All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 1511 - Chapter 1520

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第1511話

哲也は床に膝をつき、遠ざかっていく足音を聞きながら、ずるずると背中を丸めていった……後悔しているかって?とっくに後悔していた…………一方、誠也と安人が病院に駆けつけると、優希は綾の胸で声をあげて泣いていた。優希の泣き声に、父親である誠也も思わず目頭を熱くした。安人は奥歯をギリリと噛みしめ、今すぐにでももう一回栄光グループに乗り込んで哲也を殴りつけてやりたい衝動にかられた。そこへ、大輝と真奈美が慌ててやって来た。しかし、安人が病室のドアの前に立ちはだかり、二人を中に入れようとしなかった。大輝は自分たちに非があることを分かっているので、何も言えず、無理に入ることもできなかった。真奈美は目を真っ赤にして、安人に懇願した。「安人、お願い。私たちを中に入れて、優希の様子を見させてくれないかしら?」そう言われると、安人も真奈美に強くは出られず、どうすればいいかと綾に視線で問いかけた。すると、泣いていた優希が彼に向かってこくりと頷いた。それを見て、安人はようやく道をあけた。「どうぞ」真奈美はすぐにベッドのそばに駆け寄り、綾と優希に言った。「ごめん。来るのが遅くなってしまって」それを聞いた誠也は唇を引き結んでため息をつき、ドアのところまで行くと、大輝に声をかけた。「石川さん、少し外で話そう」大輝もため息をつき、誠也の後について病室を出た。病室のドアが閉まると、誠也は大輝に向き直った。「俺たちは事情を知る仲だ。哲也が記憶をなくし、心に問題を抱えていることも分かっている。だから、彼の行動にはどうしようもない部分があったのかもしれない。でも、9年間、優希は十分すぎるほどやってきたはず。結局、優希は哲也を救えなかったんだ。むしろ彼がずっと優希を苦しめ、彼女の重荷になってきた。なあ石川さん、俺たちの仲だ。あなたにだって娘がいる。もし彼女がこんな男に何度も傷つけられたとしたら、あなたは黙っていられるか?」大輝は重い表情で答えた。「分かっている。これまでずっと、哲也が優希を傷つけてきた。今回のことは、いくらなんでもひどすぎる。彼をかばうつもりは毛頭ない」「優希と安人は、綾が命がけで産んでくれた、かけがえのない宝物だ。優希は小さい頃から強くて明るい子だった。ただ、俺たちが過保護に育てすぎたのかもしれない。あまりに素直で
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第1512話

一方、真奈美は病室で、優希の姿を見て一緒に涙を流した。彼女はずっと体調が良くなかったから、大輝は、これまで哲也に関するたくさんのでき事を隠していたのだ。でも今、哲也が他の女のために優希と離婚すると言い出したのだ。真奈美はそれがどうしても納得できなかった。だから、何度も問い詰めて、やっと大輝から本当のことを聞き出したのだ。そして、哲也が心に病を抱えていると知った瞬間、真奈美は声にならないほど泣いた。彼女は、哲也を追い詰めたのは自分だと感じていた。でも、だからといって、妻と子供を捨てるなんて。そんなこと、病気を言い訳にして許されるはずがない。真奈美はひどくショックを受けていた。自分の息子がこんなにも愚かなことをするなんて、とても信じられなかった。でも、それが現実だ。彼女がどれだけ受け入れられなくても、二人が離婚せざるを得ない状況になったことは変わらない。真奈美は、綾と優希にひたすら謝り続けた。綾は娘を慰めないといけないし、体調の優れない真奈美のことも気遣わなくてはならなかったから、一人ではとても手が回らなかった。どうしようもなくなり、綾は大輝に、いったん真奈美を連れて帰ってもらうことにした。それで真奈美は、綾に愛想を尽かされたんだと思い込んでしまい、もっとパニックになってしまった。彼女はずっと体が弱かったから、石川家も新井家も、心配させたくなくて、良い知らせばかりを伝えてきた。それは息子の哲也も同じだった。だから、もう何年も家族のことで心を痛めることがなかったから、突然のこの出来事を、余計受け入れることができなかったのだ。帰りの車の中は、運転手が息をするのもためらうほど、重い空気に包まれていた。後部座席は、更に息が詰まりそうだった。真奈美は顔を覆って泣きじゃくり、大輝がどんなになだめても、まったく聞き入れなかった。「そんなに思いつめるな。突然起きたことだ。哲也には俺からちゃんと話をするから」大輝は真奈美を抱きしめた。「あいつが優希をどれだけ大切に想っていたか、俺たちは知ってるだろ。きっと、何か事情があるはずだ……」「事情だって!」真奈美は大輝を突き放し、彼の胸を叩いた。たまりにたまった感情のすべてを、大輝にぶつけた。「全部あなたのせいよ!哲也はあなたの二の舞になっているだけ!大輝、あなたが昔、あの女のこ
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第1513話

