ダンジョン喰らいの人類神話 のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

98 チャプター

61.告白

 すべてが終わった後、俺は協会の病棟でハナさんの様子を見守っていた。重症だったにもかかわらず、協会に務める回復スキル持ちの人の手によってその命は当然のように繋ぎ止められている。今はまだ意識が戻らないが、別にこれから永遠にそうということでもない。何なら、今すぐにでも目を覚ましてもおかしくないくらいだ。 倉井さんは……あの後、ダンジョンを出るなり俺たちを置いて逃げてしまった。ただ、実際のところ……その罪を隠し通すことはできないだろう。俺たちがここに居る時点で。 瀕死のハナさんを協会に担ぎ込んだのは、他の誰でもない俺自身だ。そして、ハナさんたちのことについては……まだ誰にも何も言っていない。別にこの事件を隠し通そうと心に決めてそうしたわけではなく、ただそのタイミングではまだないと思っただけだ。 静かな病室の中、パイプ椅子に腰かけ……ハナさんの様子を窺う。ハナさんとは……正直どう接したらいいのか、俺にもよく分からなかった。だから、このまま目覚めなければいいのに……とも思う。いや、今のは誤解を招く表現だったか……正確に言えば、今日ここに俺がいる間には眠ったままでいてくれたらいいのに、とそう思っているということだ。 境界線を決めているのは、結局俺の中にある勝手な感覚でしかないのだが……今日はまだ、俺はハナさんとは他人ではない。でもこのまま行ったら、きっと明日には他人になっている。一度他人になってしまえば、俺が背負うものはもう何もないという寸法だ。ただ……もし今、今日ここで目覚めてしまったら……俺はハナさんと話さなければならない。そんな、気がしているのだ。「はぁ……なんだかなぁ……」 結局、ハナさんは何をどう考えてあんなことをしていたのだろう?後から冷静になって振り返ってみると……やっぱりハナさんの振る舞いには筋が通っていなくて、未だに腑に落ちない。倉井さんはああいっていたけど、それについても……。「ここ……は……?」 びくり、とそのか細い声に方が震える。声の主は、枕の上で頭だけを動かし……その視線をこちらに向けた。「みー……ちゃん?」 俺は色々あった後だからいまいち気まずくて、頭の後ろをかく。そうしてしばらく口の中でいくつかの言葉をシミュレーションして、結局もっとも当たり障りのない言葉を音にした。「そう、ですよ……」
last update最終更新日 : 2025-09-11
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62.落着……?

 俺のやるせなさとは裏腹に、ハナさんは……どこかすっきりしたような表情を浮かべていた。俺がそれにどうとも言えず、ただその横顔を眺めていると……ハナさんはこちらに視線を合わせてくる。俺はその視線から逃げることができなかった。 やっと、目が合う。ハナさんは……優しく微笑んでいた。「はぁ……ずっと、あたしは早くこうすれば……自分の弱さを認められたら良かったのかもしれないね。全部が全部ダメになって、ようやく……あたし、こうやって止まれたの。だからみーちゃん、その……ありがとね」「そんな……俺は、何も……」 何もできなかったし、これからも何もできない。どちらにせよ、構図の複雑さから……その「ありがとう」は素直に受け取りづらいものだった。 それはハナさんも承知の上のようで、少し寂しそうに俯くと……小さくつぶやく。「今だったらさ……今だったら自分の卑しさとか、弱さとか、全部分かっちゃったからさ……もう言えるんだけど、あたし……鹿間ちゃんブロックしたの……本心は、たぶんそうやってブロックしてもまた……そんなこと関係ないみたいにいっぱい励ましてもらって、いっぱい慰めてもらいたかったんだと思う。笑っちゃうよね? ねぇ、みーちゃん……」 ハナさんは傷が痛むはずの腕を、それでもゆっくり持ち上げて……俺に向かってその手のひらを小さくひらひらさせた。「……じゃあね」 その言葉に、胸が詰まる。深海に沈められたみたいに、苦しくなる。形容しがたい悲しさに襲われ、ため息を吐いた。「さよなら、ハナさん……」◇◇◇『いや水瀬くん……その、ハナちゃんのことに関しては……災難だったね』 鹿間さんの苦い声が電話越しに届く。 あれから数日後、ハナさん自身が全てを明かし……全部が、終わったのだ。倉井さんももちろん、追及の手からは逃れられない。もう、あんな事件は繰り返されないだろう。それはいいことなのだけれど……やっぱりこう……飲み込みがたいものはあった。「鹿間さんこそ……その、あれでしたね……」『……まぁ、ね……』 少しかかわっただけの俺ですらこんなにも複雑な心境なら、鹿間さんの胸中は俺よりもっと後悔や悲しみの念が渦巻いているだろう。「ハナさん……どうなったんですか? あの後……」『ああ……それは、今のところクリーナーを入れておける刑務所はまだないからね……
last update最終更新日 : 2025-09-12
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63.予感と着信

