All Chapters of 今さら私を愛しているなんてもう遅い: Chapter 641 - Chapter 650

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第641話

【データの送信先:国際警察組織、情報局、国際連合……】【データ送信先:各国新聞社、テレビ局、通信センター……】画面には、次々と送信先が狂ったように表示されてきた。「やめろ――!」カラトの黒幕のぼんやりとした影は、初めて激しく動揺したように揺らぎ、恐怖と絶望の絶叫をあげた。「なぜだ!? 早く!止めろ!すぐに止めるんだ!」旭とエンジニアも完全に呆気に取られた。彼らは必死に操作し、データ転送を遮断しようとするが、その権限も取れないことに気づいた!西嶋茂雄!あの何年も前に死んだ男が、まさかこの日を予想していたとは!最初から、誰にも不法な手段で彼の研究データを手に入れさせるつもりはなかったのだ!「パンドラ」というフォルダを、最も恐ろしい、敵を道連れにする「死の罠」として仕掛けていたのだ!一度でも不法侵入があれば、「パンドラの箱」は完全に開かれて、カラトグループの全ての罪を、全世界に曝け出すことになるのだ!「権限確認……『焦土』プログラムすでに作動しました……」冷たい電子音が、容赦なくそう宣告し続けている。「サーバーは60秒後に自己破壊システムを起動します……『プロメテウス』計画は永久に消されます……」「59……」「58……」その瞬間、完全に閉ざされていた重い合金のゲートが、低い機械音と共に、ゆっくりと……再び開いた。これもまた、茂雄が息子に残した、最後の逃げ道なのだ!「やめろ!やめろ――!」画面の上で、カラトの黒幕の影は怒りと絶望で激しく歪み、最後には耳をつんざくような電流音と共に、完全に消えてしまった。旭は目の前で一瞬にして逆転した状況に咄嗟に反応できず、生への道を意味するゲートがゆっくりと開いているのを見てから、また全てをすでに予想していたかのように平然としている博人の顔の方を見ると、完全に混乱した。彼は負けた!完全に敗北したのだ!彼の全て、野望、未来……すべてがこの瞬間、水の泡となり消えてしまった!「西嶋博人――!」稔は野獣のような叫び声をあげた。もはやデータを奪うことも、任務を完遂することも考えていない。今の彼が唯一考えているのは、目の前の男を殺し、道連れにすることだった!彼は手にした銃を投げ捨て、ブーツから冷たい光を放つナイフを抜き出すと、狂ったように博人へと襲ってきた!博人の瞳
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第642話

「5……4……」冷たい電子音が、死神の近づいてくる足音のように。全員の耳に響いていた。サーバー端末から散る火花は次第に多くなり、金庫全体が激しく揺れ始め、今にも完全に崩壊しそうな勢いだった。「博人さん!行きましょう!」鷹と狐は左右から博人の腕をしっかりと支え、彼をその共倒れの狂気から引き摺り出そうとした。博人の視線は眉間に銃をつきつけられている旭から離さなかった。憎悪の炎が彼の瞳で激しく燃え上がっている。ほんの少し引き金を引くだけで、父親と未央、そして死んでいった全ての罪のない人のために復讐できるのだ。しかし、結局彼はそうしなかった。憎しみに呑まされる鬼とはなりたくなかったのだ。カウントダウンの最後の一秒が来る前に、博人の瞳は普通の光を取り戻した。彼は引き金を引かず、全身の力を込めてグリップで旭のこめかみを強く叩いた!旭は唸り声をあげ、体がぐったりと倒れ、完全に気を失ってしまった。「こいつを連れて行け!」博人が低く叫んだ。「こいつは……法の裁きを受けねばならないんだ!」鷹と狐は一瞬の躊躇もなく、すぐに気絶した旭を引きずりながら、博人を支えて、今にも閉じようとするゲートへ向かって駆け出した!「3……2……1……」「ドカーン―!」彼らがゲートを駆け抜けた瞬間、背後から耳をつんざくほどの轟音が響き渡った!サーバー端末全体が、まばゆい真っ白な光の中で爆発し、分解してしまった!狂暴なエネルギーが金庫の中を粉々に爆発させた!すると、金庫の緊急シャッターが轟音と共に落下し、そのすでに破壊された空間を、カラトの殺し屋たちの遺体も、永久に地下に封じ込めてしまった。「プロメテウス」の秘密もまた、それと共に、永遠にここに眠りについたのだ。……地獄のような銀行から逃れ出た博人たちは、一瞬も足を止めなかった。外回りで待機していた隊員と合流し、巨大な爆発ですっかり混乱に陥った町から素早く撤去していった。山の奥に設けられた安全なセーフティハウスで、ようやくそこで待ち続けていた未央に会えた。「博人!」血まみれで、支えられながら車から降りてくる博人を見た瞬間、未央の心は一瞬で締め付けられたのだ。彼女は何もかも顧みずに駆け寄り、彼を強く抱きしめた。「戻ってきたよ」博人は懐に慣れ親しんだ愛おしい温もりを感じながら、全
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第643話