一方、ウェストコートレジデンスは、もともと哲也が結婚当時、新居として用意した家で、離婚協議書には、離婚後は優希のものになると書かれていたが、彼女はもう戻るつもりはなかった。そして二人の子供も、とっくに梨野川の邸宅へと連れて行かれたのだ。ただ、二人のベビーシッターは子供たちにも懐いていたので、優希はそのまま来てもらうことにした。彼女たちの給料は、今まで通り哲也が払ってくれる。それとは別に、哲也は毎月決まって、子供二人の養育費として2000万円を振り込んできていた。それは養育費としては、もちろん多すぎる金額だ。だけど、優希にとっても、碓氷家にとっても、これくらいのお金は大したことがないのだ。ただ、哲也が子供たちの父親であることを考え、二人のために尽くすのは当たり前のことなのだから優希は、哲也の申し出を黙って受け入れた。財産分与については、すべて事前に交わした契約書通りに進められた。二人の財産は結婚前に公正証書を作っていたので、もめることはなかった。そして結婚していた時、哲也が優希のために買ってあげた宝石や不動産、高級車を、彼女は一切受け取らなかった。彼女にとって、別れるなら、すべてをきれいさっぱり清算したかった。……退院前の最後の検査が終わり、医師が書類を用意してくれるのを待つ間、綾は優希の荷物を片付けていた。優希は窓際に立って、ぼんやりと外を眺めていた。その時、見知らぬ番号から電話がかかってきた。優希は、誰からの電話かすぐに察しがついた。彼女は通話ボタンを押した。「優希」スマホから聞こえてきたのは早紀の声だった。「私、新井社長と一緒に海外へ行くことになったの」優希のまつ毛がかすかに震えた。彼女は冷たく言い放つ。「それはおめでとう。あなたの思い通りになったのね」「本当は、私に感謝してほしいくらいよ」早紀はゆっくりと言った。「9年前、あなたは私の言うことを信じなかった。新井社長はあなたにふさわしくないって言ったのに。9年経って、あなたは結婚も、自分の体も、子供たちの将来も賭けたのに、結果はどう?やっぱり彼はあなたを裏切ったじゃない」早紀は少し間を置いて、急に優しい声色になった。「優希、どうして私の親切心が分からないの?彼は、あなたがそこまで身を捧げて愛す価値のある男じゃないのよ」優希は冷ややかに口の端を吊り上
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第1514話

