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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 61 - Chapter 70

153 Chapters

黄と黒、そして王

 現皇帝である魏 宇沢は、この友中関で起きた事件に関わっている。  爛 春犂が集めたこの情報は、全 思風の瞳に焔を灯させた。くつくつとした笑みが、静かな関所の中を走る。 淡々と、呼吸すらも知らしめんと、男を見張った。 「……逃げた者たちは皆、怯えておった。夜も眠れぬ者、飯を喉に通す事すらできない者もいた。そんな彼らに聞き出すのは憚れたが……」  眠る美しい子供、華 閻李を間に挟み、彼は横に座る。前方にある薪を見据え、重たい口を開いていった。 「彼らは、こう言っていた。゛殭屍の群れに襲われた前日、白い服を着た者たちが、この関所に訪れた。゛らしい」  その者たちいわく、友中関に貼られている札は効力を喪っているとのこと。國の命により、札の全てを貼り変える作業をするとのことだった。 そして彼らは最後にこう告げる。 「゛これは魏 宇沢様、お達しの命である゛と」  後は知っての通り、この関所が殭屍の群れと化した。 そしてもうひとつ。白い服の者たちは皆、一様に、白い勾玉を首にかけていたのとこと。  ここまで一欠片も溢さず伝えた爛 春犂は、ふーと呼吸を整えた。 「……なるほどねえ、やっぱここでも絡んでくるんだ。あの白い連中は。小猫に、どうや
last updateLast Updated : 2025-04-25
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情報を求めて

 太陽が真上に差し掛かった頃、華 閻李は眠りから覚めていた。 うーんと上半身だけを伸ばし、少し体をひねる。 「はあ、よく寝た。って、もうお昼……なのかな?」  お腹の虫がぐるぐる鳴った。お世辞にも肉づきがいいとは言えない薄いお腹を撫でる。 ふと、自身にかけられた布に気づいた。これは誰のだろうかと小首をかしげ、大きな瞳をまん丸にさせる。  そんな子供の細く長い銀の髪は太陽の光を浴び、とても美しい。髪を耳にかける仕草には儚さがあり、陽の光が彼の見目麗しさを引きたてていた。 「この服は思……じゃ、ないよね?」  見覚えのある服だった。 上は白で下にいくにつれて黄色くなっていく、特徴ある服である。これは黄族のものだった。 「あれ? もしかしてこれ、先生の?」  先生がかけてくれたのだろうか。 周囲を見渡す。しかしそこには爛 春犂はおろか、優しい青年の全 思風すら見かけなかった。  唯一いるのは、二匹の獣である。 一匹は白い毛並みに黒の縦じま模様が入った、仔猫のような見目をした白虎だ。もう一匹は躑躅と名づけた蝙蝠である。 どちらもかわいらしい姿で、一緒に丸くなって寝ていた。  華 閻李は、無防備な二匹を軽く撫でる。 「ふふ、どっちも可愛いなあ」  体毛の少ない蝙蝠は存外ツルツルとしていた。白虎の方は、もふもふとし
last updateLast Updated : 2025-04-25
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杭西(こうせい)へ行く前に腹ごしらえを

 華 閻李が行く先を決めた直後、昼休憩として緑にまみれた村を訪れていた。  村の人口はおよそ数十人で、非常に小さな村である。 建物は蔦や苔で覆われており、幻想的な雰囲気があった。この村は枸杞(クコ)という名で、杭西へ向かう途中の休憩所としても使われることが多い。 村を囲むのは緑溢れた山々で、隅には運河が流れていた。それは京杭大運河であり、どこまでも続いている。  そんなのどかな村の入り口からすぐ近く。小さな飲食店があった。看板はボロボロになっていて名前は読めないが、年期の入った家屋である。 三人はそこへ足を伸ばし、昼食を交えながらこれからについての話し合いを始めた。  「──え? 先生、一緒に行かないんですか?」  二段構えの丸い机を囲み、彼らは各々が食べたいものを注文していく。 窓際に華 閻李が座り、壁側に全 思風。そして扉側には爛 春犂が腰を落ち着かせていた。 「うむ。私は先代皇帝、魏 曹丕様の命で動いている。目的は知っての通り、各地で起きている殭屍事件の全貌だ」  机の上にある烏龍茶を飲む。ゆっくりと口に入れていき、コトリと音をたてて茶杯が置かれた。 「私は一旦、王都へと戻る。現王である魏 宇沢様の真意を探るためにな」 「……わかりました。じゃあ僕たちは、杭西へ行きます。そこであの兵のお母さんに、真実を伝えようと思います」  「そうしなさい。それがいいのか悪いのかではなく
last updateLast Updated : 2025-04-25
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運河を超えて

