All Chapters of 今さら私を愛しているなんてもう遅い: Chapter 631 - Chapter 640

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第631話

「未央……未央……しっかりしろ……」彼はずっと彼女の耳元でささやき、その声には恐怖と祈りの感情が感じ取られる。「俺のために、理玖のために、そして俺たちのまだ生まれていないこの子のためにも……絶対に持ちこたえてくれ……」未央は彼の胸に寄りかかり、意識はまだかすんでいた。下腹部からズキズキと鈍い痛みも、生命力が体から少しずつ失われていくのも感じ取れた。彼女はとても疲れていて、このまま眠りにつきたいと思っていた。しかし耳元で男が泣きながらずっと祈ってくれているのを聞いて、どうしても目を閉じることができなかった。彼女は冷たい手を伸ばし、そっと彼のやつれた頬に触れ、力なく微笑んだ。「私……私、大丈夫よ……」……炎が暗い小屋の中で揺らめいていた。かがり火はつけたが、絶望的な空気が依然として全員の頭上にのしかかっているのだ。「俺たち……これからどうすればいい?」蜂は高熱でうわ言を言っている隊員と、息も絶え絶えの未央を見て、声を絶望で震わせた。「薬もないし、食料もない、それに重傷者が二人いるなんて……この森を抜け出せるわけがないだろう」他の隊員たちも沈黙し、顔には迷いと……死への恐怖が刻まれていた。その時、ずっと沈黙していた未央が、突然口を開いた。その声はか細かったが、はっきりとしていた。「諦めては……いけないんです……」全員が彼女へ視線を向けた。彼女は博人の胸に寄りかかり、顔に血の気はないものの、その目には驚くほど光が輝いていた。「私の父は……軍医でした」彼女は全員と面と向かって、ゆっくりと言った。「父は私が幼い頃から私に言ってくれました。人の意志は時として、どんな薬よりも効果があると。ただ……ただ息がある限り、運命に屈服してはいけない、と。あなたたちの家族を思い出して。茂雄さんの遺志を思い出して、なぜ……私たちがここまで来たのかを思い出してください」彼女の声は小さかったが、重い金槌のように全員の心に重い一撃を打ってきた。「私たちは……ここで死を待つために来たんじゃないんです」生死の境をさまよいながら、逆に彼らを鼓舞するこの女性を見て、その場にいた全ての男は、皆、恥ずかしく感じてきた。そうだ、妊娠している彼女でさえ諦めていないのに、彼らに絶望する資格がどこにあるのだ!?「白鳥さんの言う通りだ!」狐が最初に立ち
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第632話

古びたピックアップトラックがレンジャーの小屋から数十メートル離れた場所で停車し、エンジンが止まると、周囲は一瞬で死の静寂に包まれ、吹雪が森を渡り通るヒューニューという音だけが残っていた。小屋の中では、全員が息を殺し、手にした武器を一層強く握りしめた。その地元の農夫らしい男は、車から降り、口にタバコをくわえて足についた雪を払い、まっすぐに小屋へと歩いてきた。「どうする?」蜂が声を潜めて、鷹と博人を見た。「……先手を打つか?」鷹の目が一瞬鋭く光り、殺意が走った。この状況ではいかなる不確定要素も、彼らに致命的な一撃を与える可能性があるのだ。見知らぬ男を始末することが、最もリスクの低い選択なはずだった。「いや」博人は首を横に振った。彼は懐にいる熱と痛みで半昏睡状態になっている未央を見て、同じく生死の境でもがいている負傷した隊員を見て、その目は一瞬で決断したようだった。「もう待ってはいられない」彼は低い声で言った。「未央と負傷者は、もう長くは持たない。これは俺たち……最後の賭けだ」そう言い終えると、鷹の反対を待たず、懐にいる未央を慎重に傍らの狐に渡し、それからボロボロの服を整え、決然とした様子で、丸腰の状態で小屋から歩き出した。「すみません!」博人は両手を挙げ、武器を持っていないことを示し、農夫の通る道に立った。農夫は明らかにこの突然現れた男に驚き、無意識に一歩後退し、車から古い散弾銃を掴みとり、警戒して博人に向けた。「お前は何者だ!?」農夫は訛った口調で尋ねた。博人は歩くスピ―ドを緩め、同じく不慣れな外国語で、できるだけ誠実で害を絶対与えないような声で言った。「俺たちは……旅の途中で車が事故に遭ってしまいました。妻は……妊娠していて、今、危険な状態に陥っているんです。それに友達も重傷を負っています。あなたの助けと医者が必要なんです!」彼は小屋の方向を指さし、目に懇願の色を浮かべた。「お願いです、助けてください!お金は払います、いくらでも!」農夫の目は依然として疑いに満ちていた。彼は生まれてからこの地域で生きてきて、最近この森が尋常でない状況に陥っていることを知っていた。空にはヘリコプターが旋回し、森にはどう見ても手強そうな「軍人」が増えている。目の前のこの男は、惨めな見かけだが、気品があり、普通の遭難者にはどうにも
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第633話

