All Chapters of 今さら私を愛しているなんてもう遅い: Chapter 621 - Chapter 630

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第621話

観測所の外側の壁はすでにひび割れ、色褪せていたが、建物自体はまだ無事で、この恐ろしい吹雪を凌ぐには十分だった。「よかった!助かるぞ!」全員が歓声をあげ、力を合わせて雪に埋もれた重い扉を押し開け、中へ駆け込んだ。観測所の中は埃まみれだが、様々な設備や生活用品は大体揃っていた。まもなく薪を見つけ、かがり火を焚くことができた。温かい炎が身を刺すような寒さを追い払い、ピンと張り詰めていた全員の心も、ようやく少し和らいだ。鷹と数名の隊員が周囲の警戒と確認を分担した。博人は未央をかがり火の傍らに座らせ、最後に残った干し肉を取り出し、温めて彼女に手渡した。「食べて、少しでも体力をつけるんだ」未央はうなずき、少しずつ食べていた。彼女がこの「避難所」を眺め回していると、ふと目が部屋の隅に忘れ去られたかのような金属のキャビネットに留まった。キャビネットの上が分厚いほこりに覆われていたが、そこに貼られた色褪せたラベルが彼女の注意を引いた。そこには外国語である単語が書いてあった――プロメテウス。プロメテウスと書いてあるのだ!未央の心臓がどきどきし始め、すぐに博人の服の裾を引っ張り、キャビネットを指さした。博人がその指さす方向を見ると、彼もそのラベルを見て、目を見開いた。ここに……どうして「プロメテウス計画」に関するものがあるのか!?彼はすぐに歩み寄り、その上のほこりを払い、キャビネットの扉を開けようとしたが、ロックがかかっていることに気づいた。鷹も異変に気づき、近づいてきた。「どうしたんですか」「このキャビネットがおかしい」博人は低い声で言った。鷹はためらわず、軍用シャベルでロックをこじ開けた。扉が開くと、中には人を驚かせる秘密などなく、ただ色褪せた外国語でびっしりと書かれた研究記録と図面がいくつか置かれてあるだけだった。博人が一冊の記録を手に取った。彼はその言語が読めないが、記録に見覚えのあるサインを目にした瞬間、雷に打たれたように完全にその場に立ち竦んだ。その書道家のように書かれたサインを、絶対に見間違えたりしない!それは彼の父親――西嶋茂雄のサインだ!父親が……ここに来たことがあるのか!?この廃墟となった気象観測ステーションが、父親と関係があると?これはいったいどういうことだ!?博人が激し
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第622話

冷たい銃口と対峙する両側の人間が廃墟となった気象観測ステーションの空気を一瞬で張り詰めさせた。鷹と隊員たちは博人と未央を必死に背後に隠し、手にした銃をしっかりと突然現れた外国人の老人に向けていた。相手に少しでも不審な動きがあれば、彼らは躊躇なく引き金を引くつもりだ。「銃を下ろしてください。俺らは悪いことをしに来たわけではありません」博人は鷹の背後から出て来ると、隊員たちに不用意な行動をしないよう合図し、落ち着いた眼差しで老人を見つめた。「俺たちは助けを求めて来たのです。トラブルを起こしに来たのではありません」老人の濁っているが異常に鋭い目が、博人をじっと見つめて観察し、彼の言葉の真偽を判断しているようだった。「どうしてこの場所を知ったのだ?」老人は低い声で問い詰め、手にした散弾銃はまだ下ろさなかった。「ここがどこなのかは知りませんよ。ただ、父が残したものが俺をここへ導いただけです」博人はそう言うと、肌身離さず持っている油紙に包まれたものを慎重に取り出した。それは一枚の、すでに黄ばんだ古い写真だった。写真には、意気揚々とした二人の若者が氷河の前で肩を組んで立っている様子が映っていた。その一人は、若い西嶋茂雄だった。そしてもう一人は、まさしく目の前にいるこの外国人の老人の若かった頃の姿なのだった!老人はその写真を見つめ、銃を握る手がぶるっと震えた。その目にある警戒と敵意は、一瞬で驚きと……かすかな感動に変化した。「お前は……茂雄の息子か」老人の声はまだすこし震えているようだ。「俺は西嶋博人と申します」博人は老人を見つめ、重々しく言った。「西嶋茂雄は、俺の父です」老人は博人の顔をじっと見つめ、その顔から旧友の面影を見出そうとしているようだった。しばらくして、彼はようやく散弾銃をゆっくりと下ろし、長いため息をついた。「似てる……本当に似てるな……特にその目が……」彼は独り言のように呟き、瞳には複雑な過去を思い出したような懐かしい感情が浮かんでいた。「お前の父親はかつて私に言ったんだ。いつか、彼の息子がこの写真を持ってここまで来たら、それは彼が……すべてを継ぐ心の準備ができたという証だ、と」老人は手を差し伸べ、博人に言った。「博人君、『聖殿』へようこそ。俺はディミトリと言う。お前の父親の生前の……最も忠実な戦友なんだ」…
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第623話

