All Chapters of 死にゆく世界で、熾天使は舞う: Chapter 141 - Chapter 150

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第五章 第140話 状況整理

奇跡が起こり、セラフィナが死の淵より生還してから一夜が明けた。 墓標都市エリュシオンの地下礼拝堂にて、アザゼルにその身を深く斬り裂かれ、意識を失ってから二週間と少し。長く、苦しい戦いだった。 意識を完全に取り戻したセラフィナは、自分が生死の境を彷徨っていた間、世界情勢に何らかの変化が生じたか否かを知るべく、シェイドたちに自室へと来るよう呼び掛ける。「────」 呼び掛けに応じ、ナベリウスが作った病人食を手に部屋の中へと足を踏み入れたシェイドたちが見たものは、復帰に向けて精力的にリハビリに励むセラフィナの姿だった。 病衣から普段の寝間着である白のロングワンピースに着替え、ベッド上に仰向けに横たわった状態で、ぴったりとした純白のストッキングに包まれた細い足を片方ずつ、規則的に上下させている。「──うん? あ、来てくれたんだね。ありがと」 まだ、自力で身を起こすことが出来ないのか、セラフィナは顔だけを動かしてシェイドやキリエ、マルコシアスにカイムといった面々の顔をちらっと見やる。 マルコシアスが尻尾を振りながら駆け寄り、彼女の手や頬を愛おしげに舐めると、セラフィナはくすぐったそうに微笑みを浮かべる。普段は凛としているマルコシアスも、セラフィナが目を覚ましたことに歓喜しているのか、甘え声を断続的に発していた。 シェイドの手を借り、壁にもたれ掛かるような形で何とか身を起こすと、セラフィナは単刀直入に尋ねた。「早速だけど──アザゼルに斬られたあの日から、昨夜目を覚ますまで……その間の記憶が、当たり前のことだけど欠落していてね。その間に起こった出来事を、可能な限り詳らかに教えて欲しい。今の状況を、整理したいから」 ナベリウスお手製のほかほかのココアを、キリエに手伝ってもらいながら少しずつ口に含むセラフィナを見つめ、その場にいる全員を代表してシェイドが口を開いた。 墓標都市エリュシオンの地下礼拝堂にて、セラフィナがアザゼルに斬られた後、フォルネウスの時間稼ぎで好機を掴んだ自分たちは、異形に変身したアスモデウスにしがみつ
last updateLast Updated : 2025-09-20
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第五章 第141話 悪辣なるは敵のみに非ず

セラフィナが、味を感じないという理由で四苦八苦しつつも何とか食べ終えた病人食──それらが盛られていた食器を載せたトレイを携え、サリエルは階下へと降りると、そのまま食堂へと向かった。 「──戻りました、アスタロト様」 エリゴールやナベリウスと共に、食後の紅茶を嗜んでいたアスタロトに声を掛けると、アスタロトは柔和な笑みを湛えつつ軽く左手を挙げる。 アスタロトたちと極力目が合わないよう、視線を下へと向けながら、サリエルは邪眼を開いてそれとなく彼女やエリゴールといった、食堂に集いし面々の様子を確認する。 余所行きのものと思しき黒いドレスを華麗に着こなし、黒のストッキングに包まれた美脚を優雅に交差させながら、アスタロトはエリゴールたちの話に耳を傾けていた。 普段アスタロトが身に纏っているのは、巡礼中のハルモニア巫女を思わせる白装束……それとは異なる彼女の恰好を見るのは、まだ付き合いが浅いとはいえサリエルにとって初めてであり、何処か新鮮さを感じる。 「おかえり、サリエル──それで? どうだった? セラフィナと……あの子と、触れ合ってみた感想は」 すっかり……とまではいかないが、ある程度精神的に落ち着きを取り戻しつつある様子のラミアに紅茶のお代わりを淹れて貰いながら、アスタロトは食器を洗い終えて再び食堂へと戻ってきたサリエルに尋ねる。 邪眼を即座に閉じると、サリエルはアスタロトへと顔を向ける。 「何と申せば良いのか、分かりかねますが……」 「構わないわ。思ったままのことを、口にして頂戴」 アスタロトに促され、サリエルは意を決して口を開く。 「──彼女と触れ合ってみて……奇妙な子だ、という感想が真っ先に思い浮かびました。何かが可笑しいんです。人ならざる、俯瞰した立場にある者が……無理矢理、人として教育されたかのような不気味さ……と言いますか。兎に角、超越者が無理矢理、自分が人間であるかのように振舞っているような……そんな感じでした」 「成程、ね……それで? あの子は他に、何か気になることは言っていたかしら」 アスタロトの言葉に、サリエルはふと違和感を覚えた。別の問いを投げ掛けることで、サリエル自身がセラフィナに対して抱いた疑念……その追及から逃れようとするような意図を感じたのだ。 思えば、フォルネウスと接触した時から妙だった。彼から事
last updateLast Updated : 2025-09-21
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第五章 第142話 軍神、帝都へと帰還す