 それはある晩のことだった。「ふわぁ~あ、っと……」 あくびを噛み殺しながら、携帯電話を枕もとに投げる。それに続くように俺もベッドに身を飛び込ませた。 姉さんがなにやら活動しているうちに俺が眠ってしまうのはなんだか忍びないが……今日は特に疲れたのだ。 クリーナーになってからしばらく経ったが、今のところ俺は十分やれている。自分の能力って言うのもだんだんと分かってきて、もうダンジョンに入る前にどれくらい時間がかかりそうだとか、どれくらい苦戦しそうかだとか、分かるようになってきた。そういう感覚がつかめてくると、じゃあ一日にどれくらいの数のダンジョンをこなせるかという目星もつくようになって……今日はその上限いっぱいに詰め込んだのだ。 疲れている理由はそれだけでなくて……まぁハナさんのことなのだけれど、あれからまたしばらくすると……どうやら週に何回かは携帯の使用が認められるようになったみたいで、その度に大量のメッセージが送られてくるのだ。俺もそれにいつでも答えられるわけではないから、答えられるときはできるだけ返信するようにしている。で、その相手の方も今日はこなしたから……ぶっちゃけ過密スケジュールだったのだ。因みにあれからというものの……ハナさんは順調に精神的な依存度を高めていっており、それが少し心配だったりもする。一度鹿間さんから「あんまり優しくしすぎないように」と注意が入ったくらいにはなんだか色々起きているらしい。 そんなこんなで、やっと疲労をため込んだ肉体を柔らかいベッドに寝かせる。やや暑いけれど、一度目を閉じてしまえば……もうその瞼が重たくって二度と持ち上がらないんじゃないかと思えた。「あー……電気消さなきゃ……」 口ではそう言いつつも、どうしても体が起き上がりたがらない。瞼越しに眩しさを感じながらも、照明の光から顔を背けることすらせずに横たわっていた。 たぶん、今ある眠気も……少し眠ったらだいぶ緩和されるだろうし、その時に起き上がって電気を消せばいい。そして、どうせ途中で起きるということは……本格的に就寝するわけでもないから、布団も別に被らなくていいのだ。「……」 意識はだんだんとその輪郭を失うかのように曖昧になっていく。こういうパターンの時、結局このまま朝まで眠ってしまう場合がほとんどだと……本当は知っている。けれど
last update最終更新日 : 2025-09-13
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64.待ち合わせ

