All Chapters of 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?: Chapter 201 - Chapter 210

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第201話

「私たちが一緒に住んでいようがいまいが、あなたには関係ないでしょう。あなたが口出しすることじゃないわ。長谷川、本当に申し訳ないと思っているなら、二度と私の前に現れないで。あなたの顔なんて、もう見たくもない」そう言い放つと、彼女は踵を返し、マンションへと足早に向かった。結衣の後ろ姿を見つめながら、涼介の表情が暗く沈んだ。結衣とまだ完全に別れていなかった頃から、ほむらがすぐそばで機会を狙っていたこと、そして結衣のパーティーでほむらが自分に言い放った言葉を思い出し、涼介の胸に怒りが込み上げた。結衣を取り戻す機会はもうないかもしれない。だが、結衣とほむらが結ばれるのを、黙って見ているつもりもなかった。エレベーターホールに入ると、ほむらがエレベーターを待っているのが見え、結衣は歩みを緩めて彼の隣に立った。「こんばんは。お買い物の帰り?」ほむらは頷いた。「ええ、こんばんは」挨拶を交わした後、ほむらの視線はずっとエレベーターの表示パネルに注がれ、まるで何かに心を奪われているかのようだった。結衣は唇を結んだ。先ほどの涼介との一件を説明しようかと思ったが、考え直して口を閉ざした。結衣がほむらを拒絶して以来、彼は意図的に彼女を避けていた。そのため、向かい合わせに住んでいながら、この数日間一度も顔を合わせていなかった。彼の今のよそよそしい態度は、明らかに二人の間に距離を置こうとしている証拠だ。もし自分から積極的に説明すれば、かえって自意識過剰に見えてしまうだろう。エレベーターがすぐに到着し、ほむらが先に乗り込んだ。結衣は俯きながら彼の後に続いた。心にぽっかりと穴が空いたような気持ちだった。お互いに距離を置くことを望んだのは自分なのに、いざほむらがその通りにすると、寂しく感じてしまう。エレベーターがゆっくりと上昇するにつれて、結衣の気分もますます沈んでいった。突然、「ドン」という衝撃音と共にエレベーターが急停止し、照明も一瞬にして消えた。エレベーターの中は真っ暗闇に包まれた。子供の頃、養母に地下室に閉じ込められた時の、あの息苦しい感覚が蘇り、結衣の呼吸が荒くなった。彼女は必死にエレベーターの手すりを掴み、自分を落ち着かせようとした。しかし、だめだった。まるで陸に打ち上げられた魚のように、酸素が失われ
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第202話

「はい、承知いたしました。すぐに技術スタッフが向かいますので、エレベーター内でもう少々お待ちください。ご不便をおかけしますが、よろしくお願いいたします」ほむらが係員と話している間、結衣は俯くと、彼が先ほど買ってきた食材が床に散らばっているのが目に入った。ジャガイモやトマトが、エレベーターの隅々に転がっている。先ほど自分が突然倒れた時、彼が自分を支えるために、持っていた買い物袋を床に投げ出したのだろう。彼女はしゃがみ込み、散らばったジャガイモとトマトを拾い集めて袋に戻した。係員との話を終えたほむらが振り返ると、結衣が静かに彼の後ろに立っているのが見え、その眼差しが不意に和らいだ。「修理の人はすぐに来る。怖がらなくていい、せいぜい十数分もすれば出られるはずだ」「ええ」結衣は頷いた。「さっきは、ありがとう」彼女の顔色が先ほどよりは良くなっているのを見て、ほむらはそっと安堵の息を漏らした。何かを言いかけた、その時。突然エレベーターがガクンと揺れた。結衣は体勢を崩し、持っていたスマートフォンが床に落ち、彼女自身もバランスを失って倒れ込もうとした。「きゃっ!」彼女はとっさにそばの手すりを掴もうとしたが、間に合わなかった。まさにその瞬間、ほむらが腕を伸ばして彼女の腰を抱き、ぐっと自分の腕の中へと引き寄せた。ドクン、ドクン!心臓がまた速く鼓動し始める。結衣は彼の胸に手を当てて、体を支えた。「わ……私、もう大丈夫だから。離して」ほむらは彼女に視線を落とし、その腕をそっと離した。「手すりをしっかり掴んで」「……はい」結衣は手すりを掴んだ。今度こそしっかり掴んでいなければ、と心の中で思った。ほむらは身をかがめて床のスマートフォンを拾い上げた。その時、視界の隅に、自分が先ほど投げ出した買い物袋が、きちんとまとめられてエレベーターの隅に置かれているのが映り、彼の瞳がかすかに揺れた。彼は体を起こし、スマートフォンを結衣に差し出した。「君のスマホ」「ありがとう……」結衣はそれを受け取ると、視線を彷徨わせ、どうしてもほむらと目を合わせることができなかった。彼女のそっけない態度に、ほむらは唇を引き結び、その瞳に一瞬、失望の色がよぎった。だがすぐに、先ほどスマートフォンのライトをつけた瞬間に見た
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第203話

