All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 951 - Chapter 960

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第951話

「……以上、佐々木浩司が在任中に不正に得た利益は、合計六千五百四十万円に上ります」大輔は、そう締めくくった。「関連証拠はすべて司法機関に提出済みです。背任及び収賄の罪で、刑事告訴の手続きを進めます」蓮司は静かに頷く。それを聞いた浩司は、その太った体を二、三歩よろめかせた。解雇されるだけでは済まない。蓮司は警察にまで通報し、自分を完全に社会から抹殺する気なのだ。「会議は続ける。マーケティング部の副部長、石井誠(いしい まこと)を呼んでこい」蓮司は冷ややかに命じた。「彼を本日付で新部長に任命する。そしてこの場で報告させろ。ここにいる役員どもに、その器量を見せつけてやれ」「はい」大輔は短く応じ、すぐに部下に指示を飛ばした。確かに、プロジェクトの報告は一般社員でもできる。しかし、蓮司は今日の報告を誠の『昇進試験』と結びつけ、役員たちの前でその手腕を披露させるという大義名分を作った。こうすれば、誰も彼のやり方に異を唱えられない。彼は巧みに論点をすり替えたのだ。ほどなくして、誠が駆けつけた。彼はまず蓮司と役員たちに深く頭を下げ、それから悠斗の手から資料を受け取ると、壇上に上がって淀みなく報告を始めた。こうして、取締役会を揺るがした茶番は、静かに幕を下ろした。蓮司は報告を聞きながら、視界の端で会議室の一番後ろに座る男を一瞥した。──悠斗。まだ残っていたか。面の皮が厚すぎる。これで彼が『無関係』だとでも証明するつもりか。蓮司は視線を前に戻す。その表情は、不気味なほどに静まり返っていた。昨夜、情報を拡散した者たちは、警察が徹夜で割り出した。しかし、彼らは皆、金のためにやったと口を揃え、黒幕の存在を頑なに否定している。蓮司はもちろんそれを信じず、捜査を続けさせているが、決定的な証拠はない。だからこそ、彼は今日、あの古狸どもと悠斗に対して、遠回しに釘を刺すことしかできなかったのだ。だが、問題ない。すべての罪が明らかになった時が、悠斗をこの会社から追放する時だ。会議が終わり、誠が蓮司に挨拶をして部屋を後にすると、終始、空気のように存在を無視されていた悠斗も、屈辱に奥歯を噛み締めながら席を立った。その背後から、あの古狸どもが、嬉々として蓮司に美月との結婚について尋ねる声が聞こえてくる。「吉日はまだ
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第952話

「今回は奴のやり方に、付け入る隙がなかった。俺の悪評を広めるために連中を買収したと、直接的な証拠を突きつけることはできない。下手に動けば、俺が奴を陥れるための個人的な恨みだと、そう見なされるだけだ」新井グループ内の権力争いは、あくまで暗黙の了解のもとで行われるものだ。悠斗は新井のお爺さんが自ら呼び戻した男であり、だからこそ取締役会の古株どもも、未だにどちらにつくか天秤にかけている。今、悠斗を直接断罪することはできない。追い出すにしても、じわじわと外堀を埋めていくしかないのだ。オフィスに戻り、プライベートな空間に入った途端、それまで気丈に振る舞っていた蓮司の体が、ぐらりと傾いた。「社長!」見ていた大輔が、血相を変えて彼を支え、専用の車椅子に座らせる。「すぐ病院へお戻りください。本日はご無理をなさりすぎです!」蓮司は荒い息を整えながら、それを制した。「……その必要はない。会社に来たからには、多くの目が俺を監視している。これ以上病院には戻れない。怪我が治ったというのが、ただの強がりだと見抜かれてしまう」交通事故で負傷したことで、悠斗に付け入る隙を与えてしまった。だが、後悔はしていない。もう一度同じ状況になったとしても、自分は迷わず、透子を庇うだろう。車椅子に深く身を沈め、胸部を固定すると、蓮司を苛んでいた鈍い痛みはようやく和らいだ。彼は、ふと尋ねる。「透子の……容体は?」「はい。快方に向かっておられます。ですが、退院には少なくともあと半月はかかるかと存じます」その報告に、蓮司の口元に、強張りが解けたようなかすかな笑みが浮かんだ。透子が元気なら、それでいい。彼女が受けた数々の苦しみが、すべて美月の仕業だと思うと、蓮司の内に再び、黒い怒りが込み上げてくる。「警察はまだ朝比奈を捕らえていないのか?」「はい。公式発表では、『現場から逃走された』とのことです」もちろん、それは世間向けの口実に過ぎない。一度は確保しかけた美月を、警察が取り逃がすはずがない。間違いなく、橘家が彼女の身柄を確保したのだろう。どんな方法で処分されるかは、知る由もないが。──あれほど透子を傷つけた女だ。皮を剥ぎ、骨を砕いても気がすまないくらいだ。「社長、ご心配には及びません。橘社長たちが、必ずや如月さんの無念を晴らしてくだ
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第953話

