線を向けると、紗雪はやわらかな微笑みを返してくる。そのやり取りを、緒莉は見逃さなかった。この女、目を覚ましたばかりで、もういちゃついてるなんて......恥知らずめ!奥歯を噛みしめすぎて、今にも砕けそうだ。だがよく考えれば、相手は正式な夫婦。どんなに睦まじくしていても、法的にも当然のこと。それを自分がどうこう言う資格はない。紗雪は微笑んだまま、緒莉の苛
Read more

第777話

緒莉は思わず腕をさすり、背筋にぞわりとした違和感を覚えた。一方で紗雪は気にも留めず、外国人医師に視線を向ける。「先生、この注射器、検査に回していただけますか」辰琉が口を開こうとした瞬間、紗雪が先に言葉をかぶせた。「それと、もし誰かが結果を信用できないとか、私たちが偽造したとでも言い出すなら――同行して立ち会えばいいです。それから、警察の人にも一緒に来てもらいましょう」彼女は容赦なく続ける。「なにせ、下水道のゴキブリみたいな人間もいるんです。一度まとわりつかれると厄介で、臭いまで移されてしまいますから」その言葉に、辰琉の顔色は一気に悪くなる。どう聞いても自分のことだ。これで気づかないほど鈍ければ、本物の阿呆だろう。紗雪は床に転がる辰琉を見下ろし、口元だけで笑った。だがその笑みは目には届かない。「ですから、『未来の義兄さん』。安東さんも一緒に医師と行って、検査結果を確認してはいかがですか?」その柔らかな笑みに、辰琉は背筋を震わせた。この女、何を企んでいる?以前の性格からすれば、とっくに仕掛けてきてもおかしくないのに。今になってこんな笑みを浮かべるとは......かえって恐ろしい。傍らで緒莉は、呆然と突っ立つ辰琉に苛立ちを募らせていた。この男、本当に役立たず。こんな局面でも何もできないなんて。いつもヘラヘラして、全然頼りにならない。渋々ながらも、辰琉は京弥の手下に連れられ、検査室へと向かうことになった。結果が出る前に逃げられでもしたら厄介だ。そう判断した京弥が、逃げ道をふさぐため人員を割り当てていたのだ。大人なら、自分の犯した過ちの責任は取るべきだ。逃げ場など、最初からない。辰琉と医師たちが部屋を出て行くのを見送ると、緒莉も一緒に出て行きたくなった。だがその背に、紗雪の涼やかな声がかかる。「そんなに急いでどこへ行くの?お姉ちゃん」「急いでなんかないわ。紗雪は何を言ってるの?」緒莉は振り返り、強張った表情を慌てて取り繕った。余計な顔を見せれば、必ず紗雪に気づかれてしまう。それだけは避けなければならない。紗雪がどれほど鋭いか、身にしみて分かっているのだから。だからこそ、彼女が目を覚ました時点で、会社の未来から自分が切り離されたのだと悟って
Read more

第778話

「私が目を覚ましたっていうのに、お姉ちゃんはちっとも嬉しそうじゃないわね?」その一言に、緒莉は言葉を失った。「わ、私は......今から用事があるの」頭に浮かんだのは辰琉のこと。咄嗟に口実を作る。「辰琉はあなたの夫に連れて行かれた。何をしたにせよ、彼は私の婚約者よ。放っておくわけにいかないでしょ」そう言って乾いた笑みを浮かべる。「だから、様子を見に行った方がいいと思って」すると紗雪が冷ややかに切り返した。「つまり――辰琉のしたことは、お姉ちゃんとも無関係じゃないって、認めるのね?」その言葉に緒莉の足が止まった。彼女は紗雪の、笑っているのに底意地の悪さを隠さない表情を見て、奥歯を噛みしめる。この女はいつだってそう。見た目は柔らかく微笑んでいるのに、その一言一言で相手を泥に沈め、二度と立ち上がれなくする。とりわけあの傲慢な態度が、緒莉には我慢ならなかった。だからこそ、彼女の仮面を剝ぎ取って地に叩きつけたい。偽善に騙されている周りに、本当の顔を見せつけたい。だが現実には、他の人間が病室に残っている今、何を言っても逃げ場はない。結局、緒莉は観念するしかなかった。「そうよ、その通り。けど、私は――」言いかけた瞬間、紗雪が言葉を遮る。「いいの。皆、お姉ちゃんの言いたいことはもう分かったから」彼女は笑顔を浮かべる。「ただ......後でその言葉を後悔しないことを祈るわ」その笑みを見ていると、緒莉の胸の奥に重苦しい不安が広がった。何かがおかしい。けれど、それが何か分からない。紗雪が目を覚ました以上、もう自分にできるのは場当たり的に動くことだけ。先の展開なんて読めるはずがない。ましてや、紗雪という人間を最後まで掴みきれた試しがなかった。今は何もせず、嵐が過ぎるのを待つしかない。緒莉はごくりと唾を飲み込み、ぎこちなく尋ねる。「それはどういう意味?」「別に、深い意味なんてないわ」紗雪はにっこり笑い、隣の京弥に向き直る。「ねえ、京弥さん。私の大事なお姉ちゃんも、一緒に鑑定センターへ送ってあげて」その一言で、緒莉の瞳孔がぎゅっと縮む。これは、自分を辰琉と同じ穴に落とすつもり?辰琉の罪は全部自分にもかかってくるということ?胸の奥に、言いよう
Read more