このところ残業が多くて、拓海は毎日不満たらたらなの。「このままじゃ社畜は働きすぎて倒れちゃう」って。だから、この忙しい時期が終わったら、ちゃんとご飯をご馳走しないと、もう頑張れないって言われちゃった。結衣の顔に浮かんだ笑みを見て、ほむらの眼差しがすっと沈んだ。「君は、そのアシスタントのことをずいぶん気に入っているようだね」結衣は頷いた。「ええ、真面目で仕事もできるし、私が残業する時はいつも一緒に残ってくれるの。夜遅くなると家まで送ってくれる時もあるし、こんなにできた部下、他にはいないわ。だから来月、給料を上げてあげようと思ってるの」ほむらの瞳に、深い光がよぎった。以前、伊吹家にいた頃の拓海は、座れるなら絶対に立たず、横になれるなら絶対に座らないような男だった。今、これほど甲斐甲斐しくしているのは、結衣を狙うためだけに違いない。「うん。でも、給料を上げてやるより、彼女を紹介してやった方がいいんじゃないか?」その言葉に結衣は一瞬きょとんとし、どこか腑に落ちない顔をした。「彼ほどのイケメンに、彼女には困らないでしょう。それより給料を上げてあげる方が、よっぽど実用的よ」それに、自分の周りにいるのは同年代の女性ばかりで、拓海とは釣り合わない。結衣のあっけらかんとした様子に、ほむらは心の中でそっと安堵のため息をついた。「うん、確かに。君の言う通りだ。給料を上げてやる方がいいな」結衣は目を伏せた。気のせいかもしれないが、ほむらの機嫌がずいぶん良くなったように感じた。二人がとりとめのない話をしていると、すぐにエレベーターの修理が完了した。照明が点いた瞬間、結衣は目に見えてほっとした表情を浮かべた。ほむらと自分のスマートフォンのライトが点いていたとはいえ、やはりエレベーターの中は薄暗いと感じていたのだ。幸い、ほむらが話しかけてくれたおかげで、そのことを考える暇もなかった。やがてエレベーターは八階に停まり、ドアが開いた。結衣とほむらは一緒に外へ出た。その瞬間、心に何とも言えない寂しさがこみ上げた。一瞬、修理の人がこんなに早くエレベーターを直してくれなければよかった、とさえ思ってしまった。そうすれば、ほむらともう少し一緒にいられたのに、と。エレベーターホールを出ると、二人はそれぞれ左と右へと分かれ
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第204話

