All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 811 - Chapter 820

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第811話

「お母さんの苦労は分かってる」哲也は言った。「だから、お母さん一人で出かけるのが嫌なんじゃなくて、彼女が一人でちゃんとやれるのかが心配なんだ」「大丈夫よ。それに、あなたのお父さんも一緒に行ってるでしょ?きっとすぐに戻ってくるわよ」哲也は唇を噛み締め、少し迷った後、言った。「お父さんがどうしてあんなにお母さんを嫌っているのかが分からないの」「ごめんね、それは私もよく分からないの。でも、きっと何か誤解があるんだと思う」綾は優しく言った。「それは大人同士の問題だから、彼ら自身で解決するしかないと思うの。でも、結果的にどんなことになろうとも、二人があなたを愛する気持ちは変わらないわよ」......3日後、大輝から連絡が来た。真奈美が見つけたそうだ。電話で大輝は多くを語らず、何日後かには真奈美を連れて帰ると言った。哲也は真奈美に会いたがった。大輝は写真を送ってきた。ホテルの大きなベッドで、真奈美は穏やかな寝顔を見せていた。哲也は尋ねた。「お母さんは病気なの?」大輝は咳払いをした。「いや、少し高山病になったみたいだ。二三日ほど様子を見てから連れて帰る」それを聞いて、哲也は深く考えなかった。一方、誠也と綾は顔を見合わせた。大人同士、大輝の咳払いは明らかに動揺を隠しているように聞こえた。どうやら、この3日間で二人の間に何か進展があったらしい。......5日後。大輝と真奈美はZ市から戻ってきた。二人は梨野川の別荘に直行した。今日は土曜日で、子供たちは学校が休みだった。梨野川の別荘は賑やかだった。綾は二人に夕食を勧めた。真奈美はずいぶん痩せて、長い髪を自然に肩に垂らし、ゆったりとした麻のワンピースを着て、大輝のジャケットを羽織っていた。まだ体調は完全には回復しておらず、顔色は青白かった。綾は心配そうに栄養のあるものを真奈美に飲ませようと雲に作るように頼んだ。夕食後、父親である誠也と大輝は、3人の子供たちを連れて裏庭で遊んだ。綾は真奈美を2階の仕事部屋に連れて行った。誰もいない場所で、綾は真奈美の首筋のキスマークに視線を向け、「石川さんと付き合うようになったんですか?」と尋ねた。真奈美は隠そうとしなかった。彼女は軽く返事した。「彼は哲也のために、とりあえず一緒に暮
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第812話

夕食後、大輝と真奈美は哲也を連れて帰っていった。玄関先で、綾と誠也は車が遠ざかるのを見送っていた。夜のとばりが辺りを包み込んでいた。綾はため息をついた。誠也は綾の細い腰に腕を回し、頭を下げて彼女の髪に優しくキスをした。「どうしたんだ?」「石川さんは、今夜何か話してた?」「いや、別に。俺たちはそんなに親しくないからな」誠也は低い声で言った。「それに、彼は前にお前を奪おうとしてたろ。俺は根に持つタイプなんだ」綾は彼をちらりと見て、「幼稚なんだから」と呟いた。誠也は軽く笑い、「もう9時だ。そろそろ子供たちを寝かしつけに上がろうか?」と言った。綾は頷いた。二人は一緒に家の中に入った。......子供部屋では、男性の低く魅惑な声が響いた。読み聞かせを終わらせると、誠也は絵本を閉じ、傍らを見た。そこで大人1人と子供2人、全員そろって寝てしまっていた。彼は絵本をテーブルに置き、反対側に回って、眠っている綾を抱き上げた。すると綾は目を覚まし、とっさに誠也の首に腕を回した。誠也は綾の唇に軽くキスをして、「部屋に戻ろう」と言った。......ドアが閉まり、綾の背中がドアに押し付けられた。誠也が近づき、唇を重ねた。綾は少し顔を上げ、細い腕で誠也の首に抱きつき、彼のキスを受け入れた。互いの吐息が混ざり合うほどの激しいキスだった。綾は数日間、準備万端だったのだが、誠也の方はなぜか乗り気ではなかった。熱いキスが終わると、綾は足が震え、息が荒くなった。盛り上がってきたところで急にブレーキをかけられ、綾は唇を噛みしめ、深く息を吸い込んだ。誠也も辛いのは同じだった。綾は彼の切ない気持ちを感じ取っていた。しかし、彼は少し後ろに下がり、唇を噛みしめながら深く息を吸い込んで、掠れた声で、必死に感情を抑えながら言った。「風呂を沸かしてくる」まただ。綾は潤んだ目で彼を見つめた。しかし男は、急に興ざめしたように、浴室へ入っていった。すぐに、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。誠也がわざと避けているのは明らかだった。綾は浴室のドア枠に寄りかかり、浴槽の前にしゃがんでいる誠也を見ていた。誠也は浴槽にアロマオイルを数滴垂らしていた。そして彼が立ち上がると、綾と目が合った。視線が交
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第813話

