自警団組合アルカディア本部に併設されている酒場に黒衣の吟遊詩人が姿を現したのは、絶え間なく雷鳴が轟き渡る夜のことであった。 外は激しい雨だというのに、男の衣服は全くと言って良いほど濡れておらず、薄らと笑みを浮かべているのも相まって何処か不気味だった。 彼はカウンターに腰を下ろすと、注文も程々に、その日たまたま酒場の接客業を任されていた受付嬢のルビィに声を掛ける。 余談であるが、人口が百万を超す大都市である帝都アルカディア。そこで働く自警団員は凡そ二千人ほど。商隊護衛などで不在の者もいるので、実際はもっと少ない人数でアルカディア周辺の治安維持を担っていることになる。 近郊の巡回、魔物の討伐、都市内の夜警……猫の手も借りたいほどに、人手が足りていない。 上記の通り深刻な人材不足のため、ルビィのように現場に赴かない者は決まって、書類仕事と酒場の接客業とを兼任していた。 殉職率の高いことで知られる自警団。給料は非常に良いが命は鳥の羽根の如く軽い。そのため、なり手が中々居ないのが実情であった。 「──君。そこの君だよ、可愛らしいお嬢さん」 「えっ……わ、私ですか……?」 人見知りなのだろうか。或いは、まだ酒場での接客業に慣れていないのだろうか。突然甘い顔立ちの優男に声を掛けられ、ルビィは困惑しながらトレイで顔を隠し、頬を赤らめる。 初心な様子の彼女を見つめると、吟遊詩人は何処か微笑ましそうに目を細めながら、
Last Updated : 2025-06-30 Read more