アシスタントが再び口を開く。「左の頬、少し痛むのではございませんか」言われて、雅人は舌先で左頬の内側を探る。確かに、わずかな痛みがある。「柚木社長が手を出されたのですが、それも理恵様をお救いするためでした」アシスタントの言葉に、雅人は最後の確認をするように問いかける。「……つまり僕は、理恵さんを……?」アシスタントは、重々しく頷いた。美月の思惑通りにはならず、同時に理恵を完全に傷つけることもなかった。その事実を飲み込み、雅人は内心で安堵のため息を漏らす。彼が着替えを続けていると、アシスタントが報告を続けた。「それに、理恵様がご自分から両家にご事情を説明してくださいました。例の動画は奥様方がご覧になり、会長と奥様は、理恵様の損害はすべて補償するとおっしゃっています」雅人はそれを黙って聞く。脳裏に、記憶が飛ぶ直前、理恵が自室へ入ってきた時の光景が蘇った。隣の部屋に泊まっていた彼女は、異変に気づいて様子を見に来てくれたのだ。そして、「他意はない」と、あれほど何度も繰り返していた。もし理恵がいなければ、自分はとっくに美月の罠に落ちていただろう。その結末を想像すると、吐き気にも似た強烈な嫌悪感がこみ上げてくる。「幸いでした。社長のお相手が理恵様で」アシスタントは静かに締めくくった。「もし、あの朝比奈美月という毒婦が相手でしたら……おそらくもう二度と、女性と口づけなどしたくなくなるでしょうから」その言葉が終わるや否や、背後から突き刺さるような殺気を感じ、アシスタントは慌てて口を噤んだ。──事実を述べたまでなのだが。アシスタントは心の中で思う。理恵は美しく心根も優しい。おまけに、透子の親友だ。正義感が強く、竹を割ったような性格で、家柄も申し分ない。自分の社長には、彼女こそがふさわしい。彼は本気でそう考えていた。雅人は身支度を終えると病院へ急ぎ、病室でまだ眠っている透子を見て、そっと足音を忍ばせた。ベッドのそばに寄り、しばらくその寝顔を見つめる。やがてモニターの数値が安定しているのを確認し、ようやく安心して踵を返した。だが雅人は知らない。彼が背を向けた直後、病床の透子が静かに目を開け、去っていく彼の背中をじっと見つめていたことを。その背筋がまっすぐに伸び、足取りがしっかりしているのを見て、透子は
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