蓮司は静かに言った。「俺は橘の名など出していない」その言葉に大輔は内心で反論した。──だが、我々がやったことは、暗に橘家を利用したことに他ならない。もし橘家から『事実無根』だと声明が出されたら、どうする?確かに橘家の名前は出していない。だが、美月の写真一枚で、特に上流階級のパーティーに参加経験のある者なら、誰もが彼女の『身分』を察してしまう。明言など不要。それだけで、背後にある巨大な権力を匂わせるには十分なのだ。すべては、二つの名家が縁組を結ぶのではないかと、人々に誤認させるための、計算された誘導。大輔は、橘家側に一言断りを入れておくべきかと、一瞬迷った。もちろん、自分に橘会長や橘社長と直接話せるほどの立場はない。連絡を取るにしても、相手は透子しかいなかった。しかし、透子は社長と完全に袂を分かっている。その上、彼女はまだ傷の癒えぬ身だ。大輔はポケットからスマートフォンを取り出しかけたが、その手を止め、そっと元に戻した。──どうか、お爺様の顔に免じて、橘家がこの件を黙認してくれますように。……その頃、別の場所では。悠斗は、一夜にして世論が完全に覆ったのを、ただ呆然と見ていることしかできなかった。彼への支持を表明していたはずの取締役会のメンバーは、誰一人として電話に出ない。昨日、契約を結んだ企業のオーナーたちでさえ、様々な理由をつけて契約の無効を申し出、莫大な違約金を払ってでも手を引こうとしていた。「クソがァッ!!」悠斗は獣のように咆哮し、テーブルの上の物をすべて床に叩きつけた。その目に浮かぶのは、粘着質で残忍な光だ。蓮司……女を利用して、世論を味方につけるとはな。こっちはほぼ勝利を確信していたのに、蓮司はいきなり「橘家との縁組」をスローガンにメディア戦略を展開し、あの『風見鶏』どもをすべて抱き込んでしまった。この縁談が芝居だと暴露することも考えた。だが、部下が大輔に探りを入れたところ、「双方のご両親がお食事をされたという事実以外、存じ上げません」と、丁寧にはぐらかされたという。その魂胆など見え透いている。今、こちらが金を使って『縁談は嘘だ』と報じさせたところで、業界の人間は誰も信じないだろう。必死で相手を貶めようとした結果が、逆に蓮司の追い風になるなど、怒りで気が狂いそうだ。悠
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