愛も縁も切れました。お元気でどうぞ의 모든 챕터: 챕터 141 - 챕터 150

「白石さん、お力を貸して欲しい」電話が繋がるや否や、和樹は、いきなりそう切り出した。その声には、重い響きがあった。彼らしくない、あまりに単刀直入な物言いだ。きっと、何か重大な事態に直面しているのだろう。苑は、自分に何ができるか分からなかった。「今田さん、まずは、お話しいただけますか」「電話では説明しきれません。一度、お会いできませんでしょうか。場所をお送りしますので、今すぐ来ていただきたいのです」和樹のその言葉に、苑はわずかに眉をひそめた。どうしても、この頼みを聞いてほしい、ということだろうか？「白石さん」和樹は、一度彼女の名前を呼ぶと、説明を続けた。「ご安心ください。法に触れることでも、道理に反することでもありません。ただ、ある方を、なだめていただきたいのです。状況が、少しばかり、切迫しておりまして」人を、なだめる？「ニドルード夫人です」和樹がその名を口にすると、苑の脳裏にある顔が浮かんだ。苑は二秒ほどためらった。「……はい！」他の誰かなら、もっと詳しく尋ねていたかもしれない。だが、ニドルード夫人は、特別な人物だ。今、その名前を聞くこと自体、彼女にとっては、ひどく意外だった。和樹から住所が送られてきて、苑は車を走らせた。何が起きたのかは分からないが、和樹が自分を頼ってきたということは、簡単なことではないのだろう。すでに、夕方の六時。天城家に行く時間だ。だが、今の彼女に、行けるはずもなかった。苑は美桜に電話をかけた。「お義母さん……こちらに、海外から友人が来ていまして。今夜は、そちらに伺えそうにありません……」彼女は手短に事情を説明すると、美桜は、自分のことを優先しなさいと言ってくれた。苑が和樹から送られた場所に到着すると、彼はすでにドアの前で待っていた。そして、深刻な面持ちで、こちらへ歩み寄ってくる。「申し訳ありません、白石さん、わざわざお越しいただいて。彼女の身分が、あまりに特殊でして」ただのビジネスパートナーではない。国際的な賓客でもある。万が一、何か間違いでもあれば、事の性質が、まったく変わってきてしまうだろう。「いえ。ニドルード夫人は、どのようなご様子で？」苑は、彼に続いて中へ入りながら尋ねた。ニドルード夫人は

苑がニドルード夫人の旧知の仲である以上、蓮も、当然そうだった。彼女が彼に会いたがるのも、至極当然のことだ。あのニドルード夫人は、おそらくまだ、自分たちが恋人同士だと思っているのだろう。まさか、二人がもう、昔のような関係ではないとは、知らずに。和樹にも、苑が抵抗を感じているのが見て取れた。今日の件は、すでに苑に大きな借りを作ってしまっている。これ以上、彼女を厄介な状況に追い込むのは、気が引けた。「彼女を、うまく言いくるめることはできますか？」「今田さんが、朝倉さんにご連絡を」苑は冷ややかにそう言うと、ニドルード夫人に向き直った。その顔には、親しみやすい、隣の家の女の子のような、穏やかな笑みが浮かんでいた。そして、アラビア語で、彼女をなだめる。「彼は、もうすぐいらっしゃいます。あなた様のお好きな、向日葵の花束も、持ってきてくださいますよ」和樹の、深く澄んだ眼差しが、苑の顔に注がれる。耳のそばでは、部下が「朝倉さん」に連絡を取る声が聞こえた。彼女は、蓮と七年も一緒にいた。だが今、あの男は、彼女にとって、ただの「朝倉さん」でしかないのだ。蓮が到着した時、その手には、向日葵の花束が抱えられていた。これは、和樹にとっても、予想外だった。先ほどの電話で、彼は何も伝えていない。苑も、特にそれを伝えるようには、頼んでいなかったはずだ。どうやら、二人の間には、もはや戻れないほどの深い溝があるとはいえ、ある種の阿吽の呼吸は、まだ残っているらしい。「ご足労いただき、恐縮です、朝倉さん」和樹は、蓮に、丁寧に頭を下げた。「苑は、中に？」蓮は、他のことは尋ねず、ただ苑のことだけを尋ねた。和樹の脳裏に、ニドルード夫人が苑の手を固く握って離そうとしなかった光景が浮かんだ。「ええ。ずっと付き添っています。他の誰も、近づけようとはしない。眠っている時でさえ……」蓮の、少しやつれた顔に、柔らかな表情が浮かんだ。どこか一点を見つめるその瞳は、少し焦点が合っていない。何かを思い出しているようだ。「ニドルード夫人は、ひどく警戒心の強い方です。苑に対して以外は」和樹は、彼らの過去の付き合いについて、詳しくは知らない。だが、その信頼の深さは、彼にも感じ取れた。「その花は……」和

