All Chapters of 3年間塩対応してきた夫は、離婚の話をされたら逆に泣きついてきた: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話

夜9時、私はクタクタな体で家に戻ったら、マンションの上がり口で加藤さんとば会った。今の加藤さんはメイクが完全に落ちて、負け犬のように、無気力に隅っこでしゃがんでいた。私を見た瞬間、彼女はすぐに立ち上がって、大きい歩幅で私の前まで歩いてきた、そして怒りを帯びた口調で叱った。「優月、偉いわね。よくも私を裏切ったね?」私はため息混じりに言った。「先に階段を上がろう」「私に八雲くんに合わせる顔などあると思う?」泣き腫らした両目を丸くした加藤さんは、私を睨んでいた。「今あんたは玉惠に仕事のために妊娠の準備を疎かにするって思い込まれてるし、紀戸家のことが眼中にないって思われてるし。こうなったら、どうすればいいって言うの?」それを聞いて、辛い気持ちが私の胸に秘められた。「考えたわ。今すぐ一緒に紀戸家の実家に行こう」黙りこくっている私を見て、加藤さんは前髪を手櫛で治しながら、空元気で言った。「すぐにお義母さんに謝って、就職のことはただ一時の迷いだと説明しなさい」私も目を丸くした。そして加藤さんのほうを見た。「それで?」「妊娠の準備をして、子どもを産む」加藤さんは明確的に考えを述べた。「上手く紀戸家の子どもを孕むことができたら、玉惠はもう何の口出しもできないわ」そのぷんぷん怒っている顔を見て、怒りのあまり、私は逆に笑い出した。しばらくしたら、私はゆっくりと口を開いた。「母さん、今になってまだ分からないの?私たちが紀戸家に依存してる限り、頭を上げることもできないわよ」それを聞いた加藤さんは一瞬呆然とした。そして不満な目つきで私を睨んで、短気を起こした。「だから?私だって紀戸家なんかに依存したくないのよ。しかし今お父さんはまだ療養所で横になってるし、妹も、パリで学業を終えるまであと2年もあるし、それらの費用はどうするの?」私は困惑した目を加藤さんに向けた。目が合った瞬間、加藤さんは慌てながら手で口を覆った。それから何かを隠そうとしているようで、目を逸らした。「療養費、学費」深く息を吸って、私は隠しきれない不安を帯びた口調で言った。「それらは紀戸家と何の関係があるの?」加藤さんは何も言わずにいた。でもさっきよりも明らかに弱気になった様子だった。とある推測が脳裏に浮かんで、私は更に追い詰めた。「母
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第22話

嫌な思いを?私は困惑の目をして、八雲のほうを向いた。そして置き場のない借用証書を見て、しばらくの間、何を言えばいいか分からなかった。「紀戸家の奥さん」という身分に何の関係があるの?この間、私たちは2人とも何も言わずにいた。広い部屋の中で、時計の針の音だけが響いていた。沈黙がしばらく続いていたら、私は自ら口を開いた。「借金がちょっと多すぎるから、分割払いで返すしかないけど、紀戸先生はどうかご了承を」男の固い顔にようやく薄い感情が浮かんだ。波も立たない瞳で私の手にある証書に視線を落として、次の瞬間、ゆるゆると手を伸ばして、やっと証書を受け取ってくれた。それからすぐに、八雲は証書から目を外して、手に持っている証書を揺らしながら聞いた。「説明は?」私は父の治療費用と妹の学費のことを八雲に告げた。説明し終わったら、また補足した。「前は何も知らなかったけど、紀戸先生はご心配なく、この借金は1円も欠かさず全部返すから」「分割払いだけど」と、私は心の中で、少し弱気に言った。「それで?」八雲が問い詰めてきた。少しの間考えていたら、私は自分の考えを素直に言った。「契約期限が切れても、変わらず月に1回返すから」つまり、夫婦の関係を終えても、この借用証書はずっと有効だということだ。水辺家の娘として、約束したことは決して破ることはない。「水辺優月」八雲は急に声のトーンを上げて、私の名前を呼んだ。