 枸杞(クコ)の村で昼食をすませた後、爛 春犂と一旦別れた。男を見守りながらふたりは杭西へと向かうため、村の隅にある京杭大運河へと訪れる。  京杭大運河の向こう岸は山になっており、降りれる場所はなかった。 運河自体は深く、大人でも足をつけることが困難なほどである。汚染されていない河は水面が透明で、泳ぐ魚や底が見えていた。 そんな河には運搬船のみならず、観光客を乗せた船も行き交っている。   「ねえ思、ここから船で行くの?」  小型で美しい髪を持つ、端麗な少年──華 閻李──は頭の上に躑躅を。両腕で白虎を抱きしめていた。 小首をかしげる様は、その見目も相まって非常に愛らしい。二匹の動物も合わさると、さらに儚く見えて、全 思風の中にある庇護欲をそそった。 「うん、そうなるかな」  抱きしめてしまいたい気持ちをこらえ、肩にかかる三つ編みを払う。 木で作られた足場に向かい、小舟を棒で引きよせた。片足を足場に。もう片方を船の上に乗せ、動くのを防ぐ。 「あそこに山があるだろ? あの山は、かなり道が細くなっててね。馬車では通れないんだ」  山道は険しいため、馬では進むことが難しい。凸凹道もあり、旅に慣れていない者には厳しい道ゆきにしかならなかった。 「それに、ほら」  空を指差す。そこには海のように蒼い空があった。しかし目を凝らしてみれば、何かの集団のようなものが飛んでいる。  |華 閻李《ホゥア イェンリー
last updateLast Updated : 2025-04-25
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河上での戦争

 枌洋(へきよう)の村、そして蘇錫市(そしゃくし)。そのどちらにも疑問が残るかたちとなった。 ただひとつ。わかっているのは、どちらも白き服の者たちが関わっていたことだった。  ──小猫のいう事は尤もだ。だけど何もわからない以上、考えてもしかたないんだろうね。  よしと、気を取り直して棒を動かした。 「それらについては、情報を集める必要があるんだろうね。最終目的地は王都だ。そこに行くまでに、何かしらを得られるかもしれない」  少しばかり跳ねた水を浴びながら、垂直に舟を進ませる。 「とりあえずはさ、杭西へ行こう。そこで情報を得られればいいんだけど……」 「そう、だね。あ、見て! 花売りだよ」   たくさんの舟が行き交うなかで、たくさんの花がふたりの元へとやってきた。舟の上に乗っている花たちは彩りで、牡丹や薔薇などが積まれている。 舟員は華 閻李の弾んだ声が耳に入ったようだ。微笑みながら近づいてくる。 「おやおや、とっても可愛い子だね。どうだい? お花、買っていくかい?」  花売りは老婆だった。子供の無邪気な笑顔に気をよくし、いくぶんか割引をしてくれるよう。   全 思風が子供にどの花を買うのかと問えば、華 閻李は両目をキラキラとさせた。まるで宝石箱でも開けるかのような、期待に満ちた眼差しである。   しばらくすると花売りの老婆が乗った舟は、ふたりから離れていった。  代わりに、彼らの舟は花でいっぱいになっている。 花びら
last updateLast Updated : 2025-04-26
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波乱の河

