Semua Bab 私が去った後のクズ男の末路: Bab 951 - Bab 960

1080 Bab

第951話

その後の一か月間、寒真は海外での撮影に追われていた。一日おき、あるいは二日に一度ほど、彼は夕梨にメッセージを送り、ときには彼女の休憩時間を見計らって電話をかけた。夕梨は仕事の疲れもあってか、二言三言応じただけで、スマートフォンを胸元に抱いたまま眠ってしまうことが多かった。受話器の向こうから伝わってくる、かすかな寝息。異国の地にいる寒真はその寝息を聞きながら、生まれて初めて「幸福」というものを胸の奥で知った。それはまるで、秋の日に飲むホットのアメリカーノに、砂糖をひと匙だけ落としたような――過不足のない、ちょうどよさだった。そのときも寒真は片手にスマートフォンを握り、もう一方の手で煙草をつまみ、ゆっくりと吸い終えた。遠くから声が飛んでくる。「朝倉監督、まもなく本番です!」寒真はスマートフォンを耳に当て、最後にもう一度、夕梨の呼吸を確かめるように聞き――通話を切った。歩き出すと、里奈が肘で軽く彼をつつく。「岸本さんに電話してたんですか?」寒真はちらりと彼女を見る。「余計なことを言うな」それでも里奈はポニーテールを揺らしながらついてくる。「でも最近、監督はヒゲを剃る回数増えましたよね。立都市ではきっちりしてたのに、海外だと放ったらかしで、結構伸びてたじゃないですか」寒真はトランシーバーを手に取り、素っ気なく言った。「気のせいだ」そう言いながらも、薄い唇の端はわずかに持ち上がっていた。もちろん、夜になると女優が彼のホテルの部屋に近づこうとすることもあった。トップ女優から端役まで様々だったがすべて里奈が追い払った。彼女はお茶を淹れながら、どこか説教じみた口調で言う。「朝倉監督、今はもう家庭がある前提で見られてるんですから。そういうの、ダメです。岸本さんが知ったら、絶対に不機嫌になりますよ」寒真はわざと眉をひそめる。「ずいぶん彼女のことを分かってるな」里奈は遠縁でもあり、遠慮がない。ソファの背にもたれ、足をぶらぶらさせながら言った。「私だって女ですから。女遊びする男を好きな人なんていません。本気で岸本さんを手に入れたいなら、監督はまだ努力が足りないです。条件が良すぎて、見合いに出たら相手は名家ばかりでしょうし。それに岸本さん、本当に綺麗じゃないですか。芸能界の九十九パ
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第952話

夕梨は可憐で素直な性格で、紀代の心の中では自然と大切にしたくなる可愛い娘だった。しかも彼女たちは、寒真の紹介よりも前から顔見知りだった。その縁がなおさら微妙で、そして真摯に感じられた。紀代はベッドの縁に腰を下ろし、夕梨の肩をそっと叩きながら、声を極限まで落とす。「夕梨……」だが、返ってきたのは小さく喉を鳴らすような声だけだった。紀代は手の甲で額に触れ、思わず眉を寄せる。――熱い。発熱している。彼女は顔を上げ、使用人に尋ねた。「解熱剤や風邪薬はある?夕梨のかかりつけ医の連絡先は?薬のアレルギーは?」使用人は首を振るばかりで、何ひとつ答えられない。勤め始めてまだ半年ほど、日常の身の回りを担当する立場でもなかった。紀代は小さく首を振り、階下へ降りると、190センチの運転手兼ボディーガードを呼び寄せた。自ら夕梨に服を着せ、慎重に抱き上げさせて車へ運ばせる。――病院へ向かうつもりだった。使用人は慌てて車の前に立ちはだかる。「こ、これは奥様にご報告しないと……」紀代は運転手に視線で合図し、夕梨を車に乗せると、ゆっくりと手袋をはめ直した。軽く手を振る。「ええ、今すぐ電話しなさい。話すのは私がやるわ」使用人は慌てて電話をかけた。数言やり取りするうち、表情が次第にこわばり、最後にはどこか奇妙な顔つきになる。通話を切ると、先ほどまでとは打って変わって、深々と頭を下げた。「加賀谷様、承知いたしました。奥様より、夕梨様はどうかあなたにお任せするように、と」紀代は小さく頷き、そのまま車に乗り込む。黒い車は静かに屋敷を後にした。電話の向こう。瑠璃は受話器を置いたまま、しばらく動けずにいた。ここ数年、夕梨がひとりで暮らすことにこだわっていた理由を、彼女は薄々理解していた。思いが深く、まだ心の中で何かを手放せずにいる――そんな気配を。琢真はうまく隠しているつもりだったのだろうが、母親である彼女に分からないはずがなかった。心理カウンセラーにかかったことも、心に住みついたある人の存在も、その悔いも――すべて知っている。その名は朝倉寒笙。寒真の弟だ。今、寒笙たちの母親が夕梨を連れて行こうとしている。母としては手放したくはない。だが、一人の女性としては理解していた。夕
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第953話

