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碓氷先生、奥様はもう戻らないと のすべてのチャプター: チャプター 1661 - チャプター 1670

1772 チャプター

第1661話

悠翔はうつむいた。確かに、安人の言う通りだ。彼は、どうしても芸能人になりたいわけじゃない。それに芸能人って、結構面倒くさいのだ。外に出るだけで完全防備しなきゃいけないし、自由なんてまったくないから。今まで頑張ってこれたのは、すべて桜のためだった。でも今、桜は安人と付き合っている。だから彼も一瞬にして目標を失ったようだ。なにより、安人が遊びで付き合うような男ではないことを悠翔自身が一番分かっているのだ。彼が桜を選んだからには、きっと結婚まで考えているのだろう。百歩譲って、もし将来、安人と桜が別れたとしても……二人がかつて恋人だったという事実がある以上、悠翔は自分と桜が付き合うことはないだろうと思った。胸の奥が少しチクリと痛んだけど、思ったほど辛くはなかった。もしかして優希が言ったように、桜への執着や好きっていう気持ちは、ただのファン心理だったのだろうか。結局、悠翔は安人の条件をのむことにした。去り際に、安人は念を押した。「桜には余計なことを言うなよ。優希と俺の母さんにはもう会わせたけど、あいつはまだ二人が俺の家族だって知らないんだ。母さんが輝星エンターテイメントの会長だってことも、絶対に口を滑らせるな」悠翔は納得がいかない。「なんで隠すんだよ?あなたたち、桜のことが嫌いなわけじゃないだろ!」その言葉を聞いて、安人は軽く笑った。「だから優希にお子ちゃまだって言われるんだ。お前には何も分かってない」悠翔は言葉を失った。お前は腹黒いから、さぞかしわかっているだろ!……それから安人は悠翔の部屋を出ると、桜の部屋へと向かった。エレベーターの前を通りかかったとき、ちょうどドアが開いた。エレベーターから咲希が出てきた。その後ろには、大きなスーツケースを二つも引くアシスタントがいた。悠翔や桜の完全防備な姿と比べて、咲希の格好はいつも派手で目立つものだった。整形をした顔には完璧なメイクが施されている。全身ブランド品で固め、ピンヒールを履いている姿は、いかにも勝ち気な雰囲気だった。こうして二人は廊下で鉢合わせた。安人は足を止め、レディーファーストの精神で咲希とアシスタントを先に通そうとした。おそらく、咲希はこんなに背の高い男性に会ったことがなかったのだろう。彼女は思わず顔を上げて安人を見つめた。そ
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第1662話

「はい。碓氷さんは、私の父をご存知なのですか?」「一度だけお会いしたことがあります」安人は咲希を見つめた。その目は冷たく、底知れなかった。もし今の咲希に冷静さがあれば、安人がかすかに眉をひそめていることに気づいただろう。でも、彼女は明らかに興奮していて、すっかり舞い上がっていた。「碓氷さん、せっかくこんなご縁があったんですから、連絡先を交換しませんか?」「すみません。それは俺の彼女が嫌がりますので」安人は冷たい顔でそう言うと、咲希を通り過ぎてまっすぐ前に進んだ。咲希は振り返って、安人の背中をじっと目で追った。安人はもちろん、そのまま桜の部屋へは戻らなかった。咲希と桜は、以前昴の会社で大喧嘩したことがある。しかも二人は腹違いの姉妹だ。だから、二人の間に縺れがあることくらい、安人も詳しく調べなくても大体は察しがついていた。彼自身は桜との関係が知られても構わない。でも、今の彼女が熱愛報道をされるのはまずいだろうと思った。特に、彼のような実業家とのスキャンダルは絶対に避けなければならないのだ。それに、咲希に桜との関係を知られたら、彼女は逆上して何をしでかすか分からないから。安人にとって咲希一人を始末するのは簡単だ。しかし、そんなことで桜の公演に影響を与えたくなかった。安人はそのまままっすぐ進み、角を曲がった。咲希は安人の後ろ姿が角に消えるのを見届けると、ようやく視線を外し、自分の部屋へ向かって歩き出した。一方、咲希がカードキーで部屋に入るのを待ってから、安人は角から姿を現した。そしてスマホを取り出すと、新太に電話をかけた。「咲希のこれまでの経歴を調べろ。できるだけ詳しくだ」……片や、咲希は部屋に入るやいなや、すぐにスマホを取り出し、父の彰人に電話をかけた。「パパ、今さっき誰に会ったと思う?」「誰だね?」と彰人は尋ねた。「碓氷さんよ、安人さん!」電話の向こうで、彰人の声が途端に弾んだ。「どこで彼に会えたんだ?」「今日から公演のリハーサル合宿じゃない?ホテルに着いたら、偶然ばったり会ったのよ。パパ、彼、テレビで見るよりずっと格好良かった!それにね、パパのこと知ってたのよ。私のこと、あなたの娘なのかって聞かれたの!」「本当か?」彰人の声には、たちまち誇らしげな響きが混じった。「どうやら碓氷
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第1663話