「果物を洗ってくれる?野菜は僕が洗うから」結衣はそばのかごに目をやり、いちごとぶどうを指した。「これを洗えばいいの?」「うん」結衣はほむらの隣に立ち、蛇口をひねっていちごを洗い始めた。彼女はとても丁寧に洗っていて、その細く白い指の間を水が滑り落ちていく様は、まるで一枚の絵画のように美しかった。ほむらは一瞬目を奪われたが、すぐに視線を逸らし、俯いて野菜を洗い続けた。いちごを洗い終え、結衣は皿に盛ろうとほむらを見た。「お皿はどこにあるの?」「僕の方の食器棚にある。取ってあげるよ」彼は手にしていた野菜を置くと、手を拭き、棚の扉を開けて白い皿を一枚取り出し、結衣に手渡した。「お皿は、これだけなの?」結衣が彼の手の中の皿をじっと見つめている。その表情は、どこか……物足りなそうに見えなくもない。ほむらは頷いた。「うん、うちの食器は全部、白で統一してるんだ」結衣は思い返した。以前、ここで食事をした時も、料理が盛られていたのは確かに真っ白な皿だった。「私の部屋に、果物用のすごく可愛いお皿があるの。取ってくるから、これは野菜を盛るのに使って」ほむらは皿を持つ手をゆっくりと握りしめ、彼女を見上げて言った。「分かった」彼が頷くのを見て、結衣はくるりと踵を返し、キッチンを出て行った。すぐに、彼女はピンク色のチューリップが描かれた皿を手に戻ってきた。結衣が手にしている皿は、縁に沿ってチューリップが描かれており、その明るい色合いは、彼の家のモノトーンを基調とした内装とは少し不釣り合いに見えた。ほむらは元々、こうした淡いピンク色はあまり好きではなかったが、今は不思議と悪くないと思えた。結衣はいちごを皿に盛り付けると、笑顔で彼の前に差し出した。「このお皿に果物を盛ると、すごく可愛くない?食器を買いに行った時、一目惚れしちゃったの」「うん、すごく可愛いね」「でしょ!私って、センスいいでしょ!」結衣は嬉しそうに笑い、明らかにほむらの言葉にご満悦だった。いちごを脇に置き、結衣はぶどうを洗い始めた。「そういえば、最近忙しいの?このところ、全然顔を見なかったから」ほむらの野菜を洗う手が止まり、彼は目を伏せて口を開いた。「うん、最近、仕事を探していてね」結衣は彼を一瞥した。「あら、そうだ
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第205話

詩織の言葉を借りるなら、結衣は養母の元でも汐見家でも、誰かにとっての『揺るぎない一番』になったことがない。だからこそ、誰かが幾度となく歩み寄ってくれて、初めて勇気を出して応えることができるのだ。だが、その歩み寄りを続ける側にとって、それは並大抵のことではないだろう。ほむらは眉をひそめ、結衣を見つめたまま何も言わなかった。しばらく待ってもほむらが口を開かないので、結衣は少し気まずく感じた。「さっきの話、あまりプレッシャーに感じないでほしいの。私たちは、これからも友達でいられるから」ほむらは彼女を見つめ、一言一言区切るように言った。「すまない、君の言っていることが、どうしても飲み込めない。君の立場に立って考えてみたが、やはり分からないんだ。なぜ、君が僕を愛せないことが『僕を振り回す』ことになる?言わせてもらうなら、これは君の問題じゃない、僕の戦いだ。君がチャンスをくれて、それでも僕が君の心を掴めなかったとしたら、それは僕が君の過去の男に及ばなかったというだけのこと。僕が彼を越えさえすれば、君が彼を忘れられないなんてこと、あり得ないはずだ」結衣は呆然とした。彼がそんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。てっきり、自分の言葉を聞いて、どうやってやんわりと断るか考えているのだとばかり思っていた。顔を上げてほむらを見つめ、結衣が何かを言おうとした、その時、ほむらが再び口を開いた。「さっき、僕にときめいたと言ったね。それは、僕が君を追いかけるチャンスをくれる、と解釈してもいいのかな?」結衣は目を伏せ、こくりと小さく頷いた。その瞬間、ほむらの世界がぱっと明るくなったように感じた。鍋を食べ終え、ほむらが食器を片付け終えると、結衣を見て言った。「よかったら、一緒に散歩でもしないか?腹ごなしに」結衣が頷こうとした、まさにその時、携帯が鳴った。拓海からだと分かり、結衣は少し驚いた。こんな時間に、拓海がどうして急に連絡を?彼女はスライドして通話に出た。「拓海くん、どうしたの?」「結衣先生、さっき依頼人に会って、事務所に戻る途中なんですけど、車が故障しちゃって。この辺、タクシーも捕まらないし、携帯ももうすぐ電池が切れそうなんです。迎えに来てもらえませんか?」拓海の声は低く、どこか可哀想な響
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第206話

