「──赤い衣の女?」 薪を火に焚べつつ怪訝そうな顔でシェイドが問うと、セラフィナは毛布に包まりながらこくりと頷く。如何にも疲労困憊といった様子で呼吸も浅く、見ている方も辛くなってくる。 ベルゼブブとの戦闘の際、カイムが施してくれた一時的に身体能力を底上げする魔術──その反動によるものだった。身体強化系の魔術は言わば元気の前借りのようなもの。効力が切れたなら、対象は凄まじい倦怠感に見舞われるのである。 「うん……あの堕罪者……仮にベルゼブブと呼んでいるんだけど……ベルゼブブが、転移魔法で姿を現す直前……確かに、赤い衣を纏った女がいた。カイムも、見たでしょ?」 カイムは、セラフィナの言葉に何度か首肯すると、彼女をフォローするように口を開く。 「然とこの目で見た。集団幻覚の類ではない。セラフィナも、マルコシアスも、この私も。赤い衣を纏った妙齢の女を、確かに見た」 カイムの言葉に同意するように、マルコシアスが尻尾を何度か大きく振る。とても、嘘を吐いているようには見えない。 シェイドもキリエも、ここまではっきりと言われてしまっては流石に、セラフィナたちの話を信じざるを得なかった。現に、セラフィナはベルゼブブの襲撃を受けたのだから。 で、あるならば──赤い衣の女とは、一体何者なのだろう。ハルモニア国教徒のセラフィナには皆目見当もつかなかったが、元・聖教徒のシェイドとキリエにはどうやら、心当たりがあるようだった。 「赤い衣の女、ねぇ……教官殿や孤児院の先生から、何度か聞かされたことがあるな」 「まぁ……奇遇ですね、シェイドさん。私も赤い衣の女の話は、幼い頃に爺やから何度も聞かされたことがあります。確か、名前は──」 ──バビロン。 シェイドとキリエの言葉が、綺麗に揃う。続けてキリエが、その存在について知っていることを語り始めた。 大淫婦バビロン。大いなるバビロン。聖教会が成立する遥か昔──まだ少数派のカルト集団に過ぎなかった古代聖教の存在を大いに脅かしたと伝わる、絶世の美女。
Terakhir Diperbarui : 2025-07-13 Baca selengkapnya