綾は首を揉みながら目を閉じた。......一方で、誠也は3階のゲストルームへ冷水シャワーを浴びに行った。冷水が頭から流れ落ち、俯く男の暗い瞳には、何かを堪えているような光があった。10分間も浴び続けて、ようやく沸き立つ欲情が冷めてきた。彼が2階の寝室に戻ると、ちょうど綾も浴室から出てきたところだった。湯上りの綾は、白いシルクのキャミソールワンピースを着ていて、明かりに照らされて滑らかな白い肌は玉のように輝き、その美しい姿は誠也の目を奪った。当初、移植後に出た軽度の皮膚の拒絶反応は、すべて消えていた。綾は元の白い肌に戻っていたのだ。透き通るように白い。綾は彼を見て、そして尋ねた。「また冷水シャワー浴びたの?」誠也は咳払いをして言った。「暑いから、冷水の方が気持ちいいんだ」「誠也」綾は近づき、彼の胸を指でつついた。「嘘ついてる」誠也は黙り込んだ。綾はじっと彼を見つめた。彼女は生まれつき魅力的な目をした女だ。その気になれば、男を虜にすることも容易いだろう。誠也は彼女の目を見ることができずに、目線を逸らして言った。「もう遅い、寝よう」綾は眉を上げた。彼は明らかに何かを望んでいるのに、それを何度も押し殺している、と綾は思った。しかし、こんなことは、女として自分から言い出すのは恥ずかしい......誠也が我慢すると言うなら、それでいい。それに、過去の経験から、あの行為は少し怖い......誠也は一度始めるとなかなか終わらないから、結局疲れるのは自分だし。綾はそれ以上何も言わず、ドレッサーの前に座って、スキンケアを始めた。誠也は唇を噛み締め、ため息をつきながら、ドライヤーを持って浴室へ向かった。彼が髪を乾かして戻ってくると、綾は既にベッドに横たわっていた。誠也は電気を消し、後ろから綾を抱き寄せた。綾は向き直り、彼の腰に腕を回した。すると、誠也の体は硬直した。綾は彼の腕の中で心地よい場所を見つけ、目を閉じて言った。「おやすみ」誠也は腕の中の温もりを感じると、再び欲情が沸き上がったような気がした。彼は何とか堪えると喉仏を上下させ、目を閉じた。「おやすみ」おやすみと言ったものの、彼の体はますます熱くなっていった。共に大人であり、数え切れないほど愛し合った仲
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第814話