拓海は言葉を失った。「行こう。ここは冷える。車は明日、レッカーを呼んで運んでもらえばいい」「……はい」車に乗り込み、拓海は後部座席に座った。運転席のほむらと助手席の結衣が時折交わす言葉、そのほむらの眉間に浮かぶ優しげな表情を見つめる。結衣がほむらを見つめる眼差しも、明らかに以前食事をした時のような気兼ねのないものではなく、恋する女性特有の恥じらいを帯びていた。まだ数日しか経っていないのに、二人の関係はもうこんなに進展しているのか?!拓海の露骨な不機嫌さに、助手席の結衣さえもそれに気づき、彼の方を振り返った。「拓海くん、晩ご飯は食べたの?」拓海の口調はどこか冷ややかだった。「いいえ。でも、お二人のイチャイチャぶりを見てるだけで、もうすっかりお腹いっぱいになりました。ごちそうさまです」その言葉に結衣の顔がカッと熱くなった。幸い夜で車内は薄暗く、拓海とほむらに彼女の真っ赤な顔が見えることはなかった。「何、馬鹿なこと言ってるの……誰がそんな……」「ここに俺以外、お二人しかいないじゃないですか」結衣は言葉に詰まった。そんなに分かりやすかっただろうか。今夜、ほむらと付き合ってみようと決めたばかりなのに、拓海は車に乗って三十分も経たないうちに見抜いてしまったのか?ほむらは前方を向いたまま、平然とした様子で口を開いた。「冷蔵庫に水があるぞ、拓海。人の幸せは、案外消化に悪いからな」拓海は言葉を失った。ほむらが運転中でなければ、本気で殴りかかっていたところだ。拓海はそれ以上何も言わず、心の中でどうやって結衣を奪い返すか算段を立てていた。どうせ、ほむらの祖父母が結衣と付き合うことを認めるはずがない。自分にはいくらでもチャンスがある。それに、ほむらのこの行動は無責任だ。家が反対すると分かっていながら結衣と付き合い始めるなんて、典型的なクズ男のやることじゃないか?!だめだ、結衣にほむらの正体を見極めさせる方法を考えなければ!一時間後、車は拓海が住むマンションの前で停まった。ほむらは車を停め、冷淡な表情で拓海を振り返った。「着いたぞ」「はい」拓海は結衣を見て、笑顔で言った。「結衣先生、今夜は送ってくださってありがとうございました」「お礼ならほむらに言って。今夜運転してくれたのは彼
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第207話

結衣はまだ、ありえないと思っていた。「きっとあなたの勘違いよ。私は拓海くんのこと、弟みたいに思ってるし、彼もきっと私のことをお姉さんみたいに思ってるわ」ほむらは笑って何も言わなかった。拓海は彼女の弟ではない。いずれ、彼女の甥になるのだ。家に着いたのは、もう夜の十時過ぎだった。「今夜は運転、お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」結衣がそう言って別れようとするのを見て、ほむらは彼女を呼び止めた。「お疲れ様って言ってくれるなら、何かご褒美をくれてもいいんじゃないかな?」「……ご褒美って、何が欲しいの?」「僕が欲しいものなら、何でもくれるの?」結衣は下唇を噛んだ。なぜだか分からないが、胸が少しドキドキしてくる。まさか、キスしてほしい、とか?「そ……それは、何が欲しいかによるけど」ほむらは彼女を見下ろし、思わず心に喜びが込み上げた。彼女は今、自分の目の前、三歩も離れていない場所に立っている。いつか、こんな風に正々堂々と彼女の前に立ち、彼女を追いかける機会が訪れるなんて、以前は考えもしなかった。「抱きしめても、いいかな?」結衣は一瞬きょとんとした。「それだけでいいの?」てっきり、ほむらがもっととんでもない要求をしてくるのかと思って、しばらくドキドキしていたのに。考えすぎだったようだ。ほむらは眉を上げ、口元に笑みを浮かべた。「なんだか、がっかりしたみたいだね?」「そ……そんなことないわ。変なこと言わないで」ほむらは笑いをこらえた。「うん……じゃあ、抱きしめてもいいかな?」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、結衣はためらわず、自分から彼の腰に腕を回した。ふわりとクチナシの香りがして、ほむらの体は一瞬で硬直し、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。もしこの時、結衣が顔を上げていれば、彼の耳が血が滲むほど真っ赤になっているのが見えただろう。あまりに突然で、心の準備ができていなかった。最初の驚きと信じられない気持ちが過ぎ去り、ほむらは震える手で結衣を抱きしめた。腕の中から、くぐもった声が聞こえてきた。「次から、こういうことは二度も確認しなくていいから……もしかして、恋愛経験、ないの?」ほむらのこの、おずおずとした様子は、まるで恋愛経験が全くないかのようだった。でも
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第208話

