Semua Bab 愛も縁も切れました。お元気でどうぞ: Bab 61 - Bab 70

100 Bab

第61話

「兄さん一人?義姉さんは?」蒼真はいつものように椅子にだらりと背を預け、だるそうな姿勢で座っていた。しゃべり方もゆるく、けれどそんな彼でもこの一流レストランの空気には不思議と溶け込んでいた。「彼女はここにいない。君だってそれ、分かってるだろ」優紀は姿勢よくきちんと座り、両手を丁寧にテーブルの前に揃えていた。その整った佇まいは、弟の蒼真とは正反対だった。蒼真が片眉を上げてにやっと笑う。「まあな。けど、兄さん自身がどこにいるか知らないんじゃない?!」それ、言うのか……あまりにも急所を突いてない?しかも彼女も目の前にいるってのに、もうちょっと空気読めないのか。たとえ相手が実の兄でもこれはやりすぎ。苑はこっそりと優紀をうかがった。表情に乱れはなかったが、眉間の影はさっきよりも深まっていた。「弟嫁の前なんだから、ちょっとは私に花持たせてくれよ」優紀は軽く冗談めかして、空気を和らげようとした。さすがに苑もいたたまれず、テーブルの下で蒼真の足をつま先でそっと蹴った。彼がゆっくり視線を上げ、黒い瞳の奥に渦を巻いた。苑は吸い込まれそうな気配に慌てて目をそらし、足も静かに元の位置へ戻した。「苑さん、蒼真。これは兄からの新婚祝いだ」優紀が小さな箱を取り出して、テーブルの中央に置いた。苑が丁寧に断ろうとしたその瞬間、蒼真がまた口を開いた。「何これ?恋人に贈るみたいな雰囲気じゃん」苑がまた彼を蹴りたくなった。ほんとにこの人はろくなこと言わない。「開けてごらん」優紀は終始穏やかだった。蒼真が何を言おうと、まったく動じる様子はない。顔立ちが少し似てなければ、苑は本気で「この二人、別の家の出かた?」と思うところだった。「お気持ちだけ……」苑が言い終える前に、蒼真が箱を引き寄せて苑の前にすっと置いた。「祝いってのは気持ちだから、断るもんじゃない。気に入るかどうか中身を見たら?気に入らなきゃ、もう一個もらえばいい。兄さんは金に困ってないから」蒼真は完全に押し売りモードだった。恥ずかしさでいっぱいだったが、優紀の澄んだ目を見て、苑は観念して箱を開けた。中にはクリスタル製の家の模型。箱を開けた瞬間、眩い光を放ち、目がくらみそうになった。苑は一瞬、骨董品か何かかと思ったが、蒼真がすかさず言った。「兄さん、模型で遊べってこと?俺た
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第62話

「何だよ、兄さんのこと庇う気になった?」蒼真の口から優しい言葉が出るなんて、誰も期待しない。苑は率直に言った。「あなた、やりすぎですよ」「君は芹沢琴音に優しい言葉かけたことあるか?」蒼真はさらりと返した。苑と琴音の関係は、言うまでもない。今の蒼真の言葉はつまり、これは「立場によるでしょ?」ってこと。苑の口が止まった。蒼真と優紀は、同じ女性を好きだったってこと?さっきの「義姉さんは?」という一言が頭をよぎり、苑は彼の目をじっと見た。でもおかしい。彼は佳奈に想いがあったんじゃないか?何で話が優紀の妻にまで飛ぶ?いや、もしかして優紀の方も佳奈に気がある?頭の中がごちゃごちゃしてきた。聞きたい気持ちもあるけど、これは兄弟間の問題。踏み込むべきじゃない。苑は口を閉じた。「兄さんみたいなタイプ、好きなのか?」蒼真はまた突拍子もない質問をぶっこんできた。どの目で見てそんな判断したのか分からないけど、苑は優紀と三言くらいしか話してない。「好きってほどじゃないけど、あなたより感じがいいのは本当ですよ」苑は正直に言った。少なくとも、優紀と会話してて不快じゃなかった。蒼真は気だるげに微笑んだ。「つまり好きってことだろ」話をねじ曲げる才能だけは一級品。苑は相手にせず、心の中でつぶやいた。誰を好きになろうと、彼には関係ないでしょ。もう無駄だ。言葉を交わすだけで疲れる相手ってこういう人だ。「兄さんのどこが好かれるのか、俺にも教えてくれよ。参考にするから」蒼真がそんな謙虚なふりを見せるなんて、滅多にないことだった。苑には分かっていた。これは意地。だから聞かれたとおりに答えた。「見た目からして品があるし、話し方も柔らかい。天城さんみたいに一言で人をイラッとさせるようなこと言わないし。あと、あなた弟でしょ?あれだけ失礼な態度取っても全然怒らないなんて、ああいう人こそ器が大きくて、きっと成功するタイプですよ」要するに、優紀に対する高評価を苑が包み隠さず全部言った。「三拍子そろった優等生ってわけか」蒼真のまとめは、まるで茶化すような一言だった。苑は小さく目をそらして心の中でため息。彼が口にすると、全部が軽く聞こえる。「じゃあ俺は?何点くらい?兄さんと比べて、どこがダメだったか聞きたいな」蒼真がもう完全に競争モードに入ってる。
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第63話

