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お嬢!トゥルーラブ♡スリップ のすべてのチャプター: チャプター 111 - チャプター 120

159 チャプター

【第2部】 第5話  はちゃめちゃな日々②

 そのとき、コホンっと咳払いが聞こえた。 視線を向けると、龍が恐ろしいほど冷静な顔で、ヘンリーを睨んでいる。「龍……もう昔みたいに、暴れないでね」 私は隣に座る龍に、そっと耳打ちした。  すると、彼は固い笑顔を作りながら私を見る。「当たり前じゃないですか……お嬢は、何を心配しているのですか?」 その言葉に合わせて、こめかみには青筋が浮いている。  その笑顔、ひきつってるし。 いや、怒ってるじゃん! ヘンリーは今の状況を理解しているのかいないのか、私に向かって無邪気に詰め寄ってきた。「僕、流華にもう一度会えて、すごく嬉しい。  もう二度と会えないのかと思ってたから……」 至近距離まで迫ってくるヘンリー。  そのまま、私の手をぎゅっと握りしめてきた。 突然の行動に、鼓動が跳ね上がる。「ヘンリー……」「僕、流華のこと、まだ――」 と言いかけた瞬間だった。 ドガァッ! すさまじい轟音とともに、龍の鉄拳がヘンリーに命中した。 ヘンリーは勢いよく吹っ飛び、上半身を壁にめり込ませた。「ヘンリー!」 私は慌てて、壁に刺さったヘンリーの元へ駆け寄る。  ピクピクと動いている彼の足をつかみ、勢いよく引っ張る。 何とか救出に成功し、振り返って龍に怒鳴った。「龍っ!」 しかし龍は、しれっと知らぬ顔でそっぽを向いている。  ……前にもあったな、こんなこと。デジャヴ。 ほんと、こういうところは子どもなんだから。  でも、なんだかその懐かしさに、少し笑ってしまう。 昔を思い出しながら微笑んでいると、今度はヘンリーが嬉しそうに覗き込んできた。「あ、流華、笑った。  やっぱり流華の笑顔はいいね。……可愛い」「なっ――!」 久しぶりに聞くヘンリーの甘い言葉に、思わず顔が熱くなる。
last update最終更新日 : 2025-09-01
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【第2部】 第6話 王子、相変わらず①

 ヘンリーという嵐が我が家に戻ってきて、騒々しかった昨日が嘘みたいに平穏な朝が訪れた。 私は、いつものように並べられた龍の手作り朝食に箸を伸ばす。  その瞬間――。「ピンポーン」 玄関のチャイムが鳴り響いた。 朝から誰だろう? 呑気にそんなことを考えつつ、ほんのり感じる胸騒ぎは……見て見ぬふり。 しばらくすると、廊下を歩く足音がこちらへと近づいてくる。  組の者が居間の前で立ち止まり、丁寧にお辞儀をしたのが視界の端に映る。「失礼します、お嬢。お客様です」 その声に、胸の奥で不穏なものが渦巻いていく。  ふと龍に目を向けると、彼もどこか複雑そうな顔をしていた。 たぶん、考えていることは同じ。「もしかして……」 私は箸を置き、急いで玄関に向かって歩き出した。  すぐ後ろには、龍の気配が続く。 きっと彼も何かを感じ取っているのだ。  いてもたってもいられないのだろう。  そして、玄関に立った私は――「あ、流華! おはよう〜っ!」 満面の笑みを浮かべながら、元気よく手を振る中村透真……じゃない!  ヘンリーと目が合った。 ……やっぱり。 予感が的中していたことに、私は深くため息をついた。  げんなりしつつも、彼の屈託ない笑顔を見たら、無下にもできない。「お、おはよう……ヘンリー。どうしたの? こんな朝から」「え? 流華と一緒に学校行きたくて、迎えに来たんだよ!」 無邪気にそう答えるヘンリー。  私はそれ以上何も言えず、ひきつった笑顔を返すだけだった。 見た目は中村透真、中身はヘンリー……。まだ慣れない。 中身と見た目がチグハグすぎて、私の思考はぐるぐるするばかり。  でも、二人とも似てるから、見慣れてくると違和感は薄れてくる……はず。 いや、やっぱり複雑。「そう……でも、今ごはん中だから。悪い
last update最終更新日 : 2025-09-02
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【第2部】 第6話 王子、相変わらず②

