All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 1401 - Chapter 1410

1498 Chapters

第1401話

それに比べて、婚姻届を出す人は少なく手続きもスムーズだった。だから、優希と哲也は少し遅い時間に来たけれど、手続きはすんなりと、あっという間に終わった。担当の職員が、優希と哲也に婚姻届の受理証明書を手渡した。二人はそれを受け取った。哲也はそれを開いてちらっと見ると、すぐに目をそらした。優希の反応は彼よりもっとそっけなく、見向きもせずに、そのままバッグに放り込んだ。哲也はその様子を見て、さらに面白くない気持ちになった。この結婚は、自分が優希をさんざん説得してやっとこぎつけたものだ。でも、彼女のこの態度はあまりにもぞんざいすぎる。逆に颯介のほうと結婚したかったといった様子だった。颯介のことを考えると、哲也の表情はさらに曇った。「行くぞ」哲也は冷たい声で言った。「送っていく」そう言われ、優希も素っ気なく返事をすると、哲也のほうを見ずに、さっさと外へ歩き出した。哲也は彼女の後ろ姿を睨みつけ、奥歯をギリリと噛みしめた。なんて冷たい女なんだ。そう思いながら哲也は怒りを胸にしまい、帰り道、自分から優希に話しかけることは一切しなかった。一方の優希は、車に乗ってからずっとスマホでメッセージを返していて、とても忙しそうだ。哲也の機嫌なんて、気にかける余裕はなさそうに見えた。信号待ちで何度か止まるたびに、哲也は隣の優希をこっそり盗み見たが、彼女はいつも、夢中でスマホを操作しているだけで、誰かとやり取りしているのかは知らないが、周りのことなどまったく目に入っていない様子だった。そう思うと、哲也の胸のうちは、一層モヤモヤした。こうして、家に着くまで、二人の間に会話はなかった。庭に車が停まると、優希はようやくスマホをしまった。そしてドアを開けようとしてから哲也の方を向き直り、平坦な声で言った。「送ってくれてありがとう。じゃあ、先に入るね」そう言われ、哲也は彼女を見つめ、ハンドルを握る手にぐっと力を込めた。3秒ほど黙っていたが、ついに堪えきれなくなり、冷たい声で問い詰めた。「言っておくが、俺たちはもう夫婦なんだぞ」すると、車から降りようとしていた優希は、ぴたりと動きを止めた。哲也の方を向くと、少し考えてから口を開く。「届けを出したから、夫婦だってことは分かってるわ。でも、結婚式までは実家で暮らしたいの」
Read more

第1402話

こうして哲也は梨野川の邸宅を出た後、そのまま栄光グループへ向かった。オフィスに着いた途端、皐月から電話がかかってきた。哲也は、皐月の名を見て颯介のことを思い出し、不機嫌な顔で電話に出た。「用件はなんだ」「あら、ご機嫌ななめね」皐月は笑ってからかった。「新井社長はおめでたいことが重なったんでしょ?なにが不満なの?」「はっ」哲也は鼻で笑った。「君の忘れられないあの男のせいで、俺の幸せがめちゃくちゃにされるところだった」それを聞いて、皐月は一瞬言葉に詰まり、すぐに問い詰めた。「どういうこと?」「小山が、午前中に梨野川の邸宅まで来て、優希さんを待ち伏せしていたんだ」その情報に、皐月は言葉に詰まった。「俺の子どもたちの父親になるつもりだから、優希さんに子ども二人を連れて彼と結婚してほしいとかほざいていたよ」哲也は当時の颯介の独りよがりな顔を思い出し、呆れて笑った。「あいつはよっぽど父親になりたいらしいな。そこが狙い目じゃないか?せいぜい頑張れよ」皐月は絶句した。「今回は君の顔を立てて、大目に見てやる」哲也は目を細めた。「だが、次はない。次やったら、ただじゃ済まさないからな」そう言い終わると、哲也は一方的に電話を切った。一方、皐月はスマホから聞こえるツーツーという音を聞きながら、複雑な表情を浮かべていた。どうやら、颯介とはっきりさせる時が来たみたいね。......一方、優希と哲也の結婚式は、4月8日に決まった。それは色々考えて選んだ、縁起の良い日取りだった。それが決まると、結婚式の準備も次々と始まった。両家はもともと親しかったが、これからは親戚になるので、縁はさらに深まっていくわけだ。二人の結婚は順風満帆とは言えなかったが、こうなった以上、誰もがいい結果が生まれることを願っていた。石川家では、真奈美の体調が優れないため、ほとんどのことを若葉が取り仕切っていた。若葉は60代だが、体は真奈美よりもずっと丈夫だった。それに気持ちも若く、ドレスを着こなす姿は気品にあふれ、もうすぐひ孫ができる人には到底見えないくらいだ。そこで、綾と若葉は何事も相談しながら進めたので、結婚式の準備はとても順調に進んだ。こうして、結婚式の準備は両家の親たちが進めてくれているため、哲也と優希が頭を悩ませるのは、ウェディングフォ
Read more