ニドルード夫人は眠っていた。だが、その口からは、絶えず、意味不明の言葉がこぼれ落ちている。その手は、苑と蓮の手を、固く握りしめていた。彼女の精神状態は、ひどく悪い。もはや、うわごとを言っている状態だ。苑も蓮も、それが何を意味するのか、よく分かっていた。「まさか、こんな形で彼女と再会することになるとはな」蓮は、感慨深げに言った。NDグループと提携したばかりの頃、ニドルード夫人は、よく二人を食事に招いてくれた。「君たちの結婚式で、証人になってやる。生まれてくる赤ん坊を見るのも楽しみだ」と、ユーモアたっぷりに話してくれたものだ。だが今、彼女の精神は混乱し、自分と苑も、別れてしまった。まさに、「ものはぜにひとはあらず」という。蓮が苑に視線を向けると、ちょうど彼女も、顔を上げた。二人の視線が、ぶつかる。だが次の瞬間、彼は、手のひらの中の手が、するりと抜け出そうとするのを感じた。蓮は、本能的に、指に力を込めて、握りしめた。もう一度、彼女の手を握れたのは、すべて、老婦人のおかげだ。彼女はまだ、自分たちを恋人同士だと思っている。たとえ、これが一時的なものだと分かっていても。もう少しだけ、長く、握っていたかった。苑は何も言わず、ただ彼を見つめていた。その涼しげな眼差しは、無言でありながら、鋭い。彼は、狼狽え、直視することができなかった。「その……君が動くと、彼女が起きてしまう」蓮は、言い訳を探した。だが、苑の、一切の温度を感じさせない視線の中で、彼女を掴んでいた指は、やはり、徐々に力を失っていった。苑は立ち上がると、外へと歩き出した。ドアを開けると、その真正面のベンチに、男が座っているのが見えた。シャツのボタンは、いつも通り二つ開けられ、気だるそうに、片肘を椅子の背もたれにかけている。この一週間、彼は自分を無視していたというのに。今、ここに座っている。その理由は、よく分かっていた。和樹が、そばに立っていた。二人の間の空気を読み、どちらも口を開く気がないのを見ると、彼が、苑に尋ねた。「いかがでしたか？」「眠られました。ですが、状態はあまり良くありません」苑は時間を確認した。「ご家族は、まだ？」「ええ、空港には着きました。今、こちらへ向か

