All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 1411 - Chapter 1420

1498 Chapters

第1411話

「ぐっすり眠ってたな」哲也は優希を見て、「目覚めはいかがかな?」と尋ねた。「うん」優希は体を起こして、軽く腰を動かした。「降りようか」「俺が先に降りるから、待ってろ」哲也はそう言って自分の席のドアを開けて車から降りた。そして優希の側に回るとドアを開けて手を差し出す。「俺に捕まれ。ゆっくりでいい」優希は唇をきゅっと結ぶと、哲也の掌に自分の手を重ねた。哲也はその手をしっかりと握った。それで車から降りると、優希は思わず周りを見渡した。空気が澄んでいて、見渡す限りの自然が美しい。深く息を吸い込むと、草花の香りがふわりと鼻をくすぐった。何十億円もかけて造られたリゾートホテルなだけある。ホテルの設備も五つ星レベルだ。哲也の説明によると、撮影は夜の8時からで、メイクは7時半からだそうだ。それまでは自由に過ごしていいらしい。それを聞いて、優希はうなずいた。そこで、哲也はまず、今夜泊まる部屋へと彼女を案内した。部屋に入り、寝室が一つしかないスイートルームだとわかった時、優希はようやく重要なことに気づいた。今夜、自分は哲也と同じ部屋で寝なければならないのだ。「どうして寝室が二つある部屋にしなかったの?」優希は哲也に聞いた。寝室のドアを開けようとしていた哲也は、ぴたりと動きを止めた。振り返って彼女を見ると、少し眉を上げる。「宿泊費はプランに含まれてる。俺たちは夫婦なんだから、スタジオのスタッフは当然一緒に寝るもんだと思うだろ。だからこの部屋で普通だ」優希は唇を引き結んだ。何も言い返せない。哲也はドアに寄りかかって腕を組み、彼女を見た。「何をそんなに怖がってるんだ?」優希はまつ毛を震わせ、哲也を見て弱々しく言った。「なにも、怖がってないよ」「そうか?」哲也は笑った。「どう見ても俺と二人きりになるのを怖がっているようじゃないか。前は俺のことが嫌いで避けてるんだと思ってたけど、最近のあなたを見てるとそうじゃない。あなたは俺を嫌ってるんじゃなくて、俺と向き合うのが怖いんだろ?」「違うよ!」優希は焦って食い気味に言い返した。「ただ妊娠してるから、二人で寝るのは何かと不便だってだけで......」「何が不便なんだ?」哲也は彼女に歩み寄り、深い瞳でじっと見つめて言った。「夜、電気を消したら、妊婦のあなたに俺が何かするとでも
Read more

第1412話

こうして、哲也に押さえつけられ、優希は舌先がじんじんするほど、キスをされた。一度味を知った哲也は、まるで飢えた狼のようだった。彼女を丸ごと飲み込んでしまいそうな勢いだった。優希の腰はとても細く、哲也は片腕を回し、服の上からそのくびれをなぞるように撫でた。すると、優希の抵抗は、だんだん激しくなっていった。その抵抗に気づいた哲也は、キスをやめた。お互いのおでこをくっつけると、二人とも息が上がっていた。優希は目を少し赤くし、唇は潤んで艶やかだった。哲也はただそれを見つめるだけで、呼吸はさらに深くなり、目を細め、彼は再び彼女にキスをしようと顔を寄せたが――優希は顔をそむけて避けた。「やめて......」優希はか細い声で言った。「私、赤ちゃんがいるの......」その言葉で哲也ははっと我に返り、理性が戻ってきた。どうやら少し、気持ちが燃え上がりすぎてしまったようだ。「安心してくれ。何もしない」哲也は彼女の後頭部に手を添え、優しく撫でた。「もう少し、寝るか?」優希は唇をきゅっと結び、こくんと頷いた。起きていて気まずい思いをするくらいなら、寝てしまった方がましだと彼女は思ったからだ。哲也はふっと笑うと、優希をひょいと横抱ききにした。優希はびっくりして、とっさに彼の首に両腕を回した。「まだメイクを落としてないだろ」哲也は慌てる彼女を見て、口角を上げた。「バスルームまで運んでやるよ」「でも、クレンジングとか持ってないし......」「すぐに持ってこさせる」哲也はバスルームに入ると、洗面台の前に優希を降ろし、スマホを取り出して電話をかけた。撮影スタジオのスタッフは同じフロアに泊まっていたので、哲也からの電話を受けると、すぐに駆けつけてくれた。哲也はメイク落としのセットを受け取ると、ドアを閉めて再びバスルームに戻った。優希はメイク落としのセットを受け取ると、メイクを落としながら、彼女は鏡に映る自分の顔を見て、思わず固まってしまった。口紅が......全部はみ出して、ぐちゃぐちゃになっていた。それを見てまつ毛を震わせ、優希は勢いよく哲也の方を振り返った。一方、哲也はバスルームのドアの枠に寄りかかり、にこにこしながら彼女を見ていた。優希の視線は哲也の唇に注がれていたが、次の瞬間、思わず、「
Read more

