All Chapters of 腐女子聖女~BL妄想は世界を救います~: Chapter 21 - Chapter 30

55 Chapters

第21話 売り込み1

 夜なべして書き続けた英雄叙事詩二次創作が、ついにキリの良いところまで書き上がった。  まだ完成には程遠いが、『第一部・完』くらいの完成度にはなったと思う。  この原稿は要塞のメイドたちの間で何度も回し読みされている。彼女たちの意見を取り入れて改稿を何度か行った。  既に手応えはしっかりとある。 この国の女子たちにもBL文化は受け入れられると分かった。であれば、次の段階に移行しよう。  すなわち、BL小説の出版である! この世界の文化レベルは中世どころか古代ローマとかそのへんだ。  だから当然、活版印刷はない。木版印刷すらない。  出回っている書物は全て手書きの写本になる。 そして古代文化の最大の特徴として、書物は全てが巻物なのだ。  冊子ではなく巻物。  紙も羊皮紙や前世の植物紙ではなくて、パピルスになる。 まあ、古代中国などは竹簡・木簡だったというから、それに比べればだいぶマシだろう。  それに巻物は冊子よりも装丁コストが低い。  手作りで冊子の本を作るのは大変だ。ページを整え、綴じて、表表紙と背表紙を作る。その手間はかなりのものになる。 その点、巻物なら紙を継ぎ足して巻けばいいのだから。 とはいえ、パピルスはそれそのものがそこそこお高い。  ましてや人力の写本で複製するのだ。このユピテル帝国において、書物がそれなりに高級品なのはどうしようもないことだった。  普通の平民ではまず買えない。文学好きの貴族やお金持ちであれば、自宅に書庫を持っているそうだが。 私の実家は一応貴族だけど、あいつら本を読むような教養も頭も持っていない。当然、書庫などなかった。あるのはせいぜい、所有農園の帳簿くらいだ。それも使用人に任せっきりで、自分たちは文句を言ってばかりだったっけ。 あの様子じゃたぶん不正な裏帳簿とかがある。まぁそれは私の知ったことじゃない。 とにかく、そういう事情もあって、この国の本屋は前世の感覚で言えば少ない。  けれど存在しないわけではない。帝都まで行けばたくさんの本屋があるし、この辺境の
last updateLast Updated : 2025-05-14
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第22話 売り込み2

「う、うーん? これは……?」 少し読み進めた本屋の表情が思わしくない。  まあ、男性の彼にいきなりBLを理解しろというのも酷な話だろう。「英雄たちの絆と愛憎に焦点を当てた物語です!」 リリアが張り切って言った。  それでも本屋の顔はぱっとしないままだった。さらにしばらく読み進んで、くるくると巻物を閉じてしまう。「斬新な視点だとは思うんですが、なんというか、男同士の感情がちょっと重くて気持ち悪い……?」「なんですって!」 いきり立ったリリアを手で落ち着かせて、私は続けた。「そう感じる方はいらっしゃるかもしれませんね。でも、『他人の萎えは私の萌え』と申します。これは元々御婦人向けの物語ですの。雄々しく麗しい英雄たちの素顔、戦さごとだけではない人としての感情、ままならない心のうち……。御婦人方の大好きな恋愛小説の亜種ですよ」「なるほど?」 本屋は首を傾げて、改めて私の巻物を広げた。「やたらに男同士の色恋が出てくるので、戸惑いましたが。恋愛小説として読めば、なかなか良くできていますね。敵国の王妃に恋い焦がれる王子の心情など、切なく胸に迫るものがある。王妃がなぜか美少年になっていますけど……」「だからいいのですよ。美しい人に性別は関係ない。恋し愛する心も同様です」「しかしそれならば、男女の愛も入れたほうがいいでしょう。どうして男同士にこだわるんです」「それは……」 私はうっとりと頬に手を当てた。「私が好きだからです!」 きっぱり言い切ると、本屋はぽかんとした。「えっと」「男女の愛も否定はしません。けれど私が最も美しいと思うのは、男性同士の愛、男性同士の絆なのです。彼らの間にしかない心の動き、戸惑い、執着、慈しみ、独占欲。表面をなぞれば友情とか、仲間意識とかで片付けられる感情も、深く掘り下げていけばいくほど味わいが増す。『好き』という感情が恋愛に直結しがちな男女の愛よりも、複雑で妙味があるのです」「はあ」「それからはしたないことを言
last updateLast Updated : 2025-05-16
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第23話 売り込み3