「男の人が好きですって!?そんなの、ありえるわけないじゃない!信じられない!」「俺も、さすがにそれはないと思うがな。そうだ、咲希、アタックするなら近くに住むのが一番だろ。碓氷さんがウェストコートレジデンスに住んでいるのは知っている。ちょうどあそこに、昔ある社長が借金の肩代わりに譲ってもらった物件があるんだ。お前はそこへ引っ越すといい。碓氷さんは8号棟に住んでて、俺の持っている物件は9号棟だからご近所さんだ。そこに住んでいれば、偶然の出会いも演出しやすいだろう?彼がお前のことを気に入ってるなら、ご近所さんっていう偶然が重なると、よけい運命だって感じるんじゃないか?」咲希はその提案に、胸をときめかせた。「ええ、でもパパ、その家ってすぐに住めるの?」「ああ、すぐに住めるようになっている。もともとは、その社長が愛人を囲うための家だったらしいんだ。だが、会社が倒産して、どうにもならなくなってな。それで、借金の肩代わりに譲ってもらったんだ。だから内装はかなり豪華だぞ。お前がお嫁に行くときの、お嫁入り道具にでもしようと思ってたんだ。それが今、少し早いタイミングで渡すだけだから」咲希は父親のその言葉に、少しだけ心が温かくなった。「でも、そのお嫁入り道具って、私のために用意してくれたものなの?それとも、桜のためでもあるわけ?」「桜だと?そんなわけないだろ。あいつにそんな価値などない。咲希、パパは若い頃、京子にハメられて過ちを犯した。でも、その後すぐあいつらを追い出しただろう?今も京子の面倒を見ているのは、あいつが外で騒ぎを起こさないようにするためだ。そうなったら、家族の恥を晒されてしまうからな。お前はもう有名人なんだ。もしあいつが昔のことを全部ぶちまけたら、お前とお母さんが傷つくことになる。パパはお前たちを守りたいんだよ」咲希は黙って聞いていた。こんな言い訳を、彰人はもう何度も繰り返していた。信用なんてできるはずがない。男なんてみんなそんなものだ。特に、女癖の悪い男は絶対に信用しちゃいけない。それでも、咲希は彰人の本性を暴こうとはしなかった。彰人が前田グループの社長であるうちは、まだ利用価値がある。だから、咲希はこれからもいい娘を演じ続けるつもりだ。「そういえば桜は、最近すっかり見かけなくなったわね。芸能界を引退して田舎
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第1664話

