All Chapters of どうしてあなたを好きになってしまったんだろう: Chapter 31 - Chapter 40

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第二十一話 あの日から、止まった時間①

【二〇二五年 修司】 杏が走り去ったあとも、俺はただ立ち尽くしていた。 夏独特の、生暖かい風がまとわりついてくる。  じっとりと全身に汗がにじみ、シャツが肌に張りつく感覚がやけに不快だった。 俺は苛立ちから、額の汗を乱暴に拭った。「……なんだよ」 ぽつりと呟いた声は、自分でも驚くほど低かった。  大きく息を吐きながら、さっき杏が消えていったドアを見つめる。 杏のあの態度……わからない。 十年前。  急に、杏は俺を避けるようになった。 あれは……たしか、寒い日だったと思う。 親父さんの事件で、杏は疲れ切っていて。  だから、俺が傍にいて、支えたいって思ったんだ。 そうして、ずっと一緒に生きていくんだって。  信じてたのに。「なんで、こんな風になったんだ……」 空を仰ぎ、杏のことを思った。 胸の奥がぎゅっと締めつけられ、愛しさが溢れてくる。 愛しくて、狂おしい。  俺の中で、ずっと根を張り、深く……。 十年経った今も、それは変わらず。  出会った、あの時から――一度だって、忘れたことなんてなかった。  【二〇一五年 修司】 あれは、俺がこの街に引っ越してきたばかりの頃だった。 転校初日。  校門の前で、ふと立ち止まった。 大きな木が、空を覆うように枝を広げていて、  何となく気になった俺は、それを見上げていた。 これから、ここで過ごすんだな。 ぼんやりとそう思っていた、その時。  誰かに見られている気配がして、顔を向ける。 そこに、君がいた。 杏が、ほんの少し離れた場所に立っていた。 大きな瞳で、じっと俺を見つめていて。  その視線に、息が詰まった。 可愛い。  そう思った。 今思えば、あれは間違いなく
last updateLast Updated : 2025-07-02
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第二十一話 あの日から、止まった時間②

【二〇一五年 修司】 あれは、十月だった。  少し肌寒く感じる日が増えてきた、そんな頃。 杏のおじさんが、殺人の容疑で捕まった。 信じられなかったよ。  あの穏やかで優しいおじさんが?  そんなわけない、絶対何かの間違いだって思った。 それからしばらくは、なかなか会えなくなった。  杏はおじさんのことで手一杯で、連絡だって、取れなくなっていった。 俺は、そばで支えたかった。  でも、今の俺では何の力にもなれないかもって思うと、一歩が踏み出せなかった。 それに、今はきっと誰にも会いたくないだろうって思ったし。 それでも、一度だけ勇気を出して声をかけたことがある。  ……見事、玉砕したけど。 杏のことが心配で、たまらなかった。  声をかけずにはいられなかった。 でも、君は俺に背を向け、走り去った。 ああ、やっぱり、俺は君の力になれないのかって、また落ちこんだ。 それでも、やっぱり、諦めきれなくて。 だから、必死に連絡を取ろうとした。 何度もメッセージを送って、ようやく杏から返事があった時――  本当に、飛び跳ねるくらい嬉しかったんだ。 ……杏、知らないだろ?  俺、本気でガッツポーズしてたんだぜ。  あれは、十二月だったかな。 雪が降りそうなほど寒い中、俺は君に電話をかけるのを悩んで。  すっかり冷えてしまい、手は氷のように冷たくなった。 君がやってきて。  俺の手をぎゅっと握ってくれてさ。 すごく、あったかかったな。 そのあと、カフェでキスしてくれたよな。 ……あのキスも、俺は一生忘れない。  でも――その幸せも、長くは続かなかった。  あれから間もなく、君は俺の前から、消えてしまった。 確か……俺の家に遊びに来て、父と兄に紹介した日。 あの日、君
last updateLast Updated : 2025-07-02
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第二十二話 守りたい人、引き裂く理由①

