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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 71 - Chapter 80

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謎めく者たち

 息子の想いを届けることに成功した翌日、全 思風は、ふっと目を覚ました。  ──あれ? 私はいつの間に寝てしまったのか。……ああ、眠るなんて行為、本当に久しぶりだ。  華 閻李という愛しい子を隣に置くだけ。たったそれだけなのに、彼は安心して眠ることができた。そのことにほくそ笑みながら上半身を伸ばす。 「……あれ? そういえば小猫は?」  キョロキョロと、周囲を見渡した。ふと、廃屋の奥にある台所に目が止まる。 そこには愛してやまない少年が立っていた。後ろ姿ではあったが、一際目立つ銀の髪が頭部でひと縛りされている。 いつもと違う髪型に首をかしげつつ、華 閻李の元へと近よった。  子供の髪から薫るのは薔薇か。とても落ち着く、品のある薫りである。ふわりと靡く銀髪は、壁の隙間から差しこむ太陽の光を受け、黄金色に見えた。  全 思風は子供の神々しさに両目を見開く。 「──あ、お早う思。よく寝てたみたいだね。もう起きるの?」  彼の視線に気づいたようで、子供はくるりと振り向いた。昨日のように青ざめた顔色ではない。血色のよい、薄い紅色を頬に浮かばせていた。 そんな少年は、顔のところどころに煤をつけている。 いつもは服で隠れてしまっている白い細腕や首筋が見え、妙に色香を漂わせていた。 「思。今、朝ごはん作ってるから、ちょっと待っててね」 「|華 閻李《ホゥア イェンリ
last updateLast Updated : 2025-04-30
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違和感

「──へえ、あの男が黄 沐阳なんだ」  全 思風の声はいつになく低い。瞳の色は焔のような朱にまみれていた。 一緒に隠れている子供を後ろから軽く抱きしめる。あの男殺そうかと、物騒な相談を持ちかけては、華 閻李に注意された。 「もう、思ってば! ……それよりも、どうしてあの二人がここにいるんだろう?」   率先して兵たちを煽り、まるで戦争をするように仕向けているかのよう。兵たちも彼らを神のように崇め、血気盛んになっていた。先刻までの、のんびりとした空気などない。あるのはビリビリとした、戦場にも似たものだけだった。  子供は彼から視線を外し、櫓にいる男たちを見つめる。彼らは親子というだけあり、背格好や顔立ちがよく似ていた。 「……でも、おかしいなあ」 「ん? 何がおかしいんだい? あ、もしかしてこの体勢かな!? だったら、小猫を横抱きにし……」 「黙ってなさい」 「……はい」  明後日の方向にしか行かない彼の口は華 閻李によって、言葉で塞がれてしまう。そのことに多少の不満があり、子供っぽく頬を膨らませた。  ──まあ、いいか。この一件が終わったら、たっぷりと小猫を抱きしめる予定だし。  少年の美しい銀髪を眺めながら、ふふっと心の中で笑った。 「……それで小猫、何が
last updateLast Updated : 2025-04-30
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もう一人の自分

