All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 1391 - Chapter 1400

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第1391話

優希は絶句した。「俺は今、独り身だ。誰とも付き合っちゃいない」哲也は平然と言った。「子供が生まれて、将来、義理の父親にないがしろにされるリスクを負わせないためにも、実の父親である俺が、最初から最後まで責任を持ったほうがいいだろう」それを聞いて、優希は眉をひそめた。「あなたは私と子供を取り合うつもり?」「俺は子供を認知したい。でも、あなたは俺に子供を奪われるのが怖いんだろ」哲也は口の端を上げて笑った。「だったら、俺たちが結婚するっていうのはどうだ?」そこまで言われ、逆に優希はきょとんとした。「どうせあなたは、小山ってやつが好きだったわけでもない。それに、池田とかいう元カレとはもう5年も前に別れてるんだろう。今のあなたは独身で、俺も独身だ。子供ができたんだから結婚する。それこそが通常考えられる選択肢なんじゃない?」優希は少し驚いた。「池田徹也」という人物は、あの時、哲也の疑いを晴らすためにとっさにでっち上げた架空の存在だ。まさか、哲也が今でも覚えているなんて。「子供のためだけに結婚するなんて、無謀すぎる」優希は哲也を真剣な顔で見つめた。「心が通わない夫婦では、子供にだって十分な愛情を注げないと思うの。それに、こういう選択肢は私たち二人にとっても大きな賭けになるじゃない」「結婚してもいないのに、今から心が通わないって決めつけるのは早すぎるんじゃない?」哲也は優希を見つめた。「俺には好きな人なんていない。だけど、あなたは......」彼はそう言いながら、眉間にしわを寄せた。その口調も、少し冷たくなっていた。「まさか、今でも海外に行った元カレのことを考えているのか?」そう聞かれて優希は唇を引き結び、黙り込んでしまった。しかし、彼女の沈黙こそが、鋭い棘となって哲也の心に突き刺さったのだ。哲也はそれで思った。やはり、優希はあの元カレのことが忘れられないんだ。なにせ、彼女がもう別れて5年も経つのに、酔って泣きながら名前を叫ぶほどの男だ。哲也は、その相手に強い興味を抱いた。一体どれほど素晴らしい男なんだ?優希に、ここまで想わせるなんて。だが、それは男としての負けん気だったのか、それとも父親になって湧き上がった感情からなのか哲也には分からなかったが、とにかく、彼の頭には今、たった一つの考えしかなかった。それは優希と結婚
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第1392話

一方、哲也が病室から出てくると、安人がドアの外で待っていた。彼が出てくるのを見て、安人は冷たい顔で言った。「話がある」哲也は静かに頷いた。......二人は廊下の先にある中庭へ向かった。その時、中庭には誰もいなくて、話をするにはちょうどいい場所だった。安人はタバコに火をつけ、一口吸うと、ゆっくりと煙を吐き出した。哲也もタバコは吸うが、禁煙しようと決めていた。だからここ数日は持ち歩いていなかった。安人が吸っているのを見て、彼も我慢していた吸いたい気持ちがうずいてしまったのだ。「一本くれ」安人は哲也をちらりと見ると、タバコの箱とライターを投げ渡した。哲也はそれを受け取り、箱を見て少し眉を上げた。「特注品か?」「タバコの話をしにきたつもりか?」安人はもう我慢の限界だった。「哲也、まさかこの前殴られただけじゃまだ足りないってわけ?」すると、哲也は低く笑いながら、一本抜き取って唇にくわえ、ライターで火をつけた。それから彼は指にタバコを挟み、ゆっくりと煙の輪を吐き出したあと、彼は安人を見て、低い声で言った。「優希さんに、結婚を申し込んだ」その言葉に安人はぐっと眉を寄せ、漆黒の瞳で哲也を睨んだ。「彼女が了承するはずはないさ」哲也は眉を上げた。「さすが双子だな。確かに優希さんは俺と結婚する気はないらしい」「だったら空気を読め。もう付きまとうな」それを聞いて、哲也は呆れて鼻で笑う。「俺の子供なんだぞ。俺の遺伝子が半分入っている。それなのに、付きまとってることになるのか?」「哲也、お前と優希は本来、関わるべきじゃなかったんだ」「でも今、俺たちの間には子供がいる」哲也は冷静な顔で言った。「安人、あなたが俺に強い敵意を抱いているのは感じる。だが、理由が分からない。俺があなたに何かをした覚えはないはずだが?」安人は彼を見て、冷たく笑った。「哲也、お前は運がいいな」きれいさっぱり忘れて、悩みも苦しみも全部人に押し付けて。自分だけはのうのうと生きてるんだからな。「お前を呼び出したのは、伝えておきたいことがあったからだ。この子は想定外のことだったが、優希も産むと決めた。だから子供が生まれた後、優希さえ良ければ、お前が会いに来るのを止めるつもりはない」安人は一度言葉を切り、低い声で続けた。「だから、子
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第1393話

