All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 961 - Chapter 970

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第961話

「大輝、私が襲われたあの夜、小林は路地裏の外で数人のチンピラに絡まれていたわよね。あなたは彼女を助けた。でも、あなたは知らなかった。その路地裏には、私がいたことを!私はあなたに助けを求めたのに、でも、小林は、私がチンピラたちとグルになって、あなたを騙そうとしていたと言った。あなた気持ちを試すためだって。小林のあんな見え透いた嘘、あなたは信じないと思っていたのに、あなたは信じてしまったのね」そこまで聞いて、大輝の大きな体が大きく揺れた。真奈美は彼の腕を振り払った。最も辛く、最も苦しい過去を語ったことで、彼女のプライドは粉々に砕け散った。真奈美は大輝の目を見つめた。その瞳の中には悲しみも喜びもなく、ただどんよりとしていた。「あの時、兄があなたに私と距離を置くよう話していたことを知って、ずっと理解できずにいた。いくら兄が私に厳しくしていても、ただ性格が合わないからってあなたと距離を置くようにいうなんて、彼らしくないと思った。私たちは家柄も互角で、ビジネス上の付き合いがあったから、そんな事をして、得することはなにもないはずだから、普通なら考えられなかった。だけど、今になってやっと分かった。彼がそうしたのはあなたが私を見放したからよ。大輝、いい?あなたは一度だって私を信じてくれなかった。あなたの目には、私はわがままで、他人をいじめる意地悪な女でしかなかった!ただ小林が可哀想だと思っていた。彼女がこうなったのは、陣内たちと遊んでやりすぎたから自業自得なのにも関わらず、あなたはただの思い込みで私のせいにしたのね?それに、私が彼女を叩いていたっていっても、数回ひっぱたいただけよ。なのに、次の日、彼女はギプスをつけて、あの怪我は私がやったとあなたに泣きついただけで、あなたはまたまんまと彼女を信じた!」それを聞いて、大輝は信じられない気持ちになった。本当にこんなことがあったなんて。彼は胸を押さえた。呼吸が乱れるほど、激しい痛みが走った。真奈美の顔色は悪く、表情は麻痺していた。彼女は一歩後ろに下がって、大輝との距離を広げるようにした。「大輝、私はあの忌まわしい出来事を、そして、あなたを憎んでいたことさえも忘れようとしていた。そもそも18年間、あなたを愛していたことは間違いだった。でも、今、全てを思い出した。だから、間違いを正すべき時が来たのよ。
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第962話

真奈美は、新井家に戻る途中で高熱を出した。霞は何かあってはいけないと気が気でなく、すぐに病院へ向かった。病院に着いた頃には、真奈美は意識を失っていた。そのまま救急室に運ばれた。霞が大輝に電話しようか迷っていると、白衣を着た裕也の姿が目に入った。救急病棟で容態が複雑な患者がいると聞いて、様子を見に来たのだ。「黒崎先生!」霞は彼に声をかけた。裕也は霞を見ると、少し驚いた様子で歩み寄ってきた。「上杉さん、どうしたんだ......」「新井社長が救急室にいます」霞は声を詰まらせながら言った。「高熱が出て、ここに運ばれてきた時にはもう意識がなかったんです」それを聞いて、裕也の顔色は変わった。「一体どうして?また具合が悪くなったんだ?」「分かりません。今朝、石川社長から電話がありました。新井社長が一人で家を出て行ってしまったそうです。それで、彼女を探してほしいと言っていました。その後、新井社長から電話がかかってきて、場所を教えられたんです......」霞は、別荘で何が起こったのか詳しくは知らなかった。大輝に中に入ることを止められ、車の中で待っていたのだ。「落ち着いて。状況を確認してみるよ」そう言って、裕也は救急室へ向かった。その時、霞のスマホが振動した。真奈美のスマホだった。登録名は【二宮社長】だった。霞は一瞬ためらった後、通話ボタンを押した。「二宮社長、新井社長の秘書の上杉です」電話口の綾は少し間を置いてから言った。「どうしてあなたが電話に出ているの?新井社長はどこ?」「社長は今、救急室に......」霞は声を詰まらせた。それを聞いて、綾はすぐに尋ねた。「どの病院にいるの?」「K病院です」「すぐにそちらへ向かうよ」電話を切ると、綾はすぐに階下へ降りた。今日は大雪のため、幼稚園から休園の連絡があり、綾と誠也は家で仕事をすることにしていた。しかし、朝早くにかかってきた大輝からの電話で、綾は落ち着かない気持ちになっていた。音々は星城市へ出張に行っていたため、綾は音々に電話をかけ、真奈美が既に連絡を取っていたことを知った。音々を通して、綾は真奈美が過去に辛い経験をしていたことを知った......心配になり、真奈美に電話をかけた。まさか、彼女が救急搬送されたという知らせを受
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第963話