昼食を皆より一足早く食べ終えると、エリゴールは愛槍片手にセラフィナの自室へと向かう。 セラフィナが黄泉路より帰還し、目を覚ましたこと……そしてアザゼルの生存を報告すべく、彼はこれより帝都アルカディアへと帰還する予定だった。 その前に、別れの挨拶を彼女にしておこう──彼は、そのように考えていた。身動きが取れない彼女に、帝都へと帰還する自分を見送らせるのは、余りにも酷というものであるから。 扉を三度ノックすると、中にいるセラフィナから返事があった。「──入るよ、セラフィナ」 そう言いつつ室内へと足を踏み入れると、ベッドに横たわっていたセラフィナが顔だけ動かしてエリゴールの方をちらりと見やる。その様子がまるで子犬みたいで微笑ましく思うも、それだけ今の彼女が肉体的に弱っていることの証左でもあり、何とも言えぬ複雑な気分になった。「エリゴール……どうしたの?」 力の入らぬ身体に鞭打って身を起こそうとするセラフィナをそっと制すると、エリゴールは努めて穏やかな態度で彼女に告げた。「──帝都に戻るから、その前に別れの挨拶を君にしておこうと思ってね」「そう……もう、戻っちゃうんだね」 無表情ながらも、セラフィナは少しだけ寂しそうにポツリと呟く。本当はもう少しだけ、一緒にいて欲しい──そのような思いが見て取れた。 けれども、それもほんの一瞬のことで、彼女は口元を僅かに綻ばせながら、「ううん、無理に引き留めるつもりはないよ。エリゴールはハルモニア軍の将だから。アザゼルの生存が判明した以上、上官である皇帝陛下やベリアルたちに報告する義務がある。そうでしょ?」「あぁ……そうだよ。本当は僕も、君が元気になるまで傍に居てあげたいけれど……昔ならいざ知らず、今は口惜しいことにハルモニアに仕える将だからね」 こんなことになるなら、ハルモニア軍の将官になるんじゃなかった──如何にも態《わざ》とらしくぼやいてみせるエリゴールを見て、セラフィナは鈴のなるような可愛らしい声でころころと笑った。
last updateLast Updated : 2025-09-22
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第五章 第143話 叛逆者に能う限りの絶望を