第1403話

すると、光葉は困った顔で、「でも......」と言葉を濁した。「俺たち、先週入籍したんだ」哲也は光葉の言葉を遮った。彼女が驚いて言葉を失うのを見て、満足げに眉を上げる。「君は前に、彼女を『二宮さん』と呼んでたよな。今日からは、その呼び方を改めていい」「えっ......あ、はい!わかりました!」光葉は混乱しつつも、上司の電撃結婚という事実をすぐに受け入れた。そして、張り切って哲也のために優希のオフィスのドアを開け、どうぞ、と手で示しながら言った。「ご結婚おめでとうございます、新井社長!さあ、どうぞ!」哲也は光葉の気の利きように満足して言った。「優希さんに言っておくよ。年末のボーナス、弾んでおくようにな!」それを聞いて、光葉はぱあっと目を輝かせると、深々と90度のお辞儀をした。「新井社長、ありがとうございます!」その言葉に哲也は薄く笑って、オフィスへと足を踏み入れた。......一方、目を覚ましたばかりの優希は、外から話し声がすることに気づいた。彼女は目をこすり、体を起こしてベッドから降りた。休憩室のドアを開けたとたん、光葉の、「新井社長、ありがとうございます!」という声が耳に入った。優希は小さく眉をひそめた。振り返った哲也は、ちょうど優希と視線がかち合った。一瞬動きを止め、それから彼女の方へ歩み寄った。「ちょうど今、起きたか見に行こうと思ってたところだ」哲也は優希の目の前に立つと、彼女の眠そうな顔を見て、口元を緩めた。「もしかして、起こしちゃったか?」「ううん」優希はもともとアラームをセットしていて、それで起きたところだった。「じゃあ、支度してきて。外で待ってるから」「うん」優希はそう返事をして、休憩室のドアを閉めた。哲也は向き直ると、ソファの方へ歩いていき腰を下ろした。それから、優希は仮眠用の楽な服から普段着に着替えると、顔を洗ってさっぱりした。それでようやく頭がはっきりしてきた。休憩室のドアを開けると、ちょうど哲也が電話に出ているところだった。ドアの開く音に気づいた哲也は、優希を一瞥すると、「俺の指示通りに進めろ」とだけ言って電話を切った。彼はスマホをポケットにしまうと、優希の方へ歩み寄った。「終わったか?」「うん、行こう」哲也は優希のすっぴんの顔を見つめた。その肌はほんの
Read more

