All Chapters of お嬢!トゥルーラブ♡スリップ: Chapter 31 - Chapter 40

69 Chapters

【第1部】 第19話 初お出かけ①

 その日、疲れた私は早々に眠りについた。  すると、また夢を見た。 またあの映像?  誰かと一緒に走っている。  必死に走っているせいで、二人ともかなり息が上がっていた。 手を繋ぎながら森の中を駆けていく。  後ろを振り返ると、どうやら追手が迫ってきているようだった。  私と一緒に走るのは、いつもの金髪の男性。 森を抜けるとそこは崖の上。  目の前には、闇に溶け込んだような黒い海がどこまでも広がっている。 ザァッと風が吹き抜けた。 私は隣の男性にしがみつく。男性も私をきつく抱きしめ返した。 頬を涙が伝っていく。  男性は私の涙を拭うと優しく微笑んだ。  そしてそっと私に口づける。  映像は靄がかかったように、だんだんと薄れていく。 これは何? 夢?  夢にしては、この前から同じ人物ばかり見ている気がする。  それに、なんだか懐かく感じるのはなぜ? だんだんと意識が薄れていき、私はいつの間にか深い眠りについていた。   今日は学校が休み、そう休日。  いつもなら家でゴロゴロするか、貴子と遊びに出掛けるのだが、今日は違う。 ヘンリーとアルバートがいつまでこちらの世界にいるかわからないけれど、長期戦になることも考え、こちらの世界のことを少し教えておいた方がいいだろう。  その方が私も心配しないでいいし、楽だしね。 そう考えた私は早速ヘンリーとアルバートを誘って出掛けようとした。  すると案の定、龍が「自分も行きます」と名乗りを上げてきた。 龍はヘンリーとアルバートのどちらのことも気に食わないらしく、睨みつけている。  いい加減、一緒に暮らしているのだから、仲良くしてほしいものだ。 まずどこへ行こうかなと考えていると、ヘンリーが楽しそうに発言する。「はい! 僕、お腹空いたから何か美味しいもの食べたいな。
last updateLast Updated : 2025-07-04
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【第1部】 第19話 初お出かけ②

 私はハンバーグを口に運ぶ。  うん、なかなか美味しい。 ふと視線をヘンリーに移す。 さすが王子、食べる所作がとても美しい。  ナイフとフォークの扱い方が洗練されていて、動作一つ一つがマナーに乗っ取った貴族らしさを垣間見せている。 知らぬ間に見惚れていた私は、龍の咳払いによって覚醒する。  視線に気づいたヘンリーが嬉しそうな笑みを私に向けていた。 なんだか気まずい私は、視線を逸らし、食べることに集中した。  食べ終わった私たちは店を出る。  すると、ヘンリーが急にソワソワと辺りを見回しながら私に尋ねてきた。「ねえ、ねえ、なんでみんなあの小さい札に夢中なの?」 スマホのことを言っているらしい。  確かに世の中の人はあれに夢中だ。「あれはスマホ、もといスマートフォンと言って、あれがあれば情報は何でも手に入るし、買い物もできるし、遊ぶこともできる。何でもできる便利な道具だよ」 「ふーん。あ、ねえ、あれ食べたい」 切り替え早いな! もう別の物に興味が移っている。 ヘンリーが指差した先にいた人が持っていたのは、ソフトクリームだった。  どうしても食べたいというヘンリーのために、私はお店を探した。 店を見つけソフトクリームを買った私は、ヘンリーにそれを差し出す。  目を輝かせ、私からそれを受け取ったヘンリーは大きな口を開けてかぶりついた。「おいしい! 冷たくて甘くて、これ考えた人天才だね」 「そう、よかったね」 私はなんだか子守りをしている気分になってきて、あきれたように短いため息をつく。  ふと見上げると、映画の看板が目に入った。  そういえば、これ見たいと思ってたんだった。  話題になってる恋愛映画。好きな女優さんが出ているから気になってた。  最近忙しくてすっかり忘れてたな。 私がぼーっとその看板を眺めていると、ヘンリーが声をかけてくる。「どうした
last updateLast Updated : 2025-07-05
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【第1部】 第20話 映画館①

