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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 81 - Chapter 90

153 Chapters

過去と疑問

 全 思風の心は不安で押し潰されていった。大切な存在である子供が危険に曝されているからだ。 そう思うだけで、死んでしまいたい。精神がバラバラになりそうだと、唇を強く噛みしめる。 「──小猫、無事でいて!」  屋根の上を飛び続け、目的地の屋敷へと到着した。危険を省みず、扉を豪快に壊す。 中に入ればそこは玄関口だった。 一階は入り口近くに左右の扉、奧にもふたつある。部屋の中央には朱の絨毯を敷いた階段があり、天井には異国からの輸入品だろうか。大きな枝形吊灯がぶらさがっていた。 「……最初に侵入したときは地下からだったからわからなかったけど、もしかしてここは、元妓楼なのか?」  心を落ち着かせようと、両目を閉じる。  ──ああ、聞こえる。視える。ここで何が起きたのか……  全 思風が目を開けた瞬間、彼の瞳は朱く染まっていた。そして映し出されるのは、今ではなく過去の映像である。  建物の構造、中の物の配置などは同じだ。違いを見つけるとすれば、人の姿があるかないかである。 そして過去の映像には、きらびやかで美しい衣装を纏う女たちが行き交いする姿が視えていた。 数えきれぬほどの美女、そんな彼女たちと金と引き換えに遊ぶ男たち。仲良く腕組みしている男女もいれば、女性に言いよっては出禁を食らう者。年配の妓女の言いつけで掃除をする若い女など。 当時、この妓楼で暮らしていた女性たちの姿が、ありありと映っていた。 
last updateLast Updated : 2025-05-06
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写し鏡

 全 思風の手の中にあったはずの彼岸花が、光の粒子となって消滅していった。 彼は悔しさを壁にぶつけ、何度もたたく。そのとき、壁がガコンッという鈍い音をたてて前へと倒れてしまった。 「うわっ! ……っ!? これは……隠し通路か!?」  奥へ続く道が現れたが、明かりひとつもない場所となっている。しかし彼は元々夜目が利く。明かりなど必要ないと云わんばかりに、暗黒しかない空間へと足を踏み入れていった──  □ □ □ ■ ■ ■  部屋の隅に、大きな台座がひとつある。台座のいたるところには札が貼ってあり、常に光っていた。 部屋の中を見渡せば、食器棚や勉強机も置かれいる。 そして何体もの殭屍が、部屋を囲うように等間隔に立っていた。この者たちには一枚ずつ、札が額に貼られている。それが、やつらの動きを封じているようであった。  殭屍らに囲まれるようにして部屋の中央では、男がふたり。互いに剣をぶつけ合っていた。  ひとりは扉側に、もうひとりは台座を背にしている。 『……安心しろよ。黄家の跡取りは、俺がしっかりとやってやるからさ』  上は黄、下にいくにつれて白くなる漢服を着るのは黄 沐阳と、もうひとり。彼とまったく同じ顔をした男が語りを入れてきた。 難しい顔など一度もせす。人を小馬鹿にするような笑みを浮かべ続けていた。勝ち誇ったようにケタケタと笑い、黄 沐阳を力任せに剣ごと薙ぎ払う。 そんな男の後ろ
last updateLast Updated : 2025-05-07
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決意とけじめ

「──黄 茗泽、あんたには黄族の長を退いてもらう。それが内戦を引き起こした者の……」  黄 沐阳はいつになく、ハッキリとした口調で宣言した。 爸爸と呼び、黄 茗泽を親として尊敬していた。けれどそんな、大好きだった者はもういない。いるのは私利私欲のために仙人を戦争へと介入させ、人間たちを混乱と恐怖に陥れた男だ。  彼は、それをよしとはしない。 元々、仙道が人間の争いに参加しないということを律儀に守っていた。 大切な母親に手をかけられても、自身の偽物が現れて窮地に立たされたとしても、内戦への参加など許さない。  普段は無鉄砲でわがままな彼だが、筋を通すところは通す。そんな性格も持ち合わせていた。 「家族に手をかけた者を裁く。それが今、俺にできる、唯一の事だ!」  視線を決して逸らすことはない。 『……ははは。本気で言ってるのか? お前、爸爸を当主の座から降ろして、その後どうするつもりだ? ああ、そう。お前自身が、新しい当主になるってわけか?』  自意識過剰なやつの考えそうなことだ。お腹を抱えながら笑った。そして黄 沐阳を見、プッと吹き出す。 『本当に新当主になれるとでも? お前、自分が嫌われてるって知らないのか? 皆、お前のわがままさに嫌気がさ……』 「知ってるさ」  飾らぬ自然な声がこぼれ
last updateLast Updated : 2025-05-08
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黄 茗泽(コウ ミャンゼァ)と白氏(はくし)