彼はニュースでカラトグループがすでに崩壊したことに関する報道を見ていた。かつて仲良く協力してくれた「大物」たちが次々に逮捕され、あるいは「自殺」させられていく様子を見ると、顔色が真っ青になってしまった。「お前の『ボス』は、お前を助けに来なかったな」博人は向かい側に座り、落ち着き払った声で言った。「奴にとってお前は今、ただの捨て駒で、秘密を知りすぎた……厄介者なんだ。誰をお前の『処理』に派遣してくると思う?」旭の体は激しく震えだし、目にはようやく恐怖が浮かんできた。彼はカラトグループのやり方を知っているのだ。裏切り者と捨て駒に対して、彼らが用意する末路はただ一つ――この世界から完全に消すことなのだ。「俺はあなたを保護することができる」博人は時が来たと分かり、チャンスを彼に提示した。「知っている事のすべてを話してくれれば、国際警察組織と協力して、証人保護プログラムを申請してやる。これがお前の……唯一の生き残る道なんだ」生き残りたい本能が、結局は脆い忠誠心に勝ったのだった。旭の鋼のような固い意思は、完全に崩壊してしまった。「話す……全部話す……」彼は空気の抜けた風船のようにしょんぼりとして、自分が知っているすべてを白状した。しかし、彼の知っていることも極めて限られていた。彼は「ボス」の素顔を見たことがなく、全ての指示はあの処理された電子音声を通じて伝えられてきたのだ。「ただ……」旭は何かを思い出したように、躊躇いながら言った。「一度、偶然でボスと誰かの通話を耳にしたことがあった。その人の声が分かったんだ……それは……モリソングループの創設者、アレクサンダー・モリソンなんだ!」「アレクサンダー・モリソンだって!?」博人と鷹は互いに驚いた目で見つめ合った。モリソングループは世界をリードする多国籍企業で、エネルギー、軍用工場、バイオテクノロジーなど様々な分野に事業を展開し、ビジネス上は西嶋グループと協力もあれば、競争もある企業なのだ。博人はその高齢のアレクサンダー・モリソンという人物と、数回のビジネスサミットで顔を合わせたことさえあったのだ!あの愛想よく、ビジネス界で高い名声と人望を持っているビジネス界の大物が、カラトというテロリスト組織の背後に潜む真の黒幕だとは、想像もしなかったのだ!「なぜだ?」博人は理解できずに尋ねた
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第644話

