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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 91 - Chapter 100

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二つ名

 黄と黒が同盟を結んだ翌日、全 思風たちは机の上にある地図を囲んでいた。 地図は禿王朝全体を見渡せるものではあったが、いたるところに赤いバツ印がついている。その数たるや、とてもではないが数えていられないほどだ。「殭屍が絡んだ事件、こんなにあったんだ」 さらりとした銀の髪を揺らした美しい子供が、地図を眺めて呟く。 右隣には黄族の代理長、黄 沐阳が立っていた。彼は頷き、黄族領土を指差す。「ああ。結構……というか、ありえないぐらいあるよな。ここ一年で、こんなに起きてるなんてさ。俺もビックリしたぜ」「でも、明るみに出てないやつもあるんだよね?」  尋ねれば、彼はうんざりした様子で肩を落とした。もう一度地図を見やり、休憩と称して背伸びをする。「……報告が来てないだけで、細かなやつはもっとあると思うぜ? ただ、それら全てを拾ってったら日が暮れちまう」 関係のない情報も入っている可能性すらあるため、わかる範囲での確認となっていた。それでも数えきれないほどに起きている事件だったため、彼らは疲れを見せていく。「國中で起きてるって事はわかるけど……それ以外は、何もわからないね。どうしよっか?」 子供の視線は黄 沐阳……ではなく、左側にいる全 思風へと注がれていた。 視線を送られた彼は首を左右にふって、ごめんねと子供の髪を指に絡めていく。回答できるほどの情報を持ってはいなかったこともあり、大切な子の期待に添えなかったのが悔しいと口にした。 情報が足りない状態では迂闊なことは言えない。それが彼の答えだった。 地図を人差し指の爪先で軽くたたく。コンコンという音が響くなかで、向かい側にいるふたりを注視した。 己の向かい側には左に黒 虎明、右に瑛 劉偉が立っている。 そんなふたりは、どちらも比較的整った顔立ちをしてはいた。けれど、お世辞にも親しみやすさを感じるような柔らかさはない。むしろ厳つく、気弱な者なら|裸足《はだし
last updateLast Updated : 2025-05-14
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鳥籠、そして鎖

 ゴーン、ゴーン──  王都の上空に突如現れた大きな鳥籠は、鐘の音のようなものを響かせていた。それは非常に大きく、耳の鼓膜を破るかと思われるほどだった。  外に出た誰もが耳を塞ぎ、いったい何だと騒ぎたてた。 瑛 劉偉たちも両耳を塞ぎながら上空に視線をやっている。 けれど全 思風だけは平然とした顔をしていた。銀の髪をした子供の耳に両手を添える。 そんな彼の不思議な行動に華 閻李は小首を傾げた。  そのとき、鳥籠に異変が訪れる。鐘の音は静かに消えていった。直後、鳥籠が朱みをおびた黒い焔に包まれていく。その焔の粉が地上へと降り注ぎ、人々の体に触れていった。 瞬刻、触れた者たちが突然苦しみだす。そして焔の粉が燃え上がっていった。 雄叫び、恐怖からくる泣き声など。それらが、そこかしこから聞こえてきた。 やがて人々の肌は土気色になり、両目は血走っていく。   「──これはいったい、どういう事だ!?」  真っ先に外へ出て確認したのは黒 虎明だ。瑛 劉偉、黄 沐阳も後に続く。 彼が会合場の外に顔をだしたときには、何人かが苦しみ踠いていた。近よってみれば、腕や首などに血管が浮かび上がっている。 「これはまさか!」  誰が口にした言葉か。それを考える余裕すらないほどに、次々と人々の見目が変わっていった。  瑛 劉偉は青い漢服の袖
last updateLast Updated : 2025-05-14
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手がかりは花

