All Chapters of 私が去った後のクズ男の末路: Chapter 1471 - Chapter 1480

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第1471話

彼女は、ついに真正面から問いただした。章真は怒らなかった。今の自分には、怒る資格などないと分かっていたからだ。彼は手にしていた箸を静かに置き、結安の顔をじっと見つめた。まるで何でも話し合えると言わんばかりの穏やかな表情だった。「分かった。じゃあ、想乃の親権について話そう。親権はお前に渡してもいい。ただし、条件がある」「……条件?」男は彼女の小さな顔を見つめながら、ゆっくりと言った。「一生、結婚しないこと……そして、恋人も作らないこと。もし破ったら、想乃の親権は俺が取り戻す。それから、約束事を書面に残す。お前は恋人を作らない、結婚しない。そして俺にはいつでも想乃に会う権利を認める。毎週2、3日は想乃を楓ヶ丘邸に連れて帰る権利も持つ。それと、最低でも月に二回は家族で食事をする。簡単に言えば……三人で食卓を囲む。遊園地に行くことも含めて」……結安はゆっくりと瞬きをしながら、彼を見つめた。――本当に、図々しい人。自分がいらないと言った時は、好き勝手にしていたくせに。女優と付き合い、恋人を作り、今になって自分と一緒にいたいと言い出す。そのくせ、自分には恋人も結婚も許さない。挙げ句の果てには「家族三人」で食事をしようと言う。結安は迷いなく言い返した。「私たちは、一度も家族三人なんかじゃなかった。せいぜい、想乃の父親と母親。それだけよ。あなたが想乃に会う権利を持つことは否定しない。でも、私はあなたと仲睦まじい夫婦のふりをするつもりはない。そんな必要なんてないから。あなたは橘川美玲と結婚寸前だったでしょう?葉山章真。本当に妻が必要なら、今からでも彼女を取り戻せばいい。あなたの年齢で、これから自分に合う若い女性を探すのは簡単じゃないでしょうし。でも私は戻らない。そんな契約書にサインするつもりもない」彼女の声には、一切の揺らぎがなかった。章真は低く笑った。「署名したくないなら、しなくていい。俺が想乃を育てればいいだけだ。お前が会いたいなら、楓ヶ丘邸まで来ればいい」……「どういう意味?」結安の問いに、章真は答えなかった。けれど、その意味はあまりにも明白だった。――子どもに会いたいなら、黙って楓ヶ丘邸へ来い。結安は静かに箸を置いた。もう、何
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第1472話

夜の闇の中。章真は、結安が一歩ずつ遠ざかっていく背中を静かに見つめていた。ほどなくして、記者たちが彼の周囲を取り囲む。だが、取材など必要なかった。彼の瞳が、すべてを物語っていた。……章真が楓ヶ丘邸へ戻った頃には、すでに深夜になっていた。想乃はとうに使用人に寝かしつけられていた。それでも今夜、娘はどうしても父親のベッドで眠ると言い張った。「ここにはママの匂いがするから」そう言ったらしい。だから章真が寝室へ入った瞬間、最初に感じたのは子どもの柔らかな匂いだった。彼はコートを脱ぎ、リビングにいた使用人へ静かに尋ねる。「想乃は中か?」使用人は少し困ったような顔をした。「はい……どうしてもここで寝ると言って聞かなくて。立花さんの匂いがするって……」そこまで言って、彼女は慌てて口を閉じた。ニュースでは、葉山さんと立花さんのことが大きく報じられている。まさか、あの葉山さんがここまで未練を見せるとは。普段の姿からは、とても想像できなかった。しかし章真は、使用人の胸の内を一瞬で察した。スーツのボタンを外しながら、淡々と言う。「先に下がってくれ。想乃は俺が見る」使用人は逃げるように部屋を出ていった。扉が閉まると、章真は寝室へ向かった。小さな想乃は布団の中に埋もれ、気持ちよさそうに眠っていた。枕元には結安が買ってくれたぬいぐるみ。腕の中には小さなクマの人形。そして、その隣には娘自身。章真は思わず思った。――自分の大きなベッドが、まるでディズニーランドになっている。彼はベッドの端に腰を下ろし、そっと娘の頬に触れた。日に日に、母親に似てきている。章真は顔を寄せ、想乃の頬に優しく口づけた。すると、娘がぼんやりと目を開けた。薄暗い灯りの中。最初に見えたのは、父親の顔だった。「想乃、ママに会いたい」その言葉に、章真の胸の奥が熱くなる。彼はベッドに横向きになり、娘を胸元へ抱き寄せた。髪を撫でながら、小さな背中を優しく叩く。「ママはすぐ帰ってくる。パパが約束する」想乃は眠そうな声で尋ねた。「……本当?」章真は答えなかった。ただ、小さな頭にそっとキスを落とす。「パパが想乃を寝かせてあげる」娘はまだ頑張って起きていようと
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第1473話