「茂雄は一人であんなに巨大な組織に対抗できないことを知っていたのだろう。だから表向きは西嶋グループを立ち上げ、ビジネス帝国の肩書きで身を隠す一方で、密かに『守護者』チームを育て、最も核心となるデータと証拠を全て外国のサーバーに移したのだ。そしてここが、私らの最後の、そして最も重要な連絡拠点兼避難所となったのだよ」ディミトリの言葉は、博人の心の中に残る最後の疑問を解き明かした。「あの鍵は……」博人が尋ねた。「あの鍵は、茂雄が自分の遺伝子配列で作った生物認証キーで、唯一無二のものだ」とディミトリは言った。「だがそれは、サーバーを開ける最初の鍵に過ぎない。中の本当のデータを手に入れるには、パスワードが必要なのだ――私と茂雄が一緒に設定した、非常に複雑な遺伝子アルゴリズムだ」彼は懐から旧式のUSBメモリのような物を取り出し、博人に手渡した。「これに、お前の鍵が加わって、宝を秘めた扉は開けられるだろう。これこそが……カラトグループがどんな代償を払ってでも手に入れようとしているものなんだ」博人は重々しい気持ちでそのUSBメモリを受け取った。手のひらにしっかりとした重みを感じ取った。この小さな物が、彼の家族の命だけでなく、全人類の未来に関わっているのだ。「ディミトリさん、ありがとうございます」彼は心からそう言った。「父のために……全てを守り続けてくれて、本当にありがとうございました」「これは私の約束で、使命だったのだ」ディミトリは満足げに微笑んだ。……ディミトリの「聖殿」で、彼らは貴重な休憩時間を得た。負傷した隊員は手当てを受け、未央の体も温かく快適な環境で次第に回復していった。彼女が妊娠しているのを知ったディミトリは実の娘のように世話を焼き、この国の伝統的な薬草で胎児にいい薬膳まで作ってくれた。話し合った結果、新たな行動計画が立てられた。ディミトリはこの地域に詳しく、カラトグループの全ての監視及び警備を設置したところを避けられる秘密のルートが、隣国の国境近くの町まで直通していることを知っていた。そこには絶対的に信頼できる「旧友」がおり、新しい身分と金庫のある国への交通手段を手配してくれるらしい。この道が、今の彼らにとって唯一の活路だった。……その頃、カラトグループ本部にて。旭が恐怖に駆られた様子で巨大なスクリーン
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第624話