問いかける口調は穏やかだったが、吐息には支配的な圧があった。この男が今夜ずっと不機嫌なのは、彼女が優紀を褒めたせいだけじゃない。最初に優紀を見た瞬間から、もうムッとしていた。「いいですよ!」苑はあっさりと返事した。今の彼は完全に逆効果モード、拒まれれば拒まれるほど燃え上がるタイプだ。なら、素直に流された方がマシ。苑が軽く指を立てて蒼真を横に押す。けれど彼はすぐにまた身を寄せ、肩にもたれかかってきた。そして一言、「喋るな」蒼真は目を閉じた。少し落ち着きたいだけかと思いきや、重みがどんどん肩に増していく。本当に寝たらしい。まったく、この人ってば、どうして寝るたびに誰かの肩を使わなきゃ気が済まないの?そんなに安心感が欲しいの?重さで肩がしびれてくるけど、苑は動かなかった。ふと彼を横目で見ると、通った鼻筋に、長い睫毛、綺麗な涙袋。まるで細部まで描かれた芸術作品のよう。どの角度から見ても隙のない完璧な顔。さっき彼が「俺のどこがいい?」と訊いてきた答え、今なら一言で「顔だ」と言える。優紀も顔立ちは似てるけど、雰囲気が違う分、やっぱり劣って見える。でもこの口だけは……半開きの唇に目をやると、寝てるくせにちゃんと閉じてない。この口の悪さは、生まれつきだな、きっと。彼が眠っている間に、苑はしっかり彼の顔を目に焼き付け、それから視線を外へ向けた。車は静かに夜の道を走っていた。「奥様、着きましたよ」運転手の声に、苑も眠気でぼんやりしていた頭をはっと覚ます。慌てて目を開けて、外を見るより先に蒼真を軽く叩いた。「動くな」その短い一言とともに、彼は彼女の手を押さえた。動くなって、このまま車中泊しろって?彼は気持ちよさそうだけど、こっちは肩も腰もバキバキ。このまま朝まで潰されたら、体が動かなくなるかもよ?!起こすか迷っていたそのとき、外から犬の激しい鳴き声が聞こえた。おかしい、ここ数日で犬なんて一度も見てない。慌てて窓の外を見ると、そこは見覚えのない場所だった。蒼真の家じゃない。「ここどこですか?」苑は蒼真を起こさず、仕方なく運転手に尋ねた。「入ってみりゃ分かるだろ」蒼真が目を覚ました。頭を動かしながら、まだ眠そうにそう言った。苑の緊張もようやく解け、痺れた肩を揉みながら言った。「次にまた人間枕にするなら
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第64話