 絶望と怒り、その両方を兼ね備えた全 思風の叫びがその場を走る。悔しさでいっぱいな気持ちで、床を何度もたたいた。 瓦礫がガラガラと落ちてこようとも、その身に纏う黒き焔が消し去る。墨と化した瓦礫は灰となって空を舞った。 それでも大切なものが目の前から消えた恐怖に負け、彼はさらに焔を強くする。「……お、おい、あんた……うわっ!」 無防備にも、何とか体勢を立て直すことに成功した黄 沐阳が彼の肩に触れた。瞬刻、黒い焔が増殖していく。 瑛 劉偉と黒 虎明、そして黄 沐阳のさんにんは彼を警戒した。『……私に触るな。触っていいのは、小猫だけだ』 普段の、穏やかで品のある声ではない。 オオカミ、もしくは獅子の遠吠えのような……身の毛もよだつほどの低音が、二重、そして三重にも聞こえた。 そして、さんにんへと振り向く。瞳は闇の焔によって赫奕しきっていた。鮮血のように朱く成り果てた瞳が捉えるのは、先ほどまでともに助力の限りをつくした者たちである。『あってはならない。このような、ふざけた出来事……あってなるものか』 静かに。 それでいて苛立ちを纏う彼の焔は、よりいっそう強大になっていった。 ゆらりと立ち上がり、己の剣を握る。 美しい見目そのままに両目を閉じた。瞬間、瓦礫を利用して会合場の屋根に登る。やがて足を止め、地上を見やった。 会合場の扉の前には無数の人々が群がっている。肌のいたるところに血管が浮かび、両目にいたっては、黒い部分などありはしなかった。両腕を前に伸ばし、ひたすら飛びはねている。 それは彼らが殭屍である証だった。  全 思風は扉を壊そうとしている屍たちに、冷めた視線を送る。剣を強く握り、軽めの舌打ちをした。『──愚かだ』 黒き渦で全身を包
last updateLast Updated : 2025-05-15
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暗闇は静かに微笑む

 ピチョン、ピチョンと、雫が滴る。どこからもともなく落ちるそれは、不規則に音を奏でていた。 ここは光すら通さない場所のようで、昼なのか、夜なのかすらわからない。気温も非常に低く、息を吐いただけでも唇が冷たくなるほどだ。 「……っ!」  そんな寒さと静けさだけがある空間に、ひとりの子供が横たわっている。非常に美しい顏をした子供だ。一見すると少女のような外見。けれど実際は少年で、華 閻李という名の子供である。 彼は寒さに震えながら、深く閉じていた両目を開いていった。 「……ふみゅう?」  かわいらしい声とともに、ゆっくりと上半身を起こす。小さなあくびとともに小首を傾げ、ここはどこだろうと周囲を見回した。 けれど真っ暗に近い状態なため、夜目の利かぬ子供は限界を覚えていく。 「……何も見えない。それに僕、どうしたんだっけ? えっと確か……」  なぜ、ここにいるのか。それが疑問でならなかった。  ──確か僕は、黄と黒の会合に参加してなんだよね? そのときに……  あれ? と、両目を大きく見開く。 「何があったんだっけ? ……うーん。思い出せないや。それに……何だろう? いつも側に、誰かがいたような?」  顎に人差し指を当てて、じっくり考えてみた。  最後の記憶としてあるのが、会合場である。そこには黄族の長代理、黄 沐阳が参加していた。それにつき|添
last updateLast Updated : 2025-05-16
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蒼きもの

 蒼い紐のようなものが落ちている。子供はそれを軽くつつき、小首を傾げた。  ──何だろう、これ? 触ってみた限り、紐って感じじゃないし。というかこれ…… 「……もしかして、鱗?」  鬼灯を近づける。 するとそこには紐のように長い体を持つ、蛇がいた。ただ、蛇というにはいささか身体の長さが足らず、とても短い。 「へ、蛇!?」  うわあっと恐怖に負けた声をあげ、二匹が眠っている場所まで後退りしてしまった。 ふと、仔虎の牡丹が目をさます。大きくあくびをして牙を見せ、両前肢をうーんと伸ばした。全身をぶるぶると左右にふり、長い尻尾をピンっと立てる。右前肢をペロペロと嘗めれば、愛らしいつぶらな瞳をぱちくりさせた。 みゃおと、かん高く鳴く。華 閻李の元へとより、彼の腕に毛を擦りつけた。 「……ぼ、牡丹。これ蛇、だよね!?」  僕、蛇無理だよと大きな瞳に涙を溜める。  牡丹はかわいらしい足取りで蛇の元へと向かった。じっと見つめ、ちょんちょんと前肢でつつく。 刺激された蒼い蛇は、尾っぽをあたりを上下にタシタシとした。ゆっくりと両眼を開け、細い両眼で子供を凝視している。  子供はうっと言葉を詰まらせた。それでも仔虎が警戒心というものを出さずにいるのを見て、勇気を振り絞る。 蛇の前まで進み、自身も軽くつついてみせた。 「…&hell
last updateLast Updated : 2025-05-17
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感情という名の焔

