All Chapters of 今さら私を愛しているなんてもう遅い: Chapter 111 - Chapter 120

121 Chapters

第111話

眉をひそめた未央は思わず疑った。ごく普通の、まだ社会に出てもいない女の子を一体誰がここまで追い詰めようとするのか。薬まで取り替えるとは。「小城さん、私、病院へ行って茉莉ちゃんの様子を確認したいんです」「ええ、今頃は目を覚ましてるはずです」小城母はまだ状況をはっきり把握していないかのように頷いた。まだ衝撃の事実から抜け出せていない様子だった。暫くして。二人は総合病院に到着した。茉莉の状況は思ったより深刻で、今も病室に横たわっていた。未央が入ると強い消毒液の匂いがし、すると、ベッドに横たわっている弱々しい女の子の姿が目に入った。茉莉の顔は青白く、眼は閉じていたが、わずかに動いた指先が眠っていないことを物語っていた。「小城さん、娘さんと二人きりで話したいんですが」と未央は話し出した。小城母は一瞬躊躇ったが、結局部屋を出ていった。中には医療器械の電子音が響き、重苦しい空気が漂っていた。未央はベッドに近づき手を伸ばし、茉莉に触ると、彼女がビクッと震えた。何かを恐れているのだろうか?未央は目を細め、なるべく優しく声をかけた。「茉莉ちゃん、怖がらなくていいよ、あなたは今安全だから」彼女は辛抱強く何度も繰り返し、茉莉が完全にリラックスするのを待った。それから。未央は少しテクニックを使って、催眠療法を用いて、彼女を催眠状態に誘導した。「新しい家庭教師の先生が好きじゃないの?」茉莉は暫く黙り、苦しそうに口を開いた。「あの男、いつも変な目で私を見て、触ってくるの。怖いよ。でも、お母さんにもうあの人と勉強したくないって言ったのに、お母さんは聞いてくれないし、わがまま言うなって私を叱ったの」……茉莉のすすり泣く声が部屋に響いた。未央は眉をひそめ、また口を開こうとした時、ドアの外で大きな音がした。「ドン!」小城母は入り口から離れず、こっそりドアの外で盗み聞きしていたのだ。彼女は目を見開き、複雑、驚き、後悔、自責……様々な感情に押しつぶされそうになっていた。「私は知らなかったの、本当に知らなかったんだよ」小城母は目の前が真っ暗になったような気分で、くらくらして、よろめきながら呟いた。それと同時に、この騒ぎで催眠が解けてしまった。茉莉はゆっくりと目を覚ました。困惑したよう
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第112話

「あると思うよ」茉莉は携帯を取り出し、アルバムを暫くスクロールしてから、ある写真を開いた。そして、彼女はこう言った。「ほら、このお姉さんよ」未央は携帯を確認し、一瞬で目を見開いた。写真の真ん中に立っていた女性は、ピンクと白の着物を着て、ブランドのバッグを提げていた。何より、その顔を見たら誰でも彼女が誰なのか分かるだろう。「滝本絵里香?」なぜ彼女が美術展に?偶然なのか?それとも?未央は呆然とした表情で茉莉を見つめ、体の両側の手をぎゅっと握りしめた。心の中にはすでに激しい嵐が巻き起こっていた。その時。小城母もようやく落ち着きを取り戻し、よろめきながらベッドに近づくと、茉莉の冷たい小さな手を握った。「ごめんなさい、お母さんが悪かったの。もう二度と勉強を無理強いしないから、許して」小城母は今心底後悔していた。自分が招き入れた男が危ない狼だったとは。危うく、娘を殺す犯人の一人になってしまうところだった。「あのくそ野郎、なにが京州大学を卒業したって、ふざけるんじゃないわよ。今すぐあいつに責任を取ってもらいに行くわ」それを聞いた茉莉は何か嫌なことを思い出したかのように、顔色がサッと真っ青になった。未央はすぐに小城母を引き止め、真面目に言った。「衝動的にならないでください。今茉莉ちゃんにはまだあなたのケアが必要なんです」それを聞いた小城母はようやく理性を少し取り戻し、再び茉莉を抱きしめ、泣き出した。……夜はもう更けていた。冷たい光の輝く月が樹木の枝の間から見え、風が地面に落ちた葉っぱをサラサラと鳴らした。病院を出た未央は深く新鮮な空気を吸い込んだ。茉莉の状況はほぼ安定していて、疲れ切ってぐっすり眠っていた。小城母は目を腫らし、彼女の傍に立ち、かすれた声で言った。「白鳥先生、本当にすみませんでした。あなたのことを誤解していて」未央は苦笑した。この仕事をしていると、こうしたことは日常茶飯事だった。「ところで、小城さん、一つお聞きしたいことがあるんですが」未央は目をひそめた。絵里香のことについてやはり気になるところが多いのだ。小城母は言った。「もちろん構いません」未央は声のトーンを低くし、ゆっくり口を開いた。「茉莉ちゃんの家庭教師とは、どうやって知り合ったんです
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第113話