【二〇二五年 新】「おい、佐原! 佐原っ」「あ、は、はい!」 まただ。  今日、いったい何度目になるのか、わからない。 上司の声が、静かなオフィスに刺さるように響いた。「おまえ、最近どうしたんだ? たるんでるぞ」 叱る声は厳しいけれど、それだけじゃない。  その奥に、僕への気遣いを感じる。「おまえには期待している者も多いんだ。俺だって期待している一人だ」 ぽん、と肩を叩かれる。  その手は、思いのほか温かかった。 生活安全課の課長である彼は、僕がここに配属されて以来、ずっと目をかけてくれている人だ。 警察官になって三年。  気づけば、自分でも驚くくらいに仕事をこなせるようになっていて、周囲からは「期待のルーキー」だとか「エース」だとか言われるようになっていた。 僕自身は、ただひたすら目の前のことに全力で取り組んできただけだ。 でも、姉さんがいつも喜んでくれた。 「新はすごいね」「誇りだよ」って、あの笑顔で言ってくれるから。 それが嬉しくて、もっと頑張ろうと思えた。  それだけで、十分だった。 だから、周りが何と言おうがどうでもいい。 ……姉さんのためなら、僕はどこまでもやれる。  ――姉さん。  佐原杏。 僕の、たった一人の家族。 母さんを早くに亡くし、父さんがあんなことになって。  ずっと、二人きりで生きてきた。  どんなに苦しくても、悲しくても、支え合いながら。 あの頃は、ただそれだけでよかった。 やっと穏やかで、静かな毎日を手に入れたと思ってたんだ。 なのに……。 また、あいつが現れた。 月ヶ瀬修司。 姉さんの心を、かき乱す。  僕は、姉さんをあいつから解放したかった。 でも、わかったんだ。 姉さんは、あの時のまま、ずっと
last updateLast Updated : 2025-07-03
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第二十二話 守りたい人、引き裂く理由②

【二〇二五年 新】 修司さんに促され、僕は休憩室へと向かった。  自販機で缶コーヒーを二本買い、そのうちの一本を無言で差し出してくる。「ほら」 反射的にそれを受け取り、そのまま近くの椅子に腰を下ろす。「ありがとうございます」 缶コーヒーを見つめたまま動かずにいると、隣に修司さんが腰掛けてきた。「驚いたよ。杏から聞いたんだ、おまえが警察官になったって。  ちょっと調べてみたら、生活安全課の若きエースだって噂じゃないか。すごいよな」 昔と変わらない、優しく屈託のない笑顔。  変わってないな、と頭のどこかで思いながらも、胸の奥には冷たい波紋が広がっていく。 喉が渇いているのに、缶コーヒーを開ける気にもなれない。  少し間を置いてから、無理やり口を開いた。「……ありがとうございます。  でも、あなたほどじゃありませんよ」 努めて平静を装う。  それでも、自分でもわかるくらい、ぎこちない口調になっていた。 ポーカーフェイスなら、得意なはずなのに。  この人を前にすると、うまく機能しない。 心を乱されるのは、姉さんだけじゃない。 僕も同じだ。「はは、俺なんてただの七光りだよ」 気取らず笑う修司さんは、続ける。「でも、おまえは違う。自分の力でここまで来たんだ。  誇りに思えよ」 それは、姉さんがいつも言ってくれる言葉だった。 同じ言葉なのに、違う感情が胸に刺さる。  姉さんに言われると嬉しいのに、この人に言われると、なぜかムカつく。 その気持ちを隠すために、僕は缶コーヒーを一気に飲み干した。「いろいろ、大変だったな……おまえも、杏も」 缶を机に置いた修司さんが、ふいに真面目な顔をする。「ずっと心配してた。連絡もできなかったし、消息もわからなくて……」 その言葉の裏に、何があるのか。  問いかけのような視線を受け止め
last updateLast Updated : 2025-07-04
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第二十三話 受け継ぐ意志、守りたい未来①