そして軽蔑の口調で言った。「それでえらいって褒められたいと思う?」私が何か返そうとしているところで、目覚まし時計のアラームに中断させられた。気づいたら、もう月曜日の朝だ。今日は私が麻酔科に顔を出しに行く日だ。これ以上八雲と言い合わたくないし、私は目覚まし時計のほうに指を差した。「ごめん。出勤の時間だ」八雲はそれを聞いて、ギュッと眉を上げてから、振り向いて寝室に入った。1時間後、私はちゃんと2号診療棟の5階の麻酔科に現れた。予定時間より半時間も早く着いたが、診療科の人はすでにたくさん集まっていた。看護師長の高橋愛茉(たかはし えま)先生は私の名前を聞いてから、みんなの視線を引き寄せて、一緒に私を囲んだ。そして微笑みながら、言った。「この方が青葉先生が異例として採用したインターン生よ。かなりの美人なのね!」
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第23話

4人がまた一箇所に集まった。葵は興味津々な顔をして、私の名札を見つめていた。そしてにこにこしながら言った。「水辺先輩は麻酔科に勤めることになりましたのね。これから会う機会も多くなりそうです」麻酔科と脳神経外科は同じく5階にあるが、それぞれ2号棟と1号棟にあるのだ。その上、この2科は普段深く繋がりがあって、会う機会は他の科と比べて、確かに多そうだ。こんなところで会うのは不本意だけど。「仕事の初日、水辺先輩は慣れてきました?」私があまり喋らないから配慮してくれたか、葵は自ら喋り出した。「ねえねえ、聞いてください。診療科の場所、私は2回も間違えましたよ。八雲先輩がいてくれてよかった。でないと、今日は絶対に恥を晒しちゃうわ」そう言って、その可愛い女の子はぺろっと舌を出して、また尊敬な目で八雲に視線を向けた。明らかに甘えるために言ったことだ。私は手を握って、何か適当な理由でこの場から逃げようとしたが、隣りにいる浩賢がいきなり口を開いた。「水辺先生は迷子にならないと思うよ。方向感覚の......バケモンだから」その言葉を聞いた私と葵は、2人とも驚いて、表情が固まった。葵はそのきゅるんとした目をパチパチさせて、気になるような口調でと聞いた。「藤原先生はなんで知ってるんですか?」浩賢の表情も固まった。そして私のほうに目を向けて、その目から、一瞬だけの緊張と、気まずさが見えた。それは、私たちが初めて会った時のことを思い出したからだと思う。たぶん私が八雲と結婚してから2年目のことだ。当時、八雲が私に対する態度は急に冷たくなって、私たちが会う回数もどんどん減っていった。私は不快を感じたが、諦めずに毎日ご飯を届けに来続けていた。とある日、八雲に電話してもずっと繋がらなかった。焦り始めた私は、勝手に5階に上がった。まだ脳神経外科の入り口にも着いていないのに、八雲にかけた電話がやっと繋がった。しかし出た人は、浩賢だった。浩賢は八雲がまだ手術室にいると伝えてくれた。そして、「何か急ぎの用事があるのか?」と聞いた。私はあの日、佐々木教授との待ち合わせもあるので、迷った結果、浩賢に代わりに弁当を届けるよう頼んだ。でも東市協和病院は広いし、私も5階に上がってきたのは初めてだったし、2号棟とか1号棟とかは知らなかった。あっちこっち探
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第24話

八雲が葵を連れて行く時に、その女の子は振り向いて、浩賢と私に向かってペロッと舌を出した。すごく青春を感じられた。私の性格とは真逆だ。だから結婚してからの2年目から、八雲はもう私に飽きてしまったのか?自分の賢さに感心しながらも、今更気づいたことに悔しかった。「脳神経外科はストレスが溜まりやすいんだ」浩賢はいきなり言葉を発した。まるで無理矢理雑談を続けようとしているようだった。「それに、多くの場合は麻酔科医に従わなきゃいけないし」一番言いたいのは最後の一言だったのね。脳神経外科は東市協和病院で圧倒的な位置にあるのは周知の事実だ。