夕梨ははっと目を開いた。次の瞬間、視界いっぱいに広がったのは寒真の顔だった。しばらく会わないうちに、無精髭がかなり伸び、顎の大半を覆っている。だがそれが、かえって粗野な色気を帯び、広い胸板と相まって、純粋なホルモンの匂いしかしないほどの艶やかさを放っていた。夕梨はじっと寒真を見つめる。寒真は黒い瞳を細め、そのまま彼女の視線を受け止めると、ゆっくりと腕に力を込め、逃がさぬように抱き寄せた。寝起きのせいか、声は少し掠れている。「具合が悪いって聞いて、一番早い便で戻ってきた。やっと三十分寝たところで起こされるなんて、わざと俺を寝かせないつもりか?」「……違う」夕梨はできるだけ強がって言おうとした。けれど、病み上がりで力が出ないのと、男の腕にがっちり閉じ込められているせいで、どうしても迫力に欠ける。寒真は小さく笑い、彼女を丸ごと胸に収めた。目を閉じ、顎で彼女の頭をそっと擦る。「少しだけ、一緒に寝よう」夕梨はこれは良くないと思った。彼が戻ってこなければ寝坊で済んだ話だが、ここは彼の実家だ。さすがに勝手はできない。そう思って身をよじったが寒真は離さない。「両親は今、買い物に出てる。経験上、九時までは戻らない。もう少し付き合ってくれ。俺、午後にはまた飛ぶんだ」夕梨は彼の首元に顔を寄せ、小さく不満を漏らす。「……帰ってきてなんて頼んでない。私のせいにしないで」男はまた彼女の髪に顔を埋めた。「お前のせいにしないで、誰のせいにするんだ。夕梨。お前が病気じゃなかったら、十数時間のフライトを二便も乗り継いだりしない。口では強がっても……俺は心配なんだ。少しくらい、俺のことも心配してくれないのか?」夕梨は抵抗をやめた。正直、居心地がいい。――とはいえ、やはり自分の家ではない。結局、朝八時四十分には起き出し、簡単に身支度をして厚手の上着を羽織り、階下へ降りた。使用人たちは彼女を見ても驚かない。寒真の恋人だと知っており、にこやかに朝食を用意してくれた。和洋どちらも揃っている。使用人は穏やかに笑う。「お好みが分からなかったので、どちらもご用意しました」夕梨は並んだ料理を見て微笑み、礼を言った。「どれも好きです。お気遣いありがとうございます」使用人は内心、とても嬉しかっ
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第954話