 全 思風の瞳から溢れるのは、優しい眼差しだった。それは銀髪の子供に向けられている。 「小猫、よく頑張ったね。もう、大丈夫だからね」  低いけれど心にすっと留まる声で、子供に話しかけた。そして腕に抱えている華 閻李の体を縛る鎖、これを強く握る。 瞬間、彼の暗闇そのものだった瞳の色が朱へと支配された。 鎖をぐっと引っ張る。するとどうしたことか。鎖は音もなく粒子となって空気へと溶けていった。  全 思風は子供を横抱きにする。部屋の隅で呆然としている黄 沐阳の元へと進み、そっと床へと寝かせた。 黄 沐阳は疲れつつある体にムチ打ちながらも、子供へと駆けよる。 「おい華蘭、大丈夫か!?」  華 閻李を字で呼びながら子供の肩を揺すった。身綺麗にしていたはずの見た目がボロボロになっていても、それよりも子供の心配をする。  すると子供はゆっくりと腕を動かし、彼へと微笑んだ。霊力を奪われ、苦しいはずなのに、微笑みかける。 子供は意識すら朧気なままに、黄 沐阳を「黄哥哥」と、親しげに呼んだ。  そんなふたりを見、全 思風は瞳を細める。  ──小猫を字で呼ぶのか。小猫も、この男を哥哥と言っている。……ああ、私が離れていた年月が悔しい。  全 思風の中では、ど
last updateLast Updated : 2025-05-09
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逃走と行方不明

 豪快なまでに派手な登場をした男──黒 虎明──は大剣片手に、場の空気を壊した。 そんな彼は逃げだしたように見える全 思風を追いかけ、ここまでやってきたよう。目的の男を見つけるなり、大剣の先を向けてきた。「貴様、この俺から逃げられるとでも思っているのか!?」 大剣を両手で持ち替え、刃先を後ろへとやる。片足を後退させて、腰を少しだけ落とした。軸足に全体重を乗せたと同時に、霊力を大剣へと流しこむ。「勝ち逃げは許さん!」 全 思風を睨みつけ、大剣を下から上へと振り上げた。すると武器から青白い焔が溢れだし、目標と定めた彼へと直進していく。 全 思風はあきれながら苦笑いし、嘆息した。瞬間、彼の瞳が濃い朱を生む。 しかし、空気の読めぬ男が放つ焔を全身で食らってしまう。「はっはっはっ! この俺から逃げきれるなどと……そんな甘い考えが通じると思……むっ!?」 豪快を通りこした笑い声が、ピタリとやんだ。見張りながら大剣を強く握り、ギリッと歯軋りをたてる。「……状況、読んでから攻撃してくれない?」 炎よりも熱い焔の直撃を受けたと思われていた全 思風だったが、彼は無傷だった。むしろ、蚊でも払うかのように片手で扇いでいる。「化け物め!」「うん? あー、違う違う。私が化け物じゃなくて、君らが弱いってだけ。あ、小猫は別だよ。とっても強くて、私では敵わないからね」 仙人たちの中でも屈指の強さを誇り、獅夕趙というふたつ名すら持つ男。それが黒 虎明だ。 けれど彼はそんな男を前にして、弱いと称する。 当然、そう言われた黒 虎明は納得できるはずもなく……大剣を床へ突き刺して、ズカズカと足音をたてながら彼の元へとやってきた。 体格はほぼ同じ。けれど身長は全 思風の方が少しだけ高いようだ。それでも見下ろすほどの差があるわけではないので、ふたりは同じ位置で目を合わせる。「
last updateLast Updated : 2025-05-10
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戦場に咲く華

