今田和樹(いまだ かずき)!今田家の跡取りで、極めて目立たない存在。写真も撮らず、メディアの前にも出ない。彼を知る人は少ないが、白石苑はその中の一人だった。それも、かつて彼女が蓮の秘書をしていたおかげで、数回顔を合わせたことがあったからだ。さっきまで苑に怒鳴っていた運転手は、和樹の一言で空気が抜けた風船のようにしぼみ、すぐさま言い訳をしようとしたが、その時にはすでに車の窓は静かに閉まり始めていた。苑が謝ろうとした機会さえ与えられなかった。その意味するところは苑には痛いほどよく分かっていた。和樹は彼女と一切関わるつもりがないのだ。苑はスマホを取り出して警察と保険会社に連絡を入れた。警察が到着するころ、黒いロールスロイスが音もなく現れ、運転手が素早く降りて恭しくドアを開けた。塵一つつかない黒の革靴がアスファルトに触れ、和樹は背筋を伸ばしたまま車を降りると、誰にも目を向けずに再びロールスロイスに乗り込んだ。孤高で冷たく、気品に満ちて、まさに天下無双。人は見かけによらないと言うけれど、苑の中ではすでに和樹の印象は決まっていた。保険会社の対応も終わり、苑はタクシーで貴文の診療室へと向かった。だが今日はどうもタイミングが悪いようで、中がかなり混んでいたため、入口で立ち止まった。「白石さん」立ち去ろうとしていた苑は、出てきた看護師に呼び止められた。「竹内先生がどうぞ中へって」貴文がこんなに忙しい中、自分が来たことに気づいていたのかと苑は少し驚きながら、看護師の後に続いた。「来たと思ったら帰るとこだった?」白衣姿の貴文は何かを書きながら、苑を見ると親しげに微笑んで尋ねた。貴文のオフィスには古びたロッキングチェアが一脚ある。特に新しいデザインでもないが、苑はそこに座るたびに心身がほぐれる気がして、何も言わずにそこに腰を下ろした。「忙しそうだったから」苑は素直に答えた。貴文は筆を置き、机を片付けてから立ち上がり、苑に水を注ぎながら彼女の顔を見て言った。「見た目は悪くないね」つまり寝不足の痕が顔に出ていないということだろう。苑はふっと笑った。「ファンデ、何層も重ねたから」貴文も吹き出した。「素がいいと、化粧しても自然だな。最初からこうだったみたいだ」ロッキングチェアが揺れ、苑の体も心もゆっくりとほぐれていく。ちょ
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