第1413話

優希は声を上げた拍子に、哲也に抱き上げられ、洗面台の上に座らされた。そして哲也は顔を近づけてきて、彼女の足の間に入り込むと、また唇を重ねてきたのだった。優希は驚きに目を大きく見開き、両手で彼の胸を押した。だが、哲也は目を閉じたまま、時に優しく、時に激しくキスを続けた。それは情熱的で、少しも引こうとしない様子だった。やがて、彼の舌が優希の唇をこじ開けて、中へと入ってきた――優希は心臓が胸から飛び出しそうなほど高鳴った。本当は哲也を突き放さなきゃいけない。頭ではそう分かっていた。だけど哲也のキスは彼女に理性を失わせるほど、夢中にさせてしまうのだった。こうしてキスをされるうちに、彼女の全身から力が抜けていき、やがて哲也を押していたはずの手は、いつの間にかどうすることもできず、彼の服の襟を掴んでいた。優希が受け入れたのを感じた哲也は、喉を鳴らすと、お尻を両手で支え、まるで子供を抱き上げるように彼女を持ち上げた。優希は小さく声を上げ、思わず哲也の首に両腕を回した。お腹には双子がいるのに。哲也ったら、大胆すぎる。「怖がるな」哲也は彼女の戸惑いを察して、優しく笑いかけた。「自分の妻を落としたりしないさ」それを聞いて優希は眉をひそめて彼をにらみつけた。「私は妊婦よ!」「妊婦だって、旦那のご奉仕を受けちゃいけないのか?」優希は絶句した。「ご奉仕」っていう言葉には、なんだか妙な響きがあった。そして5年前の、若くて無鉄砲だった頃の記憶が、鮮明に脳裏をよぎり、優希はまつ毛を震わせ、俯いて哲也と話すのをやめた。彼女が急に黙り込んだので、哲也は少し戸惑った。さっきまで、あんなにいい雰囲気だったのに。哲也は優希をベッドに下ろすと、身をかがめて再びキスをしようと......しかし、優希は寝返りを打って彼に背を向けた。「眠い」それを聞いて哲也は動きを止め、彼女が布団を引き寄せて頭の半分だけを出して潜り込むのを見ていた。まるでダチョウみたいだ。さっきまであんなにいい雰囲気だったのに、一体何がいけなかったんだ?哲也は唇を引き結び、心の中でため息をついた。もしかしたら、妊婦は気分が変わりやすいのかもしれないな。この様子だと、もっと勉強が必要そうだ。そうでないと、妊娠している間、彼女の気持ちを推し量るのに苦労
Read more

