ホーム / 恋愛 / 碓氷先生、奥様はもう戻らないと / チャプター 801 - チャプター 810

碓氷先生、奥様はもう戻らないと のすべてのチャプター: チャプター 801 - チャプター 810

962 チャプター

第801話

誠也は、綾の頑なな態度に負けて、彼女目の前でしゃがみ込んだ。綾は不思議そうに彼を見つめた。「何するの?」「おんぶしてあげる」綾は桃子と民宿のオーナー、そして周囲にいる数人の観光客に視線をやった。「結構よ。もう大人なんだから、恥ずかしいじゃない」「前を見てみろ」綾は前を見た。そこには、ある高齢者男性が高齢者女性をおんぶしている姿があった。綾は言葉に詰まった。桃子は囃し立てた。「二宮社長、こんな場所で具合が悪くなる人なんてたくさんいますよ。碓氷さんは背も高いし、体格もいいんですから、頼ったほうがいいですよ。ほら、あのおじいさんだって、おばあさんをおんぶしてますし、みんな理解してくれますよ。人それぞれ体力は違うんですから、恥ずかしがることありませんよ」「でも......誠也!」綾が迷っていると、誠也に手首を引っ張られ、そのまま彼の背中に乗せられた。彼の大きな手は彼女の臀部を支えられ、綾は抵抗する間もなかった。驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤になった綾は、思わず顔を伏せ、小声で降ろしてと訴えた。「綾、落ち着けよ。興奮すると高山病が悪化するぞ」「......降ろしてくれたら落ち着くから」「おんぶした方が早く歩けるだろ。恥ずかしいなら、肩に顔をうずめていればいい」彼に言われるまでなく、綾は顔を上げようとしなかった。誠也は彼女をおんぶしながらも、呼吸は乱れることなく、一歩一歩、しっかりと山を登っていった。綾は頬を赤らめていたが、誠也におんぶされているおかげで、自分の力で歩くよりもずっと楽だと感じていた。「綾、顔を上げて前を見てみろ」そう言われ、綾はゆっくりと顔を上げた。雪山の景色は、まるで絵画のように美しかった。綾は、しばしその景色に見惚れていた。桃子はカメラで景色を撮影していたが、ふと振り返ると、誠也に背負われた綾の姿が目に入った。二人は同じ方向を見ていて、その横顔は景色よりも美しいと感じた。桃子はこっそりと二人にレンズを向け、シャッターを切った。......目的地に着くと、誠也は綾を降ろした。そこは、綾が想像していた通りの場所だった。綾はとても満足していた。桃子も監督と脚本家に見せるための写真とビデオをいくつか撮影した。下山の時も、誠也は綾をおんぶした。
続きを読む

第802話

綾は動きを止め、誠也の方を向いた。誠也は彼女の頬にかかった髪を撫で、唇の端に軽くキスをした。「怒らないって約束してくれる?」綾は眉を上げた。「何をしたかによるわね。もし、私に隠れて何か悪いことをしていたなら、怒らないわけにはいかないでしょ?」「そういう意味じゃない。つまり......」誠也は唇を噛み、少し考えてから続けた。「個人的な資産のことなんだ」それを聞いて、綾は彼が話そうとしていることをいくらか察しがついた。しかし、長い間隠されていたことに少しムッとしていたので、彼をからかうことにした。「個人的な資産?別に構わないけど、隠し子がいたりするわけじゃないでしょ」誠也は焦った様子で言った。「綾、俺はお前しかいないんだ。子供も優希と安人だけだ」綾はわざと意地悪な口調で言った。「そうとも限らないでしょ?新井さんが哲也くんを産んだ例もあるくらいだから?」誠也は言葉を失った。ビジネスの世界では怖いものなしの男も、愛する人の前では、すっかりおどおどしてしまうのだ。誠也は彼女の気持ちが分からず、言葉を選びながら話そうとしていた。せっかく少しだけ関係が修復したのに、また壊したくなかったのだ。だから、なかなか要点を言い出せずにいた。綾は、こんなに慌てふためいている彼を見るのは初めてで、思わず苦笑した。「誠也、冗談よ。一体何を隠しているの?」誠也は唇を噛み締め、深く息を吸い込んだ。「前にお前に、俺の財産を全部お前に絵渡したかって聞かれた時、嘘をついた」「それだけ?」綾は笑った。「それはあなたの財産だし、私にくれなくても構わないし、隠していたと言われても......」「それだけじゃない......」誠也は綾の手を握り、真剣な眼差しで、まるで裁きを受ける覚悟で言った。「実は、その資産には色々と複雑な事情があって、しかも、別の名義で持っているんだ」「別の名義?」綾は驚いたふりをした。「どういうこと?」「綾、実は、俺が山崎圭なんだ」そう言うと、誠也は綾をじっと見つめた。彼は息を呑んだ。綾は、薄々感づいていたことを、ついに彼の口から聞くことができた。ずっと、彼の方から真実を話すのを待っていたのだ。そして、ついにその時が来た。綾の心は複雑だった。正直に話してくれたことに喜びを感じながらも、
続きを読む

