「臆病者」という数語を聞いた瞬間、八雲は無意識に眉をひそめた。だがすぐに、先ほどまでの涼しげな表情へと戻り、淡々と言った。「言っただろう。挑発は俺には効かない。水辺先生は無駄な努力をしない方がいい」確かに私は彼を刺激する意図もあった。だが、それ以上に――あれは私の本音だった。男の口元が冷たく一直線に結ばれ、指先が無意識にテーブルを叩くように動く。私は悟った。――八雲は、怒っている。先ほどの口調も、速度こそ抑えていたが、不満が滲んでいた。彼は怒りを押し殺している。まるで爪を隠した豹が獲物の周囲を低く歩き回っているように、テーブルを叩く指のリズムはだんだん速くなり――次の瞬間には、その薄い仮面を破り捨てかねない気配だ。私の挑発は効果があったのかもしれない。私はできるだけ穏やかに言った。「紀戸先生、冗談を。紀戸先生は原則を何より大事にする人でしょう。そんなあなたに、こんな小細工を仕掛ける必要なんてあるはずないじゃない」「違うか?」「私はただ、事実を言っただけだよ」私は声のトーンを落とし、穏やかに続けた。「私心が全くない、なんて言えば嘘になる。ICUで横たわっているのは、私の唯一おじ。命に関わる時、私は信頼できる医者に託したい。そして紀戸先生が、その信頼できる医者の一人」その言葉に、八雲は口角をわずかに下げ、冷たく鼻で笑った。だが黙って聞いていた。私は誠意を込めて続けた。「三年前の冬、交通事故の重症患者が東市協和病院に運ばれた。誰もが救命は不可能だと思った時、紀戸先生がその患者を死神の手から引き戻した。あの手術、確かに四時間かかったんだよね?」男の深い黒い瞳にかすかな驚きが浮かび、すぐに不快そうな色に変わった。「そんな話をして、何になる」「私はただ、紀戸先生を信じている理由を言っているだけ。粘りつくようにあなたに食い下がるのは、あなたが、どんな患者にも責任を持つ人だと知っているから」私はそう締めくくった。「たとえ……偶然あなたに救われた私のおじであっても」「それで?」八雲は苛立ったように私を一瞥した。「難易度の高い手術だって、患者家族のお前が一番分かってるだろ。きれいごと言う以外に、俺に何ができる?」私は驚き、数秒黙った後、率直に訊いた。「……紀戸先生は、私に何を望んでいる?」八雲は両手をテーブルにつき、興
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