朝が静かにひらけていた。その日、空は高く澄みわたり、風はどこか遠くの山を越えてきたような匂いを連れて、屋敷の窓辺をそっと撫でていった。寝台の上、エリオンがかすかにまぶたを動かし、ひとつ、呼吸の仕方を変える。隣でその気配を感じ取ったリリウスは、胸元にかかる小さな手を包み込むようにして、微かに身を起こした。「……おはよう」まだ眠っていたのか、それとも目を覚ましきれないまま夢の続きを追いかけていたのか。小さな顔が、ゆっくりとこちらを向く。頬にかかった寝癖がやわらかく跳ねて、言葉ではない音が、喉の奥で転がるように漏れた。リリウスはその声を、何よりも贅沢な朝の始まりだと思いながら、片手でそっと抱き上げた。薄手の上着の間から、まだ少しひんやりとした肌がふれてくる。部屋の奥から、木の枝が落ちる小さな音がした。窓の外では、カイルが庭の手入れをしていた。剪定ばさみの音が、葉を払うたびに控えめに響いては消えてゆく。庭の端に咲いた花々が、まだ少し風に眠たげに揺れていた。エリオンを抱いたまま、リリウスは窓辺に歩み寄る。「君の父様はなんでも出来るねぇ……剪定なんていつ覚えたのかな?」家の中を風がすっと通り抜け、軽やかな気配だけが背後に残った。──それだけのことなのに、この場所はもう充分すぎるほど、満ちている。数年前には考えられなかったことだ、とふと思う。国の未来を守ることと、自分の未来を守ることが、こんなふうに重なる日が来るなんて。エリオンが胸元でくすりと笑ったような気がして、リリウスはその顔をのぞき込んだ。「何か、いい夢でも見た?」もちろん返事はない。ただ、ひときわ大きな瞬きが返ってきた。そのとき、控えめなノックの音が響いた。リリウスが「どうぞ」と返すと、セロが扉を開けて、丁寧に頭を下げた。「封印記録の最終報告が届いております。お手元へお運びしましょうか?」「……ありがとう。こちらで受け取るよ」受け取った封筒は、革表紙の簡素なものだった。中には古びた文書が三つ。アルヴァレス旧王家の血統書、王政下で使われていた符号付きの外交記録、そして──レオン・アルヴァレスの“最終記録”。あの日の再会から、誰にも何も告げなかったけれど。彼が何者かとしてではなく、ただ穏やかな一人の青年としてそこにいたことは、リリウスの中でずっと残っていた。あの日見
Terakhir Diperbarui : 2025-11-05 Baca selengkapnya