5年ぶりに誠也は、ようやく綾と再び体を重ねることができた。誠也は彼女優しく綾をリードしたが、自分はというとそそくさと済ませた。全部でものの30分もかからなかった......綾は少し驚いた。これが誠也の実力のはずがない。女はとかく繊細なものだ。ましてや、以前の誠也は、こういう時はいつも強引だった。今夜は、我慢できないながらも、セーブしているのが手に取るように分かった。「誠也、一体どうしたの?」「何でもない」誠也は綾にキスをしてから、尋ねた。「疲れたか?何か不具合はないか?」「大丈夫よ」綾は少し間を置いてから、付け加えた。「30分じゃ、疲れないわよ」誠也は何も言えなかった。男は、能力を疑われるのが一番堪えるものだ。「綾、挑発するなよ」「違うよ。ただ、ちょっと意外だっただけ。でも、考えてみれば当然よね。5年も経ってるし、あなたももうすぐ35歳だし......」「俺が能力を疑ってるのか?」誠也は綾の耳たぶに噛みつきながら、囁いた。「お前を疲れさせたくないんだ。生理痛がまだ治ってないだろ」綾はハッとした。そういうことだったのか。「俺の実力は、お前が一番よく知ってるだろ」誠也は綾の顎に手を添え、キスをした。「今は我慢するけど、生理痛が治ったら、たっぷり返してもらうからな」綾は何も言えなかった。-その後2週間、誠也は自発的に禁欲生活始めたのだ。綾は、そんな誠也に感動すると同時に、すこし面白おかしくも思えた。誠也は毎晩、綾の足を洗い、マッサージまでしてあげて、綾の体調管理において、彼女以上に気を遣ってあげているのだ。仁は週に2回、綾の鍼治療に訪れた。そして7月初め、綾の生理は予定通りに来た。生理痛もかなり軽くなっていた。完治まではまだ数ヶ月かかるが、効果が出ているなら、良い知らせだ。生理が終わると、ドキュメンタリーの撮影がいよいよ始まった。綾は再び雲城へ行かなければならなかった。ちょうど夏休みだったので、誠也は子供たちも連れて雲城へ旅行に行くことを提案した。綾はもちろん賛成だった。こうして、一家4人はプライベートジェットで雲城へ向かった。今回は、地元の大きなホテルに泊まることにした。リビング、キッチン、浴室付きのファミリースイートを予約し、10日ほど滞在する予
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第815話

綾は尋ねた。「シャワー浴びたの?」「ああ、隣の部屋で済ませた」男はそう答えると服を脱ぎ捨てた――綾は思わず息を呑み、慌てて視線を逸らした。誠也はバスタブに足を踏み入れると、彼女を腕の中に引き寄せた。盛大に水しぶきが上がり、女の愛らしい声が響き渡った――「誠也......んっ!」誠也は女の細い腰を掴み、熱くキスをした。綾の声はキスと共にすべて彼に飲み込まれ、二人の体は密着し、体温はバスタブのお湯よりも熱くなった。「綾、今は二人だけの時間だ」誠也は彼女をバスタブの縁に押し付け、後ろから抱きしめた。男の熱い胸板が彼女の華奢な背中にぴったりと密着し、熱い吐息が耳元にかかる。「今夜はお前に俺の本気を見せてやる。いいな?」綾は唇を噛み締め、うっすらと目を開けると、涙目になっていた。男は身を屈め、彼女の唇再度口づけを重ねた......綾のまつ毛が震え、口を開けて軽く彼を噛んだ。すると男の体はビクッとした。そして、彼はすらりと伸びた指先で彼女の顎を掴み、さらに深く、強くキスをした......バスタブの中では、水しぶきが断続的に上がり、お湯が縁から溢れ出ていた。5年以上も離れていたのに、二人の体は以前と同じように馴染んでいた。誠也は長年禁欲生活を送っていたが、今夜ついにその箍が外れたようだった。そんな彼の情熱に、綾は抗うことができなかった。優しくすると言っていた男はだが、この時ばかりは完全に理性を失っていた。綾は彼の情熱に耐えかねて、喘ぎながら爪で彼の背中にいくつもの傷跡を残した。誠也も前半は綾の気持ちを優先していた。彼女が喘ぐと、彼は身を屈めて彼女の目元にキスをした。どれくらい時間が経っただろうか。綾は疲れ果て、彼を押し退け始めた。「もう......やめて......」そう言われ、誠也は彼女の唇にキスをしながら、嗄れ声で言った。「お湯が冷めた。上がろう」綾は彼の言葉を聞いて、やっと解放されると思った。彼女は慌てて頷いた。男は軽く笑い、彼女を抱きかかえてバスタブから出た。しかし、バスタブから出た男は部屋に戻ることなく、今度はシャワーブースへと入った......綾はそれに気が付くとドキッとした。「誠也!」「綾、まだ終わってない......」シャワーの温かいお湯
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第816話