ピックアップトラックがエンジンをかけ、でこぼこの森の中の道をガタガタという音をたてながら、未知の遠方へと走っていった。途中で、彼らは二度もカラトの搜索チームと遭遇した。しかし農夫は地形を熟知していて、何の脅威もなさそうな地元人の顔を頼りに、何となく無事にその場を切り抜けていった。どれほど時間が経っただろうか。ピックアップトラックはついに谷の奥深くにぽつんと建つ農場の前で停まった。タバコをくわえ、気難しそうな白ひげをした老人が農夫に連れられて厩舎に入ってきた。ここが、彼の「診療所」だった。彼は未央と負傷した隊員の状態を見ると、ただ眉をひそめただけで、何も尋ねることなく、すぐに手を動かし始めた。まず負傷した隊員に大量の抗生物質と麻酔を注射し、それから牛の手術用と思しき消毒済みのメスで、手際よく傷口を切り開き、中に残っていた弾片を正確に取り出していった。手術の時、鷹や狐といった血に慣れた男たちでさえハラハラするものだった。負傷者の処置を終えると、今度は未央の診察に移った。「妊婦の体はとても弱っており、流産の兆候が見られる」獣医は診察を終え、厳しい表情で博人に告げた。「彼女には胎児にいい薬草を使って、一時的には安定させたが、これからの四十八時間は、決して長距離の移動や精神的な刺激など受けてはいけない!言うことを聞かないと大人も子供も、どちらも助けることはできないぞ」獣医の言葉は、聳え立つ山のように博人の心の上にのしかかっていた。ここに一分も長く留まると、発見される危険は増す。しかし未央の体は…………二日後。獣医と農夫の手厚い世話により、未央の体は奇跡的に回復し、顔色もずいぶんとよくなってきた。負傷した隊員も熱が下り、命の危機を脱した。谷の奥深くにあるこの農場は、世界から忘れ去られた桃源郷のようで、彼らに貴重な息抜きの時間を与えてくれた。しかし誰もが知っていた。ここに永遠に隠れ続けることはできないと。その夜、博人と鷹、そして同じくセルゲイという農夫と獣医は、暖炉を囲んで座り、ぼろぼろの地図を広げた。「カラトの包囲網は、どんどん狭まっている」セルゲイは地図上で赤ペンで丸を付けた場所を指さし、落ち着いた声で言った。「奴らは国境へ通じる全ての道をほぼ封鎖している。前回のようにごまかして通るのは、もはや不可能だろう」
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第634話

