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お嬢!トゥルーラブ♡スリップ のすべてのチャプター: チャプター 141 - チャプター 150

159 チャプター

【第2部】 第20話 親友という存在②

 私が冷静さを取り戻したころ、貴子はしれっと事情を根掘り葉掘り聞いてきた。 このパターン、お約束だよね。  ま、今さら貴子に隠したって仕方ない。 私はこれまでの経緯を話すことにした。 あれからずっと龍とは気まずいまま。  そして……それにつけ込まれ――ていうのはヘンリーに悪いけど。  ヘンリーが暴走してしまったこと。 貴子は例のデートのことは知っているから、相川さんの説明は省略した。  どうせ、龍から聞いているだろう。「ふーん、なるほどねえ。  あんたもいろいろ大変だよねえ。ほんと、面白いわ」 辛い気持ちを吐き出すと、貴子はいつもの調子でニコニコと微笑みながら、私の頭を撫でてきた。  そんな彼女をあきれた目で見つめる。 ……貴子って、おじいちゃんに似てる気がする。 何事も楽しんでるっていうか、悩みさえ笑い飛ばす、みたいな。「他人事だと思ってるでしょ?」 じとーっとした目で貴子を見ると、彼女は心外そうに眉を寄せる。「何言ってんの? 流華のこと、心配してるわよ。だから今もこうして助けに来たでしょ?  ヘンリーが流華を連れて行くのを見かけたから、あとをつけて来たのよ。  私が来なきゃ、まーたややこしいことになってたんだから!」 貴子に言われ、私ははっとし、落ち込んだ。 そう、また油断していた。  もし貴子が現れなかったら、ヘンリーにキスされていたかもしれない。 ……そんなことになったら、きっと、龍をもっと傷つけてた。 本当に……私、何やってるんだろう。 ずーんと下を向き、がっくりと肩を落とす。「もう、しっかりしてよね!」 貴子が少し怒ったように言う。「私だって、龍さんのことをあきらめたのは相手が流華だったからなんだよ!  二人はお似合いだと思ってたし、何より龍さんの想いはわかりきってたしね。  あの人は流華じゃなきゃダメなの。生きていけないの!  そ
last update最終更新日 : 2025-09-23
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【第2部】 第21話 離れゆく心①

 放課後、私はいつものようにヘンリーと貴子と三人で教室を出た。 下駄箱で靴を履き替え、校舎から校門へと向かう途中、ふと足が止まる。  遠くに、見知った顔が見えたのだ。 私は目を凝らし、その人物をじっと見つめる。 門のところに立っていたのは――「え……なんで」 私が固まっているのに気づき、隣のヘンリーと貴子も同じ方向を見た。  そして、二人とも息を呑む。「あ! あの人」「あいつぅ!」 貴子は忙しなく首を振りながら、私とその人物を交互に凝視し、  隣では、ヘンリーが鬼のような形相で相手を睨みつけていた。 そう、そこにいたのは……相川真司。 相川さんは、校門のところで女生徒たちに囲まれているようだった。 もしかして、逆ナンでもされているのかな。  あきれながらも、どこか納得する自分がいる。 そりゃあ、女子が好きそうな見た目してるもん。  それに……話術も巧みだしね。 私たちの視線に気づいた彼が、にこやかに微笑みながら手を振ってきた。 周りの女子たちに何か声をかけると、そのまま私の方へ歩いてくる。  残された女子たちの視線が、刺すように私に集まった。 し、視線が痛いんですけど……。「やあ、待っていましたよ」 相変わらずの爽やかな笑顔。  そのまま私の前に立つと、優雅に声をかけてくる。 微笑み返すことができずに視線を逸らしてしまった。「なんで、こんなところまで……」 そっけない態度をとってみたが、  相川さんはそんなことなど気にしないとでもいうように、笑顔を崩さない。「うーん。どうも僕は、あなたに嫌われているのかなあ、と思いまして」「……」 嫌い、というより……苦手。「だから、できればもう少し僕のことを知ってもらいたくて。努力しようかと」 そう言うと、さらりとした口調で続ける。「これ
last update最終更新日 : 2025-09-24
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【第2部】 第21話 離れゆく心②