しかし、まだ意識は戻っていない。医師は入院病棟に移して、入院の上で注意深く経過観察することを勧めた。病棟に移った後、霞が入院手続きに行った。綾は真奈美の病室で付き添っていた。誠也と裕也は病室の外にいた。病室で、綾は真奈美の唇が乾いて皮がむけているのに気づいた。ぬるま湯を用意し、綿棒に含ませて、優しく唇を湿らせあげた。すると、うとうとしていた真奈美は、ゆっくりと目を開けた。真奈美が目を覚ましたのを見て、綾は持っていたコップと綿棒を置き、「気が付かれましたか。他にどこか具合が悪いところはありますか?」と尋ねた。真奈美は綾を見て、彼女が来ていることに少し驚いた。「どうしてここに......」「心配でしたから」綾は唇を噛みしめ、ため息をついた。「今朝、石川さんがあなたを見つけられなくて、私に電話をかけてきたんですよ」大輝の名前が出た瞬間、真奈美の感情は抑えきれなくなった。涙が溢れ出し、枕を濡らした。それを見て、綾は胸が締め付けられた。綾は真奈美の手を握り、「大丈夫ですよ。もし辛かったら、泣いたほうが楽になりますよ。1人で抱え込まないでください」と言った。真奈美はもう我慢できず、声を上げて泣き出した。「どうして......どうして大輝が私を助けてくれなかったことを忘れられるんですか......こんなことになるなんて、本当に思わなかったです......大輝が私を助けてくれなかったから、兄は私にもう彼を好きにならないように言ったんです。私が本当に間違ってました......」綾は真奈美を抱きしめ、優しく背中をさすった。「許せません、私はどうしても彼を許すことができません......」「無理に許さなくていいんですよ、新井さんしっかりしてください。あなたは誇り高い新井家のお嬢様です。辛い経験があったからって打ち負かされることはないはずです。あなたを打ち負かそうとする人間の思うつぼにさせてはなりません......」真奈美の体はまだ弱っていた。この短い感情の爆発で、全ての力を使い果たしてしまった。そして、再び眠りに落ちてしまった。真奈美が眠った後、綾は濡れティッシュで彼女の顔を拭いてあげた。真奈美の目は腫れ上がり、眠っている間も眉間にシワを寄せていた。夢の中では、あの忌まわしい光景が次々と蘇って
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第964話