第779話

「急にどうしたの?『ありがとう』って......」紗雪は首をかしげた。二人の仲はもうそんなよそよそしい間柄じゃないはずなのに――まるで他人みたいに距離を置かれた気がして、不思議に思えた。けれど京弥は、彼女を抱きしめたまま離そうとしない。その腕の力が強すぎて、紗雪は少し息苦しくなるほどだ。彼女はそっと彼の背中を撫で、やわらかく声をかけた。「どうしたの、京弥さん?」京弥は何も言わない。ただ、その腕の力はさらに強くなる。そして次の瞬間、彼女の首筋に熱い雫が落ちた。その一滴に、紗雪は動きを止める。こんな京弥を見たことがなかった。彼女の知っている彼は、常に強く、何があっても取り乱さない人だったから。こんな姿を見せるなんて。胸を灼くような涙の熱さに、紗雪の心まで締めつけられる。「さっちゃん......会いたかった」彼はかすれた声で耳元に囁いた。「もう二度と、俺のそばからいなくならないでくれ」ようやく紗雪の体温を感じながら抱きしめている今になって、京弥はやっと「これは現実だ」と信じられた。それまではずっと、心のどこかで夢を見ているような感覚が拭えなかったのだ。だから、こうして離れまいと必死に抱きしめ続けている。紗雪も彼の気持ちを理解した。この離れ離れの時間が、どれほど彼を傷つけ、心に深い影を落としたか。だからこそ、彼はこんなにも不安定になってしまったのだ。こんなに大事に思ってくれていたなんて。そのことに気づき、紗雪の胸に後悔が広がる。もっと早く分かっていれば――二人の間に、あんな誤解も行き違いも生まれなかったのかもしれない。機会はいくらでもあったはずなのに。ほんとうに、運命って意地悪ね。思わず苦笑がこぼれそうになったが、胸に残るのは切なさだった。紗雪は彼をしっかりと抱き返し、安心させるように力を込める。「もう大丈夫よ。これからはずっと、京弥さんのそばにいるから」彼女は彼の顔を覗き込ませようとはせず、ただ静かに抱擁を受け入れ続けた。やがて長い時間が過ぎ、腕がしびれてきた頃になって、ようやく京弥は力を緩めた。目を上げた紗雪は、彼の瞳が赤く滲んでいるのに気づく。その光景に、思わず彼女の目頭も熱くなった。良かった。ずっとそばにいてくれ
Read more

第780話

「どうやって過ごしてきたのか、自分でも分からない。毎日紗雪の横顔を見ては、果てしない絶望に沈んでいくような感じだった」京弥の言葉に、紗雪の胸も痛んだ。これまでの彼なら、こんなふうに感情をさらけ出すことなんてなかった。いつも心の奥に押し込めて、表には決して出さない人だったのに。こんな直球で来られたら......どう受け止めればいい?「大丈夫。ほら、こうしてちゃんと目を覚ましたじゃない」紗雪は微笑んで、少しでも彼を安心させようとする。「すごく長い夢を見ていた気がする。夢の中で、これまでの出来事をたくさん見たの」そう言った後、彼女はふと表情を改める。「いや......夢なんかじゃなかった気がする」その言葉に、京弥は眉をひそめる。「それはどういう......?」紗雪は真っすぐに彼を見つめ、はっきりと言った。「言い方は間違ってた。あれは夢じゃない。だって、夢の中で見たことは全部、本当に起きたことなんだもの」「本当か?」京弥の瞳が一気に輝きを帯びる。紗雪は真剣に頷いた。「ええ。子供のころから今まで経験してきたこと。それに......私がずっと見落としていたことまで、全部思い出させてくれた」その言葉に、京弥の胸が高鳴る。じゃあ......紗雪は、あの時のことを覚えているのか?彼の期待を感じ取った紗雪は、確信を込めてもう一度頷く。「そうよ。全部、思い出したの」その瞬間、京弥の瞳孔が震える。忘れられていると思っていた記憶を、彼女は取り戻してくれた。それは何よりも喜ばしいことだ。これまでの努力は、無駄じゃなかったのだ。紗雪は自ら彼に抱きつき、囁くように言った。「はっきり思い出したの。あの時ずっとそばにいてくれた『お兄さん』。ずっと話しかけてくれたのも、チョコレートをくれたのも、全部、京弥さんだったでしょ」京弥は唇を震わせた。夢でもごまかしでもない。ようやく、彼女が心の底から思い出してくれたのだ。昏睡していた一ヶ月間、そして彼女が目覚めてから口にした言葉も――正直、半信半疑だった。だが今、この瞬間だけは疑いようがない。彼女は確かに、全てを思い出している。「ごめんなさい」紗雪は真摯に頭を下げた。「私は京弥さんを間違えて、加津也だと思
Read more
PREV
1
...
7677787980
...
92
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status