Semua Bab 死にゆく世界で、熾天使は舞う: Bab 81 - Bab 90

100 Bab

第80話 赤い衣の女

「──赤い衣の女?」 薪を火に焚べつつ怪訝そうな顔でシェイドが問うと、セラフィナは毛布に包まりながらこくりと頷く。如何にも疲労困憊といった様子で呼吸も浅く、見ている方も辛くなってくる。 ベルゼブブとの戦闘の際、カイムが施してくれた一時的に身体能力を底上げする魔術──その反動によるものだった。身体強化系の魔術は言わば元気の前借りのようなもの。効力が切れたなら、対象は凄まじい倦怠感に見舞われるのである。 「うん……あの堕罪者……仮にベルゼブブと呼んでいるんだけど……ベルゼブブが、転移魔法で姿を現す直前……確かに、赤い衣を纏った女がいた。カイムも、見たでしょ?」 カイムは、セラフィナの言葉に何度か首肯すると、彼女をフォローするように口を開く。 「然とこの目で見た。集団幻覚の類ではない。セラフィナも、マルコシアスも、この私も。赤い衣を纏った妙齢の女を、確かに見た」 カイムの言葉に同意するように、マルコシアスが尻尾を何度か大きく振る。とても、嘘を吐いているようには見えない。 シェイドもキリエも、ここまではっきりと言われてしまっては流石に、セラフィナたちの話を信じざるを得なかった。現に、セラフィナはベルゼブブの襲撃を受けたのだから。 で、あるならば──赤い衣の女とは、一体何者なのだろう。ハルモニア国教徒のセラフィナには皆目見当もつかなかったが、元・聖教徒のシェイドとキリエにはどうやら、心当たりがあるようだった。 「赤い衣の女、ねぇ……教官殿や孤児院の先生から、何度か聞かされたことがあるな」 「まぁ……奇遇ですね、シェイドさん。私も赤い衣の女の話は、幼い頃に爺やから何度も聞かされたことがあります。確か、名前は──」 ──バビロン。 シェイドとキリエの言葉が、綺麗に揃う。続けてキリエが、その存在について知っていることを語り始めた。 大淫婦バビロン。大いなるバビロン。聖教会が成立する遥か昔──まだ少数派のカルト集団に過ぎなかった古代聖教の存在を大いに脅かしたと伝わる、絶世の美女。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-13
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第三章 第81話 サロメ

同時刻── ハルモニア第二の大都市エリュシオン……その地下に広がる"地下墳墓(カタコンベ)"の最深部に位置する礼拝堂に、赤い衣を纏った一人の若い女が姿を現す。 「……合言葉は?」 丁度その場に居合わせたバフォメットがくぐもった笑い声を発しながら問うと、女は詩を諳んじるかの如く流暢に、透き通った声で答えた。 「──Vanitas vanitatum,et omnia vanitas.」 ──"空の空、空の空、一切は空なり"。人間がどれほどこの世で生きようと努力しても、それらは全て無意味かつ無駄な行為であり、ただ虚しいだけである。 聖教会の聖典にも記されている一節であり、遍く人間たちに深い希死念慮を抱かせようと画策する"獣の教団"の教えの根幹でもあった。 「──着いて来い。王がお待ちだ」 バフォメットは身を翻すと、礼拝堂の片隅にある部屋へと姿を消す。女はこれといった反応を示すことなくバフォメットの後に続き、部屋の中へと足を踏み入れた。 部屋の中には、アズラエルや黒い燕尾服にシルクハットという出で立ちの紳士など、"獣の教団"の主だった幹部たちが整然と列を成して佇んでおり、その奥では"獣の王"が執務机の上に両肘を付きながら、女をじっと見つめていた。 「──やぁ、サロメ。思ったよりも、早い帰還だね」 椅子からすっと立ち上がる"獣の王"──サロメはそれに呼応するようにその場に片膝を付くと、胸に手を当てて恭しく、王に対し一礼する。 それを茶化すように、紳士然とした格好と、道化師が如く真っ白に塗りたくられた顔が特徴的な痩せ細った男が高笑いを発しながら、 「──ホホホホホォ! バビロンさぁん? 実験体ともども散々に打ちのめされてぇ、おめおめと逃げ帰ってきたんですかぁ?」 「貴方に話すことは、何もなくってよ? 道化師メフィストフェレス」 身に纏っていたフード付きの赤いローブを流れるように脱ぎ、優雅な手つきでメフィストフェレスへと投げつけながら、サロメはくすっと笑ってみせる。 ローブの下から現れたのは、見る者を惑わせるほどに魅力的な、瑞々しい肢体だった。長く艶やかな黒髪に真珠を飾り付け、銀の刺繍の施された白いドレスを華麗に着こなし、銀のサンダルを履いた足は小さく可愛らしい。 絹地のドレスはぴったりとしたサイズで華奢な体躯
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-15
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第三章 第82話 手荒い歓迎