 何もかも、黄族が悪い。そう言われてしまっているような気がしたのだろう。 黄 沐阳は顔を真っ赤にして、黒 虎明へと食ってかかった。体格の違いや知名度、そして才能の差。それらなど気にする余裕もなく、彼は大剣を扱う男の胸ぐらを掴んだ。 「あれが爸爸だって!? ふざけるな!」  あんなのが尊敬する父であるはずがないと、言い切る。 「それに、こっちだって爸爸の行方がわかってないんだ! お前だけが、家族を失った不安に駈られてるわけじゃねーんだよ!」 「……何?」  黒 虎明は彼の手を叩き、どういうことだと問うた。 すると全 思風が仲裁し、説明を始める。    「──あの黄 茗泽は本物ではないだと? しかも、その本物は俺の大哥と同じく行方不明……」  どうやら、落ち着いて話し合えばわかる男のようだ。その場にドカッと座り、胡座をかいて頭を掻く。 「それに奪い合った末に手に入れた女をその手にかけた、だと?」  瞳を細め、大笑いした。膝を何度も叩き、涙が溜まるほどに笑い続ける。けれどすぐさま息を吐き、口をきつくしめた。 音もなく立ち上がり、大剣を握る。そしてあろうことか、そこにある台座を斬り始めたのだ。 「……ふざけた真似を! つまりは何か!? 俺たちは、親のくだらぬ争いに巻きこまれたという
last updateLast Updated : 2025-05-11
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蒼き彼岸花

 透明な硝子、ともすれば、海のように碧く輝く彼岸花。美しく光り続ける幻想的な光景が、静かに造りだされていった。 それを造ったのは他でもない、花の力を使う美しい少年である。子供は艶めいた瞳を花の中心で瞬かせた。   雄しべは雌しべを導く。 碧き色は魂の声。   蜘蛛の糸のように細く、脆い銀の髪が、彼岸花の碧に彩られていった。 長いまつ毛の下からのぞく大きな瞳は宝石のように煌めき、白い肌は淡い光を浴びていく。薄い唇から洩れる吐息は優しく、弱々しさすらあった。 風に靡く柳のように細く、しなやかな体が儚さを生む。 ぞっとするほどの端麗さに包まれながら、華 閻李は今、軽く踵を踏んだ。瞬間、床を覆いつくしていた碧い彼岸花は泡となる。  子供は輝くばかりの姿のまま、手に持つ枝へ柔らかな口づけを落とした。すると、枝はひとりでに宙へと浮かんでいく。 「──蝋梅の枝よ。君に残された想い……心残りである友への気持ちを、伝えてあげて」  神秘的で幻想的。そんな言葉が、子供の全身から漂っていた。  ふっと両目を閉じ、ゆっくり枝を掲げる。次に目を開けた瞬間、枝は浮遊した。そしてゆっくりと、水平を辿るように、ひとりの男の前で止まる。  男は黒 虎明だ。彼は驚きから戻ってこれないようで、両目を大きく見開いている。だらしなく口を開いたまま、微動だにしない。 
last updateLast Updated : 2025-05-11
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蜜章 黄と黒の同盟  いざ、会合へ

 すーすーと、規則正しい寝息が聞こえた。銀の長い髪を持つ見目麗しい子供が、床の上で寝ている。 そんな子供の額に触れるのは、美しい顔をしている青年だ。彼、全 思風は、寝ている子供の肩をゆっくりと揺らす。 「小猫、起きて、小猫」  あくまでも優しく。子供が泣かないよう、そっと愛称で呼んだ。 しばらくすると子供は両目を開け、目をこする。 「……ふみゅう。思?」  どうしたのと、子供は寝ぼけ眼で上半身を起こした。ふあーとあくびをし、頭をぐらぐらとさせる。 「小猫、今から大事な会合が始まるみたいだよ。私たちも参加しないかって誘われているから、行かないかい?」 「かい、ごう?」 「うん。実はね──」   子供の細い腰に手を回し、優しく横抱きにした。    黒 虎明が碧い彼岸花の世界に入り、亡くした友と再会を果たす。その後、これからのことを決意した。 すると床一面を覆っていた碧色は消滅する。同時に花を操っていた華 閻李は体力を使い果たし、その場で倒れてしまった。 全 思風が子供を運ぶ最中、黒 虎明に声をかけられる。どうやらこれからのことについての話のようだ。 子供が目を覚ましたら町の東にある、黄族の屋敷へと連れてきてほしい。とのことだった。  「&hell
last updateLast Updated : 2025-05-12
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答え合わせと再び生まれる謎