未央は眉をひそめ、彼女がまだ何かを聞く前に、瑠莉はもう口を開いた。その声には嫌悪感が滲んでいた。「私の後輩だったの。色んな女の子とかなり遊んでたわよ。前に私を口説いたこともあるわ。卒業した後、留学に行ったって聞いたけど、どうして彼を調べたいと思ったの?」留学に行った?未央は瞼がぴくっとした。何か重要な手がかりを見つけたような気がした。「どこの学校に行ったか知ってる?」「詳しくは知らないけど、確かカリフォルニアのほうだったわ」瑠莉は暫く考えてから答えた。未央は眉をひそめ、何かを思い出したようだった。彼女は思わず携帯を握りしめ、力が入りすぎて関節が白くなってしまった。悠生から聞いた話では、絵里香が留学した先も同じだ……すると、電話の向こうから瑠莉の声がした。「もしもし?どうしたの?急に黙っちゃって」我に返った未央はややこわばった声で答えた。「ありがとう。明日まだ用事があるの、また後で連絡するね」電話を切ると、彼女は一人で街角に佇み、冷たい風に吹かれながら、足から登ってきた悪寒が全身に広がった。偶然すぎる。たまたま絵里香が美術展で茉莉に出会い、薬の瓶を拾ってあげた。たまたま優二が茉莉の家庭教師になり、セクハラ行為をして、彼女の病状を悪化させてしまった。もし、絵里香と優二が知り合いだったら……未央は思わず震え出した。これは自分を狙った陰謀ではないかと気付いたのだ。もし茉莉が本当に死んでしまったら、悲しみで狂った小城母は一体どんなことをやってしまったことか、誰にも想像はできない。それだけでなく。彼女の心療内科病院の評判も谷底に落ち、かつての白鳥グループのように完全に倒産する可能性も十分にあるのだ。未央の瞳の中の光が暗くなり、鬱憤が込み上げてきた。気付けば、彼女はスカイブルーカフェの前に立っていた。その時、未央が無意識に顔をあげると、ちょうど窓際の席にある見慣れた姿が見えた。彼女はすぐに足を踏み出し、その人物と面と向かって真実を問い出そうとした。「滝本絵里香!茉莉ちゃんのことはあなたの仕業でしょう?」冷たい女の怒鳴り声が響いた。絵里香はゆっくりとカップを置き、平然とした様子で彼女を見つめた。「白鳥さん、何の話でしょう?」未央は彼女が認めないと分かっていたが
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第114話