 そのとき、不意に聞き慣れた声がした。「お嬢……」 驚いて、声の方へ視線を向ける。「龍、どうして?」 門のそばに、呆然と立ち尽くす龍がいた。  こちらを、ただじっと見つめている。 龍が学校に姿を見せるなんて、今まで一度もなかったのに。  私が嫌がるだろうからと、いつも生徒の目に触れないよう細心の注意を払ってくれていた。 それなのに……なぜ? 龍の表情には、焦りと不安が滲んでいた。  門をくぐったすぐのところで立ち尽くしたまま、揺れる視線をこちらに向ける。「おや、これはこれは」 相川さんの口元がわずかに歪む。「龍、お邪魔しています。私のことを見つけ、焦ってしまったのかな?」 その声は穏やかだけど、どこか刺がある。 相川さんの雰囲気が、一瞬で変わったのがわかった。  笑顔は崩していないのに、鋭い気配を放っている。「今日は、流華さんを少しだけお借りしても?」 余裕たっぷりな相川さんと、苦虫を嚙み潰したような顔をしている龍。 対照的な二人の空気が、私の心をざわつかせる。「それは……お嬢が決めることだっ」 苦しげな表情のまま、龍が必死に言葉を吐き出す。 私を見つめるその瞳は、何かを必死に訴えかけていた。 胸が締めつけられ、せつなさが込み上げてくる。  鼓動がうるさく鳴っていた。 ああ……やっぱり、私――「流華さん、じゃあ行きましょうか」 龍に集中していた私の手を、相川さんがそっと取った。 そのまま、自然な動きで引っ張っていく。「え、ちょ、ちょっと!」 突然のことに目を白黒させながら、慌てて抵抗しようとする。  けれど、その瞬間――耳元で相川さんが静かに囁いた。「今、龍さんと向き合うのは気まずいでしょう?  とりあえず、私についてきてください」 痛いところを突かれ、心が大きく揺れ
last update最終更新日 : 2025-09-24
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【第2部】 第22話 コーヒーとケーキと……①

 で、私は今、相川さんと喫茶店に来ている。 目の前では、ニコニコと微笑む相川さんが、頬杖をつきながら私のことをじーっと見つめていた。 なんだか……いつもこの笑顔に騙されているような気がしてならない。  何を考えているのか、さっぱり読めないんだよね。 さっきの強引な行動も、結局うやむやにされて何も言えなかった。 私は彼から視線を逸らし、心の中で大きなため息をつく。  龍たちを撒いた相川さんは、自分の行きつけだという喫茶店へ私を連れてきた。 ハイカラな流行りの店とかじゃなくて、シックで落ち着いた雰囲気のお店。 大人な雰囲気が、相川さんにすごく似合っている。  ……イメージ通り、かな。 内装は木を基調にした造りで、床も壁も天井も、あたたかみを感じさせる木材ばかり。  机や椅子も、どこか手作り感があって、優しい空間が広がっている。  クラシック音楽が静かに流れていて、ほんの少しの会話でも聞こえそうな静けさだ。 席数も少なく、落ち着いてゆっくり話ができる場所――まさにそんな感じ。 さっき挨拶を交わしたマスターも、素敵なおじ様って感じでとても好感が持てた。 ほんのり白髪交じりの髪はきれいに整えられ、丸顔にちょび髭がよく似合っている。  ニコニコとした笑顔が印象的で、歳は六十代くらいかな。  とても優しそうな雰囲気が滲み出ていた。「どうかな? この店、落ち着くでしょ?」 店内を見渡していた私に、相川さんがふっと微笑みながら尋ねる。「は、はい。すごく素敵なお店です」 素直な感想を伝えると、相川さんはまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。  その表情から、このお店のことを本当に大切に思っているのが伝わってくる。 そこへ、いつの間にかマスターが近づいてきて、優しい笑顔を向けてきた。「いらっしゃいませ、お嬢さん。  真司くん、今日は素敵なレディをお連れだね。珍しいな」 マスターは、私と相川さんを交互に見比べ
last update最終更新日 : 2025-09-25
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【第2部】 第22話 コーヒーとケーキと……②