セラフィナたちが神殿都市ミケーネの威容を拝んだのは、堕罪者ベルゼブブとの死闘を演じた翌日の夕刻のことであった。 沈みゆく夕陽に照らされる、美しき白亜の城塞──神殿都市ミケーネ。ハルモニアの当代皇帝ゼノンの生まれ育った故郷であり、治めるのも彼の生家たる名門ヒエロニムス家の本家である。 始祖である聖ヒエロニムスは、聖教会の元・聖者であり、人の身でありながら世界の真理に触れようとして天空の神ソルの逆鱗に触れ、焼かれて灰になったという伝説を持つ人物。その血筋を脈々と受け継いで来たからなのか、ヒエロニムス家の出身者は生まれながらのハルモニア人にしては珍しく、黒髪黒目の者が多いという。 ハルモニア史的に見ても極めて重要な都市である神殿都市ミケーネだが、聖教会諸勢力と国境を接するハルモニアの戦略的要衝としても知られており、都市そのものが要塞化されているのもそのためである。最終戦争(ハルマゲドン)の折、遥か南西に聖教会の保有する超要塞ジュダが築かれたこともあってか、現在も改修工事が着々と進んでいる。 そのような場所であるので、帝都アルカディアなどの他都市に比べ、外から来た者には異様に厳しく、まず間違いなく平穏無事に城門を通ることは無理である。獣の教団の暗躍により、各地で要人の暗殺が相次いでいることもあり、衛兵たちも普段以上に監視の目を強め、小さな虫一匹とて見逃さんと、空気をピンと張り詰めているに違いない。 ──何日かの拘束は、覚悟しなければならないだろう。セラフィナは内心半ば諦めていた。それで"鳥の王"シームルグに会えるなら、と。 やはりと言うべきか──セラフィナの予想した通り、彼女たちが城門前までやって来るや否や、腰に剣を帯び、銃を手にする衛兵たちの目の色が変わった。 「──止まれ! 手を挙げろ! 此方が許可するまで決して動くな!!」 「……おいおい。思ったよりも随分と、手荒い歓迎だねぇ。神殿都市って言うから、もっと静謐というか穏やかなのを想像していたんだが──」 シェイドのぼやきを無表情のままやんわりと制すると、セラフィナは腰に帯びていた剣と袖口に仕込んだダガーを、相手を刺激しないようゆっくりと地面に置いてから、言われた通り両手を挙げる。 「──これで良い? 衛兵さん?」 「──駄目だ。後ろの二人にも、武装を解除してもらう」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-16
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第三章 第83話 垣間見る、ハルモニアの暗部

アガメムノン先導の元、衛兵詰所に併設されている拘置所へと連行されたシェイドたちが見たものは、牢に収容されたおびただしい数の聖教徒たちの姿だった。 ざっと数えて、数十人くらいだろうか。老若男女を問わず、彼らは皆目隠しをされて口には詰め物。更に手足には重々しい枷を取り付けられている。とても人の扱いとは思えなかった。 「おや──このままでは、収容人数を超過してしまうな? すまないが、あんたさん等は同じ牢の中で構わないかい? こっちの都合で振り回しているようで、申し訳ないんだがねぇ」 眼前の光景に言葉を失ったシェイドたちを余所に、アガメムノンは朗らかな笑い声を発しながらそう質問してくる。動揺したキリエが引き攣ったような顔で反射的に頷くのを確認すると、アガメムノンの指示で半ば強引に、二人は牢の中へと押し込められた。 「今から手錠を外すが……大人しくすると、約束してくれるね? こっちもあまり、乱暴な真似はしたくないんでね」 アガメムノンが念を押すと、キリエは素直に、シェイドは不満そうに舌打ちをしながらも頷く。どうやら本能的にシェイドは、アガメムノンを好ましく思えないようである。 牢の中は簡素だが、少なくともベッドと毛布は質の良いものが用意されており、備え付けのトイレと本棚もある。多少不便だが、一応は人並みに過ごせる環境ではあった。 手錠を外し、牢の扉を閉めると、アガメムノンは衛兵たちに労いの言葉を掛けつつ、シェイドたちの食事の手配をそれとなく命じる。去りゆく衛兵たちを笑顔で見送ると、アガメムノンは隅に置いてあった椅子に腰を下ろし、シェイドたちと向き合いながらすっと目を細めた。 「──食事が来るまでの間、軽くあんたさん等について聞かせてもらうよ。何、そう怖がらなくても良い。幾つか形式的かつ簡単な質問に、ただ答えてもらうだけさ」 「その前に、こちらからも聞きたいことがある。アガメムノンの末裔のおっさん」 剣呑なる雰囲気を纏いつつシェイドが口を挟むと、アガメムノンはニヤリとヤニで黄ばんだ歯を見せて笑う。 「おや……儂の一族のことを知っていた
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-17
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第三章 第84話 その乙女、白百合が如く