博明は悠斗を慰め、今は辛抱の時だと諭した。いずれ、小さな会社の一つでも任せてやろう、と。もはや、今の蓮司に取って代わることなど不可能だと悟ったからだ。何しろ、蓮司は橘家の令嬢と結婚するのだ。新井家と橘家、二大財閥の強力な結合が生まれる。これほど強大な後ろ盾を前に、悠斗に勝ち目などあるはずがない。あまりに明白で巨大な利益を目の当たりにし、博明は今、心の底からかつての過ちを悔いていた。──もし、あの時、血迷っていなければよかった。本来であれば、新井家の当主は、この自分だったはずなのだ。父に本家を追い出され、自分を飛び越えて蓮司に家督が継がれることもなかった。かつての、政略結婚の相手だった女を思い出す。彼女の実家は、浜川市でも一、二を争う名家だった。真実の愛などという、青臭い幻想を追い求めさえしなければ。父が用意してくれた強力な後ろ盾を捨て、何の力にもならない綾子を選びさえしなければ。綾子が与えてくれたのは、精神的な安らぎだけだ。だが、博明がこの二十数年で失ったものの前では、そんなものは何の価値もない、クソの役にも立たないガラクタだった。後悔の念から我に返り、博明は深く、長い溜息をついた。──すべては、もう元には戻らない。政略結婚の妻は、彼の浮気が原因で心を病み、若くしてこの世を去った。二人の間に生まれた息子の蓮司も、彼を骨の髄まで憎み、父親とは認めていない。そうでなければ、彼は新井グループの当主であるだけでなく、橘家の縁戚にもなっていたはずなのだ。それほどの肩書を手にしていれば、一体どれほどの権力を手にできただろうか。……博明が後悔の沼に沈んでいる頃、もう一方では。悠斗は、父から送られてきた慰めのメッセージを一瞥すると、スマホの画面を消してテーブルに放り投げ、唇の端を歪めた。──器が小さい。欲しいのは、たかが子会社の一つだと?目の前に巨大な獲物が横たわっているというのに、その毛を一本だけ抜き取って満足しろというのか?父のような、敗北者の真似をするつもりはない。同じ新井の血を引いているのだ。相続権は平等なはずだ。なぜ蓮司だけがすべてを手にし、自分は何も持てない?悠斗の目が、どす黒い憎悪に燃えた。納得できない。許せない。自分のものであるべきものは、すべて奪い返してやる。その時、スマホ
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第954話