 しばらくすると、マスターがコーヒーとケーキを運んできた。  湯気が立ち昇るコーヒーからは、ふんわりと香ばしい香りが漂ってくる。 テーブルの上にカップとお皿を並べ終えたマスターは、「ごゆっくり」と優しく微笑んで、カウンターへ戻っていった。  その背中を見送りながら、思う。 ……なんだか、深ーい誤解をされているような気がする。  でも今は、それには目を瞑っておこう。 目の前に並べられたコーヒーとケーキを見つめる。 ほんとに、いいのかな……。 少し躊躇いが生まれたが、結局、食欲という欲望に負けてしまった私は「いただきます」と小さくつぶやいた。 そしてコーヒーを一口、ゆっくりと口に運ぶ。 ほどよい酸味とコクが絶妙で、口の中に深みのある苦みと香ばしさが広がる。  さらっとしていて飲みやすいのに、味はしっかりしていて――喉越しも最高。  香りも、自分好み。 これは……すごい。「っ美味しい!」 思わず声が出た。  私の手にあるコーヒーカップを、じっと見つめる。 これ、今まで飲んだコーヒーの中で一番かも……! そんな私を見て、相川さんがくすっと小さく笑った。「はは、でしょ? マスターの入れるコーヒーは最高なんだよ」 どこか誇らしげに微笑んで、彼もコーヒーを一口飲む。  そして今度は、ケーキの方を指差してきた。「ささ、ケーキも食べて」 促されて視線を向けた先には、シンプルなイチゴのショートケーキ。  綺麗な花の模様があしらわれたお皿に乗っていて、そのせいもあってか、ケーキがより一層美味しそうに見える。 ごくり、と唾を飲み込む。 実は、イチゴのショートケーキ、大好きなんだよね。 目を輝かせながら、私は手を合わせた。「いただきますっ!」 コーヒーのこともあり、ケーキへの期待値は私の中で爆上がり。  ドキドキしながらフォークを手に取り、一口分をそっとすくって頬張る
last update最終更新日 : 2025-09-25
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【第2部】 第22話 コーヒーとケーキと……③

 突然の言葉に、フォークを持つ手が止まる。 その瞬間を逃さず、相川さんは私の手ごとフォークを引き寄せた。「ちょ、ちょっと!?」 フォークの先にある、たった今すくったばかりのケーキ。  それが、相川さんの口元へと運ばれる。 そして、そのまま――ぱくり、と。「……うん。美味しいね。いろいろと」 ニヤリと、含みのある笑みを浮かべる相川さん。 私は完全にフリーズした。 いま、何が起こった? え、こ、これって。 脳が再起動したのは、ほんの数秒後だった。「えーーーっ!!」 私は絶叫とともに立ち上がった。  勢い余って、座っていた椅子がガタンと大きな音を立てて倒れる。 店内の視線が一斉に集まる。 マスターまで心配そうにこちらを覗いているのが見えて、私は真っ赤になりながら椅子を直した。「ご、ごめんなさい……!」 慌てて席に座り直すと、相川さんは少し困ったように笑った。「いや、こちらこそ驚かせてしまって……ごめん。  まさか、そんなにびっくりするとは思わなかった」 彼は頬をぽりぽりと掻いている。  でも、悪びれた様子はない。「ちょっとした悪戯心だったんだ。ほんと、ごめんね」 さらっと謝る相川さんに、私は驚愕する。 悪戯って、私には龍がいるのに……! この人って、性悪。 私は頬を膨らませ、相川さんを睨みつける。  なのに彼は、平然とこちらを見返してくる。 ――ほんとにこの人、タフだ。「いやぁ、やっぱり君って面白いよね」 クスクスと笑う相川さんを見ていると、だんだん腹が立ってきた。 絶対、面白がってるだけだ!  好きとか言ってるけど、ただ私の反応を楽しんでるだけなんじゃないの!?「相川さんって優しそうに見えて、実は結構意地悪なんですね。  なんだか、だんだん本性がわかってき
last update最終更新日 : 2025-09-26
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【第2部】 第23話 本気の告白①