しばらくして、電話の向こうから、結安の声が聞こえた。「私が一人で行く」それだけ言うと、彼女は電話を切った。その瞬間。章真は、張り詰めていた息をゆっくり吐き出した。どれほど恐れていたことか。結安が完全に拒絶することを。たとえ想乃に会えなくなっても、自分との関係を断ち切ろうとすることを。そんな未来だけは、どうしても受け入れられなかった。その時。ドアをノックする音が響いた。桐生が入ってくる。その手には、一束の白いバラが抱えられていた。彼女は微笑みながら言う。「葉山社長、こちら……結安さんへ贈る花です。いかがでしょうか?」章真は花束を受け取った。それは、その日の朝に専用便で立都市へ運ばせたものだった。とても新鮮で、花びらの上には、まだ朝露さえ残っている。桐生は心の中で思った。――葉山社長、女性を口説く時だけは本当に惜しみませんね。章真は満足そうに白いバラを見つめた。包み紙はあえてシンプルなクラフト紙。華美ではないのに、どこか清潔感がある。彼は花束を持ったまま階下へ向かった。車に乗り込むと、助手席へそっと置く。その白い花を見つめていると。ふと、結安が18歳だった頃を思い出した。あの頃。彼はまだ彼女を「アヒル」と呼んでいた。章真の気分は、珍しく晴れやかだった。アクセルを踏み込み、楓ヶ丘邸へ向かう。30分後。車はゆっくりと邸宅へ入っていった。すると、ちょうど結安の車も到着していた。2台の車は、ほぼ同時に正面玄関前の駐車スペースへ停まる。章真は、待ちきれないように車を降りた。夕暮れの中。彼は彼女が降りてくるのを静かに待つ。やがて、結安が車から降りた。まだ寒さの残る季節。彼女はキャメルカラーのケープコートを身にまとい、黒髪は低い位置でひとつに結んでいた。清楚な美しさの中に、少しだけ大人の雰囲気が漂っている。章真は、その姿を静かに見つめた。そして、ふと思う。自分の結安は、もう26歳なのだ。彼女が自分のもとへ来た時は、まだ18歳だった。二人が出会ってから、もう8年。別れて、戻って。繰り返した時間。けれど、本当に一緒にいた時間は、2年にも満たない。結安が俯いたまま車のドアを閉める。その瞬間
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第1474話