 私がぽーっと見惚れていると、外で立ち上がったヘンリーが、今度は不機嫌そうに叫んだ。「ふんっだ! 龍はずるいよ!  流華とずっと一緒にいられるんだから……。僕だって!  僕だって、ずーっと一緒にいられたなら。絶対、流華は僕のことを選んでた!」 自信満々なその言葉に、龍の眉がぴくりと動く。「ほお……えらく自信があるな」「だって、僕だって――」「だが残念だったな。お嬢は、私のことが好きだ。  おまえじゃない、私を愛している!」 ビシッとヘンリーを指さし、堂々と告げる龍。  その堂々たる態度に、私は目を丸くする。 龍って……こんなキャラだったっけ?「僕だって! 流華のこと、世界で一番、いや、宇宙で一番愛してるんだから!」 ヘンリーも負けじと大声を張り上げる。  龍は、まるで挑発を受けたようにキッと睨み返す。「違う! この世で一番、いや、それ以上にお嬢を愛しているのは俺だ!」「ちょ、ちょっと……」 私は両手を振り回しながら、慌てて二人の間に入る。  朝っぱらから人ん家の玄関で、なんてことを叫んでくれるのだ! オロオロと二人を見回していると――。「ほっほっほ〜。朝から元気がいいのぉ」「……おじいちゃん」 いつの間にか祖父がやって来ていて、のんびりと笑いながら私たちを見ていた。  その目は、楽しそうに細められている。「ほれ、おまえたち。早くご飯を食べないと遅刻するぞ」 そう言って、腕時計を差し出された私は、時間を見て飛び上がった。  あれからかなりの時間が経過している。「やばっ! 龍、早くご飯食べて、準備するよ!」「は、はい!」 私は急いでその場から駆け出す。  龍もすぐに後を追ってきた。 背後からは祖父の声が追いかけてきた。「これ! 廊下を走るでない!」 でも、そんなの聞いていられない。  とに
last update最終更新日 : 2025-09-03
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【第2部】 第7話 親友も、やっぱり相変わらず①

 時は過ぎ、昼休み。  ここは、学校の屋上。 空を見上げると、灰色の雲と白い雲が入り混じりながら漂っている。  その背後には、青い空が広がっていて、太陽がときどき顔を覗かせていた。 雲の切れ間から差し込む光が、ふっと辺りを明るく照らす瞬間。  私は目を細めた。 雨が降っていなくてよかった。 朝の天気予報では怪しいと言っていたけれど、どうやら外れたようだ。  私と貴子は、いつも屋上でお昼ご飯を食べる。  だけど、雨だった場合は、休憩室に避難することにしている。 休憩室は、生徒の憩いの場。  自動販売機や机と椅子がいくつかあって、それなりに快適だ。  狭いけど、意外と混み合わないのがポイント。 本当は、あそこで食事を取るのは推奨されていないんだけど……  教室より落ち着くし、先生たちも黙認してくれている。 でも今日は、屋上で大丈夫そう。  空に向かって、私はそっと微笑んだ。 そして今日は、私と貴子、そして……ヘンリーも一緒だった。  それは少し前の出来事。  私はお弁当を手に、貴子と教室を出ようとしていた。 そのとき、背後から間の抜けた可愛い声が聞こえてきた。「流華〜、待ってー。どこ行くの? 僕も行く!」 ――その声の主は、言うまでもなく。 振り返ると、ニコニコと無邪気に笑うヘンリーが私たちの後を追ってきていた。 なんだか、デジャブ…… 。  一年前、いつもこうやって、ヘンリーは私の後を懐いた子犬のように追いかけてきたものだ。  屋上に到着すると、ヘンリーはさっそくベンチへ駆け寄る。  そしてこちらに向かって、ブンブンと大きく手を振った。 本当に、子どもみたいなんだから。 あきれながらも、懐かしく……私は思わず目を細める。  やっぱり、こういうのも悪くない。  三人でベンチに腰
last update最終更新日 : 2025-09-04
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【第2部】 第7話 親友も、やっぱり相変わらず②