それから家に着き、車が庭に停まり、綾はドアを開けて車を降りると、振り返って優希に手招きしながら言った。「優希、家に着いたわよ」優希は彼女を見つめ、涙ぐんだ。「母さん、哲也が、あの人と海外に行っちゃうの」それを聞いて、綾は息を呑んだ。一方、安人が振り返り、眉をひそめて優希を叱った。「こんな風になってもまだあの男のこと考えているのか!」「母さん、お願い、これが最後だから……」優希は綾を見て、涙をこぼした。「なんだか分からないけど、胸騒ぎがして仕方ないの。何か悪いことが起こる気がするの……」しかし、それを聞いた安人は額に青筋を立てて怒った。「いつになったら恋愛体質が治るんだよ?今さらあいつがどうなろうと、あなたにはもう関係ないだろ!」「お兄ちゃん、本当にこれが最後……」優希は安人を見た。「これで最後にさせて。これで最後にもう一度だけ頑張ってみるから。もし、それでも哲也があの人と行くって言うなら、もう二度と彼のことに口出ししないって誓うから!」「そんなこと言われてあなたを信じるほど、俺だって頭がイカれてないから」「お母さんが一緒に行ってあげるわ」その言葉に、安人は激高した。「母さん!こいつがおかしいのは分かるけど、あなたまでおかしくなったのかよ?」「黙って」綾は安人を睨みつけた。「車を出して」そう言われ安人は唖然とした。クソ、ハンドルを引っこ抜いてやりたい気分だ。一方、優希は涙を拭った。「母さん、お兄ちゃんに送ってもらうだけでいいから。あなたとお父さんは、家で二人の子供のことを見てて」綾は少し考えた。それもそうね。自分みたいな年長者が出ていくと、かえって話しにくくなることもあるだろう。「分かったわ」彼女は頷き、安人に命じた。「安人、ちゃんと運転して。空港に着いたらカッカしないのよ」安人は言った。「俺が今日、暴れたらあなたたちのせいだからな!」綾は彼の腕を軽く叩いた。「何言っちゃってるのよ。ちゃんと運転して、気をつけてね」安人はぶっきらぼうに答えた。「分かってるよ」……こうして安人は嫌々言いながらも、綾の命令には逆らえず、不機嫌な顔でアクセルを踏み、優希を空港まで送り届けた。一方、哲也はプライベート航路を申請していた。安人は空港の敷地内まで直接車を乗り入れると、哲也のプライベートジェットの隣に
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第1515話

哲也は、底知れない黒い瞳で優希を見ていた。その整った顔には、何の感情も浮かんでいない。一方早紀は優希をじっと見つめていた。その表情には緊張と、優希に対するもどかしさが入り混じっているのだった。暫くして哲也の声は、冷たい風に乗って優希の耳にはっきりと届いた。「優希、言うべきことはこの前の病院ではっきり言ったはずだ」彼は言った。「俺たちもう別れたんだ。これでお互い、それぞれの道に進んで行こうよ」そう言われ優希は、まつ毛をかすかに震わせた。一瞬、息が止まったが、彼女は穏やかな表情のまま哲也の顔をじっと見つめていた。彼の答えに、少しも驚いていない様子だった。実は、ここに来る前から心の準備はできていた。追いかけてきたのは、諦めきれなかったからだ。自分自身と、二人の子どもたちのために、最後のけじめをつけたかったのである。哲也の答えを自分の耳で聞いて、優希はようやく吹っ切れたように微笑んだ。「哲也、私はパートナーとして、もう十分にやるべきことはやった。母親としても、できる限りの努力はしたわ。これからは、もうお互い関わることもないわね。もし将来、子どもたちが私を責めても、胸を張って言える。『ママは引き止めたけど、パパが残ろうとしなかったんだ』って」それを聞いて哲也は彼女を見つめ、ゴクリと苦しげに喉を鳴らした。息が詰まるようだったが、哲也はそれでも無表情を装った。優希は視線を移し、今度は早紀の顔を見た。視線がぶつかり、早紀は思わず息をのんだ。「あなたのことは恨まない。人を恨むって、自分の心をすり減らすだけだから。あなたみたいな人のために、そんな無駄なエネルギーは使いたくないの」そう言われ、早紀は眉をひそめ、複雑な表情で優希を見つめた。だけど、優希は早紀の心中などお構いなしに、冷たく言い放った。「あなたに出会ったのは不運だった。でも、悪いことばかりじゃなかったわ。むやみに人に同情すべきじゃないって、あなたに教わったから。それに、哀れな目に遭っているのは必ずしも被害者とは限らない。中には生まれつき悪企みをして被害者の振りをする人間もいるんだって、よく分かったわ」そう言われ、早紀はハッと息をのんだ。彼女は何かを言おうと口を開いたが、優希はとっくに視線を外し、安人の方へ歩き出していた。今度こそ、優希はもう振り返らなか
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第1516話