両家はもともと特別な関係だった。だから、子供ができた今、できるだけ円満に解決したいと願っている。しかし、優希がなかなか態度を決めないので、両家の親たちも強くは説得できずにいた。哲也は記憶を失っているから、子供のために結婚しよう、なんてことを気楽に言えるものの、全てを覚えている優希にとって、それは簡単に受け入れられる話ではないのだ。愛していたから。そして、今も忘れられずにいるから。だからこそ、同情で結婚されるなんて嫌だった。こうなったことについて、哲也に全く非がないとは言えない。でも、病気で苦しんでいる彼を責めることもできない。両家の親たちは、それがよく分かっていた。この5年、優希が親戚の集まりを欠席し続けてきたのは、すべて彼女が理性を働かせて耐えてきた結果だった。優希がたくさん辛い思いをしてきたことを、両家の親たちは痛いほど知っていた。でも、どうすることもできなかった。二人とも、小さい頃からずっと見てきた大切な子供だ。だから、二人には幸せになってほしいと誰もが願っていた。それからの数日、優希はずっと入院していたせいで、体がなまけてしまいそうだった。そして妊娠12週目になった日、優希は初めての妊婦健診を受けた。エコー検査をすると、嬉しいことに胎嚢が二つ見つかった。つまり、優希は双子を身ごもっていたのだ。しかも、胎嚢が二つということは、男女の双子である可能性が高い。優希は母親の手を握りながら、指先をかすかに震わせ目を赤くして言った。「母さん、双子だって......」「ええ、見たよ。本当に胎嚢が二つあったね」綾は娘の手を優しく叩いた。「大丈夫よ。お母さんがあなたと安人を産んだ時もそうだったの。双子は大変だけど、今の医療は進んでいるから。あなたも赤ちゃんも、きっと元気でいられるはず!」それを聞いて担当医師も微笑んで言った。「双子には遺伝的な要素もありますからね。二宮さんの幸運が、娘さんにも受け継がれたのかもしれませんね」綾は優希の頭を撫でて、微笑むだけで何も言わなかった。でも、本当は娘のことが心配でたまらなかった。自分も双子を妊娠した経験があるから、その大変さがよく分かるのだ。ただ、恵まれて授かった命なんだから、彼女は余計なことは言わなかった。......そして優希が双子を妊娠したことは、す
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第1394話