結安は俯いた。男は顔を上げる。琥珀色の照明が章真の顔を照らし出し、その輪郭をより深く、鮮明に浮かび上がらせていた。彼はまるで懇願するように彼女を見上げながら、そっと彼女の足首を掴む。そして、高いヒールを脱がせ、用意された室内履きへ静かに置いた。結安には分かっていた。こんなふうに彼女を大切に扱うのは、おそらく自分だけなのだろう。けれど。だから何だというのか。二人はもう別れた。彼が恋人を作ったこと自体は、間違いではない。でも。彼女を傷つけたこと。彼女の誇りを踏みにじったこと。それは間違いだった。そして。それを受け入れるかどうかを決める権利は、彼女にある。結安は小さな声で言った。「……自分でできるから」章真は無理に続けようとはしなかった。すっと立ち上がると、白いバラの花束を手に取る。「花瓶に生けてくる。靴を替えたら、先に食事をしていて」そう言ってから、想乃の小さな手を軽く撫でた。「想乃。ママと一緒にご飯を食べておいで」想乃は心の中で喜んだ。けれど、その小さな期待は必死に隠している。小さな手で、ぎゅっと母親の手を握った。結安が振り返ると。そこには、嬉しそうな顔を隠しきれない娘の姿があった。本当は分かっている。この子が何を望んでいるのか。きっと、父親と母親がまた一緒に暮らすこと。結安は思った。いつか章真ときちんと話し合わなければならない。少なくとも、二人が納得できる折衷案を探さなければ。……初春の寒さは、まだ残っていた。けれど楓ヶ丘邸の中は、春のように暖かかった。結安はコートを脱ぎ、ロングワンピース姿になる。そして想乃の手を引き、ダイニングへ向かった。蝶野は自ら料理を取り分けていた。結安が戻ってきたことが、本当に嬉しいのだろう。彼女が好きな料理を何品も取り分ける。想乃も可愛らしい子だ。けれど。蝶野の中で、より心配で大切なのは、やはり結安だった。想乃が魚を食べたいと言うと。結安はいつものように、丁寧に骨を取り除いてあげる。ここで食事をするには、多少の代償が必要なのかもしれない。それでも。今、想乃と一緒にいる時間は言葉では表せないほど穏やかだった。クリスタルの照明の下。結安の
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第1475話

結安はスマートフォンを握ったまま、眉をひそめた。確かに、今の自分と章真の関係は、もう以前のようなものではない。けれど、直生と会っていることを、彼に知られたいとは思わなかった。だから彼女は、とっさに隠した。「今、あるプロデューサーさんと食事しているの」「そう?林の従兄が、いつからプロデューサーになったんだ?俺は知らなかったけど」……え?結安はスマートフォンを握ったまま、ゆっくりと道路の向こうへ視線を向けた。一瞬で、その車を見つける。夕暮れの光を浴びて、まばゆいほど輝く一台の高級車。車内には章真がいた。スマートフォンを手にしたまま、彼女を見つめている。その眼差しには、まるで毒でも含んでいるかのような凄みがあった。結安は思わず呆れる。まるで浮気現場を押さえた男のような顔をしている。けれど、二人はもう何の関係もないのに。章真は低い声で言った。「想乃も車にいる」結安は仕方なく、直生に別れを告げた。直生もまた、あの目立つ車に気づいていた。彼は結安に尋ねる。「よかったら、連絡先を交換しませんか?」結安は少し迷ったあと、承諾した。恋人にはなれなくても、友人になることくらいはできる。直生は、もう難しいだろうと察していた。葉山章真が、明らかに手放す気がない。少し残念ではあった。だが、大人になれば現実を優先することも多い。まだ存在もしない可能性のために、葉山章真を敵に回すつもりはなかった。二人は穏やかに別れを告げる。直生は、結安が車へ向かって歩いていく姿を見送った。……本当なら、結安は後部座席に乗るつもりだった。しかし、彼女が車の後ろへ回ろうとした瞬間、章真が先にドアを開けた。顎を少し上げる。「助手席」そう示される。結安は反論しなかった。そのまま助手席へ乗り込む。車内に入ると、すぐに後ろの想乃へ声をかけた。小さな娘はアイスクリームを食べていた。口いっぱいに頬張りながら、一生懸命話している。章真は白いシャツに黒いスラックス。細いフレームの眼鏡。引き締まった体つき。どこまでも知的で、禁欲的な雰囲気を漂わせている。彼は結安をちらりと見たあと、先ほどのカフェの方向へ目を向けた。そして、低く鼻で笑った。「
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第1476話