「──ハルモニア帝国第三軍総指揮官エリゴール、ベリアル卿に報告したきことがあり只今帰還致しました」 帝都アルカディアの大神殿……その地下に広がる死天衆の待機室にエリゴールが転移すると、執務机にて書類整理をしていたベリアルがすっと顔を上げる。「エリゴール──今は取り込み中だ、後にせよ」 バアルが何時になく険しい表情で咎めるも、ベリアルがそれを煩わしいと言わんばかりに無言で制止する。エリゴールが何の用件で来たのか、彼にはお見通しらしい。「……そのままどうぞ。書類整理をしながら耳を傾けますので、遠慮なく話して下さい」「はっ──卿ならば既にご存知かと思われますが、セラフィナが黄泉路より帰還し、目を覚ましました」 エリゴールの報告を聞いて、アスモデウスが安堵したようにほっと溜め息を吐く。彼なりに、瀕死の重傷を負ったセラフィナの身を案じていたらしい。「ただ──」 エリゴールが続けて報告した内容……それが、この場に立ちこめていた空気を一変させる。「──アザゼルの置き土産、とでも言えば良いのでしょうか。目を覚ましたセラフィナは、内臓を始めとする体内器官を消失。更には至る所に渾沌《まろかれ》の気配を感じる体質となった模様です」「……今、何と言いましたか?」 書類を整理していた、ベリアルの手が止まる。バアルもアモンもアスモデウスも……エリゴールの言葉に耳を疑う。「目を覚ましたセラフィナは、内臓を始めとする体内器官を消失──」「いえ、そこはどうでも良いのです。そんなもの、彼女には元々なかったようなものですので。問題はその後の部分ですよ、エリゴール」「……至る所に渾沌の気配を感じる体質となった模様。シェイドやキリエといった朋友や、ナベリウスを始めとする侍従たちの前では、努めて平静を装ってはいますが……彼女は酷く怯えています。自分が、自分でなくなってゆく。どうすれば良いのか、と」 報告の内容を聞いて、他の面々がセラフィナの身に起こった悲劇を哀れみ、そのような悲劇を引き起こ
last updateLast Updated : 2025-09-23
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第五章 第144話 敵軍、見ゆ

ベリアルの言葉は程なくして、現実のものとなった。 エリゴール率いる第三軍に代わり、新兵たちの実戦訓練も兼ねて"涙の王国"へと進駐した、堕天使バルマー率いる帝国第二軍……彼らは進駐して間もなく、正体不明の軍勢の襲撃を連日のように受けることとなった。 敵兵は何れも、蝿を思わせる外見が特徴的な堕罪者。突然変異体なのか、通常の堕罪者とは異なり、軍組織を想起させる統率された動きで襲い来る難敵だった。 幸いにも進駐先には、エリゴール指示の下で張り巡らされた塹壕がそのまま残されていたため、歩兵たちはそこに身を潜めることで被害を最小限に抑え込んでいる。 しかしながら──案の定と言うべきか、四肢を吹き飛ばされた仲間が助けを呼ぶのを見てトラウマを植え付けられたり、何時来るかも分からぬ敵軍に恐れを成した新兵たちがPTSDを患うなど、正しく前途多難と言うに相応しき状況にあった。 そんな最中── バルマーは自ら歴戦の古参兵たちで構成された騎兵を引き連れ、周辺を跋扈する魔族や堕罪者を掃討……同時に敵拠点の特定を進めていた。 ふと上空を見上げると、ハルモニア本土から派遣されたドラゴンたちが整然と編隊を組み、低空を飛行しているのが見える。アザゼルが拠点を置くならば、堅固な要塞が点在するこの"涙の王国"に違いない。ベリアルたち上層部はそのように判断し、探索範囲を狭めたようだった。「──頼むよぉ、捜索隊の皆さんよぉ。早く、奴さんたちの拠点を見つけてくれや。このままじゃあ、安心して食事も出来やしねぇよ」 "最終戦争《ハルマゲドン》"の頃よりバルマー指揮下で戦い抜いてきた古参兵が、苦笑混じりに愚痴を零す。「いっそ、この辺り一帯を爆撃してくれれば、手間が省けて有り難いんですがねぇ」 騎兵たちがそう言って声を上げて笑う。新兵たちとは異なり、歴戦の古強者たる彼らは流石に、まだまだ精神的余裕がある様子であり、見ていて非常に頼もしい。「昨日は新しい塹壕掘ってる時に来るし、一昨日は夕食時に来やがった。転移魔法で何処からともなく、だ。あれをやられると、新兵
last updateLast Updated : 2025-09-25
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第五章 第145話 一切の希望を捨てよ