優希に最後に会ったのは、もう1ヶ月も前のことだった。1ヶ月ぶりに会う優希は、だいぶ顔色が良くなっていて、頬も少しふっくらしたように見えた。哲也はゆっくりと視線を下にずらし、まだ平らな優希のお腹を見つめた。優希は落ち着いた顔で安人を見て言った。「お兄ちゃん、ちょっと外してもらってもいい?」そう言われ安人は眉間にしわを寄せて、不満そうだったが、何も言わずに部屋を出ていった。そして、ドアが閉まると、優希は前に進み出て、哲也に見つめられながら、ゆっくりとソファに腰を下ろした。哲也は、優希が私服に着替えているのを見て尋ねた。「今日、退院するのか?」「ええ」優希は彼を見て言った。「あなたも座って」哲也はうなずくと、彼女の向かいのソファに座った。優希は唇を引き結び、話を切り出した。「あなたも、私が双子を妊娠したことは知ってると思う。だから、はっきり言うわね」哲也は優希を見つめた。これから彼女が何を言おうとしているのか、なんとなく察しがついた。「子どもが生まれたら、一人ずつ引き取る。性別が同じだったらクジで決める。もし男の子と女の子なら、女の子は私が、男の子はあなたにお願いするわ」哲也は眉間にしわを寄せた。「子どもは物じゃない。そんな風に分けたりして、子どもたちの気持ちを考えたことがあるのか?」「私は母親である前に、まず一人の人間なの」優希は哲也をまっすぐに見つめて言った。「想定外に授かった命だけど、受け入れる覚悟はあるわ。でも、だからといって自分の人生のすべてを犠牲にするつもりはないの。あなたは、子供のために完璧な家庭を築くのが責任だと言うけど、でも愛情のない結婚生活はそれだけ継続するのが難しいと考えたことはないの?」「いや、だから、結婚してから、ゆっくり愛情を育てていくことはできないのか?」しかし、優希は眉をひそめた。「もしその間に、あなたが他の誰かを好きになったら?あるいは、私が他の人を好きになったらどうするの?」「いや......」哲也は呆れて笑った。「優希さん、あなたは変なことを言うな。あなたの考えでは、あなたは他の人を好きになるかもしれないし、俺も他の人を好きになるかもしれない。だけど、俺たちが愛し合うことは絶対にない、そう言いたいのか?」優希は口を開いたが、とっさに言葉が出てこなかった。「その
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第1395話

優希は一瞬黙ってから聞いた。「どんな要求?」「結婚式を挙げたいんだ」優希はきょとんとした。「それに......」哲也は視線を優希のお腹に移してから、また彼女の目を見つめて言った。「結婚式は来月にしたいんだ。その頃ならお腹もまだそんなに大きくないし、安定期に入っているからあなたの身体への負担も少ないはずだ」「どうして結婚式なんて挙げるの?」優希は膝の上の手をぎゅっと握りしめた。「もし、式を挙げても将来離婚することになったら......」「未来のことはわからないから、何も保証はできない。でも、俺は子供たちの母親には盛大な式をプレゼントしてあげたいんだ。それをするだけの余裕があるのに、しない理由はないだろう?」優希は黙っていた。悔しいな、うまいこと言いくるめられちゃって。どうしてもっと前に気づかなかっただろう。哲也ってこんなに屁理屈をこねる人だったなんて。「優希さん、一体何を怖がってるんだ?」哲也は彼女を見つめて、少し眉を上げた。「俺の顔に『クズ男』とでも書いてあるのか?少しは俺を選択肢に入れてくれたっていいだろう。そんなに難しいことか?」その言葉に優希はまつ毛を震わせ、哲也の探るような視線から顔をそらした。「ただ、話をややこしくしたくないだけなの」「結婚なんて、そもそも面倒なものだ」哲也は立ち上がると、片手をポケットに突っ込んだ。そして切れ長の目を細めて続けた。「先に家に帰って、親に結婚式のことを話しておくよ。契約書の案ができたら、忘れずに連絡してくれ」哲也はそう言うと、くるりと向きを変えて大股で歩き、ドアを開けて出て行った。そしてそのすぐ後には、病室のドアが閉まっていた。それはあっという間で、優希が引き止める隙もなかった。一方、残された優希は閉ざされたドアをじっと見つめて、しばらくして、ようやく瞬きをすると、唇を引き結んでため息をついた。仕方ないわね。彼女はうつむいて、お腹をそっと撫でながら呟いた。「結婚せずに産むよりは、ちゃんと籍を入れて産んだ方がいいわよね」......もう一方、哲也は光風苑に戻ると、大輝と真奈美に、優希と結婚式を挙げることになったと報告した。大輝は、開口一番こう言った。「君が『結婚したい』って言えば、すぐにでもできると思っているのか?優希ちゃんだって頭がおかしくなった
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第1396話

