腐女子聖女~BL妄想は世界を救います~ のすべてのチャプター: チャプター 41 - チャプター 50

55 チャプター

第41話 覆面作家フェリクス

 本屋と一緒に軍団長の執務室を出る。  本屋は興奮した様子で話しかけてきた。「やりましたね、フェリシアさん。これで僕の本屋はぐっと大きくなります。もう背負子を背負って町から町に移動せず、帝都に店を構えて売り込めるようになりますよ!」「良かったですわ」 にっこり微笑み返すと、本屋は少し息を呑んでから言った。「これも全てフェリシアさんのおかげです。僕、本当はこの物語が売れるかどうかは半信半疑でした。フェリシアさんとリリアさんの熱気に当てられたのを、後悔した時期もあります。でも……」 彼は語る。  おっかなびっくり物語を持ち込んだ先は、ある貴族女性の文学サロン。小さな本屋が出入りするくらいだから、貴族としてそう格は高くない。  その女性に物語を売り込んだ。  フェリシアとリリアと相談した通り、男性同士の絆と情念を要点にして、有名な英雄叙事詩を再構築したものと謳って。 帝都では英雄叙事詩は男性人気が高く、女性は悲恋などのラブロマンスを好む傾向にあった。  だから最初はサロンの女性も難色を示したそうな。私に戦記物は分からないわよ、と。  けれど戦いのシーンはあくまで二の次で、男性同士の人間ドラマを主軸にした物語だと粘り強くアピールしたところ、手にとってもらえた。 手にとってもらってからは早かった。  サロンの女性はあっという間に物語の虜になり、今では日々「王子が、王妃(美少年)が、知将が~」と語っているのだとか。  その人が熱心に布教してくれたおかげで、ネズミ算式にBLの虜になる人が増えた。  今では帝都の文学を嗜む女性の多くがこの物語を愛好している。  一部では男性すら魅了している! なんと、このユピテル帝国でも腐男子が誕生した。  となると先ほど、恥ずかしがらずに軍団長に紹介してやればよかったかもしれない。もったいないことをした。  まあいずれ試してみよう。「これでフェリシアさんの名が、作家として帝都に……いえ、帝国中に轟くことになるでしょう。でも、フェリシアさんは僕と優先契約を結んでいますからね。よろしく
last update最終更新日 : 2025-06-01
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第42話 覆面作家フェリクス2

 ペンネームは何がいいだろう。 ちなみに前世のペンネームは『かに』だった。当時の最推しの星座が蟹座だったからだ。 今現在の状況で『かに』はないな。意味不明すぎる。 というか、異世界なので十二星座は存在しない。あるのは違った星座で、蟹座も夜空にないのである。さびしい。 なお英雄叙事詩の一番のお気に入りキャラは、王子の兄である王太子。渋くてかっこいい大人の男なのよ! それはともかく、あれこれ考えた末に私は言った。「フェリクス、でお願いいたします」 フェリクスとは『幸運』を意味する。 フェリシアの名前自体がフェリクスの女性形である。 フェリシアという名前は本当のお母さんがつけてくれた。私の今の名前であり、同時に小さいフェリシアの名でもある。 皇太子や家族にバレるのは嫌だけれど、フェリシアの名前自体は大事にしたい。 だから、フェリクス。「分かりました。では、作者は『フェリクス』にしましょう。性別不明でミステリアスな雰囲気になりますね」 本屋はうなずいてくれた。「斬新で大人気の物語の作者が、正体不明の謎めいた人物。覆面作家とでも言いましょうか。ますます人気が出ますよ!」「ふふっ。これはしっかりと続編を書かないといけませんね」 私の物語を待ってくれている人が大勢いるなんて、作者冥利に尽きる。『フェリシア。ありがとね』 私の心の奥で、小さいフェリシアの声がする。『今回はつい、出しゃばっちゃったけど。これからもあなたの心の片隅で、萌えをもらいながら見守っているから』『いつでも出しゃばっていいよ。あなたあっての私だもん』 私が返事をすると、小さいフェリシアが笑った気配がした。「それではフェリシアさん。僕は帝都に戻ります」 本屋の声で我に返る。「ええ。道中のご無事をお祈りします」 遠ざかる本屋の背中を見送って、私は改めてペンを握る手に力を込めたのだった。  
last update最終更新日 : 2025-06-02
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第43話 夜の勉強会