『──そもそも、あの姿ってのがおかしいんだよね』   映像に映る美しい子供、そして仔虎と青龍と呼ばれる生物を凝視する。 少女は小さな体に似合わない表情をし、うーんと唸った。隣にいる全 思風と顔を見合わせ、視線を映像へと戻す。 『白虎だってそうだ。本来神獣は、強い霊力を持ってる。いくら人間たちの住む世界に来たからって、いつまでも仔猫の姿ではいられないはずだよ。ましてや、霊力の塊にも等しいあの子の側に常にいるんだ』  常にその強力な霊力を浴び続けているのならば、自然と本来の姿に戻るはず。 それが、雨桐の体を媒介にしている神獣──麒麟──の出した答えだった。 「……どちらにしろ、それについては私の関知する事ではない。それに今大事なのは、小猫を助ける事だけだ」  冷めた眼差しで麒麟を見つめる。 華 閻李以外は知ったことではない。 そんな潔いまでの徹底ぶりを貫く彼に、少女は苦笑いを送った。タハハとあきれた様子で空を仰ぎ見、両目を閉じる。 『……青龍たちの事は気になるから、それは拙が調べてみるよ。王様は、あの子を取り戻す事だけに集中すればいいんじゃない?』  ニヤニヤと、口元からにやけていった。にんまりと、無邪気を通り越した厭らしさすらある。肘で彼の足をつつき「愛だね~」と、からかった。 「そうだね。私は誰よりもあの子を愛している。世界がどうなろうとも、冥界が滅びようとも、私はあの子だけを求める」  |麒麟《き
last updateLast Updated : 2025-05-17
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同行者

「貴殿は何のためにここにいる? 誰のためだ?」  瑛 劉偉の渋く、厳しい声が場を凍りつかす。視線を全 思風から離すことなく、青い漢服の袖をバサリとはためかせた。 「……お前なんぞに、何がわかる」  全 思風の声は弱々しい。いつものように自信に満ちた、誰にもおくさないような強者の気迫がなかった。朱に染まった瞳、ぽつぽつと呟くように吐かれた声。そのどれもが、普段の気高い彼からは想像もつかぬほとに脆い。 面と向かって叱咤する瑛 劉偉を見る瞳には、怒りなど微塵もなかった。美しいけれど哀しげな、捨てたられた仔犬のよう。  「わかるはず、ありません。私はあなたではないのですから。ただ……」  ふうーと、諦めに似たため息を溢した。   「あの子が望んでいるのか。喜ぶのか。それを、今一度考えてみなされ」  それだけ伝えると、腰を抜かしている黄 沐阳の腕を引っぱって立たせる。側にいる少女に頭を下げ、彼を連れてどこかへと行ってしまった。   そんな男の背中を、全 思風は追う。それでもすぐに興味がなくなったようで、呼吸を整えてから地図へと視線を向けた。 コツコツと、歩く音だけが響く。ほうけていた雨桐を呼びつけ、どうするかと相談を持ちかけた。 「悔しいけどさ……あの男の言う通りだ。ここで暴れて、蘆笛巌に力だけで乗りこむ。そんなの、あの子が望んでいるとは思えない」&
last updateLast Updated : 2025-05-18
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蘆笛巌(ろてきがん) 亡霊の町

 会合場のある杭西の町を後にし、全 思風たちは國の東側にある蘆笛巌という洞窟を目指していた。 杭西の町は國のほぼ中心に位置している。そのため、仙人の力を持つ彼らからすれば距離に関しては、それほど苦にならなかった。なぜなら彼らは仙道しか扱えぬ術を使い、空を飛んだからである。  全 思風は帳色の羽を重ねて黒い絨毯を作った。 さんにんは、それの上に足を落として歩いていく。 そんな彼らの先頭を進むのは三つ編みの美しい男、全 思風だ。彼は後方に仕えるふたりをのぞき見、細い瞳を強張らせる。 ──このふたりはあの子を気にかけてくれてるから、強くは出れないんだよね。ただ、黒 虎明。こいつは小猫に告白なんかしやがったからな。気をつけないと……あれ? そういえば。「──ねえ黒 虎明、あの鳥籠、本当に貰った物なの?」 彼は、京杭大運河で圧勝していた。その手には鳥籠を持っており、河を炎の海へと染めたのは記憶に新しい。 けれど鳥籠などという奇妙なものを、なぜ彼が持っていたのか。後に訪れた諸々の出来事で忘れていたことだったが、振り向いた瞬間に目に入った男の姿を見て、ふと、そんな考えが過った。「……ああ、あれか。前にも言ったようにあれは、玉 紅明から貰ったものだ」「…………」 全 思風は鼻で笑う。黒 虎明ではなく瑛 劉偉を見た。 すると瑛 劉偉は足を止め、眉根を寄せる。ふたりに視線を預け、威厳を保ちながらため息をついた。「──それはあり得ん」 ふたりの会話に割り入った第一声は、ハッキリとしたものである。変わらぬ表情で断言し、背筋を伸ばした。「玉 紅明皇后妃は、亡くなっているはずだ。それは、黒 虎明殿が産まれるよりも前に。私は直接、葬儀に参列したのだ」 棺ごと焔の中に入れ、骨と化した。そ
last updateLast Updated : 2025-05-19
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仙人 対 殭屍(キョンシー)