「俺の妻だ」蒼真は先に医者へ苑を紹介した。医者は丁寧にうなずき、苑も礼を返した。「中に案内してくれ」蒼真が医者に言った。医者がどうぞと手を差し出すが、蒼真はすぐには動かず、苑に手を差し出した。その突拍子もない行動に、苑はちょっと混乱した。でもここまで来た以上は仕方ない。どうせ病気でも怪我でもないのだから。苑は素直にその手を取った。もうこの動作も自然になっていた。蒼真に手を引かれながら進むと、運転手が見ていた犬がまた吠えた。苑は思わずそちらに目をやる。大型の茶色い犬だった。犬種はわからないけど、見た目だけでも結構怖い。「犬が苦手か?」蒼真が彼女の緊張に気づく。実はそんなに怖くはない。ただ、こんな巨大なのはやっぱり見た目が怖い。「こんなにデカいの、初めて見ました」「もっとデカいやつ、今度見せてやるよ」蒼真の言葉に苑は思わず目を剥きそうになった。これだけでビビったのに、もっと大きいの見せるとか、正気?それにここが病院なら、犬なんているわけない。患者が来たらビビるでしょ。じゃあここって、どこ?苑は疑問を抱えたままログハウスの中に入った。中は普通の家のように見えた。ソファも家具もあり、しかも古風と洋風のミックススタイルで、蒼真の住まいともどこか似ていた。ここも彼の別宅なのかもしれないけど、どうして医者がいる?佳奈?!その名前がふと脳裏をよぎり、苑は咄嗟に蒼真を見た。彼は医者に話しかけた。「相変わらずか?」「見た目は変わりませんが、データ上では良い兆候が出ています。先週、心拍数の上昇が三回確認されました」医者はそう言いながら、テーブルのリモコンを取り、モニターに心拍の波形を映し出した。ずっと平坦だった波形が、三か所だけ大きく跳ねている。三つの変化が再生されたあと、医者は補足した。「これまでもありましたが、年に一回あるかないかでした。それが一週間で三回起きたということは、意識の回復の兆しがより強まったと考えられます」「それ以外には?」蒼真は苑と共にソファに腰を下ろし、彼女の手を離さず膝に置き、指先を弄びながら尋ねた。「……ありません」その答えにも、蒼真の表情は一切変わらず、彼女の指を同じリズムで弄り続けた。苑はもう確信していた。この医者は佳奈の専属医師で、さっきから話している心拍のデータも、彼
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第65話

「奥さま、どうぞ」医者がドアを開けると、苑の呼吸が止まった。足が動かず、彼女は入り口でじっと部屋の中を見つめた。部屋の中央に大きなベッドがあり、苑の立ち位置からは、誰かがそこにぼんやり横たわっているように見えたが、はっきりとはわからなかった。でも、彼女にはわかっていた。それが佳奈。七年間会っていない人だということを。会いたくてたまらなかったのに、いざ目の前に現れると、なぜか怖くなる。「近くて遠い故郷」という言葉は、今の苑の心情にぴったりだった。何度も彼女を探し、たった一目でも会いたいと願ってきたのに、いま目の前にいるというのに、なぜか突然怖くなった。何が怖いのか、自分でもよくわからない。医者は静かに脇に立ち、催すことなく、ただ根気よく待っていた。一分ほど経ってから、苑は深く息を吸い込んだ。けれど、すぐに部屋へ入ることはせず、医者の方を見て訊ねた。「何か注意することはありますか?」「特にありません。奥さまが彼女を眠っていると思ってくだされば結構です。話しかけても構いませんし、軽く手を触れる程度なら問題ありません」医者はとても穏やかで丁寧に答えた。苑は礼を言ってからゆっくりと足を踏み出した。医者は後ろからついて来ず、気を利かせて静かに扉を閉めた。あんなに足が重いと感じたのは初めてだった。ベッドまでたった数歩の距離が、まるで七年という時間を踏みしめるようだった。ベッドのそばに立ったその瞬間、苑は時が一気に巻き戻されたような感覚に包まれた。七年前に佳奈がまだ元気だった頃に戻ったかのようだった。彼女の姿は七年前とまったく変わっていなかった。白くてきめ細かな肌、艶やかな黒髪。まるで病人ではなく、ただ眠っているだけのようだった。七年という月日が、彼女の体を素通りしたようだった。苑は口を動かした。七年前のようにその名前を呼びたいのに、舌の上でその二文字がどうしても出てこなかった。喉が焼けるように詰まり、苑の五臓六腑まで痛みが広がる。まるでダイビングを始めた頃、水を誤って肺まで吸い込んでしまった時のようだった。チリチリとした刺激とともに、鋭い痛みが伴った。苑は何度も深呼吸し、手のひらを強く掴んで自分を落ち着かせた。さっき医者が蒼真に見せていた心電図の変化、佳奈の意識が戻りつつある兆候、それを思い出すと抑えきれない興奮がこ
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第66話