カラトグループの崩壊は、世界中で前例のない経済と政治の嵐を巻き起こしてしまった。この巨大なビジネス帝国とつながりのあった無数の家、企業、個人がドミノ倒しのように次々と没落し、世界各国の経済市場も激しい衝突を受けていた。しかし、このすべては、暗闇に潜む黒幕であるアレクサンダー・モリソンとは何の関係もないように見えるのだ。彼はかなりの腕の棋士のように、状況が傾く前に静かに身を引いていた。動かぬ罪証など何一つも残さず、経営した福祉組織を通じて義憤に満ちた声明を発表し、カラトグループの罪を強く非難するとともに、国際警察組織への協力を宣言して、自らのカラトグループとの関係をすべて否定したのだ。この巧妙なやり方に、誰もが恐ろしいと思いながら、彼をどうにかする術が全く見つからなかった。……山奥にあるセーフティハウスにて。博人はニュースに映るアレクサンダー・モリソンの真面目な顔を、氷のように冷たい眼差しで見つめていた。モリソンが簡単には諦めないことを彼は知っていた。全世界を手に収めて弄ぼうとした男の次の手は、想像を絶するほど恐ろしいに違いない。「もう待っていられない」博人は鷹に言った。「モリソンも今、狂ったように俺たちを探しているだろう。ここもすぐにバレるはず」「では、次はどこへ?」鷹が尋ねた。「本国へ戻るのか?」「いや」博人は首を左右に振り、目に鋭い光を宿した。「今戻れば、この戦争を国内に、家族の隣に招き入れるようなものだ。それに、俺たちにはもう彼に対抗できる切り札はないんだ」「プロメテウスのデータは消されて、パンドラの箱も開けられた。今の俺たちがモリソンにとって唯一の価値があるとすれば、それは俺という存在――彼とカラトグループの関係を証明できる唯一の生きた『鍵』だ。彼はどんな手段を使っても、俺をこの世から消そうとするだろう」博人は少し間を置き、連なる雪山が見える窓の外に視線を向けて、一言一句ゆっくりと口を開いた。「最も危険な場所こそ、最も安全な場所だ。奴が俺たちが逃げたと考えているなら、その逆を行く――彼がいる国へ、奴の本拠地へ行くんだ」「何だって!?」博人の大胆な決定に、全員は呆気にとられた。「彼のいる国へ? 自ら罠に飛び込むようなものじゃないんですか」狐が思わず口を挟んだ。「その通り、自ら罠に飛び込むんだ」博人
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第645話

「記者会見?」博人は理解したように頷いた。「奴はこの機に乗じて、世界中に自分の『潔白』と実力を示し、カラトグループの事件の影響を完全に払い捨てて、投資してくれた人を安定させたいのだろう」「その通りです」鷹が言った。「しかも、会見当日の警備の規模は前代未聞です。奴自身のボディガードに加え、当地の警察とFBIも参加する予定だそうです。あのような場で奴に手を出すのは、ほぼ不可能です」「誰がそんな場で彼に手を出すと言った?」博人は冷ややかに笑った。彼は遠くに夜に隠れようとした巨獣のように聳え立つモリソングループ本社ビルを見つめながら、大胆かつ狂気じみた計画が頭の中で少しずつ形を成してきた。彼はアレクサンダー・モリソンに「サプライズ」を贈るつもりだった。世界中の人々の前で彼が正体を暴き、どこへも逃げられなくなるようにする「サプライズ」を用意したのだ。……会見当日、モリソングループ本社ビルの外は大勢の人が集まり、世界中のメディア記者が殺到してきた。ビル内の警備はさらに厳重で、少し歩くだけですぐに警備員の姿が見られた。全ての入口には最新のセキュリティが設置され、許可のない人物や物の出入りは一切禁止されていた。アレクサンダー・モリソンは精巧につくられたオーダーメイドのスーツを着て、大勢のボディガードに囲まれ、元気そうな様子で会見のステージに上がった。彼は笑顔を浮かべ、落ち着いてメディア記者たちに手を振りながら、ビジネス界をリーダーした人物のオーラを十分に示していた。この愛想の良い老人が、つい最近崩壊した世界最大の犯罪組織の黒幕であることなど誰も思っていないだろう。会見は順調に進んでいた。モリソンは新たなエネルギー計画を熱心に説明し、出席者たちに美しい未来の青写真を描いていた。そして会見が一番重要な段階に進み、場内の雰囲気が最も盛り上がったその時――ヴッ―!会場の全てのディスプレイ、そして世界中にライブ配信されているネットワークが、突然、何の前触れもなく同時にブラックアウトした!続いて、誰も予想しなかった人物の顔がスクリーンに映し出された。その人物とは旭だった!あの国際警察組織の最高レベルの刑務所に収容されているはずの人物で、カラトグループのナンバーツーでもある!スクリーンに映された旭は狼狽えている様子だったが、そ
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第646話