涙の王国、巨大要塞パルマノーヴァ── 要塞内部では王女サロメの秘術により、聖教会の土地から逃げてきた信者たちの背を食い破り、蝿の王ベルゼブブが続々と羽化している。 要塞内部へと帰還した聖ゲオルギウスは、偶然その場に居合わせた赤い靴の少女カレンに、主君たるアザゼルの居場所を問うた。「カレン──陛下は何処に?」 自分と同じ目線まで腰を落とし、穏やかな声音で尋ねてくる聖ゲオルギウスの手を握ると、カレンは鼻歌交じりに彼を要塞の奥へと誘った。サロメに香水でも付けて貰ったのか、彼女が身動きする度に、髪や衣服から仄かに甘い匂いが漂った。「こっちだよ──私が案内してあげるね」 軽やかにステップを刻みながら、カレンは聖ゲオルギウスの手を引いて奥へ奥へと進んでゆく。静寂が支配する要塞内に、カレンの履いている赤いパンプスの踵の音と、聖ゲオルギウスの軍靴の音のみが響く。「──何時も思うが、ここは途轍もなく広いな。私がまだ人間として生きていた頃は、斯様な巨大な建造物など何処にも見当たらなかった」「ねー、迷子になっちゃうよねぇ。ゲオルギウス、何時も迷子になってるもんね?」「ふっ……そうだな。カレンが居てくれなかったら、私はずっと迷子のままかもしれんな」 自分の方が先に人ならざる者として蘇生しているためか、カレンは聖ゲオルギウスに対し、まるで姉のような態度で接してくる。聖ゲオルギウスもまた、そんなカレンを微笑ましく思っており、彼女が背伸びして姉のように振る舞う度、それを見て温かな気持ちになった。 聖教会からは聖者に認定されてはいるが、彼が聖者認定されたのは、実は処刑された後のことである。彼が人間として生きていたのは、まだ聖教の教えが今のように統一されていない時代……当時主流の教えを信仰する者たちによって彼は異端認定され、若くして処刑されるという凄惨な末路を辿っていた。 それ故に、彼は聖教と信仰対象たる天空の神ソルを激しく憎悪しながら死んだ。蘇生して直ぐ、アザゼルに忠節を尽くすことを誓ったのもそれが理由だった。 ──
last updateLast Updated : 2025-09-26
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第五章 第146話 生への執着を捨て、死を想え

アザゼルたち本隊が、巨大要塞パルマノーヴァにて着々と軍備を増強している中で、聖教会とハルモニア双方に破壊と死、そして混沌を下賜する、所謂《いわゆる》遊撃隊としての役割を果たしている者がいた。 聖教会勢力、ダマーヴァンド連邦── 各地で大規模な民衆叛乱、要人暗殺が頻発する中で、霊峰連なるダマーヴァンド山脈の周辺に点在する複数の小国からなるこの連邦国家は、戦禍の渦に巻き込まれていない数少ない場所だった。 聖者を輩出しておらず、国家としての軍事力も脆弱。それ故に"最終戦争《ハルマゲドン》"の際も志願兵が若干名出ただけで犠牲は少なく、成立から今日に至るまで長きに渡って平和を享受してきた。 無論、そのような連邦国家であるので、聖教を国教としている諸国家の中で立場は低い。それでも、ダマーヴァンドの人々は現状に満足していた。砂時計が……あの恐ろしい"崩壊の砂時計"が、終末までの刻を刻む現況──これ以上多くのものを望まず、心穏やかに最期の時を待とう。彼らの間にはそのような空気が漂っていた。 しかし──これも大いなる摂理と言うべきか。"軍神"と謳われる堕天使エリゴールと、彼の指揮下にあるハルモニア帝国軍の精鋭たる第三軍。彼らの"涙の王国"への進駐により、その平和は脅かされつつあった。 ダマーヴァンド連邦は、"涙の王国"と隣接している。ハルモニア帝国軍が南下してきた場合、真っ先に戦場となるであろうことは、容易に想像が付く。 聖教騎士団から第五騎士団、第六騎士団が有事に備えて北方へと送り込まれ、今も尚ダマーヴァンド連邦の近郊に陣を構えて、"涙の王国"へと進駐したハルモニア帝国軍が南下してこないか、睨みを利かせている。 それが──ダマーヴァンド連邦の……そして、そこに住まう全ての人々の結末を決定付けた。 ダマーヴァンド連邦に属する、人口凡そ五万の都市ソロチンスク……齢六になる少女イヴはこの日、洗礼を受けるために母と手を繋ぎ、教会へと続く道を進んでいた。 ダマーヴァンドでは一般的な、銀細工の刺繍が施された濃紺の民族衣装を纏った美しい母娘は、ソロチンスクの人々の間では
last updateLast Updated : 2025-09-27
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第五章 第147話 敵に塩を送る

