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好きだった
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Author: 甘菓子

第1話

Author: 甘菓子
桜陵大学は、ある動画の話でもちきりだった。

映っていたのは、芸術学部の桐谷莉緒(きりたに りお)。5つ星ホテルの最上級スイートで、一糸まとわぬ姿の彼女が、頭ひとつ背の高い男に大きな窓へ押しつけられていた。

規則的な音が絶え間なく響いていた。やがて行為を終えた男が、彼女の耳元で囁く。

「いい子だ」

莉緒にとって初めての夜を収めたその動画は、学生たちのグループチャットに流されていた。

男のひと言に、チャットグループは爆発的な盛り上がりを見せていた。

【この声……久世怜司(くぜ れいじ)じゃない?】

【大学の理事までモノにするなんて、莉緒もやるね。どうりで、あの子をいじめてた連中がおとなしくなったわけだ】

【清純そうな顔して、やることやってんだね。さすが愛人の娘】

その騒ぎが莉緒の耳に入ったとき、彼女は寮の部屋で怜司に贈るためのマフラーを編んでいる最中だった。

ルームメイトたちはスマホの音量を最大にし、ニヤニヤとスマホを回し見しながらわざとらしく声をかけてきた。

「莉緒、ずいぶん慣れた声出してるじゃない。普段からあんなことやってるわけ?」

どっと嘲笑が湧き起こった。莉緒は真っ青になってその場に凍りつき、編みかけのマフラーが手から滑り落ちるのも構わず、部屋を飛び出した。

動画の件はいったいどういうことなのか。莉緒はもつれる足で怜司の執務室へと急いだ。だが、扉の前まで来たところで、中から嘲るような声が聞こえてきた。

「怜司、あれはえぐいって。わざと顔まではっきり撮ってさ。あれじゃ莉緒も弁明のしようがないぜ」

莉緒の頭の中が真っ白になった。全身から血の気が引き、その場に立ち尽くす。

「そりゃ自業自得だろ。怜司の本命に手を出したんだ、やり返されて当然さ」

「にしても手が込んでるよな。わざと『莉緒の母親は愛人だ』なんて噂を流させて、あいつがいじめられ始めたら、今度は救世主ぶって助けに入るんだから。

しかもあいつの前じゃ、いかにも一途に愛してますって顔してさ」

「で、いつネタばらしするつもりだ?ずっと好きだった男が、実は姉貴の婚約者でしたって知ったら、あの小娘、泣きすぎて気絶するんじゃないか?ははは……」

ソファに気怠げに身を沈めた怜司は、指に挟んだたばこの灰を灰皿の縁で落としながら、黙ったまま聞いていた。その表情からは何を考えているのか読み取れない。傍らの友人が、黙り込む彼に尋ねた。

「まさか情が湧いたのか?あの小娘のせいで沙織は2年も海外に追放されて、向こうじゃまともにメシも食えず着るものにも困ってたんだぞ。このまま許すわけにいかないだろ!」

莉緒の異母姉――桐谷沙織(きりたに さおり)。

その名前を聞いて、怜司はようやく反応を示した。たばこを揉み消し、淡々と言う。

「沙織が帰国したらだ。ちょうど莉緒が楽しみにしてる記念日だからな。サプライズを用意してやる。沙織にしたことは、きっちり返してもらうよ」

莉緒は息をのんだ。煙の向こうに見える怜司の冷酷な顔を見つめていると、胸を締めつけられ、目の前が暗くなった。

母親を中傷するあの噂も、怜司が流したものだった。近づいてきたのも、いじめから守ってくれたのも、すべては復讐のためで、本当に愛しているのは異母姉の沙織だったのだ。

莉緒はこれ以上聞いていられず、その場から逃げ出した。しかし、数歩も行かないうちに、数人の女子学生が行く手を塞いだ。

「あら、動画のヒロインじゃない!」

「執務室に行ってたの?またヤってもらいに?」

莉緒は青ざめた顔で逃げようとしたが、彼女たちに突き飛ばされ、揉みくちゃにされた。そのとき、背後から怜司の冷ややかな声が響いた。

「おい、莉緒に何してる。俺が黙ってると思ったか?」

いつの間にか執務室を出ていた怜司が歩み寄ってくるのを見て、女子学生たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

怜司は莉緒のそばに来ると、走って乱れた髪を直し、身をかがめて視線を合わせながら、指の腹で彼女の頬を優しく撫でた。

「言っただろ。またいじめられたら、俺の名前を出せって」

いつものたばこの匂いが鼻をつき、莉緒は目頭が熱くなった。目の前にいる怜司の姿が、これまで何度も自分を守ってくれた姿と重なる。まるで昔の夢を見ているようだった。

母が自ら命を絶ち、父が初恋の相手とよりを戻してから、莉緒は孤児も同然の生活を送ってきた。

やがて大学で「莉緒の母親は愛人だ」「沙織こそが桐谷家の本当の娘だ」という噂が広まり、「愛人の娘」というレッテルを貼られた莉緒へのいじめが始まった。

そんな彼女を救ってくれたのが、怜司だった。大学の理事である彼にとって、莉緒を守ることなど難しくなかった。それでも莉緒にとっては、彼のおかげでようやく安心できる居場所を得られたのだ。

昨日の怜司の誕生日には、酒の勢いもあって初めて体を重ねた。彼は普段の優雅な振る舞いからは想像もつかない強引さで、一切の遮るものがないガラス窓に莉緒を押しつけ、緊張で震える彼女の体を眺めていた。

怜司に抱かれながら、莉緒はまるで長く彷徨った末に、ようやく帰る場所を見つけた鳥のような気持ちだった。

けれど、その居場所の裏に、幾重もの企みが隠されていたとは知らなかった。

莉緒が我に返ったときには、すでに怜司に連れられて建物を出て、彼の車の助手席に座っていた。

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