浩賢がそのようなことを言うのは、麻酔科にいる私をがっかりさせたくないだけだろう。葵の言った「よろしく」は、ただのお世辞だった。東市協和病院では、麻酔科の立場はドン底のほどでもないが、あまり存在感がないのだ。そこで、浩賢は私を慰めていた。まあ、気遣いはありがたいけど。「じゃあ藤原先生、改めて」私は手を伸ばして、大らかに振る舞った。「麻酔科の、水辺優月です」浩賢はこの挙動を見て、一瞬ぼんやりしたが、同じく遠慮せずに手を伸ばしてくれて、謙虚な口調で返した。「ああ、水辺先生、これからは手術室で、色々お世話になりそうだな」お世辞の言葉なのに、浩賢の口から聞くと、なぜか冗談っぽく聞こえた。この瞬間、心に溜まった憂鬱が完全に晴れて、ポジティブな思考に変わった。そしてその時に、自分を叱る声が耳に入った。「なんだ?今の医学生はそんなに暇か?」振り向いたら、他の人ではなく、自分の指導先生、豊鬼先生だった。いつの間にかもう病室に入ってきた。私は浩賢に目配せしたら、すぐについていった。豊鬼先生は回診している途中で、診察する患者は今朝手術室から搬送されてきた患者だった。入ってきた私を見て、豊鬼先生は突然話題を変えた。「やってみなさい」まさか直接に私に患者から状況を聞いて、病歴を書かせるとは。やったこともないし、急すぎるし、私は2秒くらい動揺していたが、すぐに平常心に戻って、患者の前まで行って、状況を聞き始めた。5分後、私は書いた病歴を豊鬼先生に渡した。豊鬼先生はさっと目を通してから、指摘を始めた。「時間が長すぎる。問診にポイントもはっきりしないし、筋も通らな
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第25話

八雲は口調で怒りを表していなかった。しかし、恐らくその身分と立場が故か、「たらどうだ?」という言葉がその口から発された瞬間、たとえ怒鳴らなくても、自然に威勢を感じさせたのだ。同時に、その一言で、元々柔らかくなった空気が一瞬で氷点下になった。先延ばし癖?八雲って本当に私に汚名を着せるのが好きだね。脳神経外科でも麻酔科でも、時間が一番大切だと知っているのに、今は直接にそんな濡れ衣を着せやがって、新入りの医学生である私の名誉はもう終わりだ。インターン生はインターンシップ期間で点数をつけられるという制度があるのだ。指導先生につけられる点数にも、看護師長につけられる点数にも、それぞれの基準がある。ただ八雲に簡単に言われた一言だったが、これからは一生懸命に頑張るしか自分の名誉を回復して、点数を上げることができないかもしれない。私は少し不快な気持ちを抱えながら、返した。「面接に遅刻したのは私が悪かったけど、今夜は確かに用事があって遅れたんです」それを聞いた八雲は冷笑して、厳しい口調で叱った。「遅刻したのは事実だ。患者が治療を待ってる間なら、なんで遅刻したか説明するチャンスを与えると思う?患者にとって、一分一秒も極めて惜しいんだぞ。水辺先生も、自分の過ちに言い訳をするのやめなさい」八雲のその威圧的な姿に、私はびっくりした。理屈は間違っていないが、もう用事があったからと説明したのに、そっちもそっちで、説明するチャンスを与えてくれなかったのではないか。貶されたような気持ちで、私はこの個室を見回した。みんな恐れている様子で、誰一人も八雲に反論できなかった。だろうね。あれは脳神経外科の首席医師だ。先輩らしく振る舞ったら、みんなが遠慮して、顔を立ててあげるのも当たり前だ。その時、隣りにいる葵は突然口を開いた。「八雲先輩、今日はせっかくみんなで集まってるから、そんなに怒らないで、ね?」と、ひどく怯えているような口調で言った。その目つきから脆さと無垢さが溢れていて、すごく可哀想に見えた。それで、八雲の顔色はようやく柔らかくなったが、非難し続けていた。「ただ最近新入りの医学生がちょっと怠慢だと思ってて、医師としての道徳性と風紀をもう少し学んでほしいだけだ」医師としての道徳性と風紀だと?私はこの言葉をじっくりと噛み締めて、もうは
