ムギは悠良を見るなり、耳がぱっと伏せられ、つぶらでうるんだ大きな瞳で彼女をじっと見つめた。犬を飼ったことのある人ならわかる。ときに犬が人を見る目は、この世の誰よりも深くて真っ直ぐで、その視線の中には自分しかいない。ムギは悠良に飛びつき、彼女はその体をしっかり抱きとめる。犬は興奮して、前足で彼女の胸元を何度もかき寄せた。「ムギ、元気にしてた?」悠良の言葉が伝わったのか、ムギは「ワンワン」と返事をする。彼女の唇がふっとゆるみ、澄んだ顔に笑みが浮かんだ。その後ろから伶が入ってくる。「どう?嬉しい?」悠良は立ち上がり、彼を見る。「いつ連れてきたの?」「昨日。前から段取りはしてたんだが、距離があるだろ。移動中に犬がストレスを起こすと困るからな。だから向こうで事前にいろんなテストをして、長距離フライトに耐えられるって確認が取れてから運ばせた」悠良は心の底から感動した。「この子とは縁があるの。海外にいた時、命まで助けてもらったことがある。それで引き取るって決めたんだ」伶はドア枠にもたれかかる。「ユラのことがきっかけで?」「うん。元々犬をそこまで好きじゃなかった。でもユラと一緒に暮らしてから、『犬ってこんなに可愛いんだな』って思えるようになって」そう言いながら、悠良はもう一度ムギを抱きしめる。毛が頬に当たってくすぐったい。ムギは尻尾を振りながら彼女の腕の中ですり寄る。首輪には、出国前に彼女が付けた青い鈴がまだ揺れていた。ユラのことを思い出し、悠良は少し心配になって聞く。「ユラとムギは犬種も違うし、仲良くできるかな。ユラがいじめたりしない?」伶が尋ねる。「ムギってメス?」「うん。引き取ったときは知らなかったんだけど、あとで分かったんだ。メス犬は色々面倒でさ。同僚が散歩に連れてった時も、どこからともなくオス犬が寄ってきて大変だったんだよ。毎回追い払うのがひと苦労で、避妊手術もしようかと思ってたくらい」「だったら心配いらない。ユラはオスだし、ちょうどいい。相性も悪くないだろ」そこへユラが伶の足元をするりと抜け、ムギの方へ近づく。悠良は最初ハラハラしながらユラを睨みつつ、必死で声をかける。「ユラ、いい?この子はうちのわんこ、ムギっていうの。すごく大人しいから、絶対いじめた
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