 物語のヒットと商売の配当金でリッチになった私だったが、メイドの仕事は続けている。 本当のところを言えば、そろそろ専業作家として執筆に専念してもいい気はする。 お金の面は問題なくて、周囲の人たちも応援してくれているし。 でも私は、仕事をしながらメイド仲間と萌え語りして、軍団兵たちから萌えをもらって、みんなで一緒に暮らす今の暮らしがとても気に入っているのだ。 実家にいるときは、たった一人で虐げられてばかりだった。脳内妄想がなければ耐えられなかったと思う。それに比べればここはパラダイスだよ。 物語の執筆は、元々寝る前の時間を工面して行っていた。 今だってそれをやればいい。 そう伝えると、リリアは心配そうにしていた。「でも、フェリシア先輩。メイドの仕事は忙しいのに、寝る時間を削って続けるなんて。体が心配です」「そうよ。いくら若くても無理は禁物よ」 メイド長まで口を出してきた。 私は「平気です」と言いかけて、ふと思い出した。 前世の死因が同人誌の原稿のためにエナドリがぶ飲みの無茶な生活をしていたせいだと。 とはいえこの世界にエナジードリンクはないし、当時の年齢よりも今のフェリシアのほうがずっと若い。多少の無茶は大丈夫なはずだ。 そこまで考えて、もう一つ思い出した。この体は本来小さいフェリシアのものであって、私が勝手に粗末に扱っていいものじゃない。 できるだけ大切にすると決めたばかりなのに、私のバカめ。「どうしたらいいでしょう……」 私がしゅんとすると、リリアとメイド長は「やっと分かったか」という表情になった。「あたしたちはみんな、あんたの物語を応援しているのよ。石けんで水仕事が楽になって、ハンドクリームで手荒れだって治った。何を遠慮しているんだか」「そうですよ。だから仕事は気にしないで。物語に専念してください」「けど、それではどうしても落ち着かないの」 私の言葉に、二人は呆れた様子である。「頑固ねえ。じゃあ、あんたの仕事を少し減らして休日
last update最終更新日 : 2025-06-03
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第44話 夜の勉強会2

 読み書き教室は人数が増えたので、食堂に集まっての授業になった。「フェリシアさんの教材は分かりやすい。昔、子供の頃に私設学校に通っていたが、読み書きの教材が古典詩でさ。言い回しは難しいわ見慣れない言葉が出るわで途中で逃げ出したんだよ」「分かる、分かる。教師もムチを振り回すような奴だったしな。あの頃は勉強が嫌いだった。平民の学校なんぞそんなもんだよな」 ユピテルでは寺子屋みたいな形で私設学校での初等教育が行われている。 首都ならたくさんの学校があるし、要塞町でも子供たちが学んでいるのを見かける。 メイドや兵士たちもそういうところで学んだ人が多いようだ。「わたしもそんな感じだったわ。特に計算が難しくて、身につかなかったっけ。フェリシアの教材はすごいわね」 やたら褒められているが、教材は日本の小学校の教科書やドリルを参考にしただけだ。 計算問題はよくある「ここにリンゴが三個あります~」みたいなやつ。 身近なものを例に出したら、みんな分かりやすかったようだ。 あと、九九は暗記してもらうことにした。 歌を歌うのが得意な兵士がいたので、適当にメロディーをつけてもらって九九の歌にした。 みんなで歌って笑いあって、楽しく覚えたよ。 唯一の無念は読み書きの教材をBLにできなかったことかな。 だって軍団兵たちが来てしまったもん。彼らに読ませるわけにはいかないでしょ。 当初の予定では私のBL小説をテキストにする予定だったんだけど、まあ仕方ない。 とにかく学びたい理由がある彼ら彼女らは熱心で教えがいがあった。 今夜も一通りの課題をこなして終わりの時間になる。 するとひょっこりクィンタがやって来た。手にはワインの瓶がある。「よう、みんな。やってるな。お勉強が終わったら、酒の時間といこうじゃないか」「いいっすね! メイドさんたちも飲んでいきなよ」「じゃあ、おつまみになるもの作ってきますね」 そうして飲み会が始まった。 いつぞやは無理やり誘われて嫌だったが、こんなふうにみんな
last update最終更新日 : 2025-06-04
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第45話 試金石

