夜の帳が下りた帝都アルカディアの大神殿に、パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。 ステンドグラス越しに射し込む月明かりが、演奏者の姿を照らし出す。喪服を思わせる純黒のシンプルなドレスに身を包み、長く艶やかな銀髪を吹き込んでくる夜風に揺らめかせながら、その者は優雅な動きで亡き者たちに捧ぐ鎮魂歌を演奏していた。 この世に存在する、ありとあらゆる芸術作品が全て陳腐な瓦落多に見えてしまうほどの美貌を惜しげもなく衆目に晒しながら、演奏者……死天衆の長ベリアルはただ黙々と、物悲しい旋律を奏で続ける。 その場に居合わせた誰もが、ベリアルの一挙一動に注目していた。神殿内の清掃をしていた巫女たちも、祈りを捧げに訪れた者たちも……皆、手を止めて彼の演奏に耳を傾けていた。 月明かりに照らされながら、無表情のまま淡々とパイプオルガンを奏でるベリアルの姿は、何と形容すれば良いのか分からぬほどに幻想的かつ神秘的であった。 演奏を終えると、万雷の拍手がベリアルに向けて送られる。皇帝ゼノンと同等、或いはそれ以上の腕前。人々が彼の紡ぐ旋律に心を大きく揺さぶられるのは、至極当然とも言えた。 だが── 胸にそっと右手を当て、黒のストッキングに覆われた細い両脚を軽く交差させつつドレスの裾を空いた左手で軽く摘み、恭しく頭を下げながらも、ベリアルの青く澄んだ目は人々を向いておらず、何処か遠くへと向けられていた。 「…………」 彼の胸中に去来していたのは、果たして如何なる思いだったのだろうか。それを知る者は恐らくこの場には居るまい。彼が今日に至るまでに歩んできた道のりも、秘めたる祈りも、願いも全て。 今となってはもう知る者も殆どいないほどの遥か昔、ベリアルは天使たちの試作型──"始祖の天使"の三番目としてこの世に生を受けた。 彼を創造したのは、大地の女神シェオル。何れ理想の楽園となるであろう世界、それを見守る観察者として創造された彼の容姿は、創造主たるシェオルに余りにも酷似していた。 しかしながら天空の神ソルは、自らが創造した天使よりも見目麗しく優秀な彼のことを快く思わなかった。故に、創造者である女神シェオルを侮辱する意味合いも込めて、彼に"無価値な者(ベリアル)"という名を与えた。 "暁の子(ルシフェル)"、"神に似た者(ミカエル)"、そしてベリアル。彼ら三
Terakhir Diperbarui : 2025-06-20 Baca selengkapnya