第803話

綾は唇を噛み締めた。綾が反論しないのを見て、誠也は自分の言ったことが当たっているのだと確信した。そして、彼女の頬にキスをして、言葉を続けた。「山崎圭という身分は複雑かつ特殊で、グレーミッションが終わるまでは、軽々しく明かすことはできないんだ」綾は少し迷ってから、尋ねた。「ということは、あなたが投資していたお金も、違法なものだったの?」「心配するな。違法な金なら、お前に渡したりするわけないだろ。噂されている通り、最初はA国の裏社会から成り上がったのは事実だ。武器の取引でな。当時はグレーミッションが難航していて、特殊なルートで協力者を探すしかなかった。音々のように、政治的な立場が曖昧で、金さえもらえれば誰にでも雇われる傭兵たちと手を組まざるを得なかったんだ。この身分は、そもそも彼らと取引するために作ったものだ。その後、状況が落ち着いてきて、資金も合法になったから、国内のビジネスに投資を始めた。だから、今は全て合法だ」綾は、それでも信じられないといった様子だった。それは、彼女には想像もつかない世界だったからだ。誠也にとって、彼女は真っ白なキャンバスのような存在だった。「綾、俺は戦場に行った時、生きて戻ってこられるとは思っていなかった。まだお前に出会っていなかった頃は、何の未練もなく、任務と勝利のことしか考えていなかった。でも、お前と出会ってからは、俺にも守るものができたから考えが変わったんだ」誠也の声は低く、罪悪感に満ちていた。「結婚を条件に取引を持ちかけた時はお前への憐れみを感じていた。だけど、当時の俺は自分の気持ちがよく分からなかった。その後、悠人と遥のせいで、お前には辛い思いをさせてしまった......お前に何も言わなければ、危険から遠ざけることができるから、それがお前を守る最善の方法だと思っていた。でも、お前の気持ちを無視してしまっていたんだ。俺が隠していたせいで、遥はお前を何度も陥れることができた。綾、俺の『独りよがり』がお前を苦しめたんだ......」彼は最後まで言うと、声が詰まるようになってきた。それを聞いて、綾は小さくため息をつき、振り向くと、両手で誠也の顔を包み込んだ。そして、お互いのおでこをくっつけた。「今日、あなたがこんなにたくさん話してくれて、本当に嬉しい。誠也、過去に何があっても、今のあ
続きを読む