農場で二日間休養し、全員の状態は全回復していた。負傷した隊員は、獣医の優れた「腕」のおかげで傷口が治り始め、激しい動きはまだ無理だが、少なくとも自力で歩けるようになっていた。そして未央は、薬と手厚い世話の下で、体調も驚くほど安定してきた。彼女のお腹はわずかに膨らみ、顔にも血の気が戻ってきた。顔に患者のような青白さは減り、代わりに母親となる者の柔らかさと強さが宿っていた。出発の前に、気難しい獣医は珍しく大量の物資を用意してくれた――プロの登山装備、防寒服、そして一週間分の高カロリー食。「あの古い道は、もう何十年も誰も使ってない」と、老人は薬草でいっぱいの布の包みを未央の手に押し付け、その渋い声で言い聞かせた。「山の天候は変わりやすいんだ。雪崩や嵐はいつ起きるかわからん。この薬草は、いざという時にお前たちの命を救うかもしれん。お前、忘れるなよ。お前はもう一人じゃないんだ。何があっても……腹の子のことを優先に考えろよ」「ありがとうございます、おじいさん」未央は心から感謝した。「そしてそこのお前」老人は次に博人を厳しい眼差しで見つめた。「彼女を守れ。もし彼女や子どもに何かあったら、たとえお前が世界の果てに逃げたとしても、この老いぼれは絶対に許さないぞ!」「この命に懸けて守りますよ」博人は重々しくうなずいた。偶然出会いながらも大きな助けをくれた異国の二人の老人に別れを告げ、博人一行は再び旅についた。今回の目標は、目の前の山脈を横断し、最終目的地に到達することだ!……目の前の山脈が非常に立派に見えるが、その美しさの裏には、数えきれないほどの致命的な危険が潜んでいる。彼らが行くのは、とっくに廃棄され、地図にも描かれていない密輸用の古い道だ。その道は曲がりくねり、時に切り立った崖の上を通り、時に底も知れぬ氷河のクレバス間を通らなければならない。足元には深い深淵が広がり、空には雲がどんどん遠くへ過ぎて行く。進めば進むほど、肝を冷やすような旅だった。博人は常に未央の前にいて、彼女のために道を探り、障害物を取り除いてくれた。険しい道では、まず自分を登山ロープで縛ってから、振り返って彼女をこの上なく貴重な宝物のように慎重に受け止めた。そして未央は、驚くほどの意志と粘り強さを見せてくれた。一度も疲れを口にせず、一度も涙を流さなか
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第635話

「しかし、この橋を使わなければ、少なくとも二日をかけて遠回りしなければならない」と狐が言った。「俺たちには時間も食料も、もうそれほど残っていないんだ」全員が躊躇っている時、博人が前に出て吊り橋の構造を詳しく調べてから、低い声で言った。「渡れるさ。だが、みんな分かれて、一人ずつ渡る必要がある!」彼は鷹に視線を向けた。「鷹さんが先頭を頼む。俺が最後尾をつとめる」これは勇気と信頼への究極の試練である。鷹は一瞬も躊躇せず、最初の一人目としてがたがたとした吊り橋を進んでいった。彼が落ち着いてゆっくりと進み、一本一本の板の強度を試しながら慎重に進んだ。彼の先頭に立ち、隊員たちは次々と、無事にその危険な吊り橋を渡り切った。最後に残ったのは博人と未央だった。「怖がらないで。俺の目を見て、俺に続け」博人は自分と彼女に安全ロープを結びながら、未央に優しく言った。未央はうなずき、深く息を吸って、生死の境目のような橋へと足を踏み出した。彼女は下を見る勇気がなく、目に映ったのはただ、前にいる男性の広くてしっかりとした背中だけだった。一歩、二歩……二人が無事に向こうの地面に足を踏み入れた瞬間、全員が思わず歓声を上げた!成功した!彼らは再び死神を打ち負かしたのだ!……夜の帳が下り、隊員たちは風よけのできる谷間でかがり火を焚いた。彼らはついに最も危険なところを乗り越えた。遠くを見渡せば、山脈の向こう側には、目的地の町のネイルの光が見えてきた。勝利の夜明けが、すぐそこにあるようだ。「町に着いて、父が残した物を手に入れたら、家に帰れるんだ」博人は未央を腕に抱きしめ、遠くの温かな灯りを見つめて静かに言った。「うん、家に帰りましょう」未央は彼の胸によりかかり、その未来が見えたように笑みを浮かべた。そんな束の間の温かさに浸っている時、警戒を担当していた蜂の表情が突然変わった!彼は手にした携帯型の信号探知装置を指さし、信じられないといった悲鳴を上げた。「鷹!異……異常が発生した!」「何!?」「俺……俺は暗号化された、軍用の通信信号を探知したんだ!その信号源は……俺らの真っ正面の山麓から出てるもんだ!距離は、五キロも離れていないぞ!」蜂の声は震えていた。なんだって!?全員の顔色が、一瞬で青ざめた!彼らはありとあら
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第636話