信号が青になり、安人はブレーキを離してアクセルを軽く踏んだ。前を見たまま、呆れたような口調を隠そうともせずに言った。「その結果、あなたは恋愛体質になっちまったんだよ。優希、あなたは恋愛に向いてない。いっそ金輪際、恋愛なんてやめたら?」優希は言葉に詰まった。「お兄ちゃん、泣くつもりはなかったんだけど……」優希の声がだんだん小さくなる。「でも、これ以上言われたら、ほんとに泣いちゃうからね」安人は絶句した。優希は顔を背けて窓の外を見た。「あなたは恋をしたことがないから、分からないんだよ。頭ではダメだって分かってるのに、気持ちがついていかなくて、わけのわからないことをしちゃう……そんな気持ち、分からないでしょ」そう言われ、安人は一瞬、表情を固くした。そして、唇を引き結んで言った。「女は感情的で、男は理性的だろ。だから俺には、誰かを好きになるあなたの気持ちなんて、一生理解できないだろうな」「そんなことないよ」優希は顔を彼に向けた。「あなたがまだ、自分を見失うくらい誰かを好きになったことがないだけ」その言葉に、安人は軽く眉を上げた。そしてあっけらかんとした様子で言った。「もしかしたら、そんな相手、はじめから存在しないのかもな」「そんな人がいなければ、それはそれで幸せかもね」優希はため息をつき、しみじみと言った。「お父さんと母さんみたいに、たくさんの困難を乗り越えても、離れずにずっと一緒にいられるカップルなんて、滅多にいないもん」安人ははっとした。彼女を横目で見やる。「なんであなたが、彼らのことを知ってるんだ?」「おばさんに聞いたの」優希は指で窓ガラスにハートを描き、真ん中に一本線を入れた。「私、お父さんと母さんの恋物語の大ファンなんだから!」「謎が解けた」安人はくすっと笑った。「あなたのその恋愛体質なところはもしかして彼女の影響なのかも」優希は何も言えなくなった。……そして、車は梨野川の邸宅に入り、庭先で静かに止まった。優希はドアを開けて車を降りると、家の中から、二人の子供の泣き声が聞こえてきた。彼女はどきりとして、慌てて家の中へ入った。リビングでは、誠也が結翔を、綾が日向を抱っこしていた。夫婦そろってあやしているが、子供たちは泣きわめいて父親を求めているようだった。「お父さん、母さん」優希は靴を脱ぐの
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第1517話

哲也たちが去ってから3日間。優希と二人の息子はずっと家にこもりきりだった。その間、双子たちは毎晩のように夜泣きをしていたから、家族みんなで入れ替わりながら起きてあやす毎日が続いたのだった。優希はやっと退院したばかり。でも、2晩続けて子供たちに振り回されたせいで、ろくに眠れず、3日目にはまた微熱が出てしまった。そこで丈が、自ら医師を連れて優希の様子を見に来てくれた。肺の状態は悪くないとのこと。ただ、体が弱っている上に、ストレスが溜まって微熱が出ているのだろうという診断だった。体が弱っているのは療養すれば良くなる。でも、気持ちの問題だけは、優希自身が乗り越えるしかなかった。なのに優希は、「もう大丈夫」としか言わないから、誰も慰めの言葉をかけられずにいた。それから1週間が経つ頃、双子たちの気持ちもようやく落ち着いてきた。梨野川の邸宅と幼稚園の生活にも、少しずつ慣れてきたようだ。息子たちの様子が良くなってきたのを見て、優希の張り詰めていた気持ちもずいぶん和らいだ。仕事にも復帰し、毎日自分で子供たちの送り迎えをするようになった。そして、彼女は以前よりもずっと、二人の息子と過ごす時間を大切にするようになった。そして家族もみんな、優希が子供たちに対して申し訳ないと感じているから、できるだけそばにいてあげたいんだと分かっていた。だから、誰も優希と送り迎えを代わろうとはしなかった。こうして、日常はまた平穏を取り戻したように見えた。そして、哲也のことは、碓氷家ではタブーになったみたいだった。あの日から、誰も彼の名前を口にしなくなった。幼い子供たちでさえ、「パパはまだ帰ってこないの?」と聞かなくなった。多分彼らは幼いながらも、なんとなく状況を察していたのかもしれない。パパがずっとママに電話してこないことも。ママと一緒に、おじいちゃんとおばあちゃんのお家に引っ越したことも。ママが夜中にこっそり泣いていることも。そして、ママを泣かせているのがパパだってことも、彼らは知っていた。だから、もう「パパはどこ?」って聞くのはやめたんだ。パパは本当に翼が生えて、どこかへ飛んでいってしまったみたいだった。パパはどこへ飛んでいったの?それは、分からない。聞いちゃいけないことなんだ。だから、パパは思い出となり、二人の
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第1518話