 ちょっとしょんぼりしながら、なんとなくヘンリーのお弁当を覗く。 え?  ヘンリーのお弁当も、龍が作ったものではないか! まさかの事実に、私は目を見開き、お弁当とヘンリーの顔を交互に見比べる。 あんなにいつも喧嘩してるのに……作ってあげたんだ。  っていうか、いつ渡してたの?  私の知らないうちに―― 二人の関係に、ちょっと衝撃を受けた。 ぽかんとしていると、今度は貴子が私のお弁当を覗き込んできた。「いいなあ、龍さんのお弁当〜! 私も一口っと!」 そう言うと、唐揚げをひょいっと摘み上げる。「あっ! 何すんのよ!」 私の怒りは空振り。  唐揚げは貴子の口の中へ消えた。「おいひぃ〜。これ、冷凍のじゃないよね?  龍さん、朝から作ってんの?  超手間暇かけてさあ……愛だねえ」 貴子は、幸せそうに目を細めながら、ぶつぶつとつぶやいている。  私はふくれっ面で彼女を睨んだ。 ……龍の唐揚げ、好物なのに!「はい、僕のあげるよ」 ヘンリーが、そっと自分のお弁当から唐揚げを取り出し、私のお弁当の中に入れてくれる。「え、いいよ! ヘンリーが食べなよ」 慌てて返そうとすると、ヘンリーはにっこりと最上級の微笑みを向けてきた。「ううん、いいんだ。  僕の幸せは、流華の喜ぶ顔を見ることだから。  それだけで、もうお腹いっぱいだよ」 その笑顔に、思わずキュンとした。  唐揚げとヘンリーの顔を交互に見つめ、ため息をつく。「……ヘンリー、ありがとう」 胸の奥がじんわりと熱くなる。  久しぶりに感じる、彼の優しさとぬくもりに、目頭が熱くなってしまう。 こういうのも、懐かしい……。  やっぱり、ヘンリーは優しいね。 私が微笑むと、ヘンリーも嬉しそうに頷いてくれる。「う……ここにも愛がっ!」 貴子が胸を
last update最終更新日 : 2025-09-05
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【第2部】 第8話 祖父もやっぱり相変わらずだった①

 ヘンリーが戻ってきてからというもの、なんだかんだで私は皆と楽しい日々を送っていた。 しかし、その平穏を打ち破る出来事が起ころうとは――夢にも思っていなかった。  再会から一か月ほどが過ぎようとしていた、ある日のこと。 祖父がまた、とんでもないことを言い始めた。「流華よ、お見合いじゃ」「は?」 今日は休日。  ここ一か月、ドタバタな日々に少し疲れを感じていた私は、今日はのんびり過ごすと決め、居間でテレビを見ながらくつろいでいた。 ……今のは、空耳か?「おじいちゃん……今、なんて?」 一応確認するつもりで聞き返す。  だけど。「お、み、あ、い、じゃ」 祖父はそう言って、可愛らしくウインクしてみせた。「えーーーっ!! ど、どういうこと!?」 思わず叫んでいた。  突然すぎる衝撃に、頭がついていかない。 そんな話、今まで一度だって聞いたことがない!「お嬢! 何事ですか!?」 私の叫びを聞きつけ、龍がどこからともなく現れる。  驚いた表情で、私と祖父を交互に見つめていた。 祖父は、そんな私たちを見やりながら静かに言った。「まあ……座りなさい」 その声音は、妙に落ち着いていて、けれど不穏な空気をはらんでいた。 警戒しつつ、祖父の指し示す場所に腰を下ろす。  すぐ隣には龍も並んで座った。 彼もまた、顔をしかめ、複雑な表情をしている。 いったい、おじいちゃんは何を考えているの?  なんだか……嫌な予感がする。  祖父は、私たちの向かいで胡坐をかいて座り、腕を組むとしばし目を閉じた。  そして、ふうっとひと息ついたあと、口を開く。「わしの古い友人がいてな。まあ、親友ってやつじゃ。  そいつの孫が、ちょうど流華と同じくらいの年でな。流華の話をしたら、えらく気に入ってしまって――
last update最終更新日 : 2025-09-06
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【第2部】 第8話 祖父もやっぱり相変わらずだった②