使える駒は、何でも使う。この手を使わない理由はない。悠斗は手にしたペンを弄びながら、再び旭日テクノロジーに潜ませた駒にメッセージを送った。透子がいつ退院するのか、デザイン部の者に探らせろ、と。メッセージを送り終えた後、彼は一瞬動きを止め、指を滑らせて言葉を付け加えた。【できれば、どこの病院か、病室の番号もだ】退院してからでは遅い。病院にいる今こそ、恩を売る絶好の機会だ。離婚したばかりの女。元夫は、別の女と結婚しようとしている。おまけに、病で入院し、一人ぼっち。なんと哀れで惨めなことだろう。こういう時こそ、慰めてくれる優しい男が必要なのではないか?そう思うと、悠斗の口の端が意地悪く吊り上がった。彼は、駒からの返信を待った。……一日が過ぎ、夕方の退勤時間になった。悠斗はまだ旭日テクノロジーからの連絡を受け取っていなかったが、先に、橘家の動向を探らせていた者からの情報が届いた。送られてきた盗撮写真を見て、悠斗はその顔ぶれに、唇を固く引き結んだ。理恵の存在は、橘家と柚木家が親しい間柄であることを考えれば、まだ説明がつく。だが、駿はどういうことだ?彼の出現は、決して偶然ではない。彼は明らかに橘家の一行と合流し、同じエレベーターに乗り込んでいる。一体、駿は雅人と美月のどちらに会いに来たのか?後者の線は薄い。駿は美月と親しくない上、彼が想いを寄せる透子と美月は恋敵だ。彼女を見舞う理由がない。となれば、前者か。駿が雅人に提携の話でも持ちかけたのか?だが、旭日テクノロジーのような吹けば飛ぶような会社を、あの雅人が相手にするはずがない。悠斗はいくら考えても理解できず、旭日テクノロジーの駒に、最近、瑞相グループとの取引があるか尋ねた。返ってきた答えは【ありません】だった。一体なぜ、駿は病院に現れたのか。その目的は何だ。考えても分からない。彼はひとまずその件を脇に置き、透子の入院先と病室について尋ねた。すぐに返信が来た。【デザイン部の者に探らせ、如月さんと親しい社員に探りを入れたのですが、彼女たちもどの病院にいるかは知らないとのことです】【それに、彼女たちはすでに見舞いに行きたいと連絡したそうですが、本人に断られた、と。もうすぐ良くなるから、会社で会おう、と言われたそうです】悠斗はメッセ
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第955話

駿は理恵に視線を向けた。その言葉は、実は一週間前に彼女から直接聞いていた。透子は今や橘家の令嬢、雅人の実の妹だ。家族と再会した今、確かに、もう小さな会社に雑用係として戻る理由はない。駿はベッドの上の当人に向き直り、静かに尋ねた。「……透子、君自身はどうしたい?」透子が答える前に、病室のドアのそばで、いつの間にか入ってきていた雅人が口を開いた。「仕事は、続けたいのか?」透子は兄の方へ顔を向け、こくりと頷いた。もちろん、仕事は続けたい。人は、何かを成すことで、自身の存在価値を見出す生き物だ。これから先、食べるものにも着るものにも困らない生活が待っていて、橘家が自分を養ってくれるとしても、他にこれといった趣味もない。ましてや、結婚して子供を産み、誰かが言うところの『セレブ妻』になるなど、彼女が求める生き方では決してなかった。蓮司とのあの結婚は、彼女からあまりにも多くのものを奪い去っていったのだから。雅人は妹に言った。「なら、僕のそばで働け。僕が直々に指導する」その言葉に、透子はわずかに目を見開いた。雅人は続ける。「君の子供の頃からの学籍記録は、すべて確認させてもらった。成績は常にトップクラス。非常に聡明だ。大学でも、様々なビジネスコンテストで数多くの賞を取っている」透子はそれを聞き、気恥ずかしさに頬を染めながら言った。「そんな、大したことありません。すべて、チームで勝ち取ったものですから」雅人は首を振った。「謙遜は不要だ。君が関わったプロジェクトの企画書と報告書は、一つ残らず目を通した。妹だからというひいきではない」透子は、ぱちりと瞬きをした。「一つ残らず」という言葉に、どう反応していいか分からず、思考が止まる。大学時代のものなど、もう何年も前のことなのに。一体どこから、そんな昔の資料を?しかし、それが嘘ではないことも感じていた。なぜなら、雅人は続けて、彼女が大学一年生の時に参加したプロジェクトの名前まで、正確に挙げてみせたからだ。さらには、彼女が初めて単独でチームを率いたコンテストの名称や、受賞した順位まで。雅人は、まるで自分が関われなかった過去二十年間を、その目で追体験しているかのようだった。そのあまりに真剣な眼差しに、透子は言葉にできない熱いものが胸に込み上げてくるのを感じた。
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第956話