夕梨はふいに勇気が湧いた。寒真を見つめ、声を落として言う。「好き。好きだよ」次の瞬間、寒真は固まった。こんなにもあっさり認められるとは思っていなかったのだ。驚きと喜びが一気に押し寄せ、どう反応していいか分からないまま、本能に突き動かされるように彼女を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。無精髭で、細かく、執拗に彼女の頬をくすぐる。白く柔らかな頬がすぐにうっすらと赤くなる。キスはしない。ただ、ひたすらくすぐるだけ。やがて夕梨が耐えきれなくなる。痒くて、少し痛い。それなのに男は悪びれもせず尋ねた。「気持ちいい?」髭で刺されて、気持ちいいわけがない。夕梨が反論しようとした、その瞬間。赤い唇が強く塞がれた。次いで降り注ぐ、容赦のないキス。彼女を丸ごと飲み込んでしまおうとするかのように、角度を変え、何度も、何度も。唇だけでは足りず、頬も、顎も、額も――顔中に、惜しげもなく口づけを落とす。彼ははっきりと理解していた。――性と、好意と、愛は違う。自分は夕梨を心の底から愛している。それは欲情に好意が重なり、さらに、手放す覚悟と犠牲を厭わない気持ちを含んだものだ。本当に人を愛するというのは、欲を抑え、何かを諦め、何かを差し出すことができるということ。……三月。カーテン越しに射し込む陽射しは、やわらかく暖かい。寒真は片手で夕梨の腰を支え、もう一方の手で後頭部を包み込み、ゆっくりと、慈しむように口づけた。名残惜しいほどだったが、彼はきちんと踏みとどまり、それ以上のことはしなかった。長いキスがようやく終わる。夕梨は彼の肩に額を預け、小さく呟く。「寒真……約束はできない。まだ、ちゃんと考えきれてないの」男は驚くほどあっさり受け入れた。「いいよ。ゆっくり考えればいい。一年でも、二年でも、三年でも。答えが出るまでは、俺が面倒を見る。俺にとってお前はスノーみたいなものだ。真っ白で放っておけない」……夕梨は反論しようとした。だが、彼の腕の中に折り込められてしまう。温かな手のひらが、頬を撫で、黒髪をすべて後ろへ流し、整った顔立ちをあらわにする。寒真は鼻先に軽く口づけ、低くやさしい声で言った。「守りたいんだ」夕梨はかすかに震えた。一言も返せない。
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第955話

夕梨は思わず固まった。――ご両親が見ているのに。こんなふうに、堂々とキスをするなんて……少し露骨すぎないだろうか。そんな彼女の戸惑いを察したのか、寒真は低く笑った。「今朝、一緒に寝てたのはもう両親も知ってる。キス一つくらい、何だっていうんだ?」夕梨は両手で頬を押さえ、小さな声で言う。「私はあなたほど厚かましくないの」寒真は彼女の肩を軽く引き寄せる。華奢な身体は腕の中にすっぽり収まり、いっそう小さく見えた。彼は見下ろすように彼女を眺め、もう一度尋ねる。「で、昼は何を食べる?」夕梨が居心地悪そうにしていると、向こうから声が飛んできた。「こら、あんまり夕梨ちゃんをからかうな」晴臣の声だった。「今日は料理が多いぞ。ただし残念だが、今日はお前の好物中心じゃない。今日の主役は交代だ。嫁を迎える覚悟ってやつだな」寒真は夕梨から目を離さず、声を落とす。「いいよ。その代価なら、いくらでも払う」紀代は二人の様子を見て、胸が温かくなるのを感じた。同時に、ふとした寂しさも胸をよぎる。――もし寒笙が生きていたら。家はどれほど賑やかだっただろう。寒笙はきっと驚いただろう。兄がこんなにも変わったことに。食卓はこれ以上ないほど豪華だった。角煮、殻付きの焼きタラバガニ、鶏をじっくり煮込んだ、天然きのこのスープ……晴臣は三時間かけて、煮物や焼き物を中心にした温かい料理を八品、主になる料理を四品、さらに自慢の小鉢を四種も用意した。まさに、もてなしの極みだ。長いダイニングテーブルの中央には群青色の花瓶。そこに白い薔薇が満開に活けられている。晴臣が主座に座り、寒真は左手側に席を取る。男同士、話題は自然と堅いものになっていた。夕梨は紀代の隣に座った。紀代は宇宙分野の第一人者だが、加賀谷家の出身らしく、どこかロマンチックで話も尽きない人だ。そして寒真は会話の合間を見ては、カニの身を丁寧に剥き、きれいに整えて夕梨の皿に置く。細い指が汚れないようにという気遣いだ。その様子を見て、晴臣は内心で驚いた。――まさか、こんな日が来るとは。だが、それも無理はない。夕梨にはその価値がある。食事は終始、和やかだった。食後、夕梨はそろそろ帰ろうと考える。だが寒真は有無を言わせず彼女を二
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第956話