 翌日、俺は鹿間さんからの用件を聞くために協会まで来ていた。午前の協会はいつも通り忙しく、いろいろな人が訪れその喧騒の一部になっていく。俺も今はその中の一人だった。 さて、用件といっても……別に昨晩の段階では何も聞かされていないということではない。一応、なんだか仕事の話らしいことは分かっているのだが……肝心のその内容というのはこうして会って話したいという話だった。 姉さんの言っていた「変な事件」といい、突然の鹿間さんからの招集といい……なんだか妙な感じだ。なんならここに来る前にその事件とやらについて調べておけばよかった。姉さんが知ってるくらいのことなら調べればすぐに出てくるだろうし、何やら俺にも関係してきそうな感じだし……。 そうして考え事をしながら辺りを見回していると……そこに鹿間さんの姿を見つけた。あれからも連絡はよくとるし、その姿が記憶の隅に追いやられてしまうこともないだろうけれど……よくよく考えてみると直接会うのは少し久しぶりだ。俺は……俺はまぁ、いつもの……普通の人としては目立つ格好だから、鹿間さんも久しぶりだからといって俺を見落とすことはないだろう。 もともとお互いを目視できる距離にあったわけだし、鹿間さんもすぐ俺の到着に気づいてくれる。こちらに微笑んで申し訳程度に手を振るその姿を見て、相変わらず元気そうで良かったと思った。「すいません、待ちました……?」「いやいや、全然。悪いね、わざわざ呼び出しちゃって……。ただ……今日話したいことは……その、ちょっといつもの感じとはまた毛色が違っててね」「毛色……ですか……」 鹿間さんの少し困ったような表情に、たぶんあんまりよくないことが起きているのだろうということはたやすく想像できる。少なくともクリーナーに回ってくる話ということは、まぁダンジョン関係の何かなのだろうけれど……。毛色が違うというのは、一体どういうことなのだろうか……。「えっと、じゃあ……どうします? もうここで話しちゃう感じですか?」「ああ……いや、もう一人……待っている人が居てね……」「え、もう一人……ですか?」 俺が首をかしげると、鹿間さんはそれに頷く。そして頭の後ろを掻くと、ため息を一つこぼした。「今回の事件……もう水瀬くんの耳にも入っているかもしれないけど、少し面倒なことになっていてね。ボクと
last update最終更新日 : 2025-09-14
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65.「事件」

「……」 鹿間さんに協会のミーティングルームに通され、皐月と並んで椅子に腰かける。俺は隣の幼い少女の横顔を幻でも見てるみたいにボーっと眺めていた。「何? じろじろ見ないでよ」「あ、いや……すいません……」 皐月の雰囲気に「そういえばこんな感じの人だったな」と「こんな風な人だったっけ」が同居する。研修のときでも言葉遣いは悪かったりしたけれども……ここまで露骨に不機嫌な感じではなかった気がするのだが……。 鹿間さんは皐月のそのつんけんした様子に困ったように笑うが、手筈通り……今回の仕事について話しだした。「えっと……じゃあ、二人とも……いいかな?」「あ、はい……」「……」 鹿間さんの確認に、とりあえずまだ分からないことばかりなので頷く。皐月は黙ったまま、やっぱり機嫌悪そうに視線をそらした。俺はその様子が少し気になってまた皐月の方を見てしまうが、また怒られそうなのですぐにやめた。「じゃあ話させてもらうんだけど……今ね、ちょっとばかし問題になっていることがあって……それについて、二人に対応してもらいたいんだ」「問題ですか……。その、実は俺……最近の出来事あんま知らなくて……例の事件って言うのがまず何なんだか……」「大丈夫、大丈夫。それもこれから話すことだし……別にそう複雑な話でもないから……」 俺と鹿間さんが言葉を交わす間も、皐月は黙ったまま。一応聞いてはいるようだけど……初めからこういう話し合いの場に参加するつもりはないようだった。鹿間さんもそういうのには慣れているみたいで、ちょっと困った表情を見せはするも……何か言うわけでもなかった。 鹿間さんの話は、いよいよ……姉さんも言っていた、その「事件」の子細に迫る。「実はね……ここのところ、クリーナーによる犯罪が多発しているんだ。ああ、ここで言うのは……水瀬くんが遭遇したような誰かの命が失われる事件じゃないんだけど……それにしても、いろいろと妙でね……」「クリーナーの……犯罪……」 鹿間さんの言っていた「毛色が違う」という部分も薄々理解してくる。すなわち今回の仕事はダンジョンが相手なのではなく……。「その……犯罪者たちが、今回俺たちの相手ってこと……ですか……?」「うん……と、それについては……何とも言い難いけれど……まあ大まかにはそうだね。ただ……さっきクリーナーによる犯
last update最終更新日 : 2025-09-15
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66.潜入調査