【二〇一六年 杏】 修司の父親と話してから、私は修司に会うことができずにいた。 スマホの通知は、数えきれないくらい溜まっている。  その通知に並ぶ名前を見るたび、胸がぎゅっと締めつけられて、私は深い悲しみに落ちていった。 修司は、何度も家に訪ねてきた。  でも、私はそのたびに居留守を使い、新にも「いないって言って」と頼んだ。 何度目かもわからないお願いに、新はいつも不思議そうな顔をしていたけれど、何も言わずに私の言うことを聞いてくれた。 学校へは行っていなかったから、プライベートでさえ会おうとしなければ、修司に会わずに済んだ。  私は外出もほとんどしなくなり、家に閉じこもる日々が続いていった。  その間も、裁判は進んでいく。  あれよあれよという間に判決は下り、父は冤罪の汚名を着せられたまま、無期懲役が決まってしまった。  事件の真相を知りながら、何もできない自分を、私は責め続けた。 苦しくて、心が壊れそうだった。  本当は誰かに助けてって叫びたかった。 普通なら、とっくに壊れていたかもしれない。 でも、そんな余裕はない。  私には守るべきものがある。 ――新を守る。 それが私の使命だと思っていた。 父が守ろうとしたものを、今度は私が守るんだと。 自分を犠牲にしてでも、父が守ろうとしたもの。  それは、私たち。 父が命がけで守り抜いたものを、今度は私が守り抜く。  その決意だけが、私を支えていた。 でも、本当は胸が張り裂けそうだった。 どんなに心に言い聞かせても、抑えきれない感情。 修司への想い――  会いたくてたまらなかった。 今すぐ抱きしめてほしいと、何度思ったかわからない。 ……だけど、そんなことは許されない。 許されないのだ、絶対に。 修司のことを思えば、すぐに父の顔が浮かぶ。  そして、私の中のもう一人
last updateLast Updated : 2025-07-05
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第二十三話 受け継ぐ意志、守りたい未来②

【二〇一六年 杏】 けれど、ある日。  新が、静かに、でも真剣な顔で私に言った。「ねえ、お姉ちゃん。……何かあるなら、話してほしい」 いつもより低い、落ち着いた声だった。「僕は、お姉ちゃんがひとりで苦しんでるのを見てる方が辛いんだ。  一緒に背負わせてよ……お願いだから」 そう言って、新は私のことを、ぎゅっと抱きしめてくれた。 もう限界だった。  胸の奥から、何かがぶわっとあふれ出し、どうしようもなかった。  涙が止まらなくなった。 声を殺し、嗚咽を漏らし、私は新の腕の中でむせび泣いた。 今までずっと我慢して、こらえていたものが決壊して、堰を切ったように溢れていく。  涙も、苦しさも、悲しみも、全部。 新は、何も言わずに、ただ黙って私を抱きしめ続けてくれた。 その腕が、温かかくて――  私の心をそっと優しく解いていく。 そして、思った。 もう、一人では耐えられない、と。  本当はずっと、誰かに助けてほしかったんだって。 限界だったんだ。  その夜、私は新に、すべてを話してしまった。 あれは、雪がしんしんと降り続ける、静かな二月の夜だった。  すごく寒かったことを覚えている。 部屋は薄暗く、外から差し込む街灯の明かりと、月の光だけが、私たちを照らしていた。 私の話を、新はずっと真剣な表情で聞いていた。  私の手は冷たくなっていたけれど、新がそれをぎゅっと握り返してくれた。 彼も、まだ十三歳だった。  きっと、耐え難いほどの衝撃だったに違いない。 でも、新は最後まで崩れなかった。 小さなその体で、必死に私を支えてくれた。  姉である私の弱さを、全身で受け止めてくれていた。 そして、すべてを知った新は、静かに言った。「もう……修司さんには会わない方がいい。  ね、そうしよう。お願いだから、そう
last updateLast Updated : 2025-07-05
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第二十四話 空へ還る祈り、紡ぐ未来①