 映画館のロビーでは、たくさんの人が行き交っていた。  売店やチケット販売機の前には人々の列が見える。頭上に飾られた巨大スクリーンには映画の宣伝が流れていた。 ヘンリーとアルバートは物珍しそうに辺りをキョロキョロと見渡している。  龍も映画館の様子に少し戸惑っているようだった。普段こんなところに来ないだろうから、慣れていないのだ。  仕方ない、ここは私が動くか。 三人を待たせ、チケットを買いに行く。  目的のチケットを手に入れた私は、三人を引き連れ上映場所へと向かった。 指定の会場へ入ると、座席を探す。  もう既に室内は薄暗く、スクリーンには映画のCMが流されていた。  休日ということもあり、座席もまあまあ埋まっている。 座席の番号を確認し、皆を席に座らせてから私も腰を落ち着ける。  ここの映画館の椅子は結構座り心地がよく、私は気に入っていた。 私の右隣には龍が座り、左にはヘンリー。そのまた左にはアルバート。  四つの席を皆に示したら、勝手にこういう並びになってしまった。  なんとなく予想はついていたけれど。 今まで私は映画を一人でしか見たことがなかった……だからか、両隣に人がいることに落ち着かない。  さっきからヘンリーは私のことをじっと見つめてくるし。と、私がそちらへ視線を向けると、ニコニコと微笑むヘンリーと目が合った。「ヘンリー、私ばかり見るんじゃなくて、映画始まったら映画を見るんだよ」 「うん、わかってる。でも、今は流華でいいでしょ?」 そう言って、ヘンリーは満面の笑みを向けながら私に集中してくる。  そんなに間近で見続けられると、緊張するよ~。 私が何気なくヘンリーの方へ顔を向けると、突然キスされた。  柔らかな唇の感触に驚き、私は身を引く。「ちょっ、何するの!」 私は映画館ということを配慮して、囁き声で怒った。  すると、嬉しそうな顔をしたヘンリーが私にそっと囁く。「ここ暗いから、こういうことす
last updateLast Updated : 2025-07-06
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【第1部】 第20話 映画館②

「あー、気持ちよかった」 ヘンリーが大きく伸びをする。  たった今映画が終わり、皆で外へ出てきたところだった。 映画館の前は、多くの人で賑わっている。  ガヤガヤと騒がしい声と人並の中、突然、龍が私に向け頭を下げた。「お嬢、申し訳ありません! 眠ってしまったうえに、お嬢の肩をお借りしていたなんて。……どんな罰でも受けます」 深く頭を下げ続ける龍に、私はあきれたようにため息をついた。「あのねえ、そんな大げさな。  龍も疲れてたんだね、いつも頑張ってくれてる証拠だよ。ありがと」 微笑みかけると、龍は安堵した表情で私を見つめる。「お嬢……」 「もう! 流華、龍とばっかりずるい。  僕だって流華の肩に寝てたんだよ、僕も褒めて」 ヘンリーは何を勘違いしたのか、二人が肩にもたれ寝ていたことを私が喜んでいると思っているようだった。「あのね、私は別に」 「おまえもお嬢の肩をお借りしていたのか?」 龍がすかさず険しい表情でツッコミを入れてくる。  すると、ヘンリーは不機嫌そうに頬を膨らませて対抗した。「龍だってしてたんでしょ? 僕の流華なのに、駄目だよ」 「おまえ、の?」 龍のこめかみに血管が浮き出る。「こんなところで喧嘩しないでよ!  私はヘンリーのことも龍のことも嫌じゃなかった。気を許してくれているんだなって思って、嬉しかったからっ」 こんなところで暴れて、騒ぎになったら厄介だ。 私は飛び切りの笑顔を二人に向ける。  その笑顔に龍がひどく感動した様子で、頬を緩ませた。と、同時にヘンリーは龍の隙を突いて、私に飛びつこうとする。「流華、大好き」 「貴様ーっ!」 激怒した龍がヘンリーに掴みかかろうとするが、そこへアルバートが割って入り龍を止める。 よくやった、アルバート! たまには役に立つじゃない!  私は心の中で、拍手を送った。「そうはさせません! 私が相手です
last updateLast Updated : 2025-07-06
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【第1部】 第21話 彼のこと