 私がひとりで浮かれていると、祖父が困ったような顔で龍を見つめ、そしてふうっとため息をついた。「龍、すまんな……。  だが、その友人は、わしにとって大切な親友なんじゃ。無下にもできん。  ――流華よ、一度会うだけでも会ってみてはくれんか?  もし嫌なら断ればいい。……頼む」 祖父は、懇願するような目を向け、軽く頭を下げてくる。「この通りじゃ」「おやめください!」「そうだよ、おじいちゃん、やめて!」 龍があわてて祖父の頭を上げようとする。  私も、思わず声を張り上げていた。 だけど、おじいちゃんがここまで頭を下げるなんて……。 胸が痛い。 おじいちゃんには、本当に感謝している。  両親が亡くなってからというもの、男手ひとつで私を育ててくれた。  誰よりも大切にしてくれて、たくさんの愛情をかけてくれた。 私はおじいちゃんに、頭が上がらない。  いつか、恩返しをしたいと思ってた。 それが、今なのかもしれない。 龍には申し訳ない気持ちでいっぱいだけど……。  祖父への想いが溢れてきてしまう。 そして、つい言ってしまった。「おじいちゃん……わかった。一回会うだけだよ」「お嬢!」 龍の悲痛な叫びに、胸がズキンと跳ねる。 うう……ごめんね、龍。 でも、もう言ってしまった。  祖父を喜ばせたいという気持ちも、本当だった。 私は龍の顔を見ることができなくて、祖父に向かって神妙に頷いた。 その瞬間、祖父の表情が一変する。  さっきまで曇っていた顔に、ぱあっと明るい光が差し込む。「本当か?」「……うん」 隣で、龍が小さく息を呑むのがわかった。 ごめん……今回だけだから。  おじいちゃんのため、だから。 やっとの思いで龍の方へ視線を向けると、  そこには、放心したように前を
last update最終更新日 : 2025-09-06
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【第2部】 第9話 横暴だ!ちゃめっけ祖父①

 先ほどから何も言葉を発しようとしない龍のことが気になり、私はそっと視線を動かした。  すると、悲しげに揺れる瞳とぶつかる。 龍は切なげな表情で私を見つめていた。「お嬢……」 その声は、いつになく沈んでいて、力がない。 私は改めて龍に向き直り、彼の手をぎゅっと握りしめた。  そして、動揺を隠し切れずにいるその瞳を、まっすぐに見据える。「龍、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい……。  でも、会うだけだから。ちゃんとお断りするから。  おじいちゃんの願いを、叶えてあげたいの……お願い」 そう言って、握った手に力を込めた。  それに反応するように、龍の瞳が細かく揺れる。 龍は、私の祖父への想いを理解してくれている。 きっと彼もまた、祖父の願いを叶えてあげたいという気持ちは同じなのだ。 けれど――  龍の瞳は激しく揺らめき続けている。  彼の心の中で、いくつもの想いがせめぎ合っているのがわかった。「龍……私はあなたが好き。愛してる。  だから大丈夫。私を信じて」 ありったけの想いを込めて、私はもう一度、龍を見つめた。「……流華、さん」 龍が、久しぶりに名を呼んでくれる。 心臓が大きく跳ね、全身がふわっとあたたかくなる。  彼に名前を呼ばれると、どうしてこんなに嬉しいんだろう。 愛おしくて、胸がいっぱいになった。 しばし見つめ合ううちに、龍の硬かった表情がふっと緩んでいくのがわかった。「……わかりました。俺は、流華さんを信じています。  だから、大丈夫」 想いを隠すように、彼は静かに微笑んだ。  でも、隠しきれないもどかしさが、笑顔の奥ににじんでいる。「龍……ありがとうっ」 自分の気持ちを抑え、私の想いを尊重してくれた彼が愛おしくて。  体が勝手に動いていた。 そっと踵を上げ、龍へと近づく。
last update最終更新日 : 2025-09-07
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【第2部】 第9話 横暴だ!ちゃめっけ祖父②