「白鳥未央はもう俺のところに来たぞ」電話の向こうから低い声が聞こえた。絵里香は意外そうな表情で慌てて尋ねた。「なに?それで、ばれたりしてないわよね?」「心配するな。もう誤魔化した。彼女は当分こっちに気を回す余裕はないと思う。お前も暫く大人しくしてろ、これ以上彼女を刺激するような真似をするな。さもないと……」男の声が止まった。そこには威嚇の意味を含んでいた。「お前の母親は今も精神科病院にいるだろう。彼女を傷つけたくないなら、俺の言う事を聞けよ」絵里香の目には恐れの色が浮かび、歯を食いしばった。「分かったわ」そして。未央は家に帰ると、リビングの電気がついていて、悠奈はもう退院してソファに座ってテレビを見ていた。「未央さん、お帰り!」悠奈は彼女を見ると、すぐに抱きついてきた。未央はその頭を撫で、鬱々としていた気分も少し和らいだ。悠生もリビングにいて、シャツの袖をまぐりあげて、そこに見える腕にはくっきりとした赤い痕が残っていた。未央は呆気にとられた。「これ、誰かに殴られたんですか?」思わず口にしたが、すぐにそれはあり得ないと思った。藤崎家の御曹司を殴れる人なんているはずがないだろう。すると。くすくすと笑い声が聞こえた。悠奈は口を押え、唇を噛んで笑いをこらえようとしたいたが、できなかった。悠生は顔を曇らせ、妹を睨みつけた。リビングの空気が微妙になった。未央は首を傾げた。「一体どうしたんですか」悠奈はようやく笑いながら説明した。「お母さんがずっと未央さんに会いたいってうるさくて、兄さんが仕方なく別れたって言っちゃったの」「それで……」悠奈は向こうの暗い顔をした悠生を一瞥し、彼からすごい低気圧が感じられた。「それで、お母さんが怒ってハンガーで兄さんをぶん殴ったのよ。仲直りするまで家に入れないって言ってた」一瞬、部屋の中の空気が凍り付いた。未央は常に冷静沈着な悠生を見て、彼がハンガーで追いかけ回される姿なんて想像もできなかった。「コホン――」彼女は軽く咳払いをして、申し訳なさそうに言った。「すみません、これは私のせいですね」彼女が突然カップルのふりをしたくないと言い出したせいで、悠生が家に帰れない状況になったのだ。未央は少し考えてからまた言った。「私からお
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第115話

未央はこめかみを押さえていた。少し頭痛を感じてしまった。すると、ドアをノックする音がした。悠生がドアの前に立っていて、眼鏡をあげながら心配そうな眼差しで彼女を見つめた。「さっき君の病院に関するネガティブな記事がネットに出されたのを見たんだけど。何か手伝おうか」未央はポカンとした。悠生は続けて説明した。「知り合いに記者もいるんだ。彼に事情を説明して記事にしてもらえる」「ありがとうございます。でも結構です、藤崎さん。自分で対処できます」未央は静かに断り、その声には距離感が感じられた。彼女は別に鈍感な女ではない。この長い時間で、悠生の自分への想いに気付かない方がおかしいだろう。しかし、今の彼女には恋愛する余裕などなく、その想いに応えることは到底できなかったのだ。悠生の目には寂しさが浮かんだが、無理を言わず、ただ一言残した。「分かった、じゃあ、何かあれば遠慮なく言ってくれ」そう言い終わると、彼は部屋を後にした。未央はドアを閉め、気持ちがどんどん重くなっていった。悠生ですらこのことを知っているほど、ネット上で大騒ぎになっているのだろう。彼女はすぐに小城母に連絡し、事態の説明を手伝ってほしいと頼んだ。相手はすぐ返事してくれた。彼女が原因でこんな騒動を起こしてしまったので、小城母も申し訳ないと思い、快く承諾したのだ。ほっとした未央は疲労に押し潰され、すぐに眠りに落ちた。翌日。穏やかな日差しが窓から差し込み、部屋を照らしていた。目を覚ました未央は身支度を整え、車で心療内科へと向かった。行く途中で、看護師からのメッセージが届いた。しかし、未央は運転していたので手が離せず、到着してから読もうと思っていたが、まさか車を降りた途端、ある記者に止められるとは思ってもいなかった。「はじめまして、私は立花毎日新聞社の者で、橋尾聡子(はしお さとこ)と言います」目の前に寄ってきた女性は白いシャツにスカートのスーツを着ていて、程よい笑みを浮かべていた。しかし、未央は彼女の手は携帯を持ち、ライブ配信していることに気付いた。「何かご用ですか」彼女は気付かないふりをして尋ねた。聡子は表情を変えず、マイクを差し出しながら大声で質問した。「新生心療内科が少女を殺しかけた事件について、あなたはどう思いますか」
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第116話

