翠乃は眉をひそめた。何かを言おうとしたが、結局言葉にはならなかった。実は、彼女が立都市へ来た時、どれほど恐ろしかったことか。立都市はあまりに繁華で、大通りを走る乗用車など見たこともなかったし、ホテルや宴会、華やかな場などは、幼い頃からテレビでしか見たことがなかった。彼女はどれほど怖かっただろう。必死に環境に馴染もうとしているのに、夫は外で女を囲っていたのだ。翠乃は深窓の令嬢ではない。路傍の野草のように育ってきた女だ。彼女が愛していたのは大樹であって、寒笙ではない。寒笙もまた、彼女を愛してはいなかった。だが今、彼が突然愛そうとしたところで、彼女には拒むだけの理由がある。ただ、やはり辛かった。……世英グループ。最上階の社長室。黄金色の十月、床から天井までのガラス窓からは、街路樹の銀杏が色づき始めているのが見下ろせる。あと一ヶ月もすれば、街中が黄金色に染まるだろう。寒真はスリーピースのブリティッシュスーツを着こなし、長身でハンサムだった。その横顔は神が刻んだように完璧で、高い鼻梁は野性と気高さを兼ね備えていた。秘書がノックして入ってきた。「社長、氷室様がお見えです」宗也が入ってくると、寒真は振り返った。二人は顔見知りであり、互いの正体を知っている。宗也も回りくどいことはせず、寒真を見据えた。「朝倉さんが私を呼んだのは、岸本さんのことを聞くためでしょう。いいですよ、包み隠さずお話しします」寒真はゆっくりと歩み寄り、宗也の肩を軽く叩いた。「氷室先生は賢明な方です」彼はネクタイを直して座り、宗也にも座るよう促すと、単刀直入に言った。「あなたと夕梨のすべてを知りたいです。詳細は省いていいです」宗也は失笑した。「朝倉さんも案外脆いんですね」彼は少し考え、語り始めた。「はい、私は精神科医です。岸本琢真さんが岸本夕梨さんの診療を私に依頼しました。ですが、彼女の心の病は深刻ではなく、逆に私と付き合わないかと提案されたのです。ただし条件は厳しく、かつ高待遇でした。私はクリニックを辞めて彼女に専念しなければならず、仕事内容はご存じの通り、洗濯、掃除、料理、それに精神的・肉体的なケアです。年俸は二億円。普通の医師にとっては破格の待遇です。まして岸本さんは若くて美しいです。プライドを曲
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