 話があまりスムーズに進まなかったのを見て、鹿間さんが持ってきてくれた飲み物を喉に流し込みながら一息つく。正直喉は乾いていなかったけれど、喉を液体が通り抜ける感覚が今は不思議と心地よくて、体を冷やすかのように味の薄いお茶を飲み続けた。皐月も、行儀悪く椅子の上で両膝を抱え、両手で持った紙コップにちびちび口をつけている。鹿間さんはそんな俺たちを見ながら、ペットボトルの口を閉めてテーブルに置いた。「えっと……話の内容については……二人とも、まぁ分かった……よね?」 鹿間さんの言葉に空になった紙コップをテーブルに置くと、俺は自信なく頷いた。「まぁ、大体は……。結局重要なことは……未成年の少年少女たちが不可解にもスキルに覚醒し、その現状に歯止めをかけるために裏で手引きしているであろう誰かを突き止める。で、そのために……俺たちにはその少年少女たちに紛れ込んでほしい……。そういうことですよね?」「ああ……分かってもらえて助かるよ……」 鹿間さんは息を吐きながら額の汗をぬぐうような動作をする。困惑故に理解に時間を要してしまった俺は、そんな鹿間さんの疲れた様子に苦笑いした。 しかしなるほど……潜入調査となれば、どうりで俺が選ばれるわけだ。あんまり雰囲気がクリーナークリーナーしていると、一般の少年少女たちの集団に忍び込めるはずもない。だとすると……もう一つの小心者だから……って言われたほうの奴は、この内容にどう関係しているのだろうか?皐月関連……ということになるのだろうか……? というか……そうだ。皐月……皐月だ。俺たちがその潜入メンバーに選ばれたというなら……まぁ俺は分かる。だけど皐月が分からない。だって皐月は……。「皐月は……誰もが知ってるクリーナーじゃないですか? 潜入ってなると……不適当な人選なんじゃないですか?」 夏山さんのようなファンがつくくらいの……いわば著名人。そんな皐月が一般人に扮して潜入なんて、無理があるとしか思えない。例えインベントリを外したとて……皐月が、あの皐月無垢がそのオーラを失うことなんてないのだから。 しかし、鹿間さんは俺の疑問に自信ありげに腕を組む。「ふっふっふ……それについては問題ないよ。ボクに考えがあるからね。彼女には……誰かに扮するのではなく、皐月無垢本人として出向いてもらうんだ!」「な、なんか
last update最終更新日 : 2025-09-16
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67.廃都へ

 翌日……。俺と皐月は、電車に乗って……今回の潜入調査の目的地へと向かっていた。 別に電車に乗るだなんて普通のことのはずだけど……これからしに行くことに意識を向けると緊張してしまう。周りに居る普通の乗客の人たちの注意が一身に集まっているように錯覚してしまう。その感覚は……ただでさえ不審かもしれない俺を、より一層落ち着きなくしてしまうのだった。 対する皐月は、俺の隣に座って……まるで眠っているかのように目を閉じている。もちろん実際に眠っているわけではないだろうが、俺と違って緊張などまるで無い様子だった。 気を落ち着かせるために、家を出てから幾度となく確認しているポケットの中の”それ”の感触を確かめる。……大丈夫、ちゃんとある……。俺は鹿間さんから渡された”それ”をちゃんと持っていた。 で、結局のところそれは何なのかというと……より小型の、簡易的なインベントリだ。もちろん武器やスキルの使用は必要なければしないことが一番いいが、しかし万が一のこともある。特に俺なんかはスキルの仕様からしてもインベントリが無いとどうにもならないので、この身の命の次に重要なアイテムだと言っても過言ではないだろう。皐月に関しても、同じものをインベントリを取り外した時に受け取っている。 電車の一定間隔の揺れが、俺の意識をさらに思考に沈ませる。緊張の緩和という意味では……少なくとも何も考えないよりはマシといえるだろう。 先ほどから何度も繰り返している思考を、もう一度なぞる。それはこの作戦についてのものだ。 まずこの作戦は……成果が上げられるにしても上げられないにしても、とにかく数日間は粘る必要のある任務になる。だから、俺と皐月は……潜入地近くのビジネスホテルに宿泊することになる。部屋は既に鹿間さんの根回しで二人分確保済みだ。泊まりになる旨は……まぁ姉さんが不満を垂れていたけど、それ以外は問題ない。 そしてこの任務、主な活動時間は……深夜。つまり昼夜逆転生活を強いられることになる。俺はともかく、皐月は成長期にこんなことをさせられるなんて……何ともかわいそうだ。まぁ本人にそれを気にしている素振りは無いが……。なんならむしろ、俺がその生活リズムにシフトしきれるかの方が不安かもしれない……。 さて、深夜活動というのも……もちろん意味あってのことだ。な
last update最終更新日 : 2025-09-17
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68.ホテルの部屋