 突然、華 閻李は口を塞がれ、薄暗い場所へと引きずりこまれてしまった。 子供は何が起きたのかわからず、ひたすら踠く。口を押さえている誰かの手にガブッと噛みついた。「いってぇ! こいつ、噛みやがった!」 かん高くはない声を聞き振り返る。そこにはある男の姿が目に映り、華 閻李の目は大きく見開かれた。「な、何であんたがここに……!? 黄 沐阳!」 外壁に背をつけ、男から距離をとる。 ──さっきまで櫓のところにいたはずなのに。何でここに……というか、何で僕がいることに気づいたんだ!? ガタガタと全身が震えた。 かつて黄 沐阳に襲われ、黄家を追い出されてしまった。その際、子供は恐怖を味わった。追い出されたことへの恐怖ではない。襲われ、全てを喪うということへの恐れである。 そのことが華 閻李の心の中にずっと棘を刺していた。 原因は全て、眼前にいる男──黄 沐阳──である。「……ふんっ!」 彼は反省をしているのか、それともいないのか。どちらともとれる姿勢でそっぽを向いた。しかしすぐに華 閻李を注視し、盛大なため息をつく。 めんどくさそうに頭を搔き、軽く舌打ちをした。「…………」 華 閻李は警戒を緩めない。ジリジリと彼から離れ、大きな目で睨んだ。 「何で、何で戦争なんかに参加して……」「俺はしてねぇーよ!」 怒号ではあったが、声は大きくない。むしろ控えめで、何かから隠れているような。そんな雰囲気があった。顔を下へと向かせ、両手を震わせていた。 「爸爸がこんな戦争に参加するなんて、おかしいんだ。俺は止めようとしたのに、爸爸は聞いてくれねえー」 顔を上げる。泣いてはいないが、瞳が潤む様子が見てとれた。華 閻李へと視線を向けたまま、指先だけを広場へと走らせる。 そこには笑顔を振り撒く黄 茗泽がいた。そして隣には……
last updateLast Updated : 2025-05-01
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潜入

 黄 沐阳を説得した華 閻李は、彼とともに広場の裏手へと向かった。 そこは野良猫や鼠などが徘徊し、お世辞にもきれいとは言い難い場所である。それでも彼らはここを選び、ふたりで兵たちを観察した。 「──爸爸たちはここから見える、あの建物の中にいるはずだ」  黄 沐阳は、広場の先にある大きな建物を指差す。  柱や壁は朱い、二階建ての建造物だ。屋根の角は尖っており、どことなく独特な雰囲気がある。その建物の前には寺があり、角度によっては後ろの景色を隠してしまっていた。 「あの変わった形の屋根の建物、あそこに爸爸たちが住んでるって話だ」  ただなあと、困った様子で肩を落とす。 「建物の警備が厳重で、中には入れねーんだ」 「……屋根の上からとか、窓から侵入は?」  子供の提案に、彼は首を縦にはふらなかった。言葉を濁し、口を尖らせている。    「──小猫、それは無理だよ」  ドスンっと、突然、華 閻李の体が重くなった。原因を調べようと、子供は急いで振り向く。 するとこそには三つ編みの美しい男、全 思風がいた。どうやら彼は子供の両肩に全身を預けているよう。子供が重いと言っても、一向に退く素振りを見せなかった。甘えるように少年の腰を後ろから包み、薫りを堪能している。  そんな彼の唐突すぎる登場に、|黄 沐阳《
last updateLast Updated : 2025-05-01
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地下通路

 合流した全 思風が呼び出した少女は、水の妖怪であった。名を水落鬼といい、溺れた者たちの念が姿をとったとされる妖怪である。 そんな少女の姿をした妖怪はにっこりと微笑み、三人の前で両手を大きく広げた。瞬間、全 思風たちの体に水が降り注ぐ。けれど冷たくはない。むしろ、お湯のように温かかった。  やがて水落鬼は水溜まりへと変わる。同時に、三人の体を薄い膜が包んでいた。 「水落鬼の水は、人間の視界から見えなくする力があるんだ。最低一日はもつから、その間にやれる事をしてしまおうか」  淡々と語り、華 閻李の小さな手を握る。鼻歌を披露しながら余裕のある顔で広場を横切った。 その際、華 閻李と黄 沐阳のふたりは、見つかるのではとおっかなびっくり。けれど水落鬼の水の膜が作用し、兵たちの前を通っても武器すら向けられることはなかった。 そのことにふたりはホッとする。 「思、地下通路に行くのはわかったけど、どうして廃屋の裏手なの?」  他にはないのと、純粋な眼差しで尋ねた。 「聞いた話だと、この町はあちこちに地下通路があるらしい。だけど中から鍵がかかってるらしくてね。唯一外から入れるのは、廃屋の裏手にあるやつだけなんだってさ」   広場にある細道を抜け、何度か曲がる。数分後には、廃屋のある地区に到着していた。  廃屋の裏手へと向かえば、河がある。河の近くには崖があり、そこにひとつの穴があった。一見すると洞窟のようなそこには、地下へと続く階段が見える。 |全 思風《チュアン ス
last updateLast Updated : 2025-05-02
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灰と黒の攻防