 龍の腕は言わずもがなだが、アルバートもやはり王子の従者というだけのことはあり、かなりの腕の持ち主だった。  二人がやり合うと、なかなか決着がつかない。  私はいつも待ちぼうけ。 これは長くなりそう、と判断した私は近くのベンチに腰を下ろす。  すると、ヘンリーも私の隣にちょこんと座ってきた。「本当に二人は仲良しだよね」 戦う二人を見ながら呑気そうに笑っているヘンリーを見つめ、私はあきれたように笑った。  いや、あなたのせいですけどね。と心の中でツッコミを入れる。 私はヘンリーを見つめながら、ある男性のことを思い浮かべていた。 あの人はどうしているだろうか……もうそろそろまたお見舞いへ行こうかな。  そんなことを考えながら、龍とアルバートの対戦を見守った。  そして、時は過ぎ……二人の対戦も、なんとか終結を迎えた。  肩で息をしながらまだ睨み合っているが、二人の動きは止まっている。 通り過ぎて行く人々が、先ほどから何事かという視線を二人に送っている。何かの撮影かと思われているのだろうか。  こんな白昼堂々、しかも街中で、あんなに激しい戦闘を繰り広げている一般人はそうそういない。 本当に困ったものだ。二人の対決は、いつもなかなか決着がつかない。  どちらかの体力が限界を迎えるか、私が待つことに疲れ、怒り出すことで終止符が打たれるか。  たいてい、私が怒りだすことで終わることが多かった。 今回も私がキレた。  通行の邪魔になるし、ここは早めに切り上げた方がいいと思った私は、時を見計らい二人に向け怒ったのだ。  私がよほど怖いのか……怒られた二人はピタリと動きを止め、急に大人しくなる。 まあ龍は私の言うことだから逆らえないのだろう。アルバートもヘンリーの好きな人という私の立ち位置を考えてのことだろうか。  傍から見たら、私がめちゃくちゃ怖い人みたいに見えるではないか……と、少し悩みどころだ。  龍とアルバートの問題もクリアした私は
last updateLast Updated : 2025-07-07
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【第1部】 第22話 一か月前のこと①

 某病院の長い廊下を一人歩いていく。 時々看護師さんとすれ違うくらいで、あまり人の出入りは多くない。  シーンと静まりかえる廊下に、私の足音が鳴り響く。  床や壁に目をやると、新築同然のように光り輝く様子が目に入る。埃一つ落ちていない。  時折目にする壁に掛けられている高そうな絵画も、人の目に触れる機会は少なそうだ。 ここは都内でも有数の大病院。その最上階に、彼の病室はあった。 大きなエレベーターで最上階まで上がる。  エレベーターのドアが開くと、私は窓から差し込む太陽の光に目を細めた。  目の前に広がる前面ガラス張りの窓、そこからは街を見渡すことができる。 夕焼けに染まったオレンジ色の光が、街を照らしている様子が覗える。  最上階から見る景色は絶景だったが、そんなものを楽しむ余裕は私にはない。  慣れた足取りで、目的の病室へと向かっていく。 廊下のつきあたりに一つだけぽつんと存在しているのが、彼の病室だ。 病室の扉の前には黒服の男性が一人立っている。  その男性が私を一瞥すると、軽く頭を下げた。私も会釈をし、病室へと入っていく。  ベッドには男性が眠っている。  私は彼を一瞥すると、窓際にある花瓶を手に取った。それに水を汲んできて持ってきた花をそっと生ける。  花瓶を元の場所へ戻した私は、ベットの横にあった丸椅子に座り、彼の顔をじっと見つめた。 中村(なかむら)透真(とうま)。  やはり似ている……ヘンリーに。 ヘンリーを見たとき、心底驚いた。  だって、ヘンリーが現れる少し前に、私はこの男性に命を救われていたのだから。「あなたたちは一体、誰なの?」 目を覚まさない男性に向って問いかける。  当たり前だが返事はない。 彼は植物状態で、一か月程ずっと目を覚ましていなかった。 °˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°  あれは、一か月前のこと……。 
last updateLast Updated : 2025-07-08
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【第1部】 第22話 一か月前のこと②

