All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 791 - Chapter 800

朝、綾は目を覚ますと、軽く洗面を済ませ、ヨガウェアに着替えてトレーニングに出かけた。誠也は一睡もせずに、時間を計って階下へ降り、子供たちを起こした。今日は月曜日、二人は幼稚園に行く日だ。優希はいつも寝坊しがちだ。誠也は仕方なく彼女を宥めたり、キスをしてあげたりといろいろやりつくして、やっとのことで優希の寝起きの機嫌を直した。安人は自立していて、父親が来るとすぐに起き上がり、自分で服を着替え、歯磨きと洗顔をし、最後には自分のカバンもきちんと整理した。さらに、妹のカバンまで整理してあげた。8時ちょうど、誠也は優希を抱っこし、安人と手をつないで階下へ降りた。綾はトレーニングを終えると、部屋に戻ってシャワーを浴び、ベージュのセットアップに着替え、軽いメイクをして、バッグを持って部屋を出た。彼女は9時半に輝星エンターテイメントで監督と待ち合わせをしていて、新人の俳優の面接をすることになっていた。綾が階下に降りると、誠也は子供たちに朝食を食べさせていた。綾の姿を見ると、子供たちは声を揃えて言った――「母さん、おはよう」「母さん、おはよう！」綾は近づいて、二人の頭を撫で、優しく微笑んで、「おはよう」と言った。誠也は彼女を見て、「よく眠れたか？」と尋ねた。綾は柔らかな笑顔で、「部屋に戻ってシャワーを浴びてからすぐに寝たからぐっすり眠れた」と答えた。誠也は唇を噛み締めた。綾は誠也の目の奥にある異様な雰囲気に気づかず、空いている席に座った。雲がコーヒーを綾に運んできてあげた。綾はスマホで桃子から送られてきた今日のスケジュールを確認しながら、もう片方の手でコーヒーを飲んでいて、その姿は上品だった。子供たちは誠也が見ていてくれるので、綾は何も心配する必要がなかった。食卓を囲む家族4人。その美しい光景は、まるで絵画のようだと雲は思った。朝食を終えると、4人は一緒に家を出た。誠也は言った。「今日は栄光グループで特に用事がないから、送っていく」綾は彼を一瞥し、「ええ」と答えた。......黒いベントレーが幼稚園の前に停まった。誠也と綾は一緒に車から降り、子供たちを送った。二人で子供を幼稚園に送るのは、これが初めてだった。美男美女の家族4人は、車から降りるなり、他の保護者たちの視

誠也は弁当を一つずつ開け、綾を食事に誘おうとした。しかし綾はスマホに夢中になっていた。誠也は少し間を置いてから、綾の後ろに立った。そして、彼女のスマホ画面を覗き込んだ。特に見ようとしていたわけではなかったが、ラインのトーク画面に表示された【伊藤蓮】という名前に目が留まった。誠也の表情は曇った。内心は気にしながらも、仕事だと自分に言い聞かせ、胸のモヤモヤを無理やり抑え込んだ。「綾、先にご飯にしよう」頭上から誠也の声が聞こえ、綾は頷いた。最後の数文字を打ち終えると、スマホをデスクに置き、立ち上がった。彼女は画面をロックせず、トーク画面を誠也に見られても気にしない様子だった。その行動に、誠也の心は軽くなった。そして、綾の腰に手を回した。綾が状況を理解するよりも早く、誠也は彼女をデスクに座らせた。片手で彼女の細い腰を抱き、もう片方の手をデスクについて、誠也は綾に覆いかぶさるようにキスをした。綾のまつげが震えた。誠也は目を閉じ、優しく、そして深くキスをした。綾は唇に痺れるような感覚を覚えた。まるで電流が走ったみたいだ。感覚に身を任せ、綾もゆっくりと目を閉じた。キスを終えると、額を突き合わせ、お互いの荒い呼吸を感じた。誠也は目を開けると、潤んだ瞳の綾が映っていた。この瞬間、誠也は、綾が自分を愛しているのだと確信した。「綾......」掠れた声で誠也は呟き、喉仏を上下させると、抑えきれない感情が溢れ出した。彼は綾の後頭部を押さえ、再び唇を奪った。今度は遠慮なく、激しく、力強いキスだった。綾は呼吸もままならず、頭がくらくらした。綾が抗議の声を漏らすまで、誠也はキスをやめなかった。綾の口紅はすっかり落ちて、唇は少し腫れ、さらに魅力的に見えた。誠也は親指で彼女の唇を優しく撫でた。「綾、昨夜はなんでドアに鍵をかけていたんだ？」綾はきょとんとした顔になった。「私のところに来たの？」「ああ」誠也は低い声で答えた。「一晩考えても分からなかったんだ」綾は瞬きをした。「わざとじゃないって言ったら、信じる？」誠也は少し驚いた。「本当にわざとじゃないの」綾は困ったように笑うと、誠也の口元に付いた口紅を指で拭き取り、説明した。「子供たちが二人とも元気いっぱいで、二日間付き合っていたら、