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第26話

「愛のお弁当」という一言に、浩賢と私は2人とも呆然としていた。浩賢は私に目を走らせて、そしてまた葵のほう見て説明した。「水辺先生と僕は普通の友達だよ」わざとらしく「友達」という言葉にアクセントをつけた。説明の後、浩賢は潔い目で八雲のほうに目を向けた。今の紀戸先生はゆったりと葵にエビの殻を剥いてあげているから、周りの話し声などを全然気にせずに、平然たる顔をしていた。そうだよね。一番大切な人のそばで、名ばかりの妻の私にどのような噂があっても、八雲には関係がないのだ。それに、独身のキャラ作りにも好都合だ。浩賢は賢明に話題を自分の前で並んでいるスペアリブに移した。「外はカリカリで中は柔らかいこの食感、そしてこの濃い香り、最高の料理だな!」私からお弁当を渡された時のそのキラキラした目がとっさに頭の中で浮かんで、私は無意識に口角を上げた。本物の食いしん坊だね。この個室に視線を走らせた時に、私はようやく向こうからここに向けたあの鋭い目つきに気づいた。八雲の目からますます寒さを感じて、口元にも薄笑いを浮かべた。しかし葵に近づけられた瞬間、その顔はまた優しい顔に変わった。ペンダントライトの下で、男の雅やかな姿が照らされて、星空のような瞳から気高さが溢れ出ていた。上品な振る舞いももちろん言うまでもなく、さすがの行儀の良さだ。まるでさっきの一瞬の冷たさは、錯覚だったような......?食事の後、私たちは一緒に階段を降りた。私たちインターン生の帰り道の話になった時、八雲はもちろん葵のボディガードとして葵を家まで送ることにした。そして私は、終電に乗って帰るつもりだった。看護師長がそれを聞いて、すぐに止めた。「こんな時間に、終電に間に合わないかもしれないよ。女の子1人じゃ危なさすぎる。そうだ、優月ちゃんってどの辺に住んでるんだっけ?」その質問に、私は面食らった。八雲と一緒に川辺の別荘に住んでいると言うわけにはいかないし、東市の有名な高級住宅街に住んでいると言うわけにもいかない。「高井町1丁目......」突然、頭からアイデアが閃いて、私は自分の住所から2街ぐらい離れた一般住宅街の名前で答えた。でもまさか言い終わった瞬間、看護師長はいきなりパチと手を叩いた。そしてにこにこしながら言った。「偶然じゃん。藤原くんもそ
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第27話

演技?何の演技?私は困惑しながら、振り向いたら、男は足を組んで、ソファに座っていて、少しからかっているようで、軽蔑そうな目をした。歓迎会の時に見えた一瞬の目つきと似ていた。ただ、二人きりのリビングだから、八雲は赤裸々な眼差しで私を見つめていて、ほんの少しの悪意も感じた。私に、嫌味を言っているの?わけの分からない話を聞いて、私は「紀戸先生の言った演技とは?」と聞いた。それを聞いた八雲は鼻で笑って、更に嫌気の差した目をした。「家に結婚証明書がなかったら、本当に水辺先生は「独身」だと思ってしまうよ」「独身」という言い回しに、八雲はわざとらしくアクセントを付けた。しかし結婚しているのを隠すことのは、八雲が自ら婚前契約書に書いた内容だ。今となって何で怒っているの?私は冷静を保ちながら口を開いた。「私はただ契約書通りにやってるだけ」「契約書に書いてあるのは結婚してる事実を隠すことだけだ」八雲は一瞬で声量を上げて、冷たい口調で言った。「他の異性と遊んでいいとは書いてないぞ」他の異性と遊ぶ。私はじっくりとこの言葉を噛み締めて、ようやく八雲の言いたいことが分かった。どうやら八雲は妻の私が線を超えたと思っているみたいだ。はっ、自分は堂々と葵に依怙贔屓してるくせに、私のことになったらNGだなんて。同僚に、少しだけ冗談を言われるだけでも。しょうがない、こいつは紀戸家の人だもんね。そう思って、私は自虐のように言った。「安心して、紀戸先生。