「聖殿」で二日間の休息を終えた後、博人一行は再び出発することにした。全員は一番いい状態に回復していた。彼らはディミトリが提供した雪原での移動に適した専門的な防寒装備に着替え、リュックには高カロリー食と十分な弾薬が詰められていた。ディミトリは彼らを屋敷の裏口まで送り、そこでは一見地味だが明らかに大幅に改造された緑色の全地形対応可四駆車が止まっていた。「昔は私と茂雄が『こいつ』に乗って、この雪原で一番高い山を越えていったんだ」ディミトリは傷だらけの車をポンと叩き、懐かしむような眼差しを浮かべた。「さあ、この最後の旅路を、お前たちはこいつと共に走り抜けてくれ」別れる時、ディミトリは博人を隣に引き寄せ、重々しくその肩を叩いた。「博人君、お前の父親は……本当の理想主義者だった。彼は一生、あの実現するのにほぼ不可能な夢を追い続けていたんだ。そのために命を落とすことになっても、決して後悔はしなかった」老人は博人を見つめ、目に涙を光らせながら言った。「約束してくれ。必ず彼の遺志を果たすと。だが、それ以上に大切なのは、お前自身とお前の妻、そして子供を守ることだ。それが……彼が最も望んでいたことなのだからな」「分かっています、ディミトリさん」博人は強くうなずき、この重い言葉を胸に刻んだ。それ以上多くの別れの言葉はなく、彼らは老人に手を振って別れを告げた。博人は歴史を感じさせる四駆車を運転し、最も大切な家族と戦友を乗せ、ディミトリが示した秘密のルートに沿って、果てしない雪原の奥へ、そして未知なる、危険に満ちた未来へと向かっていった。……ディミトリが提供したルートは、確かにカラトグループの全ての監視と警備を避けていた。彼らは四駆車を運転し広々とした雪原を二昼夜走り、三日目の夕暮れに、ようやく国境線の辺鄙な町に到着した。町は廃れているようで、活気がなく、まるで世界から忘れ去られたかのようだった。ディミトリの指示通り、博人は車を「ブラックベアー」という目立たない酒場の前に止めた。彼らが入ると、がっしりとした体格で、あごひげを生やした熊のような酒場の主人が、拭いていたグラスを置き、彼らの方へ歩いてきた。「ディミトリが……こっちに来させたんだな?」男の声はかすれていて低く、これまた博人たちの母語を使って話してきた。博人がうなずき、ディミトリから事
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第625話

「お前たちの写真と身分情報は、とっくに彼らの内部システムに登録されているだろう。公の場に姿を現せば、十分も経たずに彼らの『殺し屋』が押し寄せるはずだ」この知らせに、その場にいた全員の心は一瞬で深淵の底へと沈んでしまった。苦労して雪原を脱出し、ようやく朝日が見えたかと思いきや、待ち受けていたのはより巨大で、より逃げきれない牢獄だったなんて!「じゃあ……俺たちは今、どうすればいいんだ?」狐が思わず尋ねた。「通常のルートは、間違いなく通れないだろうね」セルゲイは首を横に振り、壁から大きな地図を外すと、赤いペンでくねくねとした曲がりくねったルートを書きだした。「今、お前たちの目的地へ行くには、たった一つの道しかない――『ネズミの道』を使うんだ」「『ネズミの道』?」「ああ」セルゲイはとても深い眼差しに変わった。「これは前の大戦に伝えられてきた地下通路綱なんだ。その後に各国のスパイや逃亡者に利用されていた。ネズミが使うトンネルのように、この辺りの地下に張り巡らされ、あらゆる通常の監視を避けられるんだ。だが……この道もまた、未知と危険に満ちている。そこにいる者は皆、命知らずで、利益のためなら何でも売り飛ばす連中なんだ。これがお前たちの唯一の選択肢だ」セルゲイは博人を見つめ、沈んだ声で言った。博人は隣の青白い顔色をしている未央を見やり、地図上の迷路のように複雑なルートを見つめた後、躊躇なくうなずいた。「決めた、『ネズミの道』を使うんだ」……三十分後、生臭い匂いがする冷蔵トラックのコンテナの中で、博人たちは新たな旅についた。トラックはでこぼこな田舎道を走っていた。コンテナの中は真っ暗で、いくつかの通気口からかすかな光が差し込んでいるだけだった。鷹と隊員たちは一瞬も緩めず警戒を保ち、手にした武器はいつでも撃てる準備をしていた。博人は未央をしっかりと腕の中に抱き、車の揺れと寒さから彼女を守っていた。「まだ大丈夫か?」彼は声を潜めて聞いた。「ええ」未央は彼の胸に寄りかかり、うなずいた。「あなたと一緒なら、どこへ行ったって同じよ」どれくらい時間が経っただろうか、トラックがゆっくりと止まった。外からは騒々しい声が聞こえてくる。「国境検問所だ!」セルゲイが手配したドライバーが、隠したトランシーバーを通じて情報を伝えて
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第626話