「お父さん......」「シーッ」誠也は部屋を出て、ドアを閉めた。「君のお母さんはまだ寝てるよ」そう言うと彼は、娘を抱き上げて隣の部屋へと入った。安人はもう起きていて、洗面所で歯磨きをしていた。誠也は優希をベッドに降ろした。「お父さんがワンピース取ってきてあげるから、着替えたら歯磨きして顔を洗っておいで。それから一緒に朝ごはんを食べようね」優希はベッドに座って足をブラブラさせながら、キラキラした目で尋ねた。「母さんは?」誠也は優希の頭を撫でた。「昨日遅くまで仕事してたから、今日はゆっくり寝かせておこう。俺たちで先に朝ごはんを食べて、彼女の分は持って帰ってこよう」「どうして母さんをそんなに遅くまで働かせたの?」優希は眉をひそめて誠也を見た。「母さんをそんなに疲れさせちゃダメだよ!」誠也は苦笑した。「お父さんが悪かった。もうお母さんを遅くまで残業させないようにするよ」「うんうん」優希は頷いた。「母さんの体、まだ本調子じゃないんだから。お父さん、母さんをもっと大事にして。もし母さんの仕事が終わらなかったら、手伝ってあげなきゃ」誠也の笑顔が深まった。「ああ、分かった」すると優希は突然、誠也の鎖骨の歯形を指差した。「お父さん、ここ、どうしたの?」誠也はハッとした。昨夜、綾が泣きながら拒んで、怒って彼を噛んだ時のことを思い出した。喉仏を上下させ、シャツのボタンを全部閉めた。「ちょっと怪我しただけだ。大丈夫。ワンピース、取ってきてあげる」優希は頷いた。「やった!」誠也は優希のピンクのスーツケースから、ピンクのプリンセスドレスを取り出してあげた。「安人とお父さんは男の人だから、優希は着替える時、お風呂場で着替えるんだよ。いいかい?」「分かってるよ」優希はドレスを抱えて、にっこり笑った。「母さんが小さい頃に教えてくれたもん。男の人と女の人には違うんだって」誠也はませた娘を見て、思わず笑みをこぼした。一方で洗面所から出てきた安人は、既に洗顔を終えていて、すっきりとした顔をしていた。こう見ると彼の顔立ちはますます誠也に似てきていた。安人は誠也のところにやってきて言った。「おはよう、お父さん」5歳になった安人は、大きくなるにつれて性格がはっきりしてきて、少しクールなところがあった。父親を見て
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第817話

「抱っこして連れて行ってあげようか?」「待って......」綾はパッチリと目を見開き、まだ眠気の残る美しい瞳で誠也を見つめた。「私、服を着てないじゃない......」誠也は綾の寝ぼけ眼に喉仏を上下させ、軽く笑った。「綾、そんな目で見つめないでくれ」綾は我に返り、顔が赤くなった。「もう!誠也!」そんな綾が可愛くて仕方がなかった誠也は彼女の唇に軽くキスをした。「悪かった。服、持ってきてあげる」そう言って、彼はネグリジェを取りに行った。綾はネグリジェを着て布団をめくり、ベッドから降りようとした瞬間、足がふらついた――倒れそうになる綾を、誠也はとっさに抱き止めた。次の瞬間、綾は横に抱き上げられた。抱き上げられて綾は誠也をチラッと睨みつけた。「全部、あなたのせいよ」そう言われ、誠也は少し後ろめたい気持ちになった。あんなに疲れている彼女を見ると、さすがにやりすぎたと思った。せっかく体調が回復したばかりなのに、また体調を崩してしまったら大変だ。「今度気を付けるよ」誠也は誓った。「せめて一晩に一回だけにしておく」綾は付け加えた。「一回が一時間を超えるのもダメ」誠也は言葉を失った。それはさすがに無理な相談だ。しかし、この状況では彼も反論することはできなかった。......浴室に着くと、誠也は綾を下ろした。「出て行って。トイレに行きたいの」誠也は返事をして浴室を出た。用を足し、洗面台の前に立った綾は、鏡に映る自分の鎖骨と首筋のキスマークを見て、目の前が真っ暗になった。「誠也!」誠也がドアを開けると――タオルが飛んできて、彼の顔に当たった。綾は首にびっしりついたキスマークを指さし、怒り狂った。「一体、何をしたのよ!今日、撮影現場に行かなきゃいけないのに、こんなんじゃ人に会えないじゃない?」誠也は一瞬動きを止め、それから床に落ちたタオルを拾い上げてかけた。「悪かった。昨夜は我を忘れてしまっていた。今度気を付けるよ」「いつものことじゃない......」綾は冷たく言い放った。「いつも自分のことばかりで、私の気持ちなんて考えてないんだから......」誠也は驚いた。「綾、確かに今回は少しやりすぎたかもしれないが、そう言われると心外だな」「心外?あなたが......」「ほら」
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第818話