馬車に揺られること、凡そ四時間弱──セラフィナとカイムが連行されたのは、神殿都市ミケーネの最奥に鎮座する、大地の女神シェオルを祀る巨大な神殿だった。 "鳥の王"と謳われる霊鳥シームルグの坐す霊峰"アトラス" の麓に建てられたその神殿は、ハルモニアの歴史の中でも最も古い建築物の一つであり、ミケーネが神殿都市たる所以でもあった。 「──着いたぞ」 馬車が止まったかと思うとやや乱暴に扉が開き、無表情の衛兵たちが降りるよう静かに促す。 促されるまま馬車から降りると、衛兵たちに両脇を固められた状態で、セラフィナは神殿の敷地内へと足を踏み入れた。 「──お疲れ様です」 神殿の入り口を警護している衛兵が敬礼すると、セラフィナを連行している衛兵たちも敬礼で応える。 「──うむ、ご苦労。よくやっているようだな」 「はっ……現在、神殿内に異常は御座いません。周囲に不審者も確認されておりませんが……そちらのご令嬢は?」 「アガメムノン隊長の指示で、ここまでお連れした。グノーシス辺境伯のご息女セラフィナ・フォン・グノーシス様であるらしい」 「らしい……?」 シェイドと同い年くらいであろう、まだ若きその衛兵が怪訝そうに首を傾げると、 「セラフィナ様ご本人かどうか、その場で確認することが出来なかった。故に本物のセラフィナ様であるか否かを、これから神殿内にて確かめさせて頂く予定だ。通っても宜しいか?」 「畏まりました──しかしながら現在、神殿内の大広場にて、巫女たちによる国家安寧と豊穣とを祈願する舞が奉納中に御座います。くれぐれも、巫女たちの……特にあの御方の邪魔だけは絶対になさらぬよう」 「了解。では、行くぞ」 衛兵に再び促され、セラフィナは歩き始める。生まれて初めて目にする、ミケーネの大神殿。月明かりに照らされる帝都アルカディアに勝るとも劣らないそれは、細部まで拘り抜かれた非常に精緻で美しい、まるで神殿そのものが一つの芸術作品のようである。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-18
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第三章 第85話 聖女シオンの憂鬱

セラフィナがハルモニア皇帝ゼノンの姪にして、神殿都市ミケーネの巫女長イーリスと数年ぶりの再会を果たしたのとほぼ同時刻── 聖教会自治領──聖地カナン。 聖女シオンは自室にて、遍く聖教徒たちの幸福と安寧を願い、天空の神ソルに祈りを捧げていた。 死天衆が一柱・堕天使バアルの襲撃により、大聖堂並びに破壊されたソル像の修繕を余儀なくされている聖教会。シオンもまたバアルの襲撃の折、彼によって右足を貫かれる重傷を負い、つい先日全てのリハビリを終えて、聖女としての公務に復帰したばかりであった。 コンコンコン、とドアを軽くノックする音が響く。シオンは祈る手を止めて目を開くと、どうぞと一言、扉の向こうにいる相手に対し声を掛けた。 「──聖教騎士団長レヴィ、召集に応じ参上致しました。聖女シオン様」 扉の向こうから姿を現したのは、凛とした表情の女性士官──聖教騎士団長レヴィその人であった。彼女もまた都市国家アッカドにて精霊教会の巫女長ラマシュトゥ、並びに死天衆の長ベリアルと激突。激闘の中で深手を負い、先日公務に復帰したばかりである。 「お待ちしておりました、聖教騎士団長レヴィ様。その後、お身体にお変わりは御座いませんか?」 「それはお互い様と言うもので御座いましょう、聖女シオン様。貴女様も足に酷いお怪我をされていましたから」 被っていた制帽を脱ぐと、レヴィは少しだけ顔を綻ばせる。ラマシュトゥとの戦いで背中に負った爆傷や、ベリアルに蹴り抜かれて砕けた膝はどうやら完治したようで、立ち振る舞いも以前と何ら変わりなかった。 「それにしても──珍しいですね、聖女シオン様が私個人を自室にお招きになるとは。何か、私にしか打ち明けられぬお悩み事でも御座いますか?」 シオンと向かい合うような形で来客用のソファーに優雅に腰を下ろし、差し出された珈琲を口に含むと、レヴィは微笑みを湛えたまま目を細め、眼光を鋭くする。 口調こそ穏やかだが、返答次第では只では済まさぬという負のオーラが、その背から溢れ出していた。 無理もないこと
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-19
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第三章 第86話 誘惑に打ち勝つ者は幸いなり

