Semua Bab 死にゆく世界で、熾天使は舞う: Bab 61 - Bab 70

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第二章 第60話 遠き日の幻影

夜の帳が下りた帝都アルカディアの大神殿に、パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。 ステンドグラス越しに射し込む月明かりが、演奏者の姿を照らし出す。喪服を思わせる純黒のシンプルなドレスに身を包み、長く艶やかな銀髪を吹き込んでくる夜風に揺らめかせながら、その者は優雅な動きで亡き者たちに捧ぐ鎮魂歌を演奏していた。 この世に存在する、ありとあらゆる芸術作品が全て陳腐な瓦落多に見えてしまうほどの美貌を惜しげもなく衆目に晒しながら、演奏者……死天衆の長ベリアルはただ黙々と、物悲しい旋律を奏で続ける。 その場に居合わせた誰もが、ベリアルの一挙一動に注目していた。神殿内の清掃をしていた巫女たちも、祈りを捧げに訪れた者たちも……皆、手を止めて彼の演奏に耳を傾けていた。 月明かりに照らされながら、無表情のまま淡々とパイプオルガンを奏でるベリアルの姿は、何と形容すれば良いのか分からぬほどに幻想的かつ神秘的であった。 演奏を終えると、万雷の拍手がベリアルに向けて送られる。皇帝ゼノンと同等、或いはそれ以上の腕前。人々が彼の紡ぐ旋律に心を大きく揺さぶられるのは、至極当然とも言えた。 だが── 胸にそっと右手を当て、黒のストッキングに覆われた細い両脚を軽く交差させつつドレスの裾を空いた左手で軽く摘み、恭しく頭を下げながらも、ベリアルの青く澄んだ目は人々を向いておらず、何処か遠くへと向けられていた。 「…………」 彼の胸中に去来していたのは、果たして如何なる思いだったのだろうか。それを知る者は恐らくこの場には居るまい。彼が今日に至るまでに歩んできた道のりも、秘めたる祈りも、願いも全て。 今となってはもう知る者も殆どいないほどの遥か昔、ベリアルは天使たちの試作型──"始祖の天使"の三番目としてこの世に生を受けた。 彼を創造したのは、大地の女神シェオル。何れ理想の楽園となるであろう世界、それを見守る観察者として創造された彼の容姿は、創造主たるシェオルに余りにも酷似していた。 しかしながら天空の神ソルは、自らが創造した天使よりも見目麗しく優秀な彼のことを快く思わなかった。故に、創造者である女神シェオルを侮辱する意味合いも込めて、彼に"無価値な者(ベリアル)"という名を与えた。 "暁の子(ルシフェル)"、"神に似た者(ミカエル)"、そしてベリアル。彼ら三
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-20
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幕間 第61話 勇猛苛烈なる戦闘王