電話を切ると、咲希はスマホをテーブルに放り投げた。ソファから立ち上がって部屋を見回し、まあ悪くない、と納得したように頷いた。そして、咲希は振り返り、寝室で片付けをしていたアシスタントに向かって叫んだ。「アイスコーヒーが飲みたい。今すぐ買ってきて!」アシスタントは慌てて寝室から出てきた。「はい、咲希さん。すぐ下のカフェで買ってきましょうか?」「ダメよ」咲希は大きな窓の前に立ち、向かいを指さした。「通りの向かいにあるあのお店。あそこのコーヒーじゃなきゃ嫌だから。10分以内に戻ってきなさいよ」「はい、すぐに買ってきます!」アシスタントは何度も頷くと、スマホを手に慌てて部屋を出ていった。向かいのカフェは、ホテルから歩いて200メートル近くある。注文して作ってもらう時間もあるから、10分で往復するのは絶対に間に合わない。それでも、アシスタントは口答えなどできなかった。咲希が「10分」と口にした時点で、きっと今日もまた怒られるのだと覚悟していたのだ。咲希は、実家でお嬢様としてわがまま放題に育った。だけど、芸能界では「みんなの優しいお姉さん」というキャラを演じる必要があり、そのせいで相当なストレスを溜めていた。それで、アシスタントに当たり散らすのは、咲希にとって日々のストレスを発散するための、ささやかな楽しみに過ぎないのだ。彼女がこの業界に入って3年。アシスタントはもう何人も代わっていた。咲希の性格を知っているマネージャーも、わざと反抗できないような子を選んでくるのだ。どの子も裕福でない家庭出身で、社会に出たばかりの若い子ばかりだ。そして事前に秘密保持契約を結ばされていたせいで、アシスタントたちは咲希が飽きて代えろと騒ぐか、体に異常をきたすまで、耐え続けるしかないのだ。これには、マネージャーも頭を悩ませていた。今回、事務所が咲希に劇団での稽古をさせたのも、彼女のイメージ戦略の一環だった。それは事務所がようやく掴んだチャンスだった。咲希は一週間だけ劇団の稽古に参加すればいい。あとは全国公演で、形だけ1、2回舞台に立つだけで、事務所はそれを利用して、「多才な咲希」というイメージを大々的に打ち出す計画なのだ。なにせ近年、伝統文化への関心が高まっているから。これは多くの芸能人にとって、イメージアップに利用できる新しいチャンスだ。事務
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第1665話

それから、寧々はコーヒーを受け取って、窓際の席に座った。彼女は時間をつぶすために、外に出てきたのだ。まだ安人がいるのに、お邪魔虫な自分が長居するのは気まずいと思ったから。それで、カプチーノ一杯で、寧々は二時間近くも過ごした。時間を確認すると、そろそろ安人も帰った頃だろうと思った。彼女は立ち上がると、上着のジッパーを上げてポケットに両手を入れ、ぶらぶらとホテルに向かって歩き出した。……そして、エレベーターを降り、部屋に向かおうとしたその時、寧々は見覚えのある姿を目にした。あれは確かさっきカフェにいた、あの女の子?寧々がしばらく立ち止まって様子を伺っていると、女の子は地面にうずくまって頭をうなだれ、肩をかすかに震わせているのが見えた。どうやら泣いているようだ。そう思って、寧々は親切心から見て見ぬふりはできなかった。彼女は女の子の前に歩み寄り、ゆっくりとしゃがみこんだ。「あ、あの……大丈夫ですか?」女の子はびくっとして、慌てて手で涙をぬぐった。「わ、私は大丈夫です」「泣いてるのに大丈夫なわけないでしょ?」寧々は顔を上げて周りを見回し、再び女の子に視線を戻した。「雇い主に追い出されたの?」女の子は何も言わず、ただ静かにうなずいた。このフロアに泊まっているのは、お金持ちか、桜のような芸能人ばかりだ。寧々はため息をつき、カバンからティッシュを取り出した。「これで拭いて」女の子は寧々からティッシュを受け取り、小さな声で「ありがとうございます」と言った。寧々も彼女に何かしてあげられるわけではない。相手がお金持ちだろうと芸能人だろうと、自分にできることは何もないのだ。だから、女の子を少し慰めてから、寧々は立ち上がって自分たちの部屋へと向かった。……そして、寧々がドアをノックすると、すぐに開いた。中を覗き込みながら、寧々は声をひそめて言った。「碓氷さん、もう帰った?」桜は呆れたように笑った。「帰ったわよ。あの人だって忙しいんだから」すると、寧々は部屋に入ってドアを閉めるなり、桜に噂話をし始めた。「さっきカフェで、雇い主から頼まれてコーヒーを買いに来た女の子がいたの。割り込ませてほしいって言われて、すごく急いでたから譲ってあげたんだけどね。そしたら、どうなったと思う?たった今、廊下でそ
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第1666話