「いらないなら、もういい!」日向はむきになって言った。「ママをこっそり泣かせるような悪いパパなんて、僕だっていらないもん!」すると、安人はハンドルを握る手にぐっと力を込めた。二人の甥の会話を聞いて、彼の胸の内も複雑だった。本当は、哲也への一番の仕返しは、二人の子供たちに彼を父親だと認めさせず、憎ませることだ。でも、子供に罪はない。まだ幼い彼らを、大人のいざこざに巻き込むべきじゃない。子どもは大人の言動によって認識が変わってしまうものだし、大人がそうだと言えば、彼らの考えもそれで左右されてしまうものだから。子供がすくすくと育つには、穏やかで明るい環境が必要だ。そう思って安人は唇を結んで深く息を吸い込んで、二人に語りかけた。「君たちのパパとママは、もちろんお互いが大好きで結婚したんだ。だから君たちが生まれた。君たちは、二人が心から望んだ愛の証であり、最高の宝物なんだよ」4歳の子どもには、安人の言葉のすべてを理解することはできなかった。でも、安人の言う「パパとママは好き合ってる」ということだけは、なんとなく分かったようだ。すると、日向は、分かったような分からないような顔で尋ねた。「もしパパがママを好きなら、どうしてママを泣かせるの?」「ママが泣いていたのは、君たちと同じで、遠くにいるパパに会えなくて寂しかったからかもしれない」安人は少し間を置いて、子供にも分かるように例えた。「君たちだって、パパやママに会いたくて泣いちゃう時があるだろ?それと同じだよ。わかるかい?」そう言われ、日向ははっとした顔で言った。「そっか、ママが泣いてたのはパパに会いたいからで、嫌いだからじゃないんだね。パパは僕たちを捨てたんじゃないんだよね?」それには安人も唇を結んだまま、こくりと頷くしかなかった。片や、日向は途端に嬉しくなって、手を叩いて言った。「やったあ!じゃあ、おうちに帰ったらすぐにママに電話してもらって、パパに教えてあげるんだ!ママが会いたくてこっそり泣いてたよって!」「だめだ」安人は慌てて言った。「日向くん、よく聞くんだ。しばらくは、ママの前でパパの話をしちゃいけない」すると、日向は手を叩くのをやめた。「どうして?」安人は少し苛立ちながらも、なんとか子供を丸め込もうと言い訳を考えた。「パパはまだしばらく外国にいなき
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第1519話