"都市国家アッカド、焼滅"── その凶報は風に乗り、瞬く間に世界各地へともたらされた。信仰対象たるパズズと最高指導者ラマシュトゥを同時に喪った精霊教会は事実上瓦解し、砂漠地帯を支配していたパズズの死で水源が枯れた各オアシス都市は、民衆たちによる殺し合いが激化。間もなく、砂漠地帯から人という種が消えてなくなることが確定した。 パズズとラマシュトゥ……二大精霊が願って止まなかった砂漠地帯からの、人間という種の根絶。両者が死天衆に討たれ消滅することでそれが完遂されるとは、何という皮肉であろうか。 アッカド、そして精霊教会の消滅により、ハルモニアは聖教会のみに注力出来る状態となった。 だが、裏を返せばそれは、聖教会もまたハルモニアのみに注力出来るということ。 各国からの要請に応じ、遂に聖教騎士団が重い腰を上げ、涙の王国に進駐した堕天使エリゴール率いる、ハルモニア帝国第三軍を退けるべく出陣することとなった。 "最終戦争(ハルマゲドン)"の時に味わった雪辱を晴らさん。聖教騎士たちは自らを鼓舞するようにそう謳いながら、戦地へと赴いていった。総指揮官たる騎士団長レヴィの不在という、大きな不安を抱えつつも。 エリゴール率いる帝国第三軍は、先んじて陣地構築に当たっていた工兵を始めとする支援要員凡そ三万五千に、遅れて合流した戦闘要員凡そ三万五千を併せた計七万。 対する聖教会側は、涙の王国に隣接する諸国家の軍勢に、聖教騎士団の第五騎士団凡そ二万、第六騎士団凡そ二万を併せると、計三十万にも及ぶ大軍勢であった。 数の上では優勢。たとえ相手が、無敗の貴公子エリゴールであろうとも恐るるに足るまい。冬までには、祖国に帰れるだろう……戦地に赴いた誰もが、この時はそう思っていた。 聖教会自治領、聖地カナン── 大聖堂の最奥にて、聖女シオンは胸の前で手を組み静かに祈りを捧げていた。戦地へと赴く勇敢なる戦士たちの、無事の帰還を願いながら。 「──護衛もなしに独り戦勝祈願とは、随分と呑気なものよなぁ。簒奪者ソルの下僕シオン?」 蝋燭の灯がふっと掻き消えたかと思うと、大聖堂の中は氷を思わせる冷たい敵意に満たされる。聖堂内に響き渡る、地の底から響いてくるかの如き威圧感に満ちた声。その声の出処を探ろうと、シオンは無詠唱で魔力探知を試みる。 そんなシオンを嘲笑う
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-21
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幕間 第62話 軍神と謳われる者

バアルの聖地カナン襲撃と時を同じくして、涙の王国に隣接する諸国家からなる連合軍は、帝国第三軍の所属と思われる一千余騎の騎兵と会敵。 彼らは連合軍の大軍勢を見るや否やパニックとなり、武器や手持ちの食糧などをその場に投棄して逃げ出した。 投棄された武器を見聞すると、その殆どがハルモニアの標準装備である筈の、連射が可能な新式の小銃でも銃身にライフリングの施されたライフル・マスケットでもなく、銃身にライフリングが施されていない旧式の滑腔マスケット銃であり、それも所々が傷んでいる粗悪品だった。その様は、とても軍事大国ハルモニアとは思えぬものであった。 三十万を優に超す大軍勢からなる連合軍。数の上では圧倒的優位にあったが、国家毎に指揮系統が異なるためか、その足並みは全くと言っても良いほど揃っていなかった。 ──"無敗の貴公子とやらも、名ばかりか"。 ──"帝国第三軍、恐るるに足らず"。 連合軍を形成する一部の国軍は後方に控える聖教騎士団への報告を怠り、そればかりか前線へと突出。逃げるハルモニア騎兵の追撃を開始した。 ハルモニア騎兵は阿鼻叫喚と言った様子で、ひたすら北へ北へと逃げ続けた。逃げる度、その場に打ち捨てられる武器や食糧、そして空馬。気を良くした連合軍の一部はそのまま、逃げる騎兵の追撃を続行した。 追撃を開始してから、凡そ一週間後── ハルモニア騎兵は"死の谷"と呼ばれる、周囲が険しい斜面となっている峡谷地帯へと逃げ込み、その後を追って数万もの大軍勢が"死の谷"へとなだれ込んだ。 だが……全ては、彼の者が──"軍神"と謳われる端麗なる貴公子が仕組んだ罠であった。 「──ふふっ……愚かだね、連合軍の諸君。戦の鍵を握る生命線たる後方連絡線が、すっかり伸びきってしまっているじゃないか。兵站の重要性を、君たちは分かってい
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-22
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幕間 第63話 ゼノンとシェイド