午後3時、誠也は一本の電話を受け、席を外さなければならなくなった。立ち去る前に、彼は桃子に用事があって先に帰るから、綾に心配しないでほしいと伝言を頼んだ。そしてさらにラインでも、綾にメッセージを残した。4時、会議を終えた綾は、スマホを開いて誠也からのラインに気づいた。会議室を出ると、綾は桃子に言った。「雲城の雪山行きの航空券を取って」桃子は頷いた。「かしこまりました」今回の雪山行きは、ロケハンが目的だ。すべてが順調にいけば、映画は来月末にクランクインするだろう。脚本の3分の1は雪のないシーンで、雪山は通常10月から4月まで雪が積もっている。今は6月だ。今年中に撮影を終えるためには、雪が降る前に雪のないシーンを撮り終えなければならない。綾は控室に戻り、クローゼットからスーツケースを取り出し、数着の服を詰めた。準備を終え、綾はスマホを取り出し、少し考えてから誠也にメッセージを送った。【雪山に行ってくる。数日かかるかもしれない。仕事が終わったら、そのまま帰ってきて】メッセージを送ってから2分待ったが、誠也からの返信はなかった。「二宮社長、航空券の手配が完了しました。いつでも空港へ向かえます」「分かった」綾はスマホをバッグに入れ、スーツケースを引いて控室を出た。桃子は綾からスーツケースを受け取ると、「現地の民宿のオーナーと連絡を取りました。候補地のいくつかを案内してくれるそうです」と言った。「うん」二人はオフィスを出て、エレベーターへ向かった。......佐藤グループ病院。大輝は病室のドアを開けて入ってきた。真奈美はベッドに座って本を読んでいた。「随分とのんびりしてるみたいだな」大輝は皮肉っぽく言った。「この様子だと、特区の前から哲也を捨てたがってたみたいだな」真奈美は本を閉じ、顔を上げて彼を見た。目が合う。男の目には皮肉と怒りが浮かんでいたが、女の目は静かだった。「結果は出たの？」「ああ」大輝は冷たく言い放った。「哲也は俺の息子だ。もう石川家に連れて帰ることにした。今日、鑑定結果を届けたら、あとは戸籍を移すだけだ」「それならそれでよかった」真奈美は静かに言った。「近いうちに退院するから、戸籍はその時に移しましょう」大輝は眉をひそめて彼女を見つめた。「真奈