「ねぇ、あんたって本当に私と会ったことあるの?」「へ……?」 ホテルに到着して、今は自分たちの部屋を探して移動しているときだった。俺の斜め後ろを歩く皐月が、こちらは見ずに改めて面識について尋ねてくる。別に覚えていなくてもまぁ当然とは思うし、そんなに気に病むことではない……し、皐月がいちいちそんなことを気にするタイプとは思えないけど……意外と気にするのだろうか? ともかく、聞かれたのであれば答えるのが筋だ。さっきみたいにやたら皐月が苛立っている様子もないし、今なら全然口頭で説明できるだろう。「俺……つっても結構前ですから皐月からしたらいつだよって感じかもしれないけど……研修のときあなたにお世話んなったんすよ?」「本当に……?」 皐月は疑わし気な眼差しをこちらに向ける。しかしその目つきは、目の悪い人が新聞を見つめる時のような、じっくりと「観察する」目つきに変わった。たぶんそんなにまじまじと見つめたところで俺の顔にこれといった特徴は無いだろうけど……。 そして俺の予想通り、皐月の表情は全然ピンと来ていない様子だった。「見込みがありそうって思った人は大体覚えてるものなのに……なんでこんなにしっくりこないんだろ……」「あ、それなら俺……見込みない判定下されてましたから……」 今となってはそれも思い出の一部なので苦笑する。しかし意外だ。皐月って思ったより、こういうこと記憶してるタイプだったのか……。だとすれば……。「じゃあ、俺以外の人なら覚えてるかも? 例えば……夏山さん。夏山薫……って人、覚えてません?」 今となっては絶対に忘れられないあのメンバー。その名前は……皐月の記憶にもしっかり焼き付いていたようで……みるみるうちに苦虫を嚙みつぶしたような表情になっていった。「あ、あれは……うん、覚えてる……。あの、すごい……変な人……」 立場上普通に接していたけれど、やっぱり夏山さんに関しては実際のところそういう印象を抱いていたようだ。これを夏山さん本人が聞いたらどう思うか……。まぁ……たぶん喜ぶんだろうな……。 ひとつ思い出すと、そこから連鎖するように次々と思い出して言ったようで……みるみるうちに皐月の表情はいらだちに染まっていった。「誰かと思ったら……あんたあのへんな匂いの!!」「あ~……言われた言われた……」「……はぁ
last update最終更新日 : 2025-09-18
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69.持て余す午前