翌日、優希は哲也に法律事務所へ来るよう伝えた。婚前契約書の準備ができたからだ。哲也も約束通り、呼ばれたらすぐ向かったのだ。優希が朝の8時半に連絡を入れると、彼は8時50分にはもう法律事務所に到着していた。そして、哲也が法律事務所に着くと、ちょうど配達員らしき男性と鉢合わせになった。配達員は白いバラの花束を抱えて受付カウンターへ向かうと、「お花の配達です。お受け取りをお願いします!」と声をかけた。哲也は思わず足を止め、配達員の手にある花束に目をやった。光葉が受け取ると、花束を抱えてオフィスへ向かおうとした。「ちょっと待って」哲也は光葉を呼び止めると、尋ねた。「その花、優希さんにあげるのか?」光葉は頷いた。「はい、そうです。新井社長は、二宮さんに御用でしょうか?」哲也は、「ああ」とだけ答えた。「では、ご案内します」光葉はそう言ってオフィスの方へ歩き出した。哲也は光葉の後についてオフィスへ向かった。オフィスの前に着くと、光葉はドアをノックした。中から、「どうぞ」と優希の声がした。片手でドアを開けながら、光葉は言った。「二宮さん、また小山さんからお花が届いています」その言葉を聞いた途端、光葉の後ろにいた哲也はすっと目を細め、デスクに座る優希に視線を投げかけた。だが、優希は手元の資料に目を落としたまま、顔も上げずに言った。「どこか花瓶にでも生けておいて」「はい、承知しました。では、生けてからお持ちしますね!」光葉はそう言うと、哲也のためにさっと体を横にずらし、丁寧にお辞儀をした。「新井社長、どうぞお入りください」一方、哲也も軽く頷くと、オフィスに足を踏み入れた。優希は資料を閉じると立ち上がり、哲也に向かって言った。「座って。原田さん、お茶とお菓子をお願い」「はい、すぐに!」そう返事をすると、光葉は白いバラの花束を抱えて、オフィスを出ていった。......そこで、哲也はソファに腰を下ろしながら尋ねた。「小山とは、まだケリがついていないのか?」契約書に手を伸ばしかけた優希は、その動きを止め、彼の方を振り返った。「私たちの契約結婚について話し合うはずじゃないの?」「もっと正確に言うとだな」哲也は彼女の目をまっすぐ見つめ、大真面目な顔で訂正した。「あなたは俺の子を妊娠していて、これ
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第1397話

ただ、この条項には続きがあってね。もし、どっちかが再婚して子供の生活に影響が及ぶようだったら、もう片方は、相手が養育しているもう一人の子の親権を要求できるってこと。哲也は、「再婚」という言葉を指さして、眉をひそめながら言った。「もし本当にそんなことになったら、再婚するのはあなたの方なんじゃないのか?」優希は、彼と言い合うのも面倒だった。優希は哲也の向かいのソファに腰を下ろし、無表情な顔で彼を見つめて言った。「この条項は私にも同じように適用されるから。あなたに対してつくられたものではないのよ」それを聞いて、哲也はフンと鼻で笑い、契約書に視線を戻した。第三のパートには、婚姻中の取り決めが書かれていた。もしどちらかが心変わりした場合、自ら離婚を申し出ることができる。ただし、浮気の事実を隠してはいけない。もし浮気を隠していたなら、相手は一方的に離婚を要求でき、離婚協議書はその場で有効となる。哲也の眉がぴくりと動いた。彼が何かを問いただす前に、優希が口を開いた。「その下に重ねてあるのが離婚協議書よ。問題ないと思ったら、婚前契約書と離婚協議書、両方にサインして」哲也は言葉を失った。まったく、あきれたもんだ。婚前契約書と離婚協議書に、一緒にサインしろって?こんな滑稽な花婿候補は、世界中探したって自分くらいだろう。そう思って、哲也は、心の底からむしゃくしゃしていた。「結婚もしてないのに離婚協議書にサインするなんて、どうかしているんじゃない?」優希は彼の目を見つめ、平坦な声で答えた。「それなら、こう言うしかないわね。すべては、結果次第だから」そう言われ、哲也は、また言葉に詰まった。結果次第だなんて、よく言う。哲也は思った。優希は一体、自分に対してどれだけ大きな誤解と偏見を抱いているんだ?そしてため息をついた後、哲也は諦めきれずにもう一度尋ねた。「なあ、離婚協議書は後にしてくれないか?まずは、お試し期間ってことでどうだ?」優希は彼を見た。「あなたとの結婚は、私にとって大きな賭けをしているようなものだって言ったでしょ。理解してくれないかもしれないけど、私は本当に、自分のすべてを懸けてこの結婚に挑んでいるのよ」それを聞いて哲也は、呆然と優希を見つめた。優希があまりに真剣に話すので、一瞬、彼はどう反応していいか分
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第1398話