 病院に到着すると、すぐに青年は手術室へと運ばれていく。 閉じられた扉を見つめ、私はどうすることもできずにただ青年の無事を祈り続けた。  しばらくすると彼の両親が到着する。「君が、透真が助けたっていう?」 彼の父親らしき男性が声をかけてきた。  その後ろでは、母親と思われる女性が物凄い形相で私を睨みつけている。 彼女は私の側へ駆け寄ってきたかと思うと、その手が高く振り上げられた。 パンッ! 静かな廊下に、乾いたその音だけがやけに鮮明に響いた。「あなたのせいで、透真はっ……」 声を震わせながら涙をこぼす母親の瞳には、恨みや怒りの感情が滲んでいた。  そんな母親の肩に手を置いた父親は、そっと彼女を抱き寄せる。「ごめんなさい、私……」 私の声も体も、震えていた。  頬が痛い……でも、心はもっと痛かった。  ゆっくりと視線を上げる。 私を憐れむように見つめた父親が、そっとつぶやいた。「もういい、君は帰りなさい」 「でも……」 私の言葉を遮るように、母親が叫んだ。「あなたの顔なんて見ていたくないのよ!!」 ズキン……。  言葉が刺さり、私の心は激しく痛んだ。 母親の言うことはもっともだ、私の顔なんて見たくないだろう。  そう思っても、帰ることなんてできるはずがなかった。 母親たちの視界から遠ざかった廊下の隅の方で、私は彼の手術が終わるのを待つことにした。  数時間後、手術室から出てきた医師が彼の両親と何か話している。  私はそっと医師の声に耳を澄ました。「手術は成功しましたが、彼の意識が戻りません。大変申し上げにくいのですが、いつ意識が戻るかわからない状態です」 「そんな……」 母親がその場に崩れ落ちると、その隣で父親も項垂れるように肩を落とす。  私はどうしていいかわからず、その場に立ち尽くしていた。 すると、まだ私がい
last updateLast Updated : 2025-07-08
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【第1部】 第23話 家族のあたたかさ①

「ただいま……」 家へ帰った私は、玄関の扉を開け一歩足を踏み入れる。  すると、奥から物凄い勢いで血相変えた祖父が走り込んできた。「流華! どうしたんじゃ、こんな遅くまで。皆心配しておったんだぞ!」 祖父に抱きしめられた私は、緊張の糸が切れ、涙が溢れてきた。「おじいちゃん、私、私……っ」 「おう、どうした?」 祖父の胸で泣いていると、こちらへだんだん近づいてくる大きな足音が聞こえてきた。「お嬢ーーーっ!!」 玄関の外から勢いよく飛び込んできたのは、龍だった。  目を丸くして私を凝視すると、龍は感極まった様子で祖父もろとも私に抱きついてきた。「お嬢、心配しましたよ! こんな遅くまで連絡もせず、どこへ行っていたのですか!」 龍が渾身の叫びを上げると、祖父が笑った。「ほっほっほ。龍は心配して、おまえを探し回っていたんだよ。  他の連中もまだ探しているだろうから、皆に戻ってくるように連絡しなさい、龍」 そう言われた龍は、さっさとポケットからスマホを取り出し、いそいそと連絡を取った。  それから、私のことを隅々までチェックして、どこにも怪我がないかを確かめたあと、ほっと息を吐く。「はぁーっ、無事でよかった! お嬢に何かあったら、私はどうすればいいのか……生きた心地がしませんでしたっ」 そこで私の顔を改めて見た龍が、ぎょっとした表情で一歩後退する。  泣き腫らした私の目を見つめ、龍の目はこれでもかというほど大きく見開かれていく。「お、お嬢!? どうしたんですか? やっぱり何かあったんですか!」 龍がオロオロと、取り乱したように慌てふためく。  そんな様子を楽しそうに眺めつつ、祖父が優しい眼差しと声音で私に告げた。「まあ、とりあえずゆっくりお風呂にでも浸かってきなさい。  それから落ち着いて、話を聞こう」 祖父のおかげで落ち着きを取り戻した私は、涙を拭うと小さく微笑み頷いた。  私はお風
last updateLast Updated : 2025-07-09
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【第1部】 第23話 家族のあたたかさ②