 金貨一枚は、そこまで大きい金額ではない。  けれど無名の新人作家、それも今までの売れ筋とはまるで違う物語の対価としては弾んでくれたと思う。  何より彼はBLそのものに理解はなくとも、商品としての価値を買ってくれた。その気概に報いたい。「はい、十分です。この物語が人気になって、続きが望まれるようになったら、あなたに続きをお渡ししますね」「じゃあ契約成立だ。この契約書に署名をお願いします」 差し出された用紙の内容を確認して、サインした。  用紙を受け取った本屋は、財布から金貨を取り出して渡してくれた。 たった一枚の金貨は、私の手の内で燦然と輝いている。  これは私が、初めて物語で稼いだお金。それがとても嬉しくて、リリアと手をぎゅっと握り合わせた。     本屋は四、五日ほど要塞町に滞在した後、帝都に向かって発つと言っていた。  一度私の物語を通しで読んでもらって、どう売り込むか相談することになった。 とりあえず今日はゼナファ軍団の基地に戻ることにする。  もらった金貨を銀貨に崩して、メイドたちにお土産の蜂蜜菓子を買った。  物語を無事買い取ってもらったと報告すると、メイドたちは我が事のように喜んでくれた。「あの英雄たちが帝都で人気になって、男性同士の恋に心ときめく人がたくさん生まれるのが、目に見えるようだわ」 メイド長はうっとりしている。  私は苦笑した。「気が早いですよ。きっと人気になると思うけど、時間はかかるでしょう」「それこそ時間の問題よ。同志が増えると思うと、今でも楽しみだわ」「帝都の親戚に手紙を出そうかしら。これからとっても胸がきゅんきゅんする物語が出るよって」 メイドたちはわいわいと熱気を帯びている。  もちろん私も楽しみだ。「フェリシア先輩。本屋さん、今日中に物語を読んでおくと言っていましたね。明日また行ってみましょう」「そうね。どうやっ
last updateLast Updated : 2025-05-17
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第24話 売り込み4

 翌日、列柱回廊の本屋を訪ねると、彼はげっそりとした顔をしていた。「大丈夫ですか?」「やあ、フェリシアさん。大丈夫ですよ。ただちょっと、男たちの濃すぎる情念に当てられたというか」 まあ、BL好きじゃない人が一気読みしたらそうなるかもしれない。むしろ好きではないのにしっかりと読んでくれて、見上げたプロ根性である。  それから売り込み方を相談した。 もともと英雄叙事詩二次創作BLは、BL初心者を意識して書いた。  がっつりBLではなくブロマンス寄りで、えっちなシーンはほとんどない。(ほんの少しならある)  年若い少女から年配の女性まで、自信を持って勧められる一作である。「ですので、売り込み方はシンプルでいいと思います。男性同士の恋に興味を示した人に渡せば、そのまま沼に引きずり込めるかと」「沼?」「物語の魅力にハマるという意味です。この物語では、多くのタイプの男性が登場します。誰しもきっと推しができるはず」「推し?」「一番のお気に入りで、一番応援したくなる登場人物ですよ」 などというやり取りを経て、本屋は納得してくれた。「フェリシアさんとリリアさんの熱量を見ていると、本当に大ヒットの予感がしてきました」「そうですよ! 先輩の物語はすっごく素敵なんですから」「あまり難しく考えず、男性同士の可能性を信じればいいのです」 私とリリアが交互に言うと、本屋は何とも言えない顔をしていた。  それから首を振って気持ちを切り替えたようだ。「僕だって目利きの商売です。この物語を必ずや、帝都の大ヒットにしてみせましょう」 本屋とはそれからも数日打ち合わせをして、その後は帝都に旅立っていった。  私とリリアは要塞町の門まで行って、本屋の背負子を背負った背中が見えなくなるまで見送った。  私の物語、BL英雄たちが帝都の御婦人の心を射止めるよう願いながら。  そして、たくさんの腐女子たちの誕生を夢見ながら。 &nb
last updateLast Updated : 2025-05-17
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第25話 寒さと肌荒れ