谷間で焚いたかがり火は、いつの間にか消えていた。全員の心も、その火が消えて残された灰のように、すっかり温度を失い冷え切っていた。苦難を乗り越え、何度も生死をくぐり抜け、雪山を越えて氷河を渡り、ようやく勝利の朝日を迎えられると思ったのに、終点がまさか別の起点――敵が入念に仕掛けた死の罠の起点であるとは。「あいつらはどうやって俺らがここに来ることを知ったんだ?」一人の隊員は絶望したかのような声で震えながら言った。「彼らは元々知らないだろう」博人の声は非常に冷静だった。彼は立ち上がり、谷間の端まで近づき、遠く山麓の灯りで明るく照らされたところを見つめ、その眼差しは冷たい湖よりも深かった。「それはただの偶然だ。俺たちの唯一の目的地がここだと賭けたんだ。そして今、彼らはその賭けに勝ったんだ」鷹もやって来て、望遠鏡を取り、山麓の状況をじっくりと観察した。しばらくして望遠鏡を下ろした彼の顔が強張った。「状況は想像以上に深刻なんだ。連中は少なくとも武力を強化したチームを組んで、重火器も装備している。それにスナイパーさえもいるんだ。連中は山麓のあの廃墟となった屋敷を拠点にして、銀行へ通じる全ての道を完全に封鎖している。俺たちは……まさに籠の鳥のようだ。連中はいつでも張った綱を引き締められる」絶望のような空気が、再び広がった。今回は、本当に……もう逆転する可能性は残っていないのだろう。「いや、まだチャンスがある」全員がこのまま引き返すかと考え始めたその時、博人が再び口を開いた。彼の声は大きくはなかったが、その中にひそめた強さがまるで嵐すら止められるかのように、崩壊寸前の全員の心を一瞬で落ち着かせた。「連中は俺たちが罠にかかる獲物だと思ってるだろうが、俺たちは……自ら出撃する狩人にもなり得るんだ」博人は振り返り、鋭い眼差しで一人一人の顔を見つめた。「今、俺たちに唯一残された優勢は、連中はまだ俺たちを見つけていないが、俺たちはちゃんと連中の居場所を把握しているってことだ。彼らはすでに俺たちに発見されたことを知らず、まして俺たちがどの方向から、どんな方法で現れるかなども知らないんだ」彼は真ん中に歩み寄り、枝を拾って雪の上に簡易な地形図を描いた。「正面突破はもちろん無謀な行為なんだ」彼は地図を指さし、落ち着いた声で言った。「まずは混乱を引
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第637話

カラトグループが多くの兵力を配置するその屋敷は、今やまさに危険極まりない最後の拠点であった。三人がそこに潜入するのは、羊が自ら狼の口に入っていくようなもの、生還するほぼ不可能な大博打のようなものだ。未央は彼を強く抱きしめ、静かに涙をこぼし、彼の胸元の服を濡らした。彼女には彼を止められないということがわかっていた。なぜなら、これが彼の使命であり、責任でもあるからだ。「約束して」彼女は顔を上げ、赤くなった目でじっと彼を見つめ、ゆっくりと言った。「必ず……生きて戻ってきてくれるって約束して」「約束するよ」博人はうつむき、深く彼女にキスをした。……午前3時、夜が更けてきて、人が最も眠くなる時間帯に。「ドーン――!」大きな爆発音が、カラトグループの拠点の西側から突然響き渡った!炎が空まで届くように、夜空を真っ赤に染め上げた。「緊急警報!緊急警報!敵襲だ!西側から!敵は西側から襲ってきた!全員!直ちに西側に向かい包囲せよ!一人も逃すな!」カラトの拠点は一瞬にして大混乱に陥り、武装した兵士の大半が、流れる潮のように、西側の爆発方向へと急いで走っていった。そしてその時、三つの黒い影が、闇に潜む魑魅魍魎のように、東側の陰から音もなく潜入し、全ての監視カメラと警備を避け、灯りが煌々とした銀行へと迅速に向かって行った。その三人はまさに博人、鷹、狐であった。三人は息ピッタリな連携で、様々な地形と建物の陰を掩護として利用し、あっという間に銀行の周りまで着いた。銀行の警備は、彼らの想像以上に厳重だった。正面にはカラトの武装した兵士が公然と巡回しているだけでなく、暗闇には複数のスナイパーも隠れている。「狐、あのスナイパーたちを片付けられる?」鷹が通信機で低い声で問いかけた。「三時方向に一人、十一時方向にも一人、そして最後の一人は……向かいのビルの屋上だな。三十秒くれ」狐の声は冷静で自信に満ちていた。「行動開始」鷹の合図がするとともに、三発の、ほとんど聞き取れない、サプレッサー付きの銃声が夜の暗闇に沈んでいた。暗がりに隠れている三人のスナイパーは、声すら上げる間もなく、静かに倒れていった。外の脅威を排除した。残るは正面だけだ。博人と鷹は互いを目線を交わし、腰から予め準備していた閃光弾と煙幕弾を数発取り出した。「
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第638話