「開けろ!検査だ!」冷たく横暴な命令が、まるで審判の金槌が今でも落ちて来るかのように、暗いコンテナの中にはっきりと届いた。全員の心臓が、この瞬間、喉元まで飛び出そうだった。鷹と隊員たちはすでに音もなく銃を構え、指を引き金にかけ、最悪の事態に備えていた。ドアが開けられた瞬間、稲妻のように迅速で目の前に現れる敵を倒し、何としてでも博人と未央を脱出させると決意しているのだ。このような狭い空間で、カラトグループの精鋭部隊に直面すれば、卵で石を砕くようなものだと分かっていてもだ。博人は未央をしっかりと身の下に守り、外で起こりうる、ぞっとする音を聞かせまいと彼女の耳を手で覆った。それに、もし銃撃戦が始まれば、自分の体で全ての銃弾を防ぐ覚悟もしておいたのだ。コンテナの外の空気もまた、一触即発の状態だった。「あのう、ご覧ください。この車には新鮮なタラだけが積まれているんです。ドアを開けて外気に触れれば、鮮度が落ちてしまいますよ」セルゲイが呼んできたドライバーであるイワンという男は、笑顔で流暢な外国語で口を開いた。そう言いながら、さりげなくポケットから分厚い札束を取り出し、傍にいる地元の国境警備隊責任者の手に押し込んだ。「それに、すべての通関書類はこちらで、ご覧の通り揃っておりますよ」その国境警備隊員は手にした札束の厚みを感じ取り、満足そうな笑みを浮かべたが、傍らに立つカラトの兵士の冷たい視線に気づくと、慌てて笑みを引っ込めた。「ルールはルールなんだ!」そのカラトの兵士はこの手に乗らず、ストックで強くコンテナの後のドアを叩きつけ、厳しく怒鳴ってきた。「開けろと言っただろう!」イワンの表情はこわばった。ここは簡単には通れそうにないと分かっていたのだ。その間一髪の時、検問所の反対側で突然大きな騒動が起こった!乾いたワラを積んだ大型トラックが、検問中に何故か「横転」し、その上にあるワラが落ちてきて、道全体を塞いでしまった。さらに致命的なことに、ワラの山には何か易燃物が混ざっていたらしく、空気に触れると急に燃え上がった!「火事だ!早く火を消せ!」「ちくしょう!迅速に避難させろ!」検問所が瞬く間に混乱の渦に巻き込まれた!頑なに検査をしようとしたあのカラトの兵士も、その騒動を見ると、イワンの小さな魚の運搬車など構っていられなくな
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第627話

「どういう意味だ?」鷹が一歩前に出て、冷たい声で問い詰めた。「だから……値段が変わったってことだよ」サソリは肩をすくめ、当然といった様子で言った。「カラトグループが依頼を出したんだ。あの男を生け捕りにしたら報奨金一千万ユーロだぞ!死体でも五百万の価値があるんだ!君たちは今、この地域の裏の世界で一番高い『荷物』なんだぜ」彼は少し間を置き、下心のある笑みを浮かべて続けて言った。「さてさて、カラトを怒らせるリスクを負ってお前らを次の拠点に送るべきか、それとも……直接奴らに売り飛ばして、一生使い切れない金を手にするべきか、お前らどう思う?」鷹と隊員たちは表情を強張らせ、考えもなく銃口をサソリに向けた!しかしサソリは微動だにせず、周囲の暗がりを指さして冷ややかに笑った。「衝動は禁物だぞ。この縄張りでは、お前らの銃が俺のより早いとは限らないからな」暗闇には、十数人の人影がぼんやりと現れ、全員は武器を手にしていた。明らかにサソリの手下だった。空気が再び一触即発の緊張に包まれた。「一千万ユーロ、それは確かにかなり魅力的な報酬だな」その時、これまで黙っていた博人が突然口を開いた。彼は未央を背後に隠し、冷静にサソリの前に歩み出ると、その貪欲な目を真っ直ぐに見つめた。「だが、カラトの金はそんなに簡単には稼げないだろう」博人の声は大きくないが、人をぞっとさせるような威圧感が感じられる。「俺たちを引き渡せば、奴らがお前が安心して余生を送れるようにしてくれると思うのか?」彼は携帯を取り出し、高橋から事前に送られてきたカラトグループ内部を粛清したということに関するニュースを表示し、サソリの前に差し出した。「このバッハという武器商人は、一昨日までカラトグループと協力関係だったのに、取引でちょっとした間違いをしてしまい、昨日、家族もろとも火事によって消されたんだ。カラトグループのやり口は、俺よりお前の方がよく知っているはずだろう。奴らは……絶対一息も残さず、絶対的な死まで追い詰めるんだ」サソリはニュースに映る無残な映像を見て、顔色がわずかに変わった。博人は続けて言った。「俺たちを助ければ、金は約束通りにちゃんと払う。それに、西嶋グループと、この西嶋博人の個人的な借りも作れるんだ。この借りは将来、一千万ユーロよりもはるかに価値があるかもしれないな
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第628話