琢真がそう言うと、瑠璃はくすりと笑い、娘の髪をそっと撫でた。「確かにね。あなたのお父さんの若い頃に、どこか似てるわ。実の父親でも、雅彦でも――若い頃は二人とも、なかなか遊んでたものよ」でも幸い、琢真は一途だ。茉莉も、これ以上ないほど幸せな日々を送っている。今となっては、誰の目にも寒真が過去の放埒な生活と決別し、心を入れ替えたことは明らかだった。ただ――瑠璃としては、夕梨がそれをどう思っているのか、きちんと確かめておきたかった。もし気になるのなら、最初から踏み出さないほうがいい。気にならないのなら、少し様子を見てもいい。相手は普通の家庭ではない。世間体もある。別れたり戻ったりを大げさにするのは決して得策ではなかった。瑠璃は娘に視線を向ける。夕梨の顔にはかすかな迷いが浮かんでいた――「母さん、私にも分からない。理性ではあまり良い選択じゃないって分かってる。でも……彼と一緒にいると楽しいの」……母と兄には気兼ねがなく、胸の内を素直に口にできた。瑠璃と琢真は視線を交わす。琢真は片手をポケットに入れ、穏やかに笑った。「気持ちに従えばいい。好きなら付き合えばいいさ。何かあっても、家が後ろ盾になる。結婚なんて、結局は自分が好きな相手とするものだろ?好きでもないのに条件だけ合ってても意味がない。幸せじゃなきゃ、何のための結婚だ?」夕梨は小さく頷いた。そのとき、瑠璃はもう一度、娘の額に手を当てて熱が下がっていることを確かめた。この関係を受け入れてもいいと思えたとき、真っ先に浮かんだのは紀代だった。紀代は夕梨を気に入り、あれほど必死に病院へ連れて行き、さらに朝倉家へ連れ帰って自ら世話をした。寒真も海外から急いで帰国してきた。この誠意はなかなか見られるものではない。――とりあえず、しばらく様子を見よう。何はともあれ、琢真は夕梨のために三日間の休みを取ってくれた。夕梨の体調もすっかり良くなり、ちょうど慕美が家で暇をしているからと、遊びに来ないかと誘われる。夕梨も退屈していたところだったので、喜んで同行し、慕美の好物の果物をいくつか用意して持っていった。一時間後、車はゆっくりと本邸の正面に止まった。後部座席のドアを開けた使用人が、にこやかに言った。「奥様、電話を切ってからず
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第957話

夕梨はそこで午後いっぱいを過ごした。夕暮れ時になると夕食を断り、運転手付きの車に乗って帰っていった。濃藍色の宵闇。空はいつもより少し高く感じられた。後部座席で、彼女はスマホのメッセージ画面を何度も見返す。そこに並んでいるのは寒真が搭乗前に送ってきた文面だった。言葉は多くない。短く、そっけないほどなのに――胸の奥をまっすぐ射抜いてくる。しばらくして、夕梨はコートのポケットから細いチェーンを取り出した。以前まで首にかけていたものだ。中の写真はもう何百回、何千回と見てきた。けれど、改めて見つめると――すべてが寒真と重なっていく。彼女が五年間、見続けてきたその写真。思い出に縋ってきた、その写真の人は寒真だった。前方では運転手が黙々とハンドルを握っている。ふいに、後部座席から声が落ちた。「霊園まで。途中で道沿いの花屋に寄ってもらえる?花を買いたくて」運転手は一瞬ためらい、ルームミラー越しに振り返った。「もうすぐ暗くなりますが……」夕梨は首を振る。「大丈夫。怖くない」寒笙が亡くなって以来、彼女の心には影が落ちたままだった。遠くから一度だけ墓地を眺めたことはある。けれど、足を踏み入れたことはなかった。今日は行きたかった。寒笙に、きちんと別れを告げたかった。……三十分後、空はほとんど闇に沈み、わずかに深い青の名残を残すだけになっていた。夕梨は小さなマーガレットの花束を抱え、記憶を頼りに中央付近の小さな墓石へと辿り着く。墓碑には少年時代の寒笙の写真がはめ込まれていた。濃い眉と目元は寒真と驚くほどよく似ている。――その笑顔はあたたかい。夕梨はしゃがみ込み、そっと写真に触れ、首から細いチェーンを外した。最後にもう一度だけ身につけてから。前日に雨が降ったせいで、土は湿っている。彼女はそのチェーンを静かに土の中へ埋め、ゆっくりと土をかぶせながら、掠れた声で語りかけた――「寒笙……ずっと、あなただと思っていた。五年間、大切にしてきた。でも、それは寒真だった。あなたのお兄さんで、今、私が恋をしている相手。もし、あの時の事故がなければ、私たちはきっと結婚して、子どもがいて、式は央筑ホテルで挙げていた。あなたは卒業して宇宙の道に進み、私は小さなワイナ
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第958話