 両腕を胸の前まで上げて、ピョンピョン飛びはねる。生気のない青白い顔で、どこを見ているのかさえわからない。そんな姿の屍は殭屍。 もう人とは呼べない、動く死者の塊であった── 殭屍だけが住む町と化した山中の町──桂林市──は、それほど人口は多くない。それでも市であることに変わりはなかった。村のように数十人ではなく、ゆうに千人は越えるだろう。 そんな町の中を、さんにんの男が駆けていた。「──これはなかなか、骨が折れるな!」 ひとりは黒族の代理長、黒 虎明である。 大剣で殭屍の喉を刺し、動かなくなったところで抜き取った。血飛沫が舞い、彼の視界を埋めていく。 近よる者あれば軸足に力をこめ、大剣で殭屍らの腕や首を斬り落としていった。群がられれば大剣を両手で持ち、空に縦横、一閃ずつ放つ。それは衝撃波となり、殭屍たちを五体満足で吹き飛ばしていった。「弱い、弱いぞ貴様ら! それでも不死の存在かー!?」 屋根や大木を登っていく。 一番高い木の上に立ち、大剣を持つ右手を肩の後ろへと回した。肩に剣を担ぐような格好になっている。「これで、終わりだーー!」 ふっと空気を吸った。瞬間、勢いをつけて落下していく。後ろ手に控えさせていた大剣を両手に持ち替え、切っ先に霊力をこめた。 そのまま殭屍の群れへと、大剣ごと突進していく──「──獅夕趙! 彼らを殺してはならん! 閻李が戻り次第、人間へと戻してもらうからな!」 猪突猛進を絵に描いたような黒 虎明から少し離れた場所に、青い漢服を着た男性がいる。 彼は瑛 劉偉だ。前衛で容赦なく殭屍の数を減らしていく男へ、忠告を申し出る。 そんな彼の手には数枚の札があった。 札を宙へと放り、両手で印を結んでいく。瞬刻、札は光り出した。一枚から分裂し、増える。それが何度も繰り返され、大きな輪を作れるほどの枚数
last updateLast Updated : 2025-05-20
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地底湖

 髪の毛先が薄く朱づく。チリチリと、青白い焔が火の粉のように周囲へ散った。 手に持つ戟(げき)を強く握り、ふっとほくそ笑む。 「生憎と、遊んでいる暇はないんだ。とっとと、終わらせてやるよ」  戟(げき)を頭上でくるくると回し、大きくひと振りした。瞬間、切っ先に漆黒の焔が絡みつく。それを気にすることなく、向かってくる鳥たちへと振り下ろした。 鳥たちはかん高い鳴き声とともにそれぞれ、小さな爆発音を伴って消えていく。  彼は見目麗しさを保ちながら、ふわりと浮いた。取りこぼした鳥を一匹ずつ蹴散らしながら、上へと登る。雲より数歩手前ほどの位置で留まり、静かに見下ろした。 地のない場ではあったけれど、それを感じさせない軽やかな動きで片足を下げる。戟(げき)を高く上げ、鳥たちを視界に捉えた。 「──朱雀の焔ごときが、俺を止められるわけねーだろ」  いつしかのような荒っぽい口調になる。けれどそれを咎める者など、ここにはいなかった。  朱く、それでいて帳のように全てを暗黒へと誘う瞳をもって、戟(げき)を投げ飛ばす。 戟(げき)は次々と鳥たちを塵へと変えていった。やがてそこには煙のような、薄い雲だけが残っている。  彼は髪を払い退け、器用に三つ編みへと縛りなおした。髪を覆っていた青白い焔が消え去ったのを確認し、優雅でありながら毅然とした姿勢で降りていく。 「まったく。くだらない事のために、時間を費やしてしまったよ」  鳥たちが出てきた穴を探し、そこに戟(げき)を突き立てた。ガラガラと音をたてながら
last updateLast Updated : 2025-05-20
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