【二〇一八年 杏】 あれから、二年ほどが経った頃のことだった。 父が心筋梗塞で倒れ、亡くなった――そんな知らせが届いたのは。 刑務所内での出来事だったそうだ。 あっという間だった、と後から聞かされた。 医師の話によれば、原因は心労やストレスが大きかったらしい。 処置を施す間もなく、父は息を引き取ったそうだ。 ……苦しむ時間が短かったのは、せめてもの救いだと思うべきなのか。 それでも、涙は出なかった。 ただ、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚だけがあった。 あまりにも突然で、あまりにもあっけなく――父はこの世を去った。 すぐに遺体を引き取り、葬儀が行われた。 喪主は私。 まだ十八歳の私には荷が重すぎる役目だったが、施設の人たちが手伝ってくれたおかげで、何とか務めを果たせた。 隣にいた新は、ずっと泣いていた。 きっと、これが本来の子どもの姿なのだろう。 だけど、私は泣けなかった。 それは自分でも理由がよくわからなかった。 もしかしたら、もうとっくに泣きすぎて、涙が枯れてしまっていたのかもしれない。 それに……どこかで「よかった」と思っている自分がいた。 無期懲役。 父は、あのままずっと牢獄の中で人生を終えなければならなかったはずだった。 だから、こうして逝ってしまったことが、父にとって救いだったんじゃないか――そんな風に思ってしまった。 もちろん、父がいなくなったことは寂しいし、悲しい。 月に二度の面会は、どんなに遠くても必ず行った。 父の顔を見られるだけで、ほっとした。 生きてさえいてくれれば、それでいい――そう思っていたのに。 でも、いざ「亡くなった」と聞かされた時、私は、ほんの少しだけ安堵してしまったんだ。 なんて、薄情な奴だと思われるかもしれない。 最低だって、自分でも思う。
last updateLast Updated : 2025-07-06
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第二十四話 空へ還る祈り、紡ぐ未来②

【二〇一八年 杏】 それからしばらくして、私は会社への就職が決まり、一人暮らしを始めることになった。 施設を出て、新しい生活が始まる。 新は、そのまま施設に残ることを選んだ。  私は何度も「一緒に暮らそう」と声をかけたけれど、「姉さんに負担をかけたくないんだ」 新はそう言って、笑った。 自分がちゃんと自立できるまでは、ここにいた方がいいと、決めたらしい。 その言葉は、どこか力強く……。  きっと、それは彼なりの考えや、気遣いも混じっていて。 私は改めて、弟の強さと優しさを思い知った。 施設の人たちは、そんな私たちの選択をあたたかく受け止め、背中を押してくれた。  どんな時も、変わらず私たちを見守ってくれていたことに、心から感謝している。 思えば、いろんなことがあった。  悲しいことも、辛いこともたくさんあった。  けれど、それと同じくらい――いや、それ以上に、優しさとあたたかさに触れることができた気がしていた。 だから、私は思う。 自分は決して不幸ではない、と。 人は、ときに残酷で、怖い存在でもある。  でも、それと同じくらい……いや、それ以上に、人は優しくて、あたたかい。 私は、そう信じている。  「杏ちゃん、また手紙が来てたよ」 ある日、施設のスタッフの人がそう言って、封筒を手渡してくれた。  見覚えのある筆跡。 それは、あの老人からの手紙だった。 事件を追っていた頃、偶然出会った人。  絵がとても上手で、そのとき私にイラストをくれた、あの人だ。 あのときから、私たちは交流を続けていた。 しばらく姿を見せなかったけれど、私が施設に入った頃から、定期的に手紙が届くようになった。 手紙には、いつも私と新のことを気にかけてくれる言葉が綴られている。  そして、老人の日常や、何気ない出来事――それが丁寧な字で、淡々と書き
last updateLast Updated : 2025-07-07
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第二十五話 老人の正体、約束の腕時計①