 黄と黒族の会合場に、予想もしなかった人物が現れた。 それは黄族に潜入していた男、爛 春犂である。しかし彼の正体は黄族ではなかった。禿王朝の前皇帝、魏 曹丕の命で動いていたのだ。 その証拠として黄族用のものではなく、薄い青色を主体とした漢服を着ている。 腰に巻きつけてある紐に、小さな八角形の八卦鏡(パーコーチン)がぶら下がっていた。中心には【正一位】と書かれたものがはまっている。 そんな見慣れぬ装いをする爛 春犂は、にこりともしなかった。黄でも黒でもない場所……部屋の奥にある大きな机の横に腰かける。 ともに来ていた黒 虎明はといえば、彼は大きな机を前に鎮座した。 すると彼の右側に、黒い漢服を着た男が立つ。巻物を広げ、つらつらと読み上げていった。「──ただいまより黄族、ならびに黒族の会合を開始いたします。それでは皆様、各々席に着いて……」 ふと、黒い漢服の男の横に座っている黒 虎明が立ち上がる。部屋の中を一周するように見回し、唯一の青を持つ爛 春犂を見やった。「話の前にひとつ。伝えておかねばならぬ事がある」 爛 春犂を机の前まで誘う。彼はうなずいて腰を上げ、静かに黒 虎明の前で足を止めた。 右手を拳の形に変え、左手で包んで会釈をする。それは、お手本とすら思えるほどに洗練された拱手であった。軽く拱手を済ませ、黄と黒族の者たちにも会釈をする。「この男……爛 春犂がここに呼ばれたのは他でもない。こいつが目的とするものに、我らがこれから話す事が、深く関わっているからだ」 会合場が一気にざわついた。 それでも彼らは気にする様子はなく、淡々と話を進めていく。 第一声として爛 春犂が口を開いた。「……ご存知の方もいるように、私は爛 春犂という名で通っております。しかしそれは
last updateLast Updated : 2025-05-12
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強かな前進

 二度目。 これは、黒 虎明が人間たちの戦争へ加入した数だと云うのか。 当然、名指しされた黒 虎明は納得できるはずもなく、子供の元へ靴音を響かせながら向かった。しかし全 思風が子を守るように前に出て男を睨む。「……少女よ、どういう意味か!?」 彼の後ろから見える華 閻李の長い髪を目で追いかけた。 怒ってはいるものの、子供を本気で問いつめるつもりはないのだろう。盛大なため息をつき、頼むから教えてくれと弱腰になっていた。「ごめんなさい。言い方がおかしいのかな? ……えっと、あなたが人間の戦争に参加するのが二回目って事じゃないんです」 全 思風の後ろから、ひょっこりと顔を出す。 大きな目と、この場にいる誰よりも白い肌。長く、美しい煌めく銀の髪や、小柄な体。それら全てが相まって、子供の小動物っぽさを強く印象づけていた。 このような儚い見目の子供に強く出れるはずもなく……黒 虎明はうっと言葉を飲みこんでしまう。黄 沐阳や瑛 劉偉に目線で助けを求めるが、ふたりは首を左右にふっていた。「ぐっ! ……し、少女よ。つまりは、どういう事だ?」  子供に結婚を申しこんだことも手伝って、どうやら強く出れないよう。 華 閻李はうーんと、顎に手を当てた。数秒後、全 思風を前に躍り出て、男と向き合う。「あなたが人間同士の戦争に参加してしまったのは事実。でも、もしも……あなたの前に、違う仙道が参加してしまっていたら?」 獅夕趙というふたつ名を持つほどの男が河で行っていたこと。あれは内戦への介入でもあった。 けれどそれよりも前に、すでに誰かが介入していたのなら話は変わってきてしまう。この男が人間たちと仙人の条約を破ったのは事実ではあるが、それでも火種ではない。そういうことになるのではと、子供は唸りながら伝えた。「た、確かに、俺よりも前に仙人の誰かが介入していたらそうかも知れぬが……」 もちろんそれで京杭大運河で起こしたこと、|杭西《こ
last updateLast Updated : 2025-05-13
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