 京杭大運河の中枢から少し離れたところに、大きく横に広がった場所がある。縦に長く続く河、両脇には人の力では到底登れぬ崖があった。 そんな河を陣取るように、二種類の船が横に並んでいる。ひとつは杭西、もう片方は枸杞(クコ)の村側へと背を向けていた。  杭西側を陣取る船の先端には、朱の鳥が描かれた旗が掲げられている。 枸杞(クコ)を背にする船はひとまわり小さいが、反対側に浮くものよりも数が多かった。先頭をいく一隻には、緑の亀が刺繍された旗が立てられている。  そのどちらもが互いを睨み、冷戦状態となっていた。しかし…… 「──矢を放て!」  誰かの一声が場に轟く。瞬間、朱き旗を持つ側から、無数の矢が放たれた。 ひとまわりも小さな船に向かって疾走する矢は高く上がり、勢いをつけて落下。先頭にいた緑の旗を携える船が沈没していった。 されど、緑の旗の者たちも負けてはいない。弓という飛び道具を使用せずに、剣や槍などで弾いていった。 それでも生身の人間であることにかわりない。懸命に応戦するが、次々と弓矢に体を貫かれてしまった。  朱旗側の圧倒的すぎる力、それがこの場を収めていく。これでは緑の旗を維持すること叶わず。誰もが、絶望色に顔を染めていった──  瞬刻、形勢を有していた朱旗の船に悲劇が訪れる。 突然、彼らの周囲に波が現れたのだ。朱旗の船は波に拐われ、ひっくり返ってしまう。何隻かは無事だったものの、被害は大きい。  先ほどまで|優勢《ゆうせい
last updateLast Updated : 2025-04-26
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國の思惑

 黒の一族、黒。術を得意とし、戦略に長けた者が多いと云われていた。そのなかでも長である黒 虎静は、群を抜いて素晴らしい才能を持つと云われている。 そしてその弟である黒 虎明は兄にこそ及ばぬものの、それでも黒族のなかでは優秀な分類と噂されていた。  しかしあるときを境に、弟である黒 虎明は反旗を翻したとされる。理由は不明、今どこにいて何をしているのか。それすら謎とされていた──   「──他族の事だから、僕も詳しくは知らない。だけどあの人は獅夕趙なんていう、二つ名まである」  華 閻李は嘘でしょと、大きな目をさらに広げる。 「ああ、その二つ名なら私も聞いた事はあるかな。確か、獅子のように獰猛だけど、場の空気を変える力があるって理由で、そういった名前になったとか何とか」  全 思風自身、膝の上に乗せて守る子供以外には興味などなかった。しかし人間の住む世界にいる以上は、嫌でも何かしらの情報が入ってくるというもの。 彼にとって興味の対象外であった。けれど風の噂というものは自然と耳に届く。それがいいか悪いかではなく、印象に残る何かがある。  ──小猫を探している最中、あの男の二つ名を何度か耳にした。兄と喧嘩をして家を飛び出したとかいう話だったな。  それかなぜ、このようなところにいるのか。いったい黒 虎明という男に何があったのか……  ──うん。全く、興味ない。  全 思風にとって、完全に興味
last updateLast Updated : 2025-04-26
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杭西(こうせい)  兵の想いを届けに

 京杭大運河での戦争を目の当たりにしたふたりは、急いで杭西へと向かった。 到着した町は銀の世界となっていた。 杭西の中を流れる河には舟が浮かんでいる。河の両脇には家屋が並び、屋根の上に雪が積もっていた。ゆらゆらと揺れる提灯の明かりが、白銀の景色と重なって幻想的に見える。 しかし肝心の人の姿がなく、町は静まり返っていた。 置き捨てられた籠、水浸しになった漢服など。数刻前まではそこに誰かがいたであろうという、生活感のある風景が置き去りにされていた。「……誰もいないね?」 町の中にある河を進みながら、華 閻李は小首を斜めに動かす。呼吸をするたびに白い息が生まれ、はーと吹きかけては両手を温めた。 白い獣である白虎を暖として抱きしめる。寒いなあと、体を震わせた。「すぐ近くで戦があったからね。多分その影響で皆、家の中に閉じこもってるんじゃないかな?」 それに雪も降ってるからねと、彼は優しく説明をする。ただ口ではそう言っていても、彼自身、町中での戦争がないことを願うことしかできなかった。 河から確認できる建物をひとつひとつ、黙視していく。 建物が壊れた様子はないので、町の中までは戦争の被害が及んでいないだろうと推測できた。そのことにホッと胸を撫で下ろしながら、舟を進めていく。 ふと、行き止まりに差しかかった。ここから先は舟では進むことが不可能のようで、ふたりは降りることを決める。「──さあ、私の小猫。転ばぬよう、手を」「ふふ。本当に思って優しいよね?」 先に舟から降りた全 思風が、華 閻李の手を取った。 パラパラと粉雪が降り続き、ふたりの頭や肩などに落ちて溶けていく。 ときおり足元にいる白虎の鼻にかかり、虎はイヤイヤと顔をぶるぶるさせていた。 そんな白虎を両腕で抱き、子供はふふっと微笑しながら雪を払う。「はは。牡丹は雪嫌いなの?」「牡丹?
last updateLast Updated : 2025-04-27
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少年の心、優しくありて