第1404話

皐月は笑った。「ふざけてなんかいないわ」それを聞いて、颯介は皐月を見つめながら、瞳の奥には、複雑な感情が渦巻いていた。「昨日、結婚してくれって迫ってきたくせに。俺が頷かなかったからって、今日いきなり適当な男とウェディングフォトを撮るなんて。皐月、こんなことをして、俺が折れるとでも思ってるのか?」「思ってないわ」と皐月は言った。「だからこれは、意地を張ってるわけでも、あなたへの当てつけでもないの。私は本気で昴と結婚するつもりよ」「こんな遊び人と結婚するんだと?しかも、ずいぶん年下じゃないか」そう話すうちに、颯介の表情は、どんどん険しくなっていった。「それでも、ふざけてないとでも言うつもりか?」だが、「今どき、恋愛経験の一つや二つ、誰にだってあるでしょ?」皐月は意に介さない様子で、颯介に微笑みかけた。「昴は私より5歳も年下だけど、誰かさんより、よっぽど大人よ。それに、若くて体力もあるし、顔もいいし、お金だって持ってる。彼と結婚したら、プラスにしかならないじゃない。どうしてこれが、ふざけてることになるの?」「皐月さん、もうこいつに構うことないさ」腕を組んだ皐月を、昴が見下ろして言う。「ドレスを試着しに行こうぜ。あなたの好きなのを選べばいい」「ええ」皐月は昴に甘く微笑んだ。「行こう」そう言って昴と皐月が背を向けて二歩ほど歩き出した、その時。後ろから黒い影が彼らに向かって突進してきた――バキッ。昴の頬に、拳がめり込んだ。ゴッ。今度は颯介の目元に、拳が叩きつけられた。「颯介さん、なにしているのよ?やめて――」皐月は殴り合う二人を見て、慌てて叫んだ。「昴......やめて、もう殴らないで......」しかし、皐月がどんなに叫んでも、颯介と昴は聞こえないかのように、夢中で相手に拳を叩きつけ続けた。二人とも普段から体を鍛えているだけあって、互いに負けじと殴り合った結果、ついに血が滲むようになったのだった。優希はそばに立って、ただあっけに取られて見ていた。一方、哲也は、だんだん収拾がつかなくなってきたのを見て、急いで優希をそばのソファまで引っ張っていった。優希はソファに座ると、哲也を見上げた。哲也は彼女の頭を撫でた。「高みの見物もいいけど、自分の身の安全は確保しなきゃな」それは、哲也が昔よくしていた仕草
Read more

第1405話

それを聞いて、優希は黙り込んだ。「小山と松尾さんは、5年間付き合って、別れて7年になるんだ」哲也は少し間を置いて、続けた。「小山は昔、松尾さんのために命まで懸けられるほどだったのに、そんな相手を、簡単に忘れられると思うか?」そう言われ、優希は唇をきゅっと結んで言った。「難しいと思う。でも、絶対無理ってわけじゃないでしょ」「無理だね」哲也は言いながら、言い争っている三人の方を見た。「ほら、彼は理性を失っている。松尾さんの前ではカッコつけることなく、まるで自分を抑えられない乱暴な男みたいに本性を曝け出しているじゃないか。でも、あなたの前では違うだろう?」優希は返す言葉もなかった。哲也の言う通りだった。颯介は自分の前ではいつも紳士的だった。それに感情も安定していて気配りもできて、自分を困らせたり、気まずい思いをさせたりしたことなんて一度もなかった。でも、今の颯介は、まるで別人みたい......その姿は、優希にかつての哲也を思い出させた。あの頃の哲也も、理性的じゃなくて、感情的になりやすかった。でもその当時は、そんな哲也がひどく子どもっぽく見えたし、彼の感情的なところが負担に感じられていた。だけど今の哲也は理性的で、自分の前でもずっと落ち着いているのだ。だから、今の彼は、もう自分を愛していないんだ。多分、哲也はこれから別の誰かを愛すことはあるかもしれない。でも、その相手が自分になることは、もうないんだろうな。だって昔の哲也にとって、自分を愛することはとても辛いことだったから。だから病気になった後、彼の記憶から、自分という存在だけを綺麗さっぱり消してしまったんだ。自分を愛さなくなった哲也は、ずっと自由で、幸せそうに見える。そうぼんやりと考えていると、突然悲鳴が聞こえた――「皐月さん!」「皐月!」昴と颯介は、倒れて血を吐いた皐月を見て、顔面蒼白になった。片や、優希と哲也も、目の前の光景に息をのんだ。二人がまだ状況を飲み込めないでいると、颯介が真っ先に駆け寄り、皐月を抱きかかえて足早に出口へ向かっていった。昴もすぐに後を追いかけた。「俺が車を出す......」こうして、一連の騒動はこんな衝撃的な形で幕を閉じた。ただ見ていただけの優希と哲也も、すっかりウェディングフォトどころではなくなったの
Read more