 このまま平穏な日々がずっと続けばいいと思っていたけれど、現実はそう上手くいかない。 ある日の午前中、魔物の出現を知らせる伝令が駆け込んできた。「位置は北東に六マイル。魔獣型と昆虫型の混合です!」 伝令の声が軍団長の執務室から漏れてくる。 ただちに出撃の命令が下されて、要塞内は慌ただしい空気に包まれた。「軍団長」 忙しいのを承知の上で、私は執務室に入った。 軍団長は鎧を身に着けている最中で、目線だけを私に向けた。「何かな。よほどの急用でなければ、帰還後にしてほしいのだが」「私を連れて行ってください」「……何?」 手を止めた彼に、私は膝をついて頼み込んだ。「私はここのところ、光の魔力の練習をしていました。でも、どうしても上手にできなくて。光の魔法が発動したのは、クィンタ隊長の傷を治したときだけです。あのときは彼の体に残っている瘴気に触れて、その存在を実感しました。だから瘴気から生まれる魔物を間近に見れば、何かが変わるかもしれないと思って」 光の魔力は相変わらず不明瞭なまま、はっきりとした成果を上げられないでいる。 クィンタに手伝ってもらって訓練を重ねていたが、それでも駄目だった。 だから私は焦っていた。こんなに良くしてくれている要塞の人たちに、もう少し恩返しがしたくて。 私が本当に聖女だというなら、役に立てるはずだ。 あとはまあ、ファンタジー世界ならではの魔物をこの目で見てみたい、とか。 戦っている軍団兵の皆さんとイケメンを見てみたい……とか。 下心もちょっとはある。本当にちょっとだけだから! 軍団長はしばらく考え込んだ。「許可はしかねる。戦場は危険で、非力な女性を守る余裕はない。きみを守るために兵士に犠牲が出ては本末転倒だからな」「…………」 私は拳をにぎりしめた。その通りで反論ができない。 やっぱり無茶だっ
last update最終更新日 : 2025-06-05
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第46話 試金石2

(軽率だったかも……) 後悔してももう遅い。軍団長は可能性を口にしてしまった。  彼を見ると、笑みを浮かべていた。いつもの穏やかな笑顔ではない、どこか不敵に見える笑み。  軍団長は勝ち目のあるケンカだと思っているようだ。  そりゃあ確かに彼の生家は有力貴族で、元老院議員を何人も輩出していると聞いたけれど。  本当に大丈夫だろうか? 「フェリシア。どうした?」 私のすぐ横にベネディクトがいる。彼は出撃後は最前線に出る予定だけど、今はまだここにいてくれる。「聖女の話なら気にしなくていい。『皇太子』と『きみの妹が聖女を名乗った』件は承知している。皇帝陛下が聖女伝説を信じておらず、それらを軽視しているのも」「!」 婚約破棄と帝都追放は、皇太子の独断だったと思う。  皇帝がどう考えているか不明だったけど、聖女そのものを信じていないのか。  それならば皇帝は妹を特別に買っているわけではなく、関心が薄い……ぶっちゃけどうでもいいのだろう。  皇帝が必要としているのは『光の魔力がある』と神殿に認定された女性。  聖女を信じていないなら、表向きに認定があれば真贋は問わないのだと思う。 であれば私がちゃんと光の魔力を証明すれば、泥をかぶるのは皇太子だけで皇帝は見直してくれるかもしれない?  皇帝の責任もゼロではないが、挽回の余地はありそうだ。 軍団長が再び声を上げる。「今回の戦いは、フェリシア嬢の力の試金石となるだろう。お前たちは聖女を守る名誉が与えられた。必ず遂行し、魔物を殲滅させよ!」「おおーっ!」「フェリシアちゃんは絶対に守る!」 兵士たちから熱量の高い叫び声が上がる。  要塞の門が開かれ、ゼナファ軍団は魔物のいる場所へと出撃していった。      私はクィンタに抱えられるようにして、馬に乗っている。  この古代文明では鐙《あぶみ》というものがなく、
last update最終更新日 : 2025-06-06
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第47話 黒い森