【二〇一八年 杏】 交流を始めてから、ちょうど二年くらいが経った頃。  ちょうど私の就職が決まり、もうすぐ施設を出る。そんな時期だった。 ようやく私は、あの老人の名前と正体を知ることになった。 ――松下(まつした)信夫(のぶお)。七十二歳。  誰もが知る、大企業グループの会長。 その事実を聞かされた瞬間、私はしばらく口を開けたまま、固まってしまった。 だって、あの日、事件現場で出会った松下さんは、ごく普通のおじいちゃんに見えた。  地味なシャツにカーディガン姿で、優しくて、どこにでもいそうな人。……いや、ちょっと気品は あったかもしれない。  それでも、やっぱり“普通”の人だった。 まさか、そんな名家の、しかも大富豪の当主だなんて。  夢にも思わなかった。  それからしばらくして。  私と新は、松下さんの自宅に招待された。 そして、私たちはその“別世界”を目の当たりにすることになる。 門をくぐった瞬間から、圧倒された。  高い塀と広い庭に、大きくて立派な玄関。まるでドラマの中でしか見たことがないような豪邸だった。  敷地の広さも規格外で、どこを歩いても息を呑むような光景ばかり。 案内してくれたのは、黒い燕尾服を着た執事さん。 応接間に通されると、  そこにはすでに松下さんの姿があり、穏やかな笑みで迎えてくれた。 ふかふかのソファに座るよう促され、私たちはおずおずと腰を下ろす。  松下さんも、テーブルの向こう側に静かに腰を下ろした。 テーブルの上には、綺麗なティーセットと、可愛らしいメイドさんが淹れてくれた紅茶が並んでいる。  その隣には、美しく盛り付けられたケーキのプレートまで置かれていた。 私たちはただ圧倒され、思わずきょろきょろと辺りを見回してしまう。 そんな私たちを見て、松下さんは目を細め、穏やかな笑みを浮かべていた。「そんなに緊張しなくてもいいんだよ」
last updateLast Updated : 2025-07-08
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第二十五話 老人の正体、約束の腕時計②

【二〇一八年 杏】 しばらく穏やかな時間が流れたあと、松下さんがふと思い出したように声をかけてきた。「そうだ、杏さん。君にプレゼントがあるんだ」「え?」 私は目を見開き、新と顔を見合わせる。 すると、背後に控えていた執事が静かに歩み寄り、細長い箱を手渡した。  それを松下さんが受け取ると、そのまま私の目の前に差し出す。「就職祝いだよ。受け取ってほしい」「え、でも……そんな!」 私は慌てて両手を振った。「今までだって、たくさんお世話になっているのに、これ以上は……」 必死に遠慮するけれど、松下さんは微笑んだまま、箱を差し出す手を引っ込めようとしない。 その柔らかな眼差しと、まるで孫を見るような温かい表情に、私はとうとう観念した。  両手でそっと、その箱を受け取った。「……ありがとうございます」 言葉にならない想いが、静かに胸に広がっていく。「本当に、いつも感謝してもしきれません」 深く頭を下げた私に、松下さんは穏やかな声で返してくれた。「礼なんていらないさ。  君たちと出会えたことが、私の人生の宝物なんだ。むしろ、こちらが礼を言いたいくらいだよ」 そんなふうに思ってくれていたことに驚くと同時に、泣きそうになった。  胸がじんとして、ほんのり熱くなる。 松下さんは、静かに続けた。「君たちを見ているとね……孫ができたような気分になるんだ。  私は子どもに恵まれなかったから、こんなふうに誰かを見守るのは初めてでね」 そう言って、目を細めた顔は本当に幸せそうで、私も自然と笑みがこぼれた。「さあ、開けてごらん」「はい……」 私は緊張しながら、箱のリボンを解いてそっと蓋を開けた。 中には、銀色の腕時計が収められていた。  シンプルで上品なデザイン。文字盤は淡いピンクで、女性らしさが感じられる。「……わあ、綺麗……」
last updateLast Updated : 2025-07-08
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