哲也は準備万端だった。花束だけでなく、婚約指輪まで用意していたのだ。優希は妊娠してから、眠くなることが多く、今までの生活リズムが崩れてしまい、毎朝起きるのが一苦労だった。そして今回もアラームが鳴ったにも関わらず、彼女は夢うつつでそれを止め、寝返りを打ってまた眠ってしまうのだった。そしてそこから、さらに1時間も寝過ごしてしまった。一方、階下では、哲也がまた腕時計に目をやった。ちょうど9時だった。優希はまだ起きてこないのだろうか。彼は、彼女が寝坊しているのを気にしているわけではなく、ただ、役所の受付時間を逃してしまうのが心配だった。すると、綾と誠也は顔を見合わせて言った。「優希が起きたか見てくるわね」綾は立ち上がって、哲也に言った。「あの子、妊娠してからよく眠るようになって、アラームも効かなくなってしまったの」「はい、分かっているから大丈夫だよ」綾はうなずくと、くるりと向きを変えて階段を上っていった。......綾は優希の部屋の前に来ると、ドアをノックした。しばらく待っても返事がなかったので、そっとドアを開けた。優希は妊娠してから、万が一のときのために夜はドアに鍵をかけずに寝るようにしていた。その頃、部屋の中は薄暗く、大きなベッドの上で優希がぐっすりと眠っていた。綾はベッドに近づき、娘のそばに腰を下ろした。そして、顔にかかった髪を指でそっとよけて、ほんのりピンク色になった頬を優しく撫でた。「優希、そろそろ起きて」優希はくすぐったそうに眉をひそめ、もごもごと呟いた。「母さん、まだ眠いの。もうちょっとだけ」「哲也は7時から来てるのよ。もう2時間も待ってるわ」だけど、優希はまだ眠気が覚めていないようだった。「どうして待ってるの?」綾は困ったように笑った。「今日、婚姻届を出しに行く約束だったでしょ?」その言葉を聞いて、目をこすっていた優希の手がぴたりと止まった。そして、ぱっちりと目を開けた。その瞬間ようやく頭がはっきりしてきて、婚姻届を出す約束だったことを思い出すと、優希は母親を見て尋ねた。「2時間も待ってるの?」「そうよ。別に急かしたりはしてないけど、今日は二人が入籍する大切な日だから。やっぱり起こしに来た方がいいと思って」「すぐ起きて準備する」優希は体を起こしながら言った
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第1399話