 私は興奮のあまり手を握った。 戦う男たちの姿が目の前にある! 英雄叙事詩と違って、相手は魔物だけど。 いや、魔物だからこそ殺す罪悪感や嫌悪感はなく、純粋に応援して見ていられる。 よく目を凝らせば、隊列の中ほどにベネディクトの姿があった。 自身も剣を振るいながら兵士たちを指揮している。 今も兵士の背後を襲った灰色の獣を斬り飛ばした。鮮やかな手腕だった。 かっこええ――! 特にあの、助けてもらった兵士が尊敬の表情で彼を見たとこ! めちゃおいしい! ぎゅっと握った手が熱くなる!「フェリシアちゃん?」 背後でクィンタの声がしたが、今はそれどころではない。 ベネディクトは獅子奮迅の活躍を見せた。大きなトンボのような魔物を斬る。 けど刃が魔物の体から抜けないうちに、横合いから別の魔物が飛びかかった! 身を巡らせた彼の瞳が大きく見開かれる。 危ない、叫んだところで届くはずもない。 けれど魔物は空中で動きを止め、そのまま地面に落ちた。 魔力で作られた矢が鋭く飛来して、魔物の頭部を撃ち抜いたのだ。 矢は私の背後から放たれた。つまり。「ったく、ベネディクト! てめえ油断してるんじゃねえぞ!」 クィンタが怒鳴った。「余計な手出しをするな! お前はフェリシアをしっかりと守っていろ!」 ベネディクトも怒鳴り返した。けれど口調と裏腹に、口元には笑みが浮かんでいる。 ベネ×クィだ!! まさに理想のベネ×クィ!!! 口では悪口言い合いながら、心底では信頼し合っている幼馴染カプ! 私は興奮して頭がくらくらした。目の前でメガトン級の萌えを提供されれば、誰でもこうなるっ。「あああ……」「フェリシアちゃん?」「もうたまらねぇ――――!」 萌えたぎる心のままに叫んだら、光が洪水のようにあふれた。 さっきまで薄暗かった黒い森の中が、急
last update最終更新日 : 2025-06-07
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第48話 近くて遠い国

 銀色のドラゴンの鉤爪に掴まれて、私は空を飛んでいた。  眼下には広大な黒い森。耳元ではびゅうびゅうと風が流れていく。  あんなに巨大な爪で掴まれたら、私みたいなへなちょこはあっさり肉塊になりそうなものだが、どういうわけか生きている。  むしろ爪のタッチはとても優しくて、細心の注意を払ってそっとつまんでいるような感覚すらあった。  そして風もそんなにひどくない。冬の風は冷たいはずなのに。  ドラゴンは相当なスピードで飛んでいるので、風圧だけでもかなりのものだと思うのだが。 そうしてどのくらい飛んでいただろう。  青空が夕焼けに変わり始めた頃、ドラゴンは速度を落とした。  すうっと進む先には何やら建物が見える。石造りのお城のような立派な建物だ。  ドラゴンは建物に近づいて、その前の広場に着地した。私はそうっと地面に下ろされた。丁寧な動作だった。「魔王様! また勝手に出歩いて!」 建物の中から人影が走ってきた。  その男性を見て、私はぎょっとする。  灰色の髪の頭からヤギを思わせるねじれた角が生えていたのだ。  ヤギの人はドラゴンの顔元まで行くと、お説教を始めた。「勝手に人間の領域まで行ってはいけないと、あれほどお教えしたでしょう! 人間は野蛮な生き物です。我ら魔族を捕まえて、鍋で煮込んで食べるんですよ!」「いや食べませんよ」 ついうっかりツッコミをいれてしまった。  ヤギの人が驚いて振り向く。「人間!? 魔王様、どういうことですか!」 ドラゴンはみじろぎした。するとその輪郭が淡い影に包まれて、次の瞬間には一人の青年の姿へと変わっていた。  銀色に青い目をした、美しい顔立ちの青年――いや、まだ少年といっていいくらいの年頃の人だった。  どういう原理か知らないが、服もちゃんと着ている。ユピテル帝国のものと大差ない服だ。「ゴードン、うるさいぞ。この人は僕の花嫁。ずっと探していた人」「はい?」 ゴードンと私の声が見事にハモる。  魔王と呼ばれた元ドラ
last update最終更新日 : 2025-06-07
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第49話 近くて遠い国2