巨大な貨物駅は、夜空の下でうずくまる鋼の巨獣のようだった。まばゆいサーチライト、耳をつんざく汽笛、鋼の車輪とレールが摩擦する「ガタン」という音が、工業時代に身を投げたような雰囲気だった。そこでは混乱しながらも荒々しいソナタを奏でていた。サソリは博人一行を率い、まるで本物のネズミのように、迷宮のような線路と無数の静止した「鋼の巨獣」の間を進んでいた。「これだ」サソリは果てしなく続く貨物列車の隣で立ち止まり、いっぱいの木材を詰めた普通の有蓋車を指さして声を潜めて言った。「この列車は夜通しで次の目的地へ向かうんだ。途中いくつかの小さな駅で補給のために停まる。お前たちは夜明け前に目的地の中央駅に行かなければならない。赤い帽子を被った清掃員をそこで待たせているんだ」彼は一枚のメモを博人の手に押し込んだ。「これが合い言葉だ。俺の役目はここで終わりだ。これからは、幸運を祈ってやるぞ」そう言い終えると、博人の返事を待たず、振り返ることなく暗闇に姿を消し、まるで最初から存在しなかったかのようだった。「乗れ!」鷹が低く命じた。全員は一瞬の躊躇もなく、すぐに手足を使って木材でいっぱいの車両によじ登った。彼らは素早く木材の山の隙間に身を潜め、防水シートで自分自身と荷物を覆い、貨物の一部に偽装した。間もなく、列車は長い汽笛を響かせ、激しい揺れと「ガタン」という音を出し、ゆっくりと動き出した。列車が前へ進み、自分の命さえも賭けた博人一行を乗せて、未知なる、危険に満ちた方向へと向かっていった。……車内の状況は、あの魚の冷蔵車よりも劣っていた。骨まで凍らせる夜風が木材の隙間を唸るように吹き抜け、体温を奪っていく。列車の走る時の激しい揺れと耳障りな噪音は、眠りにつくことをさらに難しくした。博人は未央をしっかりと腕に抱き、自分の体で彼女のための肉の壁を築き、冷たい風と揺れを防いであげた。「寒いのか?」彼は声を潜めて尋ねた。「寒くないよ」未央は彼の温かい胸に寄りかかり、首を横に振った。危険な状況においても、彼の鼓動を感じられれば、それだけで安心できるのだ。「博人」彼女は突然、小さな声で口を開いた。「すべてが終わったら……立花に戻らない?私たち二人と、理玖と……そして私たちの赤ちゃんも一緒に、静かな場所を見つけて、小さな病院を開き、小さな庭を作っ
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第629話