その日のリハビリを終えたシェイドが、夜風に当たろうと思い大神殿の外へと出ると、そこには意外な先客がいた。 「…………」 四十代半ばとは思えぬ、若々しく精悍な顔立ちの、程よく引き締まった体躯を持つ黒髪の男。何処か憂いを帯びた表情で、遥か遠くに聳え立つ、不規則に輪郭を変える巨大な砂時計を──"崩壊の砂時計"を見つめている。 「──其方も、夜風に当たりに来たのか?」 シェイドが来たことに気付いたのか、男は──ハルモニア皇帝ゼノンは音もなく振り向くや否や相好を崩し、彼に自分の隣に来るようそっと促した。 「……ハルモニアの夜風は、心地良かろう?」 「……確かに、悪くはないな。あの忌々しい砂時計が、視界に入りさえしなければ完璧だった」 「そればっかりは、どうしようもないな。世界の何処にいようとも、あれは常に視界に入り込んでくる。最早そういうものだと、諦めるしかなかろう」 光のない灰色の瞳でじっと砂時計を見つめながら、ゼノンはふっと笑う。その手には、やや古びた懐中時計が握られていた。 「……それは?」 シェイドが尋ねると、ゼノンは昔を懐かしむかの如く遠い目をしつつ答える。 「……形見だ。今は亡き妻ソフィアの、な」 懐中時計の蓋を開け、時刻を確認しながら、ゼノンは淡々とした調子で語り始めた。 「二十五年前──"最終戦争(ハルマゲドン)"が勃発したあの時。剣聖アレスの登場、天使の参戦など諸々の要素が積み重なり、我がハルモニアは窮地に立たされた」 「…………」 「ハルモニアの民を救うため、私は禁忌を犯した。女神シェオルの使徒たる、死天衆を召喚する儀式を執り行ったのだ。五十名を超す巫女の……まだ年端もいかぬ少女たちの尊い命が、それにより喪われた。だが──」 召喚に応じて顕現したベリアルは、それだけでは不足だとゼノンに告げた。そして、力を貸す代わりに、ゼノンが最も大切にしているものを供物として捧げるよう要求したのである。 「──ベリアルは、最初から気付いていた。私が自分の命よりも、妻ソフィアを大切に想っていたことを」 ゼノンはベリアルの要求を呑み、ソフィアは命を落とした。血の海と化した寝室の中で、首から下のない変わり果てた姿となって見つかった。ハルモニアの至宝と呼ばれた美しき皇妃はこの時、まだ二十歳になったばかりだった
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-23
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幕間 第64話 少女と軍神

都市国家アッカドで起こった一連の惨劇から、瞬く間に一月が経過した。 "聖痕(スティグマータ)"からの出血を今回も何とか乗り越えたセラフィナは、大神殿内の庭園にあるガーデンベンチに腰掛け、何処か陰鬱そうな表情を浮かべつつハルモニア国内最大手の新聞を読んでいた。 ──"軍神エリゴール、敵軍に快勝"。 そのような見出しで、堕天使エリゴールと彼が率いる帝国第三軍が、聖教会勢力の連合軍数万を全滅させたことが連日のように報じられている。 常勝将軍、無敗の貴公子、軍神……各新聞社によってその呼び方は微妙に異なれども、何処も彼処もこぞって、彼の打ち立てた空前絶後の武功を称えている。記事に煽られ、国民たちも熱狂していた。 尤も──彼はハルモニア国内が自分に熱狂していることなど、心の底からどうでも良いと思っているであろうが。満足に自分で戦うことすら出来ぬ弱き者が安全圏で騒いでいるのを寧ろ、不快に感じることだろう。 「……軍神、か。彼自身はその呼び名を、快くは思わないだろうね」 溜め息混じりに、セラフィナは小さくそう呟いた。 足元ではマルコシアスが、そんな彼女の様子を案じるかのように、整備された芝生の上に伏せながらも、それとなくチラチラと、セラフィナの顔を見やっている。目の下には隈が出来ており、心做しか以前よりも少しやつれたように見える。疲労の色が濃く、何処か痛ましささえ感じさせた。 「──?」 ふと何者かの気配を感じ、セラフィナは指先で髪をかきあげつつ顔を上げる。目の前に、一人の端麗なる堕天使が佇んでいた。 ハルモニア帝国軍の、それも軍上層部の所属であることを示す黒い将官服を優雅に着こなし、ハルモニアの国章が装飾されている制帽を被ったその堕天使の姿を見て、セラフィナはわずかに顔を綻ばせた。 「……エリ、ゴール。嗚呼……また会えて、嬉しいよ」 「──やぁ、セラフィナ。こちらこそ、また君に会えて嬉しいよ」 「……本来はさ、戦地にいる筈じゃないの?」 「戦況を報告するために、ちょっと時間を作ってね。つい今し方、皇帝ゼノンとベリアル卿に報告をし終えたばかりだよ」 皇帝のことをゼノンと呼び捨てにし、ベリアルをベリアル卿と尊称で呼ぶ辺り、彼があくまでもベリアルの配下であり、ゼノンを主とは一切認めていないのがよく分かる。 「しかし…
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-24
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幕間 第65話 新たなる神