「こんなに夜遅くに?おばあちゃんが私に何か大事な用事かしら?」「私にも詳しくは……大奥様が、お嬢様にご連絡するようにと」結衣は目を伏せた。「はい、分かりました。すぐに伺います」電話を切り、結衣はほむらの方を向いた。「おばあちゃんに呼ばれて、実家に帰らないといけなくなったの。今夜は戻れないかもしれないから、先に休んでて。おやすみ」彼女がそう言って立ち去ろうとすると、ほむらが慌てて引き止めた。「送っていこうか?」「ううん、大丈夫。そんなに遠くないから」「分かった。じゃあ、着いたら連絡して」結衣は頷くと、足早にエレベーターへと向かった。汐見家の本家に駆けつけた時には、もう夜の十一時近くだった。大広間は煌々と明かりが灯され、祖母の時子だけでなく、満と父の明輝、そして母の静江の姿もあった。彼らの顔を見て、結衣の瞳が揺れる。彼女は祖母の隣へ歩み寄った。「おばあちゃん、私を呼び戻したご用件は?」結衣が自分たちをまるで見ていないかのように、挨拶一つしない様子に、静江と明輝は眉をひそめた。「まあ、お座りなさい。今日あなたを呼んだのは、会社の株のことで話があるからよ」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、静江が不満そうな顔で口を挟んだ。「お義母様、私たちはただ満を会社で働かせたいだけですわ。株と何の関係があるのですか?それに、結衣を呼び戻す必要なんてないでしょう?」時子は静江を無視し、結衣が腰を下ろすのを待ってから口を開いた。「以前にも言ったはずよ。汐見グループの株を、満に渡すつもりはない。あの子は、どうあっても汐見家の人間ではないんだから」満の顔が青ざめ、爪が手のひらに食い込んだ。伏せられた瞳には、怒りと無念が渦巻いていた。汐見家と血の繋がりがないというつまらない理由だけで、この数年、時子の態度はひどく冷淡で、どんなに取り入ろうとしても無駄だった。それなのに、このクソババアは体ばかり丈夫で、ちっとも死にそうにない!時子はうつむく満を一瞥したが、その目に感情はなかった。もし満がもう少し行儀の良い子であれば、二十年以上も自分を「おばあ様」と呼んできた情けで、いくらかのお金は渡してやっただろう。しかし、時子の観察によれば、満は見た目ほど素直ではなく、腹に一物ある娘だった。静江が真っ
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第209話