章真は思った。――想乃は、どうやら自分の天敵らしい。――あれだけ大切に育ててきたのに。いっそのこと、あの小さな口を塞いでしまいたいくらいだった。章真はハンドルを握りながら、娘に言い聞かせる。「おばあちゃんの言うことが、全部正しいとは限らない」想乃は小さな顔を上げた。「でも、おじいちゃんはおばあちゃんの言うことは全部真理だって言ってたよ。パパ、真理って何?」章真は言葉に詰まった。しばらくして、彼は隣にいる結安をちらりと見て、低い声で言った。「想乃はお前にそっくりだ。昔のお前も、こんな感じだった。反発ばかりして、素直じゃなくて……頭の中にいろんな考えを持っていた」また昔。また過去の話。結安は思わず考えてしまう。もしかすると、本当に章真は年齢のせいで、昔のことばかり思い出しているのではないか。年を重ねた人ほど、過去を懐かしむものだという。そう考えると、なぜか少しだけ気持ちが軽くなった。そして、ほんの少し、笑った。会うたびに、彼女は決して笑わなかった。だから、その一瞬の笑顔は春の日差しに雪が溶けるように、柔らかく美しかった。章真は思わず何度も彼女を見る。そのせいで、車の速度が少し落ちた。後ろから、次々とクラクションが鳴る。中には苛立った声も混じっていた。後部座席の想乃は、運転手の真似をして言う。「運転できるの?できないなら、運転しないほうがいいよ」章真は完全に言葉を失った。……30分後。車はゆっくりと楓ヶ丘邸へ入った。夕暮れ。蝉の声が絶え間なく響いている。木々の影が、濃い青色の空に揺れていた。本来なら、穏やかな夏の日だった。しかし、食事を始める頃になると、突然激しい雨が降り始めた。まるで空が崩れ落ちるような豪雨。外は一面、水の世界になった。邸宅の排水設備は整っていたが、それでも庭には水が溜まっていく。街の中心部では、膝の高さまで冠水した場所もあるという。それでも雨は止まなかった。雨の夜。蒸し暑さの中に、わずかな涼しさが混じっていた。夜9時。想乃は疲れ切って眠りについた。結安はベッドのそばに座り、娘の寝顔を見つめていた。外では雷鳴が響いている。けれど、想乃の寝息は甘く穏やかだった。結安はそっ
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第1477話

章真は静かに彼女を見つめていた。外では、まだ雷鳴が低く響き続けている。稲妻が何度も二人の顔を照らし出す。白く浮かび上がった表情は、どこか痛いほど鮮明だった。この瞬間だけは、二人の間にある12歳という年齢差さえ消えたように感じられた。そこにいるのは、ただ一人の成熟した男と、一人の女だった。長い沈黙の後。章真はゆっくりと彼女へ寄り添った。抱きしめているようでもあり、彼女に寄りかかっているようでもあった。顔を結安の首元へ埋め、低く掠れた声で、何かを呟く。結安には、はっきり聞き取れなかった。ただ、その中に「後悔」という言葉があったような気がした。彼女が身体を動かそうとすると、章真は片手で彼女の手を握った。絡み合う十本の指。あまりにも自然で、あまりにも親密な仕草だった。彼は彼女を離さない。ただそのまま抱きしめ、雷鳴の響く夜の中で彼女の体温を感じていた。そして、愛しているのに手に入れられない苦しさを、噛み締めていた。女というものは、結局どこかで心が柔らかい。結安は、もう彼とやり直すつもりはなかった。けれど、章真との感情は、あまりにも複雑だった。だから、彼女はもう彼を押し返さなかった。そっと彼の肩へ腕を回し、とても小さなため息をついた。その夜は、長かった。そして、結局、何も答えが出ないまま終わった。……その後、章真は、彼女と直生のことを問いただすことはなかった。交友関係にも口を出さなかった。想乃の親権だけは譲らなかったが。それでも、彼女が想乃を連れて自分のマンションへ泊まることを許した。夏の忙しくない時期には、想乃は結安のところで20日ほど過ごしたこともあった。二人の関係は、以前よりずっと穏やかになっていた。――ただし。どこか距離のある関係でもあった。その後、章真は二度と彼女と身体の関係を持とうとはしなかった。そして、もう二度と、恋人を作ることもなかった。想乃が結安の家に泊まっている時。数日に一度、彼は娘に会いに来て、一緒に食事をした。いつも礼儀正しく。距離を守って。まるで、過去のすべてが終わったかのように。まるで最初から、こういう関係だったかのように。そこにはもう、激しい愛も、憎しみも、争いも、涙もなかった。
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第1478話