 ユピテル帝国では石けんは一応あるのだが、決して品質がいいとは言えない。  どろりとした半液体状のしろもので、汚れの落ちは悪い。  もちろん肌にも悪い。  これで食器洗いから洗濯まで全てをこなすのだから、大変だった。  そして使い勝手が悪いせいで、この石けんは浴場では使われていない。  浴場の垢すりは昔ながらの金属ヘラで、砂や香油をまぶして擦り落とす。これはこれで不便だった。「この石けん、もっとどうにかならないかしら」 厨房で皿洗いをしながら呟くと、料理長が返事をした。「どうにかと言われてもねえ。石けんというのは、こういうものだろう?」「これ、どうやって作られているのでしょう?」「さてなあ。納品業者が今度来るから、聞いてみるかい?」「はい、お願いします」 そんなわけで、石けん納品に立ち会わせてもらった。  石けんはどろどろの半液体なので、壺に入れて持ってくる。  壺自体が重いし、運ぶにも保存するにも不便だ。「この石けんは、もっとしっかり固まらないのですか?」 石けん屋は首を振った。「石けんはこういうものですから。昔からそうです」「作り方は、油と灰を混ぜる?」 前世のラノベで読んだ知識を聞いてみれば、石けん屋はうなずいた。「よく知ってますね。そのとおりです。油、うちでは安く手に入る獣脂を使っていますよ。そんなに難しい製法じゃないので、あちこちで作られていますが」「もっと工夫すれば、質の良い石けんを作れると思うの。やってみませんか?」「え?」 石けん屋は困った表情になった。「そう言われても、今のままで別にいいでしょう。下手なことをして失敗したら、うちみたいな小さい石けん屋は倒産してしまいます」 うーん。  この様子では業者に頼むより自分で作ったほうが早そうだ。  とりあえず、石けん屋のレシピを教えてもらって買い取った。  秘蔵のレシピというほどではないので、お値段
last updateLast Updated : 2025-05-18
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第26話 石けんを作ろう

 一つ思いついた。 前世で旅行に行ったとき、ガラス工房に立ち寄ったことがあった。 そこの解説で『古代においては、ガラスは塩生植物の灰を利用したものがありました。塩生植物は通常の植物よりもアルカリ性が高く、利用しやすかったのです』という一文があったのだ。 そのときの私は、「ガラスって灰を使うんだ!」と驚いただけだったが。 塩生植物は塩分を含む土壌に生える植物のこと。岩塩地帯とか海辺の土地がそうだ。 有名なところではオカヒジキなんかである。 それから油脂も工夫しよう。 とりあえず獣脂は駄目だと思う。だって臭いもの。現状のどろどろ石けんも、獣臭くてとてもじゃないがいい匂いとは程遠い。 ユピテル帝国はオリーブが名産なので、オリーブオイルなら手に入りやすい。前世でもオリーブ石けんはよく見かけた。うってつけだ。 品質は下がるけど、唐揚げで使った油をリサイクルしてもいい。 例えば良いオイルで作った石けんは体を洗う用、洗濯などはリサイクルオイルで、と分けてもいいだろう。  ユピテル帝国では環境問題に配慮するという概念そのものがないので、生活排水は全部川にそのまま流すだけ。 唐揚げを作り始めたのは私なので、廃油をそのまま捨てるのはまずいと思っていた。前世日本人として自然破壊はしたくない。 ここで上手にリサイクルできるならちょうどいい。一石二鳥である。 翌日、材料集めを始めた。 オリーブオイルは料理長に頼めばすぐに分けてもらえた。「オカヒジキはありますか?」「なんだい、それは?」 オカヒジキは日本では食用野菜だったが、この国では食べる習慣がない。 かといってここは内陸部。海辺の植物であるオカヒジキがそこら辺に生えているはずもない。 ちょっと困ったが、思いついた。ガラス工房に行けばあるかもしれない。 要塞町にも小さな工房が一つだけある。 さっそく訪ねてみると、予想通り在庫があった。やったね!「ゼナファ軍団のメイドさんが、どうしてオカヒジキを?」「うふふ、
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第27話 石けんを作ろう2