 ともかく仕事は夜になってから……。しかし、やっぱり……そうは言っても今から眠れそうな感じもしない。この先のことを考えると少しでも眠っておいた方がいいのだろうけど……まだ日の高いうちにベッドで目を閉じても、ずっと意識は明瞭なまま瞼の裏を見つめるだけだ。「はぁ……」 寝なければ……そう思うほどに、眠るのが難しくなってくる。正直ここまで来るのにも疲れてはいるのだけど……どちらかといえばそれは精神的な比重が大きく、眠気につながるものでもない。こういう時は……もう仕方がない。誰だってこういう経験はあるだろうし、寝ようとしたってうまくいかないことなんか分かりきっている。ならひとまず……一旦この「寝なければならない」という義務感を頭の中から追い出すべきだ。 開き直りに近いけれど、眠るのを諦めてベッドから飛び起きる。最初から点けていなかった電気を点けると、少しこの宿泊部屋のことを色々と見てみることにした。 といっても普通のホテル……特に調べることをしなくてもどこに何があるかは大体わかる。狭いし、そんなに見るものも無いだろう。 とりあえず無意味にテレビを点けると、その画面を見もしないで部屋の扉を確認し始める。まずはこの部屋の入り口から見て、入ってすぐ右側にある扉。俺の推測が正しければそこは……。「お、やっぱり……」 家のよりは一回り小さい気がするバスタブ。そのわきの洗面台。わざわざ言い直す必要もないが、ここは風呂場だ。しかし……てっきりユニットバスかと思っていたが、どうやらトイレは別らしい。好みが分かれるところなのかもしれないが、俺としては風呂トイレ別はうれしい発見だった。 しかし……そうなってくると、もう一つ……まだ確認していない部屋の正体が明らかになってしまう。風呂部屋から出て、そのまま向かい側のドアを開くと……案の定そこにあるのはトイレだった。これにて……室内の確認は終了である……。「……」 しばし考える。当然、これで「じゃあ寝るか!」とはとてもじゃないがなれない。 なんかやっぱり、普段の活動時間は体が動きたがっているのだ。というわけで……いよいよ寝る気があるのかという話になってくるが、少しばかり街に繰り出すことにした。どこの何に用事があるというわけでもないが、ちょっと周ってそれでどっかのコンビニに寄るくらいならた
last update最終更新日 : 2025-09-19
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70.廃都外縁

 そして向かえる深夜、俺は設定していたアラームにたたき起こされた。「うぐ……」 結局昼間はよく眠れず、コンビニで買ってきたアイマスクなんかも試したものの装着感が気になってすぐに外してしまった。そういうワケで、当然の結果として……。「ねっっっっっみ……」 一日のタスクを終えて家に帰ってきたとしよう。そして諸々帰ってきてからのことも終えて、やっと布団にもぐったとする。そうしてようやく眠りに落ちて、夢の入り口でその曖昧な波を指先に感じ始めたその瞬間……。その瞬間に強制的に起こされたような気分だ。 昼間は有り余ってると感じていた体力が今では枯れ果てている。眠る時間がずれるだけでこうも体の調子がすぐれないのかと己の弱さを痛感した。「はぁ、ひとまず……」 なんであれ行かないと。徐々にこれにも慣れていくのだろうけど、慣れるにも体にこのリズムを染み込ませなければならない。どれだけ動きたくなかろうと、今日は無茶をするほかないのだ。 あらかた準備は済ませているので、甘く心地いい温度で俺を誘惑してくるベッドを振り切って立ち上がる。風呂場にある洗面台で顔だけ流して、部屋の外に出た。 顔に浴びた流水の冷たさでいくらかはすっきりするが、瞼は依然野暮ったく重いまま。部屋の外の廊下は完全に消灯されているわけでもなく、やや薄暗いながらも十分な明るさを維持していた。流石都会のホテルだ。いや、関係ないかもしれないけど……。 手筈では俺と皐月は潜入時はともに行動しない。意識的に時間をずらそうという風にもしていないが、少なくとも一緒になってホテルを出ていくようなことは避けようという、それくらいの緩い取り決めだ。 とはいえ、皐月が現在どうしているのか気になるので隣の部屋をノックしてみる。夜中のホテルの廊下に、乾いたノック音が響いた。「はは……これ、冷静に考えたら結構不審かも……」 真夜中に女子中学生が一人で止まる部屋をノックする成人男性……。今回の活動はクリーナーとしてのものではないからいつもの”あの”格好ではないが、それを差し引いても余りある不審さだろう。 さて、そうしてしばらく向こう側からの反応を待ってみるが……。「……」 部屋の中からは物音一つ聞こえてこない。皐月に関しては寝坊とかそういうのは無いだろうし……もう先に出ているのだろうか?「
last update最終更新日 : 2025-09-20
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