未央がまだ言い終わらないうちに、聡子が詰め寄ってきた。「誤解だとおっしゃるんですか?どうやって説明なさったんです?被害者の母親を脅したのではありませんか」未央は目が冷たくなり、低い声で注意した。「橋尾さん、あなたは今うちの病院を悪意を持ってそのように憶測していますよね」「すみません。私はただ真実を世間に伝えたいだけですよ」と聡子は顎をあげ、画面を確認し、ライブ配信に来た視聴者が増え続けてきて、ランキング一位を越えそうな勢いを見て、胸が高鳴った。その時。「すみません。遅くなってしまいました。白鳥先生、大丈夫ですか」この時小城母が慌てて来てくれたのだ。昨夜よく眠れなかったせいか、目の下にクマがあり、髪も乱れていた。未央が口を開く前に、隣の聡子が目を輝かせて駆けて来た。「あなたが被害者のお母様ですよね?私は立花毎日新聞社の記者です。何か不当なことに遭ったら、何の心配もなく、話してください、みんな、あなたの味方ですよ」言い終わると、彼女は未央を横目で睨んだ。小城母は一瞬に理解できず、眉をひそめ困惑した様子で言った。「不当?そんなこと、ありませんよ」聡子の笑顔が凍り付き、落ち着いた声でまた言った。「恐れることはありませんよ、小城さん。昨日ここで話したこと、もうみんなは知っていますから……」彼女がまだ言い終わらないうちに、小城母に遮られた。「それは誤解です。むしろ、私は白鳥先生に謝らないといけません。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」小城母は真剣な表情で説明した。一瞬、その場の空気が凍り付いた。聡子は眉をひそめ、事態が想定と違う方向に進んでいくのに困っていた。画面に自分を非難するコメントが流れ始めたのを見て、彼女は仕方なく、歯を食いしばりながら言った。「小城さん、まさか彼女からお金をもらったんですか」聡子は突然声を張り上げ、正義を貫くような態度を見せた。「目の前の利益だけを見てはいけませんよ。娘さんのためにも、他の患者さんのためにも、真実を明らかにしなければ、次の犠牲者がすぐに出るかもしれません」小城母は突然そのように言われて、顔色がどんどん曇った。元々短気な彼女は聡子の携帯を奪い、カメラに向かってはっきりと言った。「お金なんてもらってないし、嘘もついてないわ!昨日は本当に衝動的にここ
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第117話

未央がまだ困惑していたところ、小城母の声が聞こえてきた。「すみません、ご迷惑をかけました」昨日の衝撃的な出来事があって、彼女は自分の短気なところを抑え、もっと理屈の通じる人間に見えた。未央は首を振り、これは茉莉にとっていいことだと心から喜んでいた。「大丈夫です、ちゃんと説明できましたから、もう構いませんよ」彼女はどうやって誤解を解くか頭を抱えていたが、聡子が騒いでくれたおかげで、これで噂が自然と消えていくだろう。病院に戻ると、看護師が慌てた様子で近寄ってきた。「白鳥さん、入り口の前の記者に会いませんでした?絡まれませんでした?」どうやら先ほどのメッセージは未央に注意するためのものだったらしい。病院に重苦しい空気が漂っていた。スタッフたちはみんなそわそわした表情で、この件で仕事を失うのではないかと心配していたようだった。しかし。澄んだ女性の声がした。「大丈夫よ、もう解決しましたから」看護師はポカンと口を開けた。「解決しました?」未央は口角を上げた。「ネットでニュースを見れば分かるよ」看護師はすぐ携帯を取り出した。彼女はこの件にずっと注目していたから、画面はまだネットニュースサイトのままだった。指で画面をスクロールしてサイトを再読み込みすると、すぐにさっき入り口にいた聡子が写った動画がアップされた。そしてすぐに。小城母の説明した声が動画からして、それを聞いたスタッフたちはみんなほっとし、重たい空気が一気に和らいだ。看護師はようやく笑顔を取り戻し、胸を撫でおろした。「解決してよかったです。さすが白鳥先生」「ただ運がよかっただけよ」未央は微笑みながら診察室に戻り、仕事を始める準備をした。彼女がスケジュール表を確認すると、今日の予定が記されており、一番上は蒼空の再検査だった。あのクローゼットに閉じこもっていた男の子が、今では幼稚園に通えるようになったのだ。未央は思わず笑みがこぼれた。その達成感で胸がいっぱいになった。「もしもし、蒼空くんのお母さんですか」電話の向こうから、夏希の優しい声が返ってきた。「白鳥先生、私と主人はまだ出張中ですので、幼稚園まで診察に行っていただけませんか?」未央は今日の予定を再確認し、別に重要な用事もなかったため、快諾した。新
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第118話