某所── 教会の薄暗い告解室に、一人の若い修道女(シスター)が姿を現した。外は激しい雷雨なのか、落雷の轟音が断続的に聞こえてくる。 「うっ……うっ……」 両膝を付くと、シスターは啜り泣きながら胸の前で手を組み、祈りを捧げる。啜り泣く声は少しずつ、少しずつ大きくなってゆく。 「うっ……ううっ……!」 悲しみ、怒り、憎しみ……それは、あらゆる負の感情が綯い交ぜとなったかの如き、深く昏い泣き声であった。 やがて── 仕切りの向こう側に、人の形をした何者かが悠然と姿を現す。ゆったりとした赤い衣を身に纏い、フードを目深に被ってその素顔を覆い隠した、男とも女ともつかぬ何者か。 仕切り越しにぼんやりと映る影には大きな翼のようなものが生えており、禍々しいほどの負のオーラが滲み出ている。けれども、シスターの目には、その者の姿は酷く神々しく映っていた。 「……あぁ、神よ。私の罪をお聴き下さい」 そう言って、シスターは涙ながらに自らのことを語り始めた。 彼女は農村部で敬虔な聖教徒の家に生まれた。生活は貧しかったが父も母も優しく、彼女は沢山の愛情を注がれて育った。 だが、"最終戦争(ハルマゲドン)"の勃発が全てを変えた。ハルモニアが死天衆の助力を得て逆襲に転じ、聖教会は不足した兵力を一般から補充する方針を執った。 彼女の父も聖教会によって徴兵され、まともな訓練も受けさせて貰えぬまま戦地へと送り込まれた挙句──上空から飛来したドラゴンの奇襲によって帰らぬ人となった。 労働力の不足により、彼女の暮らしていた農村部の人々は生活が困窮した。戦後、食い扶持を得るために、彼らはハルモニアに内通した"魔女"を枢機卿クロウリー率いる異端審問会に告発した。 その多くは、戦で配偶者を亡くした未亡人や、身寄りのない子供であった。彼女の家もまた例外ではなく、母は村の年寄衆によって激しい性的暴行を受けた後、異端審問官たちに連行され──数日後に火炙りとなった。 異端審問会から多額の褒賞を与えられ、狂ったように喜ぶ村人たちの姿は、愚かしく醜い獣そのものだった。 身寄りを失くした彼女は孤児院に引き取られ、やがて聖教会の修道女となる。笑顔を決して絶やさず、如何なる時も希望は必ずあると、敬虔なる聖教徒たちに説く日々。 けれども、彼女はもう限界だった。生き
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-25
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第三章 第66話 緋き異端者