その大混乱を経験してから、五月も過ぎて行った。未央たちはある島の上に一時的なセーフハウスを作ったのだ。そして、ある日。「報告します!正体不明な潜水艦が高速で接近してきています!」「全員配置につけ!最高レベルの態勢に入れ!」耳をつんざく警報音が一瞬で島の静寂を破った。鷹と隊員たちは真っ先に別荘から飛び出し、島に設置された防御施設を頼りに素早く防衛ラインを構築した。全員の顔には緊張の色が浮かんできた。潜水艦を使って攻撃を仕掛けてくる敵に、この小さなチームの規模では太刀打ちできないことは明らかだった。博人は生まれてきてから一ヶ月の娘を慎重に未央に渡した。「未央、愛理(あいり)を連れて地下のセーフティハウスへ行って!」彼の声は異様に冷静だったが、瞳には疑いようのない決意が満ちていた。「急げ!ここは俺に任せろ!」「嫌よ!」未央は娘を抱きしめ、頑なに首を振りながら、目に涙を浮かべていた。「一緒に行くの!もう二度とあなた一人に直面させたりしないわ!」「言うことを聞くんだ!」博人は彼女の顔を両手で包み、額を彼女の額に寄せて、焦っているので声をわずかに震わせながら言った。「おふざけじゃないんだ。それに、これは命令だ!お前と愛理は、俺の全てなんだ!お前たちはどうやっても生き残ってくれ!鷹に護衛させてあげる。ディミトリが残した最後の秘密通路はセーフティハウスの中にある。何があっても出てくるな!振り返るなよ!」彼は彼女を、じっと、名残り惜しそうに見つめていた。まるで彼女の姿を自分の魂に刻み込むかのようだ。そして、彼はさっと振り返り、壁からライフルを手に取ると、振り向かずに屋敷を飛び出していった。「博人――!」未央は彼の決然とした背中に向かって、喉が引き裂けるような叫び声をあげた。しかし、彼女は彼の足手まといにはなれないとわかっていた。涙を拭い、眠る娘を胸に抱きしめると、狐と蜂に守られて、屋敷の地下にある秘密のセーフティハウスへと素早く避難した。……島の離れたところ、その黒い潜水艦は深海の巨獣のように静かに浮上してきた。しかし、潜水艦は予想したように攻撃を仕掛けて来ることは一切なかった。ミサイルの発射も、武装した人の派遣もしてこなかった。ただ、島から一キロぐらいの距離で海に静かに止まっているだけで、無言で威圧感の
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第647話

彼女がすぐに手を下さなかったのは、単にこの猫とネズミのゲームをまだ楽しんでいるに過ぎないのだ。あるいは、もっと残酷で、より悪質な計画があるからなのか。その時、その衛星電話が突然、鋭い音を立てて鳴りだした!全員の心臓は一瞬で喉元まであがってきた!博人は深く息を吸い、前に出て電話を手に取り、通話ボタンを押した。受話器の向こうからは何の音もなく、ただ死んだような静かさが広がっているだけだった。しかし博人は、その静寂の向こうに、冷たく、嘲るような眼差しで彼を見つめる二つの目が存在することを感じ取っていた。「お前は誰だ?」博人が先に口を開いた。その声は非常に冷たかった。しばらくして、受話器の向こうから女性の声が聞こえてきた。その声はベルベットのように滑らかで聞き心地よいが、それでいて人の魂までも凍りつかせそうな冷たさを帯びている。「西嶋さん、初めての『対面』ですね。ささやかなプレゼントを用意しましたが……お気に召しましたでしょうか?」彼女の言葉が終わるやいなや、電話の画面に突然、リアルタイムで実況されている動画が映し出された!画面には、薄暗く湿った地下牢獄のような場所が映っている。髪が白くなり、傷だらけの老人が鎖で壁に繋がれて、息も絶え絶えになっているのだ。ディミトリだった!「ディミトリさん!」博人は目を大きく見開き、狂ったような怒りが一瞬で彼の胸の中でメラメラと燃え上がってきた!「知り合いだと分かったのですね」電話の向こうの女は軽く笑った。声には残酷な快感が満ちていた。「あなたの父親の最も忠実な『守護者』ですが、残念ながら……守るべき主人を間違えましたね」画面が切り替わり、また別の見覚えのある姿が映った。不精ひげで、豪快な性格をしていた酒場の主人であるセルゲイだった!彼もまた、悲惨と言えるほどに拷問され、血の海に倒れて、生死の境を彷徨っているような状況だった。「そしてこちらは、あなたの逃亡した道における『友人』ですね」「お前……いったい何がしたいんだ!?」博人は歯を噛みしめ、電話を握り潰しそうなほど強く手に力を入れた!「別に何もしたくはありませんよ」ニックスの声は相変わらず、淡々としていて何も気にしない調子だった。「ただ一つ、教えたいことがあるんですよ――あなたを助けた者、あなたと関わった者、全員
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第648話