 扉を開ければ、そこは真っ暗な部屋となっていた。  部屋に到着するなり、全 思風は手に持つ提灯を握り潰す。 「──ここから先、提灯の灯りは使えない。提灯だけが見えてしまっている状態だからね。使うとしたら術で作った灯り……おや?」  ふと、視界に橙色の花が飛んできた。それは何かと周囲を見渡せば、銀の髪を揺らす華 閻李がいる。橙色の、提灯のような……少し丸みのある、三角形をした花が浮いていた。 「小猫、それは?」  どうやら子供が花の術を使い、灯りとなるものを出現させたようだ。ふわふわ浮くそれは、三人の前でくるくると回る。 「鬼灯だよ」 「……え? でもそれ、橙色だよね? 私の知ってる鬼灯は、白い薄皮の中に黄色い身が入ってるやつだけど……」  金灯、金姑娘、姑娘儿など。地域によって呼び名は様々だが、共通して言えることは、この鬼灯は果物であるということだった。 それを伝えてみると子供は、ふふっと微笑む。 「うん、それは食用の鬼灯だね。どっちも元は、橙色の鬼灯だよ。それを花として見るか、食べ物にするかの違いかな?」  優しい光を放つ鬼灯は、彼らの周囲を回転しながら浮いていた。 「……それで思、光はこれでいいとして、これから
last updateLast Updated : 2025-05-02
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全面戦争 本格化する内戦

 狭い廊下に襲い来る灰色の渦を目の前に、三人はそれぞれのやり方で蹴散らしていった。 全 思風は指先から黒い砂のようなものを出し、それを器用に動かす。迫る灰の渦を弾き、床へと叩きつけていた。 黄 沐阳はそんな彼の腰にある剣を抜く。腰を大きく曲げ、全 思風の腕下から剣を突き刺し、切り刻んでいった。 前衛で戦うふたりの後ろでは、華 閻李が花を意のままに操る。ふたりが捌き損ねた灰の渦。これが彼ら目がけて突貫する。それをふたりに近づけさせまいと、花で防御壁を張った。 それぞれの持ち場を理解している彼らは、互いに死角を補っている──「小猫、あまり私から離れないでね?」 子供の細腰を抱き、楽しそうに話しかけた。戦闘中であることを忘れてしまいそうな笑顔を浮かべながら、余裕然と灰の渦を消滅させていく。 その強さたるや。すぐそばには、剣を使って灰の渦を薙ぎ払っている黄 沐阳がいた。そんな彼の攻撃が赤子と思えてしまうほど、全 思風の動きや強さは別格と謂える。「……うーん、単純でつまらないね」 切っても切っても沸いてくる灰の渦を見て、飽きたと呟いた。 瞬間、彼の周囲を漆黒の砂塵が包む。かと思えば『潰せ』と、低く口にした。 すると彼の命令に従うように、漆黒のそれは廊下全体を押し潰していく。この場にいる彼らをのぞき、灰の渦だけが犠牲となっていった。 しばらくすると灰の渦は塵と化し、砂粒のようになって消えていく。「終わったよ小猫、怪我はないかい?」 何ごともなかったかのように、腕の中にいる少年の頬を撫でる。子供は慣れた様子で頷き、お疲れ様と、彼を労った。 彼はふふっと優しい笑みとともに、子供の額に軽やかな口づけを落とす。「
last updateLast Updated : 2025-05-03
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杭西(こうせい)での激突