寧々は動画を保存すると、スマホをポケットに戻し、急いでその楽屋へと走った。そして、楽屋のドアを開けると──床には血だまりができていた。中で倒れている女の子は頭から血が流れていた。しかし、寧々が駆け込もうとしたその時、突然数人のスタッフが走ってきた。「どいてください、どいて!」すると、寧々は脇に追いやられ、スタッフたちがアシスタントの女の子を抱きかかえ、そのまま通用口へと走っていくのを見ているしかなかった。そして、床は真っ赤な血で濡れていた。寧々はその光景に恐怖で体がすくみ、壁に背をつけたまま、足元から這い上がるような寒気に襲われた。続いて、周りにはいつの間にか野次馬が集まり始めていた。そんなひそひそ話し声の中から、たった今、頭から血を流して運ばれていったのは、咲希のアシスタント、広瀬小春(ひろせこはる)という子だとわかった。そこへ、咲希が遠くから戸惑ったような顔で走ってきた。彼女は何も知らない様子で、周りのざわめきを聞くと、至って純真無垢な表情で尋ねた。「私のアシスタントを見ませんでしたか?今日、黒いジャケットを着てて、ショートカットの、痩せた女の子なんですけど」スタッフの一人が言った。「さっき、誰かに担架で運ばれていくのを見ました。怪我をされたみたいで、血がたくさん流れてましたよ!」「怪我!?」咲希は驚きの声をあげ、心配そうに口元を覆った。「楽屋に忘れ物を取りに行ってもらっただけなのに……一体どうして?」すると、周囲の人々は一斉に首を横に振った。「さあ、私たちも物音を聞いて駆けつけただけなので……でも、見た感じ、かなり酷い怪我でしたよ」「そんな、小春ちゃん」咲希はよろめき、ふらふらとした足取りでドアの外へと走っていった──一方、隅に立っていた寧々は、咲希の見事な演技を見て、背筋が凍るのを感じた。やっぱり咲希は怖すぎる!明らかに、彼女がやったことなのに……あの女の子は、大丈夫なんだろうか?その時、桜から電話がかかってきた。寧々ははっと我に返ると、電話に出て給湯室へ向かった。「桜、すぐ戻るから」それを聞いて、人混みの中、咲希は立ち止まり、寧々の後ろ姿を冷たい視線で見つめていた。……それから寧々は水を持って、まっすぐ稽古場に戻った。今は休憩時間だ。寧々は桜に水筒を
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第1667話

午後5時半、レッスンが終わった。桜は由美子に呼び止められ、一人だけ残ることになった。この時、広い稽古場に、今は彼女ら二人きりだった。寧々は稽古場の外で待っていたけど、どこか上の空だった。さっきのアシスタントが大怪我をした光景が、頭から離れないのだ。警察に通報すべきだろうか?でも、通報したら桜に迷惑がかかるかもしれない。寧々は思い悩んで、思わず頭をかきむしった。私って本当に馬鹿。こんな時、どうすればいいか全然わからないんだから!……稽古場の中。由美子は桜を見つめて言った。「すごく上達したわね。才能もあるし、あなたはとても努力家ね」桜は驚き、舞い上がってしまった。この劇団のレッスンに参加してから、先生に一対一で褒めてもらえたのはこれが初めてだったからだ。彼女は嬉しそうに深々とお辞儀をした。「先生が熱心に教えてくださったおかげです。これからも頑張ります!」由美子はその素直な反応を見て、少しだけ口角を上げた。本当に子供みたいに素直な子。綾がこの子を気に入るのもわかるわ、と心の中で思った。そして、由美子は続けて言った。「来月6日から全国巡演が始まるわ。今のあなたの調子はとても良い。でも、巡演本番と普段の練習とでは大違いよ。巡演先の劇場はそれぞれ設備が違うし、役者は色々なアクシデントに直面することもある。そんな時、主役の一人であるあなたは、とっさの判断で対応できる力が必要になるの」桜は真剣な表情で話を聞き、力強くうなずいた。「先生、ご心配なく。万全の準備で臨みます」「あなたは初舞台だから、いくら努力しても、気をつけていても避けられないトラブルがあるものよ。初めてなんだから、失敗するのは当たり前。今日はその心構えを話しておこうと思って」由美子の声が、だだっ広い稽古場に響き渡った。「舞台役者と、あなたたち映像の役者との一番の違いは、舞台にNGはないってこと。一度ミスをしたら、それで終わるの。お客さんは常に舞台と役に注目しているわ。だから桜、失敗自体は怖くないの。大事なのは、失敗した時にすぐに挽回できるかどうかよ。そのために毎日同じ動き、同じセリフ、同じ目線を何度も何度も練習するの。そうすれば、いざ失敗しても落ち着いて、体が覚えた動きでとっさにカバーできるようになる。これが、舞台役者に必要な最低限のス
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第1668話