病室の外で、綾は大輝に言った。「大体、どういうことか分かりました。彼女が雇った人は、私と誠也の知り合いで、かなり顔が広い人なんです」大輝は目を伏せながら尋ねた。「いつから調べ始めたんですか?」「数日前ですよ」綾は続けた。「石川さん、今回はあなたが軽率でしたよ。新井さんを助けているつもりかもしれないけど、実際は、彼女を苦しめているんです」大輝のまつげが震え、息苦しさを感じた。「彼女の看病は私がしておりますので、ご心配には及びません。ただ、あなたはしばらくこちらへいらっしゃらない方がよろしいかと思います。ああいった出来事は、経験した女性にとって非常に辛いものですから」「まさか、こんなことになっているとは......もし知っていたら、あんなふうに見過ごすわけがなかったんです......」「今さら何を言っても遅いです。先生の話では、新井さんの容態は良くないし、胎児の心拍も弱っているそうです。このままでは、流産してしまうかもしれません」大輝は顔を上げ、信じられないという目で綾を見つめた。「そんな......赤ちゃんは今までずっと元気で、妊婦健診でも問題なかったのに......」「精神的なショックで高熱が出ているみたいです。血液検査では異常はないんですが、高熱が続いています。胎児にとっては、とても危険な状態ですよ」大輝は数歩後ずさりし、胸を押さえながら、大きく息を吸った。「仁さんに連絡して、何か手伝えることがないか相談してみます。あなたはもう帰りなさい」綾はため息をついた。「赤ちゃんのためにも、毎日、彼女の容態を伝えます。だから、あなたはこの数日を使って、過去の汚いことは全部綺麗に片付けてください」そう言うと、綾は振り返り、病室のドアを開けて中に入った。病室のドアが閉まった。固く閉ざされたドアを見つめる大輝の心臓は、激しく締め付けられるような痛みを感じていた。真奈美が背を向けて去っていったあの日から、ずっとこの痛みは消えることがなかった。過去のこと、今の状況、そして二人の未来......何もかも、自分にはどうすることもできないのだと実感するばかりだった。......郊外の海辺の別荘。ロールスロイスが庭に停車した。大輝は車のドアを開け、降り立った。積もった雪を踏みしめ、バットを手に、一歩一歩、別荘へと進ん
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第965話

「じゃあ、お前も小林が嫌いなのか?」「当たり前です!あの女のせいで、俺はこんな目に遭わされたんだ?!金も手に入らなかったし、聡の復讐で手が潰された。おまけに父の会社も潰されて、一家で田舎に帰る羽目になった。全部、あの女のせいだ!捕まえたら、絶対に許さない!」大輝は冷たく唇を歪めた。「じゃあ、チャンスをやる」拓海は驚き、大輝の言葉の意味が分からなかった。大輝は大介に目配せした。大介は拓海を上の階へ連れて行かせた。程なくして、2階から杏の悲鳴が聞こえてきた。「陣内!離して!何するのよ!!」大介が2階から降りてきた。大輝は立ち上がり、バットを大介に渡した。「チンピラを何人か連れてきて、小林をたっぷりもてなしてやれ。陣内は足を潰して、警察に突き出せ」大介は大輝の様子を見ながら、彼から静かな狂気を感じた。「社長、じゃあ、小林さんはずっと閉じ込めておくんですか?」「ああ。毎日、誰かにしっかりもてなしてやるようにしておけ。録画も忘れるな、高画質でだ。有名になりたがってるんだから、思う存分有名にしてやれ」「了解です!」大輝が別荘を出ると、一日中降り続いていた雪は止んでいた。彼は厚く積もった雪を見た。今朝、真奈美が出て行く時のことを思い出した。あの時、彼女がつけた足跡は、すでに雪に覆われていた。まるで、ここに来たことなどなかったかのようだった。確かに、彼女が来なければよかった。大輝は胸を押さえ、雪の中に足を踏み入れた。一歩、また一歩。北城の冬が訪れ、大晦日ももうすぐだ。しかし、自分は帰る家がなくなってしまったようだ。......若葉は院長の裕也からの電話で事件のことを知った。彼女はすぐにK病院へ向かった。真奈美の傍らには、霞と綾、そして裕也がいた。あの出来の悪い息子、大輝の姿はどこにも見当たらなかった。若葉は真奈美をとても可愛がっていたので、霞は彼女を止めなかった。病室で、真奈美は眠っていた。彼女の顔は青白くやつれ、血の気がなかった。若葉はそれを見て、涙が溢れ出た。「真奈美......」若葉は身を乗り出し、優しく彼女の顔に触れた。「どうして、昨夜は、昨夜はあんなに元気だったのに、どうして急に......」霞は隣で涙を拭っていた。彼女もまた今日、何
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第966話