妹が自分を許したとはいえ、二人の間の兄妹の情は、まだどこかぎこちない。だからこそ、雅人は彼女との間に溝ができることを、心底恐れていた。そのように、恐る恐る、慎重に振る舞う雅人の姿を、傍らで見ていた駿と理恵は、心の中で同じことを思っていた。──これが、あの世に名を轟かせる瑞相グループの最高経営責任者だというのか?外では人を凍てつかせ、その名を聞けば誰もが震え上がるという男が、身内の前では、これほどまでに腰が低くなるとは。そのギャップは、あまりにも大きい。今もし透子が『お星さまが欲しい』とでも言えば、この男は迷わずロケットを飛ばして、本当に星を摘んでくるだろう。「……別に、気分を害したりはしていません」透子は、雅人に向かって静かに言った。「それに、これはプライバシーというほどのものでもありませんし、すべて公的な記録に残っていることです。ただ、あなたがそこまで詳しく調べていたなんて、思わなかっただけで……」「調べている時、僕はまるで、それぞれの時代で輝いている君の姿を見ているようだった。そして、もっと早く君を見つけられなかった自分を、心の底から呪った」雅人の声は、痛切な後悔に震えていた。「そうでなければ、君が成長していく姿を、この目で見守ることができたのに。僕だけじゃない。父さんも母さんも、同じ気持ちだ。僕たちは、君の人生で最も大切な二十年間を、見逃してしまった。君を一人、児童養護施設に流され、苦労ばかりの子供時代を過ごさせてしまったんだ」その言葉に、透子の目頭がじんと熱くなり、視界が涙で滲んだ。──もう、十分だ。かつて、自分は捨てられたのだと思い込み、必死に心を鎧で固めていたあの小さな女の子は、今、この瞬間に、ようやく本当に救われたのだ。雅人は続けた。「人の一生に、二十年はそう何度もあるものじゃない。だから、僕たちはもう二度と、君と離れたくないんだ。もし君が仕事をしたいなら、これからは僕が直々に君を指導する。一番基礎的なことから始めて、一歩ずつ多くを学び、君が独り立ちできるまで。僕の持てるすべてを注いで教える。父さんも母さんも、ずっと君のそばにいる」透子は彼を見つめた。相手の瞳に満ちるのは、心配と、慈しむような温もり。今この瞬間、愛が形になったかのように、彼女は家族に包まれる、濃密で、真
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第957話

理恵はからかうように言った。「もう、桐生さんたら。せっかくの超玉の輿チャンス、みすみす逃しちゃったじゃない。もう少しで、橘財閥の仲間入りだったのに〜」駿は苦笑して答えた。「透子と理恵さんのような友人がいる。それだけで、僕の人生はもう十分に幸運なんだよ」その完璧な切り返しに、理恵だけでなく、雅人までもが思わず彼の方へ視線を向けた。かつて自分が彼を誤解し、ボディガードに手を出させたのに、駿は真実を口にしなかった。なかなかの器量の男だ。妹の友人として、そして大学の先輩として、後で何か手を貸してやろう、と雅人は内心で決めた。その時、透子の携帯が鳴った。手に取って見ると、同僚からの電話だった。「もしもし、恵さん?」「透子さん、体調はどう?私と芳奈さん、今仕事が終わったから、病院にお見舞いに行こうと思うんだけど」「ありがとう。でも、もうだいぶ良くなったから、わざわざ来なくても大丈夫よ。本当に、大したことないから」「一週間以上も入院してるのに、大したことないわけないでしょ!心配だから、顔を見に行くだけでもいいから」「そうよ。なんだかんだ、透子さんは私たちのチームリーダーなんだから。部下として、顔を見せないわけにはいかないでしょ」二人の真摯な言葉に、透子はかすかに微笑んで応えた。「……分かったわ。じゃあ、手ぶらで来てね。絶対に、何も持ってこないでよ?後で病院の場所と病室の番号を送るから」二言三言交わした後、透子は電話を切り、スマホの地図アプリで位置情報を送った。情報を送り終えた彼女が顔を上げるより先に、雅人が口を開いた。「スティーブに下で出迎えさせて、ここまで案内させる」透子は微笑んで「ありがとう」と言うと、理恵が「恵って誰?」と尋ねてきた。「職場のランチ仲間よ。すごくいい人たちなの」理恵は頷き、続けた。「前にあんたをいじめてた女どもは、もう追い出されたの?」透子は答えた。「先輩が解雇しようとしてくれたんだけど、私が止めたの。でも、結局、自分たちから辞めていったわ」理恵はそれを聞いて、ふんと鼻を鳴らした。「まあ、あいつらもさすがに会社に居座れる神経はなかったんでしょうね。今のあんたの正体を知ったら、土下座して命乞いに来るんじゃないの?」透子は笑って言った。「あの時、理恵が味方でいてくれただけで、十分
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第958話