「汐見グループへの入社をお許しいただけないのなら、私は自分で仕事を探します。ご安心ください、言ったことは必ず守ります。もう遅いですから、おばあ様はどうぞお早くお休みください。私はこれで失礼いたします」そう言うと、満はきっぱりと背を向けてその場を去った。静江は顔色を変え、慌てて立ち上がって後を追った。明輝は席を立たなかったが、時子を見るその眼差しには、はっきりと不満の色が浮かんでいた。もちろん、彼が不満なのは時子が満の入社を認めないからではない。時子が、自分の持つ株をすべて、息子の自分ではなく、孫娘に過ぎない結衣に譲ろうとしていることに対してだった。「母さん、あなたのその株は汐見グループの未来と発展に影響します。誰に渡すか、あまり軽率にお決めにならない方がよろしいかと存じます」時子は冷たい顔をした。この息子が頼りにならないからこそ、株を結衣に譲る決心をしたのだ。「そんなことを言う暇があるなら、まず自分の家のことを心配したらどう?家一つまともに管理できない人間に、会社を任せられるとでも思うの?」明輝は言葉に詰まった。「もういい。わたくしの株を誰に渡すかは、わたくし自分が決める。もう帰りなさい」明輝は眉をひそめたが、結局何も言わずに立ち上がってその場を後にした。大広間に結衣と時子だけが残されると、結衣は困ったように祖母を見た。「おばあちゃん、私、汐見グループには興味がないんです。株なんてもっと興味ない。これからはこういうことで私を呼び戻すのはやめてください。みんなから目の敵にされるのは、もううんざりです」「興味があるかないかなど関係ないわ。汐見家の人間として、果たすべき責任があるのよ。あなたは、このまま汐見グループが満一人のものになるのを、ただ見ているつもりなの?」「兄の文哉や、従兄だっているじゃないですか」満にその気があっても、それを実行する能力がなければ意味がない。時子は鼻を鳴らした。「あなたの兄は毎日考古学のことばかり。正月に食事に帰ってくるだけで、すぐに慌てて出て行ってしまう。あの子に会社が継げると思う?それにあなたの従兄なんて、もう話したくもないわ。思い出すだけで頭が痛くなる」「彼らが継げなくても、私だって継げません。経営なんて学んだこともないし、汐見グループには興味がないんです
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第210話

満は静江の方を向き、目に涙を浮かべて言った。「お母様、もういいの。私、他の会社で仕事を探すわ。おばあ様は私のことを信じてくださらないもの。汐見グループに入ったって、きっと居場所がなくなるだけだわ。それなら、他の会社に行った方がいい。それに、汐見家に頼らなくたって、私、きっと成功できると信じてるから」「ええ、信じているわ。あなたが汐見グループに行きたくないと言うなら、ひとまずおじさんの会社で数年、経験を積んでみたらどうかしら。そこで実績を上げたら、お父さんに話して、汐見グループに入れてもらうようにしてあげるから」満は目を伏せ、頷いて言った。「はい、お母様の言う通りにするわ」その瞳の奥は、どす黒い感情で満ちていた。静江の弟の会社になど、行く気は毛頭なかった。今、汐見グループに入れなければ、将来、入社できる可能性はさらに低くなる。だから、何としてでも汐見グループに入る方法を考えなければならない!「もう、そんなに落ち込まないで。明日、お買い物に連れて行ってあげるわ。前に、欲しいバッグがいくつかあるって言っていたでしょう?お母さんが全部買ってあげるから!」満が欲しがっていたバッグや服は、合わせると2億円以上にもなった。静江も最初は高すぎると感じ、買ってあげるのをためらっていた。しかし、会社に入れないことで落ち込んでいる満の機嫌が、この出費で直るのであれば、それも価値があるというものだ。満の顔がぱっと輝いた。「本当?お母様、ありがとう!やっぱりお母様が一番優しいわ!」「あなたは私の娘ですもの。あなたに良くしないで、誰に良くするというの?」「うん」二人が帰ろうとした、まさにその時。明輝が冷たい顔で本家から出てきた。静江は彼を一瞥し、不機嫌そうに言った。「さっきお義母様の前では、あなた、黙りこくっていたじゃない。あなたがもう少し強気でいてくれたら、満がこんなに辛い思いをすることもなかったのに!」明輝の顔が険しくなり、何か言おうとしたが、その前に満が割って入った。「お母様、だっておばあ様が株を握っているんですもの。お父様だってどうしようもなかったのよ。今日、私のために一緒におばあ様に会社に入れてほしいって話をしに来てくれただけでも、お父様にとっては辛かったはずよ。もうお父様を責めないであげて。もし
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