「え!? 明日!?」「どういうことですか!?」 あまりにも突然のことに、私たちは同時に声を上げた。 さっきまでのしおらしさはどこへやら。  急に態度が変わった祖父に、驚きと戸惑いが押し寄せる。「ってことは……お見合いの話、もう決まってたってこと!?」 さっきの許しを請う姿は演技だったの?  からかって、面白がってた? 私は目を吊り上げ、鼻息荒く祖父に詰め寄った。「おじいちゃん。どういうことかな? 説明してくれる?」 怒り心頭の私を前に、祖父はそっぽを向いて、肩をすくめた。「ほっほ……もう決まっていたんじゃ。  おまえたちなら、絶対にわしの言うことを聞き入れてくれると思ったから、先にOKしちゃった」 茶目っ気たっぷりに微笑む祖父。  その瞬間、私の中で、プチッと何かが切れた。「どういうことよっ!!  勝手に決めるなんて酷いじゃない!  さっきの感動、返せーーー!!」 怒りに任せて祖父に飛びかかろうとする。  と、背後から龍が優しく私を羽交い締めにし、制止してきた。「お嬢、落ち着いてっ」「龍は腹が立たないの!?  私たちの意見も聞かず、勝手に決めてたんだよ?」 私が振り返ると、龍は一瞬だけ困った表情を浮かべ、苦笑いする。「それは……もちろん腹は立ちます。  でも、親父ならしそうだなって……。もう、慣れましたから」 どこか、あきらめようなその顔と声。 祖父の性格を誰よりもよく知る龍は、怒る気力すら失せたらしい。 でも、私は違う!  祖父の茶目っ気も、自由奔放さもわかってる。  そこがいいところだと思うときもある。 ……だけど、これは別! 人の人生を、弄ぶなんて——絶対に許せない!「おじいちゃんっ!」 威勢よく叫ぶと、祖父はおおげさにビクッと体を震わせ、怯えた振りをしてみせる。
last update最終更新日 : 2025-09-08
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【第2部】 第10話 流華の着物姿①

 そして、お見合い当日。 私は、この日のために祖父が用意してくれた着物に袖を通す。  鏡に映る艶やかな姿を眺めながら、ふっと息を吐いた。 いかにも「極道の孫娘」って感じの黒い着物はやめてって言っておいてよかった。  あんなの着せられてたら、間違いなく泣いてた。 でも、この着物は――悪くない。むしろ……素敵だ。 聞けば、これはレンタルらしいけど、質の高い代物だとわかる。 生地はとても滑らかで、肌に優しくなじむ。  華やかさの中にも品があり、女性らしさを引き立てる。  鮮やかな色合いなのに、しっとりと落ち着いた雰囲気を漂わせていた。 青く晴れ渡る空を思わせる水色の生地に、蝶と花の模様が繊細に散りばめられている。 思わず見とれながら、心の中でつぶやく。 ……おじいちゃん、なかなかセンスいいじゃん。  上品なイメージで、私の好みにピッタリ。 少し驚きつつ、満足そうに微笑んだ。「はい、できましたよ」 着付けを終えた先生が、ふんわりとした笑顔で私に声をかけた。  懐かしいその声に、振り返る。 この先生は、昔、着付けを教えてくれた人だ。 祖父の要望で習い始めたものの、私にはあまりにも不向きで、すぐに挫折したっけ。 久しぶりに会った先生は、相変わらず丸くて柔らかな雰囲気のまま。  ふくよかで、笑うと目尻に優しいしわが寄るその顔は、変わっていない。「まあ、素敵だこと。よくお似合いですよ」 ほれぼれとした目で言われ、私はもう一度、鏡の中の自分に目をやる。 ――確かに素敵だ。  艶やかな着物に包まれた自分は、まるで別人みたい。 アップにまとめた髪に飾られた蝶と花の髪飾りも、着物によく合っている。 頭を動かすと、それがキラリと美しい輝きを放つ。 うーん……でも、やっぱり慣れないなあ。  なんだか私じゃないみたい。 そんなことを思いながら、そっと髪飾りに手を添える。
last update最終更新日 : 2025-09-09
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