第804話

この農場は広大で、映画の撮影にピッタリだ。撮影中は貸し切りにする必要があるから、農場主と交渉しなきゃなければならなかった。民宿のオーナーが間に入ってくれたおかげで、農場主は映画の撮影だと聞くと、快く承諾してくれた。今の時代、映画が公開されれば、農場への集客効果が見込めるのだから、農場主も当然そのことを分かっていた。農場主との話がまとまると、一行は民宿に戻った。事態は綾が予想していたよりもスムーズに進んだ。綾は桃子に明日の北城行きの航空券を予約するように言った。誠也はハンドルを握りながら、綾をチラッと見て言った。「せっかく来たんだ。急ぎの用事じゃなければ、雲城でもう少し遊んでいかないか?」綾は柔らかな笑みを浮かべて答えた。「ダメよ。戻ったらすぐにプロジェクトチームと会議しなきゃいけないし、それに、投資家もまだ決まってないの」「投資家?」誠也は眉を上げた。「綾、俺という男がいるだろ。頼ってくれよ」綾は何も言えなかった。確かに、圭という大スポンサーが目の前にいるのに、いちいち投資家の心配をする必要なんてないのだから。綾はこの映画をどうしても撮りたかった。今の厳しい状況では、意地を張っている場合じゃなかった。投資家が決まれば、映画の撮影開始はほぼ確実だ。綾は少し考えてから言った。「今は本当に忙しくて無理だけど、映画の撮影が順調に始まったら、どこか旅行に行こうよ」それを聞いて誠也は唇をあげた。「ああ、そうしよう。お前の好きにするといい」後部座席の桃子は二人の様子を見て、その甘い雰囲気に思わず酔いしれそうになった。彼女はこっそりあのグループチャットを開き、グループ名を【今日の二宮社長と碓氷さんはラブラブだった?】に変更した。グループ名が変更されると、他のメンバーからすぐに反応があった――秘書課のエース:【???】給湯係:【???】プリンター番長:【???】噂好きの桃子:【みんな、最新情報だよ!石川社長に代わって社長の元夫の碓氷さんが登場し、見事に社長の心を射止めたみたいよ】グループチャットを見たメンバーは、一斉に、【!!!】と反応した。桃子は今日雪山で撮った二人の写真を惜しみなくシェアした。するとグループチャットは大盛り上がりになった。その状況を見て桃子は満足げにスマホの電源
続きを読む

第805話

誠也も綾の視線に気づき、彼女の方を向いた。そして目線で問いかけた。綾は微笑んで首を横に振った。誠也は時計を見て、ふと閃いた。「優希、もう9時だ。安人と一緒に寝る時間だぞ。明日は幼稚園だろ?」「うん、分かった!」優希は言った。「お父さん、母さんにスマホを渡して!母さんにおやすみって言いたい!」誠也はスマホを綾に手渡した。綾は娘を見て、優しい表情で言った。「優希、おやすみ」「母さん、おやすみ」安人も近づいてきて、綾に手を振った。「母さん、おやすみ!」「安人もおやすみ」そういうと、ビデオ通話が切れた。綾はスマホをしまい、「そろそろ戻ろうか?」と尋ねた。誠也は綾の手を取り、「ああ」と言った。......帰る途中、二人は薬局の前を通りかかった。「ちょっと待ってて。買い物してくる」男の熱い視線に、綾はすぐに察した。顔が赤らみ、眉をひそめた。「民宿に、あるじゃない......」誠也はニヤリと笑い、綾の耳たぶを軽くつまんで、二人にしか聞こえない低い声で言った。「サイズが合わないんだ」綾は絶句した。彼女は敢えて聞こえないふりをしたかった。誠也は綾の手を離し、薬局の中に入った。綾は目を逸らし、急いで前へ進んだ。誠也が買い物を終えて出てきた時には、綾はもう先に進んでしまっていた。背が高く足も長い男は、すぐに彼女に追いついた。そして、しっかりと綾の手を握った。綾は彼のもう一方の手をちらりと見た。誠也は彼女の視線に気づき、小さく笑った。「照れると思ったから、ポケットにしまったよ」綾は何も言えなかった。......民宿に戻ると、綾はパジャマを抱えて浴室へ駆け込んだ。普段面倒だと思っている、お風呂、洗顔、パック、スキンケアなど、寝る前の女性がやることを全てこなした。誠也は彼女の考えに気づいていた。しかし、何も言わなかった。彼女がようやくすべてを済ませると、誠也はパジャマを持って浴室へ向かった。だが、入る前に、ズボンのポケットから例の品を取り出し、ベッドサイドテーブルにきちんと置いた。そして、綾の方に目を向けた。その目線には何かを暗示するものがあるようだった。綾は黙り込んだ。浴室のドアが閉まると、綾は恥ずかしくて顔を覆った。今夜は眠
続きを読む