分厚い合金製のゲートが、低い機械音と共にゆっくりと開いていく。その先に広がっていたのは、金塊や札束が積まれた想像した金庫の様子ではなく、未来的な雰囲気を漂わせる巨大な純白の円形の空間だった。その空間の中央には、知られていない金属で造られた特異な形状のサーバー端末が静かに佇み、淡く青いライトが一定なリズムで点滅していて、まるで眠れる巨獣の呼吸のようだった。ここが西嶋茂雄が一生をかけて築き上げ、世界を一変させることすらできる秘密の宝庫なのである。「狐、入り口を守ってくれ」冷静な口調で指示を出す鷹自身は、その円形の空間の隅々まで警戒しながら、未知の罠が仕掛けられていないか確認していた。博人は深く息を吸い込み、父親が遺した最後の「聖殿」へと足を踏み入れた。彼は特殊なサーバー端末の前に進み出ると、ディミトリに事前に教えてもらった手の形のくぼみを見つけた。手を伸ばし、自身の手をしっかりと押し当てた。ヴン――くぼみから柔らかな青い光が放たれ、掌のスキャンをし始めた。「生体認証キー認識完了……身份確認:西嶋博人……一級レベル権限を開放します……」冷たい電子音が広々とした空間に響き渡った。続いて、サーバーの正面にUSBポートが飛び出した。博人はディミトリから渡された旧式のUSBメモリを取り出すと、慎重にポートへ差し込んだ。「二番目のキー認証完了……『プロメテウス』システム起動……ようこそ、西嶋様」サーバーの上から、光で構成された巨大なホログラムスクリーンがゆっくりと形成されてきた。画面には、二つの大きなフォルダが表示されている。一つのフォルダ名は「プロメテウス」そしてもう一つは「パンドラ」と名付けられていた。博人の心臓はこの瞬間、激しく鼓動をした。この二つのフォルダの中に、父親の一生の心血と、カラトグループを徹底的に地獄へ葬り去る究極の武器が収められていることを彼は知っているのだ。彼はまず「プロメテウス」と名付けられたフォルダを開いた。瞬く間に、無数の複雑な遺伝子の並び図、ずっしりとした実験データ、そして数えきれないほど多くの研究ログが、滝のように画面を流れていった。これらは全て、茂雄とディミトリが数十年の歳月を費やして得た研究成果なのである。フォルダの一番上に表示されたのは、撮影動画のようなもので、タイトル
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第639話