「哲也はどこ?」「先ほど、大輝様が哲也様を万葉館へ連れて行くように言われました」「少しは父親らしいことをしてくれたのね」若葉はため息をつき、こう言った。「寝室に行って、真奈美の着替えをまとめておいてくれる?下着類も忘れずに、スーツケースに入れてちょうだい。後で私が持っていくから」「これは一体......」「詮索しないで、言われた通りにして。哲也が何か聞いてきたら、彼女は出張だって言ってあげて」梨花は、また何かあったのだと察した。「分かりました。すぐに行ってきます」そう言って、梨花は2階へ向かった。彼女は心の中でつぶやいた。あの二人は、もしかして相性が悪いのかしら?結婚してからというもの、何度病院のお世話になったことか。まるで病院に入りびたりのようね。......若葉は、大輝が哲也を万葉館へ送らせたことに、少しだけ安心した。真奈美の容体は芳しくない。哲也は繊細だから、今はまだ知らせない方がいいだろう。若葉は2階の書斎の前に来て、ノックした。書斎の中では、大輝がUSBメモリの中身を見ていた。ノックの音を聞いて、慌てて動画を止めて、立ち上がり、ドアを開けた。ドアを開けた途端、大輝は平手打ちを食らった。「大輝!あなたにはきちんと話したはずよ!真奈美には優しくするって約束したじゃない!なのに、どうしてまた入院なんてことになったの!?」若葉は怒鳴りながら、さらに平手打ちを続けた。そして、次第に声が詰まってきた。「あの子は、一体どれだけ運が悪いのよ?あなたと出会ってからというもの、一日だって落ち着いて暮らせてないんだから!どうして私が、あなたをこんなバカみたいに育ててしまったんでしょう!今度は一体何があったのか、いい加減説明して!」大輝は頭を下げ、ひたすら言われっぱなしにしていた。「お母さん、彼女には本当に申し訳ないことをした」それを聞いて、若葉は動きを止めた。息子の様子を見て、強い不安が込み上げてきた。「どういうこと?」若葉は息子を指さした。「本当に真奈美を裏切ったの?浮気でもしたっていうの?それとも、またあの小林さんと何かあったっていうの?はっきり言って!」「お母さん、俺は今まで未熟だったんだ。真奈美を傷つけてしまった......とにかく、本当に申し訳ないことをした......」大
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第967話

それを聞いて若葉は目の前が暗くなり、よろめいたが、霞がすぐに彼女を支えてあげた。「赤ちゃんは、もう5ヶ月になるっていうのに......」仁は説明した。「胎児の成長には栄養が必要です。しかし、今は母体が衰弱していることが問題です。高熱が続いていること自体が体に負担をかけていて、母体の肝臓にも負担がきています。胎児にも影響が出ているでしょう。今はとにかく母体の状態を安定させることが先決です」「北条先生、あなたは優秀だって評判です。どうか、もう一度、何か方法を考えてください。真奈美も、この子をとても愛しているんです......」若葉は泣きながら仁に縋り付いた。仁は唇を噛み締め、ため息をついた。「やってみますが、これは心の問題ですからね。解決するかどうかはやはり本人にかかってます」それを聞いて、若葉はすぐに大輝のことを思い浮かべた。彼女はすぐに大輝に電話をかけ、今すぐ来るように言った。大輝は療養所にいた。「お母さん、今すぐには行けないんだ。こっちで、大事な用があるんだ......」「大事な用?」若葉は我慢できず、泣き叫んだ。「真奈美と子供がとても危険な状態だって分かってるの?大輝、一体いつまでそんな馬鹿なことをしているつもりなの!」「お母さん、俺は療養所にいるんだ」それを聞いて、若葉は声を止めた。「療養所?」「ああ。海外から専門先生を呼んで、聡さんに実験的な治療をしてもらっているんだ。数ヶ月前から始めている。成功するかどうか分からなかったから、真奈美には言っていなかったんだ」大輝は言った。「聡は、真奈美にとってこの世でたった一人の大切な兄でしょ。そんな大事なことを、どうして真奈美に相談しなかったの?」「成功率が低いから、もしダメだったら真奈美に期待させて、結局がっかりさせることになると思ったんだ。だから、まずは黙って進めて、もし成功したらサプライズにしようと思ったんだ」若葉は話を聞いて複雑な気持ちになった。「それで、今はどうなの?」「進展があった。今、先生が聡さんの最後の手術をしているところだ。手術はまだ続いている。時間がかかるみたいで、だから、俺はここで待機してないといけないんだ」それを聞いて、若葉は何も言えなくなった。もし聡の手術が成功して、無事に目を覚ますことができたら、真奈美にとってはこれ以上な
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第968話