恵と芳奈は、言われるがままに入院病棟の一階ロビーにたどり着いた。透子から誰かが迎えに来るとは聞いていたが、目の前に進み出たのが、流暢な日本語を話す、映画スターのような出で立ちの外国人だったため、二人は完全に思考を停止させた。「こんにちは。透子様のご友人の方々でいらっしゃいますね」スティーブは、完璧な笑みを浮かべてそう尋ねた。「失礼ですが、ご本人確認のため、透子様とのチャット画面を拝見しても?」恵と芳奈は目の前の美貌に圧倒され、言われるがまま、夢遊病者のようにスマートフォンを取り出してチャット画面を見せる。相手が静かに頷くのを確認した。「こちらへどうぞ」スティーブがエレベーターホールを手で示す。恵と芳奈は顔を見合わせ、警戒心を抱きながらも、彼の後に続いた。──ていうか、透子が入院してるだけで、こんな厳重警備なの?お見舞いに来ただけで、なんでスマホまで見せなきゃいけないわけ?──それに、あの人、透子のこと『透子様』って呼んでた……普通の友達なら、そんな呼び方はしない。──じゃあ、蓮司か理恵が、透子を守るために派遣した人?でも、今どきボディガードに外国人って……ドラマの世界じゃん。エレベーターの中で、どうしても好奇心を抑えきれなかった芳奈が、おそるおそる口を開いた。「あ、あの……あなたは、透子さんのご友人、ですか?」スティーブは、完璧な営業スマイルを崩さずに首を振った。「滅相もございません。私などが、透子様のご友人であるなどと……私は、透子様にお仕えする者、とご理解いただければ幸いです」自分は社長のアシスタントであり、透子は社長の実妹だ。直接の雇用関係はなくとも、友人関係であるはずがない。……身分違いもいいところだ。恵と芳奈はその答えを聞き、声もなく顔を見合わせた。互いの目に、純度100%の驚愕が浮かんでいる。──お仕えする者って……つまり、執事とか、そういうこと!?──さすがは元新井夫人……!透子がいなかったら、自分たちみたいな一般人が、こんなハイスペックイケメンと知り合えるわけないじゃん!──これで人脈も広がったし、セレブの暮らしも垣間見れたし、マジで自慢できるんですけど!エレベーターが十五階に到着し、ドアが開く。二人はすでに、とんでもないイケメン外国人が透子のボディガードであると
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第959話