「改めて名乗ろう。僕はグラン。魔族たちの王を務めている」 通された応接間で魔王が名乗った。  長い銀の髪がさらりと揺れて、ちょっと儚げな美少年といったところである。  彼の頭からはまっすぐな角が生えている。ドラゴンだったときとよく似た角だ。  ヤギの人ことゴードンは渋面でお茶を淹れてくれた。 私はベネディクトとクィンタの間に挟まれるようにして座っている。  この位置じゃ百合に挟まる男、もとい薔薇に挟まる女である。とても居心地が悪い。  だがベネ×クィの×マークだと思えばそこまで悪くないかもしれない。「フェリシアです」 私も名乗るとベネディクトとクィンタが不機嫌そうに言った。「名乗る必要はないだろう」「そうだ、こいつは誘拐犯だ。付き合ってやるこたぁない。さっさと帰ろうぜ」「名前くらいいいじゃないですか。それに帰るといっても道が分かりません。とりあえず話を聞かないと」 険しい表情で言い募るベネディクトとクィンタに、私は反論した。  だって良質な主従カプの予感もするしね。「フェリシアは優しいなぁ! さすが僕の花嫁!」 グランが近寄ってくると、両脇の二人が威嚇している。番犬か。「あなたと結婚するつもりはありませんが、どうして急に誘拐までして連れてきたのですか?」「言っただろう、僕はずっと運命の人を探していた。僕ら魔族は魔力の相性を最も重視していてね。あなたのまばゆくも温かい魔力は前から気づいていた。他にはない、唯一無二の魔力だよ。はっきりと感じ取れたのが今日この日。だから急いで迎えに行ったんだ」 まばゆくも温かい。黒い森で発動した光の魔力のことだろうか。  光の魔力は確かに珍しいが、まさか魔族とかいう聞いたこともない種族の王に求婚されるとは。  珍しいから欲しい? とても迷惑な話である。  魔力の相性とか設定(?)はオイシイのだから、そこのゴードンさんと仲良くつがいになればいいのにね。   
last update最終更新日 : 2025-06-08
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第50話 彼らの事情

「人間には闇属性、いないの? 魔族なら一割ぐらいは闇なんだけど」「いねえな。少なくとも記録に残っている範囲じゃ、一人もいない。人間の魔力は五大属性がほとんどで、たまに光と無が出る。無は文字通り魔力を持たない奴だ」 クィンタはちらりと私を見て、すぐに目を逸らした。 グランが目を輝かせる。「光! 光は魔族にない属性だよ! フェリシアがそうなんでしょう? やっぱり僕の花嫁だ」 無邪気に喜ぶグランを黙殺して、私は気になった点を質問した。「……魔族の領土は瘴気に汚染されているの?」「あれ、話を逸らされちゃった。でもいいよ、フェリシアの問いならなんでも答えてあげる。うん、そう。瘴気は太古の昔から僕たちの土地にあって、代々の魔王が抑えてきたのだけど。徐々に広がってしまったせいで、最近は本当に住める土地が減ってしまったんだ。僕は魔王としてそれなりに強い力を持つのに、それでも瘴気の侵入を緩やかにするのが精一杯で」 グランは床に視線を落とした。その表情は先ほどと打って変わって真剣で、王である責任を感じさせる。「瘴気から魔物が生まれるのですね?」 クィンタを見ると、彼は軽く首を振った。「瘴気の濃い場所で魔物が発生しやすいと言われているが、『生まれる』とは初耳だ」「人間の領土は瘴気が薄いんだね。魔物は確実に生まれるよ」 グランが目を上げた。「そして、魔物を放置するとやがて瘴気そのものが生み出される。悪循環なんだ。けれど大量の魔物を殺し尽くす戦力はなく、悪循環を止める手立てはない。でも、僕がフェリシアと結ばれて大きく力を増やせば。魔物をもっと始末して、瘴気を抑え込んで。魔族たちを助けられる……!」 彼の目には切実な思いが宿っていた。「だからお願いだ、フェリシア! 僕の花嫁になって!」   私は答えられなかった。 さっきまでのただ強引な求婚であれば、「だが断る。嫌に決まってるだろ馬鹿」で済んだの
last update最終更新日 : 2025-06-09
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