「小松さんの心拍が変わりました。上がってます……」医者も変化に気づき、顔に張り詰めていた緊張がふっと緩んだ。賭けが当たったと、安堵の息を漏らす。蒼真は無表情でモニターの波形を一瞥し、再びスクリーンへと視線を戻した。苑が佳奈の耳元に顔を寄せて、何かを話しているのが映っている。どうやら苑の言葉が佳奈を刺激したようだった。だが、何を話した?わざわざ耳元で、誰にも聞かせないように?蒼真はソファの肘掛けに置いていた手を持ち上げ、こめかみを揉みながら訊ねた。「こういう状態で、一番早ければいつ目を覚ます?」「今の小松さんの状態は、確かに目覚める可能性が高いです。ただ、いつ目覚めるか、あるいは最短でどれほどかという点については、天城さん、申し訳ありませんが具体的にはお答えできません」さっきの件を教訓に、医者の返答は慎重だった。彼の名は斎藤洋(さいとう ひろし)中西医学を学んだ全科教授であり、佳奈の専属医師を務めているのは、蒼真から高額な報酬を受けていることに加えて、彼女が自身の研究に必要な臨床対象でもあるからだった。「ふん?」蒼真のその一音だけで、彼が洋の返事に納得していないのが明らかだった。「天城さん、小松さんは現在、外部の刺激に非常に敏感になっております。とくに奥さまに対しては顕著です。もし可能であれば、奥さまにもっと話しかけたり触れ合っていただけるとありがたいのですが」洋は自身の意見を述べた。「俺の嫁を使いたいってことか?」蒼真は容赦なく言い放った。洋はわずかに頭を下げた。「これが、小松さんをより早く目覚めさせる最善の方法です」蒼真がスクリーンを見直すと、苑は佳奈の手を離れ、すでに立ち上がっていた。それを見て、洋は空気を読み、テーブルのリモコンで映像をオフにした。苑が佳奈の部屋から出てきた。蒼真はスクリーン越しに彼女が泣いていたのを見ていたにもかかわらず、近づいてきた彼女の目元の赤みを見て、思わず眉をひそめた。彼女の肌があまりにも白く繊細だからこそ、その赤みが余計に目立って見えた。「先生、さっき彼女の心拍に何か変化はありましたか?」苑は洋にまっすぐ問いかけた。まるで、自分の行動がすべて外に筒抜けであることを知っていたかのように。洋は蒼真に一瞥を送り、うなずいた。「数秒間、波形に変動がありました」苑はそっと椅子
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第67話

外にいる彼が、部屋の中のことをすべて把握している。つまり、苑は監視されていた。信頼されていないということだ。たぶん佳奈を傷つけるのを恐れてるんだろう。もちろん蒼真は何でもはっきり言うタイプで、隠しごともしない。苑にとっては不快でもなんでもない。彼が自分と結婚した理由なんて、とっくに知っていた。「私と彼女だけの内緒話ですよ」苑はそう答えた。それは答えたようで、何も答えていない。蒼真の切れ長の目に、かすかな笑みが浮かんだ。最近の彼女は彼の前でどんどん茶目っ気が増して、気持ちも解れてきているようだった。「ふたりの内緒話、ずいぶん効果があったみたいだな」蒼真は面白がるように言った。苑がさっき答えなかったということは、今後も答える気がないということだ。だから彼がどれだけ気になっていようとお構いなしに、ストレートに訊いた。「それで、天城さんは私がここに残るのを認めるってことですか?」蒼真の目的がはっきりしているとはいえ、苑にはまだ彼が本当に自分をここに残す気があるのか確信できなかった。彼はとにかく腹の中が読めない。考え方も捻れていて、思いついたら即行動、完全に気分次第の人間だった。「明日帰るって言ってなかったか?」やっぱり彼はまともに答えない。彼女の言葉を逆手に取ってきた。帰国の話なんて、苑にとってはただの探りにすぎなかった。チケットだってまだ取っていない。そんなこと、彼が気づいていないはずがない。彼女の考えなんて、すでにほとんど見抜かれている。ましてや、帰国するかしないかなんて。そんなふうに訊くのはわざとに決まってる。彼が駆け引きを仕掛けてくるなら、苑は正面から行く。「何もすることがなければ帰りましたわ。でも今は違います」ここに来たのは佳奈に会うため。会えないなら帰ろうと思ったけど、今はちゃんと会えた。だったら、ここに残るのが自然だ。蒼真は何も言わず、ただじっと苑を見つめていた。部屋の灯りが強すぎるのか、それとも彼の目に集光機能でもあるのか。その視線に捉えられた瞬間、苑はまるで紙片になったような気がした。今にも燃やされそうなほどに。苑の背にうっすら汗がにじむ。「天城さん、そんなにじっと見つめて、何ですか?まだ私のこと、何か企んでると疑ってるんですか?」「苑、君ってすごく綺麗だな」蒼真の口から飛び出した言葉は、唐突
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第68話