聖教会自治領、聖地カナン── 教皇執務室の扉がゆっくりと開かれたかと思うと、豪奢な法衣を身に纏った初老の男が入室してくる。 「──お呼びですかな、教皇聖下?」 深刻そうな表情を浮かべ、眉間に皺を寄せている教皇グレゴリオを見つめると、枢機卿クロウリーは白い歯を見せて不敵に笑う。 「……おお、クロウリー卿。其方を呼び寄せたのは他でもない。各地で相次いでおる要人暗殺の件について、其方の見解を聞きたいのだ」 精霊教会の崩壊以後、聖教会勢力の要人が各地で暗殺されている。現場には必ず犠牲者の血で、何やら意味深な文章が残されていた。 ──"女神シェオルは既に亡く、ソルの威信は地に墜ちた"。 「ふむ──」 グレゴリオの言葉を受け、クロウリーは顎に手を当てる。ハルモニアの仕業、という訳ではどうやらなさそうだ。 ここ数日の、各地に展開している異端審問官たちからの報告と照らし合わせながら、クロウリーは現況の整理を試みる。 「──関係があるか否かは、現段階では測りかねておりますが。近頃、各地で自殺者が急増しておるようですな。同時に、堕罪者の数も急増していると」 「うむ……」 実に痛ましいことだ。沈痛そうな面持ちのグレゴリオとは対照的に、クロウリーは如何にも他者の生き死にに興味がなさそうである。 「これらを踏まえて、僭越ながら私見を述べさせて頂きますが……最も可能性が高いのは、何者かによる煽動でしょうな。それも、かなりの遣り手でしょう。現に、我らに尻尾を掴ませておりませぬ故」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-26
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第三章 第67話 黒鉄の幽鬼

その怪物の噂が、まことしやかに囁かれるようになったのは、剣聖アレスの捜索打ち切りが公表されて間もなくのことであった。 血塗られた黒鉄の鎧を身に纏った痩身の大男。身の丈ほどもある巨大な剣を手足の如く自在に操り、自らの前に立った者を容赦なく斬り捨てるという。 まるで、この世の全てを憎んでいるかのように。たとえ眼前に立つ相手が女子供であっても、怪物は躊躇うことなく剣を振り下ろしたと、辛うじて難を逃れた者たちは語る。 ──"目が合ったら、急いで武器を捨てろ"。 ──"そして、祈れ。相手が気まぐれな親切心から、こちらを見逃してくれることを"。 黒き騎士の姿をしたその怪物を、人々は畏怖の念を込めてこう呼んだ。 ──"黒鉄の幽鬼"ラルヴァ、と。 大神殿の敷地内に併設されている練兵場……ハルモニアの誇る精兵たちの中に混じり、シェイドは鈍った身体を鍛え、戦闘勘を取り戻すべく日々鍛錬に勤しんでいた。 この日も練兵場にて、同年代のまだ若い新兵たちを相手に、名うての暗殺者かと見紛うような動きを披露していたのだが、そこに純白の巫女装束に身を包んだ、まだ幼さの残る少女が恐る恐るといった様子で足を踏み入れてきたかと思うと、シェイドに声を掛けてきた。「あ、あの……シェイドさん、で宜しいでしょうか」「うん……? 確かに、俺がシェイドだけど。何か用でも?」「は、はい……その、グノーシス辺境伯アレス様の御息女、セラフィナ様から言伝を預かっておりまして……」 巫女になってまだ間もないのか、周囲の環境に慣れていない様子のその少女は、緊張した面持ちでもじもじしながら言伝の内容をシェイドに伝えた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-27
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第三章 第68話 死兆星より愛を込めて