 屋根の上を飛び移りながら、ふたりは杭西の西へと進んでいた。 冬の風と、空から降る雪がふたりの体を打ちつける。全 思風は平気なようだが、華 閻李はそういかなかった。 子供は彼の漢服を頭から被ってはいる。それでも体力のなさは変わらずで、寒さに震えていた。艶のあった唇は紫色に変色している。白い肌は土気色に、体温はぐっと下がって指先から冷たくなっていた。 「……小猫、大丈夫かい!?」  子供の体調が心配で足を止める。横抱きにした華 閻李の様子が少しおかしいことに気づき、彼は慌てて下へと降りた。 近くにある廃屋の外壁に隠れ、子供の熱を測る。幸いなことに少年に熱はなかった。けれど顔色を見るに、このまま外で行動するということは避けるべきだと判断する。 「小猫ごめんね。君が寒さに弱いって知ってたらこんな……」  自身の不甲斐なさを悔やんだ。  華 閻李は紫になった唇のまま、無理やり笑顔を作る。大丈夫だよと、彼の逞しい手に触れた。  ──本当にこの子は優しいな。私に心配かけまいとして、辛いのを押して笑っている。  力があっても、王になっても、大切な子供ひとりすら守れない。そんな自分が憎く、そして情けないとすら感じた。 彼は唇を噛みしめる。 「……小猫、辛いときは無理して笑わなくてもいいよ」  「……っ!」  そう言った瞬間、子供の瞳が潤んだ。体を両手で包み、その場に|踞《う
last updateLast Updated : 2025-04-28
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親子と影の正体

 関所を守りぬいた兵がいた。彼は母親の足を治療するため、そして誰かを守りたいという想いから兵へ志願する。 母親はそんな息子を誇りに思い、子の夢を止めることなどできなかった。けれど代わりにと、祝いの品として一本の蝋梅の木を送る。 「それが、この枝の元の蝋梅。あの男の人に大切に育てられて、あなたの……母親が息子を想う気持ちがこめられている。それがこの木に力を与え、あなたの元へと届けてほしいって願ったんです」  花や植物の気持ちなと、誰もわかりはしなかった。けれど華 閻李という少年は花の心を伝え、想いを力にする能力を持つ。それは仙術のようで違う。けれど、それを成し遂げるだけの力を有していたのは間違いなかった。 もちろん眼前にいる中年女性には、そのことなどわかりはしない。 だからこそふたりは頷き合った。子供の隣に全 思風が立ち、その細い肩を支える。  廃屋に避難している人々は何が始まるのかと、興味津々に彼らを見た。 「──僕は、あの人の想いを全て届けられるわけじゃない。だけど、知ってほしいんです。あの人がどんな想いで亡くなったのか。最後に願った事は何だったのかを……」  子供の声が廃屋の中を泳ぐ。  両手を胸の前に、そっと置いた。そして枝に丁寧なまでの口づけをする。すると華 閻李の体が優しい光に包まれていった。それは蛍火のように小さな粒で、夕焼けのように美しい。 そのときだった。子供の背中から、ひとつの大きな彼岸花が現れる。けれどそれは花びらを散らし、姿、種類すらも変わっていった。  一本の大きな木
last updateLast Updated : 2025-04-29
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