双子を妊娠しているせいか、優希の食べる量は普段よりずっと多くなっていた。スープを一杯とゆで卵を一つ食べても物足りなくて、さらにパンを三つ食べて、やっとお腹がいっぱいになった。そしてお腹がいっぱいになるとまた急に眠くなってきて、優希は目を細めながら、こっそりとあくびをしかけた。その時、目の前に突然、指輪のケースが差し出された。優希はきょとんとして、少し顔を上げると、哲也と視線が合った。「婚約指輪だ」優希ははっとして、思わず5年前のことを思い出した。梨野川のほとりで、哲也から婚約指輪を渡された時のことを。でも、あの時はためらってしまって、彼をひどくがっかりさせてしまった......そして、まさにその夜に、哲也から別れを告げられたんだ。この5年間、優希はあの夜のことを思い出すたびに、何度も何度も後悔してきた。今、まさに同じことが起きている。哲也は覚えていないけれど、優希はもしまた自分がためらったら、彼をがっかりさせてしまうかもしれないと、それが怖かった。その思いを胸に優希は手を伸ばしてケースを受け取ると、哲也に、「ありがとう」と言った。その声は、どこかよそよそしくて、丁寧な響きだった。哲也は、とても驚いた。優希の態度の変わりようは、あまりに突然だったからだ。まだ籍も入れていないのに、もうすっかり妻気分なんだろうか?想定外ではあったけど、哲也は優希のそんな変化に、とても満足していた。でも、哲也が喜んだのも束の間だった。優希は受け取った指輪のケースを開けようともせず、そのままバッグにしまったのだ。「どうして見ないんだ?」その言葉に、優希は一瞬動きを止めて言った。「あなたが選んでくれた婚約指輪なら、きっと素敵なものだと思ったから」「ああ、物は確かだ。でも、あなたが身につけるものなんだから、あなたに気に入ってもらわないと意味がない」それを聞いて優希は、きゅっと唇を引き結んだ。「出して、つけてみてくれ。そうじゃないと、なんだか適当にあしらわれているような気がするからさ」そこまで言われると、優希は仕方なく、もう一度ケースを取り出した。「俺がはめてやる」哲也は優希の手からケースを受け取ると、中から指輪を取り出した。そしてもう片方の手を彼女の前に差し出して言った。「左手を」優希は言われた通
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第1400話

だが、「俺がまだここにいるのに、他人に自分の子の父親面をされる筋合いはないぞ」男は凍るような声で、優希と颯介の会話を遮った。それを聞いて、優希は振り返った。すると哲也は冷たい顔で、その切れ長の目で颯介を睨みつけていた。颯介も彼と視線を合わせた。その瞬間二人の男の間で、無言の火花が散った。そうこうしているうちに、哲也は優希の隣まで来ると、彼女の細い腰を抱き寄せた。そして、薄い唇を冷ややかに歪めて言った。「人の妻と子を奪おうとするなんて、悪い癖だな。元カノは、そのこと知ってるのか?」そう言われ颯介は冷静で、無表情を装っていた。しかし、わずかに寄せられた眉間だけが、彼の心の奥にある本当の感情を物語っていた。一方で哲也は、颯介のその一瞬の動揺を、はっきりと見て取った。どうやら、皐月が執着していたのも、一方的な思い込みではなかったらしいな。するといつもは穏やかな紳士然としている颯介が、冷たい顔で哲也を見た。「人の弱みにつけ込んで、随分と得意気じゃないか」それを聞いて哲也は笑い、軽く眉を上げた。「随分と嫉妬しているようだな。でも悪いけど、お前の話を聞いてやる時間はないんだ。俺たちはこれから役所に結婚届を出しに行くんでね!」その言葉に、颯介の顔つきはすっかり険しくなった。彼は優希に視線を向けた。「本当に、子どものためにこの男と結婚するつもりなんですか?」優希は複雑な表情で何かを言おうとしたが、その前に哲也が力強く彼女を抱き寄せた。すこし驚いて優希はまつ毛をかすかに震わせ、哲也を見上げると、哲也は顔を寄せ、素早く彼女の額にキスをした。優希はきょとんとした。「どうでもいい奴のために、俺たちの時間を無駄にすることはないだろ?」優希は言葉を失った。そんな哲也の、「どうでもいい奴」という言葉を敢えて強調したところからも、彼の平静を装った裏に漂わせるイライラが、優希にはひしひしと伝わっていた。優希は、哲也の我慢が限界にきているのを感じ取った。結婚する日に恋敵が目の前に現れて騒ぎ立てる。哲也の性格からして、この場で颯介と完全に決裂しなかったのは、彼としてはかなり遠慮しているつもりだと言えるだろう。昔の哲也なら、とっくに不機嫌になって怒り出していただろう。それどころか、はっきりしない自分の態度を問い詰めて、責めて
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