それを聞いて、霞と綾は顔を見合わせた。二人の目は赤くなっていた。朗報だ。どうやら真奈美にもその声が聞こえたようで、彼女のまつげは震え、目尻から涙がこぼれ落ちた。......仁の鍼治療と若葉の言葉が、ついに効果を発揮したようだ。夜11時過ぎ、真奈美は汗びっしょりになりながら、熱が下がった。仁が脈を診ると、確かに容態は良くなっていた。胎児モニターの数値も安定し、切迫早産の兆候も落ち着いてきた。仁によると、脈はまだ弱っているものの、以前と比べるとかなり落ち着いているらしい。明日の朝には目を覚ますだろう、と言った。それを聞いて、皆、張り詰めていた神経が少しだけ和らいだ。綾は霞と若葉に、帰るように言った。霞は仕事があるので、少しでも睡眠をとる必要があった。頷いて、その場を後にした。若葉は帰ろうとしなかった。大輝に、真奈美のそばにいると約束したから、と言ってその場に残った。綾は、彼女が帰ってもきっと落ち着かないだろうと思った。そこで、簡易ベッドをもう一つ用意し、若葉と交代で付き添うことにした。午前4時、若葉のスマホが鳴った。大輝からだ。聡の手術は成功したという知らせだった。兄妹の心の繋がりがあったようで、若葉が電話に出たのとほぼ同時に、真奈美がゆっくりと目を開けた。白い天井を見つめながら、彼女は涙を流した。「お兄さん......」綾はすぐに立ち上がり、ベッドのそばまで行って、真奈美の目尻の涙を優しく拭った。「新井社長、気が付かれたんですね?」真奈美のまつげが震え、視線をゆっくりと動かした。そして、心配そうに見ている綾と目が合った。「兄の夢を見ました......」口を開くと、涙が堰を切ったように溢れ出した。綾も胸が詰まる思いだった。彼女の涙を拭いてあげながら、優しく声をかけた。「たった今、石川さんから電話があって、あなたのお兄さんの手術は成功したそうですよ」それを聞いて、真奈美の瞳が揺れた。「兄は......」「彼はもうすぐ目を覚ましますよ。だから、あなたも頑張ってください」若葉はスマホを持ったまま近づいてきて、目を赤くしながら真奈美を見た。「真奈美、大輝が手術は成功したって言ってるの。彼の方でK病院と連絡をとって、明日には転院させる手配をするって。そしてら今後の治
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第969話