第1414話

「もしかして、妊娠中のホルモンのせいじゃない?」志音は少し考えながら言った。「なんて言ったらいいのでしょうか」優希は小さくため息をついた。「心の中にわだかまりがあります。彼は私たちの過去を捨てたのに、私はまだそこにいるなんてって、つい考えちゃうんです。そんな自分がもどかしくて、嫌になるんですよ」「その気持ち、わかるわ」と志音は言った。「私が湊を好きだったときも、いつも自分のことがもどかしかったもん」「こんなの、よくないってわかっています。こんな風に悩むのはやめたいんです。それに、妊婦さんの気持ちは赤ちゃんに直接影響すると先生も言っていて、私のせいで子どもたちにダメージを与えたくもないのですが......」「でも、あなたのせいじゃないわ」志音はため息をついて、なだめるように言った。「二人が昔付き合ってたのは事実だし、彼には彼の事情があって、あなたもつらい思いをした。優希ちゃん、哲也さんが記憶喪失になったのは、あなたのせいじゃない。それに、あなたのことを忘れたからって、愛してなかった証拠にもならないわ。この5年間、彼を避け続けてきたけど、結局、運命はあなたたちを再び引き合わせてくれたようね」それを聞いて優希は手で目を覆い、声には疲れがにじんでいた。「私は本当に頑張ったんですよ。小山さんとお見合いする前の夜、今度こそ過去と決別するんだって覚悟したのに、よりによってその晩、また哲也に会っちゃって......」「じゃあ、この結婚を違う角度から見てみたら?」志音は優しく言った。「これは運命がくれた、やり直すためのチャンスなんだって思うの。過去は忘れて、今の哲也さんだけを見て、ちゃんと夫婦関係を築いていくのよ。今の彼は前より冷静だし、あなたも大人になった。二人でいい結婚生活を築き、子どもを育てていけば、もしかしたら、それが最高の結果となるかもしれないわ!」自分の恋愛さえ絡まなければ、志音はとても的確なアドバイスをすることができるのだ。彼女の言葉を聞いて、優希も一理あると思った。少し考えて、優希はまた口を開いた。「でも、今の哲也って、少し強引なんです。この間も、法律事務所の仕事は休んで、家で出産に備えてほしいって言われたんです」「夫として、父親として、彼の考えも間違ってないわ」志音は少し間を置いて続けた。「でも、あなたにとって法律
Read more

第1415話

でも、ネットには色々な情報が溢れている。哲也は少し考えた後、皐月に電話をかけた。何度かコールが鳴った後、皐月はやっと電話に出た。「めずらしいじゃん。検診日でもないのに、新井社長が電話してくるなんて!」皐月は開口一番、いつもの軽薄な調子で言った。哲也は慣れた様子で、淡々と聞いた。「女性は妊娠すると、やっぱり感情的になったりするものなのか?」すると、電話の向こうで、皐月は一瞬黙ってから聞いてきた。「奥さんは情緒不安定なの?」哲也は唇をきゅっと結んでしばらく考えると、「はっきりとは分からない」と答えた。「どんな感じか話してくれる?」皐月は真剣な口調になった。「具体的に」哲也は唇を噛みしめた。話すのは少し気が引けたが、さっきあったことを正直に伝えた。皐月は話を聞き終えると、しばらく黙ってから口を開いた。「妊娠中のホルモンのせいで、妊婦は感情がすごく敏感になるんだ。あなたが言うような状況は、これからもっと頻繁に起こるかもしれない。いい、新井社長、こういう時に彼女と喧嘩しちゃ絶対にダメよ。優しく受け止めて、気持ちに寄り添ってやるのが一番なんだから」「でも、優希さんは俺を頼りたくないかもしれない。一人で抱え込んでしまう気がするんだ」「もしそうなら、それはあなたが彼女に頼りたいと思わせてないってことだ。それはあなた自身の問題だから、自分で解決して」皐月は少し間を置いて、こう尋ねた。「ねえ、新井社長。奥さんのこと本気になったんじゃない?」そう聞かれて、哲也は言葉を失った。「本気なら、今こそ頑張らないと」皐月は言った。「チャンスを逃しちゃダメよ」それから哲也は電話を切ると、深く考え込んでしまった。......一方、優希は、日が暮れるまで眠っていた。哲也がドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。彼はベッドのそばに座り、優希のきめ細かい頬を優しく撫でた。くすぐったくて、優希は眉をしかめ、ゆっくりと目を開けた。視線が合うと、哲也は彼女にそっと微笑み、「そろそろ起きて、晩ごはんの時間だぞ」と言った。「うん」一眠りして、優希はすっかり元気になっていた。心のモヤモヤもどこかへ消えていったようだった。哲也は使い捨てのフェイスタオルを手に取り、バスルームでぬるま湯に浸して固く絞ると、それを優希に渡した。優希は彼
Read more