桜はこくりと頷いた。「うん、わかった!」……そして、夜の帳が下りる頃。劇場を出ると、桜と寧々は道端で車を待っていた。一方、桜は帽子とマスクをつけ、指でスマホの画面をタップしているのだった。今日も一日頑張る桜【レッスン終わったよ。もう北城に着いた?】安人からの返信は早かった。U・Y:【今、飛行機を降りて家に帰る途中だ。今日のレッスンはどうだった?】今日も一日頑張る桜【先生に褒められたんだ】U・Y:【それはよかった。お前の努力が認められたってことだな】桜はその言葉を見て、嬉しい気持ちでいっぱいになった。でも、彼の真面目すぎる口調には、思わず苦笑いが漏れる。その口調はまるで、親が子供をあやしているみたいだった。今日も一日頑張る桜【家に着いたら、まずトラちゃんの様子を見てきてくれない?写真も二枚撮って送ってほしいな】U・Y:【先に実家に寄らないといけないんだ。マンションに戻るのは少し遅くなるかもしれない】今日も一日頑張る桜【大丈夫、私もそんなに早く寝ないから。でも、もし帰りがすごく遅くなるなら、トラちゃんのことは気にしないで。あなた自身が疲れないほうが大事だから】U・Y:【わかった。そっちはもうホテルに着いたのか?】桜が返信しようとした、その時。予約していた配車が到着した。「もう、ラインはいいから。早く乗って」と、寧々が彼女を引っ張った。桜が身をかがめて車に乗り込むと、寧々も反対側のドアから乗り込んだ。ドアが閉まり、車はホテルに向かって走り出した。ホテルまでは、ほんの一本道を挟んだだけで、歩いても五分ほどの距離だ。それでも、桜の知名度からして、そのまま出歩くのはリスクが高いと考えたから。ホテルに到着すると、寧々は桜を引っぱってエレベーターに乗り込んだ。午後ずっと秘密を抱えていた彼女は、もう我慢の限界だった。今すぐにでも部屋に戻って、桜に洗いざらい話したくてたまらない。やがて、エレベーターが最上階に到着した。両開きのドアが開くと、寧々は桜の手を引いてエレベーターから飛び出した。スマホを手に持って文字を打とうとしていた桜は、急に引っ張られたせいでスマホを落としてしまった。幸い、廊下には厚いカーペットが敷かれていた。でなければ、今ので画面は粉々になっていただろう。「もう、何
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第1669話