第1406話

一方、病院の特別病棟。皐月が目を覚ますと、そばには昴だけがいた。彼女が目覚めたことに気づいた昴は、すぐに駆け寄った。「皐月さん、目が覚めたんだね。気分はどう?」皐月は無理に笑おうとした。でも、体はひどく弱っていて、力なく口元を引きつらせるので精一杯だった。「もう笑わなくていいよ」昴は、見ていられなかった。「皐月さん、検査の結果が出たよ」皐月は、ぴたりと動きを止めて昴を見つめた。昴は、何も言わずに目を伏せた。その様子を見て、皐月はすべてを察した。すると病室は、しんと静まり返った。しばらくして、皐月は天井を見つめながら呟いた。「7年も生きられたんだから......十分だよ。損なんてしてない」昴は、はっと顔を上げて彼女を見た。だが皐月は、ただぼんやりと天井を見つめているだけで、その表情からは、何の感情も読み取れなかった。「昴、私と結婚して」皐月は昴に顔を向けた。「佑弦(ゆづる)をずっと海外に置いておくわけにはいかないの。国内に連れ戻して、あなたの戸籍に入れてあげたい。でも安心して。私が亡くなったら、あなたも自由にしていいから。佑弦のことも、ちゃんと手配しておくから心配しないで」それを聞いて昴は真剣な表情で、こくりと頷いた。「わかった。あなたと佑弦くんがそれでいいなら、俺は協力するよ。佑弦くんは俺が育てる。あの子は俺にもよくなついてるから、心配いらない」皐月は、その申し出にはっきり返事をしなかったが、ただ静かに言った。「昴、ありがとう」すると、昴は力が抜けたように笑った。「あなたにしてもらったことに比べたら、こんなの、なんてことないよ」皐月は微笑むだけだった。「ううん、あなたが頑張ったからよ」昴はごくりと喉を鳴らし、目を赤くしながら皐月を見た。しばらくためらった末、彼はどうしても聞かずにはいられなかった。「小山のことは......もう、いいのか?」「もう、いいの」皐月は力なく笑った。「あの人はずっと、私のことを自分勝手だって言ってた。こんな体になってもまだ彼にすがったら、本当にただのわがままな女になっちゃう」「たしかにあの人は、あなたのために色々と犠牲にしてくれたかもしれない。でも、あなただってあの人のために、たくさんの辛い思いをして、危険な目にも遭ったじゃないか!それなのに、なんで別れたあ
Read more

第1407話

......今日は、ウェディングフォトの撮影日だ。この前の入籍の時に寝坊してしまったから。優希はその失敗を繰り返さないように、光希に頼んでおいた。朝8時には絶対に起こしてねって。そして結婚式まぢかになり、家の中もお祝いムード一色になっているのだった。妹の光希も、優希のメイン・ブライズメイドを務めることになった。それで、初めてのブライズメイドをするので、光希はとても張り切っていた。彼女はたった一人の姉である優希のことが大好きなのだ。だから最近は寮にも帰らず、毎日北城大学と家を往復している。必修授業がない日は家にいて、新婦本人である優希よりも熱心に準備を手伝っているのだ。雲も彼女を見て笑っていた。「一日中、はしゃいで、一人でも十分家中を賑わらせるなんてすごいわね!」それを聞いた光希は、むしろ得意げな顔になり、当日も自分が先頭に立って、張り切る、と息巻いていた。すると大人たちは、そんな可愛らしいことを言う光希を見て、みんな楽しそうに笑っていた。さらに兄である安人は光希に「じゃ、当日は頼んだよ。人手が足りなければ、友達も呼んで手伝ってもらって」と言って200万円ものお小遣いを弾んだ。そこにチャンスを見出したのか、光希はさらに200万円をせしめた。そして、男女合わせて数人の友達を呼び集め、当日はあっと驚くサプライズを用意しようと張り切ったのだ。......いよいよ、撮影の当日朝8時、光希は時間通りに優希の部屋のドアをノックした。優希はまだ眠そうに寝返りをうつと、布団を顔の半分まで引き上げて、また寝ようとした。だが、部屋に入ってきた光希は、ためらわずにカーテンを開け放った。すると、春先の朝日が差し込み、暖かみのある内装の部屋が、一瞬でぱっと明るくなった。ベッドの優希は、突然の眩しさに顔をしかめた。布団を頭まですっぽり被ろうとしたけど、光希が一足先にそれを押さえて、にこにこしながら言った。「姉ちゃん、もう8時だよ。哲也さんがもう下で待ってるから起きて!」その言葉に、優希は片目をうっすらと開けた。「もう8時?」「そうよ!」光希の声は甘く弾む。「それに、哲也さんが朝ごはんも持ってきてくれたの。優しいね!」優希は目をこすり、ぱちっと目を開けると、一つあくびをした。そして彼女はベッドに手をついて、お腹の赤ちゃんた
Read more