苑は思わず驚いた。まさか蒼真が、彼女の残る理由をそこまで歪んで解釈するとは。どれだけ疑い深くて、考えすぎなんだこの人は。彼の真剣な表情を見て、苑は思い出した。あの日、芝生の上で彼が耳元で囁いた言葉。その瞬間、なぜ疑われているのか理解できた。よく「女は敏感」と言うけど、この男はその何倍も繊細だ。苑は動じることなく、細い腕をそっと蒼真の首元にまわし、軽く引き寄せるようにして言った。「ご安心を、天城さん。あなたが終わりだと言うまで、私はあなたの不利益になることはしません」彼女の手はしなやかで、その口調もまた柔らかかった。蒼真の中にあったわずかな苛立ちも、それに溶かされた。彼はそのまま身を寄せ、苑の耳たぶのほくろに口元を近づけて囁く。「いい子だ」その一言がすべてを物語っていた。機嫌は直った、彼女の滞在も認めるということ。苑は手を引っ込め、蒼真も体を起こして言った。「行くぞ」彼が黙って許したからといって、ここに泊まっていいというわけではない。それぞれに居場所はある。ここは佳奈の場所だ。運転手がふたりを送り返すあいだ、車内はいつも通り沈黙していた。ただひとつ違ったのは、蒼真が眠らずずっと携帯をいじっていたことだ。どうやらメッセージを送っているようだった。苑は空気を読んで、ずっと窓の外の景色に顔を向けたままだった。「君はLineをよく使うのか?」住まいに近づいたころ、蒼真がふいに口を開いた。苑は喉を詰まらせながらも、「使いません」と即答した。返事をしてから、彼が続けるかと構えていたが、何も言ってこない。苑はそっと横目で彼を見た。彼は今まさにLineで誰かとやり取りをしていた。気まずさを避けるように視線を外し、「意外ですね、これ使ってるなんて」と呟いた。「俺ってさ……昔のものに弱くて、情にも厚いタイプなんだよな」自分を美化してるようで、当然彼女への皮肉も込められていた。苑は気にする様子もなく、むしろ素直に相づちを打った。「ええ、そう見えます」メッセージを打っていた蒼真の手が止まり、彼は顔を上げて苑を見た。苑は無視するように視線を逸らしていたが、彼は口元を少しだけ持ち上げた。「他には、何が見えた?」その問いには何か裏がある。苑はそう察して、それ以上は答えなかった。彼らの間に、余計な深入りは不要だった。蒼真
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第69話