第1416話

すると、優希はぱちぱちと瞬きをした。「それ、本気で言ってるの?」哲也は呆れたように笑った。「こんなこと、冗談で言えるわけないだろ?」優希は黙り込んだ。たしかに、冗談では言えないことだ。「どうした?もしかして、あなたを捨てて海外に行った元カレが忘れられないから、俺みたいなイケメンで金持ちの旦那を相手にしてもその気になれないとか?」優希は言葉に詰まった。もしここで断ったら、哲也はきっとあの「海外に行った元カレ」のせいだと思うだろう。あの時はとっさに口にした言い訳だったのに。まさか哲也が、こんなに根に持っているとは思わなかった。そう思って、優希はキュッと唇を結んだ。もしここで哲也を拒んだら、彼はきっと元カレのために断ったんだと思うだろう。昔、哲也と別れたのは誤解が原因だった。今、せっかくやり直せるチャンスが来たんだから、二度と同じ過ちを繰り返してはいけないと彼女は自分に言い聞かせた。「あなたと結婚したからには、もう他の人のことは考えないわ」優希は哲也を真剣な眼差しで見つめた。「だから、もしさっきの言葉が本気なら、私もあなたと恋愛してみようと思うの」哲也は優希の答えに、とても満足した。長い指先で優希の顎をそっとつまむと、顔を傾けてキスをした。そして今回、優希は避けなかった。彼女が応えてくれたことは、哲也の心に今まで感じたことのない喜びを掻き立てた。自分はきっと優希のことが好きなんだ、と哲也は思った。そうでなければ、彼女が少し歩み寄ってくれただけで、こんなにも気分が高まるはずがない。最初は、ただ綺麗な女性に対する男の征服欲だと思っていた。でも、一緒に過ごすうち、優希への気持ちはそんな征服欲なんかとっくに超えてしまっていると、だんだんと気づいてきた。そもそも優希と結婚を決めた時から、離婚なんて考えたこともなかった。だから、優希にサインさせられた婚前契約書と離婚協議書は、彼にとってただの飾りでしかなかった。でも、全く無意味というわけでもない。だって、契約書にはどちらかが心変わりしたら、離婚を申し出ることができると書いてあるのだから......優希は自分とは違う。彼女には忘れられない恋があった。5年も経つのにまだ忘れられない元カレは、自分にとって脅威だ、と哲也は思った。だから、万が一に備えて、必ず優
Read more

第1417話

その言葉に、優希と哲也は顔を見合わせてにっこり笑った。哲也が言った。「娘が二人欲しいって書いてもいいかな?」「そのお願いは、安産の神様にした方がいいんじゃない?」哲也は眉を上げた。「神様って、そんなに担当がはっきり分かれてるものなの?」優希は彼をちらっと見て、「もう、ふざけないで。早く書いて」と言った。すると、哲也は口の端を上げて笑って、願い事カードにペンを走らせた。こうして二人が絵馬を書き終えると、カメラマンがポーズの指示を出し始めた。優希は妊娠中なので、危ないポーズはできない。そこで、脚立が用意された。哲也は脚立のそばに立ち、片手で脚立を、もう片方の手で優希の腰を支えた。それから優希は椅子の上に立ち、片手は脚立に添えて、もう片方の手で願い事カードを木に飾った。カシャ、カシャと、小気味よくシャッターが切られる。優希がカードを飾り終えて顔を下げると、ちょうど哲也と視線がかち合った。「はい、そのまま旦那さんを見つめてください!いい目線ですよ!」何気なく視線を交わしただけなのに、カメラマンにそう言われて優希は急に恥ずかしくなってしまい、笑顔がこわばってしまった。それを見て、後の撮影の時、カメラマンはもう声をかけることなく、二人の自然なやり取りを切り取っていった。それから哲也は優希を椅子から降ろすと、自然にその腰を抱き寄せた。そして耳元でささやいた。「絵馬に何て書いたんだ?」「家族みんなが健康で、赤ちゃんが無事に生まれますようにって」哲也は小さく笑った。「あなたが赤ちゃんのことを書くのは分かってた。だから俺、急きょ内容を変えたんだ」優希は少し驚いた。「何て書いたの?」「妻が、俺を一生愛してくれますようにって」優希は絶句した。そんなこと、願う必要なんてないのに。だって、自分はずっと、哲也を愛し続けているのだから。これから先、予期せぬことが起こらない限り、自分はきっとこのまま哲也を愛し続け、歳を重ねても、変わることはないでしょう。......こうして、夜の撮影は1時間もかからずに終わった。カメラマンによると、優希も哲也もルックスが良すぎて、どの瞬間を切り取っても絵になるらしい。だから、後の編集は色味の調整くらいで、ほとんど修正がいらないそうだ。それから哲也は、優希が疲れ
Read more