「母さんを、自分自身も大切にして、そして……俺の孫のこともな。父さんは君を愛しているんだ」動画が終わると、画面は暗くなった。博人はとっくに涙で顔を濡らしていた。彼はようやく父親の深い愛と、誰にも知られることのなかったその偉大さを理解したのだ。涙を拭い、彼の目が強い決意に満ちていた。そして、もう一つの「パンドラ」と名付けられたフォルダを開いた。もし「プロメテウス」が希望と未来を象徴するなら、この「パンドラ」というフォルダに詰まっているのは、まさに果てしない罪悪と暗闇そのものだった!カラトグループが世界中で行ってきた全ての非法活動――政治による暗殺、武器の密輸、人体実験、金融犯罪……あらゆる証拠、取引記録、核心のメンバーのリストの全てが、このフォルダの中に、はっきりと、明確に記録されていたのだ!これはまさに、あの巨大犯罪帝国を徹底的に破壊することのできる……パンドラの箱なのである!「鷹!ダウンロードするぞ」博人は即座に判断し、通信機に向かって叫んだ。「了解!」外で待機していた鷹はすぐに操作をし始めた。膨大なデータが、秘密の量子ネットワークを通じて、「守護者」チームが世界中に設置した秘密基地へと送り始めた。一パーセント……五パーセント……十パーセント……プログレスバーがゆっくりと、しかし確実に進んでいる。勝利はすでに目前に接近してきた。しかし、データが三十パーセントに達したその時――「ピッ!ピッ!ピッ!」甲高い警報音が突然鳴り響いた。もともと淡く青かった照明は、一瞬にして不気味な血の色に変わってしまった。ゆっくりと開いていた合金製のゲートも、信じられないスピードで閉じ始めた!「しまった!罠だ!やられた!」外にいる鷹が恐怖に滲んだ声を上げた。「博人さん!早く出てきてください!」博人の顔色も暗くなり、急いでUSBメモリを抜き、振り返って外へ駆け出そうとした。しかし、もう遅かったのだ!ドカーン――!分厚い合金製の扉ががっちりと閉まり、博人をこの巨大な金庫の中に閉じ込めてしまった!「ようこそ、西嶋博人さん」その時、サーバーのホログラムスクリーンから、茂雄の顔が消え、代わりに影の中に座り、顔の見えないぼやけた人影が現れてきた。その人物こそが、あのカラトグループの黒幕である!あの冷たく、男女
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第640話

後ろの分厚い合金製の扉が巨大な音とともに閉じ、その響きは死を告げる鐘のようだった。目の前に突然現れた「殺し屋」たち、そして彼らの背後に控え、得意な顔をしている旭を見つめ、博人の心は凍りついた。彼は負けてしまった。完全なる敗北だった。自分が練ってきた策が万全と思い込んでいたが、結局のところ、最初から最後まで敵の手のひらで、都合のいい役を演じていたに過ぎなかった。それに最も重要な鍵を自らの手で敵に差し出してしまったのだ。「驚いたか?」ホログラムスクリーン上の、カラトのリーダーが、猫が鼠を弄ぶような愉快な笑い声を出した。「西嶋博人、お前は確かに賢い。お前の父親よりも狡猾なんだ。ただ残念なのは、女に執着しすぎることだ。その執着心が、お前にとって……最大の弱点となったんだ。お前が彼女のために、危険を顧みずあの廃工場に飛び込んだ時点で、お前の負けは決まっていた」博人は何も言わず、静かに手にしたUSBメモリを背後に隠した。脳は高速で回転し、逆転の可能性のある僅かなチャンスでもいい、懸命に探っていた。「三条」カラトのリーダーが指令を下した。「さあ、『プロメテウス』のデータを完全にコピーしろ。それと……金庫の破壊プログラムを起動しろ。それに西嶋さんと彼の父親の『罪証』を、一緒に葬れ」「かしまりました、ボス」旭は恭しく応えると、後ろにパソコンを背負ったエンジニア一名に前へ出るよう合図した。そのエンジニアがサーバー端末の前に近づくと、自分の機器を取り出し、強制的に介入してデータのコピーをしようとした。「そこまで自信満々で、父さんの遺産を手に入れられると思うのか」博人は突然、冷たく笑いながら口を開き、時間稼ぎをしようとした。外にいる鷹たちが何か手を打っているに違いない、サーバー内のデータもまだ非常に遅いスピードで送っているはずだ。一秒でも長く引き延せば、それだけ希望が増すはずだ。「そうだが?」カラトのリーダーは問い返した。「お前は今、私の思うように扱えるおもちゃのようなもんだよ。自分の定められた運命を受け入れる以外に、他に選択肢があるというのか」「ただ不思議に思うのだが」博人は冷静な態度でスクリーンの上に浮かんでいるぼやけた人影を見つめていた。「こうして顔を隠し、正体を明かそうともしないお前のような卑怯者が、どうしてこれほど巨大な犯罪帝国
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