まぶたの裏側に、柔らかな光が差し込んでいた。暖かかった。奇妙なことに、魔力の激流に巻き込まれた直後とは思えないほど、穏やかな感触だった。空気が軽い。息がしやすい。喉の渇きも、体の痛みも、いつの間にか消えていた。(……ここは)ゆっくりと目を開けると、そこは神殿の地下などではなかった。柔らかな草の匂いがしていた。遠くで水音がして、空はやけに高く、風が頬を撫でていった。夢のように静かな、どこでもない場所。そして――「……かあさま」振り返ると、そこにいた。小さな足、小さな手。白い服。短く切られた髪。年の頃は三つにも満たないだろう。顔立ちは幼く、けれど不思議なほど整っていて、目だけが妙に印象的だった。見つめられて、言葉を失った。「きたの? あそびにきたの?」声も小さいが、よく通る音だった。鈴のような響き。何かを思い出しそうになる。懐かしいような、胸の奥がじんわりと熱くなるような。リリウスは、立ったまま動けなかった。「……君は……」「あのね、とうさまに、かたぐるましてもらうの。たかいたかーいって、するの。たのしいよ?」無邪気に言って、ころころと笑う。それがあまりに自然すぎて、幻だと分かっているのに、心がぐらりと揺れた。「それからね、かあさまと、うたうたうの。ふたりで、いっしょに」「……歌?」「うん。かあさまのうた、すきなの。やさしいの。ほわほわするの」リリウスは、その場に膝をついた。幻だ。わかっている。サウルが呼び出した“幻影”。自分の記憶の中から引きずり出された、喪われた命の残像。だというのに。「……どうして、そんな顔で笑えるんだよ……」ぼそりと、呟いた。「君は……本当は、生まれてこられなかったんだ。苦しくて、悲しくて、寒くて……僕は、何もしてあげられなかったのに」涙が一筋、頬を伝った。幻影の幼子は、少し小首をかしげた。「でも、かあさま、いたよ?」「……え?」「ぽん、って、て、してくれたの。あったかかったの。ずっと、いっしょにいてくれた。……だいすき、だよ?」リリウスは、言葉を失った。ただ胸の奥に、苦しみと温もりが同時に押し寄せてきた。喪ったと思っていた。失くしたと信じていた。だが、今ここに“声”があった。“存在”があった。「僕は……囚われない」かすれるように、でもしっかりと、言葉を紡いだ
Last Updated : 2025-09-24 Read more