紀戸先生とは違って、違約金はさすがに払えないからね」つまり、浮気をするにしても「資本」が必要だということだ。借用証書にサインしたばかりの私に、そのような余裕もないし、お金もないのだ。認めたくないが、それが現実だ。どの言葉に刺さられたように、八雲はギュッと眉を上げて、じっと私の顔を何秒間見つめていた。そしてまた軽蔑を帯びた口調で、「ならいいが」と言った。いつも大忙しの紀戸先生がこんな夜中に家に現れたのは、ただ忠告を与えるためだったのね。一夜抑えてきた不快もこの一瞬で込み上げてきて、私は強気な言葉で返した。「心配しないで。契約期限が切れるまで、ちゃんと紀戸家の奥さんのふりをするから」騒動を起こしても、私は損するだけだ。その一言を残して、私は振り返らずに
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第28話

そう。八雲は全員の前で私を批判したのだ。同時に、その一言で、私は一旦今日で麻酔チームから追い出された。手術が終わって、みんなはまだ消毒室に出ていないうちに、私は豊鬼先生に引っ張られて八雲のところに連れられていった。「見苦しいところをお見せしてしまってすみません、紀戸先生」豊鬼先生はお世辞を言って、私のほうをちらっと見てから話した。「新入りのインターン生ですから、まだやり方にあまり慣れてないんです。どうか大目に見てやってください」その言葉で、この場にいる全員の視線を引き寄せた。この瞬間、私はまるでサーカスのピエロになったような気分で、気まずくて恥ずかしかった。消毒している途中の八雲は豊岡先生の話を聞いて、すぐには返事しなかったが、数秒後、ようやく淡々と口を開いた。「手術室は戦場だ。一分一秒も無駄にしちゃいけない」「聞いたか?」豊鬼先生は突然声を上げて、私を見つめながら説教を始めた。「青葉主任にちょっとだけ手伝ってあげたくらいで調子に乗るなよ。手術の途中で少しでも気を抜いたら、医療チーム全員の足を引っ張ってしまう。今日は紀戸先生が心の広いお方だから、大目に見てやったが、他の医者だったら、とっくに処分されたぞ」大声で怒鳴った。しかも周りのみんなにも見られていた。八雲の言った「時間は無駄にする」の一言を思い出すと、ますます不快な気分になった。私が医学院での主専攻は脳神経外科なのよ。他のみんなは知らなくても、八雲は知っているはずだ。こんな私が麻酔科に入ってからたった二日間だし、今日は難易度の激高い気管カニューレの挿入をやらされたし、こんなテクニックの要るやり方は経験豊富の臨床麻酔科医にとっても難しいはずなのに、私はただちょっと躊躇っただけで、みんなの前で批判されるべきなの?同じくインターン生の松島葵は、さっき縫合手術の時に、八雲からの優しくてじっくりした指導を受けたのよ。それに対して私は、ただこんな軽いミスをしただけで、処分されるところだった。心の温度が一気に氷点下まで下がった。息もできなかった。「聞こえないのか?」黙りこくっている私を見て、豊鬼先生は「早く紀戸先生に謝れ」と言いつけた。プライドが一瞬でバラバラに切り落とされた。私は周りの人たちの目を見て、そして目の前の整った目鼻立ちをしているあの
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第29話

浩賢は私に麻酔科の実習室まで案内してくれた。様々な麻酔器具を見て、私の心が更にヒリヒリと痛みだした。よく考えると、半ヶ月前まで、これからは毎日これらの器具を扱わないといけないなんて、予想もしなかった。指導先生にみんなの前で批判されることも。あまりにも辛かった。本当に、立派な麻酔科医になれるのかな?私は自信がなくなってしまった。「ってことは、水辺先生が今日練習する麻酔方法は?」優しい声が私の思考を中断させた。私は小幅に見上げて、細い声で言った。「気管カニューレの挿入」言い終わった瞬間、浩賢は信じられないような表情をした。そして驚いた口調で返した。「いや、水辺先生はまだ麻酔科に入ったばっかりだろ。