 立ち上がりかけた私は、もう一度椅子に座り直し、相川さんと向き合った。  その様子に、彼はどこか嬉しそうに目を細める。「……ありがとう。僕の気持ちを、君に聞いてもらいたい」 そう言った相川さんの顔は、今まで見たことのないものだった。 いつもの余裕や軽やかさが消え、どこか不器用で、  恋する少年のような眼差しをしている。 私は驚き、思わず凝視してしまう。 相川さんは静かに、大きく深呼吸をする。  その仕草に、なんだか私まで緊張してきた。 店内には、落ち着いたピアノのメロディーが静かに流れている。 その音に包まれるように、彼はゆっくりと語り始めた。「なんだろう……どう言えば、ちゃんと伝わるのかな。  僕って、そんなにいい加減に見える?」 淡々と、けれど少し苦笑いを浮かべながら話す相川さん。  私は何も言わずに、ただ耳を傾ける。「まあ、否定はしないよ。  昔から適当に生きてきたし、途中で反抗した時期はあっても――結局、楽な方に流されてた。  所詮、人生なんてこんなもんだって、どこか冷めてたんだよね。  努力すればだいたいのことはうまくいったし、欲しいものは何でも手に入った。  唯一、手に入らなかったものといえば……普通の暮らし、かな?」 ふっと視線を遠くにやる。「君もそうだろ?  暮らしに不自由はないし、仕事も、まあ今は楽しくやらせてもらってる。  自分で言うのもなんだけど、結構モテるから、女性にも困らない。  だから……今回も、適当に遊ぼうって思ってたんだ。  君に会うまでは」 その瞬間、彼の視線がまっすぐに私を捉えた。 鼓動が一瞬止まり、息を呑む。  今までのものとは違う、強くて、まっすぐで。 ……本気なんだと思った。「女性なんて、適当に優しくあしらっておけば喜ぶし、すぐに惚れてくれる。  恋愛なんて、人生を楽しくするための……ただのお遊び。  はは、ひ
last update最終更新日 : 2025-09-27
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【第2部】 第23話 本気の告白②

 相川さんは、初めて心を開いてくれている。  そう感じた。「初めて思った。君には、嫌われたくないって。  離れて行かれたら困る――本気でそう思った。  君といると楽しくて。気づけば、心から笑ってる。  知らないうちに、ありのままの自分が出てしまう。  それが、すごく心地よかった。  ……だから、ずっと一緒にいたいって思ったんだ」 相川さんが向けてくれるその目を、私はよく知っている。  龍やヘンリーが私に向けてくれるものに、どこか似ていた。 真っ直ぐで切ない眼差しに、胸が締めつけられる。「……僕は本気だよ。  簡単に君をあきらめることなんて、できない。  人生で初めて、僕が本気で惹かれた女性なんだ。  たとえ、相手が龍だとしても」 その名前を口にした瞬間、相川さんの目が一瞬、鋭く光った。 この二人の関係、一体何なんだろう。  ちょっと、気になる。 でも今は、そのことを問いただす余裕はなかった。 とにかく、これはまずい。  一刻も早く断って、あきらめてもらわないと。 この人に本気を出されると、すっごくやかないな気がする。「あの、相川さん……お気持ちはすごく嬉しいです。でも……」 ようやく絞り出した言葉を、相川さんは手で制した。  そして、静かに言う。「待って。わかってるよ。  君の気持ちが、今どこにあるのかくらい……ちゃんとわかってる。  でも、少しだけでいい。僕のことも、考えてくれないかな?」 その切ない声と眼差しに、私は口をつぐんでしまう。  喉の奥が詰まって、言葉が出てこない。 相川さんの意外な本心を聞いた私は、激しく動揺していた。 だって――すごく心が動かされる告白だったから。 ああ、ダメだ。私は何を……。 こんなふうに黙り込んでたら、余計にこじれる。  早く言わなくちゃ。 龍だって、相川さんだって、傷つけ
last update最終更新日 : 2025-09-27
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【第2部】 第24話 深まる二人の溝①