夕梨はすぐには答えなかった。ただ、車窓の外へと視線を向ける。空はすっかり闇に沈んでいるのに、地平線の彼方には巨大な暗紅色の雲がたゆたうように浮かんでいる。流れるようでいて、決して動かない。――まるで、彼女と寒笙のようだ。この世のすべては移ろい、彼女自身も変わった。けれど寒笙だけは、永遠に深い淵の底に沈み、二十歳の夏の中で、時間を止めたまま消えていった。夕梨は手を伸ばし、夜風を掠める。風に溶けるように、声が流れた。「……うん。決まった」琢真は軽く笑い、それ以上は何も言わなかった。夕梨はもう二十六歳だ。仕事も順調で、自分の人生を選ぶ力がある。失敗する余地だってある。周防家と岸本家の子どもには、いつだって試す余裕があるのだ。……三日間の休暇中、夕梨はほとんどの時間を慕美と過ごした。まだお腹は目立たないものの、彼女はその小さな命の誕生を心待ちにし、叔母さんになる日を想像しては胸を弾ませていた。赤ちゃんはきっと可愛いに違いない。一族の子どもたちの中でも、澪安と澄佳――あの双子はひときわ整った容姿で、眩しいほどだったのだから。夜。シャワーを浴び終えた夕梨はベッドにうつ伏せになる。艶やかな黒髪が細い身体に沿って流れ落ち、きらめく照明の下で、妖しい光を放っている。彼女はスマホを握り、寒真と通話していた。向こうでは、夜の撮影を終えたばかりの寒真がまだシャワーも浴びず、ソファにもたれて休んでいる。相当に疲れているのだろう。広い胸元がはっきりと上下していた。声も少し掠れている。「……明日から仕事か?」夕梨は小さく「うん」と答える。慕美が妊娠したこと、あの結婚式の花嫁が自分の義姉にあたる人だということを話すと、寒真は笑った。「さすがに、それは覚えてる」夕梨は少し気まずそうに笑う。すると、低く落ち着いた声が続いた。「夕梨、有給休暇はある?」「……え?」寒真はためらいなく言った。「あるなら、スイスに来いよ。この先、撮影が一、二日空く。お前を連れて、スキーに行きたい」夕梨の心臓が急に速く打ち始めた。休暇を取って、スイスへ?十数時間のフライトの先に、寒真がいる。――それが何を意味するのか。分からないはずがなかった。迷いが絡みつく
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第959話