──"敵軍、帝国第二軍が涙の王国にて発見す。敵拠点は巨大要塞パルマノーヴァ。繰り返す。敵拠点は巨大要塞パルマノーヴァ"。 エリゴール指揮下の第三軍に代わり、涙の王国に進駐した堕天使バルマー指揮下の帝国第二軍。そしてベリアルの指示の下、行方を眩ませたアザゼルたちを見つけ出すべく"涙の王国"に地域を絞り込み捜索に当たっていた竜の王アポカリプシスの眷属たち。 彼らが命懸けで入手したその情報は瞬く間に、ハルモニア皇帝ゼノンと死天衆たちの知るところとなった。 帝都アルカディア大神殿、玉座の間──「──お呼びに御座いますか、陛下?」 ベリアルとバアルが転移魔法で姿を現すと、ハルモニア皇帝ゼノンは能面を思わせる無表情のまま頷く。「其方らならば、既に周知のことと思うが──アザゼルたちの行方が、漸く判明した。尊い犠牲を払って」「はい、陛下。本土決戦用の星形要塞……巨大要塞パルマノーヴァ。アザゼルたちはそこを拠点とし、日々兵力の増強に勤しんでいる。兵糧要らずの強力な軍隊を、今こうしている間にも作り続けています」 兵糧要らずの軍隊とは、厄介だ──ゼノンは軽く舌打ちをする。戦が長引けば長引く程、アザゼルたち"獣の教団"が当然のことながら有利になろう。「──報道機関の連中は今頃、大喜びだろうな。"若者たちよ、戦場に行け"──などと無責任な言葉で、国民の……特に戦争を知らぬ若者たちの戦意高揚を煽るだろう」「その辺りはご心配なく、陛下。既に、国内全ての報道機関に対し、此方から圧力をかけておきました。少しでもアザゼルたちや要塞パルマノーヴァの件を報じたら、死天衆の名のもとに粛清する。報じたが最後、明日の朝日を拝むことはないと知れと伝えてあります」「ほぅ……見事だ、我が友」 流石はベリアルだ。仕事が早い。報道機関なるものが如何に無責任で愚かなのか……それを良く理解している。 自分たち報道機関が、無知蒙昧なる民衆を導いてやっているのだ──彼らはそう信じて疑わない。上から目線で虚実入り混じった情報を垂れ流し、誤った情報を報じ
last updateLast Updated : 2025-09-28
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第五章 第148話 山が動く時