そして、部屋のドアが閉まった。桜は数歩でソファに駆け寄り、寝転がった。寧々はドアのところに立ったまま、どこか上の空だった。なぜだか分からないけど、彼女は胸騒ぎが止まらなかった。桜は安人に返信してからスマホを置いた。ふと顔を上げると、寧々がまだドアのところでぼんやり立っていることに気づいた。「寧々、どうしたの?」寧々は我に返ると、桜を見上げて気まずそうに笑った。「ううん、なんでもない。ちょっと考え事をしてただけだよ」桜は彼女の腕を揺らした。「さっき、すごい秘密を教えるからって、急いで私を引っ張ってきたじゃない」だが、寧々は唇を引き結んだ。本当は桜に話すつもりだった。でも、さっきの咲希の様子は、まるでわざとそこで待っていたかのようだった。あの、薄気味悪い笑みを浮かべている目は、どういう意味だったんだろう。もしかして、自分が盗み撮りしたことが、咲希にバレたのかな?「私」寧々がためらっていると、その時、スマホに見知らぬ番号から電話がかかってきた。その番号を見た瞬間、寧々はすぐにこれは咲希に関係しているのだと直感的に思った。彼女は眉をひそめて言った。「お腹が痛いから、ちょっとトイレに行ってくる!」慌ててトイレに駆け込む寧々の背中を見ながら、桜は呆れて首を振った。一方、寧々はトイレに入ると、ドアを閉めて電話に出た。「もしもし、どちら様ですか?」「小林さん。俺が誰かなんてどうでもいいことです」電話から聞こえてきたのは、知らない男の声だった。冷たく響くその声は、おそらく加工されたものだろう。寧々は神経を張り詰めさせながら聞いた。「何が言いたいんですか?」「忠告があって電話した。今日お前が見たものは、誰にも言うな。もし誰かに、特に桜に話してみろ。そうなったら、俺たちがお前の家族に何かをしても悪く思うなよ」俺たち?それじゃ、相手はもしかして、咲希の事務所の人たち?「一体誰なの?」寧々は声を潜め、必死に平静を装った。「訳の分からないこと言わないで。脅すなら、もっとはっきり言ったらどうなの!」「お前は分かっているはずだ」相手の口調は氷のように冷たかった。「ただの脅しだと思うなよ。もし喋ったら、必ずお前にひどい目に遭わせてやる」そう言うと、相手は一方的に電話を切った。寧々はスマホを握りしめ
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第1670話

「うん!」寧々はアプリを立ち上げて、言った。「私が注文するね」……食事中、桜は寧々を見ながら尋ねた。「そういえば、咲希さんのアシスタント、どうなったの?」「え?」寧々は、この話題に少し動揺した様子で、「わ、私、知らないけど?」桜はその反応をうかがいながら言った。「あなたもあの時、あそこにいたじゃない。噂好きのあなたが、様子を見に行かないなんてことある?」そう言われ、寧々は気まずそうに笑って言った。「給湯室から出たら、人だかりができてたの。床に血の跡も見えたけど、そのすぐ後にあなたから電話がかかってきたから、私は稽古場に戻ったのよ」桜はお漬物をつまんで口に入れると、うどんを一口すすった。そして、口の中のものを飲み込むと、彼女は箸をくわえながらつぶやいた。「でも、咲希さんのアシスタントって、しょっちゅう代わってる気がしない?今回の子も怪我したし、これですぐクビになるんでしょうね?」「そ、そうかもね?」寧々は不自然な表情を浮かべた。「さっき、彼女のことは気にするなって言ったのに、あなただってもう噂してるじゃない!」「彼女のことは気にしてないよ。でも、噂話は別でしょ!」桜はフンと鼻を鳴らした。「どうせ、向こうだって私の悪口をさんざん言ってるに決まってるんだから!」「咲希さんはなんたって、前田家のお嬢様なんだから。それに、彼女の事務所の社長も、ただ者じゃないって噂だし。とにかく、これからは彼女を見かけたら避けるようにしましょ。あなたも、もう彼女と正面から対立するのはやめて。この前だって、人が大勢いたから彼女も本気を出さなかっただけ。じゃなかったら、あなたじゃ絶対に敵わなかったわよ!」「なんでそんなことわかるのよ!この前だって、みんなに止められなかったら、絶対に私が勝ってたんだから!」桜は納得いかず、眉をひそめて彼女を睨みつけた。「寧々!あなた、いったいどっちの味方なのよ?!」寧々は両手を挙げて降参のポーズをとり、ため息をついた。「あなたの味方に決まってるじゃない。友達だからこそ、喧嘩はやめなって言ってるの。怪我でもしたら大変でしょ。あなたのことを心配してるのよ!」「ふん、わかってるわよ!」桜はまたお漬物をつまんだ。「はぁ、安人に会いたいな……まだ一日しか経ってないのに、もう一年も会ってないみたい」寧々は一瞬黙ったあと
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