朝食後、誠也は綾と二人の子供を連れてホテルを出た。病院までは車で40分以上かかる。その途中、綾は桃子から電話を受けた。綾はスピーカーフォンをオンにした――「小林さんから手を出したんだけど、撮影班の人に確認したら、後藤絢香(ごとう あやか)っていう女優が、小林さんと監督の仲を疑うようなひどい噂を流したらしいです。それで小林さんはカッとなって、後藤さんを平手打ちしました。そしたら、後藤さんは撮影用の小道具で小林さんに怪我をさせてしまったようです」綾は眉をひそめた。「小林さんの容態はどうなの?」「レントゲンを撮ったのですが、肘より下の骨が折れてました」「後藤さんはどこの事務所の所属なの?」「天麗エンターテイメントですよ。担当のマネージャーは、業界では有名な山口隆(やまぐち たかし)です」輝星エンターテイメントが頭角を現すまで、国内の芸能プロダクションでは天麗エンターテイメントがトップだった。ここ数年、輝星エンターテイメントが勢いを増しているけど、天麗エンターテイメントは今でも国内トップ3に入るほどの大手だ。天麗エンターテイメントは、実力と人気を兼ね備えたスターもいれば、話題づくりに手段を選ばない、悪名高いタレントもいる。まさに良し悪し入り混じった事務所だ。絢香なんて、綾は聞いたこともなかった。そう考えると、彼女はどうやら、後者のタイプのようだ。綾はさらに尋ねた。「後藤さんを推薦したのは誰なの?」「プロデューサーが推薦したらしいですが、それでも演技は監督が直々にオーディションをして選定されたそうです」桃子は少し間を置いてから、こう付け加えた。「オーディションの時、娘役の面接のはずなのに、いきなり主役の演技を始めたんですよ。監督は演技は悪くないって言ったけど、主役はもう決まっているからって断ったんです。そしたら後藤さんは、間違えましたって謝って、もう一度チャンスをくださいって頼み込んで、その場で台本を読んで、即興演技を披露しましたの。監督はその演技力に感心して、結局彼女を脇役に決めたんですよ。今思えば、主役と脇役を間違えたっていうのも、全部仕組んだことじゃないでしょうか。即興演技だって、きっと事前に準備していたんですよ!」綾も、桃子の言う通りだと思った。綾は尋ねた。「後藤さんは今どうしてるの?」
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第819話