透子はドアのそばに立つ二人を見て、ふわりと微笑んだ。「恵さん、芳奈さん。来てくれたのね」招き入れられた二人は病室に足を踏み入れた途端、そこにいるメンバーを見て、完全に固まった。あの柚木家の令嬢、理恵だけでなく、なんと、自分たちの会社のトップである桐生社長までいる。おまけに、まるでファッションモデルか何かのような、現実離れした美貌の男性まで。「桐生社長、理恵さん、こんにちは……!」恵と芳奈は、緊張で引きつった顔で同時に頭を下げた。それから、見慣れないその美男子の方に向き直ったが、どう呼んでいいか分からず、視線を泳がせる。雅人が自己紹介をしようとした、その時だった。「……兄なの」ベッドの上の透子が、ぽつりと、そう呟いた。その一言に、雅人の心臓が大きく跳ねた。彼は弾かれたように妹の方へ顔を向け、その瞳を驚きと、そして純粋な喜びに輝かせる。──妹が、初めて、他人の前で。自分を、兄だと認めてくれた。「お兄さん、こんにちは!」恵たちは慌てて挨拶したが、顔を上げると、互いの顔を見合わせた。まさか、透子の兄がこれほどの美男子だったとは。だが、その顔立ちをよく見ると、涼やかな目元が透子とよく似ている。透子は恵たちと少し言葉を交わし、心配してくれたことへの感謝を伝えた。恵が何があったのかと尋ねると、透子はただ「交通事故に遭ったの」とだけ簡潔に答えた。拉致されたなどと言えば、彼女たちを不安にさせるだけだから。「え、でも透子さん、交通事故に遭うの、多くない?」「そうだよ!確か、これで二回目だよね?もしかして、お祓いとか行った方がいいんじゃない?」芳奈が本気で心配そうな顔で言う。「……不慮の事故よ。交差点で、車が多くて」二人は彼女の弱々しい姿を見て、以前よりもさらに痩せたように感じ、心の中で溜息をついた。彼女にゆっくり休むようにと伝え、これからは本当に車に気をつけるようにと念を押す。結局、二人は病室に二十分ほど滞在して、そこを後にした。ただ顔を見に来ただけで、大事に至っていないことを確認して安心したのだ。その上、社長と理恵までいるのだ。自分たちのような立場の人間が、長居できる雰囲気ではなかった。二人が帰ろうとするのを見て、雅人がドアの外に向かって声をかけた。「スティーブ、お客様をお送りしろ」「
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第960話

「私も明日、透子さんのお見舞いに行こうかと思って。それで、先に恵から様子を聞いておきたかったの」恵はそれを聞き、何の疑いもなく、病院の場所と病棟の階数、そして部屋番号まで教えてしまった。「でもね、もし本当に行くなら、先に連絡した方がいいわよ?いきなり行っても、多分会えないから」電話の向こうで、純が不思議そうに尋ねた。「どうして?」恵は答えた。「決まってるでしょ、警備ががっちり固められているんだから。ざっと見ただけでも七、八人はいたわよ。それに、十五階はフロアごと貸し切りみたいだった。患者は透子さん一人だけっぽかったし。私たちも、一階まで迎えに来てもらって、やっと上がれたんだから。しかも、身分確認までされて、マジで厳重なんだって!」純はそれを聞き、透子に会うのがこれほど面倒だとは思わなかったが、口にした言葉は違った。「……透子さんの身分って、やっぱりただ者じゃないのね。入院するだけで、そんなに警護がつくなんて」「そりゃそうよ!ボディガードの威圧感、マジで半端なかったんだから!」純は、さらに核心に迫る質問を投げかけた。「それって、新井社長が手配したのかしら?彼も、病室にいた?」「新井社長はいなかったわ。ボディガードが新井社長の手配かは知らないけど……もしかしたら、お兄さんが手配した人たちかも。だって、透子さんのお兄さん、社長なんだって!しかも、とんでもないイケメンなの!」恵は、見たこと、聞いたこと、感じたことのすべてを、まだ冷めやらぬ興奮のまま純に語り聞かせた。電話は、十分以上も続いた。……ほどなくして、悠斗の元に、旭日テクノロジーの駒からメッセージが届いた。透子の入院先と病室の番号だ。彼が『第三京田病院』という名前を目にした時、悠斗の思考が一瞬、停止した。なぜなら、彼が橘家の人々を監視させている場所も、第三京田病院だったからだ。なんという偶然か。透子も、同じ病院にいたとは。彼は階数と病室の番号に目をやり、さらに続きを読んで、押し黙った。透子が入院しただけで、これほど物々しい警備が敷かれているとは。七、八人ものボディガード。見舞いには身分証明の提示と、内部の人間による出迎えが必要……──これは、蓮司が手配したのか?透子の安全を守るため、だと?そう考えると、彼は以前考えていた『恩を
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