前方の通らなければならない橋の上で、明かりが煌々と灯り、臨時の検問所が設けられていたのだ!十数名のカラトグループの戦闘服を着た兵士たちが橋で線路上にはバリケードまで設置している!「俺たちは発見された」鷹の声は冷たかった。「サソリが……俺たちを裏切ったんだ!」「いや、彼じゃない」沈黙をしていた博人が首を横に振った。「もし彼が俺たちを売ったのなら、カラトの連中はとっくに駅で待ち伏せしていたはずだ。ここで待ち構えたりはしないだろう」彼は地獄の門のような橋を見つめ、目を細めて言った。「これは『焦土計画』の一部なんだ。奴らは俺たちの具体的な居場所を把握しておらず、だから最も愚直な方法で、通行可能な全ての交通の要所に検問を設置しているんだろう。この列車は、たまたま奴らの罠に飛び込んでしまっただけなんだ」いずれにせよ、彼らの現在における状況は極めて危険だった!列車はまだ高速で走っていて、止めることはもはや不可能だ。そして前には、敵の包囲綱が待ち構えている!彼らは高速で走っている牢獄に閉じ込められ、屠畜所へと突進しているかのようだった!「ここでただ待っているわけにはいかないんだ!」鷹は即断した。「列車が橋を通過する前に、ここを離れなければならない!」「どうやって!?」「飛び降りる!」鷹は月光の下できらめく川の流れを指さし、落ち着いた声で言った。「これが俺たち唯一の活路だ!」全員の心が深淵へ落ちていった。高速で走る列車から、冷たく骨まで凍り付けられるような川へ飛び込むことなど、命がいくつあっても足りないだろう!ましてや、未央は今妊娠しているのだ!「他に方法はない!」博人の態度は異様に断固たるものだった。「奴らに生け捕りにされるのを待つより、一か八かにかけるほうがマシだ!」彼は未央を見つめ、その目には申し訳なさそうな感情を浮かべて言った。「未央、怖いか?」未央は彼を見つめ、首を横に振り、輝くような、そして決意した笑みを浮かべた。「怖くないわ。たとえ地獄に落ちても、あなたと一緒なら、怖くない」博人の心は強く震えた。彼は力強く彼女を抱きしめ、それから自分の胸にしっかりと縛り付けた。「全員、行動準備だ!」鷹がそう言い出した。全員は次々と木材の山から這い出し、飛び降りの準備をし始めた。その時、橋の上にいるカラトの兵士たちも
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第630話

「ドボンッ!」冷たく骨を刺すような川の水が、無数の鋼の針のように、一瞬で彼らの服を貫き、容赦なく肌を突き刺した!窒息感と寒気が同時に襲いかかってきた!博人は水に落ちた瞬間、全身の力を振り絞って姿勢を整え、未央の体を上にして、彼女が水に落ちる直撃を受けないようにした。片手で彼女をしっかり抱き、もう一方の手は激流の中で力強く掻いていて、何となく川の上に浮かんできた。「ゲホッ!ゲホッ!」ようやく、彼らは水面に顔を出した。未央は冷たい水を何口か飲み込み、激しく咳き込み、顔色は恐ろしいほど青白かった。「未央!未央!しっかりしろ!」博人は焦りながら呼びかけた。彼ははっきりと感じ取れた。上の中の女性の体温が急速に失われ、体も硬直し始めているのだ。ダメだ!このままでは、彼女も子供も危険な状態になってしまう!博人は歯を食いしばり、驚異的な生存本能を爆発させた。彼は未央を引きずり、必死でそう遠くない岸辺へと泳いできた。激しい水流は、見えざる巨大な手のように何度も彼らを下流へと引きずり込もうとしたが、彼は決して手の中の女性を放さなかった。背中の傷が冷たい川に浸かり、引き裂かれるような激痛を伴っていてもだ。川の中でどれだけもがき苦しんだか分からず、ついに彼の足が確かな川の底に触れた。彼は最後の力を振り絞って未央を岸に引き上げ、その後、自分も濡れた小石だらけの砂浜に倒れ込み、息を切らしていた。「鷹!狐!」博人は息を整えると、すぐに真っ暗な岸辺に向かって、独特の、夜鳥の鳴き声を真似た。これは彼らが事前に決めておいた連絡信号だった。間もなく、遠くない場所から同じ応答が返ってきた。鷹と隊員たちも次々と川から這い上がり、岸辺で合流した。全員が震え上がるほど寒さに耐えて、唇が紫色に変色し、惨めな様子だった。「人数と装備の確認を!」鷹は顔についている水を拭い、すぐに命令を出した。確認結果は、全員の心を深淵へ突き落した。人数は揃っており、誰一人も脱落していなかったが、持っていた装備の多くはポータブル信号探知機、食料の大部分、一部の武器弾薬も含めて、飛び降りてから川に落として失われてしまった。さらに悪いことに、足を負傷していた隊員は、傷口が長時間冷たい川に浸かったため、深刻な感染症を引き起こし、高熱を出して半昏睡状態に陥っていた。そ
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