衛星電話の画面は、すでに暗くなっていた。しかし、ニックスの悪魔のような声と、ディミトリやセルゲイの無残な映像は、最も悪質な印のように博人の頭に深く刻まれ、全身の血を凍りつかせてしまった。「畜生め!」狐は壁を強く殴りつけ、硬い壁に浅い窪みができた。彼の目は赤く、あまりの怒りで声も震えていた。「あの狂った女!いったい何がしたいんだ!」「奴は俺たちの苦しんで、絶望する姿を見たがっているんだろう」鷹の表情も恐ろしいほど曇っていた。「奴はこれを楽しんでいる。これは典型的な反社会性パーソナリティ症のあるサディストなんだ!指定された場所には行けませんよ!」彼は博人を見つめ、低い声で言った。「博人さん、これは絶対罠何です!今のところ唯一の生き残る道は、すぐに撤退して、誰にも見つけられない場所に隠れることです。俺たちは生きている限り、まだ機会はあるはずです!」「隠れる?」博人はゆっくりと顔を上げた。声がかすれていたが、瞳には狂気じみた破滅的な炎が燃え上がっていた。「どこへ逃げるというんだ?世界の果てまで逃げて、奴がディミトリを、セルゲイを、俺たちを助けてくれたすべての人を、一人残らず最も残酷な方法で殺していくのをただ見ているって言うのか?そして、奴が刃を俺の家族、妻、そして子供に向けるのをただ待つって言うのか?」彼の声は、どんどんかすれて、重苦しくなってきた。「いいや」彼は首を横に振り、かつてのない決意をその瞳に浮かべて言った。「もう逃げない。この戦争は俺が引き起こしたものなら、俺の手で終わらせなければならないんだ。今度こそ、奴に思い知らせてやる。獲物だって狩人に噛みつくことができるんだ」……地下のセーフティハウスにて。博人はさっき起きたことをありのままに未央に話した。彼女が怖がって泣き出し、全てを賭けて危険を冒すのを止めてくるだろうと思っていた。しかし、未央の反応は予想に反してものすごく静かだった。彼女はただ静かに聞いていて、そして彼の手からあの黒い衛星電話を受け取ると、芸術品でも研究するかのように細かく観察した。「博人」彼女は突然口を開いた。その声は澄んでいていたって冷静だった。「気づいたの。そのニックスという女は、あなたが今まで出会ったすべての敵と、本質的に違うところが一つあるの」「何が違うんだ?」「彼女は…
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第649話

