【二〇二五年 修司】 杏が走り去ったあとも、俺はただ立ち尽くしていた。 夏独特の、生暖かい風がまとわりついてくる。 じっとりと全身に汗がにじみ、シャツが肌に張りつく感覚がやけに不快だった。 俺は苛立ちから、額の汗を乱暴に拭った。「……なんだよ」 ぽつりと呟いた声は、自分でも驚くほど低かった。 大きく息を吐きながら、さっき杏が消えていったドアを見つめる。 杏のあの態度……わからない。 十年前。 急に、杏は俺を避けるようになった。 あれは……たしか、寒い日だったと思う。 親父さんの事件で、杏は疲れ切っていて。 だから、俺が傍にいて、支えたいって思ったんだ。 そうして、ずっと一緒に生きていくんだって。 信じてたのに。「なんで、こんな風になったんだ……」 空を仰ぎ、杏のことを思った。 胸の奥がぎゅっと締めつけられ、愛しさが溢れてくる。 愛しくて、狂おしい。 俺の中で、ずっと根を張り、深く……。 十年経った今も、それは変わらず。 出会った、あの時から――一度だって、忘れたことなんてなかった。 【二〇一五年 修司】 あれは、俺がこの街に引っ越してきたばかりの頃だった。 転校初日。 校門の前で、ふと立ち止まった。 大きな木が、空を覆うように枝を広げていて、 何となく気になった俺は、それを見上げていた。 これから、ここで過ごすんだな。 ぼんやりとそう思っていた、その時。 誰かに見られている気配がして、顔を向ける。 そこに、君がいた。 杏が、ほんの少し離れた場所に立っていた。 大きな瞳で、じっと俺を見つめていて。 その視線に、息が詰まった。 可愛い。 そう思った。 今思えば、あれは間違いなく
Last Updated : 2025-07-02 Read more