第806話

民宿の部屋の中。綾はナプキンを持って浴室に入った。彼女が出てくる頃には、誠也は既にカイロを用意していた。綾は少し驚いた。「カイロまで用意してくれたの?」「丈に聞いたんだ」誠也は彼女を抱き上げ、ベッドに寝かせた。「貼るか?」綾は生理の初日はいつも腹痛がひどく、重い病気を患ってからはさらに症状が悪化していた。彼女は頷いた。誠也は彼女の腹にカイロを貼り、そして温かい飲み物も用意して手渡した。綾はカップの半分ほどを飲んだ。こうしてバタバタしているうちに、11時近くになっていた。「もう横になって寝てな」誠也は大きな手で彼女の顔を撫でた。彼に優しく世話を焼かれ、綾の心は温かさに包まれた。「誠也、ありがとう」「もう二度とそんな言葉を使うな」誠也はため息をついた。「俺は、お前の男だ。お前の世話するのは当然のことだ。綾、俺に頼って、甘えてくれていいんだ」「分かった」綾は横向きに寝転がった。「でも、今回あなたが来てくれて本当に助かった。そうでなければ、今夜は桃子に夜遅くにこんなものを買いに行ってもらう羽目になっていたわね」「生理はいつも不順なのか?」誠也は彼女の隣に横たわり、後ろから抱きしめ、片手を彼女の腹に添えた。「ええ、以前からずっと不順だったの。だいたい遅れることが多かったんだけど、子供を産んで、古雲町で漢方薬を飲んでいたら順調になったのよ。でも、移植手術の後またおかしくなってしまって、早まったり遅れたりするようになったの」誠也は眉をひそめ、彼女の手を握った。「どうしてそんなことに......」「お医者さんと仁さんに聞いたら、骨髄移植の後遺症だって言われたの」それを聞いて、誠也の表情は真剣になった。「北条さんも、どうすることもできないのか?」「漢方薬を処方してくれてる。でも、こういうのは時間かかるものだし、もう少ししたら治るかもしれないし、大したことないから」綾は優しく彼の手を握り返した。「こんなの、たいしたことじゃないの。そんなに心配しないで」誠也は頷き、そして尋ねた。「今は、お腹は痛むか?」「今は大丈夫」綾は少し間を置いて、ふとナイトテーブルの上に置かれたものに視線を向け、思わず笑ってしまった。「ただ......本当に残念ね」誠也は苦笑した。「なんだか、残念そうにみえないけど?」綾
続きを読む

第807話

仁は頷いた。「ああ、では私は先に帰って漢方薬を用意しますので、できたらまた届けます」「ありがとうございます」仁は手を振った。「遠慮しないでください」仁を見送った後、誠也は寝室に戻った。綾はぐっすり眠っていてが、少し寝汗をかいているようだった。誠也はティッシュで彼女の汗を拭いてやった。その動作は優しく、彼女を起こさないように細心の注意を払っていた。......夜になり、綾は目を覚ました。部屋には小さな常夜灯がついていた。目を開けると、誠也がベッドの脇に座っているのが見えた。綾が目を覚ましたのを見て、誠也は彼女の顔に触れた。「起きたか。気分はどうだ?」「もうお腹は痛くなくなった」綾は彼を見つめた。「どれくらい寝てたの?」「半日くらいだな」誠也は言った。「北条さんが来てくれて、薬を処方してもらった。これからもっと気をつけないと言われたよ」それを聞いて、綾はため息をついた。「今回は本当に変だった。いつもよりずっと痛かった」誠也は身を乗り出して、彼女の唇にキスをした。「何か食べたいものあるか?作ってやる」「あまり食欲ないの。うどんにしてくれる?」「わかった。今すぐ作ってきてやる。お前は寝ていろ。出来たら持ってくるから」綾は彼に微笑んだ。「ええ」誠也が出て行ってしばらくすると、綾のスマホが鳴った。大輝からだった。彼女は通話ボタンを押した。「石川社長」「真奈美から連絡はありますか?」大輝の声は焦っていた。綾は何かあったと直感した。「昨日は電話がありました。どうしましたか?」「今朝、彼女は哲也の戸籍を私のところに移したんです」「それで?」「手続きを終えた後、午後、哲也が教科書を取りに新井家に戻ったんですけど、真奈美がいませんでした。執事の話では、今朝、スーツケースを持って出かけたそうです。行く前に、執事にキャッシュカードを渡して、まるで決別をするかのようなことを言ったらしいです」綾は眉をひそめた。「旅行に行って気分転換するとは言ってたけど、どこに行くかは言われませんでしたが」「哲也が彼女を探して、ずっと騒いでいるんですよ」大輝の口調は重かった。「昨夜、真奈美が白い鳥になって崖から飛び降りる夢を見たとも言ってました......」綾はハッとした。「一番困っているのは、
続きを読む