未央の言葉は稲妻のように、博人の心の中に渦巻く濃い霧を一瞬で切り裂いた。彼は悟った。ニックスは全てを掌握し、このゲームのプロデューサーだと自惚れているのだ。しかし、完璧な脚本であろうとも、役者によって書き換えられる可能性が十分あることを、彼女は知らないのだ。……これからの三日間、博人たちにとっては死神との競走のようなものだった。彼らはすでにばれてしまった島を放棄し、「守護者」チームが世界中に張ってあった秘密ルートを通じて、一番早いスピードで目的地へと向かっていった。「平和」と「中立」で名高いこの都市は、今や彼らにとって殺戮の気配が満ちている。この穏やかな湖と山の景色の下に、ニックスが既に厳重な網を張り巡らせていることを知っていたのだ。目立たないホテルの一室に、臨時の作戦司令室を設置した。蜂は眠らずに衛星電話を通じて逆探知を試みたが、相手は世界一ともいえるハッカーの腕を持っているようで、出された電波は多重に偽造されて、痕跡すら掴めなかった。一方、鷹と狐は豊富な経験を活かし、ここの都市構造、交通状況、そして「舞台」となり得る全ての場所を分析し、起こりうる状況を推測していた。もはや前のように受身で待つことは許されない。先回りしてニックスより前に、自分側の駒を配置しなければならないのだ。決戦前夜は近づいている。あの黒い衛星電話が再び鳴りだした。博人は電話に出た。「西嶋さん、あなたのために準備した最後の公演を楽しむ準備はもうできていますか」「場所は?」博人はいたって簡潔に答えた。「ふふ」ニックスは軽く笑った。彼の素早い反応を気に入ったようだ。「明日午前十時、グローバルミーティングセンターでね。その時、世界難民問題に関する国際会議が開催されます。『人類愛』と『平和』に満ちた場所で、『絶望』と『死』に関する劇を上演したいんです……非常に興味深いことでしょう。そうそう、私は親切ですから、先にお知らせしておきますね」ニックスの声が突然、毒蛇のように冷たくなった。「あなたの二人の友人には、最新開発の心拍感知式の爆弾を設置しましたよ。彼らの鼓動が止まるか、あるいは……あなたが時間通りに会場に現れなければ、彼らはすぐにパンッと鮮やかな花火になっちゃいます。忘れないでくださいね。あなたは一人で来ること。どんな細工も許
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第650話

「あの女、正気を失った!完全にイカれちまってる!」ホテルに設けられた臨時の作戦司令室で、蜂が取り出したグローバルミーティングセンターの衛星画像と内部構造図を見ながら、狐は信じられないような低い唸り声をあげた。「その会場は一番セキュリティの高い建物に匹敵する、世界で最も防御性の固い建物の一つだろう。明日は国際会議が開催されて、この国の軍隊や警察はもちろん、各国要人の護衛が鉄壁の警備網を巡らせるだろうね。武器を持ち込むどころか、蠅一匹も入り込む隙もないだろう!」「舞台をあそこに設定したのは、俺たちに一切の隙を与えないって打算だろう!」隊員の一人の声には無力感がにじんできた。全員は暫く沈黙してしまった。ニックスはこのような手を堂々と使ってきた。武力で突破することが絶対に不可能な場所に舞台を設定し、博人をスポットライトの下に置き、全ての主導権を彼女自身の手にしっかりと握らせるのだ。これは……絶体絶命の窮地だった。「いや、まだ機会はある」誰もが絶望に陥ったその時、博人はゆっくりと顔を上げた。彼の目には恐怖はなく、狂気とすら言えるほどの冷静な炎だけが燃えていた。彼は蜂の前に近づき、沈んだ声で言った。「秘密の回線を一つ繋いでくれ。国の防衛隊の……『ドラゴン』に通話したい」「ドラゴン!?」鷹と狐は呆然とした。ドラゴンは防衛隊では伝説的な存在で、かつて茂雄に従った古参の中で唯一防衛隊に参加し、今は最高階級に就いている人物だった。彼は「守護者」計画の最も強い支持者であり、最高シークレットレベルの連絡担当者でもある。どうしても必要じゃない場合は、博人はこの最後の切り札を使いたくはなかった。なぜなら、それを使うことは国の力をこの個人的な戦争に巻き込むということを意味するからだ。だが今、彼には他に選択肢がなかった。……通話はすぐに繋がった。電話の向こうから、老いていても威厳のある声が聞こえてきた。「博人、ついに俺に連絡をくれたね」「ドラゴンさん、すみません」博人は申し訳なさそうに言った。「事態を……収拾がつかなくしてしまいました」「全ては把握しているよ」ドラゴンの口調には非難の色など微塵もなく、ただ年長者としての心配と重みだけがあったのだ。「カラトの残党は、想像以上に手強いな。良いだろう、何か俺にしてほしいことが?」
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