第1408話

「彼女が一緒でも大丈夫よ」優希は言った。「むしろ彼女がいてくれた方が、退屈しないし」哲也はちらりと優希を見たが、何も言わずに光希へと視線を移した。すると、光希は彼を見ながら、得意げにあごを上げて言った。「哲也さん、ほらね。姉ちゃんには私が必要なのよ!」哲也は口元を緩め、彼女に手招きした。「こっちにおいで」光希は首を横に振った。「まさか、叩くつもりじゃないでしょ!」哲也は口の端を上げた。「こっちに来なよ。相談したいことがあるんだ」光希は少し戸惑って、優希のほうを見た。優希は、哲也が光希を困らせたりはしないと分かっていた。これから家族になるのだから、妹と彼が気まずくなるのは避けたかった。「大丈夫よ、怖がることないさ」優希は光希に優しく言った。そう言われ光希はうなずくと、哲也の方へ歩み寄った。すると、哲也はスマホを取り出すと、光希に言った。「PayPayのQRコードを開いてくれる?」光希は目をぱちくりさせ、冗談めかして言った。「哲也さん、もしかして私を買収する気?」「ブライズメイドなんだろ?」哲也は言った。「ドレス代は俺が出してあげるからさ。自分で好きなのを選びなよ」それが普通のことなのか分からず、光希はまた優希の方を見た。「ドレスなら、私が買ってあげるわ」優希は哲也を見つめ、平坦な声で言った。「見て分からないかな?」哲也は優希を見て、困ったように笑った。「将来の義理の妹を買収してるんだよ。せっかくのウェディングフォトに、お邪魔虫がいたら困るからね」それを聞いて光希は驚きの表情を浮かべた。優希は何も言えなくなった。哲也は、呆然としている光希に視線を移した。「俺は一生に一度のつもりで撮るんだ。だから、二人きりにさせてくれないかな?」それを聞いて光希は固まってしまった。哲也にそう言われて、彼女もようやく事態を理解して、急に恥ずかしくなってきた。彼女は自分がついて行ったらお邪魔虫になるなんて、思ってもみなかったのだ。哲也にはっきり言われてしまった今、それでもついて行くなんて言ったら、空気が読めなすぎる。「別に二人のラブラブなところなんて見たくないもん!」光希は顔を真っ赤にして言った。「兄ちゃんにも言われてるの。まだ子供なんだから勉強が一番だって!それに、若いうちの恋愛なんてろくなことにな
Read more