 その後もしばらく、祖父は私を慰め続けてくれた。  そして、私が落ち着くのを待ってから部屋へと連れて行き、ベッドに入るのを見届けるとそっと部屋を出ていった。 祖父にはいつも感謝してもしきれない。  両親が亡くなってからというもの、惜しみないたくさんの愛を注ぎ、私を育ててくれた。 いつも広く大きな心で私を見守り、受け止め、励まし支えてくれる。  いい加減そうに見えるが、芯があって尊敬できる人間……それが私のおじいちゃんだった。  私がおじいちゃんへ想いを馳せていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。「お嬢……寝られましたか?」 部屋の扉を少しだけ開け、ひそひそと龍が声をかけてくる。「どうしたの? 起きてるよ、どうぞ」 私の声を聞き、龍がゆっくりドアを開ける。「邪魔をしてしまい、申し訳ありません。  でも、どうしても今日の内に伝えておきたいことがありまして」 龍は一礼してから部屋へ入り、私の側へゆっくりと歩みを進める。 私が見つめ返すと、彼のまっすぐな瞳と交わった。  じっと見つめてくる龍の顔が、真剣な表情へと変化していく。「私は、お嬢が無事で嬉しいです。  お嬢の笑顔や元気な姿を拝見でき、心からほっとしております。助けてくれた男性に、心から感謝しています。  お嬢は優しいから、きっと彼や彼の家族に悪いと思って自分を責めているのでしょうが……彼だって、お嬢を助けたくてやったこと。  お嬢が助かってよかったと思っています、絶対に。   ご両親だって、一時のお怒りだと思います。それだけ彼の事を愛しておられ、立派な方々かと。  ……すみません、大吾様と同じようなことしか言えなくて。  でも、これが私の正直な気持ちです」 龍の熱くまっすぐな想いが伝わってきて、私の鼓動が静かに音を立て始めた。 あたたかくて、優しい、龍の気持ち。  私はそっと胸に手を当て、それを感じる。 龍は一呼吸置いてから、また話し出した。
last updateLast Updated : 2025-07-09
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【第1部】 第24話 似ている二人①

 一週間後、私は彼の父親との約束を果たすため、病院へ向かった。 龍がどうしても付き添うと聞かないので、一緒に行くことにする。  人を連れて行くのは気が引けたが、龍の心配が痛いほど伝わってきて、無下にすることはできなかった。 病院の受付で私の名前を告げると、一人のスーツ姿の男性が迎えにきて私を病室まで案内してくれる。  龍は病室の外で待機するように指示され、私は一人で病室へと入っていった。 「やあ、流華さん、いらっしゃい」 病室にはベッドで寝ている青年と、その父親の二人だけだった。  父親がこちらへ笑顔を向ける。この前より柔らかなその表情に、私はほっと胸を撫で下ろした。「こんにちは。お邪魔します」 私は深く一礼すると、ゆっくりと歩みを進めた。  ベッドには安らかな顔で眠る青年、中村透真が眠っている。「彼の状態は、どうですか?」 「命に別状はないよ。だいぶ怪我も治ってきて、あとは意識がどうしても戻らないんだ。  医者もいつ戻るかわからないって。明日かもしれないし、何年後かもしれない」 少し寂しげなその表情に、胸が痛む。 私は父親に向かって土下座した。「本当に申し訳ありませんでした! どんなにお礼を言っても、謝罪しても足りません。  ……私は、どうすればいいですか?」 私は顔を上げることができず、床を見つめ続けた。  父親が慌てた様子で私の肩を持ち、立たせようとする。「やめてください! そんなこと透真も望んでいない。  ……透真は立派なことをした、私は誇りに思います」 「中村さん……」 私の瞳から大粒の涙がこぼれる。 父親は私を椅子に座らせると、優しい笑みで見つめてきた。  そして、思いもよらぬことを口にする。   「それに、これは運命なんですよ」  中村透真の父親は、遠い昔、私の祖父に救われたことがあるらしい。  嬉しそうに語る姿を見つめながら、私は驚き、
last updateLast Updated : 2025-07-10
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