「もう一回言ってみろ!」一瞬にして、教室の空気が凍り付いた。様子がおかしいと気付いた子供たちがすぐに先生を呼びに行った。蒼空はぱちぱちと瞬き、小さな顔に真剣な表情を浮かべて正直に言った。「違うの?ママは白鳥先生が君たちに追い出されて立花に来たって。それに、理玖君は別の女の人をママにしたいから、白鳥先生を傷つけた。だから……」「もういい!」理玖は突然立ち上がり、拳を机に叩きつけて大きな音を立てた。彼の小さな体が震え、目が赤くなり、涙が目に溜まっていた。そして、彼は振り返りもせず、教室を飛び出ていった。元々反応の遅い蒼空はポカンとし、ようやく状況を理解した。「僕、悪いことを言ったの?」周りの他の園児たちは頷いた。ちょうどその時、状況を知った先生が駆けつけて来た。先生はまず蒼空の頭を撫で、慰めるように言った。「大丈夫ですよ。後でちゃんと謝るんです」そして、後ろのドアから教室を出て、理玖が離れた方向へ追いかけた。蒼空は俯き、小さな手で服の裾をぎゅっと握り、初めて罪悪感を覚えた。その時、ある園児が彼に声をかけた。「蒼空君、ある綺麗なお姉さんが呼んでるよ」彼は我に返り、不思議そうに顔を上げると、見慣れた人が笑顔でそこに立っていて彼を見つめていた。未央はわざわざショートケーキを買っておいた。蒼空に差し出しながらしゃがみ込み、彼と同じ高さで目を合わせた。「どうしたの?白鳥先生のこと忘れちゃった?」蒼空は首を振り、無理やり笑顔を作った。「覚えてるよ。ママがずっと白鳥先生を家に呼んで一緒にご飯を食べようって言ってたの」未央は目を細め、彼の落ち込んだ様子に気付いて尋ねた。「何があったの?」そう言うと、蒼空がビクッと固まり、口を開いたり閉じたりして、何も言えなかった。代わりに周りの他の園児たちが口々に事情を説明してくれた。「さっき理玖君と喧嘩したの。理玖君が怒って出て行っちゃった」俯いて悪いことをした子供のような蒼空は申し訳なさそうに言った。「白鳥先生、僕わざとじゃないんだ。白鳥先生から理玖君を慰めてくれない?先生に会ったら理玖君がきっと喜ぶよ」未央はびっくりし、彼の期待に満ちた目を見て、仕方なく頷いた。新星幼稚園は広かった。未央は教室を出ると周りを見回し、すぐに理玖がいそう
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第119話