しばらくして、二人は地下駐車場へ降りた。寒真は黒のレンジローバーの前に立ち、トランクにスーツケースを収めると、助手席のドアを開け、顎で示す。「乗って」夕梨は「うん」と頷き、彼の腕に軽く掴まりながらシートに腰を下ろした。ドアを閉めようとした、その瞬間だった。黒い影が覆いかぶさり、次の刹那には、熱を孕んだ口づけが降ってくる。瞳、頬、顎、滑らかな首筋――そして、再び唇へ。逃げ場のない、深いキス。往復するたび、名残惜しそうに離れない。夕梨には抵抗する余地などなかった。彼のジャケットをぎゅっと掴み、細い身体はその口づけに合わせて揺れてしまう。それでも寒真は満足せず、掌で彼女を引き寄せ、密着させる。呼吸は荒く、胸の奥が焼けつくようだった。やがて、彼女が耐えきれなくなった頃になって、ようやく動きを緩める。それでも、唇には軽いキスを落とし続け、掠れた声で囁いた。「……たった数日で、こんなに恋しくなるなんてな」夕梨の頬は真っ赤で、頭はぼんやりしている。ほとんど、彼の好きにさせてしまっていた。少し恥ずかしくて、そして、少し怖かった。寒真が身を引こうとしたとき、夕梨は彼の首に腕を回し、離さなかった。顎を彼の肩に乗せ、キスの余韻に身を委ねる。ハンティングジャケットの革の匂いに、男の体温が混じっている。酔うほどに心を溶かす香りだった。寒真はそれを許し、彼女の頭を胸に抱き寄せ、ゆっくりと撫でる。彼は彼女より八歳年上で、世代で言えば一つ隔たっている。理想の関係とは甘える者がいて、甘やかす者がいること。夕梨のこういうところが、彼は好きだ。しばらくして、夕梨はようやく彼を解放する。少し気まずそうにすると、寒真は低く笑い、鼻先を軽くつまんで許した。ホテルへ向かう高速道路では、二人ともほとんど言葉を交わさなかった。夕梨は疲れ、シートに身を預けて目を閉じる。身体には、彼の革のコートがかけられていた。馴染み深い体温が心を落ち着かせる。料金所を通るたびに、彼が何気ない言葉を投げかけることはあったが、多くはない。そこにあったのはただの気遣いだった。……三十分後、黒いレンジローバーは六つ星クラスのホテルに滑り込む。本来、撮影スタッフの宿泊先はここではない。だが夕梨
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第960話

夕方になり、夕梨は目を覚ました。意識が戻った途端、腰はだるく、全身がばらばらになったように痛む。……彼女はゆっくりと寝返りを打ち、柔らかなベッドに仰向けになって、手で照明の光を遮った。けれどしばらくすると、じっとしていられず、布団を跳ねのけ、裸足のまま分厚いウールのカーペットを踏みしめ、寝室の大きな窓の前へ行く。手を伸ばしてカーテンを引くと、目に飛び込んできたのはスイスのユングフラウだ。連なる雪山。山頂には白い雪が厚く積もり、麓には濃く鮮やかな緑が広がっている。――息を呑むほど、美しい。胸が弾み、黒い男物のシャツ一枚を身にまとったまま、彼女はソファの背に身を預け、外の雪景色を眺めた。心は満たされ、身体の痛みさえ忘れてしまう。早く外へ出て、スキーがしたい。そう思った、その瞬間――細い腰に腕が回され、熱い胸に引き寄せられる。見なくても分かる。寒真だ。数日ぶりの再会。離れていた時間が想いをいっそう強くしていた。三度もしっかり愛し合ったというのに、寒真の体力からすればまだ足りない。それでも彼は夕梨の身体を気遣い、深追いはしなかった。どうせ、先は長いのだから。彼は夕梨を抱き、共に窓の外を眺める。やがて低く問いかけた。「何か食べないか?一日、何も口にしてないだろ」その口調はまるでペットを気遣うようだった。夕梨は振り向いて彼の腰に腕を回し、甘えるように言う。「食べたら……少し外を歩こう?スキー、したい」次の瞬間、鼻先を軽くつままれた。寒真の黒い瞳がわずかに深くなる。「もうすぐ暗くなる。それに……夕梨、お前にスキーをする体力が残ってると思う?」あからさまな言い方だ。夕梨は少し怯む。体力のある男は普通なら幸福だ。けれど、あまりにも有り余ると――正直、きつい。しかも寒真のそれは少し異常なほどだ。彼が相当、我慢していることは彼女自身が一番分かっていた。夕梨は小さくお願いする。「……じゃあ、明日」寒真は低く笑った。「いいよ。ただし――夜、俺を誘惑しないこと」……けれど、夜になって耐えきれなかったのは彼のほうだった。結局、もう一度彼女に絡みついた。その後の二日間、二人はほとんど離れずに過ごした。ときどきスキーに出かけ、それ以外
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