「そういえば、ここで香り付けをしてもいいんだった」 香り付きの石けんもいいと思う。ただ、前世じゃアロマオイルなども豊富にあったが、今は手元にない。 そういや精油というものはこの国にないかもしれない。あるのはあくまで香油である。そのうち精油も作りたいな。「何の話?」「せっかくお肌にいい石けんだから、香り付けをしてもよかったなって」 そんなふうにおしゃべりをしながら作業を続ける。 フワフワの石けん素地をよく練って、木箱の型に詰める。 石けんは冷めて行くに従ってだんだんと固まっていった。「わっ、すごい。石けんが固まってる! いつものどろどろじゃない!」 リリアが声を上げている。 数時間で使えそうなくらい固まったが、確か一~二週間くらい寝かせたほうがより品質が良くなるはずだ。「本当の完成はもう少し後よ。でも、ちょっとだけ試してみましょうか」 端のほうを少し切り出して泡立ててみる。 従来のどろどろ石けんよりもよほど泡立ちがいい。 手を洗ってみたら、汚れはすっきり落ちた。「いいね! 汚れ、スルスル落ちちゃう!」「洗い心地もなめらかじゃない。肌に優しそう」 メイドたちが口々に感想を言っている。 どうやら上手に出来上がったようだ。 よし、次は灰の配合を少し変えてもう一度試作してみよう。 そうやって作業を続けていると、不意に声をかけられた。「よう、メイドちゃんたち。こんな夜になにやってんの?」 振り返ればクィンタとベネディクトが立っている。 クィンタはベネディクトの肩に腕を回して、親しげな様子だ。 ベネ×クィきた――!! 内心の興奮を顔に出さないように苦労しながら、私は答えた。「新しい石けんを作っています。もっと肌に優しくて、もっと汚れ落ちのいいものを」「へえ?」「今のままではメイドのみんなの肌荒れがひどくて。困っていたんです」「あぁ、いいねぇ。
last updateLast Updated : 2025-05-20
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第28話 脳内会議

 そして、メイド部屋に戻ってから。私は今日の潤沢なベネ×クィを思い出してにやにやとしていた。『あー、ベネ×クィいいなぁ。ちょい悪のクィンタが真面目の塊のベネディクトをどう落とすか、妄想が止まらない』 脳内で私Aが言った。『落とすとかじゃないでしょ。ベネディクトのほうがむしろ惚れていて、でも男同士だからって悩んで、それでも親しく接してくるクィンタに我慢できず襲いかかっちゃうんだよ』 私Bが反論する。『ていうか、ベネ×クィで左右固定なの? 逆のクィ×ベネの可能性はないわけ?』 さらに私Cが出張ってきた。 私Aは思い切り首を振る。『ないない! ベネ×クィで固定! 真面目攻めは正義!!』 私CはAに掴みかかった。『なんでよ! クィンタ色気あるじゃん。堅物のベネディクトを籠絡してモノにするシチュ、萌えるでしょうが!』 そこに私Dが登場した。『クィ×ベネがいい。でも、誘惑するのはベネディクトのほう! 真面目が下手なりに必死に心を引こうとする姿、これこそ至高っ』 さらには私EやFまで登場し、脳内はしっちゃかめっちゃかになった。 もはやカオスである。主人格である私でさえどうすることもできず、しかしながらどの意見も萌えるので困ったと思っていたら。 乱闘現場の隅っこのほうから、小さな声がした。『どれも、すごくいい。だから、ベネ×クィ×ベネがいい』『えっ、それは……』 殴り合いをしていた私たちが一斉に振り向いた。視線の先のフェリシアはビクッとなりながらも、それでも胸を張って続けた。『リバがいい! 受けも攻めも、そのときで変わるの!』『あら……いいじゃん』『悪くないわ』 さっきまで取っ組み合いのケンカをしていた私たちは、うんうんとうなずき始めた。 そして私は気付いた。 あのフェ
last updateLast Updated : 2025-05-21
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第29話 ハンドクリームを作ろう1