その涙ぐんだ瞳を見つめ、未央はふっと心が柔らかくなった気がした。理玖が以前彼女に向けたひどい言葉や行動は確かに彼女の心を傷つけたが、まだ幼いし、それに、彼女が育ててきた子供だから……未央は目に一瞬迷いが浮かんだが、結局ため息をつき、しゃがみ込んで彼を抱き上げた。「帰ろう、教室に戻るわよ」理玖は母親の態度が軟化したことを鋭く察知し、すぐに調子に乗った。「僕……僕明日、ママと遊園地に行きたいんだ。いい?」明日はちょうど週末なのだ。彼は前々から計画を立ていて、蛍を捕まえに郊外まで行って、全身傷だらけにしたこともあった。未央は二秒ほど躊躇い、彼の赤くなった目と期待に満ちた小さな顔を見つめた。結局頷いてしまった。理玖は一瞬呆気にとられ、やがて笑顔を見せた。暫くして。二人が教室に戻った時、先生は焦って電話をかけていたのだ。理玖の姿を見てようやく安堵した。「大丈夫?怪我をしてないでしょう?」彼女は心配そうに尋ねた。理玖は首を横に振り、口元を緩めた。「鈴木(すずき)先生、僕、大丈夫。ママが探してくれたの」鈴木はほっとし、未央を見て言った。「理玖君は先に教室に帰って休んでいてね?お母さんとちょっとお話しがあるの」そして。「理玖君のお母さん、ご家庭の事情は存じ上げませんが、理玖君は本当にお母さんに会いたがっているみたいです」そう言いながら、鈴木は教室に入り、一束の画用紙を取り出した。クレヨンで描かれた三人の姿もあるし、一人だけの絵もある。右上には文字も書かれた。大好きなママへ、と。未央はその一束の画用紙を受け取り、捲っていくうちに、理玖の真剣さが伝わってきた。彼女の目には複雑な色が浮かんだ。鈴木はため息をつき、ゆっくりと口を開いた。「理玖君はとてもいい子ですよ。かつては未熟で悪いことをしたかもしれませんが、過ちをちゃんと認め、改善しようとするのは偉いことですよ。彼の変化をちゃんと見てあげてほしいんです」彼女は蒼空から事情を聞き出し、西嶋家で起きた事は大体理解したから、直接未央に夫と息子の二人と和解するよう勧めることはしなかったのだ。「分かりました、考えておきます」未央は考えながら、重々しく答えた。彼女は教室の外に立ちすくみ、窓越しにその小さな姿を見つめ、暫くしてから踵を返した。その頃
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第120話

博人は一瞬びっくりし、目に驚きの色が浮かんだ。目撃者を見つけ、白鳥グループが被害を受けた真相を明らかにしなければ、未央が振り返ってくれないと思っていた。まさか息子に先に越されるとは。博人の頭の中をある考えが過った。息子のおかげで自分が有利になるとは?博人は口元を手で覆って軽く咳払いをし、それから言った。「ちょうど明日は予定がないから、一緒に遊園地に行こうか?」理玖は反対せず、ようやく三人家族で一緒にいる時間を得たので、もう明日が待ちきれない様子だった。ついに待った、パパとママの手を同時に握れるのだ。その夜。理玖は興奮しすぎで、ベッドの上で何度も寝返りを打ち、なかなか眠れなかった。夜が明け始める頃ようやく眠りについた。一方、その時。未央はすでに病院に到着し、今日の仕事を片付けておこうとしていた。先日の騒動は迅速に説明したおかげで、何の悪い影響も受けなかった。だた……未央は眉をひそめ、過去の事件をまだ気にしていた。現在は手がかりはほぼ途絶えていて、どこから調査を再開すればいいのか分からなかったのだ。父親の親友の越谷雄大は、会社の事件以来消息不明になって、どこへ行ったのかもさっぱり分からない。彼女は思わずため息をつき、首を横に振った。多くのことは焦っても仕方ない。今はこのままにしておこう。暫くして。診察室のドアをノックする音がした。看護師が入ってきて、ゆっくり告げた。「白鳥先生、外に親子の方がお見えですよ」「分かったわ、すぐ行きます」未央はそれが誰かすぐに分かり、机の上にあるカルテを片付けると急いで出ていった。「ママ」彼女の姿を見ると、理玖は飛びついてきた。興奮で小さな顔が紅潮していた。博人もじっと未央を見つめ、まるで世界に彼女しかいないかのようだった。「行きましょう」未央は理玖の手を取り、博人への態度は相変わらず冷たかった。過去のことについて、子供ならまだ幼く無知だったと言い訳が立てられるが、大人なら何の言い訳もできないのだ。博人は一瞬目に寂しい色が浮かんだが、彼女から頼まれた調査がもうすぐ終わると思うと、希望がまた湧いてきた。彼は大股で前に出て、母子二人に車のドアを開けてあげてから、自分も乗り込んだ。立花市の郊外に大きい遊園地があり、週末とい
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