 町のあちこちは火の海になっていた。避難民がいる河沿いも、町の入り口や広場すら、焔に埋もれてしまっている。  必死に火を消す兵たち、逃げ遅れて瓦礫の下敷きになっている市民など。町のいたるところでは紅色の焔とともに、阿鼻叫喚が飛び交っていた。   そんな事態を引き起こしたのは、黒い漢服を着た男である。 彼は黒 虎明、獅夕趙というふたつ名を持つ男だ。 右手に大剣を、左手には鳥籠を持っている。 「俺は黒 虎明。黒族の長である黒 虎静の弟だ。このたび黄族の連中が条約を破り、我が黒族の領民を、友中関にて虐殺した!」  大柄な体格どおり、とても声が大きい。 焔が火の粉を飛ばす音すら、かき消えるほどだ。  怒りを携えた瞳で、町の入り口を陣取っている。後ろに控えている兵たちを見ることなく、ただ、言いたいことだけを叫んだ。 「──友中関には俺の心の友、雪 潮健がいた。しかし彼は黄族の罠にかかり、命を落としたのだ!」  大剣の先端を地面に刺し、豪快な仁王立ちをする。片手で持つ鳥籠を顔の前まで上げ、瞳を細めた。 「卑怯者の黄族が町を支配するなど、笑止千万! 俺の友、雪 潮健の怨みを受け取るがいい!」  彼の声音が合図となり、後ろ
last updateLast Updated : 2025-05-03
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鬼人(きじん)

 全 思風は剣を鞘に収め、ふっと美しく笑む。 眼前にいるのは先ほどまで場を独占していた男、黒 虎明だ。彼は苦虫を噛み潰したような表情をし、これでもかというほどに怒りを顕にしている。 「……な、んだ。何だこれはーー!?」  その場を支配していた直後、焔が消化されていったからだ。 何の前触れもなく現れた全 思風だけでも手に負えないというのに、上空から降る蓮の花。その花から雨のように水滴が降り注いでいるからである。 花は仄かに甘い香りをさせながら焔を消し去っていった。しばらくすると辺り一面に焦げた匂いだけが充満し、蓮の花は泡となって天へと昇っていく。 「くそっ! どうなっている!? 貴様、何をしたーー!?」  まるで、腹から声をだしているかのような怒号だ。 大剣を強く握り、勢いをつけて地を蹴る。風のように疾走し、剣で空を斬った。 「朱雀の焔を消せる者など、この世にありはしないはず!」  全 思風を斬りつけようと、空に豪快な一閃を放つ。重みのある大剣が瓦礫を削り、蹴散らしていった。  しかし、それでも、全 思風は何の痛手も負っていない。眠そうにあくびをしながら、右手で持つ剣で応戦した。  互いの剣がぶつかり合い、金属音が響く。 「……ふわぁ。ねえ、まだ続けるのかい?」&nbs
last updateLast Updated : 2025-05-04
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明かされていく謎

 黒 虎明は重たい口を開いていく。  友中関は黒と黄、互いの領土の中間にある。そこで働く兵たちはふたつの勢力から選ばれた者たちだった。どちらか一方が多くならぬよう、均等に両族から派遣させる。それが、この國が始まりし頃からの決まりごとであった。 しかし、互いの勢力がそれで手を取り合うというわけではない。度々いざこざが起き、そのたびに黒 虎明や爛 春犂などが出向いて仲裁していた。 「……うん? 何であんたや、あの爛 春犂なんだ? 黄 茗泽とか、親玉が出向く方が早くない?」  腰かけられそうなところへ適当に座り、全 思風は三つ編みを後ろへとはたく。穴が開くほどに眼前にいる男を注視した。  黒 虎明は瓦礫の上に座りながら、空を見上げる。いつの間にか灰を被った色になった雲と、遠くから聞こえてくる雷の音。それらにため息をつき、首を左右にふった。 「いや、あの場所は互いの族で二番目に偉い者が視察しに行くという決まりになっていた。兄上はおろか、黄族の長である黄 茗泽ですら関与してはならないとされているんだ」  皮肉にも、昔作られた決まりごとが今回の事件を引き起こす切っかけにもなってしまう。そして黒 虎明という男を暴走させる原因にもなってしまった。  男は両手を太股の上に置き、これでもかというほどに彼を睨む。 「……私を睨んだって、しょうがないじゃないか」  今にも殺しにかかる。そんな
last updateLast Updated : 2025-05-05
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