いくら青葉主任に期待されても、それはないだろう」「藤原先生は分かってくれるの?」なんか理解されているようで、私は少し気が晴れた。「それぞれの業者が一番怖がることのランキングの上位で言うと、内科医は喘息、皮膚科医は苔癬、麻酔科医はカニューレを入れることだ」浩賢はペラペラと話していた。「それに、水辺先生はまだインターン生だろ?」私は素直に言った。「あの時、私はちょっと手が震えちゃって、時間を無駄にしちゃったの」「普通のことだよ」浩賢は理解のある口調で慰めた。「もし水辺先生がテキパキと気管カニューレの挿入ができたら、その指導先生ももう帰ってもいいだろ」それを聞いて、私はぼんやりした。午後からずっと溜まっていた憂鬱がこの一瞬で晴れた。私のミスを理解してくれる人もいるんだなと。黙っている私を見て、浩賢は自ら話を繋いだ。「実はね、水辺先生、僕がこの病院に入職したばっかりの頃、森本先生にも散々怒られてきたんだよ。その1ヶ月間で5キロも痩せたんだ」5キロも痩せた?私は困惑した顔で、この同い年なのに、私よりずっと顔が丸い人を見て、何も言わなかった。私の困惑を察したかのように、浩賢はまた補足した。「でもインターン期間が終わったら、ちゃんと自分にご褒美をあげようって思って」気楽な口調に、自嘲を言った。私もそれに連れて、ずっと雨だった心はいつの間にか虹がかかった。最後に、浩賢はまとめた。「信じてくれ。困難はいつも一時だけだって。水辺先生のような優等生は、きっとできるよ」まるで羽の折れた鳥でも
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第30話

まさか、こんな夜に実習棟に来ても、東市協和病院の人気者に会えるとはね。あっ、そうだ。その人のもう1つの身分は、私の夫だった。どっちにせよ、この遭遇は、タイミングが悪すぎる。結構殺風景だった。葵もこの気まずそうな雰囲気に気づいたようで、その個性的な甘い声で先にこの沈黙を破った。「ごめんね。今脳神経外科の実習室を探してるの。わざとお二人を邪魔したわけじゃないの」そう言いながら、その瞳は申し訳無さでいっぱいだった。ただ口を半開きにしているだけで、全然喋らない私たちを見て、葵はまた補足した。「でも安心して、水辺先輩。私、口が堅いの。絶対に誰にも言わないから」最後の一言は、わざとらしく強い口調で言った。純粋にただの友達の浩賢と私は、そんな言い回しで説明されたら、なんか本当に不純な関係を持っているように聞こえた。正直者の浩賢は、そのような言い方を聞くと、黙っていられるわけがない。即座に説明した。「水辺先生は気管カニューレ挿入の練習をしてるんだ。僕はコロッケを1個多く買っちゃったから、水辺先生に分けようと思って......僕も来たばっかりなんだ」そして、すぐに八雲のほうを向いて、明らかに八雲に向ける説明だった。その話を聞いた八雲は私の顔に目を留めて、薄笑いを浮かべながら口を開いた。「さすが水辺先生、魅力があるね。我々脳神経外科の医者まで美味しいものを届けに来たなんて」軽そうな口調だったが、一字一句も刃のように、私の心に無慈悲に刺さった。浩賢の目の前で、感情を隠すこともやめたなんて。私は不愉快な感覚を味わった。浩賢もイライラしてきたようで、声量を上げて言った。「紀戸先生、それはおかしいじゃないか?紀戸先生だって前は水辺先生からあんなにもらってきたのに、コロッケくらいいいだろ」「前は?」女の子はパチパチと瞬いて、困惑の目で浩賢と八雲の二人の顔に目を走らせた。その無垢な瞳に疑問符がいっぱいだった。八雲も浩賢も返事しなかった。私たち3人とも、浩賢の言った「もらってきた」というのは、明らかに八雲が私からつ手作り料理をもらってきたことだと分かっている。少しでも問い詰められたら、私と八雲の関係が、葵にもバレてしまうかもしれない。そこが八雲の一番心配なことである。思った通りに、間もなく、八雲は話をそらした。
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