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第2話

Author: 甘菓子
怜司はいつものように身を乗り出して莉緒のシートベルトを締め、赤くなった目元を見て優しくなだめた。

「動画が出回ったのは手違いだ。人を使って全部消させる。今日は体調が良くないみたいだし、家まで送るよ」

莉緒は唇を噛みしめた。執務室で聞いた彼の言葉を思い出すと、涙がこらえきれずあふれ出した。

怜司はわずかに戸惑い、手を伸ばして彼女の涙を拭った。そして何かを思い出したようにドアを開けた。

「ちょっと待っててくれ。用事を済ませてくる」

ドアが閉まってから、莉緒は怜司がスマートフォンを取り違えていることに気がついた。アームレストの横に置かれた彼のスマホを、引き寄せられるように手に取り、沙織の誕生日を入力すると、ロックはあっさり解除された。

LINEのトーク一覧の一番上には、沙織の名前がピン留めされていた。

2人の直近のやり取りで、沙織は自分が帰国する前に莉緒と完全に縁を切れるのかと尋ねていた。怜司の返信はこうだ。

【ただの遊び相手だよ。付き合ってすらいない】

莉緒は胸が締めつけられ、鼻の奥がつんとした。それでも涙をこらえ、さらに画面をさかのぼった。

沙織が海外にいた2年間、怜司は毎日欠かさず彼女に電話をかけていた。時間はいつも夜の8時頃。

それは彼が「理事会があるから、何があっても絶対に邪魔をするな」と莉緒に告げていた時間だった。

それだけでなく、彼は毎月多額の金を沙織へ送金していた。メッセージのひと言すら添えず、淡々と送金だけを繰り返していた。

沙織も甘え上手で、時折自撮り写真を送っては褒めてほしいとねだっている。怜司は莉緒には一度も見せたことのないような可愛い動物のスタンプを返し、薄着をして風邪を引かないようにと気遣っていた。

それらのやり取りを見て、莉緒は自分が怜司のことを何も知らなかったのだと、ようやく悟った。自分に向けられていた優しさや気遣いなど、沙織へ注がれる愛情のほんの一部にすぎなかった。

怜司が車に戻ってきたとき、その手には緊急避妊薬の箱が握られていた。

彼は莉緒の頭を撫で、この上なく優しい声で言った。

「昨夜は余裕がなくて、そこまで気が回らなかった。念のため、これを飲んでおいてくれ」

莉緒は薬の箱を両手で強く握りしめ、血がにじみそうなほど唇を噛んだ。あの会話を直接聞いていなければ、今も怜司が自分のためを思ってくれているのだと疑いもしなかっただろう。けれど今はもう、すべて分かっていた。

家の前に車が止まると、怜司はいつものように別れのキスをしようとした。莉緒がそれを避け、慌ててシートベルトを外すと、怜司は表情を険しくして強引に彼女を抱き寄せた。

「まだ動画の件で怒ってるのか?」

「……」

「動画を撮ったのは俺じゃない。ホテルの責任者ももう解雇された」

怜司は莉緒の顎を持ち上げた。

「莉緒、俺はお前を傷つけるつもりなんてないし、これからも絶対に傷つけない。もうすぐ俺たちの記念日だろ。そのときはちゃんと埋め合わせするから」

真実よりも、善意を装った嘘のほうが人を深く傷つける。莉緒は鼻の奥がつんとして、怜司を押し返した。

「もう行くね」

小走りで家へ駆け込んだ途端、父の桐谷正雄(きりたに まさお)と真正面からぶつかった。険しい顔を見上げる間もなく、莉緒は思い切り頬を張られた。

「莉緒、お前を見損なったぞ。恋愛するのは勝手だが、あんなふしだらな動画を撮るとは、俺の顔に泥を塗る気か!」

「大学の連中がお前を目の敵にするのも当然だ。お前が汚らわしいことをしてるから、ろくでもない連中が寄ってくるんだろうが!」

そう怒鳴りつけると、父は1枚の航空券を莉緒の前に投げつけた。

「7日後のフライトを取った。どこへでも消えろ。そして二度と戻ってくるな!」

莉緒は震える指で床の航空券を拾い上げた。それは、この世界から完全に見捨てられたことを告げる紙切れのように思えた。父は恥さらしの娘を追い出したいのだ。ちょうどいい。莉緒自身も、もうここにはいたくなかった。

「出ていきます。お父さんの言う通り、二度と戻りません」と、莉緒は静かに答えた。

正雄は一瞬言葉を失い、聞き間違えたかと思った。

以前、沙織の海外留学を手配した際、莉緒にも一緒に行くよう勧めたが、彼女は頑として首を縦に振らなかった。再三問い詰めてようやく、恋人がおり、その相手を心から愛しているのだと知った。

だから今回も拒むものとばかり思っていたところ、莉緒があまりにもあっさりと承諾したため、正雄はようやく怒りを少し収めた。

「週末に沙織が帰ってくる。歓迎パーティーを開くから、お前も出席しろ。動画はもう出回ってるんだ。顔を出さなければ、かえってあの良からぬ噂を認めたことになる」

莉緒はうなずいた。

「分かりました」

……

莉緒は大学を3日間休んだ。その間に、怜司から贈られた品をすべて梱包し、元の値段でネットに出品した。

3日後、沙織が帰国した。父は市内で最も大きなホテルで歓迎パーティーを開き、財界の有力者をこぞって招待した。その中には怜司もいた。

莉緒はこんな場所で怜司に会うとは思っておらず、踵を返そうとした。だが、怜司に手首を掴まれ、人のいない場所へ引きずり込まれる。怜司は莉緒を壁に押しつけ、両手を彼女の脇に突いて退路を塞いだ。熱い息が耳元にかかる。

「この数日、大学にも来ないし、メッセージも返さない。記念日にも何の音沙汰もない。莉緒、俺がどれだけ心配したか分かってるのか?」

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