夜明け前── 身長が近い巫女から着替え代わりに巫女装束を借りたセラフィナは、イーリスと共に馬を駆り、シェイドたちが監禁されている衛兵詰所へと向かった。 神殿都市ミケーネは都市全体が要塞化されているとはいえ、ハルモニアの全都市の中でも特に広大な部類。帝都アルカディア、墓標都市エリュシオンに次ぐ広さを有している。 幸い、都市内部の街道は整備されているので行き来そのものはしやすいが、それでも大神殿から衛兵詰所まで、最短距離を早馬で駆け抜けても三時間弱は掛かる。日が昇ってから移動していては、徒に相手を待たせてしまう。 「…………」 馬を駆ること、凡そ三時間半──暁光に照らし出される衛兵詰所……その前に佇む複数の人影を見つけ、セラフィナはハッと息を呑んだ。 一人は、朗らかな笑みを口元に湛える衛兵隊長アガメムノン。そして彼の後ろに、生気の感じられぬ虚ろな目をしたシェイドとキリエ。二人がまるで、蝋人形の如くぼうっとその場に突っ立っているのが見えた。 そんな二人を案ずるかのように、マルコシアスが周囲を忙しなく動き回り、小さな鳴き声を発している。牢に入れられている間、二人に何か良からぬことが起こったのは明白であった。 「──おはよう御座います、アガメムノン様」 彼の目の前まで馬を寄せると、イーリスは軽やかにその背から飛び降り、アガメムノンに対しほんわかとした態度で挨拶する。 「これは、これは──誰かと思えば、巫女長イーリス様では御座いませんか。おはよう御座います──本日もお美しいですなぁ」 「お褒めの言葉、ありがとう御座います。昨夜お伝えした通り──セラフィナの付き人たちを、牢より解放して下さいましたでしょうか?」 「はい、イーリス様。儂の後ろにいる二人がそうです。ちょいとばかしショックを受けているみたいですが、健康上の問題はありません」 どの口が言うか。セラフィナは馬
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-20
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第三章 第87話 鳥の王

霊峰アトラスの中腹──平地となっている場所に建てられた大聖堂の中に彼女はいた。 煌々と燃ゆる焔の中に坐し、この世の全てを憂えるように物悲しげに歌いながら。 ──"来たれ、汝甘き死の時よ" ──"死の折、私の魂は獅子という名の死の口より、蜜を味わうことになるであろう" ──"現し世との別れを、甘美なるものにして頂き給う" ──"引き留めることなかれ、最期の光よ" ──"私が、彼女と口づけするのを" ふと……大聖堂の入り口に人の気配を感じ、彼女は歌うのを徐ろに止めた。ハルモニアの巫女装束に身を包んだ黒髪の乙女が祈るかのように、胸の前で両手を組みながら佇んでいるのが見える。 「聖ヒエロニムスの子……我が巫女……イーリス……」 感情の読み取れぬ抑揚のない声で彼女が呟くと、神殿都市ミケーネの巫女長イーリスは銀のサンダルを脱ぎ、白のストッキングに包まれた爪先を優雅に滑らせながら彼女の前まで歩み寄ると、その場に両膝を付いて祈りを捧げる。 「イーリス……我が巫女……愛しき我が子……」 祈りを捧げるイーリスを見下ろすと、彼女は焔の中より身を起こし、窓から射し込む陽の光を受けて虹色に輝く翼を大きく広げる。 青と白とを基調とした体毛、極彩色の飾り羽に尾羽。華奢だがドラゴンにも引けを取らぬ巨躯。何より異質なのは、外見は鳥そのものでありながら獣のように四足歩行であることだろう。翼へと進化した筈の前足が、翼とは別に存在していた。 嘗て、グリフォンという鳥と獣を足し合わせたような外見の上位魔族が存在したが、彼女は正にグリフォンと酷似した特徴を有していた。グリフォンよりも体格が痩せ細っており、より絢爛たる外見をしているのが相違点ではあるが。 彼女の名は──シームルグ。ハルモニアの守護者たる四大霊獣の一柱にして、偉大なる"鳥の王"。鳥という種族の頂点に立つ者である。 シームルグは、静かに祈りを捧げるイーリ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-21
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第三章 第88話 メフィストフェレス

