あれから、少しばかり季節が進んでいた。冬の朝の陽ざしは優しく、窓辺に差し込んだ光が床の上に薄く広がっていた。その中央で、リリウスは医師の言葉を静かに聞いていた。「体調に異常は見られません。むしろ非常に良好です。心拍も、魔力の流れも安定しています。ただ……」そこで医師は言葉を切り、ほんの少しだけ躊躇したように目を伏せた。「この脈の動き、そして腹部の魔力集束の仕方……前回と似ている、いえ、それ以上の……」その先の言葉を、リリウスは首を振って言葉を止めた。言わずとも、すでに理解していたからだ。“芽吹き”は、ただの感覚ではなかった。それは、確かに今、この身体の中で、“ひとつの命”がはじまろうとしている証だった。「……ありがとう。これからも、よろしくお願いします」それだけ告げて、リリウスは静かに立ち上がった。医師は深く頭を下げ、部屋を後にした。一人残った部屋の空気は、驚くほど静かだった。それは不安ではなく、むしろ、静かな肯定のようなもの。ゆっくりと胸に手を置く。まだ形にもならない気配。それでも、この世界に確かに存在を知らせてくれる、かすかな鼓動。(……おかえり)そんな言葉が、心の奥に浮かんでいた。その日の昼、リリウスが政庁の執務室に戻ると、マリアンが待っていた。手には細やかな刺繍糸の束をいくつか抱えていて、どれもやわらかな色ばかりだった。「おかえりなさいませ。……今日は、穏やかなお顔ですね」「うん。ちょっと、大事な話を聞いてきたところ。マリアンに報告しようと思ったけど……もう、その先を考えているね」そう答えると、マリアンはくすくすと微笑んだ。「お洋服を縫わないといけませんね。今度こそ、きっと間に合うように。赤ちゃん用には、白もいいけれど……今回は、淡い水の色が気になるんです。何故か、そんな気がして」「……水色、か。うん。……悪くないな」リリウスの瞳が、ふわりと緩んだ。「ありがとう、マリアン。……今度こそ、だね」※その夜、リリウスは久々に議会報告の草稿を読み込んでいた。カイルが遅れて戻ってきたとき、彼はまだ机に向かっていた。「働きすぎじゃないか?」そう声をかけたカイルに、リリウスは一枚の紙を手渡した。「“象徴としての立ち位置”、僕なりに整理してみた。まだ荒いけど、これをベースにして、子どもたちが育つ社会の整備を本格
Last Updated : 2025-10-24 Read more