結安は想乃を抱いたまま、車へ乗り込んだ。車は、夜明け前の露に濡れた街を走り抜け、病院へ向かって疾走していく。高熱で意識がぼんやりしている想乃は、しばらくしてゆっくり目を覚ました。潤んだ瞳で母親を見上げる。いつもの元気はなく、声も弱々しく震えていた。「ママ……どこに行くの?」結安は小さな頭へそっと口づける。「パパとママで、想乃を病院へ連れて行くの。想乃、お熱がすごく高いからね」娘は、ゆっくり顔を動かして前の席にいる父親を見る。本当に辛いのだろう。力なく母親の胸元へ身体を預け、小さな頭を垂れたまま目を閉じる。しばらくして、かすかな声が漏れた。「ママ……想乃……病気で死んじゃうの?」「そんなこと言わないで。大丈夫よ。想乃は、ただ熱が出ているだけだから」……結安は、熱で赤くなった小さな頭へ何度も優しく口づけた。前方では章真がアクセルを踏み込む。高級車は、夜明け前の暗闇を切り裂くように走り続けた。小児病院へ到着すると、すでに桐生が待っていた。事前に小児科の専門医へ連絡を取り、受け入れの準備を整えていたのだ。車から降りると、桐生は想乃の小さな頭へそっと触れた。その姿を見るだけで、胸が痛んだ。検査の結果、どうやら冷えからくる発熱の可能性が高かった。しかし念のため、血液検査をすることになった。だが、問題は、その採血で起きた。深夜勤務の看護師が、確認を怠ってしまったのだ。なんと、想乃と別の患児の採血管に、誤ったラベルを貼ってしまった。……東の空が白み始める頃。小児科の専門医、そして腫瘍専門医でもある医師は、1枚の検査結果を何度も見返していた。やがて、複雑な表情で想乃を見る。その様子を見た二人の男の胸が沈んだ。「……どうしたんですか?」医師は結安へ視線を向ける。「お母さんは、お子さんを連れて一度外へ出ていてください。お父さんとは、少しお話があります」結安の心が、一気に沈んだ。けれど、想乃を不安にさせるわけにはいかなかった。彼女は必死に涙をこらえ、娘を抱いたまま診察室を出る。章真もまた、胸の奥に嫌な予感を抱えていた。彼は桐生へ目配せし、結安のそばへ行くよう伝える。二人が出て行った後。章真は診察室の扉を閉め、医師へ尋ねた。「
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第1479話