その日の夜遅く── ハルモニア皇帝ゼノンとの謁見を終えたセラフィナは黙々と、自らに宛てがわれている客室へと続く回廊を、マルコシアスと共に歩んでいた。 静寂が支配する回廊にコツコツと、セラフィナの履いているパンプスの踵の音のみが響く。シンプルなデザインの黒いドレスに身を包んだ彼女の腕には、少女の華奢な見た目には似合わぬ無骨な大口径の小銃が抱かれていた。 それは、ゼノンから褒美として下賜された世に二つとない逸品だった。装備した者の魔力を吸い取り、それを一点に収束させてライフル弾として撃ち出す。理論上、弾切れを起こす心配がないという優れものである。 何か一つ問題があるとするならば、セラフィナには銃の心得がないことくらいだろうか。尤も今のセラフィナには、シェイドという頼もしい銃の名手がいるので、彼に持たせれば何ら問題はないだろう。 ふと、セラフィナはその場に立ち止まると、無表情のまま腕に抱きかかえた小銃を見つめてホッと一つ溜め息を吐いた。 「──随分あっさりと、あの人を捜す了承を貰えたね、マルコシアス。些か話が出来すぎていて、正直なところ少し不安だけれど」 セラフィナは自らの足に頭を擦り寄せるマルコシアスを優しく撫でながら、ポツリとそう呟く。 スラリと伸びた彼女の細い両脚を覆う、シルク製の黒いストッキングはすっかり相棒の毛だらけになってしまっていた。私生活ではまだ使えるかもしれないが、もう公の場では履けそうもない。 尤も、セラフィナは先程までの謁見の内容へと思いを馳せており、両足が毛まみれになっていることなど気にも留めていなかったが。 養父たる剣聖アレスの行方を捜すため、暫くの間アルカディアを離れ、自由に行動したい──そのように申し出たセラフィナに対し、ゼノンは嫌な顔一つすることなく、やりたいようにやれば良いと承諾してくれた。そればかりか、アレス捜索の一助となるような、ちょっとした助言までしてくれた。 普通なら、喜ぶべきことなのだろう。けれどもセラフィナは、それを素直に喜ぶことが出来なかった。一つ、大きな懸念すべきことがあったからだ。 「……"何時もなら陛下の傍に侍っている筈の性悪堕天使(ベリアル)が、今日に限っては玉座の間に居なかったことが妙に気になる"? うん──確かに、君の言う通りだね。私も、それが一番気になってる」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-28
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第三章 第69話 主の温情に縋るが良い

涙の王国方面にて勃発したハルモニアと聖教会諸勢力の争いは、早くも最終局面を迎えていた。 初戦を快勝した"軍神"エリゴール率いる帝国第三軍は、勢いそのままに各国の軍勢を次々に撃破。複数の国軍で構成された連合軍故、統率が乱れている聖教会勢力は苦戦を強いられていた。 連合軍の主戦力たる聖教騎士団は、第五騎士団・第六騎士団ともに涙の王国の国境付近に布陣して以降、頑なに動こうとはしない。彼らは上官たる騎士団長レヴィの命により、エリゴールとの交戦を避け、睨み合いに徹する考えだった。 ──"彼の軍神と尋常なる戦をしていては、命が幾つあっても足りぬというもの" 。 レヴィの判断は、ことエリゴールを相手にする場合に於いては最良のものであると言えた。聖教会の土地を守るだけならば、国境に兵を配置して睨みを利かせ、帝国第三軍を涙の王国に釘付けにしておけば良いのだから。下手に相手と交戦するだけ、兵や物資の無駄というものである。 果たして、他国の軍勢が軒並み、帝国第三軍の攻撃を受けて補給線を断たれ、前線で孤立してゆく中、聖教騎士団だけは全くの無傷であった。 一方、補給線を断たれた各国の軍中では餓死者が相次ぎ、士気は底をついていた。死んだ仲間の肉を貪り、僅かに残された食糧を巡り、身内同士で不毛な争いを繰り広げる。この世の地獄の全てが、そこにはあった。 後方に控える聖教騎士団に何度も救援を要請するも、未だ援軍の影一つない。余りにも距離が離れ過ぎており、使者の殆どが道中で力尽きて落命、或いは逃亡していたからだ。 補給線は断たれ、前線にて孤立し、周辺には魔族や堕罪者が跋扈。これだけでも十二分に絶望的な状況だと言うのに、それに追い討ちをかけるように、前方にはエリゴール率いる帝国第三軍の主力部隊が布陣し、威風堂々たる陣容をこれでもかと見せ付けてくる。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-29
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