伶は、清恵がすっかり千景のことだけに意識を取られている隙を見て、すぐ警察に声をかけた。「今だ」警官たちは顔を見合わせる。「了解」清恵は娘への泣き言に夢中で、背後から警官が静かに回り込んでいることなど全く気づいていない。「千景、お母さんは一体どうすれば......」その瞬間、数人の警官が後ろから一気に清恵を抱え込んだ。不意を突かれ、彼女は悲鳴を上げ、手を滑らせてスマホを落としてしまう。「私のスマホ!」悠良は目を見開く。伶が慌てて彼女の腕を掴む。「大丈夫だ、あとで新しいのを買う」悠良は眉をひそめる。「違う、中に資料が......!」「なんとか復旧させるよ」伶は彼女の背中を軽く叩き、落ち着かせるようになだめる。清恵がどうにか救助されたのを見て、悠良もようやくひと息ついた。資料のことはまた後で考えるしかない。何より命に別状がないだけでも良しとするしかなかった。けれど安心しきるにはまだ早い。今は助かったとしても、あとでまた飛び降りようとしたら、それこそ面倒で仕方がない。誰もそこまで振り回される時間はないのだ。彼女は伶の手の甲を軽く叩いて言う。「ちょっと待ってて。私から少し話してくる」伶は彼女を引き止める。「今の彼女、感情がぐちゃぐちゃなんだぞ。もしまた何かしでかしたらどうする」「さっき泣きながらでも漁野の話はちゃんと聞いてた、きっと大丈夫だよ」そう言って彼をなだめると、悠良は清恵の元へ向かう。「娘さんとも話せたんだし、もう頭は冷えたでしょ。私を責めても意味ないよ。さっき伶さんも言ったように、彼は最初から漁野のことを好きじゃなかった。私が漁野の幸せを奪うなんて無理な話よ。それに、たとえ今回逃げられても、いずれ捕まるよ。もし娘さんが本当に私を殺したら、その後の人生はもっと悲惨になるだけ。その時になったら彼女は殺人犯になる。寒河江さんが一緒に死んでも何の意味もない。だから今のうちよ。まだ罪も大きくないし、出てこられる可能性もある。取り返しのつかないことになる前に手を引いたら?」悠良の言葉に、清恵は何も返さなかったが、内心ではすでに腹を括ったようだった。言われてみればそのとおりだった。ここで自分が死んだところで何も変わらない。千景が罪を犯した事実は消
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