翌日、聡はK病院に転院した。院長の裕也は聡の病室を、わざわざ真奈美の隣の部屋に手配してくれた。聡の手術は成功したものの、大手術だったため、すぐに意識が戻る見込みは薄かった。K病院に到着し、入院手続きがすべて完了すると、執刀医はK病院の医療チームに引き継ぎを行う必要があった。この時になって初めて、綾は、大輝が見つけてきた海外の医療専門家というのが、実は祐樹だったことを知った。誠也も知らせを受けると、すぐに病院へ駆けつけた。祐樹もまた、この時になって、皆が知り合い同士だったことを初めて知った。隼人もこの日病院に来ており、まず真奈美の様子を見に行った後、聡の病室へと向かった。祐樹は元々、大輝が高額な報酬で聡の治療のために呼び寄せた人物だった。しかし、誠也が関わっているせいで、大輝の功績は逆に薄れてしまったようだ。隼人と若葉は祐樹に感謝の意を伝えた。そして、期待外れの息子についてはは、しばらく放って置こうと思った。大輝は病室の外に立ち、隣の閉ざされたドアを見つめていた。ドア一枚隔てた向こうに真奈美がいるのだ。そのドアを開ければ、彼女に会える。しかし、大輝にはそんな勇気がなかった。自分の姿を見せることで、また真奈美を傷つけてしまうことを恐れていたからだ。その時、病室のドアが開いた。車椅子に座る真奈美を、綾が押して出てきた。大輝は息を呑んだ。真奈美も、彼に気づいた。綾は足を止めた。数歩の距離を隔てて。重苦しい空気が流れた。真奈美は視線を逸らし、まるで大輝を見て見ぬふりした。大輝は、まるで悪いことをして親に叱られる子供のように、身体が硬直していた。「あの、俺は......あなたのお兄さんの様子を見に来ただけなんだ......」「二宮社長、行きましょう」綾は唇を噛み締め、大輝に困ったような視線を向けると、真奈美の車椅子を押して隣の病室へと向かった。大輝は彫刻のように立ち尽くしていたが、視線だけは真奈美を追っていた。綾は真奈美を車椅子ごと押して病室へ入っていった。二人が来たことで、病室内の会話は途絶えた。一同は真奈美を見つめた。この時、沈黙がすべてを語っていたようだった。幼くして両親を亡くし、ずっと二人で支え合ってきた兄妹の絆は、他人が立ち入る隙などなかったのだ。綾
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第970話

もしかしたら、真奈美は兄の聡の顔に免じて、大輝にもう一度チャンスを与えるかもしれないと二人は思った......親なら誰でも、子供には幸せな人生を送ってほしいと願うものだ。ましてや、今は二人の孫もいるんだ。しかし、真奈美は大輝の存在を、完全にシャットアウトしているようだった。彼女はうつむき、小さな声で言った。「兄と少し話がしたいです。いいですか?」それを聞いて、皆顔を見合わせ、そして静かに病室を出ていった。最後に出ていく綾は、真奈美の肩を軽く叩き、「後でまた迎えに来ますね」と言った。真奈美は頷いた。綾は出ていくと同時に、ドアを閉めた。病室の外では、大輝が呆然と立ち尽くしていた。祐樹と誠也、そして石川夫婦が話をしている中、一人ぽつんと佇む大輝の姿は、どこか寂しそうだった。綾はため息をつき、大輝に歩み寄った。「石川さん、新井さんは今落ち着いているけど、あなたへの態度は変わってません。私もあなたの話をしてみたけれど、あなたの名前を出すたびに、彼女の感情が不安定になるんです」それを聞いて、大輝は、ぎゅっと拳を握りしめた。「あなたがまだ気に病んでいることは分かっています。中島先生を呼んで新井さんのお兄さんを助けたことは、正しい判断でした。彼が目を覚ますことができれば、あなたの罪滅しになったとも言えます。そうなれば、あなたと新井さんの未来にも、まだ希望が持てるかもしれません」綾はそこで言葉を切り、そして続けた。「でも今は、なにより新井さんが無事に出産することが最優先だと思います」その言葉に大輝は目を伏せ、その目尻は赤くなった。彼自身もこれ以上、真奈美に付きまとう資格はないと分かっていたからだ。「分かりました」大輝は言った。「もともと、聡さんが目を覚ますまで付き添っていようと思ったのですが、でも、あなたと碓氷さんが中島先生と知り合いなら、私がいなくても大丈夫でしょう。先生の報酬は既に支払ってあります。今後の治療は、あなたたちに任せてもいいですか?」「はい、お任せください。二人とも、しっかり面倒を見ていくつもりですから」「ああ、ありがとうございます」大輝は頷き、そして重い足取りで立ち去った。息子の寂しそうな後ろ姿を見て、若葉は再び目を潤ませた。隼人は彼女の肩を抱き、優しくポンポンと叩いた。親に
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