「本当に、ご迷惑をおかけしました。大変、申し訳ありません！」ニドルード夫人のご家族が到着すると、開口一番、苑たちに感謝と謝罪の意を伝えた。特に、苑に対しては、「白石さん、あなたのおかげだわ」苑は、ニドルード夫人と仲が良かったため、そのご家族とも、非常に親しかった。再会は、とても和やかなものだった。「夫人にお会いできて、お力になれたこと、心から嬉しく思います」苑の、本心からの言葉だった。「母は最近、あなたのことを何度か口にしていました。でも、まさか、一人でこっそり、あなたに会いに来てしまうなんて」そう話すのは、ニドルード夫人の娘だ。苑は少し驚いた。ニドルード夫人は、自分に会うためだけに、この国に来たというのだろうか？「あなたが結婚する夢を見た、とも言っていました。結婚式に参加して、プレゼントを渡したい、と……」娘はそう言うと、苑と蓮に視線を向けた。「お二人は、ご結婚されるのですか？もしそうなら、ちょうど母も参加できます。そうすれば、母の願いも一つ、叶うのですが」その質問に、場の空気は、一瞬にして気まずく、そして、微妙なものになった。その場にいた全員の視線が、苑と蓮に注がれる。蓮自身も、苑を見つめていた。「私たちは、お別れしました」淡々とした、数文字の言葉。苑は、ごく自然にそう告げた。ニドルード夫人のご家族は、ひどく驚いていた。特に、娘は、信じられないといった様子で、両手を広げた。「そんな、ありえないわ！白石さん、あなたは、あんなに……」彼らの愛を見てきた者なら、誰も、苑と蓮が別れるなどと、信じないだろう。だが、それが、事実だった。「私、結婚しましたの」苑は、彼女の言葉を遮った。「こちらが、夫です」苑は一歩後ろへ下がると、蓮の斜め後ろに立っていた、蒼真の腕を取った。彼女の紹介の言葉は、「旦那」でも、「恋人」でもない。「夫」という、一人の男が、一人の女に対して持つ、最も正式な立場を示す言葉だった。蓮の心は、まるで、万本の矢に貫かれたかのようだった。彼は、ずっと、受け入れようとしなかった。苑が、本気で蒼真と一緒になったということを。彼女はただ、自分に復讐しているだけなのだと。いつか、まだ自分を愛していると気づき、戻ってくるはずだと。

彼が「夫の務め」を果たしているだけだと言うのなら。苑は、心安らかに、それを受け入れた。彼が足に軟膏を塗ってくれても、拒否しなかった。その他、蒼真が彼女に示す、様々な「寵愛」も、苑は、すべてを、当然のこととして、受け入れた。だが、それを見ている照平の心は、塞ぎ込んでいた。「次男坊。お前、わざわざ、何かを証明する必要はねえぞ。俺、分かってるからな」あの日、聞くべきではないことを聞いてしまってから。彼は、蒼真に対して、言いようのない、同情を抱いていた。照平は、自分のこの言葉が、また命知らずなことだと分かっていた。だが、蒼真が毎日、苑のために心を砕いているのを見ると、やはり、忠告せずにはいられないのだ。名ばかりの夫婦。その言葉を思うだけで、照平は、数秒間、彼を不憫に思った。蒼真は、幼稚園の頃から、女の子たちに、告白の順番待ちをされていたような男だ。彼が、どんな女を、手に入れられないというのか？だというのに、嫁さんを娶って、ただ見ているだけとは。衝撃は大きくないかもしれないが、侮辱性は、極めて高い。「お前が、何を分かったって？言ってみろ」蒼真は、意外にも、嫌味を言うでもなく、脅すでもなかった。そんな彼は、本当に、異常だった。照平は、慣れない。彼の目には、今の蒼真は、苑に、ひどく、傷つけられた後で、自分にケチをつける気力さえ、残っていないように見えた。「SNSだよ。毎日、健気に『いいね』を送ったりして。お前、わざわざ、二人の仲がいいって、証明する必要はねえって。あの日、俺は、何も聞かなかった。お前は、お前らしくしてりゃいいんだよ。自分を、追い詰めるな」照平のその言葉は、鼻声になっていた。今にも、駆け寄って、蒼真を、慰めるために、抱きしめそうな勢いだ。蒼真は、澄んだ瞳で彼を見つめた。「俺が、不憫に見えるか？」「当たり前だろ！おい、お前が、いつ、一人の女のために、こんなに、下手に出るようになったんだよ。マジで……俺は、もう見てられねえ」照平は、苑に対して、恨めしそうな視線を向けた。「下手に出る？」蒼真は、その言葉を、静かに、口の中で転がした。「そんなに、分かりやすいか？」照平も、蒼真を真似て、だらりと、ソファに深く、身を沈めた。「お前自身は、感じねえのか？