その言い方は、あまりにもはっきりしていた。蒼真も取り繕うことなく首を振って、「で、君の気持ちは?」表面では何もなくても、心の中にはまだ残っているかもしれない。苑は悟った。今日の彼は、Lineの件をはっきりさせにきている。隠したいことも、もう隠し通せそうにない。隠せないなら、いっそ全部話してしまった方が楽だ。でなきゃ、あの誤送信の罪悪感がずっと胸に残り続ける。「天城さん、回りくどい駆け引きはやめてください。聞きたいことがあるなら、ストレートにどうぞ」車は蒼真の家へ向かう脇道に入り、周囲には街灯だけ、高層ビルの灯りもなく、車内も一気に暗くなった。この雰囲気が、さらに重苦しさを増していく。「まさか、君のLineには他人に見せられない秘密でもあるのか?」蒼真が皮肉気味に問い返す。この男と話すのは本当に骨が折れる。まるで喉を刃物で撫でられて、死にきれず息だけ残ってるような苦しさ。「天城……」「なんでアンインストールした?」蒼真と彼女の声が、同時に重なった。苑は喉の渇きをごくりと飲み下しながら答えた。「必要ないですから」「そうか」蒼真の言葉はあまりにも静かで、だからこそ苑の背筋がぞくりとした。彼女は察していた。彼にはまだ続きを言う気がある。案の定、彼ゆっくりと口を開いた。「だってさ……」わざと心を削るように、やけにゆっくりと言葉を刻む。何が「だってさ」なの?!苑は息を詰まらせた。まるで車内の酸素が足りなくなったかのように。続きを待つ苑。だが彼はあえて沈黙し、そして彼女のスマホを握る手をそっとつかんだ。その瞬間、苑の神経は極限まで張り詰めた。彼の視線が彼女を深く射抜く。まるでこの夜の闇を吸い込んだような瞳で。「だってさ、人を……釣り上げることには成功したんだろ?」苑は一瞬動きを止めた。まさか、彼は彼女のLineは自分を釣るための道具だったと思ってる?そこまで腹黒いわけじゃない。でも彼がそう勘違いしてくれるなら、それはそれで都合がいい。苑はぎこちなく口元を引きつらせた。「明日、どうやって帰りますか?」話題を切り替えたが、蒼真は答えず、ただ彼女の手を弄っている。彼女の手は冷たく、指先もかすかに震えていた。見た目の落ち着きとは裏腹に。「飛行機、苦手なんでしょ?」苑は補足するように言った。蒼真
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第70話

「蓮、あなたの心はいったい何回壊れれば諦めるの?」暗がりの車内で、琴音は目に痛みを浮かべる蓮に詰め寄った。この数日、彼は苑に会いに行くことはなかったが、ずっと陰から追いかけていた。そして琴音もその付き添いをしていた。蒼真と苑が仲睦まじくしている姿に、彼がどれだけ苦しんでいるかを嫌というほど見せられた。最初は嫉妬していたが、見慣れてくると次第に麻痺して、今では蓮が哀れにさえ見えてくる。「黙れ!」蓮の脳裏には、蒼真に抱かれ彼の首に腕を回す苑の姿が焼き付いていた。最初は芝居だと思っていた。でもその考えは、今や自分の中で揺らぎ始めている。蓮は頭をのけぞらせてシートに預け、目を閉じたまま、疲れ果てた表情をしていた。琴音は午後、父親からの電話を思い出した。「今ここで私があなたと離婚したとしても、白石苑は戻ってこないよ。いい加減目を覚ましなよ」その一言が彼の逆鱗に触れた。蓮は目を見開き、幾日も眠れていない目は血走り、琴音を見る視線には殺気が宿っていた。琴音は無意識に震えたが、怯むことはなかった。蓮は彼女を殺せない。母親という切り札があるから。そう思った矢先、蓮は琴音の顎を掴んだ。「琴音、苑が俺の元に戻れないとして、お前がそばにいて幸せになれると思ってんのか?」言われなくたって、そんなこと毎日痛感してる。乱暴に扱われても、琴音は手を伸ばして彼の髪を撫でた。「あなたが辛いのに、私だけ楽になれるわけないでしょ」どれだけ思いのこもった言葉か!「琴音、その手はもう通じない。お前が何のために戻ってきて結婚したか、俺が知らないとでも思ってんのか」蓮は彼女の本音を見抜いた。琴音は冷ややかに笑った。「じゃあ言っとくけど、あなたは私の政略結婚の第一候補ですらなかったのよ」蓮は彼女の手をさらに強く握った。彼女が予想していたとおりだった。琴音は笑みを浮かべて言った。「天城蒼真のほうがあなたより強い。うちの父も彼を推してた。でも私はあなたを選んだの……蓮、私は確かにあなたを利用したかった。でも、本気で愛してたのよ」「その言葉使うな。吐き気がする」蓮にとって琴音の愛は猛毒のようなものだった。もう琴音は傷つく感覚すらなくしていた。「じゃあ現実的な話をしようか。白石苑を取り戻したいなら、たったひとつ方法がある」彼の髪を撫で、眉間をなぞる
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