この口に出さない慰めは、かえって真奈美をいたたまれない気持ちにさせた。自分の息子がとんでもないことをしでかしたのに、母親である自分は何もできない。それなのに、孫に会いにきて、一番つらいはずの綾に慰められるなんて。自分はなんてダメな母親なのだろう。一方、安人はそばにあった一人掛けのソファに座ると、二人の顔を見て、とりあえず行儀よく挨拶をした。「おじさん、おばさん」大輝は結翔を抱きながら、安人に頷いてみせた。「今日は優希に急用が入って、あなたが二人の子供を迎えに行ったんだってね」真奈美は安人を見て言った。「大変だったわね」「おばさん、そんな他人行儀なこと言わないで。俺はあの子たちの叔父なんだから、面倒を見るのは当たり前だよ」それを聞くと、真奈美はうなずくことしかできなかった。「そうね、そうだけど……でも、哲也があんなことさえしなければ……とにかく、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで、本当はあなたたちに合わせる顔もないの。でも、どうしても孫たちのことが気になって、厚かましくもお邪魔してしまったの」その言葉に、安人はどう返事をすればいいか分からず、綾の顔を見ることしかできなかった。綾と真奈美には20年来の付き合いがある。こんなことで縁が切れるほど、浅い関係ではなかった。以前、誠也が付き合いを減らすと言ったのは、ただの腹いせだ。20年来の付き合いなのだから、親戚ではなくなっても、友達として会うことはできるはずだ。「子供たちにご縁がなかっただけよ。そんなに気に病まないで」見かねて綾は言った。「親戚じゃなくなっても、私たちは昔からの友達じゃない?」その言葉を聞いて、真奈美はもうこらえきれず、顔を覆って泣き出した。すると大輝は険しい顔で、結翔を安人に預けると、誠也に向き直った。「あなたと二人で話したいことがある」誠也はそれを聞くと、静かにうなずき、立ち上がった。「2階の書斎で話そう」……2階の書斎。ドアは固く閉ざされていた。誠也は大輝を見つめた。「わざわざ俺を呼び出したってことは、哲也のことで何か分かったのか?」その言葉に、大輝は力が抜けたように笑った。「あなたは相変わらずすべてお見通しだな」誠也はフンと鼻を鳴らし、書斎の机の前に座ると、身をかがめて引き出しを開けた。中には、小さな金庫が入っていた。
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第1520話

そして、かかりつけの医師が帰った後、賢はスマホを取り出して、ある番号に電話をかけた。「もう、長くないみたいです」「こっちも進展はない」電話の向こうの男の声は力なく響いた。「彼が君に言った通りにしろ」「はい」賢はそう返事をして、電話を切った。彼は寝室に目をやり、重いため息をついてドアを閉めた。振り返って階下へ向かおうとした時、外から車の音が聞こえてきた。賢が反応するより早く、ボディーガードが慌てて駆け上がってきた。「山口さん、奥、奥様が来ました!」賢はひどく驚いた。「誰だって?!」ボディーガードは汗だくで言った。「奥様です。連れている人たちがかなりの腕利きで、うちの者では止められそうにありません……」そう言い終わらないうちに、階下から騒がしい物音が響いてきた。賢は眉をひそめ、急いで階下へ向かった――すると数人のボディーガードがすでに倒されており、Kと香凜が手を叩いていた。そして香凜は音々を見た。「音々さん、何年も本気でやってなかったから、力の加減を間違えちゃった。うっかり腕を脱臼させちゃったみたい!」音々は優希の隣に立っていた。黒のスタイリッシュなセットアップに身を包み、相変わらず凛とした美しい姿だった。そして香凜の言葉を聞いて、彼女は振り返って優希に言った。「元夫の部下も、まあ身内みたいなものでしょ?」一方優希は音々のそういう冗談には慣れていたから、彼女は何も言わず、ただ、床に転がるボディーガードたちを一瞥すると、すぐに階段から降りてきたばかりの賢に視線を向けた。優希の視線を受けた賢は、途端に汗が滝のように流れ出た。彼は慌てて頭を下げ、恭しく言った。「奥様」それに比べて優希は至って平然としていた。「あなたが案内する?それとも、私が自分で会いに行く?」そう言われ、賢は少し躊躇した。だが、彼が反応する前に、優希はもう2階へと向かっていた。「奥様、いけません……」賢は止めようとしたが、音々が素早く前に出て、彼の行く手を阻んだ。そして、優希は脇目もふらず、賢の前をまっすぐ通り過ぎて階段を上っていった。すると賢は、一瞬にして気が抜けたようになった。もういいか。こうなっては、自分一人で無理に止めても無駄だ。賢が観念したのを見て、音々は言った。「さあ、上へ」賢はうなずくと、踵を返し
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