第808話

誠也が部屋のドアを開けると、綾はスマホをじっと見つめていた。彼は部屋に入り、ドアを閉めた。物音に気づき、綾は顔を上げた。誠也はうどんを隣のテーブルに置き、ベッドの脇に座って尋ねた。「どうしたんだ?」「石川さんから電話があって......」綾は大輝から聞いた話を誠也に説明した。話を聞き終えた誠也は、唇を抿めて少し黙り込んだ後、言った。「音々に連絡して、新井さんの居場所を調べてもらおう」そうだ、音々のことを忘れてた。「早く連絡して」誠也はスマホを取り出し、音々に電話をかけた。音々はすぐに電話に出た。誠也は事情を説明すると、音々は快く引き受けてくれた。電話を切り、誠也は言った。「少し時間がかかるかもしれない。先にうどん食べな」綾は頷いた。誠也はうどんの入ったお椀を持ち、ベッドの脇に座った。「自分で食べられるわよ」「俺が食べさせてやる」綾は苦笑した。「まるで重病人扱いね」「縁起でもないことを言うな!」誠也は眉をひそめた。「早く、エンガチョして!」それを聞いて、綾は何も言えなかった。「何をしている。早くしろ」誠也は真剣な顔つきだった。彼が真剣に言ってきているを見て、綾は仕方なく人差し指と中指をクロスさせながら言った。「エンガチョ!」それを言い終えると、綾は面白おかしそう誠也を見た。「いつからそんなこと信じるようになったの?」誠也は自嘲気味に言った。「そういう年ごろなのかもしれないな」「ずいぶん子供じみてるのね」綾は笑った。「若返りを狙ってるの?」「ああ。お前に年寄だと思われたくないから、常に気にしてるんだ」誠也は箸でうどんをつまむと、息を吹きかけて綾の口元に運んだ。綾は口を開けてうどんを食べた。「あなたは十分素敵だから、無理に変えなくてもいいのよ」それを聞いて誠也は眉を上げた。「どれくらい素敵なんだ?」綾は彼をちらりと見た。「調子に乗らないで」誠也は思わず吹き出しそうになりながら、またうどんを食べさせた。こうして、誠也は綾にうどんを全て食べさせた。その時、音々から電話がかかってきた。誠也はスピーカーモードに切り替えて電話を取った。「調べが付いたわよ。新井さんは午後2時5分にZ市行きの列車に乗ったみたい。その列車は3日後に到着するする予定らしい
続きを読む