聖マタイ王国、サンタンジェロ城下── 聖教騎士団の司令部……その目の前に、巨大なドラゴンに跨った梟頭の大男が現れたのは、夜明け前のことであった。 死天衆が一柱、堕天使アモン──何の前触れもなく、転移魔法で突如として出現した彼を見た聖教騎士たちは、聖教騎士団長レヴィの命を狙った奇襲と判断。瞬く間に、アモンと彼が騎乗せしドラゴンは、武器を手にした誇り高き若獅子たちに取り囲まれた。「──我は誇り高き死天衆が末席、堕天使アモン。聖教騎士団長レヴィ殿にお目通り願いたい。ハルモニア皇帝ゼノンより、レヴィ殿宛の書状を預かっている」 聖教騎士たちに取り囲まれても何ら動じることなく、アモンは威厳に満ち満ちた声でそう告げた。「異教徒の守護者たる死天衆が、聖教会の神聖なる土地に足を踏み入れるとは言語道断。この地より疾く去れ。我らが騎士団長はご多忙、貴様如きに割く時間などない!」 レヴィの副官に相当すると思しき若き青年将校が、聖教騎士たちを代表して答える。才気と忠義心、そして若さ故の野心に溢れた好青年であった。「聞こえなかったか? 疾く去れ、敵国ハルモニアの守護者たる死天衆が、神聖なる聖教会の土地に足を踏み入れることは決して許されぬ」「──そこまでだ、アントニウス。それに皆も」 白を基調とした将官服を纏いし麗人が、数名の参謀を引き連れて司令部の中から姿を現し、アモンや彼を取り囲む聖教騎士たちの元へと歩み寄ってくる。 聖教騎士団長レヴィ──聖教騎士団創設以来の傑物と称される才女にして、聖アポロニウスの血を引く最後の一人。「騎士団長殿……しかし……!」 アントニウスが反論しようとすると、レヴィは諭すような口調で淡々と、「アモン卿がその気になれば、この場にいる聖教騎士たち全員を瞬時に皆殺しにするなど造作もないこと。それをしないということは、端から襲撃の意図はない」 レヴィは続けてアモンを見やると、「アモン卿もアモン卿です──要らぬ誤解を招くような真似は、控えて頂きたい。休戦協
last updateLast Updated : 2025-09-29
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第五章 第149話 理想主義者の妄言

「──死天衆が一柱アモン、サンタンジェロ城下の聖教騎士団司令部より只今帰還致しました」 玉座の間に姿を現したアモンを見つめると、ベリアルは穏やかな声音で成果の可否を問うた。「ご苦労さまです。それで──如何でしたか?」「聖教騎士たちの反発により、交渉は難航するかと当初は思われたが……聖教騎士団長レヴィの一声で、どうやら彼らも納得してくれたらしい」 枢機卿《カルディナル》たちは兎も角、少なくともレヴィと聖教騎士団は、巨大要塞パルマノーヴァの攻略とアザゼル征討に力を貸してくれることを約束してくれた。 ダマーヴァンドの悲劇にハルモニアが関与しておらず、アザゼルの指示を受けて遊撃隊として独自に動く死の天使アズラエルの仕業であることも疑うことなく信用し、皇帝ゼノンがしたためた書状も嫌な顔一つせず受け取ってくれたので、一応は一定の成果があったと見て良い。 聖教騎士団長レヴィとしても、正に渡りに船と言った状況。巨大要塞パルマノーヴァ攻略とアザゼル征討を断る理由など、なかったのではないかと推察される。 アモンの報告を、ハルモニア皇帝ゼノンは無表情のまま黙って聞いている。その胸中には、一体如何なる感情が渦を巻いているのだろうか。「それと、陛下──聖教騎士団長レヴィより、陛下に渡して欲しいと託されたものが御座います」「……ほぅ? して、それは何だ?」「聖女シオンのしたためた、陛下宛の訴状とのこと」 アモンがシオンの訴状を見せると、ゼノンは煩わしそうに手で払いながら、訴状の受け取りを拒絶する。「其方が読め──今、この場で」「……御意。陛下がそうお望みと仰るのであれば」 アモンはゼノンの反応に困惑しつつも、聖女シオンの訴状の内容を詩でも諳んじるかのように読み上げる。 ──ハルモニア皇帝ゼノン様、風雲急を告げております。長きに渡り互いを憎悪し、血を流し続けてきた我ら聖教会と貴国ハルモニア……両勢力の在り方が、今こそ変わる時ではないでしょうか。 ──ゼノン様
last updateLast Updated : 2025-09-30
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