誠也は綾の手を握り、「いい方法がある」と言った。車は信号で一旦停車した。彼はその隙に振り向いて綾を見て言った。「今すぐネットに後藤さんが小林さんと監督に嫌がらせをしたという情報を流すんだ。小林さんが激怒し、二人が揉み合いになり、後藤さんに暴行された小林さんは怪我をして入院したことにすればいい。そうなれば小林さんに同情が集まるから、そこで、お前が輝星エンターテイメントの社長として出て行って、小林さんと契約する。そしらた、小林さんを守ることができるし、輝星エンターテイメントも名声と利益を両方得ることができる」綾は誠也をじっと見つめた。誠也は眉をひそめた。「なんだよ、そんなに見つめて」「誠也、昔から知っていたけど、策略を巡らせるのはあなたが一番ね」綾は心から感心した。「でも、今あなたの話を聞いて、結婚していた5年間、あなたが少しでも私に情があったことを感謝しなきゃね。そうでなければ、私は騙されていても、文句は言えない立場に立たされてしまうでしょうね」そう言われ、誠也は何も言えなかった。......綾は桃子に電話し、誠也の指示通りにするよう伝えた。桃子の仕事は迅速だった。30分後、メディアが次々とそのトレンドニュースを発信した。天麗エンターテイメントの人間は、ネットの情報を目の当たりにして、唖然とした。隆に電話したが、彼は飛行機で移動中のため、電話に出ることができなかった。計画では、天麗エンターテイメントが次に流す情報は、絢香が麻衣に謝罪する動画のはずだった。麻衣は芸能界のやり方を知らないが、絢香は熟知していた。計画では、彼女は病院へ行き、謝罪という名目で麻衣に会いに行き、麻衣に不利な動画を撮影し、撮影現場で麻衣が先に手を出したという事実と合わせて、情報をリークする予定だった。しかし、誰かが彼らよりも先手を打っていた。ホテルにいた絢香は、ネット上の自分を非難するコメントを見て、何が何だか分からなくなっていた。彼女も隆に電話したが、彼の電話は依然として繋がらなかった。隆が飛行機から降りるまで待っていたら、世論がどうなっているか分からなかった。このままではまずいと勘付いた絢香は歯を食いしばり、賭けに出ることにした。......病院で、絢香はマネージャーの制止を振り切り、変装して麻衣の病室
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第820話

「そうですか?」綾は絢香のバッグに視線を向けながら言った。「小林さんは新人ですし、この業界に入る前は自閉症児のカウンセラーだったそうですね。そういう仕事に就けるくらいですから、きっと精神的に安定している方だと思うのですが」それを聞いて、絢香はきょとんとした顔になった。「きっと何か誤解があるんでしょう」綾は優しく微笑んだ。「一度、顔を合わせてきちんと話し合ってみたらどうでしょう?これから同じ現場で仕事をするんですから、誤解は早めに解いておいた方がいいですよ」そう言い終わると、絢香が口を開くよりも早く、綾は病室のドアを開けた。病室では、麻衣がベッドに腰掛けていた。片腕の肘より下には分厚い包帯が巻かれている。綾の姿を見ると、麻衣は少し驚いた様子で言った。「二宮社長」麻衣がベッドから立ち上がろうとしたので、綾は言った。「そのまま動かないでください。怪我をしているんですから、無理しないほうがいいです」麻衣は動きを止め、綾を見つめながら、申し訳なさそうに言った。「二宮社長、すみません。撮影に迷惑をかけてしまって......」綾は事務的な口調で言った。「確かに、感情的になるべきではありませんでした。撮影に支障が出たことはもちろんですが、一番辛いのは怪我をしたあなた自身でしょう?」「私も、あまりにも頭にきてしまって......」麻衣の目は赤くなっていた。「後藤さんに私のことをずっと悪く言われるのはまだしも、彼女は監督のことまで悪く言うんです。監督は私にとって恩師であり、尊敬する人です。長年、映画制作で得たお金の大半を孤児院に寄付しているような、慈悲深い方なのに、後藤さんが彼を侮辱するなんて、許せないです!」「何てことを言うの!」そこまで聞いた絢香が病室に飛び込んできて、麻衣を指差しながら怒鳴った。「私がいつ監督を侮辱したっていうのよ!」麻衣は絢香を睨みつけて言った。「私が監督とできているって言ったじゃないか!監督には奥さんがいるのよ。そんなことを言うのは、監督が浮気をしていると言っているようなものじゃない?」「違う!私はそんなこと言ってない!ただ、あなたみたいな新人で、コネもないのに、いきなり主演の座を射止めるなんて、裏で何かあるに違いない、監督にゴマをすっているとしか思えないって言っただけよ!」そう言い終えると、絢香はハッと
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