第809話

「そうつもりはないです」綾は言った。「でも、彼女は哲也くんの実の母親ですし、あなたも子どもの父親として、彼女の無事を確認する義務があると思います」「分かりました」大輝は折れた。「すぐに航空券を手配させます。だが、哲也のことは......」「誠也に彼を迎えに行かせますので、あなたがZ市から戻るまではこちらで預かります」「それなら、彼が来たら出発します」「うん」そう言って電話を切ると、綾は誠也を見た。誠也はすぐに立ち上がり、「すぐに行く。お前は家でゆっくり休んで」と言った。「運転には気をつけて。急がなくていいからね」「ああ」......20分後、黒いベントレーが新井家の敷地に滑り込んだ。誠也は車から降りた。執事・山田樹(やまだ いつき)は彼を見ると、救世主を見たように、慌てて駆け寄ってきた。「旦那様......いえ、申し訳ございません!」執事は慌てて言い直した。「碓氷さん、お越しいただきありがとうございます。私がうろたえてしまい、失礼いたしました。新井様はご出発前に、碓氷さんに大変お世話になったとおっしゃていました」誠也は執事を見て、「新井さんは全て話したのか?」と尋ねた。「はい」執事は言った。「新井様は、あなたには奥さんとお子さんがいらっしゃること、先日公表された結婚届は偽物で、お二人は仕事上のパートナーであることなどを全てお話されました。それから、お二人のことについてもすでに訂正記事を準備しておりますので、明日、北城の主要メディアで一斉に発表されます」それを聞いて、誠也は眉をひそめた。真奈美は明らかに全てを手配済みなのだ。まるで亡き後の事を託すかのようだった。誠也は、「哲也くんはどこだ?」と尋ねた。「部屋に閉じこもって出てきません。石川社長が説得しても無理でした」「俺が様子を見てこよう」「お願いします!」誠也は家に入り、まっすぐ2階へ向かった。2階の子供部屋の外で、大輝は腰に手を当てて、行ったり来たりしていた。誠也は近づき、閉ざされたドアに視線を向け、それから大輝に、「チケットはもう予約しましたか?」と尋ねた。大輝は立ち止まり、眉間を押さえた。「もう秘書に手配させました」「今執事に言われたのですが、新井さんは俺とのことの訂正記事をすでに用意しているらしくて、明
続きを読む

第810話

誠也は、大輝の真奈美に対するあまりにも厳しい評価を聞いて、驚いた。彼は大輝の判断は、あまりにも一方的だと思った。哲也のこともあるし、ここは大輝に一言、忠告しておいた方がいいだろう。「石川社長、新井さんの話をすると、いつも感情的になるようですが」大輝はきょとんとした顔になった。「石川社長、あなたはいつもユーモアがあって気さくな人だと評判ですが、何度かお会いした限りでは、確かに評判通りです。ただ、新井さんの話になると、いつも躍起になりますね」「それはあの女が大嫌いだからですよ!」大輝は声を荒げた。誠也は眉を上げた。「嫌いですか?それとも期待していた分、裏切られたと感じているからですか?」大輝は一瞬、言葉を失った。「あなたが新井さんを叱責する様子を見ると、いつも、なにやらやけに苛立っているように感じますね」それを聞いて大輝は口を開こうとしたが、何も言えなかった。この反応を見て、誠也は自分の推測が正しいと確信した。「本当は、あなたも新井さんがそんなに自分勝手な人間じゃないと思ってるんじゃないですか?だけど彼女があなたの期待通りじゃなかったから、裏切られたと感じて、失望し、腹を立ててしまうんじゃないですか」「余計なお世話です!」大輝の顔色はみるみる悪くなった。「あなたが二宮さんと寄りを戻したからって、得意げになって人のことまで口を挟めると思わないでください!何もわかってないくせに、私に指図するのはやめてください!」誠也は大輝を見て、軽く微笑んだ。「なら、今言ったことを忘れてください。失礼しました」「哲也は任せましたよ。私はこれで失礼します」大輝は鼻を鳴らした。足早に去っていく大輝の背中を見ながら、誠也は首を横に振った。それは同じ男同士だからこそ気持ちがわからなくもないのだ。大輝はきっと、後で後悔するだろう。誠也は視線を戻し、扉の前に歩み寄り、ノックした。「哲也くん、俺だ」部屋の中では、哲也が膝を抱えてうずくまっていた。誠也の声を聞いて、哲也は顔を上げた。誠也が来た?幻聴だろうか?再びノックの音が響いた。「哲也くん、君のお父さんは帰った。二宮おばさんが、梨野川の別荘にしばらく泊まりにおいでと言ってるだが、来るか?」それを聞いて、哲也はすぐに立ち上がり、ドアを開けた。哲
続きを読む
前へ
1
...
7980818283
...
97
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status