日に日に狂信者の数を増やしてゆく"獣の教団"──枢機卿クロウリー率いる異端審問官部隊"不死隊"を始めとして、聖教会に属する各国は軍組織を投入し、彼の異教を信奉する者たちの"断罪"を推し進めていた。 聖職者や各地の要人が何者かの手によって、相次いで暗殺されていることを受けての対応だった。獣の信奉者を告発した者には褒賞が与えられると聖教会が喧伝したこともあり、各地で密告が繰り広げられている。 密告者の多くが褒賞に目が眩んだ欲深き者たちであり、密告された者たちの大半が"獣の教団"とは無関係だったことは言うまでもない。けれども哀しいかな、密告された者たちの身の潔白が証明されることはなかった。 皆、結論ありきの形だけの取り調べを受けた後、即座に火刑に処されたからである。自らの身の潔白を叫びながら皆、焔の中へと消えていったのである。 当然、遺族は犠牲者の名誉回復を求める嘆願を行うのだが、各国の権力者たちはそれを一蹴し、そればかりか嘆願した者たちまで焔の中へと投げ入れた。 聖教徒たちの不満は日に日に高まり、中には各国の要人たちが暗殺されるのは自業自得だと主張する者も現れた。すると今度は自業自得だと言った者たちまで、獣の信奉者として処断されるようになった。 正しくそれは、負の連鎖と呼ぶに相応しかった。 時の権力者たちは知らない。その負の連鎖こそが、"獣の教団"の仕組んだ罠であることを。負の連鎖が続けば続くほど、彼らにとって都合の良い状況へと変化してゆくことを。 そして──負の連鎖の果てに待つのが、己が身の破滅であることを。 聖教会傘下、聖ヨハネ公国── 古代聖教の聖人、預言者ヨハネの末裔たる大公ヨハネが治めるこの国は、"断罪"を強行する他国とは異なり、比較的穏便に"獣の教団"に関する取り調べを行っていた。 それでも、国民の不安は拭えぬもの。何時、獣の信奉者との嫌疑をかけられるか分からない。もしかしたら明日には連行されて、他国のように冤罪で殺されるかもしれない。 不安は、やがて恐怖となる。恐怖は人を突き動かす。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-22
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第三章 第89話 試練の時

神殿都市ミケーネを訪れてから一週間後──イーリスの先導で、セラフィナたちは"鳥の王"シームルグの坐す霊峰アトラスの中腹部……そこに建てられた大聖堂を目指して移動することになった。 セラフィナたちの身の潔白が証明された翌日、イーリスの取り次ぎによりシームルグとの謁見並びに試練を受けることが容認されたのは、セラフィナにとっては正しく僥倖だった。取り次ぎだけで数日を要すると思っていたからだ。 最短でシームルグに取り次いでくれたイーリス、そして会って試練を受けたいというセラフィナたちの、半ば我儘に近い要望に応えてくれたシームルグには感謝しかない。五日後にシームルグが会ってくれるとイーリスから聞かされた時は、夢じゃないかと思わず彼女に聞き返したほどであった。 イーリスに連れられて大神殿の外へと出ると、シームルグの眷属と思しき二羽の巨鳥が、敷地内の中央広場にてセラフィナたちを待っていた。どうやら、彼らの背に乗って大聖堂まで来いと言うらしい。中々、粋な計らいである。 マルコシアスとカイムは今回、残念ながら連れて行くことが出来ない。シームルグとの謁見を認められたのは、あくまでもセラフィナ、シェイド、キリエの三名のみ。マルコシアスとカイムは、認められていない。試練を終えて戻ってくるまでの間、彼女たちには大神殿で大人しく待っていてもらう他ない。 イーリスとセラフィナ、シェイドとキリエに分かれてそれぞれの背に乗ると、黒い鷲の姿をした眷属たちは大きく翼を広げ、大空へと勢い良く飛翔した。 強風が髪や衣服を激しくはためかせ、周りの景色が目まぐるしく変わってゆく。鳥の王の眷属と言うだけあり、飛行能力の高さは最早異常で、ドラゴンなどの比ではない。 山に立ち込める雲を切り裂きながら、眷属たちは尚も上昇を続ける。背にしっかりとしがみついていないと、そのまま落ちて地上に叩きつけられてしまいそうである。 「…………!」 高度が上がるにつれ、セラフィナは急速に頭の血が下へと下がってゆくのを感じた。眩暈や頭痛、それに吐き気も……急速に高度が上がっているため、どうやら高山病の症状が出ているようだ。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-23
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