第1418話

それから、撮影が終わると、優希と哲也は翌日の夕方、都心に戻った。哲也は、まず優希を梨野川の家まで送り届けた。あたりはもう、暗くなっていた。家の中は、煌々と明かりが灯っていた。優希は帰り道にうたた寝をしていて、車が敷地に入った頃にようやく目を覚ました。彼女は体にかけていたブランケットを外すと、哲也に言った。「じゃあ、私は先に戻るね」「待てよ」哲也は、優希の手首を掴んだ。優希は彼を振り返った。「どうしたの?」哲也は咳払いをした。「もうこんな時間だし、夕飯くらいご馳走してくれてもいいんじゃないか?」優希は呆れたように笑った。「最初から夕飯をご馳走になろうって魂胆だったの?」哲也は仕方なく、本音を漏らした。「わかったよ。本当は、あなたともう少し一緒にいたいだけだ」「この2日間、ずっと一緒にいたじゃない」優希は親切心からそう指摘した。哲也は困ったようだった。「仕方ないだろ。あなたが結婚式まで同棲しないって言うから、この2週間は撮影以外ずっと別々だったんだ。俺だって不安になるさ」優希は言葉を失った。彼女は、こんなふうにストレートな物言いをする哲也にまだ慣れていなかった。でも、きちんと付き合うと決めたからには、お互いの気持ちを大事にしないといけないことも分かっている。「うちに食事をしに来るのはいいけど......」優希は少し間を置いて、付け加えた。「でも、今夜は兄ちゃんが家にいるの」哲也は眉を上げた。「また彼に殴られるとでも心配してるのか?」「そこまでは思ってないけど、この間あんなに険悪な雰囲気になったでしょ?だから、また兄ちゃんがあなたに意地悪するんじゃないかって」「あなたがそう気遣ってくれるだけで十分だ」哲也はシートベルトを外し、ドアを開けた。「あなたの顔を立てて、彼のことは大目に見てやるよ」そう言って哲也は車から降りると、優希の側に回り、ドアを開けた。優希は彼の手を取って車を降りた。車の中は暖房が効いていたから、急に外に出ると少し肌寒かった。哲也は優希が羽織っていた上着の襟を直してやると、ごく自然に彼女の腰を抱いた。こうして二人は寄り添いながら、邸宅の中へと歩いていった。......家に入ると、すぐに雲が出迎えてくれた。哲也の姿を見ると、雲はにこにこしながら言った。「あら
Read more