 夜の石けん作りは順調に進んだ。 石けん屋から買ったレシピを参考にしながら、鍋で熱したオリーブオイルにオカヒジキの灰を混ぜていく。ちょうどよい分量は、もう身についている。あとはきちんと計量して、みんなで手分けして作るだけだ。 最初に作った石けんは、そろそろ熟成が済む頃合いだ。みな、完成を楽しみにしていた。 そうして出来上がった石けんは、素朴ながらも良い一品。 泡立ちがよく肌触り滑らかで、汚れがよく落ちる。 オリーブオイルとオカヒジキの灰を使うため、従来のどろどろ石けんよりは少し単価が高くなってしまった。おかげでお風呂用はともかく、食器洗いは完全にこちらの石けんを導入することはできなかった。 汚れが軽いものは従来のどろどろ石けんで。ひどいものは新しい石けんで。そう決まった。「ひどい汚れのときの苦労が減ったもの。フェリシアの石けん、助かるわ」 メイドたちはそう言ってくれた。「固形というのがいい。小さい欠片にして簡単に持ち運べる」 浴場で使う兵士たちも嬉しそうだ。 でも、これだけじゃまだ足りない。 石けんの熟成を待つ間に、もう一つ作りたいものがあった。 それはハンドクリームだ。 石けんの改良で手荒れと汚れ落ちは良くなるが、それでも秋冬の水仕事はつらい。手にあかぎれを作っているメイドたちは、見ていて気の毒なのだ。 ハンドクリームの作り方も、前世の親友Kちゃんのおかげで覚えている。 ありがとう、Kちゃん。 あなたの手作りコスメのおかげで、こんなところで助かっているよ。 とうわけで、ハンドクリーム作りに取り掛かった。 まずは材料集めである。「ハンドクリームの基剤は、蜜蝋。それにオリーブオイル。好みでハーブの精油」 蜜蝋はこの国でも売っている。 ミツバチの巣から採れるロウだ。高級ロウソクの材料である。 ユピテル帝国ではハチミツのために養蜂が盛んに行われているので、蜜蝋は手に入りやすい素材だった。 オリーブオイルもすぐに手に入る。 問題は
last updateLast Updated : 2025-05-22
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第30話 ハンドクリームを作ろう2

「ガラス用の型から作るとなると、また別の職人さんに頼むことになるでしょうか」 私が聞くと、工房主はうなずいた。「そうだね。鋳物職人に頼まないといけない。というかメイドさんは、なんでそこまでしてパイプを作りたいんだ?」「ハンドクリームを作ろうと思っていまして」 私はハンドクリームの件を説明した。 メイドたちが水仕事のあかぎれで困っていること、軍団兵たちも金属鎧が肌に当たって痛めている話をする。 すると工房主は深くうなずいた。「実は俺も肌荒れで困っているのさ」 手袋を取って差し出した手は、やけど痕だらけだった。 あちこちの皮膚がひきつって痛々しい。 私が思わず彼の手を握ると、工房主は慌てて手を引っ込めた。「火を扱う仕事だからね。こうなるのは仕方ない。けど、少しでも痛いのをマシにできるなら、ぜひ協力させてくれ」「もちろんです。やけどの傷に効く精油もあります。できあがったら、工房主さんに使ってほしいです」 Kちゃんが傷ややけどについて言っていたのを、思い出す。「よし。それじゃあ鋳物屋に掛け合って、パイプの型ができるよう相談してみるよ」「私も行きます。ちょうどいい形を説明したいですから」 そうして私たちは鋳物屋で型作りをした。 ガラスのパイプは繊細な作りである。薄すぎても分厚すぎても強度がおかしくなるし、冷却器も必要だ。 ガラス工房主と鋳物職人は意見を戦わせて、何日もかけて型を作った。 同時にフラスコとビーカーも作ってくれた。 本来であればガラス製品は、それなりのお値段がする。 けれど工房主は「俺らの職業病のやけどをマシにしてくれるんだろう。だったらお金はいらないよ」と笑っていた。 やがてガラスのパイプも実用に耐えるものができあがった。 私は器具を受け取って、工房主に約束する。「やけどに効くハンドクリームができあがったら、一番に工房主さんに持ってきますね」「嬉しいこと言ってくれるねえ。頼んだぜ」 
last updateLast Updated : 2025-05-23
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