 その日の夜、私は自室のベッドで横になりながら、頭を悩ませていた。「はあ〜」 大きなため息が、自然と口からこぼれ落ちる。 相川さんのこと、どうしよう。早く断らなきゃ……。 そんなことを考えていたときだった。  コンコン、と扉をノックする音が静かに鳴った。 ドキッと心臓が跳ねる。 ま、まさか……龍!?「は、はいっ」 慌てて返事をすると、ゆっくりと扉が開かれる。 そこに立っていたのは―― やっぱり龍だった。 でも、その表情も雰囲気も、なんだかいつもと違う。  顔は伏せられ、視線も床に向かっている。 私はそっとベッドから降りて、龍の前に立つ。  彼の顔を見ようとするけれど、なぜか自分の視線も、すぐに逸れてしまう。「ど、どうしたの?」 なんとか声をかけると、龍はゆっくりと顔を上げた。  でも、その目は、普段の彼とは違って見えた。「お嬢……今日は、楽しかったですか?」「え?」「相川ですよ。素直に、ついて行ったじゃないですか?」 なんだか棘のあるその言い方に、私はムッとなって言い返す。「べ、別に。素直にってわけじゃないし。嫌だったわよ!」「……そうですかね」 龍は顔を背けたまま、不機嫌そうに沈黙を続ける。 嫌な感じ……。 私はじっと龍を睨みつけた。「お嬢……本当は、あいつのこと気に入ってるんじゃないですか?」 龍のその言葉に、一気に頭に血が上った。 彼の声も態度も、どこか鋭くて、いつもの優しさが見えない。「そんなわけないでしょ!  龍、そんなふうに思ってたの?」 一瞬だけ、龍の目元がかすかに動いた。 それから、ようやく彼の瞳がこちらへ向けられる。  でもその瞳は、いつもの龍とは違っていて―― 冷たく、鋭く、私の胸を刺してくる。 あんなに
last update最終更新日 : 2025-09-28
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【第2部】 第24話 深まる二人の溝②

「う……ううっ」 本格的に泣き出した瞬間。  龍の動きが、ぴたりと止まる。「っ……俺は……何を」 絞り出すように呟いて、龍は私から離れた。 そして、しばらく私を見下ろしていたかと思うと、すぐに背を向けて立ち去ろうとする。「……っ」 呼び止めたかったけど、声が出なかった。 龍は一度も振り返らないまま、部屋を出て行ってしまう。 私はその場に崩れ落ち、泣いた。  驚きと恐怖と悲しみで、胸が張り裂けそうだった。 なんで、こんなことになっちゃったんだろう。 苦しいよ……龍。  その夜、私は一睡もできなかった。 頭の中は、龍のことでいっぱいだった――   次の朝、私は学校を休んでしまった。 いつもなら、私が起きてこないと、慌てて駆けつけてくるはずの龍。  けれど今日は姿を見せない。 祖父も、何か事情を察しているのだろうか。  何も言わず、静かだった。 ふらふらとした足取りで階段を降り、廊下を歩いていると…… ちょうど祖父と鉢合わせた。「流華!  大丈夫か?」 珍しく焦った様子の祖父が、私の元へ駆け寄ってくる。  その顔は、いつもの呑気さとはまるで違って、真剣そのものだった。「おまえ、その顔……どうした?」「え……?」 祖父の言葉で、気づく。 泣きすぎて、きっとひどい顔をしているんだ。  祖父の表情を見ればわかる。「おじいちゃん……」 それだけ言うと、また涙が込み上げてくる。 祖父はそっと私を抱きしめ、静かに背中をさすってくれた。「よしよし。……とりあえず温かいものでも飲んで、ゆっくりしなさい」 祖父は優しく声をかけると、私を支えて居間まで連れて行ってくれた。  テーブルの上に、湯気の立つ湯飲みが置かれる
last update最終更新日 : 2025-09-29
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