第1419話

よかった、誰にも見られてない。一方、哲也は優希を見て、その漆黒の瞳にいたずらっぽい輝きを浮かべて言った。「見せてくれるか?」それは甘えているように見えて、実は脅しのような文句だ。優希は眉をひそめて彼を睨みつけ、「行こう」と言った。そして彼女は立ち上がり、くるりと向きを変えて二階へと向かった。「ゆっくりな」哲也はくすっと笑い、立ち上がるとすぐに優希のそばに来て、大きな手で彼女の腰を支えた。「お腹に赤ちゃんがいるんだ。階段の上り下りはゆっくりしなきゃ」「わかってる」優希は階段の前まで来ると、すでに歩みを緩めていた。そんな彼女の態度に哲也は満足した。なんて素直で可愛らしいんだ。彼はそう思って優希を抱きながら一歩一歩二階へと上がっていった。心の中で、こんなに愛らしい女性の魅力に、どうして今まで気づかなかったんだろう、と自問せずにはいられなかった。......そして、優希は自室のドアを開けて中に入ると、ドアの外に立つ哲也を横目で見ながら、少し気まずそうに言った。「入って」哲也は薄い唇の端を上げた。「じゃあ、お言葉に甘えて」そんな彼に優希はすっかり言葉を失った。男は部屋に足を踏み入れ、まず部屋全体を見渡した。彼の想像とほぼ同じだった。薄緑色を基調とした花子柄の寝具セット、壁は杏色、カーテンは淡いピンクで、家具も暖色系でまとめられている。壁には優希本人の写真が飾られていた。哲也は写真に近づき、少し顔を上げてその写真を見つめた。写真の中の優希は、乗馬服を着て馬に乗っていた。高く結んだポニーテールから、整った顔立ちが覗いている。「これはいつ撮ったんだ?」優希はソファに腰を下ろし、クッションを背中に当てながら答えた。「15歳の誕生日に、両親とS国に旅行したときに撮ったの」実は、その時哲也もその場にいたのだ。小さい頃から、優希の誕生日は両親や周りの友人たちがいつも盛大に祝ってくれた。毎年の祝い方も様々だった。あの年のS国旅行には、優希の家族だけでなく、哲也一家、丈一家、そして輝一家も一緒だった。「15歳か......」哲也は振り返り、優希の顔をじっと見比べた。「15歳と25歳、あんまり変わらないな。強いて言えば、15歳の頃はまだ頬が少しふっくらしていたくらいか」「うちの家系はみんなそうなの
Read more

第1420話

優希はきょとんとして、もう一度、じっくりとその感覚に集中した。今度は、さっきよりもはっきりと動きを感じた。小さな魚がぶくぶく泡を出すみたいに、ぽこっぽこって、なんだか規則的な感じ。優希は急いで哲也の肩を叩いた。すると哲也の優しいキスが止まった。でも、唇はまだ優希に触れたままだ。彼は半分だけ目を開けて、かすれた低い声で、「どうした?」と尋ねた。優希はそっと哲也を押し返した。潤んだ美しい瞳で彼を見つめ、隠しきれない興奮を浮かべて言った。「赤ちゃん、動いたみたい......」それを聞いて哲也もきょとんとした。優希は哲也の手を掴んで、そっと自分のお腹の上に置いた。「感じてみて。まだ動いてる」哲也は息を潜め、薄いインナー越しに優希のお腹に手のひらを当てた。彼は以前、ネットで妊娠期間中の知識を調べていたのだ。一般的に、胎動は妊娠16週から20週の間に始まる。哲也はしばらくお腹に手を当てていたが、やがて少し眉をひそめて尋ねた。「今、妊娠何週目だ?」優希は赤ちゃんを驚かせないように、とても小さな声で言った。「今日でちょうど16週」その言葉に哲也は動きを止めた。まさにその瞬間、お腹の下でかすかな動きを感じたのだ。彼はぱっと目を輝かせた。「動いた!」「でしょ!」優希の瞳はキラキラ輝いている。「すごく不思議。前にアプリで他の妊婦たちが『16週で胎動を感じ始めた』って言ってたの。でも、まさかと思ってた。だって、まだお腹もそんなに大きくないし、赤ちゃんも小さいから、動いても気づかないんじゃないかなって。うちの子、本当にすごいね!」「それだけ俺たちの赤ちゃんが元気で強いってことさ!」哲也は優希を見つめ、心の奥底から感動がこみ上げてきた。これが、結婚の素晴らしさとありがたみなんだと彼は思った。哲也は優希を見つめ、低い声で言った。「ありがとう」優希は少しきょとんとした。「どうして、私にありがとうなの?」「俺の願いを叶えてくれて、ありがとう」「願いを叶える?」優希はわけが分からず聞き返した。「私があなたの何を叶えたっていうの?」哲也は戸惑う優希の様子を見て、ただ静かに口元に笑みを浮かべた。それ以上は何も言わず、顔を傾けて彼女に深くキスをした。こういうことになると、優希はいつも哲也にかなわなかった。妊娠
Read more
PREV
1
...
140141142143144
...
150
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status