All Chapters of 死にゆく世界で、熾天使は舞う: Chapter 151 - Chapter 153

153 Chapters

第五章 第150話 元聖教騎士と三日月の魔女

グノーシス辺境伯領、領主の館── その日のリハビリを恙無く終えたセラフィナが眠りについたことを確認すると、シェイドは寝る前に少し酒でも飲もうかと考え、階下へと向かう。 この時間帯なら、侍女のラミアとエコーは既に自室で寝る準備に入っているが、執事のナベリウスはまだ起きているだろう。彼との他愛ない世間話は、酒の肴に丁度良い。 階段を降りて食堂へと向かうと、意外にもそこには先客がいた。「──あら、君は確かシェイド君……だったかしら?」 すっかり酔い潰れた様子でテーブルの上に突っ伏し、すやすやと静かな寝息を立てているサリエル……そんな彼女を介抱していたアスタロトが、シェイドを見つめて柔和な笑みを湛える。 肝心のナベリウスの姿が見当たらないことに疑問を覚えたシェイドが彼の居場所を尋ねると、アスタロトはワインが注がれたグラスを優雅に揺らしながら答えた。「ナベリウスなら、夜風を浴びてくると言って先刻、屋敷の外へと出て行ったわよ。偶に堕天使の姿に戻って、辺境伯領の空を飛び回ってるみたい。幾ら今の生活が充実していても、ストレスは溜まるものだから」「そりゃあ、残念。酒でも飲みながら世間話でもと、思ったんだが……」 シェイドが溜め息混じりにそう言うと、アスタロトはまるで悪戯っ子のようにくすっと笑う。「──あら? 私が相手ではご不満かしら?」「いや、別に構わないが……これまで、御伽噺の中でしか語られてこなかった伝説の魔女さまと、酒の席でご一緒するのは些か緊張するけども……」「なら、決まりね……ほら、こっちに来て」 対面の席を指差し、座るように促すと、アスタロトは厨房へと小走りで向かい、シェイド用のワイングラスを拝借して再び戻ってくる。「サリエルが、天界以外のワインを飲んだことがないって言うから、試しに飲ませてみたのだけれど……この子、予想以上にお酒に弱かったみたいで……匂いを嗅いだだけで、ご覧の通り。酔い潰れて、寝てしまったのよ」 シェイドのワイングラスに、エリゴールが
last updateLast Updated : 2025-10-02
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第五章 第151話 離反する決意

穏やかなある日の午後……"同族殺し"の異名を持つ天使ラグエルは、ハルモニア国境を突破してグノーシス辺境伯領へと侵入していた。 天空の神ソルに見切りをつけ、天界から離反した嘗ての同胞──死の天使サリエルを討つために。「…………」 領主の館──その庭に植えられている木の枝に、小鳥に扮して留まる。視線の先には、サリエルにサポートして貰いながら歩行訓練に勤しむセラフィナの姿があった。「ふふっ……その調子ですよ、セラフィナさん」 おっかなびっくりといった様子で、それでも一歩一歩着実に踏み締めながら歩みを進めるセラフィナ。そんなセラフィナを微笑ましく思っているのか、サリエルは満開の花を思わせる眩しい笑顔を見せていた。「……サリエル。お前、そんな顔も出来たのか……」 初めて見る、嘗ての同胞の眩しい笑顔。全てのしがらみから解き放たれ、自由の身となったからだろうか。 天界にいた頃のサリエルは、何時も決まって悲しそうな顔をしていた。死の天使という役割に重責を感じていたのもあるだろうが、何より主君たる天空の神ソルの示す方針が心優しいサリエルには合わなかったのだろう。「おっと──」 躓いて転びそうになるセラフィナを、サリエルは真正面からぎゅっと抱き留める。「もう……足元ばかり見ていても駄目ですけど、だからと言って前ばかり見ているのも駄目ですよ?」「ごめん──正直、歩行訓練が必要になるほどの重篤な傷を負ったのって、これが初めてだからさ……あれ、歩くのってこんなに難しかったっけ──って、私自身困惑しているんだよね……」「ふふっ……なら、仕方ないですね。慣れて良いものでもありませんし、次は斯様な事態に陥らぬよう……もっと上手く立ち回らないと、ですよ?」 セラフィナの額にそっとキスをすると、サリエルは小首を傾げながらにこっと笑う。その様はまるで、我が子を慈しむ母のようだった。「…………」 殺すなら、今だ──ラグエルの脳が、素早く指示を出す。
last updateLast Updated : 2025-10-03
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第五章 第152話 命を賭して時間を稼げ

涙の王国── 意図せず敵本拠地が巨大要塞パルマノーヴァであることを突き止める快挙を成し遂げた堕天使バルマー指揮下の帝国第二軍であるが、その代償は余りにも重いものであった。 第二軍を目の上の瘤と危惧する敵幹部、優美なる黒豹オセが主君アザゼルの許可を得て強襲部隊を編成。第二軍はこれまで以上の猛攻に晒されることとなったのだ。 神出鬼没の敵軍を相手に第二軍は奮闘しているが、状況は芳しくない。毎日のように死傷者が出るのだから。将兵たちは少しずつ疲弊し、精神に異常を来たしつつあった。「──失礼します、閣下」 まだ年若い参謀が、司令部で独り煙草を吸っているバルマーの元へと歩み寄ってくる。ハルモニア軍では、参謀も最前線で臨機応変に立ち回ることが奨励されているため、司令部にて偉そうにふんぞり返って胡座《あぐら》をかく者など滅多にいない。 そのため、司令部が参謀や各部隊の指揮官で埋め尽くされるのは総指揮官の召集がかかった時と、定期的に行われる作戦方針を定める会議の時くらいである。「──貴官は確か、この度第二軍に配属されたばかりの新人であったな」「はっ──閣下の下で働けること、光栄に思います」 キレのある動きで敬礼する参謀を見て、バルマーは煙草の煙を吹かしながら顔を少しだけ綻ばせた。まるで、息子でも見ているかのように。 実際、バルマーに限らずハルモニアの将軍は、自らの指揮下にある将兵たちを我が子のように大事にしている。大勢の命を預かっている身なので、一人一人の命を軽々しく扱うことなどまずしない。将が兵たちに対し死ねと命令することなど、ハルモニアの歴史的に見ても稀である。「──閣下。恐れながら、閣下に進言したきことがあり参りました。今一度、私の話をお聞き願えますか?」「許可する。遠慮なく話し給え」 煙草の火を消すと、バルマーは身を乗り出して話を聞く体勢に入る。若干表情を強ばらせつつも、参謀は意を決したように口を開く。「連日のように死傷者を出し、将兵たちの士気が少しずつではありますが下がって
last updateLast Updated : 2025-10-04
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