「ええと......」真奈美は少し間を置いてから言った。「特に予定はないけど、色んな所に行ってみようと思っています」「気分転換はいいことだけど、ずっと彷徨っているわけにもいかないでしょう。哲也くんが石川家に戻ったとしても、あなたは母親なんですから。本当に彼を放っておいていいんですか？」「私はあなたとは違うんですよ。哲也が生まれてから、私が自分で育てた時間なんてほとんどないから、親子の情は薄いんです。それに、大輝とはずっと犬猿の仲ですし、だから私が傍にいないほうがいいです」真奈美はあっけらかんとした様子で言った。綾は、どこか寂しさを感じた。「新井さん、もし本当に疲れているなら、一度すべてを置いて気分転換に出かけるのはいいと思いますよ。哲也くんも理解のある子ですから、ちゃんと話せばきっと分かってくれますよ。でも、こういう形で3人の関係を断ち切ってしまうのは賛成できません。石川さんとは縁がなかったかもしれないですけれど、哲也くんはあなたの子供ですよ。石川さんを避けるために、哲也くんと完全に縁を切る必要はないじゃないですか？石川さんもそこまで冷酷な人じゃないはずですし、子供のためにも、彼はそこまでしないと思いますよ」「大輝と会うと必ず喧嘩になるんです。私が原因で哲也にまで八つ当たりされるのは嫌です。それに、哲也は小さい頃から我慢強い子で、閉所恐怖症のことも、あのエレベーターの事故がなかったら、母親の私ですら気づかなかったんです......」真奈美はそこまで言うと、声が詰まった。「二宮さん、私は本当は自分が許せないんです。母親として、本当に失格だと思います」綾は眉をひそめた。「わざとじゃないですよね。初めての子育てで、頼れる人もいなくて、頑張ったんですから、それでいいんですよ」真奈美はため息をついた。「もういいんです。北城にいたら、哲也に会いに行きたくなってしまいます。そうしたら、また大輝に誤解されます。だから、私が北城を離れます。身勝手な逃避だってことは分かっています」真奈美の意思は固かった。綾にも分かっていた。誰にだって、解けない心のしこりがあるということを。今の真奈美は自分自身と向き合うことができず、3人の縁に自ら終止符を打とうとしていた。綾はそれがいいとは思わなかった。しかし、自分はあくまで他人であり、3人の

10分ほど経った頃、浴室のドアが開いた。誠也は濃紺のシルクパジャマを着て出てきた。男はタオルで濡れた髪を拭いていた。ベッドの上で、綾は台本を手に、読み進めていた。誠也は彼女をちらっと見てから、ドライヤーのスイッチを入れた。静かな寝室には、ドライヤーの音だけが響いていた。ドライヤーの音が止み、綾は台本を置いて横になった。誠也はドライヤーを元の場所にしまい、電気を消してベッドに入った。男は後ろから彼女を抱き寄せた。綾は、ひんやりとした感触に包まれた。彼女は少し眉をひそめた。「水で体を冷やしたの？」「ちょっとクールダウンしたくて」誠也は彼女を抱きしめながら、一度は静まったはずの興奮が再び込み上げてくるのを感じた。しかし、彼は何もせず、目を閉じて低い声で言った。「もう遅いから。寝よう」時刻は午前2時になろうとしていた。確かにもう遅い。綾は返事をして目を閉じた。誠也は綾に伝えたいことが山ほどあった。しかし、明日は登山だということを考えると、彼女の睡眠時間を削ってしまうのは気が引けた。......翌朝、太陽の光が燦々と降り注いでいた。眠っていた綾は、小さく眉をひそめてゆっくりと目を開けた。男の端正な顔がすぐ目の前にあった。切れ長の瞳に見つめられていた。見つめられて落ち着かない綾は尋ねた。「いつ起きたの？」「ついさっき」誠也は彼女を見つめ返した。「よく眠れたか？」「まあまあ。あなたは？」「お前が隣にいたら、もちろんぐっすりだ」綾は黙り込んだ。誠也は彼女の唇にキスをした。「今日は登山なんだよな？」「ええ、民宿のオーナーが案内してくれるって」彼は念を押した。「お前の体は弱いから、酸素ボンベを準備しておいた方がいい」「民宿のオーナーが用意してくれると思うけど」誠也は喉仏を動かし、彼女の柔らかな頬を指先で撫でた。綾は、彼の瞳に男の本能的な衝動を見た。彼女は少し呆れたように笑った。「もう30過ぎてるのに、まるで20代前半の若造みたいね」誠也は少し驚いた後、苦笑した。「お前といると、自制心なんて全く役に立たないんだ」綾は彼を軽く押しやり、上半身を起こした。「ここに来ること、子供たちにはちゃんと話したの？」「もちろん話してある」誠也は片腕を枕にして言った。「お