第1409話

そんな優希がウェディングドレスに着替え、試着室から出て来ると、ちょうどタキシードに着替えたばかりの哲也と鉢合わせになった。二人の視線が交わった瞬間、優希は哲也の目に、はっと息を呑むような表情が浮かんだのがはっきりと分かった。彼女はとたんに気まずくなって、落ち着かない気持ちを隠すように俯くと、ドレスの裾をそっと撫でた。哲也は優希のそんな仕草を見て、薄い唇の端を軽く上げると、彼女の方へ歩み寄った。一方、目の前に現れた革靴を見つめ、優希はきゅっと唇を結んだ。そして、意を決したように顔を上げた。「きれいだ」哲也は彼女の目を見て、低い声で言った。「あなたが着ると、ドレスが一層引き立つな」優希はドキドキしながら、思わずウェディングドレスの裾をぎゅっと握りしめた。哲也の視線は、あまりにも真っ直ぐで、熱を帯びていた。こんな彼の眼差しを見るのは、もうずいぶん久しぶりだった。男って、やっぱり見た目が一番の生き物なのかもしれない。優希は自分が他の多くの女性よりも綺麗だという自覚はあった。両親の容姿が優れていたおかげで、三人の子供たちは、誰もが認める美形だったから。だから、哲也がウェディングドレス姿の自分を見てあんなに嬉しそうにするのも、まあ普通のことなんだろうと思った。もし別の綺麗な女性が妻として哲也の前にウェディングドレスで立っても、彼はきっと同じ反応をするだろう。哲也はただ、自分の妻が美人だという事実に満足しているだけ。これは好きとか、愛してるとか、そういうのじゃない。そう思うと、優希は胸のときめきを無理やり心の奥に押し込め、深く息を吸い込んだ。「ありがとう。あなたも素敵よ」彼女は哲也を真剣な口調で見つめた。「そのタキシード、とてもよく似合ってるわ」それは本心からの言葉だった。哲也が格好いいことは、小さい頃から知っていたから。でも、哲也は優希の返事が、あまりにもよそよそしいお世辞に聞こえた。それに、これを言う時の彼女の表情は、あまりにも平然としていたのだ。自分の夫を格好いいって褒めるのに、目をキラキラさせない女がどこにいるんだ?哲也は心の中で少し不満に思ったが、何も言わなかった。ただ、優希の腰に手を回し、その綺麗な顔をじっと見つめて言った。「今日は一日がかりの撮影になる。大変だろうけど、よろしく」優希は無意識
Read more

第1410話

優希は、哲也が妥協してくれるとは思ってもみなかった。哲也は、ウェディングフォトの撮影を最初からすごく大事にしていた。自分がカタログを持って帰ったときも、毎日、「決まった?」って聞いてきたくらいだ。彼がそこまで大事にしているのを見て、優希も適当にあしらうわけにはいかなかった。このプランは、優希がカメラマンと相談して三つの候補に絞り、その中から哲也に選んでもらったものだった。それに哲也が今回の撮影を、すごく楽しみにしていることを優希は知っていた。いや、撮影どころか、哲也はこの結婚式自体に最初からとても積極的だった。たとえ愛されていなくても、夫として、お腹の子の父親として、哲也は完璧に尽くしてくれているのだから、これで満足しなくちゃ。そう思って優希は、もう一度自分に言い聞かせた。その想いから、彼女は言った。「やっぱり予定は変えないで。スタジオ側もたくさん準備してくれているだろうし、急にキャンセルするのは申し訳ないから」優希がそう言ってくれるとは思わなかったので、哲也は素直に嬉しかった。ただ、やはり彼女の体のことが心配だった。「じゃあ、撮影を2日間に延ばすのはどうかな。そうすれば、あまり無理しなくて済むだろ。今日は山に着いたら、まずはホテルの部屋で少し休んでさ。夜にナイトシーンを撮って、残りは明日にするのは?」すると、優希はお腹をそっと撫でながら、「ええ」と頷いた。それを聞いて、哲也はますます嬉しくなった。これで、優希と二人きりで丸2日、山で過ごせるのだ。......ロケ地は、フォトスタジオと提携している山頂の温泉リゾートだった。市内から車で1時間ほどの場所にある。昼食を済ませると、一行はすぐに出発した。車の中で、優希はシートに体を預けてあくびをした。だんだん眠くなってきたようだ。それを見て哲也はブランケットを広げ、そっと優希の体にかけてやった。それに気づき、優希は閉じかけていた目をゆっくりと開けると、哲也の深い眼差しと目が合った。「おやすみ」哲也が低い声で言った。「着いたら起こしてあげるから」優希は本当に眠かったのだろう。「うん」と小さく返事をすると、すぐにすうっと寝息を立て始めた。片や、哲也は、深い眼差しで彼女の寝顔をじっと見つめていた。こうして優希はぐっすりと眠る中、車は山
Read more
PREV
1
...
139140141142143
...
150
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status