深夜。小児病院には、専用の入院棟が一棟設けられていた。想乃は点滴を受けながら、すでに眠りについている。結安はベッドの傍らに寄り添い、優しく娘の背中を撫で続けていた。ガラス張りの窓は閉め切られている。章真はテラスに立ち、スマートフォンを手に両親へ今回のことを伝えていた。防音はしっかりしている。それでも彼の声は低く沈んでいた。子どもに聞かせたくなかったからだ。およそ30分ほど話した後、ようやく電話を切る。その瞬間、無性に煙草を一本吸いたくなった。けれど、彼はそれを堪えた。もし想乃を怖がらせる心配がなければ、今頃、両親も、芽衣夫妻も、すぐに駆けつけていたはずだ。皆、想乃のことを心から心配していた。まだ幼い身体で苦しんでいることが、たまらなく辛かった。すでに骨髄バンクにも照会がかけられている。夜が明ければ、適合するドナーがいるかどうか分かる。夜空には、冴え冴えとした月が浮かんでいる。けれど、章真の胸の内は、ひどく冷え切っていた。自分はこれまで、あまりにも多くの過ちを重ねてきたのではないか。その報いが、よりによって、自分の想乃に降りかかっているのではないか。そんな考えさえ、頭をよぎった。……病室では、想乃が深く眠っていた。結安は娘の額にそっと口づける。そして静かにガラス扉を開け、テラスへ出た。章真は俯き、彼女を見る。その瞳には、消えることのない深い痛みと、濃い悲しみが宿っていた。結安の唇が震える。どれほど多くの喜びや苦しみを共にしてきたとしても。どれほど彼を憎み、責めたことがあったとしても。この瞬間、彼女が見せられる弱さは、章真の前だけだった。二人は、想乃の父親と母親だから。結安の唇は震え続ける。そして、ゆっくりと頭を彼の肩へ預けた。ほどなくして、章真の肩は涙で濡れていった。温かく、湿った感触。けれど、彼はそれを振り払うことなどできなかった。章真の胸の奥は、さらに締めつけられる。――これが、自分の結安だ。彼は細い身体を強く抱きしめる。髪へそっと口づける。声は、いつになく低く、重かった。「怖がるな。大丈夫だ。想乃は俺が必ず守る。だから……俺を信じてくれ」結安は何も答えなかった。ただ、そのまま彼の腕の中で、
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第1480話

「結婚……?」結安の鼓動が速くなる。章真の瞳は、夜よりも深く沈んでいた。「想乃をもっと良く支えるために。そして、妊娠したお前をもっと側で守るために。結安、俺たち結婚しよう。お前が嫌がることは、もうしない。子どもが生まれて、想乃の手術が無事に終わった後、お前が離婚したいと言うなら俺は止めない。すべては、子どものために考える。……だめか?」結安の心は、本当に揺れていた。彼女も章真も、世間から注目される立場の人間だ。彼女が産む子どもは、必ず多くの視線の中で生きていくことになる。結婚していない両親のもとに生まれたというだけで、その子に余計な目を向けさせるのは不公平だと思った。結安にも分かっていた。けれど、彼女はすぐに答えを出さなかった。声を震わせながら言う。「……少し、ちゃんと考えさせて」章真は彼女を急かさなかった。……想乃の熱は、すぐに下がった。2、3日もすると、いつものように元気を取り戻し、無事に退院できるまでになった。ただ、家ではそのまま幼稚園へ戻すことはせず、しばらく休ませることにした。結安も、その後の仕事をほとんど調整した。芽衣に勧められたこともあり、彼女は楓ヶ丘邸へ戻り、想乃のそばで過ごすことを決めた。その日、結安は一人でマンションの荷物を整理していた。自分の荷物だけではない。想乃のものもある。これから1年間、楓ヶ丘邸で暮らすことになる。普段使うものはすべて持っていくつもりで、いくつもの箱に詰め、先に運搬業者へ預けた。私物の細かなものだけは、自分でゆっくり確認しながら片付けていく。気づけば、外は夕暮れに染まっていた。仕事を終えた章真が、迎えに来た。結安がドアを開けると、そこに立っていた彼を見て少し驚いた。しばらくして、彼女は小さな声で尋ねる。「……どうして来たの?もう少し荷物が残っているだけなのに」章真は部屋の中へ入りながら、柔らかな声で答えた。「ちょうど仕事が終わったから、少し様子を見に来ただけだ」寝室は綺麗に片付いていた。けれど、ベッドだけはそのままだった。淡い色のシーツには、まだ女性らしい柔らかな香りが残っている。ベッドサイドには、写真立てが置かれていた。結安と想乃が一緒に写った写真。章真はしばらく
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